Z-Seed_カミーユ In C.E. 73 ◆x/lz6TqR1w氏_第23話

Last-modified: 2007-11-12 (月) 12:38:16

第二十三話「聞こえる鼓動」

シンが眠りに就いてどのくらいの時間が経ったのだろう、誰かの声が彼の意識を小突く様に
刺激する。
 
(何…だよ……?)
 
久しぶりに解放されたような気分で気持ちよく眠っていたシンであったが、しつこく呼び掛け
られる声に仕方なく目を開こうとする。
 
「お~い、シン。そろそろ起きないとお前の晩飯食っちまうぞぉ?」
 
横になっているシンの耳元でハイネが囁く様に告げる。
 
(晩飯……?)
 
ハッキリしない意識の中、"晩飯"という言葉にシンは反応する。
先程医者に言われたとおり、部屋に戻ってそのまま寝てしまったシンはお腹が空いている事
に気付く。ここで晩飯を食べられてしまうと、正直洒落にならない。
慌ててシンは体を起こす。
 
「晩飯っ!」
「うおっ!?」
 
突然起きるシンにハイネは体を仰け反らせる。
 
「きゅ、急に起きるな!何処かにぶつけてまた体を痛めたらどうしてくれるんだ!?」
「ハイネ……?い、いくらハイネの言う事でも今日ばかりは飯を渡さないからな!」
「じょ、冗談だって…呼んでもお前が中々起きないからちょっと意地悪な事言ってみただけ
だって」
 
身構えたシンのもの凄い剣幕にハイネはたじろぐ。
 
「え…そうなんだ……?」
「何が"そうなんだ"だよ。俺はセンセに頼まれた事をお前に伝えに来ただけだぜぇ?」
「先生から頼まれた事…?」
「お前のお姫様が目を覚ましたってよ」
「!?」
 
ハイネにそう言われると、シンは上着も着ないまま自室を飛び出して行った。
ハイネはその勢いに体を倒されそうになったが、療養中に磨いた松葉杖のテクニックを駆使
して華麗に態勢を整える。
 
「おっとっと…ったく、夢中になれる事はいい事だけどね…苦労してここまでやって来た俺に
一言お礼があってもいいんじゃないかな?…リハビリの一環なんだけど……」
 
困ったように笑うハイネは松葉杖を突いて医務室へ戻って行った。

「ステラァ!」
 
上半身シャツのまま全速力で駆けてきたシンは勢い良く医務室の扉を開ける。
 
「ん…来たか……って、シン、何て格好をしているのかね?ザフトのエリートがだらしない…」
「先生、ステラは!?」
「奥の部屋だよ、早く顔を見せてやってくれ。我々では手におえないんだよ」
「は?」
 
落ち着いて耳を澄ませてみると奥の部屋の方から騒がしい声が聞こえる。よく聞いてみると
女の子の声だった。
 
(い、一体何が……!)
 
急いで奥の部屋に踏み込んでみると、シンの名前を叫びながら暴れるステラを助手が懸命に
押さえている姿が目に入った。
 
「これは……」
「おお、シン、やっと来たか!早くこの子を何とかしてくれ!」
「シン!」
 
助手の押さえつけを振り切ったステラがシンに抱きついてくる。
 
「シン~」
「ふぅ、助かった…」
「どうしたんすか?」
 
ステラの頭を撫でながらシンが訊ねる。
 
「どうしたもこうしたもないよ。この子が目を覚ますといきなり『シンは何処!?』って暴れだして
ね…それを諌めるのに四苦八苦してたんだよ!?」
「あ…それはどうもすんません…迷惑掛けちゃったみたいで……」
「君も疲れてただろうから今回は仕方ないけどね?これからはもっと早く来てくれよ」
 
そう言うと助手は疲れた顔で部屋を出て行った。
 
「シン、何処行ってた?」
「ゴメン、少し眠ってたんだよ」
 
「良かったな、シン」
 
ステラを慰めていると後ろから声がした。

「カミーユ!」
「これで俺も少しは安心できるかな?」
 
ベッドから半身を起こしたカミーユが微笑んで二人を見ていた。
 
「あの…ありがとうな、カミーユ。俺…あんたが居なかったらきっとステラを助ける事なんて
出来なかった」
「ステラを救い出せたのは紛れも無くお前の力だ、そこは自信持っていい。俺はそれを少し
手伝っただけさ」
「でも…そのせいでカミーユもΖも……」
「気にするな、俺の方は大丈夫さ。Ζもいつか直る」
 
病室のカミーユはとても弱々しく見えた。病人というものはとりわけ弱々しく見えるのは当たり
前の事だが、カミーユに限っては何か特別な物を感じた。
 
本来、この世界に来る事が無ければカミーユはもっと酷い状態で長い期間療養生活を送る
筈だった。それが何の因果かこの世界に来る事になったカミーユは本来より早く回復をする。
しかし、それは無理に精神を安定させているに過ぎず、再び精神が崩壊してしまうリスクは
併せ持ったままだった。
ステラとの戦いでその力の一端を解放したカミーユは不安定だった。それが、シンにカミーユ
がとりわけ弱々しく見える原因であった。
 
「カミーユ、聞いていいかな…?」
「何だ?」
「あの時の声の事なんだけど……」
「声…?」
「女の人の声が聞こえたんだ…二人……、それって」
「…聞こえていたのか」
「前に言ってたカミーユが助けたかった人?」
「そうだ…と思う」
 
カミーユは深呼吸する。
 
「フォウとロザミィ…ステラと同じ様に戦いを強要された強化人間だ。彼女達もステラを戦いの
呪縛から解き放ってあげたかったんだろう。自分達の様な存在の悲劇はもう十分だって……」
「その人達、カミーユの事が好きだったんだな…何となくそれが分かったよ。
……今でも声は聞こえるのか?」
「いつでも声が聞こえるって訳じゃないんだ…でもその存在は感じることが出来る」
「ならさ、お礼、言っといてくれよ。あんた達のおかげでステラを助ける事が出来たって……。
俺、あの声に感謝してんだ!」
「分かった、伝えておくよ」
 
いつまた聞こえるか分からないが、シンの気持ちを汲んでカミーユは承諾する。

「シン…誰?」
 
ステラがシンの陰に隠れるようにカミーユを指差す。
 
「え…カミーユだよ。ステラを助ける為に俺に力を貸してくれたんだ」
「シンの友達?」
「あ……」
 
カミーユに仲間意識は芽生えてきていたが、友達というとなると気恥ずかしい気持ちになる。
ルナマリアやレイ、整備士のヨウランやヴィーノ辺りならハッキリそう言う事が出来るのだが、
カミーユやハイネ等、少し年上の相手には些か気を遣ってしまう。
 
「違う?」
「いや…その……」
 
シンはカミーユに目を遣ると、シンの困った顔を楽しんでいるのか、カミーユは目を細めていた。
 
「カ、カミーユ…?」
「一緒に戦う仲間なんだから、友達だろ?」
「そ、そう!友達というよりは仲間だよ…ってあれ?」
 
よく分からない事を口走るシンの会話の内容は合っていない。そんなシンにカミーユは苦笑す
る。
 
「仲間であり、友達…だろ?」
「と、言うわけ!分かった、ステラ?」
「カミーユ、シンと友達?」
「そう!」
 
ステラは納得したようなしないような複雑な気分だったが、取り敢えずカミーユがシンの友達
であるということは理解した。でも、それが分かっただけでもいいか、と思った。
 
「怪我の方はどの位で治りそうなんだ?」
 
シンがカミーユに訊ねる。
 
「たいした事は無い、明日には部屋に戻れそうだし…フォウやロザミィが守ってくれたかな?」
「なら良かった」
 
シンがカミーユに手を差し出した。
 
「ん?」
「カミーユ、握手しようぜ。何か俺、そんな気分なんだ」
「ふっ、変わったな、お前」
 
カミーユとシンは握手を交わす。

「シン、ステラも握手」
「んぁ?」
 
その間にステラが割り込んできた。
 
「あんまり見せ付けてくれるなよ?続きは余所でやってくれ」
「寂しいんだ?」
「当たり前だろ?この世界じゃ俺は一人身だ、寂しくもなるさ」
「恋人は?居たんだろ?」
 
シンは何故かそう思った。
 
「恋人かどうかは分かんないけどガールフレンドなら居たよ」
「どんな人さ?」
「そうだな…上手く言えないけど、口うるさい世話焼き上手な子かな?」
「ルナみたいな子?」
「どうかな…でも、うるさい所は似てるかも?」
「ははっ、なら大変だ!」
「まぁな」
「シン、握手は?」
 
ステラがシンの袖を引っ張る。
 
「あ、あぁ…じゃ、カミーユ、俺達行くから」
「ああ」
 
シンとステラは部屋を出て行った。
カミーユは窓を開く。
  
《頑張った甲斐、あったね……》
 
「フォウ…?……そうだな」
 
風に乗ってフォウの声が聞こえてきたような気がした。
その声にカミーユは満足そうに返事を返した……
 
シンが部屋に戻ると、レイが机のパソコンに向かってキーボードを忙しく叩いていた。
 
「レイ…?何してんだ?」
「ん…シンか。奴の研究だ」
「奴?」
「ああ、フリーダムだ」
 
画面にはフリーダムとの交戦の記録が映されている。様々なデータや動画等、フリーダム攻略
の手掛かりになりそうなものが一通り揃っていた。

「!?…シン…怖い……」
 
後ろからレイのパソコンを覗き見たステラが拒否反応を示す。
ビームサーベルを持ったフリーダムが吶喊してくるのを見たステラにとって、フリーダムの映像
は精神的に苦手な物だった。
 
「シン、ステラを誰かに見ていて貰え。唯一こいつとまともに戦えていたカミーユが動けない今、
こいつに勝つのはお前しか居ない。お前の協力が必要だ」
「分かった、少し待っていてくれ。…ステラ、おいで」
 
シンはステラを連れて部屋を出る。
 
(えっと…ルナなら面倒見てくれるかな?)
 
シンの頭の中に自然とルナマリアが候補に上がる。ルナマリアは妹もいるし、色々と面倒見が
良さそうだと思ったからだ。
特に今は乗機が無い上、メイリンに比べてする事も少ない筈である。
シンとステラはルナマリアの部屋の前にやって来た。
 
「おい、ルナ、いるか?」
 
しかし、シンの呼びかけに返事は無かった。
 
「…居ないのか?」
 
不審に思ったシンは、勝手と知りつつも扉を開けてしまう。
 
「ちょ…ちょっと、何考えてんのよ、女の子の部屋に勝手に入ってくるなんて!?」
 
部屋の中は暗く、開いた扉から通路の明かりが部屋の中を照らし出す。すると、僅かな光を
灯しただけの部屋からルナマリアがもの凄い剣幕でシンを怒鳴りつけて来た。
 
「え…居るなら返事位しろよ!無視なんかして…」
「あたしの勝手じゃない!今はちょっと手が離せないのよ!」
「言い訳はもっと上手くしろよ。どうせ暇なんだろ、こんなに部屋を暗くしてさ?」
「うるさいわね!お願いだからほっといてよ!」
「何だよ、ステラの事見ていてもらおうと思ったのに…別の人に頼むかな!」
「えぇ、そうしてくれると有難いわ!その子の顔なんて見たくも無いもの!」
「え…どうして……?」

シンとルナマリアのやり取りをステラは呆気に取られたような顔で眺めている。
ステラを拒否するルナマリアがシンには理解出来なかった。
ルナマリアの態度に最初は威勢良く突っかかっていたが、いつもの様子と違う事に気付いて
シンは戸惑う。
 
「どうでもいいでしょ、あたし…その子の事嫌いなの!」
「納得できないな、訳を言えよ!」
「どうでもいいって言ってるでしょ!?そんな事、面と向かって言えるわけ無いじゃない!
いいからどっか行ってよ!」
「あぁそうかい、勝手にしろよ!」
「するわよ!」
「行こう、ステラ!」
 
シンはステラの手を引いてルナマリアの部屋から去って行った。
扉を閉め、再び暗くなった部屋でルナマリアはベッドの中に潜り込む。
 
「レイもシンも…勘弁してよ……!」
 
頭からシーツをかぶり、その中でルナマリアは泣いていた。
 
 
「シン、顔怖い…」
「ん……」
 
ステラに指摘されたが、ルナマリアの態度に腹を立てたシンは複雑な表情をする。
 
「ごめん、シン…ステラのせいでシン辛い……」
「ステラ……」
 
シンとルナマリアの会話から、自分の事が原因で二人が喧嘩したんだという事をステラは
分かっていた。
 
「ステラのせいじゃないさ。ルナ、ちょっと機嫌が悪かったけど、自分のMSが無いから活躍
できなくて苛ついてたんだよ…きっと……」
「……」
 
シンは自信が無いのか、言葉の最後の方が尻つぼみに声が小さくなっていった。
適当な予測でステラを慰めようとしたが、ステラの表情は曇ったままだった。
 
「う~ん…しょうがない、メイリンに頼んでみるか。少しなら時間あるだろ」
 
シンは気を取り直すように話す。
しかし、内心ではルナマリアの態度が気になっていた。
 
(全く…どうしたんだよルナの奴?…あ~あ、俺もカミーユの言う様なニュータイプになれれば
なぁ……)
 
理解できないルナマリアの態度に、シンは神頼みの様に心で呟いていた。

「ふぅ、どっこらせっと」
 
リハビリから戻ったハイネはどっかりと、ベッドに腰掛ける。隣のベッドで体を起こして雑誌を
読んでいたカミーユがそんなハイネの様子に眉間に皺を寄せる。
 
「何か爺くさいぞ…」
「ん、そうか?」
 
他愛の無い会話を交わす。
 
「カミーユ、大した事無かったんだって?」
「あぁ、まぁ……」
「それは良かった、シン一人じゃ不安だったからな」
「どういう事だ?」
「あいつ、ステラを救出出来たはいいが大分弛んでるからな。このままだとまずい事になりそ
うだ」
「確かにアイツにとってステラを助け出す事は大きな目標だったからな…無理の無い話だけ
ど……」
「けど、戦争はそんな個人的な理由は許しちゃくれないぜ?ザフトもこれからいよいよ本格的
に動き出そうって話になっている。エースのアイツがしっかりして欲しい所だが…」
「それも難しいか……?」
「そう、だからお前の怪我が大した事無くて良かったよ」
「でも、MSが無い……」
 
カミーユのΖガンダムは未だ修理の目処がついていない。こちらで賄える資材が圧倒的に
不足しているのだ。
特にこの世界では精製不可能なガンダリウムはΖガンダムの装甲に欠かせない重要な
資源である。穴だらけのΖガンダムで戦闘を行うのは自殺行為に等しい。
 
「人づてに聞いたんだけど、俺のΖ、コックピット周りが駄目になったって聞いたから……」
「それがな、リハビリついでにMSデッキに顔出してみたんだが、どうも掘り出し物が見つかった
みたいだぜ?」
「掘り出し物って言ったって、この世界の物資じゃ意味無いだろ?」
「それがどうやらお前の世界からのお客さんみたいだぜ!」
「えっ……!?」
 
ハイネの意外な発言にカミーユは目を見開く。
自分の世界からの来訪者、それが何なのかは見当もつかないが、カミーユは不思議な期待
感を抱いた。
 
「そ、それ…どんなのが…!?」
「さあな…遠目だったからよく見えなかったが、何か全体的に赤かったなぁ?聞いた話に拠る
と素材にお前のΖと同じ物が使われてるって言ってたからな。多分MSだと思うぜ」
「MS…!?パイロットは!?」
「パイロットが出てきたなんて話は聞かないから、居なかったんじゃないか?」
(赤い…MS……!) 

赤いMS…リックディアス、マラサイ、ガルバルディβ…思い当たるMSはいくつかあるが、それ
のどれとも違うような気がした。
赤という色はカミーユの知るある人物の特別な色である。その印象がカミーユにかつて無い
胸騒ぎを起こさせる。
 
「ん…?何だよ、嬉しくないのか、難しい顔して?…お前のMSが直るかも知れないんだぞ?」
「……もっと詳しい事は分からないのか?」
「ああ、まぁ…ついでにチラッと見に行っただけだからな。明日、自分で行って確認してみろよ。
すぐに修理に取り掛かれる様子でも無かったしな」
 
(何だ…この感じ……誰かが呼んでいる気がする……!)
 
ミネルバが偶然にも見つけ出した謎のMS…それはカミーユのΖガンダムに新たな鼓動を
授ける礎となる物だった。
 
 
「この子をあたしに?少しならいいわよ」
 
メイリンの下を訪れていたシンは、ステラの面倒をメイリンに頼んでいた。
 
「サンキュ、用事が済んだらすぐ迎えに来るから、頼んだぜ。……ステラ、メイリンと一緒に
待っててくれよ」
「シンがそう言うなら、ステラ待ってる」
 
シンがステラの頭に軽く手を載せる。
 
「でも、何であたしに頼むの?お姉ちゃんの方が適任だと思うけど…」
「……ルナ、断ったんだよ」
「えっ?」
「何か知らないけど、怒鳴られてさ…いつものあいつじゃ無かったな……訳分かんないけど」
 
シンは不貞腐れた様に言葉を洩らす。
 
「そうなんだ……。お姉ちゃん、アスランさんの事でまだショック引きずってるみたいなの。だか
ら、あまり悪く思わないでね?今、お姉ちゃんいっぱいいっぱいで苦しんでると思うから……」
「そっか…ルナはアスランのことを……」
「優しくしてあげてね?お姉ちゃん、誰かに慰めて欲しいと思うの……、あたしじゃ出来そうに
無いから…」
「ああ…分かったよ……」
 
ステラをメイリンに預け、シンはレイの下へ戻って行った。
 
(そっか…ルナ、アスランのこと好きだったみたいだしな……迂闊だったな、俺……)
 
シンはステラのことばかり気にする自分の浅はかさを反省した。自分がルナマリアと同じ立場
であったら、多分同じ様な気持ちになっていただろう。
ステラをもしあの時救えていなかったら…そう考えると自分が浮かれていた事に気付いた。

「戻ったか、遅かったな?」
 
シンが扉を開けて部屋に入って来る。
 
「ああ、ちょっとね……」
「まぁいい。始めるぞ」
 
レイはパソコンを開き、キーボードを叩く。
シンはそれを脇から覗き込み、対フリーダムの研究が始まった……
 
 
 
翌日、自室に戻る許可が出たカミーユはMSデッキに顔を出していた。昨日ハイネが言ってい
た謎のMSを探す。
 
「おう、カミーユじゃねぇか、もう出歩いて大丈夫なんか?」
 
汗と油まみれのマッドがカミーユを見つけ、話しかけてきた。肩にかけたタオルで滴る汗を拭
う。
 
「ええ、御陰様で……」
 
挨拶もそこそこに、カミーユは辺りをキョロキョロと見回す。
 
「ぁん?何探してんだ?」
「いえ…昨日ハイネから掘り出し物が見つかったって聞いたものですから、どんな物かと
思って……」
「ああ、それなら丁度俺が今弄ってた奴だ。ほれ、あれだよ」
 
マッドが親指で自分の後ろにある残骸を指差す。
 
「あ…あれですか!?」
「そうだぜ?」
 
カミーユが見つけた残骸は四肢や頭部の形は判別できるものの、Ζガンダムよりも酷い状態
でデッキの床に放置されていた。
確かに見た目は赤い装甲のような物が目に入るが、それは余りにも酷い状態で、本当に役
に立つのかどうかすら分からない程だった。
 
「そういや、あれはお前のMSと同じ様な技術で出来てるんだったな。お前、あれが何なのか
分かるか?」
 
マッドが訊ねているのにも拘らず、カミーユはその赤いMSらしき物体に近づいていった。

そのMSは赤を基調としたカラーリングで塗装されており、頭部カメラはモノアイ形式で、どうや
ら其処にコックピットがあったらしい。すぐ脇には焦げ目のついた脱出ポッドが転がっていた。
全体的なフォルムは重装甲な感じで、腹部にはメガ粒子砲の砲門らしきものが見受けられる。
 
「何だこのMS…エゥーゴの物でもティターンズの物でもない……」
 
ふとカミーユが装甲に付いた焦げ跡に隠れているマーキングを見つけた。
 
「これは…"C"?こっちにも……これは!?」
 
カミーユが見つけたのは"C"の文字であるが、それは若干装飾されたような物で、それに
乗っていたパイロットのパーソナルマークである事は分かった。
しかし、それが誰の物であるかまでは判断を保留したが、問題は別の所にあったもう一つの
マーキングであった。
 
「アクシズの……ジオン…!?」
 
スタイリッシュな印象を与えるマークであったが、その形の系統は明らかにジオンのそれと
わかるデザインだった。
カミーユの心臓の鼓動が加速する……
 
「カミーユ、分かるか?」
 
後ろからマッドが話しかけてくる。カミーユは吸い込まれるようにそのMSを見つめていた。
 
「いえ、僕はこんなMSは知りません…ただ……」
「ただ?」
「これは僕の世界のMSに違いありません…」
「そうか……」
 
マッドは携帯灰皿を取り出し、煙草に火を点けた。
 
「ふぅ……因果なもんだよな、丁度お前のMSをどうしようかと悩んでる時にこんなお宝が見つ
かるなんてよ……」
「Ζ、直るんですか?」
「やるしかねぇだろ?だから直るんだよ」
 
マッドは大きく煙を吐き出した。
 
「こいつをバラしてΖの修理に当てる。代えのコックピットも生きてるみたいだし、くたびれた
駆動系もこいつの物を組み込む、装甲は再利用……修理というより大改装だな、骨が折れ
るぜ」
「僕も手伝います」
「助かるな、俺達だけじゃ無理だからな……。実は何処から手をつけようか悩んでたんだ」

(誰の物かは知らないけれど……)
 
心で呟くカミーユは、その内容とは裏腹にそれが誰が乗っていたMSかは既に見当は付いて
いた。
しかし、その事実を認めてしまうと、自分が元の世界でやってきた事が否定されてしまうような
気がして、敢えて気付いてない様に思い込ませようと自分に言い聞かせた。
そんな風に考えを廻らせながら、何と無しにカミーユはコックピットに入り込む。
 
(これ…普通と違う……!)
 
そのコックピットはΖガンダムの物とは若干仕様が異なっていた。操縦桿レバーのグリップが
丸くなっているのだ。
今までのは普通のレバー状のグリップで握って使うものであったが、これはどちらかと言うと
手を置いて使うといった感じだ。
しかし、カミーユの感じた違和感は別の所にあった。
 
(感覚が研ぎ澄まされて広がっていく感じだ……サイコミュ的な何かが使われているのか?)
 
簡易サイコミュのバイオセンサーとはまた違った不思議なサイコミュの感覚に、カミーユは懐か
しい気持ちになっていた。そのコックピットのフレームに組み込まれた"サイコ・フレーム"が
それを感じさせていたのだ。
それはカミーユの時代から更に五年後の技術であった。
 
(この感じ…やっぱりあの人なのか……?)
 
浸っているカミーユはパネルを起動させる。すると、そこに立ち上げ画面が映し出された。
 
「アナハイム…MSN-004サザビー?……ネオ・ジオン……!?」
「なんだぁそりゃ?分かんねー単語だなぁ?」
 
入り口からマッドが覗き込む。
 
「お前、説明できるか?」
「ええ、一応は…このMSの名前はサザビーです。で、それを造ったのがアナハイムっていう
企業で…」
「ネオ・ジオンってのは?」
「多分国か組織の名前だと思います。ジオン共和国ってのがあったから……」
「ふーん……わりぃ、よくわかんねーや。考えてみりゃどうでもいい事だよな」
「……」
 
マッドに肩透かしを喰らいながらカミーユはパネルを操作する。ネオ・ジオンという単語に
引っ掛かっていたが、そんな事はカミーユに分かるはずも無かった。
こうしてΖガンダムの修理は始まった。