XXXⅧスレ268 氏_Select of Destiny_第2話

Last-modified: 2010-11-29 (月) 01:42:51

「ま、まずい…!」
時々すれ違う者から「今日は寝坊か?坊主」と笑い混じりにかかる言葉への返答も程ほどに、
シン・アスハは仕事場へと続く廊下を駆け足で走り抜けていた。
(なんで此処ってこんなに広いんだろ?)
自身が勤めるオーブ政庁の、その無駄に豪勢で無駄に広くさらに無駄に長い廊下に心中で悪態をつくシン。
しかし、彼の考えには些か誤解があった。
政庁とは国の政治、国全体の今後の方針について話し合いがされる場所……
すなわち、その国の中心となる場所である。
そのような重要な役割を果たす建物がみすぼらしい外観では、
そこに働く国のトップ達は国内外からの信用を勝ち取ることなどできない。
まったく同じ電化製品でも正式な店舗で売られている品と道端の露店で売られている品、
どちらがより安全で故障しなさそうかを問われた際、大多数の人間が前者を選ぶのと同じ理屈だ。
ましてやここは、もはや国どころか世界の中心といっても過言ではないオーブの政庁である。
別に伊達や酔狂でこのような広く豪華な作りになっているわけではないのだ。
……前言撤回になってしまうが、正直伊達以外の何物でもないし、
そのような政治上の事情などシンには知る由も無い事だが。

 

「すみません、遅れました!」
数分後、仕事場へとたどり着いたシンは扉を開けるなり大慌てで頭を下げる。
その先には大型の机に座り、その上に積み上げられた大量の書類に目を通す1人の女性の姿があった。
無駄の無いスレンダーな体を朱のスーツで包み、背中あたりまで伸びる金髪は綺麗に整えられている。
整った顔立ちの上にうっすらと化粧を施したその女性の顔は、見るものに清楚な印象を与えるだろう。
「いや、勤務時間まであと2分ある。ギリギリセーフだぞ」
「ホントですか!?よかったぁ…」
しかし書類からシンへと視線を移した彼女が発した言葉は、やや攻撃的とも取れる乱暴な言葉遣いであった。
そんな女性の見た目と言葉遣いのギャップにも特に気にすることなく、シンは大きく安堵の溜息をつく。
「…って、すみません。ノックもせずに」
そしてついた後、自身の行動を省みて慌てた様子で再び頭を下げるシン。
「気にするな。ここは私だけじゃなくてお前の仕事場なんだからな。改めておはよう、シン」
「は、はい!おはようございます、カガリ様」

 

女性の名はカガリ。今は亡きウズミ・ナラ・アスハの意思を継ぎ
僅か17歳という若さで国家首長となったオーブの姫、カガリ・ユラ・アスハ。
前大戦においていち早くギルバート・デュランダルの野望に気づき、
ラクス・クラインと共に人類を救ったことから『プラントの歌姫』と共に
『大地の女神』と人々から称された女性である。

 

といってもこれは政治を知らない民衆からの評価であり、2年前に世界の政治家から
彼女に付けられたあだ名は『お飾りの姫』という大地の女神とは正反対のものであった。
『オーブの理念』とやらの理想に囚われ、ラクス・クラインの言いなりとなっている愚かな娘……
それが政治に関わっている者達からの彼女の総評であり、
カガリ・ユラ・アスハが地球連合の実質頂点に納まってしまった以上
地球はいずれプラントの属国となる、と嘆かれてすらいたのである。
ところが、そのような政治界にその様な風潮が流れたのは僅かな期間だけであった。
オーブ代表就任直後、気持ちだけが先行し政治に関してあまりにも無知だった頃とは違い、
諸外国との外交に置いて彼女は徹底的に「理」に積めた外交を行ったのだ。
相手国の言いなりになるわけでもなく、だからと言って無理やり我を通すわけでもない。
例え外交相手がプラントだろうが弱小国であろうが、徹底的に論じ、理解を深め、
双方が納得できる答えを導き出す。
国内の政治に置いても同様で、どのような細かい事であろうと必ず目を通し、
自分が納得できないことは決して許さない。
一種の独裁者に近い統括の仕方ではあるが、彼女の意見は正しい、正しくない、に関わらず
すべてが『理』に叶っていた。
彼女の理とは『オーブの民を守る』その1点である。
自らの保身や利益などには目もくれず唯その1点のみにすべてを費やした彼女の統括手法は、
ある意味理想的な政治運営として深く評価され、現在カガリはかつてのウズミの名を継ぎ
『新たなるオーブの獅子』と政治家達から敬意を込めて呼ばれていた。

 

「『様』は付けなくて良いって言ったはずだぞ?」
「す、すみません、カガリさm…あっ…さん」
「ははっまぁいいさ、そのうち慣れてくれれば」
「は、はい」
ころころと表情を変えるシンの様子が可笑しかったのか、カガリは笑いながら再び書類へと指線を落とした。
それを合図にしたかのように、シンも急いで自分に割り当てられたデスクへと移動する。
「シン、先日頼んだ調査結果はもうまとまっているか?」
「はい!今から集計データをそっちに送ります」
「ん、頼んだ」
カガリからの問いかけに力強く頷いたシンは、今日も課せられた仕事に取り組むべく
デスクの上に設置された端末の電源を入れる。
「やはり、この計画(プラン)をこのまま推し進めるには少し無理があるか?」
「そうですね、計画に割けられる予算にも限度がありますし……
 議員からは福祉予算を減額し、その分をこちらの計画に上乗せするよう提案が…」
「却下だ。力のない市民を苦しめて成立させてなんの意味がある。
 議員には、計画自体の縮小化の案を提出するよう指示を出しておこう」
「判りました」
シンの仕事とは代表補佐、有体に言えばカガリの秘書の様なものである。
今朝方、シンはルナマリアに対して
「自分が何故代表補佐なんて役職に就いているのか皆疑問に思っているだろう」と言っていたが、
それには間違いがあった。
確かに働き始めた当初、彼の仕事は雑用に近いものであったし、
そのことに対して疑問の声を上げる者は多数存在した。
しかし勤勉な彼の性格と元々の要領の良さが相まったのか、
見る見るうちに力を身に付け重要な仕事を任されるようになり、
わずか1年半という短い期間で『カガリ様の右腕』とまで噂されるほどの実力を身に付けているシン。
そんなシンに対して、先の様な疑問を持つ人間は本人のみ、というのが実状であった。
(それにしても、変な運命だな…)
仕事の手を休むことなく、シンはなんとなく自身の境遇を振り返る。
といっても振り返える事ができる自身の過去はわずか2年の間だけで、
それ以前の記憶はまったく思い出せないのだが…

 
 
 

『ここ……何処?』

 

2年前。シンの記憶は、見覚えの無い病室と嗅いだ覚えの無い薬品の匂い、
そして聞いた覚えの無い自身の声から始まった。
ここは何処なのか?何故自分は病室にいるのか?そもそも自分は何者なのか?
自分の年齢、出身、親の名前、兄弟の有無、何ひとつ思い出せない。
唯一覚えていたのは、自分の名前が「シン」だという事のみ……。
しかし不思議な事に、自身の過去をまったく思い出せない状態だというのに
不安に思ったり取り乱したりはしなかった。
数分後に部屋に入ってきた医師に自身の症状について説明を受けた際も、
まるで赤の他人の病状の説明を聞いているかのように自分は冷静であったことを覚えている。
後に医師から聞いて知ったことだが、これらは決して珍しいことではないらしい。
記憶喪失になった患者が始めて意識を取り戻した際に起こす反応は大きく分けて2種類あり、
1つは過去の記憶が無いことが酷く不安で仕方なく、どうにかして記憶を取り戻そうとパニックになる場合、
もう1つは自身の過去に対して関心を示さず、現状をあるがままに受け入れる場合だと言う。
2年たった今でも特に過去の記憶を思い出したいとは思わないことから、
自分は後者のタイプだったのだろう、そうシンは結論付けていた。
驚いたのはその後だ。

 

『シン!!』
医師からの説明を聞く途中、突然来訪してきた1人の男と3人の女性達。
その中の1人の女性が、自身が唯一覚えていた自分の名前を叫んだことから
彼女達は自分と何かしら交流のあった人物なのだろう事は判断できたが、
残念ながら4人の顔に身に覚えはない。
(あの時は、ルナに悪いことしちゃったな)
必然的にシンは4人が何者なのか尋ねる事になったのだが、シンはその事を強く後悔していた。
自分の言葉を聞いたルナマリアは取り乱したようにこちらに近づき、
自分はルナマリア・ホークだ、と叫びながらこちらの体を何度も揺すった。
しかし、その時の自分にとって彼女は初対面の人物でしかなく、
ただ困惑しながら叫び続ける彼女の顔を見つめる事しかできない。
仕方が無かったとはいえ他の者達に連れられて部屋を出て行く際にルナマリアが見せた、
ひどく傷付いたような表情をシンは今でも克明に覚えていた。
次にシンが彼女達に会ったのはその翌日。
再び部屋を訪れた彼女達に対し誰なのか思い出せない申し訳なさと、
再び傷つけてしまうのではないかと心配するシンの心中とは裏腹に、
ルナマリアは落ち着いた様子で自身達が何者でシンとどのような関係だったのかをゆっくりと説明し始める。
そのおかげようやくシンは自分の過去についておぼろげながら知ることができた。

 
 

シン・アズサ 17歳 コーディネーター 出身地オーブ
幼い頃に両親を失い施設で育ったが、2年前の戦争の影響で単身プラントへと移住。
学校に通う傍ら車の修理やコンピュータプログラミング等の日雇いの仕事で生計を建てながら
生活していたのだが、突如ZAFTの新型MSが連合軍の兵士に強奪される事件に巻き込まれる。
その際たまたま同じ場所に居合わせたオーブ代表カガリ・ユラ・アスハと共に
一時的にZAFT軍の戦艦・ミネルバに救出され、人手不足からそのまま臨時のメンテナンス人員として
働く事となった。
そのまま終戦間際までミネルバに乗り続けのだが、最終決戦の途中ミネルバが攻撃を受けた際、
なんと壁に生じた亀裂から宇宙空間に投げ出されたらしい。
ノーマルスーツを着ていた為死ぬことは無かったが、救出された時にはすでに意識が無く、
酸素ボンベの中身もほとんど空だったという。
すぐに病院に搬送される予定だったのだが、敗戦国であるプラントの病院は人で溢れかえっていて
とても搬送できる状態ではなく、元々オーブ出身という過去とカガリ・ユラ・アスハの計らいで、
4日前に意識の戻らないままオーブの病院へと運び込まれ、現在に至る……

 
 

なんという波乱万丈な人生なのだろう……
アニメや映画の登場人物でもここまで最低な半生を送ることはなかなか無いだろうな、
とシンはルナマリアから知らされた自身の過去に半分呆れながら反芻し、
そしてここまで教えて貰ってもまったく思い出せないどころか、思い出そうという気すら起きない
今の自分にさらに半分呆れる。
しかし、呆れてばかりもいられなかった。
幸いと言っては何だが、シンは自身に関する記憶はまったく覚えていないが、
世間一般常識に対する知識や思考力、判断力は欠乏していない。
その為シンには、自分が今どういう状況にあるのか直ぐに理解できた。

 

自分には帰る所がない

 

かつてオーブに住んではいたが、移住した以上自分はプラント国籍、プラントの人間という事になる。
そうなると普通に考えて自分はプラントに戻るべきだろうが、敗戦した直後である現在のプラントは
混乱状態にあり戻ったとしても普通の生活を送れるとは思えない。
しかもシンには成り行きとはいえ戦時中にZAFT軍の戦艦、デュランダル元議長の切り札ともいえる
ミネルバに搭乗していたという過去がある。
そんな人間が敗戦後直ぐにオーブに渡っていた、と言う事実がデュランダル派であった
ZAFT兵の耳に入った場合「シンはオーブから送られてきたスパイだった」等と
あらぬ噂を立てられ命を狙われる可能性すらあった。
少なくとも、プラントに戻るという道は断たれたも同然である。
だが、だからといってこのままオーブで暮らすにはまた別の問題があった。
確かに過去にオーブに住んでいた以上戸籍は存在するだろうが、所詮は施設で育った身。
その施設自体もオーブ侵略戦の折に破壊され、そのまま廃業してしまったと先程聞いている。
人を頼ろうにも、記憶喪失では人との繋がりを求めるのは不可能だ。
それこそ、目の前に居る彼女達以外には……

 

深い思考の海へと入り込んでいくシン。
『それでだ、シン……もしよければ私の家に来ないか?』
『はい……』
その為か、シンはルナマリアの後に立っていた金髪の女性から投掛けられた言葉の意味を把握できず、
無意識のうちに頷いていた。
『……はい?』
それが、今後の自分の運命を大きく変える選択肢だったと気付いたのは数分後、
金髪の女性がカガリ・ユラ・アスハだと名乗った瞬間であった。

 
 

「シン、ちょっといいか」
「?はい、何でしょうか?」
急にカガリに呼びかけられたシンは、回想を中断し立ち上がる。
「ああ、ちょっと頼みたいことがあるんだが…」
そう言いながらカガリは机の中から白い封筒を取り出すと、
隣まで移動してきたシンにその封筒を差し出した。
「悪いがこれを、『Dr.K(ドクター・ケイ)』に渡してきてくれないか?」
「Drに?手紙…ですか?」
「ああ」
カガリから封筒を受け取ったシンは怪訝そうに首を傾げる。
「何故わざわざ手紙なんですか?連絡事だったらメールでも十分なんじゃ?」
「それが、そう言うわけにもいかないんだ」
「どうして……はっ!?ま、まさか誰にも知られちゃいけない機密事項とか…!?」
「あ~違う違う」
何やら、盛大に勘違いし始めているシンに対し、カガリはフルフルと手を振って否定すると
溜息交じりに呟く。
「アイツは研究に没頭しすぎて、メールなんかで辞令を出しても読まないんだよ。
 前に私が直接電話をしても、平然と無視したぐらいだからな」
「は、はぁ…」
カガリの言葉に曖昧に頷くシン。
国家首長に対してそんな態度をとることができるDr.と呼ばれる人物に、驚嘆している様子だった。
「でも、それじゃ僕が手紙を渡しても読んでくれないと思いますけど?」
「いや…シンが直接持って来た手紙なら、アイツも無下にはしないだろう」
「?」
よく分からない、といった表情で首を傾げるシンに対し、「とにかく」とカガリは言葉を繋げる。
「アイツの助手達に話をつけてあるから、今から渡してきてほしい。頼んだぞ」
「わ、分かりました」
カガリの言葉に頷いたシンは、小走りで部屋から出て行く。
すると、退室したシンと入れ替わるように1人の人物が扉を開け部屋へと入って来た。

 

「邪魔をする」
優に190cmは在ると思われる長身を持つ人物の声は女性のものであった。
長い黒髪に朱色の瞳、紫を主体とした服の上に同色のマントを羽織ったその姿は
時代錯誤もいい所のはずなのだが、彼女が着ると何故か違和感を感じさせない。
「久しいな、ウズミの娘よ」
「そうだな。直接顔を合わせるのは1年と9ヶ月ぶりになる、ロンド・ミナ」
アメノミハシラ代表 ロンド・ミナ・サハクは、部屋に入るなり皮肉気な笑みを浮かべた。

 

「予がわざわざオーブまで赴いてきたというのに迎えの1人も遣さないとは、
 さすがはアスハのお家芸、とでも言って置こうか?」
「ミナが来ている事を知っているのは私だけだからな。当然だろう」
ミナの挑発的な態度に眉1つ動かさず微笑み返すカガリ。
するとミナは面白くない、とでも言いたげな顔で舌打ちをすると「まぁ、いいだろう」と話を本題に戻す。
それに合わせてカガリも微笑していた顔を真顔に戻した。
「しかし、何のつもりだ?我が軍にオーブから戦力の支給を行うとは…」
「アメノミハシラは元々オーブの土地だ。
 そこの軍への支援を行うのは当然の事だし、今までにもあった事だろう?」
「確かに、情けない話ではあるがオーブからの支援があるからこそ、
 我らは円滑に宙賊共を駆逐することができる。しかし…」
ミナの目が鋭く光る。
「MSを直接、しかもロールアウトもされていない『はず』の新型を支給するとは、
 どういう風の吹き回しだ?」

 

今まで、オーブがアメノミハシラに行ってきた支援は、資金や食糧・MSや戦艦の修理用の部品等、
直接的に戦いとは関係のない部分での支援のみに限られていた。
それはアメノミハシラ自体がファクトリーの機能を兼ねていた事と、
例え元々オーブのものであったとしても傭兵軍団の直接的な戦力の増強を
好しとしていなかった事が理由にあたる。
対宇賊専門の宇賊とはいえ、所詮は同じ穴の狢……何時、その矛先が自分に向けられるか分からないからだ。
ところが先日、カガリから直接ミナの下に送られてきた通信に書かれていた内容は
その前例を打ち砕く物であった。ミナが直接、カガリの真意を確かめる為にオーブへ赴くほどに…
通信に記載されていた支援物資……それは部品(パーツ)ではなく、完成されたMS・計20機。
MSを直接支給するだけでも規格外であるのに、添付されていたMSのスペック表に見覚えのあったミナは
更に驚く事になった。
そこに書かれていたMSのスペックは、プラントがザク・グフに変わる新たな量産型MSの次世代機として、
オーブに開発を依頼していた機体のスペックに瓜2つであったからだ。
しかも、ミナの掴んでいる情報では、現在ようやくそのMSの試作機(プロトタイプ)が
完成したばかりだったはずだ。
つまりカガリは、プラントから依頼され開発したMSの完成を依頼主に偽り、
わざわざ宙賊にその次世代機を引き渡そうとしているのだ。
これではミナでなくても、カガリが裏で何か企んでいるのでは?と勘繰りたくなるだろう…
それほどまでに、今回のカガリの措置は異例のものであった。

 

「答えよ。これはいったい何のつもりなのだ?」
強い口調でカガリに真意を問いただすミナ。
その表情からは「嘘をつく事は決して許さない」という意志がありありと浮かんでいた。
「…………」
ミナの様子にカガリは軽く溜息を付くと徐に呟いた。
「……保険だよ」
「何?」
カガリの答えに眉を顰めるミナ。
「今でこそプラントとオーブ、言い方を変えれば地球(ちじょう)と宇宙(そら)の関係は
 概ね良好と言っていい。しかし、それが何時崩れるとも限らない」
3年前のようにな……そう呟くカガリは、何処か遠くを見つめるような表情をしていた。
「もし『その時』が訪れた時、プラントに対抗できる戦力(ちから)がオーブにしかない…
 そんな事態にならないように、ということだ」
「ほう?」
そう言葉を並べるカガリを、ミナはあざ笑うかのように口元を歪めた。
「つまり『その時』が訪れたら、貴様は再びプラントに『討って出る』という事か?
 オーブの理念を踏みつけて…」
「そうだ」
「あそこには貴様の弟も、友と呼ぶべき者も居るはずだが?」
「オーブの民を守るためなら、その程度切り捨てるさ」
ミナからの問いに淀みのない声で答えるカガリ。
その様子にミナの表情が消える。
「……何故、我が軍を選んだ?予が貴様を討つという可能性を考えなかったのか?」
「さぁ?唯1つ確信しているのは、例えミナが私を討とうとしたとしても、
 『民』を傷付けることは絶対にしないということだけだ。それだけで十分だ」
「…………」
そう言ってカガリは微笑む。
「………ふっ」
その答えを聞いたミナは先程とは違い、心から面白そうな笑みを浮かべた。
「随分と国家の主としての顔が板についてきたではないか。数年前とは比べ物にならんほどに」
「そうか?」
「そうとも。もし未だ亡きウズミの影に囚われているようならば、
 今この場で私が貴様に代わりオーブを我が物にしてやったものを…」
「そんな冗談を言うようになったということは、ミナも随分変わったんじゃないのか?」
「……冗談ではなかったのだが、まぁいい」
そう言うとミナは振り返り、先程自分が入って来た扉を見つめる。
「貴様を変えたのはあの男か?ウズミの娘よ」
「!」
ミナの言葉に表情を変えるカガリ。
机の上で組まれた手の平が、僅かに震えた。
「シン・アスカ……いや、今はアスハだったか」
「何故それを?」
「アメノミハシラの情報網を舐めるな、アスハよ。
 スーパーコーディネーターキラ・ヤマトをたった一人で撃墜した男、フリーダム堕としのシン・アスカ」
「………」
「まさか、オーブの民であったとは思わなかったが…」
「………そうだ」
搾り出すような声でカガリは応える。
だが苦しそうな声とは裏腹に、カガリの瞳はまっすぐとミナの顔を見つめていた。
「私を変えたのはあいつ、シン・アスカだよ」

 
 

カガリにとってシンとは『罪』の象徴である。
3年前、記憶喪失となったシンに自分の家に来るよう提案したのも、
父の決断が彼の家族を殺してしまったという負い目があったからだ。
しかし、彼と共に生活し始めたことで、自分の認識が間違いであったと気付かされることとなった。
記憶を無くしたシン・アスカは何処までも純粋だった。
よく笑い、よく謝り、よく従う。
誰よりも素直で勤勉で、カガリの仕事を率先して手伝い、
今ではカガリの右腕と呼ばれるまでになった彼を見て、これが本来のシン・アスカの姿なのだろう……
とカガリは考える。
大戦中、自分の事を強い口調で責めてきた彼や、ルナマリアに聞いたアカデミー時代に
問題ばかり起こしていたらしい彼の行動は、自身を守るための殻の様なものだったではないか。
家族を目の前で失い、見知らぬ地へ移住し、知る人も頼る者も無い世界で
一人きりで生きていく為に作った心の壁。
その壁を作った責任が自分達にあると気付いた時、カガリは自分ではどうしようもないほどの
罪の意識に苛まれることになった。
ウズミが前対戦中にあの選択をしなければ、彼の両親は死ななかった。
民ではなく、オーブの理念を優先しなければ、彼の妹は死なずに済んだ。
アスハがオーブの理念を作らなければ、彼は家族を失わずに済んだ。

 

『アスハ』さえいなければ……彼の心は壊れなかった

 

いっそ正面から断罪されたほうがどれだけ気が楽たったろうか……
シンが人懐こい笑みを浮かべながら信頼と敬愛を込めた視線を自分に向けてくる度、
カガリの心は胸をナイフで突き刺されるような痛みを生じる。
笑顔であるはずの彼の瞳が、自分を責めているかの様に感じるのだ。
「あんた達のせいで、俺の家族は死んだのだ」と……
故にカガリは変わった、気付かされたというべきだろうか。
守るべきは、誓いではなく民……民の命こそが、守るべき国そのものであると。
『他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに加担しない』
平和な世である限り、父が掲げたオーブの理念を破る気などカガリには毛頭ない。
だがもし平和が破られ、再びオーブの民が危険に晒されそうになった時、この理念は用を成さなくなる。
もう2度とシンの様な者を生み出さない為、迷わず、一切の躊躇無くこの誓いを踏みにじる、
カガリはそう心に誓っていた。

 

「ふふふ…なるほど」
凛とした表情で自身を見つめるカガリの顔を見たミナは、再び面白そうに喉を鳴らした。
「やはり貴様は変わった、ウズミの娘……いや、カガリ・ユラ・アスハよ」
「!」
ミナの言葉に眼を驚いた様に見開くカガリ。
今までミナがカガリの事を呼ぶときは『貴様』や『ウズミの娘』等、決して名前で呼ぶ事はなかった。
それが覆された、しかもわざわざフルネームで呼んだと言う事は、ミナがカガリの事を
『オーブを統べる者』に相応しい存在であると認めた、という事を暗に示した証拠であった。
「……ありがとう」
「…………」
数拍の間の後、微笑みながら礼を言うカガリを他所にミナはマントをなびかせながら振り返ると、
挨拶もすることなく部屋から出て行く。
その後姿をカガリは、穏やかな表情で見つめていた……

 
 
 
 
 

Extra Select

 

「ご苦労」
カガリの執務室から退室したミナは扉の前で自分が出てくるのを直立不動で待っていた側近、
ソキウスに労いの言葉をかける。
ミナの言葉にソキウスは軽く頭を下げると、ミナのすぐ左隣に陣取った。
「まさか、あそこまで変わっていようとはな……」
「…………」
廊下を歩く途中、誰に話すでもなく呟くミナ。
ソキウスの返事はない。リハビリ中とはいえ、一度精神が焼き消されてしまった彼が持っている知識では
ミナが何を言っているのか把握できないからだ。
「奴をあそこまで変化させられるだけの影響を持つ男、シン・アスカ……」
それを承知の上でミナは言葉を続ける。
彼女の脳裏に、先程すれ違った紅瞳と黒髪の少年の姿が浮かび上がった。
「なかなかイヂメg……もとい、見所がありそうな少年ではないか。なぁ?フォー・ソキウスよ」
ニヤリ…と口元を歪ませるミナ。
「…………」
無論ソキウスからの返事はない。
しかしそんな事はまったく意に介さず、ミナは何時に無く上機嫌にオーブ政庁内の廊下を突き進む。
その顔は、まるで新しいおもちゃを与えられた子供のような表情であった。

 
 

「へっくしっ!!…あれ、風邪引いたかな?」
同じ時、Dr・Kの下へと向かっていたシン・アスハは、
突如襲ってきた悪寒に不思議そうに首を傾げていた……

 
 
 

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