XXXⅣスレ422 氏_第5話

Last-modified: 2009-11-06 (金) 23:37:10

鏖殺は一瞬にして完了した。
デルタフリーダムのディバイン・ドラグーンと3機のフェイタル・ダガーの手によって。
その光景は、ミネルバ2の艦橋で拘束を受けたまま放置されたシンとダコスタにも見えた。
二人ともなんとか立ち上がり、関節を外して拘束具を外そうとしていた矢先――
30機のモビルスーツが、脚をもがれ地に伏せるのを、呆然と見ているしかなかった。

 
 

機動戦士ガンダムSEED ブルーブラッド 第5話「シン、再び」

 
 

――C.E.80 4月30日 10:37 ミネルバ2艦橋。
シンは、ようやく手首の間接を外し自由の身となるや、艦橋のオペレーター席へと向かう。
かつて、メイリン・ホークが座っていた席。ここなら、艦の各所の様子が分かる。
まずは、艦内に設置してあるモニターを通じ、モビルスーツの姿を探した。
――残っているモビルスーツさえあればッ!
すぐにでも乗り込み、アルバート・グラディスを追いかけてやるつもりだった。だが……
敵も抜かりはなかった。当初、ミネルバ2の格納庫には6機のダガーが格納されていた。
3人のエクステンデッドが乗り込んだ以外は、3機のダガータイプが残っているはずだった。
しかし、残った3機のコクピットは――ものの見事に潰されていた。
「畜生ッ!」と罵り、歯噛みするシン。ようやく拘束具を外したダコスタがシンに近寄る。
彼は、シンが眺めているモニターを後ろから覗く。そして、シンに声をかける。
「シン、貴方は警察官でしょう? モビルスーツを探してどうするんですか?」
「決まってるだろう! アルバートを、止めるんだッ!」
シンの答えを聞いても、ダコスタは釈然としない様子だった。

 

かつて、二人は敵同士として戦った。シンはデュランダル派、ダコスタはクライン派。
シンはデュランダル子飼いの部下であり、ラクス・クラインを快くは思っていない筈。
ダコスタは不思議だった。彼は、再度問う。
「ラクス様を、助けてくれるのですか?」と。

 

シンも、自らの行動を理解しかねていた。
アルバートを止めたい――それは、確かな思い。
しかし、ラクス・クラインの命を救いたいと思っているわけではない。それでも……
アルバートを止める為には、たとえラクスを救う形になっても止むを得ない。
そのために、シンはなんとしてもミネルバ2とダコスタの力を借りたかった。
無言で頷くシンに、ダコスタは敬礼をする。
「感謝します」と短く告げ、本題に入る。
「アルバート君を止める方法が、一つだけあります」

 

7年ぶりにかつてのザフトのエース、シン・アスカが軍に舞い戻った瞬間だった。

 
 
 

30機に及ぶアーモリー・ワン守備隊モビルスーツを駆逐したテロリストたち。
邪魔する敵はすでに無く、彼らは揚々と上方へ向かう。砂時計の括れ(くびれ)へと。
プラントのコロニー群は、さながら砂時計の外観を呈している。
砂時計の上部と下部に、いわゆる"底"――すなわち地面が存在する。
人々は底に根を張って暮らしているが、軍用コロニーも例外ではない。
もちろん、港にあたるブロックも"底"にあった。だから、彼らは底へ向かうのを避けた。
コロニーの中央部、砂時計の括れには空がある。こちらも、空に似せた代物だが。
シオン・アズラエルたちは敵の追撃を避けるため、空からの脱出を図るつもりだった。
コロニー外壁の行き着く先、円錐の頂点を目指して彼らは飛翔し続ける。

 

――ここまでは、順調だな。
黒のフリーダムを駆る仮面の男、シオン・アズラエルは内心安堵していた。
ミネルバ襲撃とモビルスーツの強奪、さらに30機の敵機壊滅……幸先の良いスタートだ。
そしてもう一つ。予想外の味方が増えていたことも、彼を喜ばせていた。
純白のストライク。アルバート・グラディスの乗るそれは、彼らに遅れずに付いてくる。
アルバートは、少なくとも軍用モビルスーツに乗るのは初めてのはず。
それなのに、この適応力。テロリストと一緒に行動しているのに微塵の躊躇も無い。
――アル、これもグラディスの血統のなせる業か?
シオンは、デルタフリーダムをストライク・リィンフォースに接近させる。
それから機体の腕を伸ばし、お肌のふれあい回線で少年の声を聞く。

 

「アル、機体に問題は無いか?」
「……はい。コクピット周辺の景色が全部見えるので、違和感はありますけど」

 

若干こわばってはいるが、それでもはっきり聞き取れるアルバート声。
シオンは「そうか」と短く応え、機体の接触を断つ。
――あの年齢で、よくもやるものだ。
エクステンデッドとして強化されたシオンでも、そう思わずにはいられなかった。
ふと、ノーマルスーツを着ていない生身の手を見る。じっとりと、汗ばんでいる。
心拍数も、尋常ではないほど高まっている。シオンにとっても、今回は初陣であった。
しかし、これからがシオンたちにとっての本番だった。
敵の警戒網を突破し、プラントの首都アプリリウス・ワンまで向かわねばならないのだ。
窓の一つでも割れば、彼らはコロニーの外に出ることが出来る。ようやく、括れに近づく。
雲を抜けたところで、コロニー外壁に張り巡らされたミラーの一つを見つけ……
フリーダムの右手に握られたライフルで、威力を抑えた一撃を見舞う。
瞬時に開いた穴に4機が飛び込み、最後にフリーダムが風船で穴を塞ぎ、脱出は成った。

 
 

純白のストライク・リィンフォースに乗るアルバートは、宇宙を見ていた。
これまで、コロニーの港やシャトルの窓辺から宇宙を見たことはあった。
ただ、どちら少年の目の前にだけ広がる宇宙だった。しかし、今は違った。
全天候型モニターで構成されるコクピットから見る風景は……
まるで宇宙に放り出されたような感覚。

 

――これが、"本当の宇宙"なの?

 

そんな漠然とした想いを抱く少年。宇宙の広大さを、改めて認識させられる。
ふと、モニターの後部を見る。もちろん、後ろも宇宙だった。しかし……
突然、機体が警告音を発する。少年はそれを見ようと、機体の視点をそちらに向ける。
後ろを振り返る格好になったストライクが見たもの。それは――

 

「――み、ミネルバ!? 追いついてきたの!?」

 

アルバートが見つめる全天候型モニターに"mother ship"の文字が点る。
ストライクは、戦艦クラスがこちらに向かっていること注げていた。
シオンたちも感知したのだろう。黒いフリーダムとダガー3機が、一斉に後方を見る。
ストライクのコクピット内部の警告音が、次第に短くなっていく。それは迫敵の合図。
通信で、シオンの声がアルバートに聞こえる。

 

『馬鹿な! 戦艦にこんなスピードが出せるはずが無いッ!』

 

否、ミネルバではない。
確かに、ミネルバはこちらに向かっていた。だが、あくまで軍港からようやく出たところ。
高速で向かってくるのは、軍艦から放たれた"何か"。
コクピットのモニターで拡大表示される"何か"を見た少年は、呆然とつぶやく。

 

「翼? 宇宙を、鳥が飛んでいる?」

 

赤とも紫ともつかぬ、光の翼。その中心には、鳥の正体――モビルスーツの姿があった。
それは、見る見るアルバートたちに近づいてくる。正体を諮りかね、アルバートは呻く。

 

「――そんな! こんなスピードで動くモビルスーツが、あるの?」
『あるさッ! これがヴォアチュール・リュミエール――光の翼だッ!!』

 

声は、シオンのそれではない。光の翼を羽ばたかせる鳥からの声。
アルバートには、聞き覚えのある声――先程ミネルバに置き去りにしてきた男の声だった。

 
 

ほんの数分前――
ミネルバ2は軍港に向かって動き出していた。操舵するのはマーティン・ダコスタ。
そして、もう一人――シン・アスカは格納庫にいた。フリーダムのあった場所ではない。
7年前に建造されたミネルバ1は、とあるモビルスーツの運用を目的に建造された。
たった1機であらゆる戦局に対応可能なモビルスーツを運用するために。
かつてザフト最強を冠したモビルスーツの名は、ZGMF-56Sインパルス。
その後継機たる機体が、このミネルバ2にも格納されていた。

 

シン・アスカは、かつての愛機の前にいた。インパルスのコア・スプレンダーの前に。
7年ぶりにノーマルスーツを着込んだ彼は、躊躇っていた。
かつての大戦、CE73年の頃――シンは、インパルスのパイロットだった。
故郷オーブが戦渦に巻き込まれ、天涯孤独の身となりプラントへ渡った。
その先で、彼はザフトに入った。戦争を止めるための力を身につけるために。
そして、彼はそれを得た。インパルスという名の力を。しかし……
彼の力では、戦争は止められなかった。たった一人の少女を救うことさえできなかった。
戦いを止めるため、シン・アスカは更なる力を追い求め、さらに戦い続け……
戦争は終わった。彼の手によってではなく、立ちふさがったクライン派の手によって。

 

CE73年の戦いで自分は何をしてきたのか、その答えを見つけるために。
シンは戦後、彼が戦ってきた戦場を回った。ガルナハン、オーブ、ベルリン。
自身が戦い抜いてきた戦場の跡には、凄惨な戦争の爪あとが残っていただけだった。
戦争も止められなかった上に、誰も救えなかった。その絶望感が、彼を軍から去らせた。

 

「もう誰も殺したくなかった。誰も救えないのなら。だから、軍を去った。なのに――」
目の前に、再びインパルスが用意されている。これは、運命の悪戯なのか。

 

ダコスタから無線が入る。時間が無い、すぐに発てと。
少女の言葉が脳裏をよぎる。ステラ・ルーシェの言葉が。
彼女を守ると約束しながら、命を救うことすら出来なかった。
彼女のクローンは、今テロリストの片割れとして再び生を得ている。
そして、かつての恩人タリア・グラディスの息子はテロリストと行動を共にしている。
いま、アルバート・グラディスを救えるのは、シンしかいなかった。
ゆっくりと、コア・スプレンダーに歩み寄る。ハッチを開け、戦闘機の操縦席に入る。

 

「でも、今度こそ守らなきゃならない! アルバート、待ってろよッ!」
命に代えても、少年だけは救い出してみせる。その思いが、シンを再び戦場に駆り立てた。

 

戦闘機と、それを追う2つのフライヤー。そして、運命の名を告ぐシルエット。
それらが一になったとき、インパルスの究極形態が完成する。
蒼きフェイズシフトカラーを身に纏ったインパルスの名は、デスティニー・インパルス。
CE73にザフト最強を冠した2機のモビルスーツの後継機。
それが、アルバートが鳥と呼んだモビルスーツの正体――!

 
 

迫り来るモビルスーツとパイロットを悟った仮面の男シオン・アズラエル――
彼は、歯軋りしながら悔いていた。インパルスの存在を見逃してしまったことに。
ミネルバ1が建造された沿革を考えれば、搭載されていてもおかしくなかった。
だが、艦をあっさり奪取できてしまったことと時間的制約により、油断が生まれていた。
本来潰しておくべきモビルスーツを、潰しておかなかった。
「クソッ! 母艦との接触時刻も近いというのにッ! ステラ、分かっているな!?」
「分かっています、マスター。シン・アスカを、殺しても構いませんか?」
無機質な女の声が聞こえる。シオンがかつて救ったクローンのうち一人の声が。

 

殺人許可を求める声に、シオンは躊躇う。シン・アスカは殺したくなかった。
可能であれば、味方に引き入れたい存在ではあった。しかし、今は敵。
それでも、彼を殺せば大義名分は立たなくなる。自分達の目的が、果たせなくなる。
「駄目だ! 我々は世界に知らしめねばならないのだッ! ラクスのやったことを!
だから、再現してやらねばならない! 誰一人殺さず、あの女だけを殺してやるんだ!」
「……なら、一人では無理です。スティング、アウル、付いて来い」
ステラの指示で、3機のフェイタル・ダガーがシオンとアルバートの元を離れる。
ストライク・リィンフォース同様に、エールパックをつけた彼らは、編隊を組む。
戦闘はステラ、両脇を固めるのがスティングとアウル。
――目の前で、光の翼がはためく。ステラは、唇を舐めながら微笑む。酷薄な笑みだった。

 

彼女がすばやく機体のコンソールパネルを弄ると、彼女の駆るダガーに変化が生じる。
機体を包み込んでいた装甲板が外れるや……エールパックの火の色も変わる。
ブースターの色ではなく、インパルスの放つ光の翼の色と同じ、赤紫の光が生まれる。
インパルスのコクピットからその光景を見たシンは、驚愕していた。あの光は――

 

「馬鹿なッ!? その光は、ヴォアチュール・リュミエール――!?」
「フェイトって意味、デスティニーと同じなんだよね。運命を意味するのさ。
 つまり……フェイタル・ダガーは、お前の駆ったデスティニーの量産機なのさッ!!」

 

ステラの声が、シンの耳にも届く。7年前に儚く散った少女は、今は眼前の敵。
互いのマシンは光の翼を作りながら――シンのインパルスと、ステラのダガーは交錯する。
今も残るステラ・ルーシェへの想いを振り切るように、シンは叫ぶ!

 

「違うッ! お前は、ステラなんかじゃないッ! 彼女は死んだ! もういないッ!」
「そのとおりさ! アンタが護り切れなかった女と、一緒にするなッ!!」

 

クローン・ステラの声は、ステラ・ルーシェと同じ。だが、狂気と怒気が混じっていた。
かつて想いあった二人。しかし、器を違えた少女は、何の想いも抱いてはいない。
ダガーの引き抜いたビームサーベルが、シンを襲う。

 

ステラ・ルーシェとの7年ぶりの再会は、炎となりシンを焦がそうとしていた。

 
 

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