XXXⅧスレ268 氏_Select of Destiny_第5話

Last-modified: 2011-08-22 (月) 01:23:34
 

「何だって!?」

 

プラントL4コロニーのオーブ大使館。その局長室にある男の声が響き渡った。
「本当なのか、カガリ!?」
声量はそのままに、一国の主に対する言葉としては些か乱暴な口調で男は言葉を繋げる。
そんな男の態度には特に気にすることなく、モニターの向こうに映るカガリは小さく頷いた。
『その様子だと、やっぱりそっちにも何も連絡は無かったんだな』
「…ああ、あいつからは何も聞かされていないよ」
疲れた顔で話すカガリの顔を見た男は、椅子から乗り出していた身を背もたれへと戻しながら応える。
「………」
『………』
「『はぁ……』」

 

そして2人は、まるで照らし合せたかのように深い溜め息をついた。

 

「それで、カガリはどうするつもりなんだ?」
『どうするもこうするも、本人の意思を尊重するしかないだろう』
「だがシンは…」
『そうだな。シンはあいつに憧れてるし、今は仕事もそんなに忙しくない。十中八九頷くだろう』
「そうか……全く、何だって急にそんな事を言い出したんだ、あいつは」
『それをお前から尋ねて欲しいから、こうやって連絡したんだよ』
「俺から!?どうして!?」
思いも寄らないカガリの言葉に、再び背もたれから身を起こした男はモニターへと詰め寄る。
「カガリならあいつの姉さんだろ!?自分で聞けばいいだろう!!」
『うるさい!これは命令だ!!頼んだぞ、アレックス』
「おいカガリ?カガリ!?」
この国家元首すごいよ、さすが自由人(フリーダム)のお姉さん。他人の都合なんかお構いなしだ。
一方的に通信を切られ、アレックスと呼ばれた男は頭を抱える。
どうやらあの姉弟に、とんでもない厄介事を押し付けられたようだ。

 

「……一体何を考えているんだ、キラ」

 

オーブ大使館プラント支部局長アレックス・ディノことアスラン・ザラは、
厄介事の原因を作った張本人である親友の名を恨めしげに呟いた。

 

キラの作った厄介事。それは「シンをプラントに遊びに来させる」という、
一般的に見れば極々ありふれた内容のものである。
確かに、シン本人の意思や予定を聞かず勝手に日程を組んだり、そのくせ身分証明書等の必要書類を
寝耳に水状態のカガリ達に任せたり(というか、そういう物の必要性を考えていない)等、
本当にスーパーコーディネーターか? と疑いたくなるほどの破天荒な振る舞いではあるが、
費用は全て自分で出すと言っているのだから、一概に悪い行いであるとは言い難い。
寧ろ好意的な行いであると言えるし、キラ本人も完全な善意で行っているのだろう。
だが、

 

(あいつは分かって無いんだ。これが何を意味するのか)

 

シンがプラントを訪れる、その行為自体には何ら問題ない。
プラントに来るのがシン・『アスハ』なら……

 

「シン……」

 
 
 

2年前。シンを撃墜した張本人であるアスランは、ある決意に満ちていた。
失ったシンの記憶を取り戻し、今度こそシンを『正しい道』へと導く。
それこそが自分の使命だと、肉体的にも精神的にもシンを追い込んでしまった自分の
せめてもの罪滅ぼしだと考えていたのだ。
しかし、その想いは僅か半年で呆気なく瓦解する事となる。
始まりはカガリから聞かされた、元オーブ軍の兵士が目撃したという1つの情報だった。
その情報をデタラメ、あるいは勘違いだと決め付けた当時のアスランは、
その元軍人の男性の下へと赴き、直接真相を確かめようとした。
だがその行為はアスランに、自分の考えこそが間違いであると気付かされる結果になる。
オーブ攻防戦当時、民間人の避難誘導の指揮に就いていたという元軍人の男性が、
間違いないと断言したのだ。

 

シン・アスカの家族を吹き飛ばしたのは上空から放たれた『七色の光の奔流』の一筋であった、と

 

七色の光の奔流……それはMSから放たれた攻撃、それも唯のビームライフルでは無く、
複数の砲門からの一斉射撃(フルバースト)であった事を意味する。
オーブ攻防戦に参加したオーブ軍、地球連合軍両陣営の中に、
そんな真似が出来るMSは2機しか存在しない。
1機目はムルタ・アズラエルによって初めて戦闘に導入された強化人間、
ブースデットマンの1人が搭乗していたGAT-X131カラミティ。
確かにバスターの後継機として砲撃戦を前提に開発されたこの機体は、
オーブ軍に対して多大な被害をもたらしている。
しかし、この機体を殺した犯人にするには些か無理があるだろう。
何故ならそもそもカラミティには飛行能力が無く、『民間人の虐殺』ではなく『敵対戦力の殲滅』を
最優先に設定されたブースデットマンがMSの居ない地表にむけて引き金を引く可能性は極めて低い。
ましてや、オーブ攻防戦当時彼らブースデットマン達の視線は、
飛行能力を持ちフルバースト攻撃も可能な『もう1機のMS』に釘付けになっていた筈だ。

 

ZGMF-X10Aフリーダム
ニュートロンジャマーキャンセラーを搭載し、火力・機動力共に
後に開発されたセカンドシリーズをも凌駕したキラ・ヤマトの愛機。

 

それは、アスランに1つの答えを与えてしまった。
消去法というあまりにも正確で、あまりにも真っ当な方法で導き出された1つの真実。

 

「キラが…シンの家族を殺した」

 

無論キラがわざとシンの家族を狙った訳では無いし、
戦争という極限状態で起こった不幸な事故だったと言ってしまえばそれまでだ。
だが、民間人の非難が完了していないのが明白だった地表に向けて、
広範囲に被害が及ぶフルバーストを使うほどキラは追い詰められていただろうか?
否、キラにはまだ余裕があった。
始めからコックピットを狙って戦っていれば、呆気なく勝負はついた筈なのだ。
敵パイロットを殺さず、武装やメインカメラのみを破壊し戦闘不能にする不殺の戦い。
それを可能にするため、武装とメインカメラの両方を同時に破壊する事が出来る
ハイマットフルバーストをキラが好んで使用していた事を、
敵と味方両陣営で戦っていたアスランはよく理解していた。
……もっともどの様な経緯でそのような考えに行き着いたのかまでは詳しく知らない。
分かっているのは、キラが倒すべき敵を殺さない為に守るべき者を殺した、という真実だけである。

 

その真実を知ったアスランは、次第にシンとの距離を置き始めた。
仕事の合間を見つけてはシンに会いに行っていた習慣をパッタリと止め、
まるで逃げ出すようにプラントのオーブ大使館での勤務をカガリに申請したのだ。
それは何故か?怖かったからだ。

 

記憶を無くす以前、フリーダムを倒すためにシミュレーションを行うシンに向かって言い放った言葉。
『キラは敵じゃない』
シンとキラを戦わせたくない一心の言葉ではあったが、同時にアスランにとって本心の言葉でもあった。
キラは敵じゃない、アークエンジェルとは戦いたくない、というあくまでアスランの主観である。
シンがその事を知っていたのかどうかは別としても、
キラはシンにとって紛うこと無き敵(てき)であり、家族を殺した敵(かたき)だったのだ。

 

故に恐れた。
記憶を取り戻したシンが、キラを、カガリを、そして自分に
『正当』な憎しみをぶつけて来るのを恐れ、逃げ出したのだ。

 

(何が、シンを正しい道に導くだ)

 

インフィニットジャスティス…飽くなき正義。
ふと嘗ての愛機の名を思い出したアスランは苦笑する。
自分が正しい行いをしたことなど一度でもあっただろうか。
父を裏切った。祖国を裏切った。親友を、同僚を、愛した…愛された女性さえも裏切り続けてきた。
そんな男が、手の掛かる弟の様に思っていた後輩に向けて正義を説いた。
『過去に捕らわれて戦うな、そんな事をしても何も戻りはしない』と。
なんと滑稽な言葉だろうか。
過去と見詰め合い贖罪すべき罪を持つはずの己は耳を塞ぎ、
大切な人々を理不尽に奪われた者に無条件の忘却を強要する、極めて理不尽な正義の言葉。
挙句の果てに、『お前の力は未来をも壊す』と言い放ち、身勝手な『自由』と『正義』を押し付ける為に、
シンの『過去』を奪い取った。
そして今も尚、自分は過去の過ちを恐れ逃げ出している。
愚か、余りにも愚かしい己の行動にアスランは自虐的な笑みを浮かべる。
これがアスラン・ザラなのだ。
過去の過ちを真正面から受け止め、それでも尚前へと進む道を選んだカガリ。
己の心を押し殺したまま、シンを隣で支え続ける道を選んだルナマリア。
未だキラに真実を伝える勇気すらない自分には、どちらの道も選ぶ事はできなかった。

 

(もし……)
それは最も恐れる未来。
(もしシンが……)
そして何時か必ず訪れるであろう未来。

 

もしシンが記憶を取り戻したら、彼は一体どうするのだろう。
シン・アスハとしての記憶(いま)を受け入れ、新しい人生を歩むか。
それとも、偽りの記憶を受け付けた自分達を断罪するだろうか。
「……どちらにしても同じだ」
アスラン・ザラという存在はシンにとって悪影響しか与えなかった。そしてそれはこれからも同じだろう。
ならば、例えシンが自分を許そうとも憎もうとも、記憶を取り戻した時点で自分は
2度とシンの前には姿を現さない……そうアスランは心に決めていた。
(だが、これも逃げているだけ……か)
結局自分は、嫌なことから目を背けたいだけなのかも知れない。
天井を見上げ、自嘲しながら溜め息をつくアスラン。
とりあえず、
「キラに連絡……だな」
今一番逃げ出したいのはこれかも知れない、と頭の片隅で考えながらアスランは、
平日の昼間にかけても9割は繋がるキラのプライベート通信回線を繋ぐ準備に取り掛かった。

 
 
 

カガリがキラからのメールを受け取ってから僅か1週間後。
シン、カガリ、そしてルナマリアの3名はオーブ・カグヤ島のマスドライバー施設の1つ、
輸送艦用艦橋ブロック内部に居た。
彼らの目の前には、発信準備を進める1隻の輸送艦の姿がある。
「そろそろ時間だな」
「準備は出来てる?シン」
「はい!」
カガリとルナマリアの言葉に大きく頷いたシンは、何処か山にでも登るのか?と思わせるほど
大きなリュックを背中に背負っていた。
「ってシン、アンタその荷物一体何が入ってるのよ?」
「えっ?」
そのあまりの荷物の多さに眉を顰めながら尋ねるルナマリアに、シンは首を傾げる。
そして指で数えながら、リュックの中身を確認し始めた。
「着替えと、非常食と、飲料水と、応急手当セットと、磁石と、懐中電灯と、ねぶk」
「あぁ~もういい、もういいから全部置いて行きなさい、それ」
「えぇっ!?」
片手で頭を抑え、もう片方の手の平をヒラヒラとさせたルナマリアの言葉に驚きの声を上げるシン。
「ルナ、何で?」
「何で?じゃないわよ!いったい貴方は何処の秘境に旅立つつもりなの!」
「で、でも始めてプラントに行くんだよ?し、心配で」
「要らないわよそんな心配!!まったく…てっきりカメラとかマンガとかでも持って来てるのかと思えば…」
「まぁまぁ」
まるで夫婦漫才のようなやり取りを行う2人に、やんわりと助け舟を出すカガリ。
「シンにとっては始めての宇宙旅行なんだ。心配になってもしかたないさ」
「でもですねぇ!」
「それに今回は普通にプラントに行くんじゃなくて、アメノミハシラを経由する事になる。
 準備が良いのに越したことはない」
「そ、そうですか?」
「ああ」
自分がキサカと始めて宇宙に出た時は、この程度じゃなかったしな…と
心の中で付け加えたカガリはシンの方に向き直る。

 

「急な話で悪かったな、シン。私の弟は気まぐれだから」
「い、いえ、そんな事ないです!あのキラさんに誘って貰えるなんて、光栄です」
「そうか、それなら良かった」

 

カガリから話を聞いたシンの返答は、概ね彼女達が考えた通りの物だった。
相違点を挙げるとすれば、せいぜいカガリにキラからの誘いの話を聞いた瞬間
本当に嬉しそうな笑顔を浮かべたものの直ぐに表情を曇らせながら
『でも、仕事がありますから…』と沈んだ声で呟くシンの姿を見たカガリがつい
『仕事の事は気にするな、目一杯楽しんで来い!』と言ってしまった位で、
想定外の事などあるわけが無い。無いったら無い。

 

「アスラン、泣いてたってメイリンが言ってましたよ?」
「……何の事だ?」
因みにカガリがシンにプラント行きを勧めた直後、
キラにシンをプラントに誘った理由を聞き出すよう指示した結果、
30秒にも及ぶ激闘の末『なんとなく』というとても有意義な答えが返って来たとの報告をした
プラント大使館アレックス館長の給与明細に激震が走ったらしいが、まぁそれはどうでも良いことだ。

 

兎にも角にもシンのプラント行きが急遽決定したのだが、事態はそう簡単ではない。
言うまでも無いことだが、シン・アスハとはカガリが個人的に与えた姓であり、
ごく一部を除いたシンの知人達は彼の事をシン・アズサと呼ぶ。
そして当然ながらこのアズサという姓も偽名で、シンの持つオーブ市民ナンバーは偽造された物だ。
まぁ偽造と言っても首長自らが指示して作らせたものなのだから本物と何ら変わり無く、
オーブ国内で暮す分には何一つ不自由はしない。
しかし、この偽名で正規のルートを使ってシンをプラントへと向かわせるには、
彼の名前はあまりにも有名過ぎた。

 

2度のネビュラ勲章授与、FAITH就任、デスティニープランを象徴するMSデスティニーの
パイロットに任命されたフリーダム堕としのシン・アスカ。

 

ラクスとキラはオーブに身を寄せるシンを守る為に、
またプラント政府上層部はラクス政権の象徴である英雄キラの名を汚さぬ様に
シン・アスカに関する情報を完全に抹消した為、民間人でシンの事を知る者は少ない。
しかしラクス政権の露骨過ぎる情報隠蔽工作は、却ってザフト軍における彼の存在を
不動の物とする結果になってしまった。
無敵のキラを超える存在。
力を持つ者は英雄と呼ばれ、より強大な力を持つ者は化け物となる。
元デュランダル派の兵士には敬意、クライン派の兵士には畏怖の感情と共に、現在のザフト軍において、
嘗て存在したシン・アスカという化け物の名前と顔を知らない兵士は居ないと言って良いだろう。
そんな中、テロ行為警戒の為にザフト軍兵士が多く常勤しているであろう空港に
『シン・アズサ』と疑って下さいと言わんばかりの名前の彼が降り立ったらどうなるか、想像に難しくない。
だからと言って新たに身分証を偽造できるほど時間が残っている訳ではなく、
どうするか悩んだカガリの苦肉の策がロンド・ミナ・サハクを頼る事だった。
一度シンをアメノミハシラに向かわせた後、そこからミナが独自に持つプラントへの入国経路を経由し、
キラのもとへと向かわせようと言うのだ。
プラント内に入ってしまえば余程の事が無い限りキラとアスランに対処させられるし、
帰って来る頃までにはプラント用の偽造身分証も用意できる。
何より幸いと言うか、丁度良い具合にアメノミハシラ経由で秘密裏にプラントへ
輸送を頼むつもりだった荷物があった為一石二鳥だった。

 

ちなみに、その荷物とは何かと言うと

 

「え~い離せ、HA・NA・SE!!邪魔をするなイスラエル!!」
「ルしか合ってませんよ!いい加減諦めましょうよDr!」

 

シン達が居る輸送艦の乗り込み口の数十メートル後方、彼らからは丁度死角になった場所で
赤毛の少女を長身の男が羽交い絞めにしてい「誤解を招く言い方をするな!!」もとい、
輸送艦に向かって突貫しようとするDr・Kをサイが身体を張って押さえ込んでいた。
Drの視線の先では作業員達が青いシートを被された巨大コンテナを輸送艦へと運び入れており、
そのシートの隙間からはMSの足部と思われる灰色の装甲が姿を覗かしている。
そう、輸送艦の荷物とはカガリがプラントへの贄としたDr・Kのオモチャこと、
試作型(プロトタイプ)スサノヲ改(カスタム)・フォーチュンであった。

 

「ヤダヤダヤダ!アタシのフォーチュン持って行っちゃヤダー!!」
「アンタそんなキャラじゃ無いだろうが!!自分の歳考えて物言え、この合法ロr」
「黙れアズ○エル!!」
「……うん、ごめんなさい。もうイスラエルで良いんで、その名前と間違えるのだけは勘弁して下さい……」

 

Drの口撃により精神に多大なダメージを負いながらもDrを抑えるのは止めなかったサイと、
『視界の端に何が映っても、詰込み作業を最優先に遂行せよ』
とカガリから直々に指令を受けた作業員達の功績により、輸送艦の発進準備は滞り無く進み、

 

「いってらっしゃーい!!」
「…………」

 

1時間後、艦橋ブロックには既に飛び立った輸送艦に向けて大きく手を振るルナマリアと、
大きく項垂れるDr・Kの姿があった。

 
 

「……良かったのか?」
輸送艦の姿が見えなくなった頃、ようやく手を振るのを止めたルナマリア。
それを待っていたかの様にカガリは口を開く。
「何がですか?」
「いや、ルナマリアならシンがプラントに行くのに反対すると思ってたから」

 

2年前、カガリ達からシンの処遇を託されたルナマリアは、彼に偽りの過去を与え、
自然に記憶が戻る事を待つ道を選択した。
その彼女ならシンの記憶に何か影響が及ぶかも知れない今回の旅行に反対するか、
反対しないまでも「自分がシンに同行する」ぐらいは言い出すとカガリは考えていた。
しかし現実には「良いじゃない、せっかくの機会だし行ってきなさいよ」と、
思いの他あっさりシンのプラント行きに賛成した為、カガリは首を傾げたのだ。
「……そうですね」
カガリの意図を察したのか、ルナマリアはゆっくりと頷く。
しかし彼女の視線は既に見えなくなった輸送船が飛んでいった上空から離れなかった。
「本当は止めたかったんだと思います」
「じゃあ、どうして?」
「……私、2年前に決めた事があるんです」
「決めた事?」
「はい」
首を傾げるカガリへと向き直ったルナマリアは口元に笑みを浮かべる。
だがその笑みは、決して嬉しさや楽しさからくる物ではなかった。
その顔にカガリは見覚えがあった。

 
 

シンがシン・アズサとしてカガリの屋敷に住むようになってから半年ほど経った頃。
シンと同じく、カガリの屋敷に厄介になっていたルナマリアと2人きりで飲む機会があった。
国家元首としてそういった席にもそれなりに参加してきたカガリと違い、
あまりアルコールが得意ではなかったらしいルナマリアはワインを数杯飲んだだけで
直ぐに酔いが回ったらしく、アカデミー時代のシンや彼のルームメイトだったという
レイ・ザ・バレルとの間にあった失敗談などを、呂律の回らぬ口調で喋り始めた。
最初は一緒になって笑いながら彼女達のエピソードを聞いていたカガリだが、
その話が佳境に入った頃、ピッタリとルナマリアの笑い声が止まる。
不審に思ったカガリが手元のグラスからルナマリアへと視線を移すと、
そこにはアルコールに顔を真っ赤にしながらも、悲痛な面持ちで虚空を見つめるルナマリアの姿があった。

 

『わたし~、シンのことうらぎっちゃったんですよね~』

 

口元は確かに微笑んでいるものの、彼女の瞳には何も映っていない。
ただ見た目だけを見繕った虚空の笑みを浮かべたルナマリアは空になったグラスを横にやり、
新たなグラスへと手を伸ばす。
『……飲みすぎじゃないのか?』
『わたしをまもるっていってくれたのに~、さいごのさいごでシンをうらぎっちゃったんですよ~』
カガリの忠告を無視し、ルナマリアは続ける。
『シンとアスランのあいだにはいって~シンのじゃましちゃって~』
『……ルナマリアは、2人の戦いを止めたかったからだろう?』
『そうですけど、ちょっとちがったのかな~って』
『違った?』
首を傾げるカガリに、ルナマリアはグラスに並々と注がれたワインを一気に煽ると、
ニヘラ~と笑みを浮かべる。
一見無邪気に思える、本来なら同性から見ても堪らなく魅力的であろう彼女の笑みが、
カガリには何故か酷く悲しく感じた。

 

『だってわたし、シンじゃなくてアスランのたてになっちゃったんですよ?
 ふたりをとめなきゃっておもったのはホントですけど、 
 それならもっとほかにやりかたがあったとおもうんですよ~』
『それは……』

 

どうだろうか?とカガリは考える。
確かに結果だけを見れば、ルナマリアがアスランを庇ったように思えるかも知れない。
しかし、ルナマリアが2人の間に割って入った理由は、2人の戦いを止めたい一心からの行動である。
通常何かをしようとしている人間を止めようとした時、人間はまず『言葉による静止』を投掛け、
それが無意味なら『その人間の前』に立ちはだかる事で行動による説得を試みる物だ。
ならばこの場合、ルナマリアが真に案じていたのはアスランではなくシンという事になり、
戦闘中という極限状態では言葉による説得も他の方法を考えている余裕もなかったはずで、
ルナマリアを責める要因は見つからない。

 

『…………』
『だからなんですかね~……きっと、ばちがあたっちゃったんですね~……』

 

しかしこれは、カガリの視点から見た意見である。
答えを決めるのはあくまで当人であり、第三者がしたり顔で話して良い内容ではない。

 

『シン……わたしのこと………「どちらさまですか」…って………』
『…………』

 

少なくとも、口元に笑みを浮かべ…両頬に大粒の涙を流しながら独白するルナマリアの前で
そんな事が言えるほど、カガリは厚顔では無かった。
カガリが無言のままルナマリアを自らの胸へと抱きよせると、
ルナマリアはカガリの胸に顔を埋め静かに涙を流す。
それが、カガリが見たルナマリアの最初で最後の涙であった。

 
 

「私、決めたんです。もう2度とシンの道を阻む様な真似はしないって……」
「…………」
「……だから、私はシンを止めません。
 横で支える事はあっても、シンの前に立ち塞がる様な真似は絶対にしません」
「……そうか」

 

あの夜、ルナマリアが始めて自分の弱さを見せた夜と同じ顔でそう断言されてしまっては、
カガリにはもう何も言う事はできない。
多分、シンが記憶を無くした事で一番悩み、苦しみ、傷ついて来たのは、彼女なのだから。

 
 
 
 
 

Nightmare Select

 

シンが病院で目を覚ましてから丁度3ヶ月。
彼はルナマリアに連れられてオノゴロ島海岸沿い、戦争の犠牲となった人々の為の
慰霊碑がある場所に訪れていた。
「ほら、シン」
「あっ、はい」
ルナマリアに促されたシンは手に持った花束を献花し黙祷を捧げる。
この日シンはルナマリア達の計らいでシンの記憶が戻るきっかけになる様にと、
まだあまりオーブの事を知らないルナマリア達の観光も兼ねたオノゴロ島巡りを行っていた。
メンバーはシンとルナマリア、メイリンそしてアスランの4人。
オノゴロ島の様々な場所を巡り、最後にと訪れたのがこの慰霊碑だったのだが、
「…………」
数秒の間の後、「どう?」と尋ねるルナマリアに対し、シンは無言のまま首を横に振った。
此処には自分の知る者も眠っているかもしれない、にも関らずシンの心には何の感傷も湧いては来ない。
どうやらこの慰霊碑も今日一日見て回った場所と同じく、記憶を取り戻す鍵にはならなかった様だ。

 

「そっかぁ、まぁ仕方ないわよね」
「……ごめんなさい」
「ちょっと!別に私に謝る事じゃ無いでしょ!?」
「そ、そうだけど」
ルナマリアに睨まれ、言葉が尻すぼみになって行くシン。
彼にとっては正直、記憶が戻らなかった事自体にそこまで大きなショックはない。
それより、わざわざ自分の為に1日付き合ってくれたルナマリア達に対する申し訳なさの方が
遥かに大きかったりするのだが、
それを口にした瞬間ルナマリア必殺・CHC(Cross Hawk Chop)が飛んでくる事を
身を持って知っているシンは心の中に留め、話題の変換を試みる。
「そ、そう言えば、アスランさんとメイリンさんは何処に行ったんでしょう?」
「さぁ?何か用事ができたって言ってたけ…ど……」
「………?」
上手く話題を逸らせたのは良いが、不自然に言葉が止まったルナマリアに首を傾げるシン。
数拍の後、ルナマリアの視線が自身の後方に固定されている事に気付いたシンはゆっくりと振り返る。

 

「あれ……?」
するとそこには、此方に向かって歩いてくるアスランとメイリン、そして見覚えの無い男性の姿があった。
自分より僅かに年上だろうか?アスランと同じほどの年齢に見える茶髪の男性は、
初対面だというのに随分人懐っこい笑みを浮かべながら、アスランと共に真っ直ぐ此方に向かってくる。
(そうか、初対面じゃないかも知れないのか…)
見覚えが無いのは自分だけで、彼もルナマリア達と同じ「見知らぬ知人」なのかもしれない。
「……ふーん」
シンがそんな事を考えている内にアスラン達は慰霊碑までたどり着く。
そして最初に口を開いたのはルナマリアだった。

 

「人の妹連れ出していったい何処に行ったのかと思えば、わざわざご友人のお迎えに向かってたんですか」
「そう邪険にしないでくれルナマリア。こいつがどうしてもって聞かなくてな」
「メイリンを連れてく必要性はありませんけどね」
「うぐっ」
「お、お姉ちゃん」
「……?」
あからさまにそっぽを向きながら、不機嫌そうな声でアスランを弄るルナマリア。
その今まで見たことの無い彼女の態度にシンは首を傾げながら、
アスランの連れてきた『ご友人』に視線を向ける。
すると、彼はそれを待っていたかの様に口を開いた。
「君がシン・アスハ君?」
「えっ!?あ、はい……」
アズサでは無く、まだルナマリアにしか話したことの無い「アスハ」の姓で話しかけられたシンは、
驚きながらも素直に頷き、おずおずと尋ねる。

 

「あ、あの……貴方は?」
「君の義兄さん、かな」
「ええっ!?」

 

知り合いにしてもせいぜい友人止まりだろうと考えていたシンは、
予想の斜め上を行く青年の応えに盛大に仰け反りながら驚く。
(お、お兄さん?…えっでも……ええっ!?)
自分の兄だと言うのなら何故名前を尋ねたのか…何故今まで姿を見せなかったのか…
そもそも自分は施設の出で肉親は居なかったはずでは…と言うか全然似てないし、もしかして義理の……

 

「おい」

 

どうやら記憶が有る無しに関らず思い込みが激しい性格らしい。
思考の袋小路に迷い込んだシンを見かねたアスランが青年を窘める。
「嘘は言ってないつもりだけど」
「それ以前の問題だ、まったく」
「あ、あの……?」
「ああ、すまなかったなシン。紹介するよ、彼が―――

 
 

 ―――んっ……?」
目が覚めると、見覚えの無い光景が飛び込んできた。
薄暗く、オーブの病室や自宅代わりに使わせて貰っているアスハ邸の部屋とは
比べ物にならない程素っ気無い内装の一室。
知らない天井を見るのは初めてでは無いが、どう好意的に受け取っても気持ちの良い物ではない。
「……ああ、そうか」
寝ぼけ眼のまま、辺りを見回していたシンだったが、部屋の壁に1つだけ設置されている
随分と小さな窓の外の景色を見た瞬間、合点がいった様に小さく呟いた。
窓の外に広がるのは漆黒の闇の中に無数の星々が輝く世界。
彼が目覚めたのは、アメノミハシラへと向かう輸送艦の一室だった。
(まだアメノミハシラには着かない…か)

 

オーブを出発して何時間経ったのだろうか。
最初は窓の外に広がる広大な宇宙の光景に感嘆の声を上げながら眺めていた。
しかし、わざわざ窓の有る部屋に案内してくれた館長には悪いが、
さすがに何時間も眺めていては飽きても来る。
出発が夕方近くだった事もあり軽く仮眠を摂る事にしたのだが、まだアメノミハシラには到着しないらしい。
(どの位寝ていたんだろう?)
それと、何か夢を見ていたような気がする。
寝汗はかいていない為何時も見る悪夢では無いとは思うが、身体が酷く重い気がする。
もっとも、そもそも悪夢の内容も覚えていない為何とも言えないのだが……確か、

 

「んっ?」

 

ふと、窓の外を眺めながら夢の内容を思い出そうとしていたシンは、
外の光景にある違和感を感じ窓へと近づく。
「……何だ?」
輝く星々の中の1箇所、通常なら見落としてしまいそうな小さな輝き達が『点滅』したのだ。
「…………」
そのままシンは、光が点滅した地点を瞬きもせず見つめ続ける。
すると、僅かだが『先程より近い位置』で光が点滅するのを確認した。
「まさか……」
その光景を見た瞬間、シンの頭にある考えが過ぎった。

 

何故かは分からない、だが確信がある。
『あれ』が何なのか自分には分かる。
『あの存在』を自分は知っている。
あれは、

 

「モビル…スーツ」

 

ズキリ、と頭の奥で何かが軋む音をシンは感じた。

 
 
 
 

】【】【