XXXⅣスレ422 氏_第1話

Last-modified: 2009-09-25 (金) 02:51:00

かつて2度の大戦を経たコズミック・イラ。
ラクス・クラインの治世は、シンプルなものだった。

 

7年の間、彼女は傾注した。
地球連合からの、攻撃の芽を摘むことに。

 

そのひとつが、地球からの移民受け入れだった。
デュランダル時代に行われたコーディネーター、ハーフコーディネーターのみならず……
ナチュラルの移民を、戦争で疲弊し活力を失った民を、積極的に受け入れた。
同時に、婚姻統制を廃止し、コーディネーターをナチュラルに同化させる政策を採用。
結果、ブルーコスモスを中心とした反コーディネーター組織は、存続の大義名分を失う。
かくして、プラントは、宇宙の一国家として、地球連合に加盟するに至った。
ブレイク・ザ・ワールドを経て7年を過ぎた今日、世界は平和を取り戻したかに見えた。

 

――C.E.80、プラント首都アプリリウス。物語は、ここから始まる。

 
 

機動戦士ガンダムSEED ブルーブラッド 第1話「少年の瞳」

 
 

プラントの首都、アプリリウス・ファイブ。
アプリリウスを含め、12のコロニー群からなるシティの一つ。
宇宙に出た人類は、最も住み易い環境求めた。昼と夜が交互にあり、四季のある世界を。
だから、プラントには朝があり、昼があり、夜がある。今は、早朝。

 

――C.E.80 4月18日 6:00。
アラームの電子音が部屋に響き渡る。いつもどおりの時刻に、彼は目覚めた。
軍人だった頃からの癖だ。いつも、この時間に起きてしまう。アカデミーの頃からずっと。
今日も、一日が始まる。いつもと、同じような一日が。

 

洗面所へ向かう。手で掬い上げる水は、冷たい。その冷たさが、残っていた眠気を払う。
右手を伸ばす。昨晩用意した洗濯済みのタオルに、手が触れる。それで、顔を拭く。
鏡の中の自分と、視線が合う。見慣れた顔だ。髪をセットして、お仕舞い。
さぁ、一日の始まりだ。畳んであったジーンズを履き、いつもの、黒のジャケットを着る。
冷蔵庫から、冷やしておいたジェルを取り出して飲み、部屋を出る。
ここは、単身者用ワンルームマンションの5階、階段を駆け下り、駐輪所のバイクに跨る。
職場は、法定速度で走れ15分。飛ばせば、5分。
バイクのグリップを強く握りこむ。当然、後者だ。捕まりはしない。だって、自分は――

 

風を巻いて、黒いバイクが走る。早朝だから、ほとんど車も走っていない。
かつての愛機に比べれば、千分の一程度のスピードだが、今の自分にはこれで十分。
もう、軍人じゃない。倒す敵も、いない。だから、この程度のスピードで十分なのだ。
目的地に着く。11階建ての建物の前。自分のマンションとは、サイズが違う。ここは……
アプリリウス・ファイブの治安を守る要、警察署だから。馴染みの女性署員と、軽く挨拶する。

 

「シン・アスカ巡査部長、おはようございます。今日も、早いですね」
「おはよう、今日も一日、がんばろう」

 
 
 

レッドアイズ・バーサーカー。紅瞳の狂戦士。そんな名前で呼ばれたこともある。
たしか、あれはヘブンズゲート攻略戦のあたりだった。今は、遠い昔に、感じられる。
エレベーターで、階を昇る。転属してから10日目。まだ、仕事は覚えたてといったところ。
職場に、着く。ここは、少年課。非行少年を逮捕、補導したり……要は、更正させる部署。
自分が新しく配属された部署の仕事と、昔の自分を思い起こし、思わず苦笑する。
――昔、アスラン・ザラに散々迷惑かけたっけ。俺も、更正させられたのか?
そんなことを考えながら、すれちがう新しい同僚たちと挨拶をしながら、課長席へ向かう。
……中年の、冴えないおっさんが、いた。でも、昔は、カミソリだった……らしい。

 

「ゴトウ課長、おはようございます」
「おう、アスカか。おはようさん。それと、課長じゃないのよ。課長"代理"だ」

 

訂正され、非礼を詫びるが……このおっさんにとって、そんなことはどうでもいいらしい。
とにかく、昼行灯で通ってるおっさんだった。朝だからか、ポマードが、とっても眩しい。
ただ、この人の良いところは、形式ばらないこと。形式抜きで仕事のスピードを優先する。
早速、今日の仕事を言い渡された。クリップで留められた数枚の調書が、飛んでくる。

 

「君の仕事は、その子をおうちに届けること。いわゆる、非行少年だ。留置所にいるから」

 

一体、何をやらかしたのか。ご丁寧に、顔写真入りの調書が作成されていた。
アルバート・アマルフィ。年齢、13歳。容疑は、プチモビルスーツで乱闘。騒乱容疑。

 

「昨日の夜、埠頭で不良同士の抗争があった。ほら、ナチュラルの移民が一杯来たじゃん。
 でも、授業についていけない子が多くて、不良行為に走っちゃうわけ。そういう手合い」

 

でも、調書をよくよく見ると……この子は、ナチュラルではない。コーディネーターだ。
金髪碧眼。美少年の部類だ。耳の下から突き出ている、ハネ髪が特徴的な少年。
上司の間違いを訂正などしない。警察に限らず、組織内で上司に恥をかかせてはいけない。
了解しました、と声をあげ、仕事に取り掛かる。留置所は、地下だ。

 

金髪の美少年は、いた。鉄格子の向こうに。でも、おとなしそうな顔つきだ。
とても、不良には見えない。眼が合う。豚箱で一晩過ごした割には元気そうだ。睨まれた。
少年課の車を借りる。助手席にアルバート君を座らせる。彼は、一言も口を利かない。
まぁいい。どのみち、彼は問題ではない。非行少年の更生には、親を口説くのが一番。
それが、ゴトウ課長の教えだった。隣を見る。相変わらず、少年は仏頂面だ。

 

――ヒネた餓鬼だ。でも……
シンは、奇妙なデジャヴを覚える。どこかで、会ったような気がする。気のせいだろうか。

 
 

家は、アプリリウスの郊外にあった。閑静な住宅地の一角。そこが、彼の家だった。
シンは、チャイムを押す。後ろには、アルバート少年。少し、気まずそうだ。
――いい感じだ。親を口説ければ、こういう子は更正しやすい……らしい。
と、人が出てきた。女だ。年のころは、40手前だろうか。
ふっくらとした顔に、ウエーブかかった髪。ゴトウが好きそうなタイプ、に見えた。
突然、息子を連れて現れた男に驚く女。シンは彼女に警察手帳を見せ、経緯を話す。
昨日の晩、少年が暴れて補導されたこと。事件事実は、少年も認めていること。
一晩留置所に留め置かれたが、特に背後関係も前科もないので、厳重注意処分。
……というわけで、シンがやってきたのだ。そこまで説明したら、女性は深く頭を下げた。
家の中に、通される。ご近所の手前、あまり大っぴらにもしたくないのだろう。
意を察し、シンは、婦人とアルバート少年とともに、家の中に入る。

 

……質素な、家だった。あまり調度品の類もない。シンは、居間に通される。
婦人から、食事用と思われるテーブルに案内され、椅子に座る。やがて、お茶が出る。
さて、親御さんにお説教……と思ったが、酷く反省しているらしい。
婦人は、ロミナ・アマルフィと名乗った後、聞いていないことも、喋り出す。

 

「本当に、申し訳ありません。でも、あの子に悪気はないんです。
 学校のナチュラルの子に勉強を教えたりしている間に、不良グループに……
 コーディネーターの子が彼らを差別するのが、許せない。いつも、そう言ってます」

 

シンは、言われて調書を見直す。確かに、アルバート少年の自供に書いてあった。
コーディネーターの不良グループと、ナチュラルの不良グループの抗争があった、と。
アルバートは、後者の味方についた。相手がプチモビを出したので、自分も……云々。
――友情と、クサれ縁ってやつか。こりゃ、本当に事件性の欠片もないな。
婦人は、涙ぐんでいる。義理と人情で喧嘩の助っ人をやったというのだ。責められまい。
周囲を見ると、アルバートの姿はすでにない。母親に迷惑をかけた事を、悔いているのか。
……結局、シンは説教はやめた。やっても、意味がない。以後、ご注意ください、だ。
仕事が終わってしまったシンは、場の空気を和ませるため、何か話題はないかと探す。
出来れば、父親からも何か言って欲しかった。ふと、部屋に写真が並んでいるのが見える。
家族写真らしかった。しかし、シンはその写真群を見て、驚く。
アルバートの姿が、ない。
婦人や父親らしき人と写っているのは、別人。ザフトの赤服を着ている。
一枚だけ……倒されている写真立が、あった。シンはそれを立て直す。そして、驚愕する。

 

写真には、昔のアルバートが写っていた。そして、彼は一緒だった。彼の良く知る人物と。
シンは、驚愕のあまり……思考が、口をついて出る。

 

「――グラディス艦長!? なんで、アルバート君と一緒に!?」

 

シンが見つけた写真。そこに写っているのは、幼年時代のアルバート。
そして、もう1人……シンのよく知る軍艦ミネルバの艦長、タリア・グラディスの姿が。

 

シンの驚きの言葉を聴いて、ロミナ・アマルフィが近づいてくる。
「……貴方、グラディス艦長のことを、ご存知なのですか?」

 

知っているも何も。かつて世話になった恩人の1人。シンの、ザフト時代の艦長だ。
掻い摘んで事態を説明すると、ロミナがすべてを語ってくれた。彼は、本当の子でないと。
自分の実子は、ニコル・アマルフィ。第1次大戦で、すでに戦死していたと。
アルバートは、孤児院にいたのを、引き取って来たのだと。
アルバート・アマルフィは本当の名前ではなく、戸籍上の名はアルバート・グラディス。
つまり、彼は――

 

「じゃあ、あの子は……グラディス艦長の、お子さんだっていうんですか!?」
シンの問いに、ロミナは無言で頷く。

 

――なんてことだ。どっかで見た顔だとおもったら。まさか、こんな……

 

シンの思考は一気に混乱する。想定外の事態だった。
だが、その中で、ひとつだけひっかかりがあった。たしかに、タリアは戦死した。
でも、父親のほうは、確か生きていたはずだ。それなのに……ロミナは言った。
アルバートは、孤児院から引き取って来たと。おかしい。話が、微妙に違う。
シンは問う。なぜ、アルバートは、孤児院にいたのか、と。

 

その答えは、ロミナからではなく、意外なところから返ってくる。
シンの背後から、声が飛ぶ。先ほどまで部屋にいなかった少年が、そこにいた。

 

「教えてあげるよ、シン・アスカ!
 僕の母さんは……僕を捨てて、昔の男、ギルバート・デュランダルと死んだ。
 だから、僕の父さんは、僕を捨てた。あんな売女の息子は、要らないって!」

 

少年の瞳は、濡れていた。シンが、アルバートに振り返ると同時に……

 

記憶が、奔流のように戻ってくる。あの日、メサイアの最後の日――
ミネルバは沈んだ。ラクス・クラインの一派に敗れて。

 

あのとき、グラディス艦長は死んだ。沈み行くメサイアで、最高評議会議長とともに。

 

アルバート・グラディスの言葉が、シンの胸に刺さる。

 

戦争は終わった。世界は平和になった、はずだった。
しかし――戦後は、まだ終わっては、いなかった。

 
 

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