XXXⅣスレ422 氏_第6話

Last-modified: 2009-11-08 (日) 01:06:10

シン・アスカとステラ・ルーシェの7年ぶりの邂逅は、激闘の幕開けだった。
互いにヴォアチュール・リュミエールを備えた運命の名を持つ機体。
その二人の戦いは、常人の目には追うことの出来ない代物だった。
純白のモビルスーツ、ストライク・リィンフォースのコクピットに座る者も例外ではない。
アルバート・グラディスにも、光学モニターに投射される2機の姿は確認できた。
しかし、あくまで確認できただけ。少年には、あたかも絡み合う螺旋にしか見えなかった。
赤紫の閃光が複雑に絡み合う。それは潰えることの無い、2人が織り成す舞踏――
シンとステラの戦いを見つめるアルバートの胸は、痛んでいた。
シンが自分を連れ戻しに来たであろうことは、容易に想像できたからだ。
けれど、戻るわけにはいかない。少年には、理由があった。ラクスの元へ向かう理由が。

 

「シン! 僕は、母さんの死の真相を知りたい! だから、アプリリウスへ行くんです!
 お願いだから、もうこれ以上僕の邪魔をしないで下さいッ!!」

 

こんなことを言っても、シンが引き返すはずはなかった。でも、言わねばならなかった。
見れば、残りの2機のフェイタル・ダガーがインパルスに迫っていた。
既にどちらも、装甲版を外していた。ヴォアチュール・リュミエール開放の合図――
絡み合う螺旋を、さらに2つの閃光が追いかける。このままでは、シンは……

 

「残りの二人が貴方を追ってます! 3対1じゃ無理です! 勝てっこない!
 もう僕のことは……放っておいて! 逃げてッ! 逃げてください!」

 

アルバートの絶叫が戦場に木霊する。しかし、螺旋も閃光も止まらない。
少年の想いに構うことなく、さらに4機のモビルスーツは加速し続ける。

 
 

機動戦士ガンダムSEED ブルーブラッド 第6話「覚醒する力」

 
 

アルバートの案じたとおり、シンの後方に2機の漆黒のダガーが迫る。
どちらのエールストライカーからも、赤紫の翼が生えていた。光の翼が――
2機を操るのは、ステラ同様先の大戦のクローン兵。
パイロットの名は、スティング・オークレー。そして、アウル・ニーダ。

 

「いくぜ、相棒」
「ああ。ちゃっちゃと締めないと、ステラに怒られるからね」

 

二人のエクステンデッドが言葉を交わした次の瞬間、螺旋の片方が途切れた。

 

途切れた螺旋。一つは完全に途絶え、もう一つはゆっくりと光を収めた。
途絶えた閃光は、シンの駆るデスティニー・インパルス。光の翼はまだ健在。しかし……
インパルスは両手を挙げ、万歳をしている状態。その両腕に絡みつくワイヤーのような物。
シン・アスカは、完全に拘束されていた。ワイヤーを放ったのは、2機のダガー。
それぞれがインパルスの両手めがけてワイヤーを放ったのだ。
当の本人達は勝利を確信する。スティングとアウルは、捕われの獲物を見ながら嗤う。

 

「再会を喜ぶのは構わないが、ステラにその気はないらしいぜ?元ザフトのエースさんよ」
「ひょっとして、片想いってヤツ? ハッ! 嗤っちゃうね!」

 

捕らわれたインパルスは身をよじり逃れようとするが、ワイヤーは断ち切れない。
デスティニーの後継機と量産機。インパルスとダガーは、パワーもスピードも大差がない。
シン・アスカは、己の浅はかさを呪っていた。昔から、熱くなると周りが見えなくなる。
昔はよくアスラン・ザラに叱られたものだが、今回も似たような失態を犯してしまった。
クローン・ステラの存在に過去の記憶を呼び起こされ、昔の自分が出たのかもしれない。
後悔するが、後の祭りだった。目の前に、ステラの乗るダガーが迫る。
両手にビームサーベルを握り締めた彼女は、シンに冷たく告げる。

 

「……ブランクを感じさせない見事な動きだった。だが、3対1では分が悪すぎたな」

 

――おっしゃるとおり、だよ。
自嘲気味に、シンは内心でつぶやく。奇跡でも起きない限り、逆転は難しそうだ。
アルバートの翻意でもあれば別だが、純白のストライクは微動だにしない。
推定に過ぎないが、シオン・アズラエルが殺さずの命令を出していたからだろう。
シンの命が、奪われることだけは無いのだ。ならば、アルバートが止めに入る理由もない。
諦めかけたシン。しかし――
ふと、モニターが光っているのに気づいた。小さな文字が目に入る。Minervaのそれ。
そして、もう一つ――Chest flyerの文字も。
やがて、シンの笑みが変わる。自嘲から、自信へ。逆転の糸口を見つけ、それを掴む。
モニター越しに迫る、黒いダガーのサーベル。
まさに振り下ろされんとする刹那、インパルスがアクションを起こす!

 

突然、インパルスが砕ける。砕かれたのではない。自ら"砕けた"のだ。

 

腕部と脚部が離れ、核となる部分が戦闘機へと変貌を遂げる!
コア・スプレンダーが姿を現すや、瞬時にバルカン砲を正射する!
インパルスを砕こうとしていたステラの乗る黒いダガー、その顔面部分へ――!
スティングとアウルが制止する間もなく、ダガーのメインカメラが砕け散る!!

 

シンの行動は素早かった。
コア・スプレンダーの20mmの機関砲が火を吹くや、次の行動に移る。
ダガーのワイヤーに拘束された腕部は捨て、ミネルバから放たれた新たなそれと結合する。
そして、一度切り離した脚部も再び結合させる。
うち捨てられた腕部の背後、デスティニーシルエットはすぐに古いそれから離れ……
新しい本体たるインパルスと融合する。再び、デスティニー・インパルスが雄姿を現す!!

 

インパルスが手にするのは、レーザー対艦刀エクスカリバー。文字通り、対艦用兵器。
これで動きの素早いモビルスーツを切ろうとしても、簡単に逃げられる筈だった。
しかし、シンが次に狙うダガーは、足かせを付けられていた。分離された古いチェストを。
アウル・ニーダのダガーは、シンの予期せぬ動きに焦り、ワイヤーを切り離すのが遅れる。
その隙をシンは見逃さない。次の瞬間聖剣が払われ、ダガーの胸部から火花が散る!
切られたアウルを庇うようにスティングのダガーが間に入り、追撃を阻まれるが……
かつてのザフトのエース、シン・アスカは、見事なまでに戦況を覆していた。
潰されたメインカメラをサブカメラに切り替え、ようやくステラが戦線に復帰する。
彼女は援護するつもりでやってきた味方二人を叱責する。

 

「アウル! スティング! この馬鹿どもッ! 油断するからだ!」

 

厳しい言葉にアウルは首をすくめ、スティングは舌打ちをする。
3人の中では紅一点のステラがリーダー格であり、アウルとスティングは部下だった。
彼女は「油断していたのはお前も同じだろうが」というスティングの抗弁に耳も貸さない。
アウルに強い口調で戦闘可能か問いただし、可という答えが返るや再度の攻撃を命じる。
「今度は、二人でシンを追い詰めろ!」という一声とともに。

 
 

アルバートは、一連の攻防をただ見つめていた。いや、見惚れていたという方が正しい。
7年前ザフト最強のパイロットと謳われたシン・アスカ。その力は、今も猶輝きを放つ。
その眩いばかりの光に、少年は目を奪われていた。

 

「これが、シン……貴方の本当の力、なんですか?」

 

呻くように少年はつぶやく。クライン派に敗れ、シンは軍を離れたと聞いていた。
敗れた彼は市井の人として生き、そしてアルバートの前に現れた。ただの警察官として。
しかし、7年ぶりに機上の人となった彼の動きは、聊かも衰えていない。
昔、戦場の母から貰った手紙に「強い子だけど、困った子」と書かれていたシン。
その頃のプラントでは、デュランダル子飼いのエースとして喧伝されていたシン・アスカ。
アルバートにとってシンは、かつての憧れの存在であった。そして、今も――

 
 

再び、2機のダガーがシンを追い回し始めた。スティングとアウルの二人だろう。
連携しながらインパルスを追い詰めようととしているが……ふと、アルバートは気づく。
ステラの乗るダガーが、動かないのだ。
メインカメラを破壊された様子だったが、サブがあるため本体に影響は無いはずだった。
なのに、ステラは動かない。シンのコア・スプレンダーに撃たれて以降、動きが無い。
リィンフォースのコクピットに、警告音が鳴り響く。全天候型モニターにMinervaの文字。
本来はアルバートたちの母艦であるが、今は敵。動かしているのは、あのダコスタだろう。
まもなく敵の主砲の射程距離内に入る。その事実を、アルバートはステラに告げる。

 

「ステラ! スティング! アウル! ミネルバが近づいている! 気をつけてッ!!」

 

アルバートの放つ警告。それなのに……相変わらずステラのダガーは動かない。
戦艦からの攻撃が近いのだ。モビルスーツとて、動かなければただの的に過ぎない。
それなのに、彼女は動かない。まさか、よもや――
アルバートは、考えられる唯一の可能性に行き当たる。

 

「ステラ……まさか、動けないの?」

 

その答えは、ミネルバの操舵席に座るマーティン・ダコスタには分かっていた。
本来フェイタル・ダガーもミネルバ2に所属している。状態は、一目瞭然だった。
ステラの乗るダガーは、バッテリー機だった。本来、デルタフリーダムの支援機にあたる。
状況に応じてヴォアチュール・リュミエールも使えるが、その機動時間はきわめて短い。
故に電力が切れた場合には補給を要した。ミネルバのデュートリオン送電システムからの。
しかし、今のミネルバは敵。それも、ステラの状態をすべて把握している最悪の敵。
ダコスタは操舵席を離れ、副長席へと向かい、主砲トリスタンを目覚めさせる。
ミネルバの左右から高エネルギー収束砲が姿を現し、動かぬダガーに照準を定める!

 

「シン! あの動けないダガーを仕留めます! 貴方は、一時その空域から離れてくれ!」

 

ダコスタは、確信していた。今ならステラの乗るダガーを仕留められると。
それを阻めるのはシオンたちだが、迂闊にトリスタンの間合いに入り込めば巻き込まれる。
――いかにテロリスト仲間とはいえ、彼らとて躊躇うはず。
それが、ダコスタの勝算だった。一機でも仕留めれば、残るは僅か4機。テロは阻止可能。
そして、まさにダコスタが照準を絞ろうとしたそのとき――!
1機のモビルスーツが、ステラ機を庇うように割って入る。
それは、ビームシールドを掲げており……その正体を看破したダコスタは、激昂する。

 

「どういうつもりだ、シン・アスカ! なぜそいつを庇うッ!?」

 
 

ダコスタの声は震えていた。信じられなかった。信じたくなかった。
味方になってくれたと思った筈の男が、敵である女を庇う。その光景を信じたくは無い。
だが、それは事実だった。シンは、動けぬクローン・ステラを庇っていた。
「どういうつもりか」というダコスタの問いに、ややあってシンは応える。躊躇いがちに。

 

「……正直、俺にも良く分からない。気づいたら、こうしていたのさ。何でだろうな。
動けない敵を戦艦の主砲で狙うアンタを、フェアじゃない……って思ったのは確かだが」

 

シンにも、己の行動原理が分からなかった。ザフトのシン・アスカなら、こうはしない。
多分、見殺しにしていただろう。強いて言えば、今のシンは軍人ではなかったからか。
警察官は、銃を持っているとはいえ撃たれた犯罪者を射殺したりはしない。
時間を掛けて説得するか、持久戦にでも持ち込み、投降でもしてもらうところだ。
知らず知らず、7年間培った新たな価値観がシンを変えていたのかもしれなかった。
そんなことを、ふと考えるシン。しかし、対するダコスタにとって、それは認められない。

 

「いくらビームシールドでも、トリスタンを防げはしないッ! 離れろッ!!」
「断る。無抵抗の敵を、撃ったりはできない。それを見過ごすことも、な」

 

数秒の間をおいて、ダコスタの声が冷たく響く。
「一緒にやりたかったのに。残念です」と。

 

トリスタンに、光が集まっていく。シンとステラの最後の時が迫っていた。
もっとも、当のステラには二の句が告げなかった。
呆然と、ダガーのモニター越しに、自分を庇うインパルスの背中を見ていた。
さっきまで戦っていた敵を、自らの身を挺して庇う行為を理解できなかったから……
そんなステラの目の前を、白い影がよぎる。少年の声が、間近で耳に届く――

 

「ダコスタさん! やめてください! ステラは、動けないんです!」
「君が庇ったとしても僕は引き金を引くよ、アルバート。君も、テロリストの片割だしね」

 

シンに掛けた言葉より、ずっと冷たい声。まるで、冷やした金属を打ち付けたような響き。
シンとステラの前に、両手を広げてトリスタンを阻止せんと聳えるリィンフォース。
そのコクピットで、アルバートは聞いた。引き金を引くダコスタの声を。
そして、その言葉とともにトリスタンが放たれ――光の濁流が、3人を襲った。

 
 

――テロリスト? 誰のこと? 僕? ステラ? それとも、シオン・アズラエル?
7年前、デュランダル議長から政権を奪ったのは、誰だ? あなた達じゃないか。
政権を奪ったテロリストが、今度は正義面してテロリストを裁くの? 
駄目だ。そんなことは、赦されない。あなた達に、そんなことをする資格は、ないよ――

 

リィンフォースの目――ツインアイの色が、変わる。緑色だったそれが、真紅の眼へ。
アルバート・グラディスの意思に従い、その力が解放される。
機体が炎を帯びる。純白の機体が、赤い熱を帯びたように、焔を身に纏う!
そして、トリスタンの光の濁流と、リィンフォースの焔がぶつかり合う!!

 
 

マーティン・ダコスタには、目の前に広がる光景が信じられなかった。
陽電子砲に次ぐ威力、それが――たった1機のモビルスーツに阻止される。
こんなことは、ありえない。いや、あってはならない。刹那、彼の全身を悪寒が貫く。
ストライク・リィンフォースが、こちらを見ている。そして、感じる。プレッシャーを。
形容しがたいほどの圧力が、純白のモビルスーツから放たれている。
――いや、俺は知っている。このプレッシャーを、俺は知っている!
忘れもしない。砂漠で見た光景だ。9年前の、アフリカの砂漠で。
あの日味わったプレッシャー。初代ストライクの放つ、あの威圧感そのもの――!!

 

「これは、キラ・ヤマト? 馬鹿なッ!? 彼と同じプレッシャーだというのか!!」

 

叫ぶダコスタ。だが今世のストライクは、眼前に迫っていた。
ビームサーベルを握り締めたアルバートが、ミネルバの艦橋目がけて切り込んでくる!
死を覚悟し、強く目を閉じるダコスタ。だが……
何秒待っても、死の瞬間は訪れない。生きていた。自分の心音が体を伝って聞こえる。
彼がゆっくりと目を開けると、そこには――
ビームサーベルを振り下ろさんとするリィンフォースを阻む、デルタフリーダムの姿。

 

「アル、こいつを殺しても意味は無い。君が殺すべき相手は、ラクスただ一人だ」

 

シオン・アズラエルの声は、リィンフォースのアルバートには届いていなかった。
ゆっくりと緑色のビームサーベルが終われるや、純白の機体は微動だにしない。
シオンはただ「半ば無自覚に力を使い、意識を失くしたか」とつぶやき……
リィンフースを抱えながら、後退のための信号弾を放つ。
ステラのダガーは、スティングとアウルのダガーに抱えられ、その場を後にする。

 

シン・アスカもまた動けなかった。彼は、今の光景に驚愕していた。
アルバートの乗るリィンフォースは、焔を纏い壁となり、
リィンフォースにぶつかったトリスタンは、四散して果てた。
形容するならば、リィンフォースの纏った焔は、まるでバリアフィールドだった。
動かぬインパルスの横を、リィンフォースを抱えたデルタフリーダムが通り過ぎる。
すれ違いざま、シオンはシンに語りかけた。

 

「まさか、アルが君と同じSEEDを持つ者だとは。グラディスの血も、罪作りだよ。
 シン。君も、このままで終わりじゃないだろう? アプリリウスで会おう」

 

インパルスのモニターに、光学映像が映し出される。戦艦が近づいていた。
シンは、その戦艦の名を知っていた。デュランダルが付けた仮初の名だが、あれはボギー1。
5機のモビルスーツを回収したアズラエルの母艦は、ミラージュコロイドで姿を消した。

 

なにもかも、7年前の再現だった。
悪夢であれば良かった。
しかし、これは現実。動かしがたい現実。

 

かくして物語は幕間を迎える。
第二幕は、プラントの首都アプリリウス・ワンから始まる。

 
 

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