Z-Seed_カミーユ In C.E. 73 ◆x/lz6TqR1w氏_第37話

Last-modified: 2007-11-12 (月) 12:41:42

第三十七話「ザフト撤退」

「く……!?」

未だストライクフリーダムと交戦するカミーユの頭に稲妻の様な感覚が奔る。何処かで知らない人の気配がカミーユの感覚を通り抜けていくのを感じた。
 
『どうした、カミーユ!?』
 
レイがストライクフリーダムの攻撃をかわしながら、動きを止めてしまったカミーユに問いかける。
 
「いや、何でもない…決着を!」
『ああ……!』
 
レイがドラグーンのビームの束を撃ち出す。
それをひらりとストライクフリーダムはかわすが、Ζガンダムのビームライフルも狙っている事は分かっていた。案の定狙ってきたΖガンダムのビームライフルをビームシールドで防ぐ。
 
「くそ……これじゃあ……!」
 
キラはこの二機を相手にしていたのでは埒があかないことを実感する。一気に打開するには頭を潰すしかない…そう思った。
 
「フリーダム!?」
「あいつ…何処へ行く気だ!?」
 
急に方向転換して凄まじいスピードで何処かへと飛び去ってしまうストライクフリーダム。奇怪な事に不審に思った二人もその後を追う。

『あんたがオーブに味方するのは何故だ!?あの馬鹿元首の為か!?』
「シン……!」
 
相変わらずデスティニーとインフィニットジャスティスは交戦を続ける。
その脇でルナマリアはハイスペックな二機の戦いに介入出来ないでいた。
 
「止めて!シンもアスランも!どうしてあたし達が戦わなくちゃならないの!?」
 
空しいルナマリアの叫びが響く。
 
「何故そんなにオーブを憎む!?」
『オーブだけが憎いんじゃない…俺はあんたが許せない!』
「それは…すまなかったと思っている!こんな形になってしまった事も…」
『いいや、あんたはそんな事は微塵も思っていない!あんた…いや、アークエンジェルの奴等はみんなそうさ!自分たちさえ良ければそれでいいと思っている…そして、それが世界の皆の意思だと勘違いしているんだ!そうだろ、アスラン!』
「そんな訳あるか!俺達は俺達の正義の為に戦っているに過ぎない!そういった傲慢とは無関係だ!」
『違うものか!そうでなきゃ、何回も裏切ったりなんかするもんか!』
 
怒れるシンは次々とアスランに追い込みを掛けて行く。押されるアスランもそれに負けじと反論するが、頭に血が上ったシンには生半可な説得は通じない。
そして、そう考えるアスランの思考は傲慢だった。

『止めてよシン!あたし達が間違っていたのよ!』
 
衝撃と共にシンの耳にルナマリアの声が聞こえてくる。インパルスがデスティニーに組み付いたのだ。
 
『あたし達がオーブに攻め込んだ事は間違いだったのよ!』
「放せルナ!お前の知っているアスラン=ザラはもう居ないんだ!目の前のこいつは…ただの敵だ!」
『違うわ!この人はアスランよ!』
「いい加減にしろ!いつまでもそんなんじゃ、ルナも敵に味方したと見なされちゃうぞ!」
 
シンはしがみ付くインパルスを突き放してデスティニーの高エネルギー砲をインパルスに向けた。
 
「ほ…本気なの…シン!?」
『嫌なら黙っていてくれ!ルナの感傷に惑わされたくない!』
『ルナマリア!』
 
デスティニーとインパルスの間にインフィニットジャスティスが割り込んでくる。
 
「あんた…一体何がしたいんだ、あんたは!?」
 
シンはコックピットの中で頭を抱える。
 
「ア…アスラン……」
『シン!俺を狙うのはいいが、その為に味方に銃を向けるのか!?』
 
インフィニットジャスティスもデスティニーに向けてビームライフルを構える。
 
『ルナマリア、君はここから離れていろ!シンは本気だ!』
「そんな…出来ないわ!やっとアスランに会えたのだから……」
『なら、俺と来い!ザフトに居れば、いずれ君のような考えを持った人間は殺される!』
「え……!?」
 
シンの耳に聞こえてくる微かな会話の声…彼はその内容を聞いてしまった。ふつふつと湧き上がる怒りの感情が汗となって顔の表面に表れる。
 
「アスラン!あんた、この期に及んで何言ってんだぁ!?これ以上ルナを惑わすなぁぁっ!」
 
限界まで引っ張られたゴムを放すようにデスティニーが飛び出す。手に握られたビームサーベルが大きく振りかぶられる。
 
「駄目ぇ!シン!」
 
インパルスがインフィニットジャスティスの前に躍り出る。
 
「くそっ!」
 
危険を感じたアスランはその更に前にインフィニットジャスティスを出した。
 
振り下ろされるデスティニーのビームサーベルはインフィニットジャスティスの右腕を切り取り、振り上げられたインフィニットジャスティスの爪先のビームサーベルはデスティニーの左腕を切り飛ばした。
「くそぉ…まだぁぁっ!」
 
「しまった…まだ右腕が残っている……!」
 
二人は更にもう一撃を見舞おうとしていた。その切っ先はお互いの致命傷になりえる部分を向いている。切り刻んだ瞬間、二人の命も消えてしまいそうなほどに切迫していた。
 
しかし、その時起こった洋上の閃光が二人の動きを寸前で止めた。
 
「何!?あれは……!」
 
「これは…キラか!?」
 
 
「状況確認!急げ!」
 
ミネルバのブリッジでもその爆発が何なのかを懸命に調べていた。
 
「アークエンジェルに対する警戒を解くのはまだよ!」
「映像出ます!」
「正面へ!……これは!?」
 
画面に映し出された映像は煙を上げて沈黙するザフトの旗艦だった。周囲を確認すると、そこから離れた空中に羽を広げたMSが一機佇んでいた。
 
「しまった……!」
「旗艦をやったのか!?」
 
追いすがってきたレイもカミーユもその様子に息を呑んだ。いくら万能なストライクフリーダムとはいえ、敵陣のど真ん中に侵入して旗艦を押さえるなど、とんでもない所業であった。
二人はその光景にストライクフリーダムに対する警戒をより一層強める。
これ程の兵器を野放しにしておいてはいけない…二人に共通の認識が生まれた。
 
 
「か…艦長……旗艦が!」
「とんでもないわね……現時刻を以て旗艦の撃沈を確認。全ザフト艦隊に通達、フェイス権限を発動し、指揮権をミネルバに移行します」
「は…はっ!」
「続いて全ザフト艦隊に発令、この戦闘に於けるこれ以上の作戦続行は被害を無駄に拡げるものと判断し、撤退命令を発令します。…アーサー」
「は…はいっ!撤退信号上げい!」
 
ミネルバから撤退を告げる信号弾が打ち上げられる。

「撤退……!?そんな、せっかくアスランを前にして……」
「くぅ…引き下がれるかぁ!」
 
シンはそれでも尚インフィニットジャスティスに飛び掛ろうとする。
 
『止めろシン!撤退無視は重罪だぞ!命令に従え!』
 
ハイネの声が聞こえた。サブモニターに目を向けるとセイバーが近寄ってきていた。

「ハイネ…けど、こいつは!」
『今のお前じゃ頭に血が上るばかりで何も解決しない!ここは俺の顔を立てると思って退いてくれ!ルナマリアもいいな!?』
『わ…私は……』
 
ルナマリアはハイネの命令に躊躇する。先程アスランに言われた言葉がルナマリアの決心を鈍らせていた。
 
『ルナマリア……?』
「く…ルナ……!ハイネ、ルナは俺が連れて帰る!」
 
シンはアスランとの戦闘を続行するか撤退するかの二択に迷っていたが、ルナマリアの様子を心配して、それを自分の言い訳にして撤退の選択をした。
 
「行くぞ、ルナ」
『シン……』
 
ルナマリアも迷っているのか、インパルスの腕を取って引いて行くデスティニーに抵抗するでもなく受け入れて戻って行った。
 
対峙するセイバーとインフィニットジャスティス…ハイネとアスラン。
ハイネは目の前のアスランに対して、怒りの感情は無かったが、かと言って彼の生存が喜ばしいとも思ってなかった。
敵になるぐらいなら、せめて死人は死人らしく死んでおけよ、と思うのは自分の傲慢だろうかと考える。
 
「お前との再会がこんな形になるとはな」
『ザフトは平和を叫びながら戦争ばかりしているじゃないか……』
「分かってないな、アスラン。ジブリールが健在な限り戦争が終わらんというのが俺たちの主張だ。邪魔するものは排除しなければならんだろう?」
『じゃあ、何故ジブリールが逃走した後も戦闘を続けた!?これがザフトの正義だとでも言うのか!』
「さあな?俺はザフト軍ミネルバ所属のMS部隊隊長だ。仕事をしているだけだ」
『仕事……』
「アスラン、今回は見逃してやるがな、もし万が一もう一度俺達の前に敵として現れたら…その時は容赦しないぜ……」
『ハイネ……』
 
そうアスランに低い声で告げると、ハイネはセイバーを変形させて飛び立って行った。これ以上は自分の感情の融通すら効かなくなりそうだったからだ。
かつての仲間の言葉がアスランに重く圧し掛かる。

ミネルバへ帰還するデスティニーとインパルス。そのコックピットの中で、シンとルナマリアは言葉を交わすでもなく沈黙を続けていた。
二人を襲う猛烈な虚脱感。それは紛れも無くアスランが裏切った事による弊害だった。
 
「ルナ……」
 
息苦しいこの間を何とかしようとシンは呼びかける。しかし、ルナマリアからの返事は無い。
シンは深く溜息をつき、ヘルメットを脱ぎ捨てる。
 
(こんな事になっちゃって…どうなるんだよ、これから……)

諦めに似た考えがシンを更に疲弊させる。それは、確実にシンを消耗させる。
そんな所へセイバーが追い着いてくる。そして、そのままMAの機首をデスティニーに接触させ、シンにだけ聞こえるように語り掛けてきた。
 
『シン、帰ってもルナマリアには話しかけるなよ?今のアイツは腫物と同じだ、そっとしておかなければお前も痛い思いをする事になる……』
「ハイネ……」
『人には放って置いて欲しい時がある。そんな時はな、誰の言葉も余計なお世話に聞こえるんだ』
「俺達、仲間なのに傷ついた仲間にすら何もしてあげられないのか……?」
『そうじゃない。放って置いてあげることが俺達に出来るアイツへの気遣いなんだ。それがアイツに一番優しい厚意だ』
「……」
『お前も今回は相当堪えている筈だ。お前はまず自分の事をケアしてあげろ。ステラでも誰でもいい、ゆっくり気持ちを落ち着かせるんだ』
「くぅ……」
 
シンはコックピットの中で涙を流した。
アスランの裏切り、それにくたびれたルナマリアに何もしてあげられない自らの無力、そして、ほどけそうだったオーブに対する憎しみの固結びがほどけなかった事……それら全てが重なり、シンの精神を疲弊させていた。
 
同じ頃、レイと共にミネルバへ帰還するカミーユは、先程感じた誰かの気配が気になっていた。
 
(誰なんだ、あれは……?でも、なんだろう…とても清々しい感じだった……)
 
歪んでいるようで真っ直ぐな感覚、そして全てをやり遂げたという達成感にも似た想いが駆け抜けた。それは、誰かを本気で愛していたからだろうとカミーユは勝手に解釈する。
そんな人間がオーブにも居たんだな、と思うと、果たしてジブリールを匿ったのは本当にオーブの意思であったのかという疑問が浮かんでくる。
 
(ファに…会いたいな……)
 
当てつけられたのか、カミーユは突然そんな事を考えた。彼にとって自分を一番理解してくれる人は恐らくファ=ユイリィだろう。それは、ニュータイプ同士の相互理解などではなく、もっと根本的で母性的なものだろう。
いつでも隣にいてくれる人というのはとても良いものだと思う。カミーユにとって、ファがそういう人物に当るのは間違いない事であろう。
 
オーブの戦いは、思った以上に皆の精神を疲弊させた。
しかし、時代の流れはそんな彼等を休ませるような事はしない。まるで試練を与えるように、一瞬の気の緩みも許されない状況へと突入していく……

ザフトの旗艦をキラが撃沈した事により、指揮権がミネルバのタリアへと移行したザフトはオーブより撤退した。
満身創痍のオーブは疲れきっていた。
 
官邸通路を歩くカガリはユウナ=ロマ=セイランの死を通じ、オーブへの想いをより一層確固たるものにしていた。その瞳にはもう涙は無い。
 
「ウナトはどうしている?」
 
ふと気になったカガリは、随伴するキサカにユウナの父親の事を訊ねた。
 
「分からない。シャトルの格納庫へ人をやったがそこも崩れたらしく、誰もそこには居なかった」
「行方不明か?」
「今はそうだ。だが、瓦礫の下から身元不明の遺体が何体か発見された。損傷が激しくて誰かまでは分からないが、恐らく……」
「そうか……アイツは、父親を憎んでいただろうか……」
「神のみぞ知る…ハウメアの導きがあればめぐり合えるだろうが。しかし、親子というのは常に共に有りたいものだ、彼らとて例外ではなかろう」
「そう…だよな……二人を一緒の墓に入れてやれ……天国で仲良く暮らせるように……」
「分かった」
「直ぐに会議を始めるぞ。明日には今回の件を含めた会見を開く。それと、プラントに打診しろ、ジブリールは月に居るとな」
 
カガリは一瞬視線を落としたが、直ぐに顔を上げ、そのまま会議室へ歩いていった。
それを見送るキサカはその背中を見て胸が張り裂けそうな思いになった。
 
「お前も相当辛いだろうに……それでも、オーブを守る為には止む無し…か……」
 
窓から見える風景は、先程までの激しい戦闘が嘘であったかのように静まり返っている。しかし、その景観は普段のオーブの姿とは随分とかけ離れた、煙上る戦場の爪痕だった。
 
「時代は何故あの子に厳しいか……誰も望んではいないだろうに……」
 
世が世ならば、活発なカガリはもっと溌剌としていられただろう。しかし、時代はカガリにそうなる事を望んでいなかった。
キサカの諦めにも似た声が空しいのは、喧騒の後の静か過ぎる雰囲気のせいだった。

ミネルバに帰還するパイロット達。コックピットから降りた彼等の表情は軒並み暗く、それがオーブでの戦闘の苦しさを物語っていた。
 
「シン……」
「止めとけ」
 
パイロット達の様子に心配になったヴィーノが話し掛けようとした所をマッドが止めた。若年のヴィーノと違い、人生経験を十分に積んで来たマッドはシン達の気持ちを察していた。
しかし、そんな中でもステラだけは特別と言ってよかった。シンに関しては彼女の癒しが必要だったからだ。
 
「シン……」
「ステラ…ごめん、今は休みたい……」
「あ……」
 
ステラを拒否するでもなく、かと言って許容するわけでもなく、シンはおぼつかない足取りでMSデッキを後にする。
皆、疲れていた。いつも調子の良いハイネですらその表情は暗い。
アスランの裏切りはそれ程にまで彼等を困憊させた。
 
ルナマリアは泣いていた。
アスランと敵と味方に分かれてしまった事が彼女の気持ちに迷いを生み、アスランの発言がどうにも出来ない葛藤を生み出していた。
その葛藤がやるせなく、どうしようもない事がルナマリアに混乱を与え、情緒が再び不安定になった彼女はとめどなく溢れてくる気持ちを抑え切れなかった。
 
ハイネは平静を装っていた。
しかし、その内心は複雑であった。アスランの裏切りに対して一番責任を感じていたのは他ならぬ彼自身だろう。かつてアスランに告げた言葉が、このような形で皮肉になって返ってきたのだ。
ハイネはもう決心しなければならなかった。
戦場でのアスランの言い分を聞く限り、彼は最早ザフトに戻る事は無い。言葉の責任を感じるハイネは、アスランに対してけじめをつけなければならなかった。
 
レイは眉間に皺を寄せる。
キラ=ヤマトの出現は予想外だった。しかし、彼にとっては不謹慎ながらも喜ばしい事だったのかもしれない。
自らの手で決着をつけることが出来る…それはレイが自身の存在に意味を持たせる事だったのだろう。
しかし、それも叶わなかった上、キラに負わされた屈辱は大きい。
自分が交戦していたのにも関わらず、それを振り切って旗艦を落とされたのはキラに負けたも同然である。それがレイには余計に腹立たしかった。
 
そして、カミーユは親指の爪を噛む。
サイコフレームのせいだろうか、今回のオーブでの戦闘は余りにも多くの人の想いが集中していた。それらがカミーユの感覚を刺激する度、心が揺れた。
平和を掲げながらもジブリール逃走後も戦闘を続けたのは、小さな疑問をカミーユに植えつける事となった。
戦局が終末への予感を見せる中、カミーユはこれから先に自分に何が出来るのかを考えていた。
                                            ~つづく~