XXXⅧスレ198 氏_Raison d'etre_第2話

Last-modified: 2010-10-02 (土) 02:37:15

「シン、無事か?」
「ヴィーノ!よく無事で……」
「話は後だ。シン、動けるか?」

 

赤いメッシュのメカニックが医務室に入ってくるのを見るなり、一瞬ルナマリアが咎めるような顔をしたが、
シンが力強く頷くのを見て諦めたように首を振った。

 

「無重力だからって無理しちゃダメよ?」
「わかってる。ヴィーノ」
「ああ、ハンガーに来てくれ。脱出前に何とかお前の機体を回収できた」

 

ハンガーに着いて、シンはすぐに床を蹴ってとあるMSに取り付いた。
大きな赤い翼に身の丈ほどもある大刀、一機のMSとしては破格の威力を持つ大砲に
金色に輝くV字アンテナ、そして目元の小さく切れ込んだ赤いライン。

 

「デスティニー……」
「改修は終わってる。装備に変更はないけど、各武装とヴォワチュール・リュミエールの出力とか
 モーションだとかを少々変更した。
 あと、ヴォワチュール・リュミエールの発生機である翼の稼働域も広がったから、柔軟な機動ができるぞ」
「わかった」

 

その時、艦内放送がけたたましい音と共に警報を鳴らした。

 

『地球衛生軌道上にて、オーブ軍とストライクフリーダムが交戦中。
 本艦を含むザフト全軍は直ちに当該宙域に急行し、オーブ軍と協力して目標を撃破します。

 コンディションレッド発令。繰り返します、コンディションレッド発令――』

 

「ここから近いな。オーブ軍か……アスラン、いるのか?」

 

体の怪我を完全に無視してデスティニーのコクピットに体を滑り込ませる。
ガイアよりもよく馴染んだコクピットは、体の不調を忘れさせてくれた。

 

「シン、無茶しないでよ!」

 

通信画面にパイロットスーツ姿のルナマリアが現れ、シンはひらひらと手を振った。
無茶をしないつもりなど微塵もないのである。

 

「ストライクフリーダムが相手なら、無茶しなくっちゃあ勝てないよ」

 

当然と言わんばかりのシンにむっつりとルナマリアは黙り込んだ。
てっきり猛烈な勢いで反論されると思っていたシンは、気勢を削がれる。
何か話さなければ、などと考えている内に、気付けば沈黙が支配していた。

 

(アスランがいるなら、やれる。俺とデスティニーのコンビと、アスランとジャスティスのコンビが
 手を組めばキラさんに……ユーレン・ヒビキにだって勝てる。ただし……)

 

「アスラン、迷ってないといいけど」

 

ルナマリアの声に、シンはハッと顔を上げた。
状況に流されこそしたものの、シンはストライクフリーダムを倒す覚悟を固めている。
しかし、ユーレン・ヒビキのことを知らないアスランはどうだろうか。

 

「迷う、だろうな。アスランだし」
「うん、アスランだし」

 

二人して軽く声を上げて笑ったところで、通信機のスピーカーが
ヘルダーリンのオペレーターの声を吐き出す。戦いの時が来たのだ。

 

「戦闘宙域まで300を切りました。MS隊はスタンバイをお願いします」
「了解。シン・アスカ、デスティニー、カタパルト接続します」

 

その時、シンにとっては懐かしい声が響いた。

 

「シン」
「トライン……副長?でいいんですか?お久しぶりです。無事で良かった」

 

通信画面に見知った顔が映る。ミネルバが沈められたメサイア戦役が終結して以来、
シンはアーサー・トラインとまるで顔を合わせることがなかった。

 

「君もね。士官の数が足りなくて、ヘルダーリンでも副長をやることになったんだ。
 それよりシン、作戦を説明するよ。
 本艦を含むザフト全軍はストライクフリーダムに制御を乗っ取られた無人MS部隊だけに的を絞って戦う。
 君とルナマリアには、ストライクフリーダムを何とか抑え込んでほしい」
「わかりました!」

 

アーサーが苦笑いした。通信画面越しにブリッジの喧騒が伝わってくる。
もう、話している時間はあまりない。

 

「……アーモリーワンの時から、いつもいつも辛い役回りばかり押し付けてすまない。
 この戦いが終わったら、一杯奢らせてくれ」
「すいません副長、俺酒は飲めないんで、飯を『いっぱい』奢ってください」

 

二人が笑う。アーサーはまたも苦笑い、シンはニヤリと会心の笑み。
すぐに真顔に戻ったアーサーが右手を挙げ、胸から上だけの敬礼を画面に映して、通信は切れた。

 

「MS隊、発進どうぞ!」

 

耳慣れないオペレーターの声で紡がれる耳慣れた出撃の合図。
今再び照星の瞬く戦場へ、その身を、魂を踊らせる。

 

「さあ、仲間の弔い合戦よ!」

 

気合いの入ったルナマリアの声に、心を燃え立たせる。
操縦捍を握り締め、射出のGに備えてやや前傾姿勢。

 

(ごめんなさい、キラさん。先に謝っときます。……今度こそ、あんたを殺さなきゃいけないみたいです)

 

「シン・アスカ。デスティニー、行きます!!」

 

射出。鮮やかな薄紫の翼を広げ、デスティニーが加速。
背後にはルナマリアのインパルスが付くが、それさえ置き去りにするかのようなスピードに
ルナマリアが焦る。

 

「ちょっとシン!速度合わせて!」
「いや、先行してストライクフリーダムを探す!見付けたら全隊に通達するから!」

 

言い捨てて、光の翼が膨張。完全にインパルスを置き去りにして、デスティニーが銃火の中に飛び込んだ。

 

(俺とアスランのコンビなら勝てる。けど、アスランが先にやられていないとも限らない。急がないと)

 

通信機のチャンネルを弄って全方位にセットし、叫ぶ。

 

「アスラン、いるんなら応答してください!ユーレン・ヒビキ、お前が殺し損なった男がここにいるぞ!」

 

応答はない。しかし、無人のドムとザクがデスティニーに気付いて接近する。

 

「邪魔だ!」

 

ペダルを踏み込む。バーニアと連動して光の翼を大きく噴射。
ザクがビーム突撃銃の照準を合わせたポイントより遥かに前に飛び出したデスティニーが、
武器を持たない左手をザクの胸部に押し当て、トリガー。
派手に発光することはなく、指向性と集束率を高められたビームが掌から発射され、ザクの胸部を貫いた。

 

「光らないのか?」

 

ドムがギガランチャー下部のビームマシンガンを連射するのを、ドムの相対的下方に回り込んで避ける。
すぐにドムに向き直り、手にしたライフルを三連射。二発目までを避け、
三発目をスクリーミングニンバスで防御する。
それを見たシンは背中のビーム砲を引き出させ、構え、放つ。
スクリーミングニンバスに正面から直撃し、過負荷に耐えきれなくなったスクリーミングニンバスが
一時的に消滅した。

 

「そこだっ!」

 

ビーム砲を格納し、アロンダイトを抜く。素早く引き伸ばし、突進。
右肩に構えたギガランチャーの射角を避けて加速し、袈裟懸けに斬りつけるとドムが真っ二つになった。

 

「モーションが早い?いや、武器を出して、攻撃するまでの流れが凄く滑らかになってる」

 

いける。
そう呟いたシンの進路を塞ぐ機体がまた一機。
見覚えのある意匠に慌てて機体の足を止めると、それは痛ましいほどに破壊されていた。
頭部、腰、肩、背部、四肢。そして、胸部コクピットは真っ黒に焼き切られている。

 

「そ、そんな……」

 

ワインレッドだった装甲は灰銀色にくすみ、鶏冠型のブレードアンテナは溶解して原形を留めていない。

 
 

「ジャスティス…………アスランッ!!」

 
 

あのアスランが、自身をあっさりと打ち破ったアスラン・ザラが、
コズミック・イラ最強パイロットの一角を担う男が、こうも機体をボロボロにされ、
コクピットを貫かれて殺された。
いや、アスランだからこそここまで機体をボロボロにされるまで粘れたのだろう。
ガイアに乗った自分は十分と持たなかった。
そこまで考えて、シンは気付いた。
デブリと化したジャスティスを挟んで向こう側の宙域に、キラリと光る薄青色の羽根。

 

「ストライクフリーダム……ユーレン・ヒビキ!」

 

そして気付いた。光り輝く薄青色の羽根は、こちらに向かって加速していると。

 

「ルナ!ルナマリア!ストライクフリーダムを見付けた!」

 

それだけ叫んで、アロンダイトを抜く。フットペダルを限界まで踏み込み、背部を主として、
肩、肘、腰、膝裏、足の裏の補助スラスターの全てが点火され、フルバーニア。
更に深紅の翼から光が溢れ、ヴォワチュール・リュミエールが最大稼働。
一機のMSには巨大すぎる推力をまっすぐ前に、薄青色の羽根に向ける。

 

「来たか、シン・アスカ」
「ユーレン・ヒビキ!なんでザフトを攻撃した!あまつさえコロニーまで!」

 

デスティニーが真正面から斬りかかる。それを逆手に握った二本のビームサーベルで受け止めた
ストライクフリーダムの腰のレールガンが跳ね上がり、砲口の照準機に光を灯すより早く発砲。
コクピットへの直撃は何とか防いだものの、大きく弾き飛ばされたデスティニー。
一方のストライクフリーダムはサーベルを仕舞って両手にビームライフルを持ち、連射。
持ち前の高機動性で逃れたデスティニーのその避けた軌道を前もって予測し、
狙いすましたタイミングでカリドゥスを放つ。

 

「ぐ……ッ!」

 

それすら身を捩って避けたデスティニーだが、また更にそれすら予測したユーレンが
デスティニーの背後に回り込んでライフルを連結させ、避けた直後のバランスを崩した瞬間、
デスティニーの背面から発砲。
今度こそ回避不能、と見たユーレンだったが、あわや、というところでシンがデスティニーの片翼のみから
光の翼を伸ばし、真横に機動して回避した。

 

「ならばマルチロック、完了」

 

しかし、その時には連結ライフルを切り離したストライクフリーダムがフルバースト態勢に入り、
即座にトリガー。

 

「馬鹿なっ……!」

 

アスランがやられるわけだ、とシンの頭のどこか冷静な部分が暢気に考えると、
次の刹那には全身が熱くたぎる。

 

(そうだ、アスランはこいつに殺されたんだ……)

 

理想的な上司と部下の関係にはほど遠かったが、確かに心を通わせた瞬間があった。
それが、無惨に殺された。

 

(やられるわけにはっ)

 

S.E.E.Dが弾ける。どこまでもクリアになった頭は瞬間的に完全な回避は不可能と判断し、
被害を最小限に抑えるための体勢を一瞬にすら満たない時間で整えた。

 

「ぐっ!!」

 

デスティニーの右足が膝上からもぎ取られた。
コクピットを激震が襲うが、その震動も受けるダメージとして計算の内に入っており、
精神的にも余裕を持って耐えられた。

 

「ほう。やるな、シン・アスカ。アスラン・ザラほどではないが、上出来だ。ご褒美をくれてやろう」
「……」

 

無言でライフルを引き出すなり早撃ちしたシンだが、ビームシールドによって防がれる。
チッ、と舌打ちして背中のビーム砲に手をかけたが、ユーレンが動かないのを見て、その手を止めた。

 

「ご褒美?」
「ああ、知りたくはないのかな?なぜ私がザフトとコロニーを攻撃したのか……」

 

操縦桿にかけた手から力は抜かず、辺りを見回しながらシンは頷いた。

 
 

「答えは簡単だ。この体は、キラ・ヤマトはそのためにこそ生み出されたのだよ……!」

 
 

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