Z-Seed_カミーユ In C.E. 73 ◆x/lz6TqR1w氏_第02話

Last-modified: 2008-05-25 (日) 08:43:00

「これは……こんな症例は診たことがない……何というか、
正常な生命活動を保てているのに、彼自身に生きる気力が全く感じられない……」
「つまりどういうことなんだ?」
「言葉では説明しにくいことですが、彼のこの症状は精神疾患の類のものであると
思われます。
重度のストレスによる自閉症とでも言いましょうか……とにかくそんな状態だと思います」

 

放心する少年は、医務室に連れてこられていた。
そんな中、少年を診察した医師の煮え切らない言葉に痺れを切らせたカガリが求めた問い
に医者はそう答えた。
ベッドの上に横になっているその少年は、今もただ生気のない眼で一点を見つめている。

 

「何故こんな状態であんなものに……」
「もしかしたら、彼は被害者かも知れんな……」

 

カガリの疑問にアスランが反応した。

 

「えっ……?」
「ここ二年、不安定ながらも世界は大きな紛争もなくやってきた。
だとすれば、ストレスが極端に溜まる原因として考えられるのは二年前の戦争の時だけだ…」
「だが、それでは……」
「それはすこし想像のし過ぎではないのかね、アレックス君?」

 

アスランの推測を受け、うろたえるカガリに代わる様にデュランダルが口を挟んできた。

 

「想像のし過ぎ……?」
「そうだ」
「ですがデュランダル議長、他に人をこんな風にする原因が見当たりません!」

 

デュランダルの決め付けるような言葉に少し興奮した口調でアスランが返す。
それでも、デュランダルは努めて穏やかな口調で切り返す。

 

「だが考えてみたまえ?彼がこのような状態になってしまった理由はわからないが、
仮に君の言うとおりに二年前の戦争が原因だとすれば彼はその時からあのような状態で
あったことになる。それが今更戦闘機に乗ってあのような場所に放置されていたというのは
おかしくないかね?」
「うん、確かにそうだ」

 

デュランダルの言葉に納得し、カガリは一つ相槌をいれた。
しかし、それでも納得のいかないアスランは少し強い口調で言葉を返す。

 

「では、彼がこの二年の間にこうなってしまったと言うんですか!?
戦争が終わって、平和な世の中に在ってああなってしまったと…そう言うんですか!?」
「おい、落ち着けアス……、アレックス!」

 

少し興奮気味のアスランを、うっかり彼の本名を出しそうになりつつもカガリが制止する。
しかし、それでも彼はさらに言葉を続ける。

 

「議長はあの戦争を終わらせた事が無意味であったと、そう仰るつもりですか!?」
「話が飛躍し過ぎだよ、アレックス…いや、今はアスラン=ザラと呼んだほうがよいかね?」
「なっ……!?」

 

突然デュランダルに本名を言い当てられ、アスランは思わず驚愕の表情を浮かべてしまう。
慌てて取り繕おうとするが、既にデュランダルは分かっていたらしく、そんなアスランの表情の
変化を目を細めて楽しんでいるようだった。

 

「ふふふ…私も単なるお飾りの議長というわけではないのでね?」
「あ…いえ……」
「君の顔はプラント中の人々が知っているからね。あのラクス=クラインと同じ様に……
そんな色眼鏡だけでは有名人のオーラは隠せんよ」

 

そう言ってデュランダルはアスランに体を向ける。

 

「しかしな、ふむ…君が前大戦に対して責任を感じているのはわかる。君はパトリック=ザラ
元議長の御子息だからね。だが、だからと言って君を責めるつもりはないし、戦争を終わらせ
た事が無意味であるとは思わない。現に今、私はこうして平和を乱さんとする者を止める為に
この艦に乗っているのだから……」

 

感情を揺さぶられたアスランは、対照的に寸分も感情を乱さないデュランダルを恐ろしく
思った。勿論、隠し事をしていたアスランの落ち度はあるのだが、口ではこの人物には
勝てないと直感する。

 
 

少年のことが気になったシンは、部屋の外で一連の会話を聞いて驚きの表情を浮かべて
いた。カガリと共に居た従者の青年が、かの英雄・アスラン=ザラであるという事実は
彼にとって衝撃的なものであった。

 

(あのアスラン=ザラがなんであんな奴と……)

 

《さすが、奇麗事はアスハのお家芸だな!》

 

MSデッキでカガリに投げつけた自分の台詞がシンの脳裏をよぎる。
何だか無性に腹が立って、シンは誰も居ない通路でうつむき、拳を強く握り締めた。

 

そんな時、艦内に警報が鳴り響く。コンディション・レッド発令。
追っていた敵に追いついたのだ。

 

『コンディション・レッド発令、各員は所定の位置につけ。繰り返す、各員は……』

 

戦闘配備を告げるアナウンスが流れる。
そんな音声を聞きつつ、シンはMSデッキに向かって無重力の中を泳いで行った……

 
 

奪取されたMSを取り返すべく行われたミネルバによる追撃戦は、結果的に失敗に終わった。
奪ったMSを搭載したボギー・ワンと呼称されたガーティ・ルーの艦長イアンとファントムペイン
の司令官であるネオ=ロアノークは、その奇抜な戦法でミネルバを煙に巻き、
まんまと逃げ延びたのだ。
その奇策でピンチに陥るミネルバであったが、アスランの機転により難を逃れる。
しかし、それまでであった。ミネルバはガーティ・ルーを見失った。

 

そんな折、追い討ちをかけるようにミネルバに衝撃的な情報が入ってくる。

 

「ユニウス・セブンが地球の引力に引かれているですって!?」
「えぇっ、そ、そんな……!?」

 

送られてきた情報に驚くタリアと、激しく動揺する副長のアーサー。
ブリッジにいるクルーにもざわめきが起こる。

 

「ど、どう言うことですか、艦長!?」
「知らないわよ、どうしてあんな近くまで動いているのが解らなかったのよ!?」

 

混乱するブリッジ。
そして、艦を降りてプラントへと帰還したデュランダルよりユニウス・セブンの破砕命令が
出された。

 

現場に急行するミネルバ。そして、到着と同時に発進するMS達。
その中に、人手が要るという理由で協力を申し出たアスラン=ザラの姿もあった……

 
 

ミネルバの病室のベッドの上で、その少年、カミーユ=ビダンは居た。
相変わらずただ一点を見つめるその瞳は何を見ているのだろうか。
物言わぬ彼はただ静かに佇んでいた。

 

カミーユはユニウス・セブンで失われた人の命の叫び声を感じ取っていたのだろうか。
その表情は恐怖に引きつり、寝かされたベッドの上で悶えていた。

 

ユニウス・セブン…プラントの食糧事情を支える農業プラントである。
前大戦の開戦の引鉄となったその岩の塊は、核によって20万以上の犠牲を生み出した。
その、まさに宇宙に浮かぶ巨大な墓標とも言える物体の悲鳴をカミーユは感じ取っていた
のだろう。
そして、それはこれから引き起こされるであろう悲劇も予感していた……

 

「なぜわからん!?我等コーディネイターにとってパトリック=ザラがとった道こそが
唯一正しい道であった事が、なぜわからんのだ!?」

 

「この、私の家族の眠るユニウス・セブンを地球に落として、連合の愚か者共に我等
コーディネイターの怒りの鉄槌を下すのだ!」

 

「っ……!?」

 

メテオ・ブレイカーによるユニウス・セブン破壊作業の最中、この事件の首謀者と思われる
ジンのパイロットが放った言葉にアスランは激しく動揺した。
前大戦から2年経た今も、死んだ父親の妄執に囚われた者がいるということが、
彼の良心を苦しめていた。
そしてその隙を突かれ、乗機のザクの腕をもぎ取られてしまう。

 

「くぅ……!ユニウスはまだ破壊できていないというのに!」
「貴様もザフトのコーディネイターなら、我等のとる行動に同調を示すべきだ!」

 

追い討ちをかけてくるジン。
しかし、アスランはメテオブレイカーに拠る破砕作業を止めたくは無かった。
早くしなければ、ユニウスセブンは大きな質量を持ったまま地球の重力に引かれてしまう。
このままだとユニウスセブンの岩塊は大気圏で燃え尽きる事無く地表に降り注ぎ、
甚大な被害が出るだろう。
何としてもアスランは被害を最小限に食い止める為に少しでも岩を砕いておきたかった。

 

「言う事を聞かぬのであれば、同胞であっても排除するまでだ!」
「まだだ!ここを砕くまでは……!」
『あんた、こんな時に一体何してんだ!?もう突入は始まっているんだぞ!』

 

アスランのザクがジンに追い詰められていた時、シンのインパルスが援護に駆けつけ、
それによって難を逃れた。
ジンはシンが撃破し、アスランはメテオブレイカーでその場の岩を砕く。
ユニウスセブンはメテオブレイカーによって真っ二つに切り裂かれる。
そして、その片方は未だ地球の引力に引かれたままであった。

 

「空が…空が地球に落ちる……!」

 

誰も居ない病室を抜け出したカミーユは通路をおぼつかない足取りで歩いていた。

 

「空を…落としちゃいけないんだ……」

 

うわ言のように呟きながら、彼は外の様子が見える窓の側で歩みを止めた。
そして、そこで彼はいくつかの巨大な岩の塊がまるでマグマのように燃え、
地球に落ちていくのを見た。
今まで生気を失っていたその瞳に移ったその光景は、彼の奥底に眠る意識を揺り動かす。

 

「お…落ちていく……!」

 

カミーユを襲う圧倒的な絶望感。
地球に落ち行く岩塊に眠っていたであろう生命の悲痛な叫び声が、彼の魂を激しく揺さぶる。
そしてそれは、彼の直接的なプレッシャーとなって周りの空間へと拡散していった。

 

「か、艦長、何か、か、感じませんか!?」

 

アーサーの突然の問いにタリアは答えなかった。彼女自身、信じたくない感覚であったからだ。
そして、それは他のクルーも同様であった。

 

(……!鳥肌が立っている?何なの、この感覚は…!?)
「か、艦長ぅ…?」
「いいから、黙ってて!これから本艦はユニウスを直接叩かなきゃいけないのよ!?
しゃきっとなさい!大気圏の降下シークエンスを開始して!」

 

正体不明の気持ち悪さとアーサーの態度にタリアは少し苛立っていた。

 

「まだ早いと思いますけど……?」
「あぁもう!今からじゃなきゃタイミングが合わないのよ!」

 

アーサーの気弱な声に苛立ち、タリアは声を荒げる。

 
 

一方、シンとアスランはメテオブレイカーによる破壊作業にギリギリの時間を費やした上、
先ほどのジンの襲撃の影響もあり、最早MS単体での大気圏突入を余儀なくされていた。

 

「なんでもっと早く離脱しなかったんだ、あんたは!?
くそっ、こっちも離脱しそこなったじゃないか!!」
『仕方がないだろう!ユニウスの大部分はまだ破壊できてなかったんだ!
できるだけ小さくしておくべきだろう!……そう言う君こそ、何故先に離脱しなかった!?』
「あんた一人置いて、自分だけ離脱できるわけないでしょう!
それに後はミネルバが直接叩く手筈になってたんだ!全く、何であんたは……!?」
『まて、……シン、と言ったな君は?何か感じないか?』
「っ……!この感じ…あの時の…!?」

 

二人が口論をしながらも、地球への降下準備をしている時だった。
二人を包むプレッシャー…シンにとっては二度目となるカミーユのプレッシャーである。
それがほぼ真空の宇宙空間を伝ってきたのである。

 

『知っているのか!?』
「えっ…いや、何となく……」
『どっちなんだ?』
「……んなことより、大気圏突入ですよ!?そんな状態で出来るんですか?」
『やってみせるさ、このまま灰になるつもりはない』

 

アスランのザクは右腕と左足が無い状態だった。
機体の強度にも不安はあったが、何よりもバランスが悪くなっていた。
しかし、そんなザクを器用にバランスをとらせ、アスランは水の星に降りていく。

 

「上手いもんだ……」

 

そんなアスランの降下にシンも続く。
大気の摩擦による熱と地球の重力を感じながら、シンは先ほどの感覚を思い出していた。

 

(いつのまにか消えていたけど、さっきのはやっぱり……)

 

ミネルバは砲撃でユニウスを砕きつつ降下していく。
砕かれた細かな破片はさながら流れ星のように散っていき、
燃え尽きなかった破片は皮肉にも地上を鮮やかに彩った。
シンはそれを上から見下ろし、地球で海岸に佇む二人の男と女は、地上からもの悲しげな瞳
でそれを見上げていた……