XXXⅣスレ422 氏_第2話

Last-modified: 2009-09-29 (火) 02:20:03

二度目の大戦が終わった後、軍を辞したシン・アスカは警察官の道を歩んでいた。
その7年目の春、少年課に配属されて10日目の彼は、1人の少年と出会う。

 

少年の名は、アルバート・グラディス。故タリア・グラディスの息子だった。
戦後、少年は、父親に捨てられていた。

 

――C.E.80 4月30日 9:00 L4プラント・アーモリー・ワン。

 
 

機動戦士ガンダムSEED ブルーブラッド 第2話「沈黙の母艦」

 
 

アルバート・グラディスと出会ってから、10日程が過ぎていた。

 

シン・アスカは、あれからずっと考えていた。アルバートに何をしてやれるかを。
ロミナの話では、アルバートは父母を恨んでいるという。
シンは、戦中タリアには世話になっていた。軍規違反を見逃してもらったこともある。
だから、せめてその礼くらいはしたかった。先の戦争でタリアは死んだ。
そこで、息子のアルバートの面倒を見て、せめてもの返礼としたかったのだが……
実際、母子の間に割って入れるほどシンはグラディスの事を知らなかった。
シンがアルバートに「お前の母さんは、お前を愛していた」と言っても、説得力がない。
だから、何か……何か、母子の繋がりになるようなものを探した。
程なくして、それは見つかった。
かつてシンが初陣を飾った場所、アーモリー・ワンで。

 
 

アーモリー・ワン。プラントとは真逆の方向、ラグランジュ・フォーに位置するコロニー。
軍用コロニーでもあり、カオス、アビス、ガイアが強奪された地。
ここで、とある軍艦の落成式が執り行われようとしていた。
かつてシンが乗っていた軍艦の、後継艦に当たる戦艦――ミネルバ・ツヴァイの。

 

元軍関係者、しかもザフト軍最高級将校フェイスの一員だったシン。
彼は、OB扱いでこの式典に招かれていた。渡された式典用チケットは、2枚。
シンは、そこで一計を案じる。アルバートに、ミネルバ2を、見せようと思ったのだ。
最初は難色を示していたアルバートだが、ロミナの勧めもあって渋々同行してくれた。
宇宙港から軍管区へ入る。すると、そこには――

 

巨大な鉄の城。そう形容する他ない、巨大な戦艦が目の前にそびえていた。
シンには見覚えのある、なつかしい艦だった。故郷に帰ったような気分もする。
となりのアルバートは、ミネルバ2の威容に圧倒されながら呆然とつぶやく。

 

「……これが、ミネルバ……なんですか?」
「そうだ。君のお母さんが、艦長を務めていた艦だ」

 

シンの言葉は、偽りではない。見たところ2は、ミネルバと寸分違わぬ姿かたちだった。

 
 
 

ミネルバ2の落成式に先立って、シンとアルバートは艦内を案内された。
マーティン・ダコスタと名乗る将校が、案内役を務めてくれるという。二人は話に乗った。
ダコスタは、ミネルバ2が建造された理由を説明してくれた。
この艦が再建された理由は、ナチュラルとコーディネーターの融和のため。
この7年、ラクス・クラインは、地球から大勢のナチュラルを受け入れていた。
すでに、プラントの2割ほどをナチュラルが占めるようになっていた。

 

しかし、一方では、プラントに住むコーディネーターは危機感を覚えていた。
すなわち、このままナチュラルが増え続け、自分たちが少数派に転落することを。
7年の間、プラント内でナチュラルとコーディネーターが諍いを起こす頻度は増え続ける。
中には、ブルーコスモスのごとく、コーディネーターの純血を守ろうとする者も出現する。
次第に組織的行動にまで発展し、政治結社をつくり、ナチュラルの排斥を主張する始末。
そんな世情を憂い、ラクスは打開策を練った。そのひとつがミネルバ2だった。

 

「このミネルバには、コーディネーターとナチュラルの兵士が半分ずつ配属されます。
 同じ艦にいる以上、最初は争いもありましょうが、いずれ融和への道が開けるはず。
 クライン閣下は、戦艦もプラントも共同体と言う意味では同じ、と考えておられます」
最後に、ダコスタは付け加えた。この艦が、きっとザフト軍のモデルケースになると。
が、シンは、ダコスタの解説を聞いて頭が痛くなった。話としては、理解できなくもない。
だが、戦艦は、あくまで戦艦。厳しい戦いを通じ、相互理解と協力体制が構築されるのだ。
協力しなければ、生き残れないのだから。極限状態で戦うのが、戦艦の役目。
それと、プラントの生活の拠点、コロニーを一緒くたにするのは、聊か早計であろう。
しかし、そんなシンの考えとは裏腹に、隣の少年は目を輝かせていた。

 

「いいことだと思います。僕の周り、学校のクラスメートたちも諍いが耐えない。
ナチュラルとコーディネーターが仲良くするには、切欠が必要だと思います」
「おっ、君! 話が分かるねぇ! どうだい? 今度アカデミーに……」
ダコスタとアルバート少年は、すっかり意気投合してしまっていた。
――まぁ、確かに閉鎖空間という意味では、同じだろうけどな。
1人だけ蚊帳の外というのは気まずく、一応ラクスの考えに納得してみることにしたシン。
軍内部での融和の象徴として、このミネルバ2は建造されたのだ。
しかも、ダコスタは、さらに驚くべき事を話してくれた。

 

「実はね……この艦はザフト製だけど、モビルスーツの大半は、連合の型なんだ。
 おもに、ダガータイプが搭載されている。どうだい? 画期的だろう?」
――マジで? そう言おうとしたシン。

 

だが、彼の周囲に異変が起きる。

 

艦内通路のエスカレーター上を歩いていた彼らを、激震が襲う。ミネルバ2が大きく揺れた。
次の瞬間、警報が鳴り赤色ランプが点滅し、艦内部の防火シャッターが次々閉まっていく。
シンとアルバート、ダコスタのいた通路も、防火壁で封鎖される。3人は、閉じ込められた。

 

シンは、異変を察し、ダコスタに問う。
「おい、これは何だ? 何かのデモンストレーションか?」
「そんなはずはありません。こんなの、予定外だ。まだ、クルーも乗っちゃいないのに!」
慌てて、ポケットから小型の無線機を取り出すダコスタ。
必死で操作し、誰かに連絡を取ろうとしているが……次第に彼の表情が、蒼ざめていく。
やがて、彼は、絞り出すような声で呟いた。「ジャミング、のようです」と。

 

――やれやれ。これだからお姫様の考えることは。ちゃんと、身体検査やったのか?
シンは、内心毒づく。クーデターかテロかは知らないが、脇が甘い。7年前から進歩がない。

 

無線機のチャンネルを弄るダコスタ。怯えた表情のアルバート。3人でどうこうできまい。
シンは、上を見る。通路は通路だ。隔壁を閉じられれば、身動きなど出来ない。
だが、ミネルバに精通したシンは知っていた。
この艦の通路には、"もう一つの通路"があることを。確かに、それはあった。
それを確認してから、シンは二人に呼びかける。

 

「アルバート! ダコスタ! ちょっと来てくれ。出口が、見つかったぞ」

 

シンは、通路の上方を指差す。大人の背丈二人分ほどの高さに、出口があった。
一瞬歓喜の表情の後、「通風口じゃないですか!」怒るダコスタ。
ついでに、「宇宙空間じゃないんだ! 届くわけがない!」と怒鳴られる。
「……いいや、1人だけ、通れるぜ? ダコスタ。肩を貸せ」
その言葉に、ダコスタはハッとする。確かに1人だけ通れる。
二人の大人の視線が、1人の少年――アルバート・グラディスのもとに集まる。

 

……シンとダコスタから、アルバートに下された指示は、ただ一つ。
「どんな手を使ってもいい。通風口を使い、この場から逃げろ」であった。

 

事態が、切迫しているのは誰の目にも明らか。
出来れば、状況の把握を頼みたかったが、民間人の13歳の少年に強いるのは酷だった。
不安げに二人を見る少年。だが、大人たちの意を察し彼は応じた。
シンの肩の上にダコスタが跨り、ダコスタの肩の上にアルバートが跨った。

 
 

アルバートが、通風口をとおり、シンとダコスタの元を離れてから数分の後――
ダコスタが、おもむろに口をひらき、シンに問う。「あの子、誰なんですか?」と。
シンは応えた。この艦の初代艦長の子ども、だと。その言葉にダコスタは納得する。

 

「なるほど、彼は、お母さんのこと、好きなんですね」
「……なんで、そうなる? あの子は、母親のことを、恨んでるって言ってたぜ?」

 

ダコスタの言葉に、シンは訝る。しかし、逆にダコスタに指摘される。
「それこそ、おかしい」と。かみ合わない二人の問答。ダコスタの弁はこうだ。
いわく「本当に恨んでいて、嫌っているなら、母親の乗った艦を見に来ますか?」と。
――なるほど。本当は、好きだったってことか。
自分より、ダコスタの説のほうが理にかなっていると気づき、シンは得心する。

 

……と、同時に、シンには嫌な予感が芽生える。大声で「しまった!」と叫ぶ。
何事かと、ダコスタに問われ、シンが応える。

 

「本当は好きな母親が乗っていた艦。それがジャックされたら、お前はどうする?」
「そりゃあ、悔しいですよ。出来るなら、取り返しに――って、ああああっ!?」

 

大人二人は、同時に頭を抱えた。とんでもないことになってしまった、と。
自分たちは、子供を逃がしたつもりで、戦地に放り込んでしまったのかもしれない。
そう考えたとき、二人は絶望した。

 

そして、その絶望は具現化する。

 
 
 

狭い通風口の中でアルバート・グラディスは、匍匐前進を続ける。
彼は、母親の事を本当は愛していた。幼い頃の記憶は、鮮明に残っている。
母は、軍務の合間を縫って自分に会いに戻ってきてくれた。それなのに……
昔の男と、心中同然で母は果てた――と聞かされた。信じられなかった。
きっと、理由があった筈……そう、思いたかった。

 

だから、シンに誘われてミネルバを見に来た。母が艦長を務めた艦を、見ておきたかった。
いつか、母と同じように軍人になりたかった。軍人になれば、母に近づけるかもしれない。
そんな理由から、プチモビルスーツの免許も取った。心は、常に母を目指していた。

 

――この艦が奪われたのなら、僕が取り返す!
秘めた思いを胸に、少年は前進を続ける。彼は目指す。モビルスーツの格納庫を。

 

やがて、ひときわ広い網が見えた。そこから、モビルスーツの頭部らしきものが見えた。
通風口の出口だった。人の気配がないことを確認し、網を蹴破る。
彼は、第3世代コーディネーターの純血種。その身体能力は、自然種の大人に匹敵する。

 

そこで、彼は見た。黒鉄の塊たるダガーの群。

 

そして、1機の純白のモビルスーツを。

 
 

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