XXXⅧスレ268 氏_Select of Destiny_第3話

Last-modified: 2011-01-23 (日) 23:25:33
 

オーブ連合首長国唯一にして世界最高水準の技術力を持つ軍需企業、モルゲンレーテ社。
4年前の大戦で驚異的な戦果を上げたGAT-X105ストライク等のGAT-Xシリーズ、
不沈艦の異名を持つアークエンジェルの開発に携わったのがこの会社であり、
後のフリーダムやジャスティス、セカンドステージシリーズの開発に置ける
基盤を作ったと言っても過言ではない。
さらに言えば、自分の人生に大きな変革を与えてくれた(主に悪い方向に)出来事のきっかけを作った、
非常に素敵で愉快なクソッタレ共の巣窟である。
そんな悪魔達と一緒に働く事になるとは、やはり自分は何かを持っている(主に疫病神的な何かを)
…と自虐的な思考を展開する青年サイ・アーガイルは、モルゲンレーテ社の研究員達が集まる
研究施設の廊下を歩いていた。

 

「まったく、何で俺がこんな事…」
不機嫌な表情を隠そうともせず若干がに股気味にズンズンと突き進むその姿は
『私、今イライラしてます』と書かれたプラカードを掲げながら歩いている様な物であり、
すれ違う同僚の研究員は皆、怯えたように彼に道を譲っている。
確かに前大戦における数々の経験が、彼の人格に致命的な打撃を与えてしまった事は彼自身
よく分かっているが、少なくとも何の理由もなくイライラしたり、辺りに八つ当たりをしたりはしない。
彼が不機嫌になるその理由、それは彼が今向かっている場所…
というかそこに居るある人物に問題があった。
「はぁ…」
廊下を突き進んだ先にある扉の前に辿り付いたサイは、憂鬱そうな溜息を付く。
そして2~3度深呼吸を繰り返した後、意を決した様に扉の先へ足を運んだ。
「失礼します。サイ・アーガイル入りま……」
軽く一礼しながら入室したサイの足が1歩目で止まる。
そして、そのまま回れ右したくなるのを懸命に堪えた。

 

(自動ドアを抜けるとそこは、混沌の部屋でした…)
扉の先でサイが目にした物、それは薄暗い研究室一杯に広がるゴミの山であった。
至る所に転がるMSの部品(ジャンクパーツ)、
足の踏み場が無いほどに散乱したMSの物と思われる設計図、
無造作に置かれた食べかけの固形食品やゼリータイプの栄養食品の容器……
まさしくゴミ屋敷と化している研究室の一角に、不釣合いに置かれた一組の布団と毛布。
その毛布がモゾリと動いたのを確認したサイは、グシャグシャと設計図の束を踏みつけながら
その布団へと近づく。
「Dr、起きて下さい!」
「…………」
「Dr・K!!」
「~~~ッ」
布団の真上で大声を上げるサイに反応したのか、モゾモゾと毛布に出来た山が動き出す。
「…………」
サイにDr・K(ドクター・ケイ)と呼ばれた人物は、毛布から顔だけ出すと、サイの顔を見て眉を顰める。
そして無言のまま大きく伸びをすると、毛布から身を起こし億劫そうに立ち上がった。
「おはようございます、Dr」
「…………」
挨拶をするサイを無視して再び大きな伸びをしたDrは、布団の近くにある机の上に置かれたメガネをかける。
そして、横目でサイを一瞥し一言呟いた。
「誰だお前」
次の瞬間、盛大にずっこけるサイ。
その様子を見ていたDr・Kは溜息を付いた。

 

「冗談の通じない奴だな、サイ・アーカード」
「わけわからん冗談言わないで下さい!後、私の名前はサイ・アーガイルです!」
「ああ、そうだったな、サイ・アーカイブ」
「アーガイル!!」
だから来たくなかったんだ、と頭を抱えるサイ。
(まったく、黙ってちゃんとしてれば美人なのに…)
こちらの言葉を聞こうともせず、寝癖でボサボサになった髪をボリボリとかじる
「彼女」の姿につい溜息が出る。
ルナマリア・ホークとラクス・クラインの丁度中間ぐらいの濃さの紅髪、
猫を思わせる橙色を携えた瞳を持つ彼女の顔は、確かに美人に該当する。
もっとも、例え万人が「美人」だと思ったとしても、「美女」だと感じる人間は少ないだろうが。
……というより「美」と「女」の間にある言葉を加えたくなるのだ。
(……犯罪じゃないだろうな)
サイはDrを「見下ろし」ながらそんな事を考える。

 

身長180cm近くあるサイから見ても、Drの身長はいくらなんでも小さすぎた。
良くてハイスクール、下手をしたらジュニアスクールの生徒だと言われても違和感のないその体つきは、
先程から袖を通している白衣とミスマッチすぎて、とてつもない犯罪臭を匂わしていた。
これで、モルゲンレーテ社MS開発部門第一人者だというのだから、
本当に色々と終わっている組織だと感じる。
オーブ特有のスクール鞄…確かランドセル、とか言ったか…一度その鞄を持って来て見ようか。
身につけてくれるとは思えないが……
「?……何だ、人の顔をずっと見て」
「いえ、別に」
何時の間にか咥えている煙草……ではなく、棒状のプラスチックをピコピコさせながら、
眉を潜めるDrに首を振るサイ。
「それより、この部屋の惨状はいったいなんですか?1週間前に(俺が)掃除したばかりでしょう」
「仕方ないだろう、その1週間まともな生活をしてないんだから…」
「またずっと部屋に篭ってたんですか?」
「安心しろ、シャワーとトイレには行っている」
「当たり前です」
欠伸をかみ殺しながら答えるDrにサイは溜息を付く。
「今度は、何の研究ですか?」
「いや、例の機体のバランサー調整に不満があってな。
 色々と模索して昨日ようやく合格ラインまで持っていけたんだ」
「ああ…」
Drの言葉にサイは合点がいったように頷く。
「例の量産タイプですか」
「そうだ……量産型は1台に充てられる予算が少なくて性に合わん」
そう言いながら、Drはゴミに埋もれかけた端末を弄り始める。
すると、部屋に設置された大型モニターに1機のMSの姿が映し出された。
メインに白と青、所々に赤を取り入れたトリコロールカラーの装甲。
M1やムラサメに通ずるアンテナを持つ頭部。
バックパックには武装は無く大型のスラスターとなっており、
メイン武装はビームライフルとビームサーベル、頭部のイーゲンシュテルンのみ。
思い出深い、思い出したくもないあるMSを彷彿とさせるその外観に
驚いた顔をするサイを他所にDrは口を開く。

 

「量産型MS・コードネーム『マスラヲ』…今回、アメノミハシラに送る事になった新型MSの完成形だ。
 簡易武装ながら、セカンドシリーズにも見劣りしない性能を持っている」
「……ストライクに似ていますね」
「元々ZAFTから依頼のあった機体でカラーリングもZAFTの指定の物だ。
 大方『ストライクmk2』とでも呼ばれるようになるんだろう」
「………」
「もっとも、私から言わせれば駄作のMSなんだが」
「えっ?」
再び端末を弄り始めるDr。
すると、モニターの中に先程と別のMSが姿を現した。
素体自体はマスラヲと大差ないが細部が全く違っている。
マスラオの大型ブースターとなっている物と違い、より翼に近い形となったバックパック。
腰部に装着された2本の対艦刀、肩部に2門装備された高エネルギービーム砲、
膝部には通常のビームサーベルが装備されている。
トリコロールカラーは変わらないが全体的に赤の度合いが増したその姿は、ストライクでは無く、
別のMSに酷似していた。
「なんです?このMSは」
「マスラヲの試作機(プロトタイプ)…だった物だ」
「だった?」
「そうだ。お前はMSにもっとも必要な物は、一体なんだと思う?」
「もっとも必要な物?そうですね…」
「私は『汎用性』だと考えている」
「…聞けよ、人の話」
「何か言ったか?」
「いえ、何も」
諦めた様に首を振るサイを不思議そうに眺めた後、Drは話を続ける。
「接近戦、射撃戦、高速戦、対艦戦、1対多、1対1、
 それらすべての状況で高水準の戦闘力を発揮できる究極の汎用性を持つMSこそ、最強のMSであるとな」
「ああ、デスティニーの様な万能機ですか」
若干熱を帯びてきたDrの言葉に、適当に相槌を打つサイ。
しかし、次の瞬間「しまった」と後悔した。
「そうなのだ!!」
サイがデスティニーと口にした瞬間、飛び付かんばかりに顔を近づけ、声を荒げるDr・K。
端末を弄ってもいないのに、なぜかモニターに写る謎の機体の横には、
デスティニーのシルエットが映し出されている。
「火力、機動力、防御力、信頼性、その全ての点に於いてインパルスをも凌ぐ
 『最強のMS』と位置づけられた機体、ZGMF-X42S Destiny(デスティニー)!!」
「あの、Dr?」
「基本性能もさることながら、多くの武装を用いて様々な局面に対応できるそのシステムは、
 私の求める究極の汎用性にもっとも近いMSなのだ!!」
「…………」
上気した頬で語るDrの視線は、真っ直ぐにモニターへ映るデスティニーへと注がれていた。
ウットリとしたその表情は、無邪気な子供が玩具やお菓子に向けるそれと同じである。

 

Dr・K、彼女は生粋のデスティニー信者であった。
もともと万能性こそ最強、という考えを持ちMS開発を行っていたらしいが、
前大戦中にデスティニーの姿を一目見た瞬間、完全に心を奪われたらしい。
その愛は留まる事を知らず、一度デスティニーの事を話し始めたら1日中だって
飽くことなく話し続けることができる。
以前その愛を身を持って体感したことのあるサイは「何時か憎しみに昇華したりしないだろうか?」と
下らない事を考えながら、これから始まるであろうDrのデスティニー演説を思い、天を仰ぐ。
「この機体、マスラヲ試作発展型コードネーム『Fortune(フォーチュン)』も何を隠そう、
 デスティニーを参考にして設計・開発したMSなのだ!」
「いや、全く隠れていませんが…」
武装どころか、カラーリングまで瓜二つだし……開発?
何か、嫌な単語が聞こえた気がしたサイは慌ててDrの顔を見る。
「開発って…この機体、完成してるんですか?」
「長かった、フォーチュンの開発に漕ぎ着けるまで本当に長かった。
 マスラヲの開発費を少しずつおうりょ…もとい上手にやりくりし」
「今、何か言いかけませんでしたか!?」
「本当ならNJCを使い核エンジンを搭載させたかったのだが、許可が下りず」
「当たり前です!」
「あの石頭の脳筋娘め…何が『量産型MSの開発にNJCが必要になるわけないだろう』だ!
 おかげでEN消費の問題を解決するのに2ヶ月も掛かったんだぞ」
「たった2ヶ月で解決できたんですか!?」
「もっとも出力低下は否めないし最終調整もまだ残ってはいるが、この機体こそ私の運命だ!」
「言葉遣いがおかしいですよ、Dr・K!」
「ああ、しかし何と素晴らしい機体なのだ。デスティニー…」
言葉のキャッチボールをしているようで全くしていないDrとサイ。
報われないツッコミに疲れたのか肩で息をするサイを尻目に、
Drの視線が再びフォーチュンからデスティニーに注がれる。
「惜しむべくは、最初から『万能機』というコンセプトで設計されていれば、
 名実共に『最強のMS』の称号を欲しいままにしていただろうに」
「…えっ」
Drの言葉に項垂れていたサイの顔が跳ね上がる。
「最初から…て、どういう事です?」
「何だ、気付かなかったのか?」
その様子を見て、Drはため息混じりに呟いた。
「私はデスティニーを尊敬している。崇拝していると言ってもいい」
だが、と話を続けるDrの顔が歪む。
「気に食わないが、デスティニーが『欠陥機』であったという世間の評価……
 それは、逃れようの無い事実だ」
「それは、まぁ……」
誰よりもデスティニーを愛するDrの口から放たれた予想外の言葉に、サイは驚きながらも首を縦に振る。

 

彼女の言うとおり「デスティニーは欠陥機であった」と言うのが
今のMS研究者達の間で流れている認識であった。
ハイパーデュートリオンエンジンが搭載されているのにも関らず戦闘中にパワーダウンを起こし、
オーブ攻防戦とレクイエム攻防戦に置いて1対1の戦いに弱い事が露呈されたMS。
「一説では、クライン派の陰謀だったという噂も流れたが」
「違うんですか?」
「ああ。恐らくデスティニーは完成直前まで機体の方向性が決まっていなかった…
 言い換えると、『2種類』のコンセプトを元に設計されていたのだろう」
「……と言うと?」
「デスティニーの武装、ビームライフル・対艦刀・ビームブーメラン・長射程ビーム砲……
 これらはすべて、デスティニーの親元とされるインパルスが所有していた武装だ」
「そうですね。そもそもデスティニーは、インパルスの各シルエットを
 1度にまとめる事が出来るように 開発したMSですから」
「ところがだ」
モニターに写るデスティニーの2箇所が赤く点滅する。
「この掌部ビーム砲・パルマフィオキーナと光の翼・VL(ヴォワチュール・リュミエール)……
 この2つは明らかに異質だ。これらはインパルスはもちろん、
 デスティニーの試作機として開発されたデスティニーシルエット装備型のインパルス・
 通称デスティニーインパルス、全3機がロールアウトされたらしいが
 それらのシルエットの中にも存在しない」
「あれ、ウイングユニットはありませんでしたか?」
「Dインパルスのウイングはミラージュコロイド発生装置があるだけでVLじゃない。
 もっともデスティニーのVLも本物のVLとは別物だが……まぁそれは置いておこう。
 つまりデスティニーには試作機にすら搭載されていない謎の武装が何処からとも無く開発され、
 搭載されたということになる。にも関らず、これら2つの武装が戦闘で役に立ったとは思えん」
「確かに…」
Drの説明を聞いたサイが呻る。
あまりに射程が短すぎビームサーベルとしてもビームライフルとしても使えなかったパルマフィオキーナ、D.S.S.Dが開発した物の構造とは根本から異なり、単なる目くらましにしかならなかったVL。
下手をすればデッドウェイトにしかならないこれ等の武装を、
テストもせず行き成り最新鋭機に搭載するなど普通にはありえない事だ。
「しかもこれだけテンコ盛りに武装が搭載されているにも関らず、機体重量はフォースインパルスのそれと
 大差が無い。ブラストインパルスより軽いなど通常では考えられん。
 そこで私は、デスティニーには3機のDインパルスの他にもう一機、
 まったく別の方向性で開発した4機目の試作機が存在した、と結論付けた」
「もう一機、ですか…」
「Dインパルスが究極の『汎用性』をコンセプトに開発されていたのに対し、
 恐らくもう一機が求めていたのは究極の『機動性』だろう」
「機動性?」
「そうだ。まず現在MSに搭載できる推力の中でもっとも出力が高いと言われるVLを搭載。
 その推進力を最大限発揮する為、装甲を犠牲に極限まで機体の軽量化を行う。
 更に機体バランスを保つために外部武装を尽く排除。
 その過程で生まれたのがパルマフィオキーナだ。武装を機体内部に搭載してしまえば
 バランス調整も容易だし、本来はライフル・サーベル・シールドの3つの機能を
 これだけで賄うつもりだったのだろう。
 もしデスティニーがこの形で完成していたら、一般兵は愚かスーパーエース級のパイロットでも
 触れる事すらできなかっただろうな」
「…………」
「もっともそんな機体、1対1を大前提にして開発しているようなものだ。
 質より量な地球連合を相手取っていたZAFTではまったく使い物にならん」
 究極の汎用性を信条とする彼女としては許せないコンセプトなのだろう、
苦虫を噛まずに踏み潰したような顔でDrは呟いた。
「確かにそうですね。しかし、なんでZAFTはこんな機体を……」
「キラ・ヤマトのせいだろう」
「!」
ストライクと同じか、それ以上に思い出したくもない旧友の名前を耳にし硬直するサイ。

 

「ZAFT……いや、ギルバート・デュランダルはこのコンセプトで開発したデスティニーを
 対キラ・ヤマト用の切り札として使うつもりだったのだろう」
「…………」
無言になるサイを華麗にスルーしてDrは話を続ける。
「しかしパルマフィオキーナとVLの開発は難航し、時間を稼がなければならなくなった。
 その為に決行されたのがエンジェルダウン作戦だ。
 母艦がやられれば、キラ・ヤマトも迂闊には動けなくなる。
 デュランダルとしてはインパルスでフリーダムを足止めし、アークエンジェルさえ撃墜できれば
 それで作戦は成功だったんだろう。しかし、彼にとって予想外の出来事が起こってしまった」
「……フリーダムの撃墜」
呻く様に呟くサイの言葉に頷くDr
「最強にして最悪の相手であったフリーダムのキラ・ヤマトを、あろう事かインパルスを駆る
 シン・アスカが撃墜してしまったのだ。これで敵方にナイトはもう居ない、
 残ったのは圧倒的な物量のポーンのみ。
 そうなってしまうと、もはやデュランダルにとって1対1に特化した機体など無用の長物に成り果てる」
「そこでデスティニーの方向性が決まってしまった」
「そうだ。今まで行っていた最強の機動性と言うデスティニーの方向性をすべて破棄し、
 インパルスの発展型として開発していたDインパルスのノウハウを
 急遽デスティニーの素体に詰め込んだんだ。
 パルマフィオキーナやVLはその名残なんだろう。突貫工事なんかするからパワーダウンを引き起こし、
 接近戦特化型のジャスティスに競り負けたんだ」
「な、なるほど」
「そう言う意味では、デュランダルは不幸だったな。
 キラ・ヤマトを超える最強のパイロット、シン・アスカを有していたせいで選択を誤った。
 もっとも、そのおかげで私はこのデスティニーに出会うことができたのだがな」
話は終わった、と言う様にDrは端末を弄りモニターをOFFにする。

 

「あっ!」

 

そのタイミングでサイはふっと我に返る。
ついMS研究員の立場からデスティニーの裏話に聞き入ってしまったが、
そんな話を聞くためにここに来た訳ではないのだ。
「あの、Dr」
「~~~(モゾモゾ」
「何、また寝る体制に入ってるんですか!」
白衣姿のまま、再び布団に潜り込もうとするDrを叫ぶことで阻止するサイ。
「ちっ何だ?」
睡眠の邪魔をされ、Drは不機嫌そうに起き上がると、口に咥えていたプラスチックの棒を
ゴミ箱代わりにしているビニール袋の中に放り込む。
「私は徹夜明けで眠いんだ、話なら手短に頼む」
そして徐に白衣のポケットに右手を突っ込むと、その中から先程のプラスチックの棒の先に飴玉が付いた
お菓子、俗に言う「ペロペロキャンディ」を取り出した。
アンタ、さっきまで長々と演説してただろうが!と叫びたくなるのを何とか堪え、サイは話を続ける。
「あの、シン・アスカと言えばですね…」
「ん~~?」
話を聞いているのかいないのか、Drはサイの方を全く見ようとせずキャンディの包み紙を開くと、
中から現れたピンク色のキャンディをジッと眺める。
何処と無く嬉しそうな顔をしているのは、手元のキャンディが彼女の好きな味だったからだろうか?
「実はさっき、アスハ首長から連絡がありまして…」
「ん~~?」
そして視覚で堪能し終えたのか、そのキャンディをゆっくりと口元へと運んでいき、
「今からそのシン・アスカが、この研究室に来るそうで「なn(ガキィ!!――らとぉ!?」…
 …あの、今すごい音しましたけど、大丈夫ですか?」
味覚で堪能する暇もなく、キャンディは粉々に砕け散った。

 
 
 
 
 

Impossible select(職人の皆様、大変申し訳ございません)

 

「これ……なに?」

 

C.E74。シンの記憶は、見覚えの無い病室と嗅いだ覚えの無い薬品の匂い、
そしてどこかで聞き覚えのある大きな爆発音から始まった。
事の始まりは30分ほど前。
医師から自身の病名に関する説明を受ける途中、突然来訪してきた『複数』の女性達。
そして、彼女達は親身に自分を励まそうとしてくれていた医師を、
まるで路上に生える雑草か何かの如く踏み付け、自分へと詰めよると、口早に捲くし立てた。

 

曰く、貴方は自分が経営する会社の社員として働いていた
曰く、貴様は自分が代表をしている組織の一員だった
曰く、貴方は自分と2人でZAFTのトップエースとして活躍していた
曰く、お前は自分が暮らす町を拠点に傭兵を営んでいた
曰く、貴方は家族を失った自分の心の支えとなってくれていた
曰く、お兄ちゃんは自分のお兄ちゃん的存在だった
曰く、社長は自分と共にアイドルをプロデュースしていた
ETC……

 

もちろん、自分には記憶がない為、彼女達の言う事に身に覚えはなく
(というか記憶があったとしても絶対身に覚えが無いと断言できる人もいる、特に最後の)
「は、はぁ…?」と曖昧に返事をすることしかできなかったのだが、
そんな自分の態度等お構いなしに「自分が言っている事が本当だ!」と
彼女達のボルテージは上がっていく。
そしてそれぞれの主張は何時の間にか言い争いに発展し、
当然の如く「ならば、勝った者の言う事が真実だ!」という結論に至った。
その結果、病室の窓からは綺麗な青空にはまったく似つかわしくないMS・MAの数々が見え隠れし、
小鳥のさえずりと共に雷鳴の様な轟音が絶え間なく響いている。
「なんで、みんな僕の意見は聞いてくれなかったんだろう…?」
もっとも、選択権を与えられたとしても絶対に応えられなかっただろうが…

 

よく分かってるじゃないか、ドライバー
「……これ……なに?」

 

何時の間にかベッドの上に置いてあった箱型の機械を眺めながら、シンは呆然とした表情で呟いた。

 
 
 
 

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