Z-Seed_カミーユ In C.E. 73 ◆x/lz6TqR1w氏_第32話

Last-modified: 2007-11-12 (月) 12:40:24

第三十二話「オーブ討論戦」

エターナルがキラの活躍によって危機を脱した頃、カガリとアスランはユウナの元へ連れてこられていた。予めユウナがカガリの行動を見越し、部下に自分の下へ導くように指示していたのだ。
かつて大西洋連合との同盟を結ぶか否かを議論した会議室で、カガリとユウナは久方ぶりに対面する。
窓から差し込む沈みかけの夕日の光が眩しい時間だった。
 
「おかえり、カガリ。いい加減、気は晴れたかい?」
 
背を向けたままユウナがカガリに話しかける。しかし、それに反応したのはアスランだった。
 
「ユウナ殿、国家元首のカガリ=ユラ=アスハに対してその態度は無礼では無いですか?」
「ん……?ああ、誰かと思えばその声、カガリのボディーガードのアレックス=ディノ君…だったかな?」
「こちらを向いて謝罪して貰えますか?」
 
アスランの言葉にもユウナは振り返る素振りを見せない。
 
「ユウナ殿!」
「止せ、アレックス」
「代表!」
 
前に出ようとするアスランをカガリが制した。これまでとは逆である。
 
「分かっているじゃないか、カガリ。何て言ったって僕が君の我侭で元首不在になったこのオーブの穴を埋めてたんだからね、当然さ」
「その事に関して感謝を述べよう。良く私が居ない間オーブを纏めてくれた」
「どう致しまして…フフフ……」
 
ユウナが不敵に笑い声を零す。
 
「それで、これからは私が復帰し、この国を纏めていく。御苦労だったな」
「フフフ……」
「ユウナ殿!」
 
ユウナは笑っているだけで何も応えようとしない。その態度にアスランは痺れを切らす。
 
「代表が話をされているんだ、何か言ったらどうなんです!?」
「失敬…余りにも稚拙な話だったんでね……?笑いを堪える事が出来なかったんだよ」
「稚拙…!?」
「カガリ…その話、僕は受け入れるつもりなど毛頭無い。この国は僕等、セイラン家の統治の元、これから新たな歴史を築いていく事になる。アスハはもう必要ないんだよ」
「なっ!?」
 
慌てるアスランを尻目に、カガリは動じていなかった。寧ろ、ユウナを見つめたまま微動だにしない。

「何故ですユウナ殿!この国の元首は今でもカガリ=ユラ=アスハでしょう!そんな勝手に決めないで貰いたい!」
「責任を放棄した元首にこの国での居場所があると思っているのかい?ま、アスハに感化された愚民は支持するだろうがね…殆どの民衆は僕の言い分を支持するだろうよ?」
「そんなふざけた話があるものか!」
「さて…ふざけているのはどちらだろうね?」
「何だと……!」
 
ここでようやくユウナがカガリ達の方へ向き返る。その表情は憎たらしい位に余裕だった。
 
「国家元首が結婚式の最中に勝手に出て行ってしまったんだ。これがふざけた事でなくて何だと言うんだい?他の国の要人も招待していたし、オーブの面目は丸潰れだったんだよ。そこからリカバリーするのにどれだけ苦労した事か……」
「それは……!」
「キラ=ヤマト…彼の独断だったのだろう?」
「な…!それが分かっているなら何故!」
「彼の事も一応調べてはあるんだ。彼、カガリの弟さんだってねぇ…いや、お兄さんかな?まぁ、双子なんだからどちらでも構わないんだけどね。彼はオーブの片隅の孤児院で暮らしていたそうじゃないか、本物のプラントの歌姫と一緒に……」
 
(ユ…ユウナ殿は何処まで知っているんだ!?)
 
アスランはユウナの話に驚きを隠せない。
 
「遺伝子を弄って常人を超越する能力を持ったコーディネイター…その中でも更に技術の粋を集めて造られた究極のスーパーコーディネイター…それが彼、キラ=ヤマト……。羨ましいね、何でも出来てしまうなんて」
 
ユウナはゆっくりと歩き始める。理屈屋独特と言っていい動きだ。
 
「カガリは母体から普通にナチュラルとして生まれてきたみたいだけど…遺伝子の提供者は同じ人物なんだから二人は双子という事になっているようだね。
身内を大事にするのも良いが、だからこそ教育はきちんとして貰わなくちゃ?あんな良い所に住んでいてあんな事されちゃ堪んないんだよね。
彼が勝手にしたこととは言え、その責任はカガリにもあると思うよ」
「ユウナ殿…それは……!」
「少し話が逸れたけどね…とにかく、僕はカガリを認める気にはならない。国家元首としての責任の放棄は裏切りと同義だ。残念だったね……」
「くぅっ……」
 
アスランはこのようになってしまった事に関してキラを恨んだ。キラの勝手なカガリの連れ去りが今日のユウナの増長を招いたと思った。

「取り敢えず僕の言いたい事は以上だ。では、君の言い分を聞こうか……」
 
ユウナは部屋の端に置かれているソファに腰掛ける。スラリとした長い脚を組み、余裕の表情を浮かべている。
カガリはユウナの方を向き、話し始めた。
 
「……ユウナの主張は理解した。つまり、私がオーブの国家元首に相応しくないと言いたいわけだな?」
「フフ…元首様の前ではそんなにハッキリとは申せませんよ……」
 
(言ってるも同然じゃないか!)
 
アスランは歯噛みする。カガリを見下したユウナの態度が悔しかった。
 
「そうか…しかしな、私もお父様から受け継いだ元首の座だ。それをはいそうですかと、お前にくれてやれる程私は薄情ではない」
「ふむふむ…それで?」
「お前の主張は却下だ」
 
ユウナは微笑を浮かべたまま肩を竦める。
 
「なるほど、君はオーブを離れている間に強固な意志を身に付けた様だね?ただし、それは僕からしてみれば単なる傲慢だけどね。君に本当に必要だったのは反省だよ」
「何とでも言えばいい。お前は私の元首復帰を認めて以前と同じポジションに戻って私の手助けをしてくれればいいんだ」
「おやおや…カガリはどうやら独裁政権でも創るつもりなのかな?そんなのが中立の理念を掲げるのかい?そういうのって…ちゃんちゃらおかしいって言うのかな、この場合」
 
カガリを挑発するようなユウナの言葉。その言葉にアスランの表情は険しさを増すばかりであったが、カガリは涼しい顔をしていた。
ユウナはそんなカガリの表情を見て少しだけ彼女が変わったような気がしていた。
 
「……何か言いたそうだね、カガリ?」
「国民に不安を与えるのが政治家の仕事ではない」
「……?」
「国民に安心を与えるのが私たちの仕事だろう?なら、やはり大西洋連合との同盟締結は間違いだったと言える。結果、国民に不安を強制させていたからだ!」
「まだ分かってないね、君は?あの時に彼等と同盟を結んでいなかったら、それこそもっと大きな不安を国民に強いる事になっていたよ。…僕の判断は正しかった」
「しかし……!」
「そもそも、決議を下したのは元首である君だった……一国の主として責任はきちんと背負ってもらわなくちゃねぇ?君自身が納得してなかったからって、僕に責任を押し付けられても困るんだよ」
「だから、今からでも大西洋連合との同盟を白紙に戻してだな!」
「君は本気でそれを言っているのかい?今同盟を破棄すれば僕等の信用はガタ落ちだよ。しかも、逆上した相手は攻め込んでくるかもしれないし、そうなった場合、小さなこの国の国力じゃ守りきれない」
「う…確かに……」
「もっと落ち着いて考えなさい。君はいつも思いつきだけで行動する癖がある……弟君に連れ去られた時も、オーブが戦争に介入した時も、そしてわざわざ僕の誘いに乗ってきた今もね……」
 
カガリの言葉を受けてユウナは笑いで肩を揺らす。何処までも余裕のある仕草で内ポケットに手を入れる。

「ユウナ殿、それ以上は動かないで貰いたい!」
 
アスランの声に気付くと、ユウナはアスランに視線を移した。
そこには銃を構えるアスランの姿があった。
 
「ククク…物騒じゃないか、そんな物を取り出すなんて…」
「そちらも同じでしょう」
 
アスランは銃を構えたままゆっくりとユウナに近付く。
 
「さあ、その内ポケットにしまってある物をこちらに渡して頂きましょうか?」
「断る…と言ったら?」
「私に引鉄を引かせないで下さい」
 
ユウナは深く溜息をつくと、惜しそうにしまってある物を取り出す。
その物を出した瞬間、一瞬だけアスランは不意をつかれる。
 
「ハンカチ……!」
「紳士の嗜みだよ。汗は常に気にしていなくちゃね……高級品だ、大事にしてくれ給え」
 
ユウナは差し出されたアスランの左手に、親指と人差し指で摘まんだハンカチを乗せる。
為すがままに受け取ったアスランはそのまま振り向いてその場を離れる。
 
「その甘さ、ボディーガードとしては不適格だね!」
 
ユウナは突然脛に隠してあった銃を取り出し、カガリに狙いをつける。ハンカチは囮で、本命はアスランの隙が生まれるまで隠していたのだ。
しかし……
 
「うがっ!?」
 
響いた悲鳴はユウナのものだった。
アスランのサイレンサーの付いた銃がくぐもった音を出し、ユウナの銃だけを弾いていた。
 
「ユウナ殿、私を過小評価していたみたいですね。こんな引っ掛けに掛かるほど私は甘くないですよ」
 
手首を押さえ、膝を付くユウナを見下ろしてアスランがユウナの頭部に銃を突きつける。
 
「フフフ…僕の計算が甘かったって事か……」
「なぜこんな事をなさったのです?これでは貴方はただの人殺しだ」
「カガリは甘すぎるんだよ。君たちが甘やかしてばかりだから、僕が現実の厳しさを教えてやろうって思っただけさ」
「現実の厳しさ…?殺人をしようとして何をいけしゃあしゃあと!」
「止せ、アレックス」
 
引き金に掛けた指に力が入る。しかし、その時又してもカガリがアスランを窘める。
アスランはユウナに注意を払いながらもカガリの方を見た。

「何故です、代表!ユウナ殿は貴方を殺そうとしたんですよ!」
「私はここに殺し合いをしに来たのではない。あくまでも話し合いをしに来た事を忘れるな」
「しかし…!」
「武器を取り上げてしまえばまだ話し合いの余地は残っている。こんな脅迫めいたやり方で元首の座に返り咲いても意味は無い」
「……っ!」
 
アスランは不満そうにしていながらも震える手を収め、吹き飛んだユウナの銃を回収してカガリの元へ戻る。
 
「ククク…カガリ、僕に情けを掛けたつもりかい?」
「そうでは無い。私は何とかお前に認めてもらいたいだけだ」
「僕は何と言われても君を許すつもりは無いよ……君は器では無い…!」
「それを決めるのはお前ではない、この国の民だ」
「そんなもの、聞くまでも無いだろうね」
「聞いてみるまでは分からないだろ?」
「分かるさ……」
 
二人の意見は全く噛み合わない。元々の出発点からして対決の主張をしていたわけだから、当然といえば当然である。
しかし、初志貫徹が歩いている様なカガリに対し、物事を理論的に捉えるユウナのこの言動は不自然だった。
状況的には二対一で追い詰められているのにも拘らず、口から出てくる言葉は私怨とも取れるものだった。
 
「どうしても私を認めないつもりか?」
「当然だろう?君はこの国を裏切ったんだ」
「あれは…すまなかったと思っている、私の至らなさだ。だが…」
「なら、僕も君に問おう。カガリは僕をオーブの指導者には相応しくないと思っているかい?」
「大西洋連合と同盟を結んだまでは良かったとしよう。しかし、その後に理念を破って戦争に参加した時点で間違っていたと思う。オーブは三つの理念が根幹だ。それを破ったお前にその資格があるとは言えない」
「他に方法があったとでも言うのかい?」
「オーブが戦争に協力しなければならないような形の同盟は良くなかった筈だ。オーブの事を考えているならば、もっと限定的な協定を結ぶべきだった」
「フフ…彼等にそんな生温い言葉が通じると思ったのかい?」
「あの時は…確かに自信は無かった……けど、今なら分かってもらえるように言う事が出来る」
「言い切ったね、カガリ?それを証明する為に君は戻ってきた…そういう事なんだね?」
「そうだ」
「なら、君が自ら元首を辞退しない限り、僕の主張は通らないって事か……」
「そういう事になるな」
「そして、君は元首を辞退する気は無い」
「その通りだ」
「なるほど。そうか……残念だね」
 
ひざまついていたユウナがおもむろに立ち上がる。それを警戒したアスランが手にした銃に力を込める。

「僕はね…この国を守りたかったんだよ……そして、カガリにはこの国を守り切れないと思った」
 
ユウナは左手を掲げ、指を鳴らす。
 
「そうまで頑固だと…やはり死んでもらうしか無くなるかな」
 
カガリたちの後ろのドアから一斉にライフルを携えた十数人の兵士が入ってきて二人の周りを取り囲む。
 
「これは……」
「ユウナ殿…!最初からこうするつもりだったのか!」
 
アスランはユウナに対して激昂する。
 
「断って置くが、彼らは僕の思想に賛同してくれた同士さ。だから、何を言っても無駄だよ」
 
何丁もの銃口に囲まれ、二人は身動きが出来ない。正に絶体絶命だった。
 
「さて…これで僕を元首に認めてくれるかな、カガリ?」
「断る、と言ったら?」
「おや…僕の真似かい、カガリ?らしくないね……まぁ、分かっているとは思うけど、ここで彼もろとも死んでもらう事になるかな。国民には行方不明の間に不慮の事故で亡くなった、と伝えさせてもらうけど」
「貴様……!」
 
アスランが怒りで体を震わせる。それを挑発する様にユウナはククク、と笑う。
 
「さて、僕も暇じゃないんでね…この世のお別れに何か言い残したことはあるかい?」
 
アスランは怒りでそれどころでは無いが、カガリの方は落ち着いて口を開く。
 
「ここに来る前に、手紙を…遺して来た」
「カガリ!?」
 
突然の告白にアスランは驚く。
 
「手紙…?どんな内容なのかな?」
 
ユウナも少し怪訝そうに、だが努めて余裕のある表情でカガリに訊ねる。
 
「もし、万が一私が戻らなかった場合、犯人はユウナであるという旨の内容を、私の最も信頼出来る人物に預けてきた」
「ふぅん…保険ってやつか、信頼出来る人物ってキサカかな?まぁ、一応聞くけど、何時までに戻らなかった場合、それが有効になるんだい?」
「今夜七時までだ。それを過ぎた瞬間、アークエンジェルの回線を使って全世界に流す様に指示してある」
「七時…ねぇ……」
 
ユウナは窓の外に目を向けると、既に日は落ち、朱色とコバルトブルーのグラデーションの下でオーブの街の明りが灯っているのが見えた。
腕時計に目を移すと、時刻は既に午後六時を十五分程過ぎていた。

「ふむ…いつの間にかこんな時間になっていたのか……」
「その人物を探そうと思っても無駄だぞ。私とそいつ以外は誰も知らない事だからな」
「だろうね。彼の顔を見ればその位察しがつく。けど、僕がそれを信用すると思うのかい?」
「信用するかしないかはお前の勝手だ。七時になれば全てが分かる。ただし…後で後悔するなよ?」
「強気だね、カガリ…それを嘘か真か、決めるのは僕だと言う事だね?」
「嘘だと思うのなら今すぐこの場で私を殺すがいい。その場合、後で私を殺した事を後悔する事になるがな。だが、私の話を信用するのなら、今すぐにに私達を帰らせろ」
 
ユウナは横目でアスランの顔を見る。
アスランは豆鉄砲を食らった鳩の様に目を丸くさせている。
 
「彼を君と共に帰す理由が無いな」
「ユウナ、分かって居るだろう?アレックスを人質に取っても同じ事だ。私がその事を全世界に公表する」
「成る程ね、この時間にやって来たのはこう言う事だったんだね?なら、君の艦にお帰りなさい、カガリ。君をこれ以上ここに拘束しておくわけには行かなくなったみたいだからね」
「よ、宜しいのですか、ユウナ様!?」
「良いんだよ、行かせなさい」
「はっ……」
 
疑問をぶつけてくる兵士を制してカガリを部屋から退出させる。
 
「そうだ、カガリ。何故七時なんだい?」
 
去り際に投げかけられたユウナの質問にカガリが振り返る。
 
「夕食の時間だからだ。今日は皆で食べる夕食だからな、時間に遅れるわけにはいかない」
「フフ…成る程ね……大切な事だ」
 
カガリとアスランはユウナの元を去った。
残された兵士は困惑している。
 
「本当に宜しかったのでありますか?彼等の言う事など、どれ程の信憑性があるものでしょう?」
「そりゃあね、カガリの言っていた事は多分嘘だろうね」
 
ユウナの発言に護衛は驚愕の表情を浮かべる。

「そ、それが分かっておいでで帰したのですか!?」
「そうだよ。それにカガリの語った内容には穴がある」
「穴……?」
「もしカガリの言った事が本当だったとしても、あのままここに七時まで拘束しておき、手紙が公表されてから解放すればカガリは世紀の大嘘つきになる。
まさか真実にする為に自殺を図るなんて事はしないだろうし、このまま行方をくらませるなんて事も考えられないだろうしね……そうなれば、カガリは二度とオーブの元首になんて戻れないはずさ」
 
あっけらかんとした表情でユウナは応える。しかし、直ぐに口元を緩めて少し嬉し

そうに語り続ける。
 
「けどね、ああいう事を言うようになったって事は、カガリも少しは頭を使い始めたってことじゃないかな。内容は子供みたいな脅しだったけどね、あの場で咄嗟に思いついたんだろう」
「……わざわざお付き合いなさるユウナ様の意図が分かりかねます」
「カガリがああしなければ僕は本当に彼女を抹殺していたかもしれない。それでは困るんだよ」
「どういう事でしょうか」
「僕は本当はカガリを殺したくはないのさ。何たって僕のハニーだからね」
「……」
「ああ、ごめんごめん。それもあるんだけど、どうやら国を出ていた間に彼女も少しは変わったらしい。直接的な方法だけではなく、間接的な方法も考え始めた証拠だろう。それは少しは政治家らしくなったと捉えるべきだね」
「はぁ……」
「今までのやり方がまずかったって事に気付いたんじゃないかな?まだ良く分かってないみたいだけど、僕好みの方向に変わってきているようだ」
「では、ユウナ様は……」
「いいんだよ、これで。全ては僕の望むままさ……」
「本当にそれで宜しいのですか?」
「僕は余裕だよ」
 
ユウナは手首を慣らす様に回し、痛みが残ってない事を確認する。
 
「いい腕をしているようだね、アレックス君は…流石は英雄、アスラン=ザラだ。 ……おい、夕食の準備をしてくれ給え」
「いえ、申し訳ございませんが、その前にご報告させて頂かねばならぬ事が御座います。先程、ロゴスのジブリール殿を乗せたチャーター機がこちらにご到着なさいました」
「ジブリール殿が?ヘブンズベースが落ちたと言うのは本当の事だったのか…それで、父上は何と?」
「はっ…ウナト様はこれを亡命と認め、この国に招き入れる所存の様です」
「父上は厄介者を受け入れると言うのか…面倒な事を……!」
「ジブリール殿はこの国に亡命されて、何を為さる御つもりなのでしょうか?」
 
護衛の言葉にユウナは手を顎に当てて少し考慮した後に応える。彼の目的を考えれば、オーブに入ったのは当然であった。
 
「狙いは宇宙に上がる為のマスドライバーだろう。月には例の物が用意されてる…ここから一気に戦局をひっくり返す一発逆転の切り札がね……」
「はぁ…それで、いかがなさいますか……?」
「僕は食事を先に取らせてもらうよ。食事は大事だからねぇ……君達には申し訳ないが、直ぐに全軍に警戒態勢を敷くように伝えてくれ給え。近いうちに戦闘になるかもしれないよ……!」
「かしこまりました、直ちに司令部の方にお伝えいたします」
「頼むよ……」
 
(父上…ロゴスの鎖、断ち切れなかったようだね……)
 
ユウナは背広を正すと、会議室を後にした。

 
アークエンジェルに帰還したカガリとアスランは、無事に戻ってきた事をクルーに歓迎される。
その夕食の席でアスランはカガリに疑問を訊ねていた。
 
「カガリ、あれは本当なのか?」
「ん?あれって何の事だ?」
 
とぼけるカガリにアスランが周りを気にして小声で話しかける。
 
「……遺書紛いの手紙の事だ」
「ああ、あれか?あれは唯のはったりだ」
「はったり!?」
 
急に声を上げるアスランに皆の視線が集中する。
 
「あ…いや、違うんです!ちょっと喉が渇いたなぁって……」
 
他のクルー達も間抜けではない。アスランの言葉が言い訳に過ぎないことは分かっていたが、若い男女の事である。察してそれ以上触れないように努める…勿論勘違いではあるが。
 
「何きょどってんだ、お前?」
「カガリ…!」
 
一応アスランは飲み物を取りに行く。戻ってきた所にカガリの容赦ない突込みがはいる。
 
「何って…あの場面でよくもあんな嘘がつけたな!」
「そうか?いや、確かに度胸がいったよな。私も良くやったと思う」
「褒めてるんじゃない!ユウナ殿が引かなかったらどうするつもりだったんだ!」
「別に根拠が無かったわけでは無いぞ。保証が無かったのも事実だけど……アイツは損得勘定で動くからな。ああ言えばあの場は何とかなると思っていた。犯罪者の烙印を押されてまでして私を排除する程突っ走った奴じゃないからな」
「だからと言ってあんな内容…嘘でもそんな事を言うんじゃない!」
 
小声で会話を続ける二人。
ややテンパリ気味のアスランと、いつものように自然体で話すカガリ…会話を聞き取るような無粋な事はしないまでも、他のクルーも気付かない振りをしてその二人のやり取りを微笑ましく思っていた。
しかし、会話の内容を知ってしまえばそれどころではなくなるだろう。
実際の所はユウナの情けによって見逃してもらったというのが実情だったのだ。

「何言ってんだ、そのお陰で助かったんだろう?感謝されても文句言われる筋合いは無いと思うがな」
「カガリが会いに行くって言ったからだろ!?俺はその前に忠告した!」
「う……それは…そうだな……」
「分かったらもうあんな無謀な事はしないと誓え!心臓に悪い!」
「ナチュラルの私の心臓が平気だったんだ、コーディネイターのお前の心臓がその位でへたる訳無いだろ?」
「そう言う問題じゃない!」
「ああもう、分かったよ!誓う、誓います!これでいいんだろ!」
 
最後に来てカガリの声が大きくなる。アスランのしつこさに苛立ったカガリが思わず声を荒げてしまった。
その様子に周囲のクルーの視線が一斉に二人に集中する。関心が無い振りをしていても、耳は二人の会話に傾けていたのだ。
野次馬根性とは厄介なもので、相手の迷惑を顧なくなってしまう。それは知を欲する人間の悲しい性で、幾度と無く誤解を招くきっかけになっていた。
 
「若いって良いな、アスラン?食事中も口説くか」
「あんまりカガリさんを困らせちゃ駄目よ?今は大事な時なんだから」
「キラがエターナルに行っているからって、その隙にモノにしようなんて不貞野郎だ」
 
一斉にやっかみを入れてくるクルー達。アスランはそんな周囲の言葉に顔を赤くして必死に自己弁護をするばかりである。
カガリは、そんな一部始終を見て笑っていた。
 
エターナル救助に向かったキラは無事に危機を乗り越えたとの報告もあり、アーク

エンジェルは今のところ平和そのものであった。
しかし、彼らはこれからオーブを舞台にして起こる出来事を知る由も無かった。