Z-Seed_カミーユ In C.E. 73 ◆x/lz6TqR1w氏_第22話

Last-modified: 2007-11-12 (月) 12:38:04

第二十二話「想い巡る人々」

ベルリンでの戦闘を終え、インパルスが半壊状態のΖガンダムをぶら下げてミネルバへと戻って来た。
 
「かぁーったく、セイバーの修理だけでも大変だってのにΖまでこの有様かよ…」
 
落胆するマッドの脇から若い整備士達が慌ててΖガンダムに駆け寄る。見た目ほど酷い損傷ではないが、所々に開いた穴が痛々しかった。
 
インパルスのコックピットハッチが開く。
 
「んぉ……?」
 
シンが眠っているステラを抱いたまま降りてくる。
 
「ほぉ、女を連れ戻してきたのか。やるようになったじゃねぇか」
 
いつもとは顔つきの違うシンを見てマッドは感心する。シンの成長を見て取れた事に満足そうに笑顔を浮かべた。
 
「おい、ラッキースケベ。お前も男になったなぁ?力ずくで女を掻っ攫ってくるなんてよ」
「ちょっ…!何すかラッキースケベって、俺はラッキーかも知れないですけどスケベではないですよ!」
 
ラッキースケベ…カミーユを拾う前、アーモリーワンの混乱の最中にヨウランがシンに与えた称号だ。
それが整備士連中に伝わり、シンをからかう時に用いられるのがラッキースケベだった。
しかも、偶然にもその時の"事"の相手もステラだった。
 
「へっ!そんな格好で女抱いて出てきてスケベじゃねぇ訳ねーだろ?健康でよろしいなぁ? 男はやっぱそうでなくちゃな!」
「何勝手に変な想像して訳分かんない事言ってんですか!?」
 
下品なマッドの言い草にシンは顔を赤らめて必死に言い訳をする。
しかし、一度思い込んだら止まらないマッドの暴走は止まる事を知らない。更にシンが汗をかく様な事を言って困らせる。
 
「あぁ、もう!こんなことしてる場合じゃないんです!ステラを早く先生に見せなきゃ… マッドさんもカミーユの事見てやんなくていいんですか!?」
「おっと、そうだったな……純情少年をからかってる場合じゃなかった」
 
マッドはΖガンダムの方に視線を向け、シンはステラを医務室へ連れて行った。
 
「くそったれ、これを直さなきゃなんねぇと考えると気が滅入るぜ…」
 
丁度コックピットから引きずり出されるカミーユの姿が見えた。バイザーが割れていて顔に細かい擦り傷が出来ている。

「さて…どうすっかなぁ……?」
 
腰に手を当てて頭を人差し指で掻いたマッドは困ったように呟いた……
 
 
 
シンがステラを連れて戻った数時間後、ステラの一応の検査結果が出る。それを聞く為、先にタリアへの報告を済ませ、医務室の前で待っていたシンは医者に呼ばれていた。
 
「先生、ステラは……」
「ふむ…シン、君に結果を伝えよう。非常に悔しいものだがね……」
 
医者は神妙な面持ちで人差し指で頭を掻き、カルテを片手にシンに語る。
 
「そんな…それじゃあステラは……!」
「ああ、いや済まない。悔しいのは私の個人的感情でね、今のところ彼女に命の危険性は無い」
「えっ……?」
 
医者の意外な言葉にシンは驚きの表情を浮かべる。ある程度覚悟していたシンは、ステラが救われた事に安心をするが、疑問は残っていた。
 
「ど、どうしてステラは助かったんですか?やっぱり連合の…」
「そうかも知れないし、そうじゃないかも知れない」
「は…どういう事なんですか?」
「うぅん…今の彼女は精神的に凄く落ち着いているんだよ。それがどういう理屈か、同時に彼女の生命活動をも安定させているんだ。検査している最中も一向に目を覚ます気配は無かったんだからね」
「それは疲れて眠ってるからじゃ……」
「違う違う、瞳孔の検査をしようと目に光を当てたんだがね?それがぐっすり眠っちゃってて、全然起きやしない。普通、麻酔が掛ってなきゃ目を覚ますよ」
「それって、やばくないですか……?」
「それがな、不思議な事に本当にただ眠っているだけなんだよ。余程疲れていたか、安心していたかなんだろうなぁ……、まぁ、病は気からとはよく言ったものだが、案外彼女の精神的な不安定さはそんな所にあったんじゃないかな?」
「そ、そうなんですか?」
「医学的に説明できないというのは屈辱的だが…君の存在が大きいんだろうな。検査中にも気持ちよさそうな顔で君の名前を呼んでいたよ」
「あは…いやぁ……」

前はネオの名前を呼んでいたステラが、今は自分の名前を呼んで居てくれる事にシンは思いっきり照れる。
 
「はは…青春だなぁ?いいな、君たちは若くて。私ももう一度君たちぐらいの年齢に戻りたくなってきたよ」
 
医者はカルテを机に置いて足を組む。
 
「ただ、一つだけ気を付けて貰いたい事がある。彼女の命は君の存在に懸かっているという事だ。君が万が一彼女を裏切るような事があれば、その時は彼女が死ぬ時だ。それを肝に銘じておいて貰いたい。不安や脅迫観念は彼女にとっては猛毒だ」
「大丈夫です、先生。俺は絶対にステラを裏切ったりなんかはしません。必ずあの子に普通の生活をさせて見せますよ」
「ま、信頼関係には心配はなさそうだがね……私が気にしているのは君が戦争で命を落とす事だ。あのアスラン=ザラの事もある、ステラの為にもくれぐれも死に急ぐような真似はしないでくれよ?」
「はい…約束します!」
「それと…だ。彼女の体に再強化処理を受けた形跡も見られる。恐らく副作用は出るだろうから、薬の服用は怠らないでくれよ?」
「そんな薬があったんですか?」
「抑制剤みたいなものだが、作ってみたんだよ。以前の彼女のデータを参考にしてな」
「す、凄いじゃないですか!戦艦でそんな事が可能なんて……」
「別段連合のエクステンデッド技術が優れているわけじゃない。こんなもの、優秀なコーディネイタードクターである私にとっては朝飯前さ」
「でも…それって俺がステラを連れてくる事を前提にしてなきゃ…」
「ん…まぁそれはな……ただの私の趣味だよ。なんてったって私は優秀なコーディネイタードクターだからね、いくら連合の技術でも、私に出来ない事など有ってはならないのだよ!」
 
そう言って医者が笑う。本当はあの時のシンの必死さに心を動かされ、睡眠時間を削ってまでして治療薬精製の研究をしていたのだ。故に、うっすらと目の下に隈が出来ていた。
ステラのことで胸が一杯のシンはそんな事にも気付かないほど鈍感になっていた。
 
「これを投与すれば、長い時間は掛かるだろうが徐々に体の構成物質も普通に戻っていくだろう。自然と彼女の体が普通に馴染めるまでの間だ、辛抱させてくれ」
「それがあればステラは普通に戻れるんですね?」
「理論的にはな」
「分かりました、俺、頑張ります!」
 
医者はシンの返事を聞いて一つ大きく息を吐く。

「取り敢えずは以上だ。まぁ、医学に携わる身として、精神論に頼らざるを得ないなんて事は非常に残念ではあるがね……」
「たまにはそういう事があってもいいじゃないですか、医学だって万能じゃないんでしょ?」
「そうだな…シン……。君もすぐに休んだ方がいい、疲れているだろう?ステラが目を覚ました
らすぐに呼んであげるから、今は自分の部屋でゆっくりと眠りなさい」
「はい、よろしくお願いします!」
 
元気に返事をしてシンは医務室を後にした。
 
 
医務室の外でこっそり会話の内容を聞いていたルナマリアはシンに見つからないように陰に隠れる。
アスランが居なくなってからというものの、ルナマリアは元気をなくしていた。
それで何とか気合を取り戻そうとシンに会いに来たのだが、彼はステラの事で頭が一杯だという事が分かり、どうにも会い辛かった。
ルナマリアはシンに慰めの言葉を掛けて欲しかった。
 
「ルナ、こんな所で何をしている?」
「えっ!?」
 
背後から忍び寄るように話し掛けて来たのはレイだった。急に話し掛けられたルナマリアは突然の事に驚きを隠せない。
 
「いや…別に……」
「そうか、ならいい」
 
そっけない態度でレイはその場から去ろうとする。しかし、それを引き止めるようにルナマリアが咄嗟に質問を投げかけた。
 
「あのさ…レイ、あんたあの子の事どう思う?」
「あの子…ステラの事か?」
「え…ええ……」
「何故そのような事を俺に聞くのだ?シンの方がよく知っているのではないか?」
「ま、まぁそうなんだけどね…レイの意見も聞いてみたくて……」
 
しどろもどろのルナマリアに疑問を感じたが、レイは取り敢えず自分の思う事を話す事にした。
 
「いいのではないか?彼女が居る事でシンも実力以上の力を発揮できる。それに彼女を救えた事は我々にしても大きなプラス要因だと思うが……?」
「そう……」

「彼女がこちらに来たという事は連合からの賛同者がやって来た事を意味する。それはこれから戦っていく上で大事な事だ」
「賛同者って言っても、一人だけじゃない?しかも、あんな何も分かってないような子が来た所で大した意味は無いでしょ?」
「彼女がどうであろうと問題は無い。重要なのは連合から離れてこちら側に来たという事実だ。その事実が、クルーのモチベーションを上げるな」
「あの子の本国移送は?」
「タリア艦長が何とかしてくれるだろう。それは問題ではないな」
「……」
 
レイのステラに対する肯定的な見方にルナマリアは黙り込む。
 
「どうしたのだ、ルナ?お前はシンに焼き餅を焼いているのか?」
「そ…そんなんじゃないわよ!何であたしが……!」
「ならもう少し素直に喜んだらどうだ?確かに失ったものも多いが、戦場で一人の命を救えて尚且つこちらに引き込めたのだ、これ程大きな収穫は無いだろう」
「あたしは……」
 
困惑したようにルナマリアは俯く。アスランの事でのショックがまだ抜け切っていなかった。
 
「アスランが死んだのに何であの子が生きてるのか分からないわ……。あの子は敵だったのに助かって、味方だったアスランが死ぬなんて…間違ってるとしか思えない……あたしには納得できない……」
 
絞るように話すルナマリアは悔しさを滲ませる。アスランが居なくなってステラが生きているという現実に憎しみを覚えていた。
 
「あの子が死ぬ運命だったらアスランは生きていたかもしれないのに……」
「ルナ、それは本気で言っているのか?」
 
言葉を返すレイの声にルナマリアは顔を上げる。
 
「そんな風に思っているのならお前にザフトに居る資格は無い。さっさとこの艦から降りろ」
「レ…レイ……!?」
「アスランの戦死は誰のせいでもない、彼自信の責任だ。それをシンやカミーユが死ぬ思いで助け出したステラに責任を擦り付ける様な思考の持ち主とは一緒に戦えない。出て行け」
 
レイは表情一つ変えず、そうルナマリアに厳しく言いつけると足早にその場を去っていった。
 
「あたし…は……」
 
ルナマリアはその場で泣くしかなかった……

キラはアークエンジェルに戻ると、すぐさまマードックに修理をお願いし、そのまま一目散に甲板に向かった。
頭の中ではまだ謎の女性の声が響いているように感じていた。
 
(フレイ……)
 
甲板へ出ると、風が強くキラを吹き付けた。それが未だ聞こえているような女性の声を掻き消してくれる事を期待する。
キラはヘルメットを脱ぎ、髪を掻き毟る。何とかしてベルリンでの奇妙な体験を忘れたかった。
 
「僕は…君に笑って欲しかっただけなのに……」
 
ベルリンでの声の主がフレイでない事は分かっていた。しかし、キラの記憶を刺激したその声は、キラにフレイの記憶を鮮明すぎるほどに蘇らせてしまっていた。
 
第二次ヤキンドゥーエ戦役…その最終局面で、フレイはラウ=ル=クルーゼの操るプロヴィデンスのドラグーンが放った一撃で身を焼かれて散っていった。
キラとフレイは様々な蟠りや複雑な関係にあったが、最後、フレイはキラに対して素直に気持ちを表せるようになっていた。
しかし、当のキラ本人にはそれを伝えることが出来なかった。途中で進む道が分かたれてしまったからだ。
故に、キラはフレイが自分を憎んでいた事しか知らない。本来なら素直に笑い合える関係になれたはずが、運命の悪戯は二人にそうなる事を拒んだ。
分かり合えないまま永遠に別れた二人。生きているキラは死人に会えない限り、一生その心の傷を抱えて生きていかなければならない。
その傷の痛みを少しでも和らげてくれたのが、もしかしたらラクス=クラインだったのかも知れない。
 
「キラ……」
「……」
 
聞こえてきたのはカガリの声。MSデッキでキラを迎えていたが、キラはそれに気付く事は無かった。カガリは、それを心配してキラを追いかけてきていた。
 
「どうした、キラ?元気ないじゃないか」
「ごめん…一人にさせて欲しいんだ……」
 
声が震えている。顔を外に向けたままカガリに顔を見せまいとしていた。

「ベルリンの化け物の事は気にするな。あの後、化け物は完全に沈黙した」
「……」
「だから、いいじゃないか…」
 
キラに向かって歩を進め、そっと肩に手を掛けようとしたその瞬間、キラが唐突に振り向いた。
 
「そんな事じゃないんだ!」
「お…お前……」
 
振り向いたキラは泣いていた。まるで、かつてカガリが危なっかしいと評した頃のように、英雄の面影を全く感じさせない表情で泣いていた。
 
近頃のキラは以前に比べて全く泣かなくなった。昔は、少しでも自分に行詰ると、直ぐに一人で思い悩んで涙していたが、最近は何かを悟ったかの様に殆ど辛い表情も見せなくなった。
それがここに来て急に昔の彼に戻った。カガリは、泣かなくなったキラを強くなったと思っていたが、本当は何も変わっていなかったのである。
ただ、無理して他人に気を遣わせまいと、そして、前大戦に関わった身として、超然たる態度を繕っていただけに過ぎなかった。
 
フレイを思い出し、余裕の無くなったキラは思わず本当の姿をさらけ出してしまったのだ。
 
「私は…相談に乗れないのか……?」
「……」
 
キラは黙って首を縦に振る。カガリに相談した所で気が晴れるとは思えなかった。
この苦しみを分かってくれる人…それはラクスしか居ないと思っていた。
 
「…カガリには分からないよ……」
「私はお前の姉上だぞ」
「双子だって話だから…僕の方がお兄さんかも知れないだろ……」
「いいや、お前は私の弟だ。紛れもなくな」
「……」
「こんな情けない顔をする男が、私の兄のわけないだろ?どう考えても強い私の方が姉だ」
「カガリだって……」
「ふん…私だったら何があってもお前みたいに挫けたりなどしないぞ。お前は昔のままだ、弱虫だ」
「何で…そこまで言えるの……?」
 
柵に体を預けていたキラが体を起こしてカガリの方に体を向けた。
 
「僕が何を悩んでいるのか知らないくせに、何でそんな風に言えるの!?
僕はフレイの事が…」
 
言いかけてキラは慌てて視線を背ける。カガリの無神経に思える言葉に、思わず口に出してしまった。
カガリは何となく納得したような表情をしている。

「フレイ=アルスターか……まだ、引き摺ってたんだな……」
「一生忘れられないよ……」
 
バツの悪そうにしながらも、キラは諦めたように言う。
 
「フレイのことなら、私に言ってくれても良かったじゃないか?私だって彼女を知らないわけじゃないんだし……」
「フレイは…フレイは僕が傷つけてしまった人だから……」
「……」
「本当は笑って欲しくて…お父さんを亡くしてから辛そうにしてたから……だから、僕が彼女の支えになってあげられるのなら、僕は何でもしようと思った……」
「だから、私にも話せないって事か?」
「……カガリはフレイの事、良く知らないでしょ……?」
「でも、お前の事は良く知っているぞ。お前は臆病で弱虫で、泣き虫だ」
「……」
「そして、それ故に誰よりも優しくなれる奴だ。今まで無理してたんだろ?少しは肩の力を抜けよ」
「カガリ……」
 
俯いていた顔を上げる。カガリの顔を見た。
その顔は、涙の跡が残っている。
 
「ほら、男ならみんなの前ではそんな女みたいな顔をするな。笑われるぞ?」
 
そう言ってカガリはポケットからハンカチを取り出してキラに差し出す。
キラは黙ってそれを受け取って頬についた違和感を拭き取る。
 
「私はお前の姉上なんだからな、いつでも私に頼ってもいいんだぞ」
「ありがとう…カガリもね……」
「姉が弟に弱みを見せてどうする?私はお前に頼るようなことはしない!」
「え……?でも、それってずるくない?僕の秘密はカガリに知れても、カガリの秘密は僕には知れないって事でしょ?」
「……お前、案外スケベな奴だな?」
「え!?」
「レディーの秘密を知りたいなんて…しかも姉の!この事をラクスに言ったらどうなるんだろうなぁ?」
「ひ…卑怯だよカガリ!僕だけ損しろっていうことでしょ!?横暴だよ!」
「へへん!姉の私に楯突こうなんて百年早いんだよ!」
 
カガリは高笑いをして去っていった。

「カガリ…結局弱っている僕に仕返しがしたかっただけなんじゃないの?」
 
甲板に残ったキラはカガリを誘拐した時の事を思い出していた。
あの時、キラはカガリに厳しい言葉を浴びせ、自分に従わせた。その事を悔しく思ったカガリが、この機会に仕返しをしてきたと考える事もできる。カガリの負けず嫌いの性格を考えれば十分想定の範囲内である。
しかし、キラには本当の所は分かっていた。
きっと、カガリは純粋に自分の事を心配してくれていたのだろう。また、彼女がそういう性格であるということも分かっていた。カガリは困っている人を見かけたら黙っていることが出来ない
典型的な人情派タイプである。
 
「ありがとう…カガリ……」
 
カガリの気持ちに触れ、キラは少しだけ元気を取り戻した。