Z-Seed_カミーユ In C.E. 73 ◆x/lz6TqR1w氏_第33話

Last-modified: 2007-11-12 (月) 12:40:43

第三十三話「争いを呼ぶ国」

時間は遡り、ヘブンズベース攻略戦後のミネルバではロゴスの頭、ジブリールが逃走したとの報告が入っていた。
シンにとってみればやっと戦争が終結すると思っていた矢先の出来事である故に悔しさを滲ませる。
 
「そんな…これで…これでやっと戦争が終わると思ったのに…こんな事って……!」
「シン…大丈夫、大丈夫……」
 
状況が良く分かっていないまでも、シンの無念の表情を心配したステラがシンの手を優しく握る。
シンの無念は他の皆も同じであった。
 
「問題は何処に行ったかだが……」
 
息詰まる空気の中、発言をしたのはレイだ。おそらくシン以上に戦争の終結を望んでいたのが彼だったであろう。
しかし、冷静な彼は次の展開を考えて問題を提起する。
 
「分からないの?」
 
それに反応したのはルナマリアである。ハイネもそれに加わる。
 
「駄目だな。尋問を受けているロゴスの連中もいつの間にか逃げられていたらしく、何処へ逃げたのかは分からないらしい。諜報部の方でも追っているみたいだからじきに分かる事だと思うが、先回りは無理だな」
「そんな…それじゃあ敵が隠れるまで待ってなきゃいけないって事?」
「…そういう事になるな」
「かくれんぼじゃあるまいし……」
 
敵は分かっているのにそれを追えないジレンマが一同を焦らせる。
相手はジブリール一人であろうとも、窮鼠猫を噛むと言う諺もある。早めに手を打たねば何を仕出かすかわかったものではない。
 
「とにかく次で確実に仕留めなければこの戦争…いつまで続くか分からないぞ……」
 
珍しくレイが険しい表情で声を出す。その様子に、他の者も事態の困難さを実感する。
落ち込むシンはそんなメンバーから離れ、ステラに慰められながらMSデッキを後にした。

 
「どうしたカミーユ、そんな所にぼうっと突っ立って?」
「……いえ、何となく」
 
ミネルバのデッキに戻ったカミーユはΖガンダムの前に立ち、その姿を見上げていた。
 
「どうだ、新生Ζの初陣は?」
「…コックピットフレームに組み込んだミクロチップ…サイコフレームっていいましたよね?」
「ああ、あのコックピットのデータベースに拠ればな」
「あれ、何か不思議な感覚なんです。凄くしっくり来るっていうか何というか……」
「ふぅん…俺にはよくわからねぇんだが、特別な何かがあるって言うのか?」
「ええ、多分……前よりも戦場の感覚がシャープになるんです」
「お前、時々言ってることがわかんねぇぞ?」
「すみません…でも、感覚的な事なんで具体的には……」
「で、機体に不満はあるのか?」
「……特には…よく動きますしね……」
「なら、いいじゃねぇか。お前にとってオーパーツでも、利用できるものは利用しないとな。まだ決着がついた訳じゃないらしいからよ?」
「そう…ですね……」
 
ヴィーノに呼ばれ、マッドはその場を後にする。
 
(何だろう……僕に何かを伝えたがっているように感じる……)
 
カミーユはサイコ・フレームに残る感覚から、以前にサザビーを駆っていた人物を思い浮かべる。
サイコフレームがカミーユにもたらす感覚が、その人物の怨念のようにも感じられた。
 
 
 
ジブリールがヘブンズベースを去って数日ほど経過した頃、諜報部員からジブリールの潜伏先が報告される。
一同はミネルバのブリーフィングルームに集められた。
タリアは入り口付近の隅に陣取り、代わりに副長のアーサーが前に立っていた。
 
「今朝方、諜報部の方からプラントに報告があり、ロード=ジブリールの潜伏先が判明した」
 
ルナマリアが手を挙げる。アーサーは手に持った指揮棒でルナマリアを指す。
 
「それは何処なんですか?」
「…オーブ連合首長国だ」
 
その一言にシンは衝撃を受ける。二年前の悲劇が再び巻き起ころうとしている予感がしたからだ。
 
「そこでザフトはオーブにロード=ジブリールの引渡しを要求する作戦を展開することになった。その作戦に、このミネルバにも参加要請が…プラントのギルバート=デュランダル議長から正式にあった。諸君も厳しいだろうが、あと一息だから頑張って貰いたい」
「それで…オーブが戦場になるんですか?」
 
シンが立ち上がって訊ねる。
 
「万が一オーブがこちら側の要求を受け入れない場合は、実力行使も止むを得ないと判断されている。つまり、戦闘になるかもしれないということだ」
「……!」

シンの予感が確信に近付く。頭の中で吹き飛ばされる家族の光景が浮かんだ。
 
「オーブって中立国ですよね、仕掛けるんですか?」
 
急に立ち上がってカミーユが声を上げる。
 
「今は大西洋連合の同盟国だ」
「でも、攻め込むんでしょう?」
「万が一…だ。これは上層部の決定で、我々が軍人である以上、それには従わなければならない」
「万が一も何も、結局は脅しを掛けるって事でしょう?中立国相手にそんな事するなんて、ザフトの立場が悪くなるだけでしょう」
「…貴方はまるで最初から戦闘するのが目的みたいな言い草ね、カミーユ=ビダン?」
 
興奮するカミーユを制するように、今まで静観していたタリアが口を挟む。
他のクルー達も視線をカミーユに集中させている。
 
「僕達に参加要請があったって事は、デュランダル議長は最初からそうするつもりで居るんじゃないですか?」
「勘違いしないで、カミーユ。貴方がそこまで考える必要は無いわ」
「誤魔化さないで下さい、そういう事なんでしょう?」
「貴方は自分の立場がいまいち理解できていないようね?一介の兵士である貴方が上層部の考えに意見するなんて事はおこがましいのよ」
「現場の言い分だってあるでしょう?艦長はそれでいいんですか?」
「駒の一つに過ぎない私にどうこう言えるわけ無いでしょ?」
「嘘ですね、それ。僕には分かりますよ、本当は言いたい事が有るんでしょう?」
「いい加減になさい、カミーユ。これ以上駄々を捏ねるなら次の作戦から貴方を外すわよ。貴方は、この世界の人間ではないのだから……、それでも上に言いたい事があるのなら、頑張って早く偉くなる事ね」
「……」
 
カミーユはこれ以上は不利だと悟り、黙って着席して片手で頭を抱える。

「……宜しいか?では、作戦はこれより二十四時間後に開始される予定である。明朝七時より戦闘配置にて別命があるまで待機、以後は司令部の指示に従ってもらうことになる。他に何か質問が無いようならブリーフィングは以上、各員の奮闘を期待する!」
 
アーサーがブリーフィングルームを退室すると、一同もそれぞれ疎らに退室していく。
そんな中、ショックを引きずるシンは椅子から立ち上がれずに居た。ステラがそんなシンを心配して困惑している。
 
「シン…いいのか?」
 
シンに話しかけたのはカミーユだった。決別したとはいえ、オーブはシンにとって亡き家族と過ごした故郷である。
それを知っているカミーユがシンを心配して話し掛けた。

「カミーユ…あんたこそいいのか?この作戦、乗り気じゃないんだろ?」
「考えすぎかな……プラントはどうもオーブを目の仇にしているように感じるんだが……」
「議長が?」
「ああ、そんな感じがする……」
「別にそうなればそうなったで構わないさ。俺にとってオーブなんてどうなったって構わないしな」
「無理するな、シン。強がったって何も解決しないぞ」
「俺が強がっている?はっ、鈍いんだな、カミーユって!いいか、俺はオーブが憎くて憎くて堪らないんだ!寧ろ議長がそのつもりなら大歓迎さ!馬鹿なオーブが要求を断ってくれる事を祈っているよ!」
「そんなこと言って!本当にお前の故郷が燃えてしまったらそれこそ本当に後悔する事になるぞ!亡くなった家族の思い出まで自分で壊す気か!?」
「何だと……!」
「自分から破滅へ向かおうとするな!お前の望む平和はそんな物じゃないだろう!?」
「ウルサイ!俺の事何も分かってないカミーユに俺の気持ちが分かるものかよ!」
 
シンは怒鳴り声を上げるとその場を走り去って行ってしまった。困惑するステラも泣きそうになりながらシンの後を追って出て行く。
残されたカミーユにハイネが話しかけてきた。
 
「お前、ザフトの戦略に疑問を持っているのか?」
「……」
 
カミーユは沈黙を続ける。ハイネはそれを肯定の返事として捉えて続ける。
 
「それでは隊長の俺が困るんだがな?あの場で不信感を口にされたら士気に影響する。お前、次の作戦外れるか?」
「…自分でもよく分からないんだ……いや、ちょっとおかしいのかもしれない。ただ、今度の作戦、これからの展開に大きな影響を与えるような気がして……」
「兵士は黙って上の言う事を聞いて居ればいい。深く考えない事だ」
「もしかしたらザフトが負けることになっても……?」
「そうなったらそれが運命だったんだろ?勿論、最大限に抗って見るけどな、最初から負けることを前提に戦うやつなんて居ないぜ」
「……」
「最初からどんぱちしに行くわけじゃないんだ、もっと気楽に考えろよ。でなきゃ、本当に外すぜ?」
「分かった……」
 
異世界に紛れ込んである程度の時間が経過した事でこの世界の事情は何となく分かってきていたが、所詮は異邦人であるカミーユにとって理解しがたい事も多々有った。その食い違いがカミーユにとって歯痒いものである事は間違いなかった。

 
「本当はさ……」
「うん?」
 
ステラと二人で部屋に戻ったシンは、その胸の内をステラに語りだした。
 
「俺だって分かってるんだ…俺が…オーブを失いたくないって事……」
 
シンの告白をステラは優しく見守っていた。それがシンの心の余裕を作る。
 
「気持ちの何処かでオーブを憎む気持ちを否定しているんだ……あれだけ許せないって思ったアスハも…いや、完全に許したわけじゃないんだけど、でも、何かが違うんだ……」
 
まだハッキリとした答えが出ていないのか、シンは歯切れの悪い口調で話す。
側に寄り添うステラが、それを気にしない様子でいることが有難かった。
 
「あの…オーブを許せないって事は嘘じゃないんだけど、オーブがどうなっても良いって事は……嘘じゃないかもしれないけど…けど……俺は本当は…オーブを失いたくないって気持ちも…嘘じゃないかもしれない…」
 
シンは自分で何を言っているのか分からなくなっていた。
それでもステラは黙ってシンの言葉の破片を受け止めるように聞いていた。
 
「ごめん、ステラ…俺……本当は何をしたいんだろうな……」
「シン、それ見つける…それが本当にシンがしたいこと」
「でも、その答えを明日までに見つけなきゃなんないみたいなんだ……時間が無いんだよ…」
「大丈夫…シンなら分かる」
 
ステラは優しく微笑んでシンを励ます。
 
「見つかるかな…俺?」
「シン、目指したいもの、何?」
「俺の目指したいもの…?それは……」
 
戦争を終わらせて争いの無い世界を作る事……それは最初は自分の意志で見つけた目標だったと思っていたが、思い返してみればカミーユから薦められた目標だった気がする。
更に付け加えれば、戦争を無くすことは出来たとしても、その後の世界を形作るのは兵士である自分ではなくて為政者であるデュランダルの仕事である。
目標を持てたと思っていた自分の気持ちが勘違いである事に気付き、シンの頭の中は迷走の気配を見せ始める。
 
「俺のやりたい事…何だったんだろう……?俺、今まで自分の意思でやってきたと思っていたけど、本当は誰かの言葉に流されてきていただけなのかもしれない……」
「シン…ステラ連れて来てくれた時も誰かに言われてだったの…?」

ステラが眉尻を下げて悲しそうな顔を見せる。自分を助けてくれた事がシンの本当の気持ちではなかったのではないかと疑ってしまう。
シンはそれに気付く。
 
「それは違う…ステラを助けたのは俺がそうしたかったからだ……!」
 
つい最近の出来事なのに、オーブが次の舞台になった事で気が動転していたシンはそんな事すら忘れていた。気付かせてくれたのはステラだった。
まだ目標が定まったわけではないが、今言える事はまずジブリールを捕まえる事。彼が健在な限り、戦争が終結したとは言い切れない状況である事に変わりは無い。
目の前の現実を見つめる事しか手段が残されていないシンだが、この作戦の先に待っている結末がどの様な影響を与えるか、それを確かめてみない事には先に進めないと思った。
 
「自分のやりたい事を見つけるって難しい事なんだな……。でも、ステラを助けたのは俺が望んだ事だ。レイやカミーユが協力してくれた……艦長や他の皆も…」
「シン……」
「俺、まだ頑張ってみようと思う。オーブの事も含めて……」
 
シンの表情が少しすっきりしたようにステラには見えた。
そんなシンにステラは何となく微笑みかけた。
 
 
 
ザフトがオーブに対してジブリールの引渡しを要求する作戦が展開されている事は、オーブのユウナの耳にも入っていた。
 
「明日?それは本当かい?」
「はっ…情報に拠れば間違いないようです。現在、オーブの領海の外を囲うようにザフトの艦が展開しています」
「思ってたよりも急だね…ま、いつまでもあんな小物を追い回していたくない気持ちは分からないでもないけどね」
「彼らはオーブを攻撃するつもりでしょうか?」
「さあね、あのデュランダル議長って人物が好戦的でないことを祈るばかりだね」
「では、あの艦隊は…」
「こちらが要求を断った時の脅迫材料だろう。ジブリールを渡さなかった場合はそれを大義名分に攻め込んでくるつもりじゃないのかな?尤も、僕はそんなつもりは全く無いんだけどね」
「ジブリールを引き渡すのですか?ですが、それではウナト様のロゴスでの立場が……」
「先細りのロゴスの肩を持ったところで、損するばかりで得な事など何一つありゃしないよ。その位父上も分かっていらっしゃるだろう」
「はっ……」
「けど、万が一という事もある。軍の準備は予定通りにさせておいてくれ」
「了解です」
 
ユウナのウナトに対する読みは甘かった。
翌日、ザフトがオーブへジブリールの引渡しを要求してきた。しかし、それに応えたウナトの返事は"そんな人物は居ない"だったのだ。これまで世の中の裏側から牛耳ってきたロゴスのしがらみを、ウナトは振り切る事ができなかったのだ。
ジブリールの口車に乗せられ、予定を繰り上げてシャトルの打ち上げ準備を進めるウナト。
これには流石のユウナも頭を抱えてしまう。懸命な判断を下すと思っていた父、ウナトのこの行動を殆ど考慮しておらず、当初思い描いていたザフトの侵攻を逆手に取った計画が台無しになってしまったからだ。これでは世論を味方に付けることは出来ない。
そして、ユウナの予想通りにこれに反発したザフトは戦犯であるジブリールを匿ったとしてオーブを捜査する為に進軍を始める。オーブ側はこれを事実上の侵略とみなし、防衛の為にザフトとの交戦状態に入ってしまう。
二年前の悲劇が繰り返されてしまったのだ……

 
「ザフトがオーブに侵略を開始した!?そんな馬鹿な!本当なんですか、ラミアス艦長!」
 
アークエンジェルでザフトのオーブ侵略の報を聞いてアスランは声を上げる。
 
「オーブがジブリールの引渡しを拒否したらしいのよ……」
「カガリ……!」
「ユウナはそんな馬鹿なことは仕出かさないだろう。とすれば、拒否したのは父親のウナトか……」
「どうするんだ、カガリ!?」
「……出るしかないだろう。オーブは他国の侵略を許すわけには行かないんだ…ラミアス艦長、アークエンジェルを出してくれ!」
 
カガリがラミアスに出撃を要請する。それを待っていたと言わんばかりに即座にアークエンジェルの出航準備を開始する。
 
(デュランダル議長は一体何を考えているんだ……?これでは、唯の侵略みたいなものじゃないか!)
 
アスランは困惑していた。まさか、オーブが再び戦場になるとは思いもしなかったからだ。しかも相手はザフトである。
 
(ザフトは…こんなやり方は間違っている!)
 
ふと、デュランダルに言われた事を思い出す。それは、フェイスのバッジを受け取った時の事である。
 
《私も人間だ、間違う事はある。もしそうなった場合、君には私を止める為の力になって欲しい》
 
都合のよい考えだとは思う。アスランは自分にそんな権利や資格があるとは到底思えないだろう。しかも、力も無い。
今はそんな事を考えるのは止めておこうと思い、自室へと戻って行った。
 
そんな時、キサカとエリカが現れ、カガリを呼び止めた。
 
「何だ、キサカ?」
「カガリ、お前に見せたい物がある」
「……?後にしてくれ!」
「いや、これは今だからこそ見てもらわなければならない物だ。ついて来い、カガリ…ウズミ様の遺した物がお前を待っている」
「お父様が…!?」
 
カガリは、父ウズミの名前に反応して二周りほども上背のあるキサカを見上げた。
アークエンジェルのクルーが慌ただしく戦闘準備を進める中、カガリとキサカ、エリカはウズミの残した遺産のもとへ連れ立っていく。
 
一方、戦闘開始の合図を確認したミネルバは左翼の担当を任される事になった。
コンディションレッドが発令され、各員がMSに乗り込む。
 
「だから言ったんだ!最初からこうするつもりだったんだろ!」
「愚痴を零すなカミーユ!謹慎食らいたいか!」
 
駆けながら不満を口にするカミーユにハイネの叱責が飛ぶ。

「シン、行けるの?」
「大丈夫だ!」
 
心配したルナマリアがシンに訊ねるが、それを一蹴するように一言だけ発してシンはデスティニーに乗り込んだ。
 
「シン、ちょっと逞しくなったかしら?」
「ルナ、遅れるな!」
 
後ろからレジェンドに向かうレイが、シンの様子に足を止めてしまったルナマリアを注意する。
 
「はいはい……」
 
レイに注意され、不満そうな顔をしてルナマリアもコアスプレンダーのコックピットに飛び乗る。
彼女にとって今回の戦闘では重要な再会が待っていた。その再会の相手はミネルバクルー全員にとっても衝撃的なものとなる。
 
「本艦はこれより左翼の敵に取り掛かります。中央の主力に向かう左翼の敵部隊を迎撃しつつ、敵の本陣を崩します」
「了解です、艦長!」
 
ブリッジではタリアの指揮の下、クルーが戦闘態勢に入る。
その時、索敵のバートから報告が入る。
 
「艦長、左舷方向…我々の担当エリアにアークエンジェルの識別を確認しました!」
「やはり…オーブに戻っていたのね……司令部はそれが分かっていたようだけど……」
 
タリアは考え込む。前日の司令部からの通達ではアークエンジェルが出現した場合の相手をミネルバに任せると言ってきた。まるでアークエンジェルが出てくることを見越した上での判断のように感じられる。
 
(疑問は持つべきではないわね……)
 
タリアは前日にカミーユに言った自分の言葉を思い出す。
 
「司令部に通達、本艦のMS部隊の指揮権を全権ハイネに委譲、ミネルバはこのまま単艦での対アークエンジェル戦に移行します。総員対艦戦用意!」
「しかし、それではこちらの守りが……」
「ハイネは判断を間違えないわ!アークエンジェルが単艦で向かって来る限りは私たちだけで不沈艦を押さえるのよ!」
「りょ、了解です!」
 
ミネルバはMS部隊を吐き出した後、因縁の相手、アークエンジェルへと狙いを定める。相手のラミアスもタリアの考えが分かっていた。
それぞれ女性を頭に持つ二つの艦が、この戦場でも相対する事になった。

 
カガリ一行はオーブの地下にある格納庫にやって来ていた。
巨大な扉の前には誰かが遺したであろう、レリーフのような物がある。
 
《力はただ力。多くを望むのも愚かなれど、厭うのも又愚か》
 
亡き父の遺言にカガリの胸が詰まる。
 
「開けるわよ」
 
エリカが扉の封印を解き、鈍い音を発しながらゆっくりと開かれていく。
 
「これは……」
 
見上げるカガリの眼前には黄金に光り輝く一体のMSが静かに佇んでいた。
 
「アカツキ…黄金に輝く外見はあらゆるビームを弾き返す特殊装甲"ヤタノカガミ"によるもの」
「お父様がこんな物を……」
「アカツキの開発自体は前大戦の頃から行われていたわ。ただ、あの装甲の開発が遅れていたせいで完成したのは最近になってからだけど」
 
フラフラとカガリが前に歩み出る。
 
「カガリ…ウズミ様はこれを使う事は望んでおられなかった。しかし私は、今のこのオーブの危機を救う為にはこれを使わざるを得ないと思っている」
「……」
「どうしたカガリ?」
「また…お父様に裏切られた気分だ……」
「何?」
 
思いがけないカガリの言葉にキサカが眉を顰める。
 
「前にヘリオポリスでGの存在をこの目で確認した時もそうだった……。こんな物を作っているから戦争に巻き込まれるのだ!」
「カガリ、それは間違いだ。MSを作っていようといまいと、戦争はそれに関係なく周囲の物を巻き込んでいく…ウズミ様はオーブがそうなってしまった時の予備策の為にこれを用意していたのだ」
「開発に何年も掛るほどの力が必要だったのか!?」
「そうだ、我々のような小さな国は相手の兵器よりも高いスペックのMSが必要だったのだ」
「それで相手を慌てさせて…相手もまた更に強力な力を持ち出して…それじゃあメビウスリングの様にぐるぐる回っているだけだろ!」
「納得しなくても構わんが…今はオーブが再び戦場になっているのだ。先ずは目の前の現実を見つめるのが先だと思わないのか」
「くっ…!」
 
カガリが目を逸らし、苦渋の表情を覗かせる。
 
「時間が無いわよ!」
 
地下に居ても外の戦況を告げる爆発音が聞こえてくる。カガリに選択の時を迫っているかのようだった。

「……政権をユウナ達から取り戻す時が来たと思いたい……。私はその為にこのアカツキで出る!」
「決まったわね、早くして!戦況が芳しくないわ!」
「頼んだぞ、カガリ!オーブを二度も焼くわけには行かんのだ!」
 
タラップを駆け上がり、カガリはアカツキのコックピットへ飛び込む。
アカツキの動力系に火が入り、Gタイプのヘッドのツインアイが光る。
 
「アカツキ、出るぞ!」
 
バーニアを蒸かし、アカツキは暗い地下から光の溢れる地上に飛び出していった。
 
地上に飛び出したカガリは、既に本土にザフトの進入を許したオーブ軍の体たらくにヤキモキした。
 
「何をしているんだ、国防本部は!」
 
そこにアークエンジェルのムラサメ隊がカガリに合流して来た。
 
「状況は!?」
『御覧の通りです!敵の数が多く、オーブの守備隊だけでは守りきれません!』
「好き勝手にされて…お前達は私に付いて来い!本土に侵入した敵を押し返す!」
『はっ!了解です!』
 
三機のムラサメを伴い、派手な見栄えのアカツキが先陣を切る。その姿が目に付いたザフトの部隊がアカツキを目指して襲い掛かってきた。
 
「お前等…よくもオーブを!」
 
アカツキのビームライフルが火を噴く。
一時代前に開発されたMSとはいえ、性能では圧倒的な優位性を示す。カガリの射撃技術が大した事が無くとも、ディンやバビは撃墜されていく。
 
「ムラサメ隊は散開しろ!私が敵の注意を引き付ける!」
『なりません!貴方をここで失うような真似はさせません!』
 
その時、バビのビームライフルの集中攻撃がカガリのアカツキを直撃する。
 
「ああ!?カガリ様!」
 
ムラサメのパイロットが絶叫する中、しかしアカツキはそれを何事も無かったかのようにビームを弾き返す。アカツキの周りを固めていたムラサメはそれに巻き込まれそうになった。
 
「分かっただろ、邪魔なんだ!お前達に当てるつもりは無い!」
『はっ…!』
 
ムラサメ隊は言われたとおりに散開をする。カガリの心配は無い物と判断した。
そうして、カガリ達の快進撃が始まる。

「何だ、あの派手なMSは!?」
「オーブにあのような物は無い!…しかし、共に戦っているあのムラサメ隊は一体……?」
「ザフトと戦っている様だぞ?味方なのか?」
「まさか…カガリ様か……?」
「そ、そうだ…カガリ様だ…!カガリ様が戻ってきて下さったんだ!」
「みんな、あの金色を援護しろ!カガリ様だ!」
「よぅし!無法者のザフトを俺達の国から追い出すんだ!」
 
アカツキの存在に気付いた他のオーブ兵がカガリに呼応するように士気を上げる。
戦闘はアカツキの参戦より、徐々にオーブ側がザフトを追い返し始めた。
しかし、その時ミネルバのMS部隊がオーブ本土に侵入してきた。
先陣を切るのはデスティニー…シンだった。
 
「あれは…ザフトの新型!」
『カガリ様!新型の相手は我々がします!貴方は早く本部へ!ユウナ殿がいらっしゃる筈です!』
 
本土の防衛に当たっていた守備隊のM1アストレイがカガリのアカツキに近寄ってくる。
 
「お前達……一度はこの国を捨てた私を許してくれるのか?」
『当然です!我々もセイランのやり方にはついてい行けません!オーブの素晴らしい理念を捨て去る事など我々には出来んのです!』
「だが…無茶だ!あの新型が只者じゃない事位、見た目で分かる!お前達を無駄死にさせたくは無い!」
『失礼を承知で意見させてもらいます!貴方が今動かなければもっと多くのオーブの民の血が流されることになります!我々は最小限の犠牲なのです!』
 
別方向からの通信が入ってくる。もう一機のM1アストレイがやって来る。
 
「そんな…犠牲だなんて……!」
『ここで我々が敵を食い止める事がオーブを救う事に繋がると信じています!』
『行って下さい!…オーブでの戦闘…これで最後にしましょう……!』
「オーブを救う為に今は敢えて私に汚名を被れと……それしか無いという事か…!」
 
カガリはアカツキを方向転換させ、兵士達に背を向ける。
 
「すまない……!お前達の心…決して無駄にはしない……!」
 
しかし、その時デスティニーが信じられない速さでアカツキに肉薄した。
 
『そこの金色!味方を置いて逃げるのか!?』
「何っ!?」
 
デスティニーがビームライフルでアカツキを狙う。
それをかわしきれずに直撃を受けるが、特殊装甲がそれをリフレクションしてデスティニーにお返しする。
 
「なっ…ビームが弾かれた!?」
 
それを寸での所でかわしたシンであったが、アカツキは面食らっている間にも離れていく。

「なら…これでどうだ!」
 
今度は高エネルギー砲を構え、アカツキを狙う。
 
「くそ…しつこいっ!」
 
カガリはもう一度向きかえり、高エネルギー砲のビームをも弾き返した。
 
「これも!?ビームは効かないのか!?」
 
シンはそれすらもかわすが、純粋に戸惑っていた。ビームが効かないとなると後は接近戦による直接攻撃しか手段が残されていない。
はじめて見る機体に、どのような仕掛けが施されているのか分からない現状で、迂闊に近寄るのは危険である。
しかし、明らかに指揮官機であろう金色のMSが背を向けて逃げる様は、シンの目には無責任に写っていた。
それに対する憤りが不安を上回ったシンは、アカツキの足を止める為にフラッシュエッジを投げつけて、接近する為の時間を作る。アロンダイトを構え、光の粒子を撒き散らして接近する。
 
「は、早い!」
 
「遅い!」
 
「カガリ様ぁ!」
 
振り下ろされる大剣はアカツキを捉えたが、その時、間に割ってはいったM1アストレイがアカツキの盾になり、真っ二つに切り裂かれた。
M1アストレイの爆発に巻き込まれぬように二機はシールドを構えたが、爆風でお互いの距離が引き離されてしまう。
 
「ああ!?…私を庇って……!」
「こ…こんな腰抜けを庇う事に何の意味があるって…!?自分の命まで賭けて……!」
 
二機の距離は開いてしまったが、機動力に勝るデスティニーはすぐさまアカツキに追い着く。
 
「くそっ…!振り切れないのか!?」
 
「お前のせいで死んだんだぞ!どうして…どうしてくれる!?」
 
シンにとってオーブに攻め込んだのは勿論ジブリールの捕獲の為である。無闇に敵を倒す必要は無いと思っていた。敵の抵抗を早めに潰してしまえばよい。
その為に指揮官機であるアカツキに狙いを定め、頭を潰す事によって被害を出来るだけ小さくしようと考えていた。
以前のようにオーブに対する感情が憎悪だけでは無くなっているシンは、それなのに無駄な撃墜をしてしまった事に少し戸惑っていた。
困惑するシンは逆上するようにアカツキに躍りかかる。

「んうぅぅ……!」
 
「落ちろぉぉぉっ!」
 
「やらせんぞ、侵略者め!」
 
しかし、又してもM1アストレイがアカツキを庇って胴体を切り離されて爆散する。
 
「はぁ……!?」
 
「なっ…!?また……」
 
カガリは自らの力不足を呪い、シンは目の前の現実が信じられずにいた。
 
「どうして……何でそんなに簡単にこいつの為に命を投げる!?おかしいじゃないか、絶対に!」
 
尚も逃げようとするアカツキに、シンはそのパイロットが誰であるかに興味を持ち、それを確認する為に接触を試みる。しつこく追いかけてくるデスティニーにカガリも抵抗するが、如何せんパイロットとしての技量に大きな差が有る為にあっさり捕まってしまう。
シンはカガリに呼びかける。
 
『誰だ、金色のパイロット!部下を盾にして逃げるなんて…それでも兵士か!?』
「……!この声…インパルスのパイロットだったシン=アスカって言う……!」
 
接触回線から聞こえてきた声にカガリは動揺する。同時にデスティニーのシンにも、聞こえてきたカガリの声に感情が沸き上がるのを感じた。
 
「お前…アスハ…オーブ国家元首……!」
『放せ!私は行かなければならないところがある!』
「何でお前がそんなものに乗っている…?どうして味方を盾にして自分だけ逃げようとしたぁ!?」
 
激昂するシンの大声がカガリの耳に痛かった。
 
「私は彼らにこの国の未来を託された!私にはすべき事があると、彼らに教えられた!」
『言訳だ!お前が奴等を殺したんだ!』
 
切れるか切れないかのギリギリのラインで収まっているシンの感情は不安定に揺れ動く。確かに力不足のカガリを庇って彼等は死んでしまったが、シンは自分でした事を全てカガリの責任にしようとしていた。
自らを正当化するようにアロンダイトを振り上げる。

『よ、止せ!』
「ウルサイっ!」
 
カガリの制止を無視し、デスティニーが振り下ろしたアロンダイトはアカツキの左腕を切り落す。
 
「はあぁぁぁっ!」
 
「やられる!」
 
続けざまにアカツキの胴体にアロンダイトが迫る。
しかし、カガリが覚悟したその時、上空からのビームがアロンダイトを破壊した。
 
「何っ!?」
 
シンが警告の鳴る方向に目をやると、そこには良く知っているが知らないMSがデスティニーを見下ろしていた。
 
「あれは…フリーダム……なのか……!?」
 
シンが呆気に取られている間にカガリはアカツキを司令部…ユウナの下に向かわせる。
信じられない光景を前に、シンはそれに気付く事も無く、やたらと偉そうに見えるストライクフリーダムを見つめていた。