Z-Seed_カミーユ In C.E. 73 ◆x/lz6TqR1w氏_第38話

Last-modified: 2007-11-12 (月) 12:41:56

第三十八話「獅子は吼える」

「カミーユ」
 
MSデッキからそれぞれが散っていく中、ハイネがカミーユを呼び止めた。
 
「何だ?」
「先に言って置くぞ、もしアスランが出て来ても、変な情けは掛けるなよ」
「しないよ。裏切りは裏切りだ、どんな理由があっても」
「ん……?」
 
意外とあっさりと受け止めるカミーユにハイネは逆に不意を突かれてしまった。
他の皆が動揺を続けている中で、カミーユに限って言えば達観している節がある。
 
「慣れたもんじゃないか?」
「慣れるかよ。でも、こんな事一々気にしてたら誰が正しいかなんて分からなくなっちゃうだろ?」
「経験、あるのか」
「……あぁ、男に走った人だったけどね。でも、戦争やってて気持ちが乾いて、それで情に走るのってあると思うんだ」
「ルナマリアが心配か?」
 
カミーユの言っている事は恐らくルナマリアのことだろうとハイネは察した。
つまり、ハイネはルナマリアがアスランを追いかけてザフトを抜ける可能性があると言っているのである。
しかし、そんなハイネの言葉にカミーユは眉を顰めて唸る。
 
「多分大丈夫じゃないかな?彼女にはここに情を傾ける相手が居るじゃないか」
「……?シンか?」
「シンにはステラが居る。そうじゃなくて、何も情を向ける相手ってのは異性だけじゃない」
「メイリンか」
 
理解したように指を鳴らしてハイネが頷く。
 
「ああ、ルナマリアも気付いているはずだ。妹の存在が、彼女にとってどれだけかけがえの無いものかって事が……」
 
一人っ子であったカミーユには兄弟を持つという感覚が分からない。しかし、グリプス戦役時にロザミィという妹が一時出来た事がある。
結果的にその関係は悲劇で終わってしまったが、僅かの間に感じたその感覚は、きっと本当の兄弟にも通じるものがあるのだろうと思う。
 
「そうだな…シンによればルナマリアが復活したのもメイリンのお陰だって話だったからな。なら、少しの間そっとしておけば自分で何とかできるか?」
「それはハイネの判断だろ?俺に聞くなよ……」
 
苦笑いをするカミーユ。レコア=ロンドを知っているとはいえ、ルナマリアは彼女ではない。
レコアに関してはクワトロがもっとしっかりしていれば良かった事であったが、ルナマリアはまた少し状況が違う。
だから、どうすれば良いかなどはカミーユには判断しかねるし、そこは隊長であるハイネに任せるのが一番だと思った。

「そうだな、俺が隊長だったな……」
 
アスランの事で少し苛立っていた自分がいることに気付いていなかったハイネは、頭を掻いて苦笑する。
 
「あまりアスランのことで神経質になるなよ?ミネルバを離れた事は…」
「事実だからな。…心配するなよ、俺はそんなに甘くは無い」
 
アスランの話にハイネの目が細くなる。
 
「もう一度言うが、アスランが出て来たら…絶対に容赦するなよ?」
「……あぁ」
 
不穏な空気を纏うハイネはそう告げると踵を返して戻って行った。
その後姿にカミーユは小さく溜息をついた。
 
 
会議が終わり、日が傾きかけた時間のオーブ官邸、カガリの部屋で一同は神妙な面持ちで机の上に置いてある一冊の古ぼけたノートを見つめていた。
 
「これがそうだと言うのか?」
「ええ、恐らく……」
 
カガリの問い掛けにラクスが応える。それでもカガリは怪訝な顔をするばかりである。
コンピューターが全盛の時代に手書きのノートは不自然だった。
しかも記されている内容も内容だ、重要な資料をこのような形で放置してあったというのも信用し辛い。
 
「デスティニープラン…か……本当にそんな事が可能なのか?」
 
ノートの内容はデスティニープランという新しい秩序をもたらす計画の要綱の様なものが記されていた。しかし、その構想自体、何年も前のものであるらしく、書いてある事項にもいくらか試行錯誤した感もある。
 
「このノートはわたくし達がメンデルで身を隠してた時に偶然にも発見したものです。遺伝子研究の盛んであった実験用コロニーですから、その可能性は十分にあるはずです」
「だが、現実問題どうするんだ?仮にこれがデュランダル議長の物であって、急にこんな事を言い出しても、それを世界がすんなり受け入れる訳が無い」
「…分かりません。しかし、彼が遺伝子工学に通じているのであるならば…その上で争いを無くそうと考えているのならば、この手段を採ると思います」
「……」
 
カガリは考え込む。
もしラクスの言う様にデュランダルがデスティニープランを発動しようと考えているのなら、その真意を問い質さなければならない。
しかし、現段階で分かっている事はこの古ぼけたノート一冊の記述のみである。しかも本人の物であるのかさえハッキリとしない。
デュランダルが強権を行使してからでも遅いが、確証を得られない今、動いても早過ぎる。

「本当だったら大変だわ。何とかしないと…」
「それは出来ない。理念がある限り、オーブは先制を打つことは出来ないのだ」
 
ラミアスが口を挟むが、それをキサカが嗜める。
 
「でも、先手を打たれちゃってからじゃ遅いんじゃないの?ほら、この間の戦闘だって、俺が居なかったら危なかったじゃん?」
「あなた…出てってすぐに被弾して逃げ帰って来たくせに良くもそんな事を言えるわね!」
「そ、それを言うなって……」
 
空気の読めない男、ネオ=ロアノークがラミアスに突っ込まれる。
 
「でも、確かにネオさんの言うとおりだよ。手遅れになる前に何とかしなきゃ、オーブだってただじゃ済まないかもしれない」
「キラ、私は今はまだ動けないと思うんだ。確かに手遅れになってからでは取り返しが付かないが、想像だけで動くのは愚か者のする事だと思う。私はもう愚か者にはなりたくない」
「手遅れになったら、それこそ愚か者だよ」
「私のやり方が甘いというのは分かっている。だが、下手に動けば唯でさえジブリールを逃がして不利な状況なのに、余計に不利になりかねない。
理念にも触れてしまうかもしれないし、それを知っている他の国の信用に関わる。何よりも、そこをデュランダル議長につけ込まれかねない」
「でも、それで国の人が救われるなら……」
 
いくら説明しても融通の効かないキラ。そんな弟に苛立ったのか、急に顔を強張らせて怒鳴る。
 
「私は国家元首だぞ!」
「カガリ……?」
「何でお前が決めようとするんだ!私の仕事だろう!」
「じゃあ、カガリはこの間みたいに攻められてからしか動かないって言うの?またオーブを火の海にしたいの?」
「だから、そうならない為にも無闇に刺激したくないと言っているんだ!」
「デュランダル議長だけじゃない、ジブリールだって何をするか分からないんだよ?」
「ジブリールはオーブに何もしやしない!不本意ながらもオーブは奴を助けたんだぞ!」
「そんなの何の保障にもなんないよ!あの人が義理や人情で動ける人だとは思わない!」
「奴は計算で動く!オーブを狙って何の得がある!?奴にも信用があるだろ!」
「けど…オーブが助かってもきっと何か良くない事が起こるかも知れないじゃないか!」
「ジブリールを逃がしたのは我々にも責任はあるんだぞ!」
「でもそれは!」
「世間は先の戦闘をそういう風に見ている!自分達だけ納得したって、それじゃあ意味は無い!」
「でも、僕が言っているのはオーブの事を思えばこそじゃないか!」
「今迂闊に動けば、それはザフトもジブリールも刺激する事になる!それが分からないのか?」
「カガリの言っている事は遅すぎるよ!カガリは本気でオーブの事を考えているの!?」
「ふざけるな!私達がダーダネルスやクレタでやってきた事はオーブの首を絞める行為だったんだぞ!それを反省せねばならんというのにお前はな!」
「僕達は戦いを止めに行っただけじゃないか!じゃあ、カガリはあのまま放っておいた方が良かったって言うの?それって、見捨てるって事じゃないか!」
「自分の行いも見えていない状況でやってしまったんだぞ、私達は!冷静になれキラ!あんな勝手な事をして…本来なら私達は罰を受けなきゃならんのだぞ!」
「でも…!」
「カガリの気持ちを汲んでやってくれ……」

姉弟喧嘩に発展した二人の口論に、アスランが横槍を入れて止める。
その言葉に二人は口を止めるが、睨み合ったままだった。
 
「カガリ、君は君の好きなようにすればいい。俺は君を信じてそれに協力するから……」
「アスラン……」
 
そう言うと表情を落とし、カガリは部屋を出て行ってしまった。
 
「カガリ…何をそんなに頑固になっているの……?」
「キラ、お前はもっとカガリに気を遣ってやれ。アイツは今、頑張っているんだ」
 
多少の不満を見せたキラに、アスランが注意を与えた。
 
「遺伝子によって一人一人の生き方を国が決める…ねぇ……?こんな作り話、誰が信じるってんだ?」
 
ネオはノートを取り上げて流し読みをしている。
 
「作り話で無かった場合、それは現実に起こり得る問題です。ですから、わたくし達はその真相を確かめる為にも行動を起こさなければなりません」
「でも、カガリさんは迷っているようだけど……」
 
ラクスの言葉にラミアスが問題を提起する。いくら彼等がやる気になったところで、カガリが決断を下さねば動く事は出来ない。
カガリがオーブの国家元首に返り咲いた事により、アークエンジェルとエターナルはオーブの監視下に置かれる事となったからだ。
彼等とて、勝手に動けばカガリの迷惑になることくらいは分かっている。
 
「カガリはこの間の戦闘で色んな人からオーブの未来を預かったと言っていた。そのプレッシャーから慎重になっているのだろう、暖かい目で見守っていて欲しい」
「キサカさん……」
 
キサカは一同に一礼して退室した。
 
「ふぅん…あのお嬢ちゃん、見た目よりもナイーブなのね」
「貴方!勝手に付いて来て…捕虜のくせに、言葉が過ぎるのではないですか?」
「いや、だって、あんな軍艦の中じゃ退屈すぎて……」
「黙ってて下さい!」
 
関係ないと思っているのか、軽はずみな言動を繰り返すネオにラミアスは苛立っていた。ヒステリックなラミアスの顔を見て、ネオは露骨に嫌そうな顔をする。
 
「……とにかく、何とかしてカガリを説得しないと…何かが起こってからでは遅いんだ」
「キラ…待ってやることは出来んのか?カガリを追い詰めても…」
「何とか出来ないかな、アスラン?」
「お…俺が!?」
「だって、カガリは僕の言う事なんて聞かないだろうし……」
「お願いします、アスラン」
「ラクス…君まで!」
「へぇ、君、あの嬢ちゃんとそう言う仲なんだ?」
 
遠巻きでラミアスに睨まれているネオが顔を緩ませて厭らしそうにアスランを見ていた。

「ちょっと待て、俺はそんな……!」
「じゃ、アスラン、やるだけやってみて」
「お、おい、キラ!」
 
こういう時のキラは図々しい。それにいつも振り回されていたのは苦労人のアスランだった。
それぞれ退室する中、取り残されたアスランは舌打ちをする。仕方なしにアスランはカガリを捜しに行動を開始する。
 
 
「おい、本当にアイツで大丈夫なのか?何かうろたえてたぞ」
「大丈夫ですわ。アスランはやるときはきちんとやる方です」
「あんたが言ってもねぇ……」
 
ラクスの言葉にネオは溜息を漏らす。
 
(こんな不思議ちゃんに言われてもな……何でそんなに自信たっぷりに言い切れるんだろうな?不思議ちゃんだからか?)
 
顎に手を当てて考えるネオにキラが話しかける。
 
「ラクスは、アスランの元婚約者だったんです。だから……」
「元婚約者?この不思…子が?」
「はい」
「え……ちょっと待てよ?あのアスランって奴とカガリってお嬢ちゃんが良い仲で、奴の元婚約者がこのラクスって子で、そのラクスと良い仲がお前で…お前とアスランは親友で……?」
「カガリさんも一応キラ君と双子の姉弟って事になるわ」
「えぇっ!?……複雑だなぁ」
 
ラミアスに付け足されてネオは更に驚く。
 
「どうなってんだ、お前等?あれか、綱渡りの様な恋愛がしたいって年頃なのか?」
「ネオ大佐!」
「かぁーったく!俺にこの美人艦長さんを落とせるテクニックを教えてくれよ、プレイボーイ君!後でいい本、やるからさぁ」
「い、いえ、僕は……」
 
迫ってくるネオの迫力にキラは両手を振って拒む。
 
「僕はそんなテクニックなんて……」
「何言ってんだよ、婚約者を落とすなんて並大抵の努力じゃできない事だぜ?それも親友から!是非、そのテクニックを俺にウゴっ!?」
「お止めなさい!尋問にかけますよ!」
 
キラに詰め寄るネオの耳をラミアスが摘み上げる。
 
「痛ててててえ!ほ、捕虜虐待でしょ、これ!」
「貴方みたいな自由な捕虜が居ますか!」
「で、でも、君と二人なら、尋問受けてもいいかな?」
「……マードック主任にやってもらいます」
「ええっ、あのおっさん!?男と二人きりは勘弁してくれぇ!せめてあのミリアリアっていう子と……」

ラミアスに耳を引っ張られてネオの声が遠くなっていく。そんな様子にキラとラクスは顔を合わせてクスクス、と笑った。
しかし、すぐにラクスは俯き、視線を落として考え事を始める。
 
「……どうしたの?」
 
覗き込むようにキラが訊ねる。ラクスはその行為を無神経だとは思うが、そんなキラの愚直な優しさは心地よかった。
 
「いえ……」
「あのラクスの偽者の事……?」
 
キラの問い掛けにラクスは黙って頷く。
 
「…わたくし、やはり名乗り出なければならないのでしょうか……」
「……」
「あの方はきっとそのせいで立場が危うくなってしまうのでは……」
「違うよラクス…君の名前を騙っているんだ。本物の君がそれを認めちゃうと、君が君で無くなってしまう。だから、君の為にも、デュランダル議長に利用されている彼女にとっても、これから君がすることは正しい事なんだ」
 
キラが励ましの言葉を掛けると、ラクスは歩き始める。それに続いてキラもラクスに合わせて歩み始めた。
これからラクスがする事、それはデュランダルの側に居る偽者の自分の告発である。それは、同時に彼女への非難と、自身が再び表舞台に出ることを示している。
 
「ですが、あの方はわたくしの代わりにプラントの方々を勇気付けてくださいました。例えそれがデュランダル議長の手の平の上であっても、そのステージでどれ程の方々が力を貰ったでしょう……。わたくしはその間、ただ平穏な毎日を送っているだけでした……」
「君が気にするのも分かるけど、僕が君の辛さを知っているから……」
「貴方の優しさに甘えるわたくしは、どれほど脆いのかと思い知らされました……。あの方はわたくしなんかよりもずっとかラクスに向いていらっしゃる……」
「思いつめないで、ラクス。例え君がプラントに残っていようとも、デュランダル議長が同じ事を企んだだろうし、そして君は同じ様にこうしてデュランダル議長を止めようとしただろうし……。
同じなんだよ、きっと、こうして僕等がここに居るのは変わらない運命と同じなんだよ」
「キラ……」
「僕が君を守る、そして本当の平和を手に入れるんだ」
「……」
 
時折ラクスは弱さを垣間見せる。
いくらカリスマを持った歌姫であろうと、所詮は齢二十歳にも満たぬ少女である。
こうしてキラと二人きりの時にだけ、ストレスを発散するように自己の内面を曝け出す。
キラはそれを受け止めてラクスを励ましてきた。
二年前はラクスがキラを、そして今はキラがラクスを……お互いが傷を舐め合ってバランスを保っていた。
その頃アスランはカガリを捜して邸内をうろついていた。
 
(俺は何でキラの言う事を一々聞いているんだ……?)
 
ふと、そんな事を考える。
昔から頼りない奴だとは思っていた。だから、色々と面倒を看たりもしてきた。
しかし、今の関係は、何となくキラにいいように利用されているようにしか思えない。
しかし、状況を考えれば、そんな考えを表に出すのは仲間内の輪を乱すことになってしまう。だから、アスランは我慢する。
 
「何処に行ったんだ、カガリは……?」
 
不自然に涼しい顔をしてアスランは捜し続ける。しかし、邸内を一通り捜してみたが見当たらない。
 
「アスラン君、どうしたのだ?」
 
何箇所かでうろつくアスランを見かけていたキサカが思わず声を掛けた。
 
「いや、カガリが何処に行ったのか御存知ですか?」
「……さあ、私には分からない。が、多分あそこではないだろうか」
「あそこ?」
「海の見える……慰霊碑の事だ」
「ありがとうございます!」
 
アスランは駆け足でそこへ向かう。
キサカはアスランにカガリの居場所を教えるべきか迷っていた。今はカガリを一人にさせておいて欲しかったからだ。
しかし、少しの遅れが致命的な遅れになるかもしれない状況で、どうしてもカガリを甘やかす気にはなれなかった。昔からカガリを知っているキサカは、そんな彼女を不憫に思い、溜息をつくばかりであった。
 
「彼が果たしてカガリの支えになれるだろうか……」
 
駆けて行くアスランの背中を見て、キサカは不安を感じていた。
 
夕凪が気持ちいい見晴らしの良い場所。
かつてシンがキラと邂逅した場所で、カガリは風に髪を玩ばれる中で佇んでいた。
水面に映える夕日がカガリを茜色に染める。
慰霊碑に供えられた献花は先の戦闘の影響か、殆どの花びらが飛び散ってしまっていて原型を留めていなかった。
 
「カガリ」
 
背中から聞こえてくる声にカガリは少しだけ反応した。だが、その声の主が誰であるのか分かっているのか、振り向く素振りを見せない。

「何の用だ、アスラン」
 
素っ気なく返事を返すカガリ。
 
「用が無ければ来ちゃいけないのか?」
 
突っかかるように言い返すアスラン。
 
「分かってる。私を説得しに来たのだろ?話を聞くよ」
「どうしたんだカガリ……」
 
様子の違うカガリにアスランは戸惑いの言葉しか出なかった。
少しの間を挟んでカガリがアスランの方に振り向いた。
 
「……すまん。けど、整理がつかないんだ……。オーブは守らなきゃならんし、それがアイツとの約束だ。私の不甲斐無い行動を考えれば、オーブの理念を守るという事は最後の私の信用材料だ……」
 
絞るような声にアスランは黙って聞いているしか出来なかった。
少しの間、二人を波の音が包む。
アスランから見て、丁度沈み行く太陽がカガリのシルエットと重なった頃、カガリが口を開いた。
 
「アスラン、私は今、精一杯なんだ。これからはもっときつくなると思う。だから……」
 
逆光でその表情を窺い知る事は出来ないが、その瞬間、アスランの目にはカガリの姿が近くでいてとても遠い場所に居る様に見えた。
 
「私はこの国を守る。その為の決断を今迫られている。それが私の使命だし、義務でもある。正直、若輩者の私にはそれ以外の事に気を回している余裕は無いんだ……だから、アスラン……」
 
そう言ってカガリは指に嵌めていた指輪を取り外す。それはかつてアスランがプラントの調査に向かうときにカガリにプレゼントした物だった。
それを丁寧に持ち、アスランに差し出した。
その日の最後に一際強く輝く太陽の光が指輪に反射し、それが指輪の涙のようにも見えた。
 
「これが……君の答えなのか……?」
「私は後悔していない。この国に育てられ、そして今この国の為に全精力を使って責任を負うことに、私は……誇りを持っている……!」
 
カガリの瞳はアスランの知らない瞳だった。つい先日まで知っていたカガリが今はまるで別人の様な顔つきに変わっている。
最早、自分の姿がカガリの瞳に映ることは無いと知った。
カガリの獅子の如く雄々しい形相から、先代のウズミが何故オーブの獅子と呼ばれていたのか、その理由を今になって知る。
それはアスランにはとてもじゃないが介入出来ないほどの力強さを秘めている。
アスランは、もうカガリの力にはなれないと思い知らされてしまった。
 
風が少し強くなり、波のうねりも荒くなる。それに合わせるかのように、太陽は水平線からその姿を消した。
岩にぶつかる波の音と水しぶきが、二人の物語の終わりを象徴するエンディングテーマのようで、アスランはそれがやたらと癪に聞こえていた。
 
その後、ラクス以外のアークエンジェルの面々はオーブに拘束されることとなった。これまでの様々な経緯を調査する為である。
しかし、それは再びアークエンジェルが勝手な真似をさせない為のカガリの処置だった。キラの言動を見た上でのカガリの判断だった。