XXXⅧスレ198 氏_Raison d'etre_第1話

Last-modified: 2010-10-02 (土) 03:00:32
 

この感覚が「S.E.E.D」と呼ばれるものであることは、二度の大戦を経た後にマルキオ導師から聞いた。
ただ、自分は他のS.E.E.D因子保有者と違って、自分の好きなタイミングでS.E.E.Dの発動ができた。
しかし、その理由を深く考えたことはなかった。

 

「キラさん、そっち!」
「任せて!」

 

レジスタンスの機体を捉えた双眸の奥で「種」が弾ける。
マルチロックオンシステムがゲイツRを幾重にも捉えるその一方で、
常人より遥かに拡大した視野の片隅には、愛機が改修中のため、アンドリュー・バルトフェルドから
借り受けたガイアを駆ってレジスタンスのシグーをねじ伏せるシン・アスカがいた。

 

「……これで!」

 

ストライクフリーダムの砲腔が輝き、トリガーにかかった指に力がこもる。
あとたった数ミリ、トリガーを押し込めば全てが終わる。そのはずだった。

 
 

「……?!」

 
 

不意に、全身に緊張が走った。 「何か」いる。
この宙域にではない。自分の中に、である。

 
 

「? キラさん?」

 

違和感を感じたシンのガイアが、バーニアを潰され、両腕を切り取られたシグーを放って
ストライクフリーダムに近付く。
砲腔から輝きは失われ、急に動きを止めた自由の天使に不審がりはしたものの、
レジスタンスのゲイツRは当然のように手にしたライフルを差し向けた。

 

「キラさん?!」

 

ストライクフリーダムとゲイツRの間に割って入ったガイアのシールドが、
辛うじて放たれたビームを受け止める。自身もライフルを抜いて続けざまに発砲したが、命中弾はない。
シンは焦りもあらわに怒鳴った。

 

「キラさん、何をやってんですか!動いてくださいよ!」

 

鳴り響くアラームも、シンの声も耳に入らない。
ただ、意識が分割され、徐々に自分ではない何かが自分の頭の中を占めていくことだけは理解できた。
そして最後に、昔どこかで聞いた、懐かしい声を聞いた気がした。

 

(自分がどうして自由自在にS.E.E.Dを使えるのか、考えなかったのか?)

 

「……わか……らない…………よ……」

 

朦朧とする意識の中、辛うじてそれだけを呟いた。

 

(そうか)

 

「えっ?キラさん、なんですか?!聞こえないです!」

 

(最後に教えてあげよう、私がいつも君のS.E.E.Dの発動を手伝っていたのさ。
 わかったかな?では、さようならだ、キラ・ヤマト。そして――)

 

あたかも霧が晴れるかのように、意識が覚醒する。
ヘルメットを脱いでゆっくりとコクピットを見回し、ふとバイザーに映った自身の顔を見た。

 

「こんにちは、キラ・ヤマト。よろしくな」

 

にやりと笑って、マルチロックオンが再び作動。
静止状態から最高速度へ、ストライクフリーダムが劇的に機動する。
レールガンの砲口が跳ね上がって照準。
ロックオンを外そう滅茶苦茶な機動をするゲイツRのコクピットを狙い、直撃。
命中を確認すると同時にドラグーンが背中の発着ステーションから発進。
バーニア光で宇宙を細切れに切り裂いて、八機のドラグーンが動かないゲイツRに殺到した。

 
 

「ち、ちょっと、キラさん!」
「何?」

 

一斉砲撃を始めようとしたその寸前、ピタリ、とドラグーンがゲイツRを取り囲んだ状態で停止する。

 

「何?戦闘中だよ?」
「な、何って……や、やり過ぎなんじゃ……」
「やり過ぎ?どうして?彼らはレジスタンスだよ?ラクスの、僕たちの敵じゃないか」
「でも、いつものキラさんなら不殺で終わらせていたじゃあないですか。なんで、今回に限って……」

 

小さく舌打ちをして、「キラ」は煩わしげにガイアを見、続いてコクピットの潰れたゲイツRを見、
鬱陶しいと言わんばかりに口元を歪めた。

 

「ああ、そうだね。じゃあ、戻ろうか」

 

ドラグーンを戻し、くるりとストライクフリーダムを翻すと、コロニーへの帰還ルートを取る。
その時シンの脳裏を掠めたのは、ベルリンでデストロイを撃墜し、飛び去ったフリーダムの後ろ姿だった。
シンがキラと面識がなく、機体名で呼んでいた頃の後ろ姿。
大切なものをことごとく奪っていった、自由を謳う死神。
後にキラとシンが和解した際、家族のことやベルリンでのことをシンの口から聞いたキラは、
その場で深々と頭を下げた。
そのキラと、目の前のキラがどうしても一致しない。
気が付いた時には、ライフルを保持したガイアの右腕が持ち上がり、
ストライクフリーダムに狙いを定めていた。

 

「……何?」
「……待てよ」

 

自由の天使にライフルを向ける深紅の猟犬。
ストライクフリーダムのコクピット、通信画面に映ったシンは顔にうっすらと汗を浮かべ、
やや浅い呼吸を繰り返している。

 

「誰だ、あんた」

 

ほんの僅かに虚を突かれたような表情をした「キラ」が、次の瞬間笑った。
しかし、その顔は完全にキラ・ヤマトの顔ではなかった。

 

「意外と早く気付いたな、シン・アスカ?随分と鼻が利く」
「……ッ、だ、誰だって聞いてるんだよ!キラさんはどうした!」
「私がキラだよ。……というのは冗談だ。私はユーレン・ヒビキ。
 正確に言うならばキラ・ヤマトが製造された際、肉体が成熟期を迎えた時に取って替わるよう仕込まれた、
 ユーレン・ヒビキの人格と言うべきか。
 人格交替のトリガーはS.E.E.Dの発動になっている。
 彼がS.E.E.Dを自在に発動できたのは私が発動の補助の役割を果たしていたからだが、
 彼がS.E.E.Dを発動させる度に私の人格の支配する領域は広がり、今日めでたく交替を果たしたわけだ」

 

長口上を終えて、ゆったりと微笑む。

 

「わかるかな?つまりこの交替劇は既定事項であり、君が口を挟む権利などないのだよ。
 むしろ、この交替劇のためにこそキラ・ヤマトは生み出された存在だ。
 私が創ったのだから、私のものなのは当然だろう?」
「な……な……何を……あんたは、言って……」

 

再びヘルメットをかぶり直し、「キラ」――ユーレンはフットペダルを踏み込む。
ビームサーベルを抜いて、すれ違いざまに一閃。
反射的に体を捌いたシンのガイアは、ビームライフルを真っ二つにされただけに留まった。

 

「残念だが、キラ・ヤマトがキラ・ヤマトでなくなったと世間に知られるのは都合が悪いのだよ。
 君にはここで消えてもらう」
「何だと?!……やれるもんならやってみろ。俺はあんたをふん捕まえて、キラ・ヤマトを取り戻す!」

 

犬歯を剥き出して歯を食い縛ったシンの目が座り、S.E.E.Dが弾ける。
ストライクフリーダムのフルバーストを変形してくぐり抜け、再び変形してビームサーベルを抜く。
フットペダルを限界まで踏み込んで、背部のバーニアが最大点火。

 

「家族の仇だけど、ステラの仇だけど、いけ好かないなよっちい奴だけど、
 それでも今の世界にあいつは必要なんだ!」

 

背中のドラグーンを捨て、ヴォワチュール・リュミエールの翼を瞬かせ、
ストライクフリーダムが逆手にビームサーベルを握る。

 

「だから、返せ!!」
「無理だな」

 

鮮やかな深紅の機体が力強く宙に舞う。しかし、やがてなすすべもなく斬り伏せられ、
くすんだ灰銀になって散った。

 
 
 
 
 
 

「…………ぁ…………」
「シン?目が覚めたの?!」
「……ル……ナ……?」

見慣れない天井だった。しかし、そこに見慣れた赤毛。
お互い依存し合う関係を卒業したばかりのルナマリア・ホークがそこにいた。

 

「シン、良かった……」
「ルナ、ここは?……そうだ、キラさん!キラさんは?!」
「ここはナスカ級ヘルダーリンの医務室よ。落ち着いて、シン」

 

ベッドから跳ね起きたシンの肩を掴んで押し戻したルナマリアだが、シンは大人しくはしない。
肩にかかった手を掴んで、怒鳴るように問いかけた。

 

「ルナ、今何が起きてるんだ?!説明してくれ!」
「もうちょっと安静にしていなきゃダメよ、シン!あんた自分がどれだけ酷い怪我してるのか――」
「もういい!自分で確認しに行く!どけ!」
「わかったわよ、わかったから、説明するから大人しくして!傷口が開いたら大変なんだから!!」

 

ルナマリアから言質を取ってようやくシンは大人しくなった。
それを見たルナマリアは物憂げな顔になる。どこから話せばいいのか、と呟くと、

 

「全部」

 

と赤い瞳が訴えた。

 
 

「そうね……結果から説明するのであれば、ストライクフリーダムとストライクフリーダムの率いる
 無人MS部隊がザフトを壊滅させたわ。旗艦エターナル及びゴンドワナは出撃することなく轟沈。
 真っ先にその二艦が狙われたわ。
 更に、ちょっとでも軍事利用されているコロニーは全て破壊されてしまった。
 一般市民が住んでいてもお構いなしに、よ。死者及び行方不明者の数すらはっきりしないわ。
 ラクス様の消息すら掴めていないらしいから。
 残存戦力はこのヘルダーリンを含めたナスカ級が七隻、ローラシア級が三隻、及びその艦載MSだけ。
 ……完全に不意を突かれた。まさかストライクフリーダムが今更敵になるなんて
 思ってもみなかったものね」
「じ、十隻?!残りはたったの十隻だけだってのか?!
 いや、それになんでストライクフリーダムがザフトとコロニーを?!」
「知らない。たったの十隻って言うけど、エターナルとゴンドワナが沈められた直後に、
 ジュール隊長が指揮を執って下さらなかったらもっと減っていたでしょうね」
「ジュール隊長が?……そのジュール隊長は?」

 

ルナマリアは目を伏せた。

 

「壊走しそうになる部隊に何度も檄を飛ばして味方を支え、撤退の段取りを整えて私たちを逃してくれたわ。
 その後も殿としてボルテールと共に奮戦して……」

 

伏せた目の奥で、イザークの声が、その姿がフラッシュバックする。

 
 
 

『これよりザフト全軍の指揮はイザーク・ジュールが執る!ザフト全軍は非常態勢をとれ!』

 

『勝手に退くな!!敵前逃亡する者は俺が斬るッ!
 撤退の態勢が整うまで、一人でも多くの仲間を守るため、
 例え相手がストライクフリーダムであっても背中を見せるんじゃあないッ!』

 

『ルナマリア・ホーク、貴様たちも逃げろ!ここはジュール隊が引き受ける!
 プラント市民を守るためにはお前たちの力が必要だ!……貴様の相手は俺だ、キラ・ヤマトーッ!』

 

『貴様が守るんだ……プラントを……。ザフト兵なら…………わかるな…………』

 

頭部の半分と右の肩アーマー、左手と左足、そしてテンペストを半ばから失い、
コクピットに膝蹴りを受けて血返吐を吐きながら、それでもストライクフリーダムに向かって行く姿。
そこまで再生された所で、堪えられなくなったルナマリアの伏せられた目から
みるみる内に涙がこぼれ始めた。
その涙を見ても、シンは希望を捨てられなかった。
生きていてくれ、と、ともすれば口を衝いて出そうなほどに強く願った。

 

「……最後はストライクフリーダムにコクピットを貫かれて……死、死ん……で……」

 

最後は涙声になってよくわからなかったが、イザーク・ジュールが死んだという事実を
認識するには充分過ぎた。直立したまま肩を震わせるルナマリアの辛さはよくわかったが、
彼女を受け止める余裕はシンにもなかった。
まだ十代の彼らの心は、見知った人間の死を受け流せるほど渇いていなかった。

 

「ユーレン・ヒビキ……キラさんの体でジュール隊長を殺したのか……」

 
 
 
 

地球衛星軌道上では、プラント及びザフトの非常事態を察知したオーブ宇宙軍が展開していた。
そして、その中には「正義の騎士」を駆るアスラン・ザラの姿もあった。

 

「ザラ一佐、情報はかなり錯綜しているようです。
 あのキラ様がザフトを襲った挙句コロニーを沈めたなどという情報まで流布しているようで」
「キラがそんなことをする訳がない。引き続き情報を集めてくれ」
「了解しました。……ザラ一佐、所属不明のMS部隊が接近中です。ご注意を」
「所属不明?」

 

アスランは眉をひそめた。一機ならともかく、隊伍を組んで行動する所属不明のMS群など
この状況では怪しすぎる。

 

「数と機種は?」
「お待ちください。……何だと?」
「どうした!」
「……数は41機、ザク、グフ、ドムの混成部隊です。
 しかし、先頭の機体はストライクフリーダムであると確認いたしました」

 

アスランは耳を疑った。所属不明の怪しいMS部隊の先頭の立っているのはキラ・ヤマトであるという。
いや、コクピットの中にいるのがキラだという情報を得た訳ではないが、
ストライクフリーダムのパイロットと言えばキラ以外にいようはずもない。

 

「……会敵までの時間は」

 

アスランは沈着を装った。自分の動揺は部下にダイレクトに伝わる。
敵性認定はまだされていないが、アスランは敢えて会「敵」という言葉を使った。

 

「あと二分です。……三度目の警告にも応答ありません」
「……そうか。ならば当該部隊を敵性と判断。艦砲射撃で敵部隊を攻撃」
「……了解いたしました。各艦、一斉砲撃開始!」

 

エネルギーの奔流が伸びて、宇宙に鮮やかな炎の華が咲く。

 

「先頭の機体が加速!一気に接近してきます!」
「艦隊は下がれ!先頭の機体は俺が迎え撃つ!」

 

キラなのか、と通信機に向かって叫びたいのを堪えて、「先頭の機体」に向かって
インフィニットジャスティスが加速する。
やがてモニターに大映しになったその機体は、紛うことない自由の天使だった。

 
 

】【