Z-Seed_カミーユ In C.E. 73 ◆x/lz6TqR1w氏_第15話

Last-modified: 2007-11-12 (月) 12:36:14

連合とオーブとの激戦から数日後、ミネルバは連合の、ある研究施設に調査に来ていた。
そこはエクステンデッドの研究施設。連合がザフトのコーディネイターに対抗する為に作られ
た施設であった。
 
「なぁ、レイ…気味悪いな…ここ」
「……」
 
丁度手の空いていたルナマリア以外のパイロット達が施設の調査にやって来ていた。
薄暗い施設の中をシンはレイと、アスランはカミーユと共に二手に分かれて調べていた。
 
「事故でも起こったのかな?色々な資料やガラスなんかが散らかっているけど」
「さあな…だが、ここで育てられた奴の何人かはどこかで生きているだろう」
「……?何で?」
「……いや、何となくそんな気がしただけだ」
「……」
 
レイの意味深な台詞に引っかかるシンであったが、レイの秘密を知らないシンにその意味
は全く分からなかった。
 
「うっわ~…何だよコリャ?気持ち悪いな……」
「……」
「見てみろよレイ。これ、何だと思う?」
「……」
「……レイ?」
 
呼びかけるシンの言葉にレイは返事をしない。そればかりか、ある資料を手にしたまま
固まっている。その手は震え、髪で隠れた顔からも苦痛の表情が読み取れる。
 
「あ…あ…ぁ…」
「レ、レイ!どうしたんだ!?」
 
レイに駆け寄るシンであったが、その前にレイはその場に倒れてしまった。
 
「お、おい!しっかりしろ!レイ!」
「……」
 
目を開けないレイを揺さぶりつつ、シンはレイに呼びかけるしか出来なかった。
 
 
「何か嫌な予感がする……。ここは…何の研究をしていたんだ……?」
 
アスランと行動を共にしたカミーユは、あるブロックを歩き回り、その異様な雰囲気を感じて
いた。正体不明の謎の異臭がカミーユの警戒感を促進させる。
 
「カミーユ、これを見てみろ」
 
散らばっていた資料に目を通していたアスランがカミーユを呼ぶ。

「これは……」
「エクステンデッドの研究資料だ」
「エクステンデッド?」
「ああ。身体能力をコーディネイター並に引き上げたナチュラルの事だ。無理やりに強化され
ているせいでかなり不安定な性格になってしまうが……大半は戦う為だけに生み出された
者だろう。俺も以前に似たような連中と戦った事がある」
 
カミーユの頭の中でエクステンデッドと強化人間のイメージがダブる。
コーディネイターと同じ戦闘力を持たせる為に生まれたエクステンデッド、ニュータイプ能力を
人工的に植えつけられた強化人間……どちらも人の手によって生み出された悲劇の存在で
ある。かつて二人の強化人間を救えなかったカミーユにとってエクステンデッドの存在は
許せなかった。
 
「ん…あれは……」
「どうした、カミーユ?」
「足…?…あ…頭が……!」
 
急に頭を抱えて膝をつくカミーユ。その様子にアスランが慌てて駆け寄る。
 
「大丈夫か、カミーユ!」
「く…この先に……」
 
虚ろな瞳で視線の先を指差す。その先をアスランも見てみると、人間の足のようなものが
微かに覗いていた。銃を構え、眉間に皺を寄せてアスランはそこへ向かう。
 
「……!」
 
銃を突き出し、躍り出たアスランの目の前に広がった景色は、無残な死体が散在している
地獄絵図だった。
 
「これは……!」
 
白衣を着たこの施設の研究員らしき大人と、まだ年端も行かない子供も混ざっている。飛び
散った夥しい量の血痕が、その惨状を物語っていた。
恐らく事件が起こってから大分経過していたのだろう。腐乱している死体の肉と、そこから
発せられる死臭が鼻の奥の粘膜を強烈に刺激する。
 
「う…うぅ……」
 
カミーユが手を壁に突きながらおぼつかない足取りでやってくる。その表情は青ざめ、額に
汗を浮かべている。
 
「カミーユ、体調が悪いのか!?」
「それより…アスラン……この目の前の現状は何だ……?」
「それよりって…バイオハザードが起こっていたのかもしれないんだぞ!コーディネイターの
俺はともかく、ナチュラルの君には…」
「教えてくれアスラン…これがエクステンデッドの成れの果てなのか……?」
「カミーユ……?」

雰囲気の違うカミーユにアスランは戸惑う。血の気が引いた顔で真剣に訊ねてくるカミーユ
にウイルスが感染しているのではないかと危機感を持った。

「大丈夫だ、アスラン……」
「本当に大丈夫なんだな?」
「ああ……」
 
意固地になるカミーユに、アスランは仕方なく説明することにした。説明しなければ梃子でも
動きそうに無かったからだ。
 
「…分かった」
「……」
「これはきっとカミーユが想像した通りなんだと思う。ナチュラルを後天的にコーディネイター
以上にするには何パターンもの実験を繰り返し、そして成功を得るまでに何回も失敗を重ね
た結果だろう……」
「やっぱり……」
「その中で何らかの事件が起こったのか……それは分からないが、この惨状を見る限り
多分そういう事なんだろうな……」
「くぅっ……!」
 
髪を掻き毟り、激しく首を横に振る。明らかにカミーユの様子がおかしかった。
 
「どうしてこうも簡単に人の体をいじる事が出来るんだ……!こんな事したって、悲しい事しか
起こせやしないのに……!」
「連合もコーディネイターに対抗するにはこれしかないと思ったんだろう……。悲しい事だが」
「そんなふざけた理由があるものか!強化された人の身にもなってみろ…その先には……
その先には悲劇しか残ってないんだぞ……!」
「カミーユ……?」
 
カミーユは肩を震わせて両の拳を固く握り締める。
 
「こんな事…間違っている……!人が人の運命を決め付けるなんて……!その人にだって
自分の人生を選ぶ権利があるのに……」
 
感情的になるカミーユに、何かあるんだろうとアスランは気付く。しかし、それがカミーユに
とって、とてもナイーブな問題である事をアスランは感じ取り、詳しい理由は聞かないことに
した。
 
「……取り敢えずカミーユはミネルバへ戻って医者の先生に診てもらえ。さっきも言ったが、
ここはバイオハザードが起こったかもしれ…」
「おい、手伝ってくれ!レイが……!」
 
話題を逸らそうとカミーユをミネルバに帰らせるように促していると、シンがレイを担いで
やって来た。担がれたレイは気を失ってぐったりとしている。

「どうした、シン?何があった?」
「そ、それが……俺にもよく分からないんだ!とにかく何かの資料をレイが読んでいて、
そしたら急に倒れて……」
「分かった。取り合えずレイをミネルバに運ぼう。カミーユは先に戻ってろ。レイは俺とシンで
運ぶ」
「分かった……」
 
表情の優れないカミーユを先に戻らせ、アスランはシンと共にレイを担ぎ上げた。
「……あの人、どうしたんです?随分顔色が良くなかったみたいですけど」
「お前は余計な事を心配しなくていい。今はレイを運ぶ事が先だ」
「そうですか、俺は仲間外れですか」
「……俺だって何も分かってないんだ、そう言うわけじゃない。…ただ……」
「……?ただ?」
「いや、よそう。どうも難しい問題みたいだからな……」
 
その時、シンはステラを救助して迎えに来た時のカミーユの横顔を思い出した。
もう一度会える…そう言ったカミーユの声が何かをシンに予感させていた……
 
 
シンとアスランがミネルバへ戻ると警報が鳴っていた。周囲のクルーの喧騒を聞くと、どうやら
MSが一機こちらへ向かって来ているらしい。
 
「アスラン、シン!」
 
カミーユから事情を聞きつけたルナマリアが二人を見つけて駆け寄ってくる。
 
「聞いたわよ!レイが急に倒れたって……」
「ああ、準備は出来ているのか!?」
「ええ、それは大丈夫です。すぐに連れて行きましょう!」
「ルナ、状況はどうなっているんだ!?」
 
レイをルナマリアに預けつつ、シンが訊ねる。
 
「相手はガイア一機よ!こっちへ真っ直ぐに向かってきてるみたい!」
「カミーユは?」
「もうMSの中よ!」
「MSに!?」
 
アスランが驚いた時には既にΖガンダムはカタパルトに両足を乗せ、発進していく瞬間
だった。
 
「大丈夫なのか、カミーユは!?」
「え…カミーユ、どうしたんです?」
「体調不良だってのに……!ルナマリア、君はこのままレイを医務室まで運んでくれ!」
「りょ、了解しました!」
「シン、スクランブルだぞ!」
「了解!」

アスランとシンはルナマリアにレイを預けると、そのまま自分のMSの下に向かって行った。
 
「ヨウラン!運ぶの手伝って!」
 
ルナマリアは近くに居たヨウランを呼び止め、レイを医務室へ運んでいった。
 
 
「この感覚……!」
 
いち早く出撃したカミーユはガイアの不審な行動に疑問を持っていた。
 
「あの子が乗っているのか……!?」
 
ガイアのパイロットがステラであるという事をカミーユは知っている。
しかし、今回に限って別のパイロットが乗っているかもしれない可能性もある為、断定は避け
ていた。いや、もしかしたらステラで無い事を祈っていたのかもしれない。
あの研究施設でエクステンデッドの話を聞いたカミーユは、ステラがこの世界における強化
人間と同じであるという事に確信を持っていた。
敵襲があったという事は当然シンも出てくるだろう。
カミーユは二人を接触させたくはなかった。
 
「……下?……あれか!」
 
カミーユは暗い夜の林の中を駆けるガイアを発見した。
そのパイロットが誰であるかを確かめる為に、カミーユは感覚を尖らせる。
 
「……!この感じは…やっぱりそうなのか……!」
 
一番厄介な事態になった事を悟り、カミーユは愕然とする。
何とかしてシンと接触させたくないカミーユは、シンが到着する前にガイアを追い払おうと試
みる。
今回は相手も陸戦仕様のMSの為、こちらも必要以上にウェイブライダーで戦う必要は無い。
その為、シンが到着する前にステラを追い返す事は可能だろう、とカミーユは思っていた。
しかし、そのカミーユの読みは甘かった。頭痛による体調不良に加え、四本足で動き回る
ガイアの独特な挙動にカミーユは予想以上の苦戦を強いられる事になったのだ。
 
「こっち……!いや、違う!?」
 
更に林の中での視界の悪い状況に、カミーユは振り回される。
 
「くそっ!捉える事が出来ないなんて……!」
 
状況を焦るカミーユは上手く行かない事に苛立ちばかりを募らせる。早くしなければシンが
来てしまう…その焦りがΖガンダムの動きを散漫にさせる。

一方のステラも自分が有利な状況にあることを肌で感じていた。
カミーユのΖガンダムの挙動が安定していないのを見て、一気に接近戦に持ち込もうとする。
 
「!?」
 
それでも特別なセンサーがあるかのような急な射撃に、あと一歩という所まで詰め寄りなが
らも間合いを再び離さざるを得なかった。
 
「あんた達なんかにぃ!」
 
ステラにとってあの研究所は自分が育ってきた場所であった。今回の独断による単機出撃
も、ミネルバがその近くに停泊しているのを聞きつけたからであった。
 
「……!」
 
カミーユに的を絞らせないように軽快なフットワークで掻き乱していると、上空からビームが
注がれた。それを間一髪でかわしたステラであったが、三機に囲まれた状況に自らの不覚
を意識する。

(シン……来てしまったのか……)
 
シンの到着に、ついに間に合わなかった事を知ったカミーユは気を落とす。 
 
「てえりゃぁぁぁぁ!」
 
Ζガンダムとセイバーの二方向からの射撃の中からインパルスがビームサーベルを片手に
飛び出してくる。よりによって接近戦を仕掛けるシンを見て、カミーユは二人の接触を避けら
れない運命を呪った。
 
「うっ…こんなの!」
 
砲撃を潜り抜けて何とか起死回生を狙うステラだったが、シンのしつこい接近戦に押されて
いた。
 
「貰ったぁ!」
 
シンの渾身の一撃がガイアのコックピットを掠め、中身が剥き出しになる。
次いで放たれるセイバーからのビームライフルの一撃がガイアの右腕を破壊し、態勢を崩し
てそのまま後ろの崖を転がり落ちていってしまった。
手ごたえを感じたシンはそのまま止めを刺そうと追撃する。
しかし、そこから見えたのはガイアのコックピットで気を失っている見覚えのある少女だった。
 
「ス……ステ…ラ……?」
 
インパルスが動きを止める。
 
(ステラがどうして……何でガイアに乗ってるんだよ……?)

『シン、どうした?見失ったのか?』
 
不思議に思ったアスランがシンに訊ねる。
 
「いえ……ガイアはどうやら戦闘続行は不可能のようです…このまま捕獲します……」
『あ、ああ……?』
『アスラン、シン…俺は先に戻らせてもらうぞ……』
「え?」 
 
アスランの許可を聞く前にカミーユは勝手にミネルバへ戻って行ってしまった。
 
「お…おいカミーユ……?」
『隊長、手伝ってください。インパルス一機ではバランスが悪いです……』
「あ…済まない……」
 
カミーユは元より、シンの様子の変わり様にアスランは困惑する。特に、普段から気性の激し
いシンのおとなしさに心配になった。
 
「なぁ…シン、どうしたんだ?急におとなしくなって……」
『……』
「カミーユは体調不良だとしてもお前は……」
『何も話したくありません……』
「……」
 
いつものシンらしからぬ受け答えと声のトーンに気味の悪さを感じながら二機はミネルバへ
帰還した。
 
 
 
「アスラン…あの二人どうしたんです?カミーユは部屋に戻ったっきり出てこないし、シンは
医務室の前で落ち込んでるし……」
「さぁ…どうしたんだろうな……?その場に居合わせても俺には何も分からなかった……」
 
ミネルバに帰還してから、カミーユは何も言わずに部屋に籠もり、シンはステラの事を心配
して医務室の前に待機していた。
あまりにもの様子の変化にアスランとルナマリアは二人を心配した。
 
「ハイネに続いてレイもダウンしちゃったし、あの二人まで戦えなくなっちゃったらMSの
パイロットがあたしとアスランだけになっちゃいますね……」
「え……?」
 
心配そうにしながら、しかし少しだけはにかんだようにルナマリアが呟く。それに対し、
アスランはこのような状況のときに何の冗談を言っているのかと思った。

「その心配は無い。俺はもう大丈夫だ」
 
聞き覚えのある厭味ったらしい声。後ろから聞こえた声に二人は振り向いた。
 
「レイ!もういいの!?」
 
レイを目にし、驚いたルナマリアは思わず声を大にして叫ぶ。思ったよりも早いレイの復帰に
少しだけ残念そうな顔をする。
 
「ああ。それとも、ルナマリアにとっては二人きりの方が良かったか?」
「そ、そう言うわけじゃないわよ!たった二人でミネルバを守りきれるわけないじゃない!」
 
レイの見透かしたかのような言葉に、ルナマリアは慌てて否定する。
しかし、アスランに憧れているルナマリアは口では否定するものの、本心ではそれはそれで
悪くないかも知れない、と不謹慎ながら思っていた。
それでも本人が言うようにたった二人だけでミネルバを守ることは現実的ではない。そこの
所は一応理解はしていた。
 
「ふっ、それもそうだな。特にルナマリアは心配だからな」
「ちょっと、聞き捨てなら無いわね…あたしがヘタクソって言いたいわけ!?」
「そう聞こえたか?」
「あら、それ以外に理由があるのかしら?」
「いや、ルナマリアがそう聞こえたのはその自覚があるからだと思うが?」
「……厭味な奴」
 
(あたしだってもう少し射撃が得意なら……)
 
ふてくされるルナマリアであったが、確かに自分がミネルバのパイロットの中では一番戦力
的に心許無い事は分かっていた。
それでも一応は自分は戦う力がある事を知っている。少しでも役に立てるなら、その力を
ミネルバの為に使おうという意思をルナマリアは持っていた。
しかし、それは自ら死に急ぐ事だと言う事を知らない彼女にとって、これからの戦いに不安を
暗示する物であった。
 
 
ガイアの中から運び出されたステラは取り合えず捕虜という形でミネルバに乗せる事と
なった。気を失っていた彼女は医務室へ運ばれ、今は身体検査をしている所である。
ステラが気がかりなシンは扉の前で何をするわけでもなく佇んで居るだけだった。

ひょんなことから出会ったステラ。
たどたどしい喋りが、シンに妹のマユを思い起こさせた。
その出会いは決して劇的なものでなかったが、たった数時間しか共にしなかったステラがシン
にとってとても大きな存在に感じられた。
自分はステラに運命を感じているのか……?自問自答に高鳴る鼓動はその答えを知ってい
るようであった。
 
どのくらいそうしていただろうか、物思いに耽っていたシンの前の扉が開く。
カーテンの向こう側にはおそらくハイネが居るのだろう。医務室を見渡す目が自然と別の方
へと向き、ステラを捜した。
そして、シンは部屋の片隅に特別な台に横たわるステラを見つけた。
 
「ステラ!」
 
シンは医務室へ飛び込む。
脇から静かにしなさいという医者の声が聞こえたが、シンはそんな事は全く気にしなかった。
 
「ステラ……」
「急に何だね?この子を知っているのか?」
「……」
「連合のパイロットだろう?」
「……」
 
ステラの顔を覗き込み、不安そうな顔をするシンは医者の言葉に何も応えない。
 
「聞いているのかね?」
「あ……何でしょう……?」
「聞こえていなかったのかね…?君は何故この連合のパイロットの名前を知っている?
…事と次第によっては君の立場も危ないぞ」
「ち…違うんです!ステラは連合に居たけど違うんです!」
「何が違うと言うのかね?現にこの子はガイアから…」
「ステラは本当はそんな事する子じゃないんです!戦争なんか出来る子じゃないんです!」
 
出会った時に交わしたステラを守ると言う約束。あの時のステラの震えは本気で死ぬのが
怖いという感じだった。そんな彼女がMSに乗って来るということは、誰かに強制的にやらされ
ている事だとシンは思い込んでいた。
 
「はぁ…もう分かったから自分の部屋に戻りなさい。この子は今は麻酔薬で眠らせてあるから
暫くは目を覚まさないよ」
「……」
「後、君とこの子の事は身体検査の結果と共に艦長に報告させてもらうから。いいね?」
「……はい……」

何も考えられなくなっていたシンは医者の言葉にやっと聞こえるような声で返事をした。
力なく肩を落としたシンは医務室を出る。
足元を見つめながら通路を歩いていると、誰かの足元が目に入った。シンは顔を上げ、その
足が誰の物であるか確認する。
そこに居たのはカミーユだった。
 
「シン……」
「何です……?今は誰とも話したくないんです、どいてもらえませんか……」
 
カミーユに対していつも乱暴に話していたシンのしおらしい言葉遣いを聞いて、カミーユは
決心する。
 
「お前に話しておきたいことがある……時間をくれないか?」
「……」
 
悩めるシンは何も言わずにその場を離れようとした。通路の真ん中に立つカミーユの横を
すれ違おうとする。
 
「俺はガイアのパイロットがあの子だと言う事を知っていた……」
「……!」
 
カミーユの衝撃発言にシンはその場で歩みを止める。
 
「ここじゃなくて別の場所で話そう。この話は誰にも聞かれたくない……」
 
 
場所を移動したシンとカミーユはミネルバの甲板に出ていた。時間も深夜を回っており、誰か
がやって来るような気配は無い。
吹き付ける風が森の木の香りを運び、そして少し冷たかった。
 
「それで、何でステラがガイアに乗ってるって事をあんたが知ってたんだ?普通知らないはず
だぜ?」
 
いつもの口調に戻ったシンに安心しつつ、カミーユはゆっくりと語り始めた。
 
「インド洋でガイアが襲って来た時の事、憶えているか?」
「勿論だ。あんたとアスランにぶん殴られたからな」
「……その時にあの子のプレッシャーを感じた」
「プレッシャー……?何言ってんだあんたは?」
「まだ説明は出来ない。けど、俺はあの子の存在を感じたんだ」
 
真っ直ぐに語るカミーユの口調にシンは悪寒を覚えた。その様子から嘘をついているようでも
なく、かと言ってとてもではないが信用できる話ではなかった。

「…わ…わからねぇ……!わかんねぇよ、あんたの言ってる事が!仮にそうだとしても何で
あんたがステラの事を!」
「お前がステラと遭難した時が決め手だった。直に会って確信したよ、この子はガイアのパイ
ロットなんだって……」
「だったら何で……!」
「……」
「答えろ!知ってたんなら何で俺にその事を教えてくれなかったんだ!俺がそのことを知って
いたら、あの時ステラを連合に返さなかった!」
「……すまない…お前に言うべきか迷っていたんだ……。伝えることでどうなるか…俺には
何となく分かっていたから……」
「な、何だよそれ…どういう事か説明しろよ!」

自分の常識を超えるカミーユの言葉にシンは焦りを隠せなくなる。事の真偽はどうあれ、
普通に考えたらステラがガイアに乗っている事などカミーユが知るはずが無いのだ。
しかし、カミーユの口から紡がれる重い声がシンの鼓動を高鳴らせる。
 
「その前に俺の話を聞いておいて欲しいんだ……」
「話ぃ?」
「そう、俺が自分の世界に居た頃の話だ……」
「それがどう関係が…」
「お前には聞く義務がある」
 
いつになく真剣なカミーユに、シンは言葉を飲み込んだ。その言葉に込められた何かが、
時折感じるあの不思議な感覚に似ている様な気がした。
 
「俺が自分の世界に居た時、今と同じ様に戦争をしていた事は前に話したと思う。その中で、
俺はある二人の女の子と出会ったんだ。……その子達は俺の敵だった」
「……それで?」
 
カミーユの話にシンは引っかかる物を感じた。自分とステラも敵同士である。
それが何を意味するのか、カミーユは続ける。
 
「どちらも敵の研究所で調整された強化人間だったんだ。記憶を弄られて、色々な薬で肉体
を強化されていたから二人の体はボロボロだった」
「……」
「彼女達と出会って、俺はそんな事を許せないと思った。何とか二人を救えないかと色々と
した」
「……」
「でも、二人共過度の強化によって最後には精神が崩壊しかかっていた。自分さえ取り戻せ
ない彼女達は自分の記憶を欲しがっていた事さえ忘れていたんだ……」
「……で、結局どうなったんだ?」

「……一人は俺をかばって、もう一人は…俺がこの手で殺した……もうそれしか方法が残さ
れていなかったんだ……」
 
そこまで話すと、カミーユは俯き、肩を震わせた。相当無念だった事がひしひしと伝わってくる。
 
「……」
 
想像以上のカミーユの体験談にシンは絶句する。
 
少しの間、二人は黙ったままで居た。甲板に吹く風が少し強くなり、雲がその体で優しい光を
照らす月を隠した。
暗闇でお互いの顔もよく見えなくなった頃、シンが口を開いた。
 
「……ステラが…俺とステラの関係がその二人とあんたの関係と同じだと……?」
「……ステラは連合のエクステンデッドだ」
 
瞬間シンは目を見開く。
 
「俺は!……ステラを絶対に死なせない!あんたと同じにはならない!」
「そうだ、シン、それでいい。お前まで俺と同じ道を辿る必要はないんだ」
「えっ……?」
「俺も出来るだけ協力する。だから、お前はあの子を全力で守ってやれ」
「……」
「その為に俺はこの話をお前にしたんだ。……悲劇を繰り返さない為にも」
「カミーユ…ビダン……」
 
風は相変わらず同じ強さで吹き、再び月が雲の合間から顔を出して二人を優しく照らす。
シンは初めてカミーユの事を名前で呼んだ。
それは少しだけカミーユに心を許した証、疑いから信頼へと少しだけ傾いた瞬間だった……