Z-Seed_カミーユ In C.E. 73 ◆x/lz6TqR1w氏_第39話

Last-modified: 2007-11-12 (月) 12:42:19

第三十九話「宇宙(ソラ)へ その1」

戦いが終わった翌日、再びオーブ国家元首の椅子に戻ったカガリはメディアを通して、全世界に向けて政見放送を展開していた。その顔には擦り傷を隠すための絆創膏が張られている。
 
『この様な顔でメディアに出ることをお許し下さい。先日の戦闘に撒き込まれた際に多少の怪我を負ってしまいました』
 
「よく言うぜ、ジブリールを匿ってたくせに」
「自業自得だろ、あの顔は」
 
カガリのザフトを牽制するような喋り出しに、放送でそれを見ていたミネルバのクルーはそう言い捨てた。
パイロット達もその様子は見ていた。
 
『先ず、長い間オーブの元首の座を空けていたことを陳謝致します。中継で御覧になっていた方々もいらっしゃるかと思いますが、あれは半ば事故の様なもので、私自身の意志で行ったわけではないと先に付け加えさせてもらいます』
 
いつものカガリの話し方とは違う丁寧なしゃべり。世界の人々に伝えるには、以前のような一つ間違えば乱暴に思われてしまうような話し方では駄目だとカガリは思っていた。
しかし、言い訳を先に付け加えるような物言いに反発を覚えるのはミネルバのクルーだけではなかった。
しかし、そのまま言い訳を続けると思われた矢先に、カガリは椅子から立ち上がり、机の前に出た。そうして全身をさらけ出す事で少しでも誠意を見せようと考えていた。
 
『その上で、謝罪します。拉致されたとはいえ、本来なら直ぐに無理にでも国に戻るべきでした。それをしなかったのは、私の不徳の致す所でした』
 
カガリが深々と頭を下げる。カメラの前で、カガリの体を隠すものは何も無い。
全身で反省を表現していた。

「おい、ちょっと長くないか?」
「別に普通だろ?家出してたみたいなものだったんだから」
「我侭は許されないのにねぇ」
 
ミネルバのクルーは冷たく言い放つ。それというのも、アークエンジェルには何度も作戦行動を邪魔されたことがあったからだ。
 
そして、長い謝罪の礼を終え、再び背筋を伸ばしたカガリは更に付け加える。
 
『あの時私を攫ったのは、私の知人でした』
 
全世界のモニターを眺めている人々は一斉にざわつき始めた。カガリの発言は身内による犯行を告発しているようなものだからだ。
カガリは続ける。
 
『彼等も当時は無知なるが故の行為でした。愚かであった事は否定できないでしょう。しかし、昨日のザフトの侵攻に対して彼等は体を張って抵抗してくれました。オーブの理念の一つは"他国の侵略を許さず"です』
 
何を言っているんだというのが観衆の気持ちだった。自分の国の理念を持ち出したところで、結果的にはジブリールを匿い、逃がしたことには変わりない。
そんな事を言っても、アークエンジェルは世論とは逆の行為を行ったに過ぎないのだ。
そんな空気を察知したのか、カガリは更に続けようと口を開く。
『皆様のお気持ちはよく分かりますが、それ以上にザフトの行為は…』
 
しかし、話しかけたところで放送に異変が起こった。画面が急に乱れ、次に映し出された時はデュランダルの姿があった。
 
『突然の無礼をお詫びいたします。プラント最高評議会議長のギルバート=デュランダルです』
 
モニターの前の民衆は更にざわめきを大きくする。
デュランダルがこのタイミングで割り込んできたのは、カガリがザフトに非難を飛び火させる前に消して置きたかったからだった。
 
『確かにアークエンジェルの面々は先のオーブでの戦いでオーブを守っていました。しかし、皆様はお忘れでしょうか?彼等はロゴスの頭目、ロード=ジブリールが潜伏していたオーブを守っていたのです。それが意味するものは平和への妨害といって良いでしょう。
私は先日も宣言いたしました、ロゴスを打倒する事で平和を取り戻すと……彼等はそれを妨害していたのです!』
 
デュランダルの言葉は正論だった。誰がどう考えても、指名手配されていたジブリールを庇うオーブに正義は無いと思った。
 
『確かに我がザフト軍の行いは少々乱暴であったのかもしれません。しかし、我々はオーブに対して、ジブリールの引渡しを再三要求いたしました。それなのに、オーブの出した答えはNOだったのです。
それ故、止む無く我々はオーブへと侵攻致しました。全てはジブリールを取り逃がさないようにする為だったのです』
 
デュランダルの言葉は民衆の心に吸い込まれるように溶け込んでいった。例えるならば、民衆はスポンジの体にされてしまった事になる。それだけデュランダルの言葉は受け入れやすかった。
 
『そして、結局ジブリールは取り逃がしてしまいました。彼の行く先はある程度特定できており、既に軍は動いておりますが、このままでは何を仕出かすか分からない状況にあります』

情報の提供元をオーブであるとは明かさなかった。それを言う事でオーブの立場を楽にしたくは無かったからだ。
仮にオーブが情報の提供元として名乗り出ても、ジブリールを逃がしたことには変わりないのだから、情報公開は当然の事として受け入れられるだろう。そして、それがオーブが有利になる材料には成り得ない。
一番厄介なのは、プラントがオーブのお陰でジブリールの居場所を判別出来たという事になることだ。それはオーブが名乗るよりも与える印象が違う。
自分で名乗らせる分にはでしゃばりと捉えられるだろうが、他人が公表する場合はその限りではない。
 
『そして、皆様に知っておいて貰いたいのは、この不安な状況を造り出したのがオーブの面々であり、恐怖の不沈艦として名を馳せた強力な戦力であるアークエンジェルであるのです!』
『その通りです』
 
語気を強めて言い放つデュランダルの言葉に同調して、新たに女性の声がした。
その声は余りにも有名な、プラントのアイドルの声だった。
姿を見せたのはラクス=クライン…その姿を借りたミーア=キャンベルだった。

『わたくしは、以前にアークエンジェルの方々と行動を共にしたことがありましたが、このような事をなさる方々ではございませんでした。わたくしは、今の彼等が信用できません』
 
デュランダルがラクスの替え玉として選んだミーア=キャンベルは、その声はラクス=クラインそのものと言って良いほどそっくりだった。ただ、彼女はその顔までは本人に似なかった。
ミーアは昔から声だけはラクスにそっくりと言われ、密かに歌手になる事を夢に見ていた。しかし、その容姿はハッキリ言ってしまえば地味、いくら歌が歌えようとも売れる要素は低かった。
そんなある日、デュランダルはミーアの噂を聞きつけ、彼女に接触した。それがミーアの転機の時だった。
デュランダルはミーアにラクスとして生きる事を提案する。
最初は彼女も戸惑ったが、歌手になる夢を捨てきれない彼女はその提案を受け入れ、顔の整形手術を受ける事を決意する。
長い間コンプレックスを持っていた自分の顔に別れを告げ、次にミーアが自分の顔を見た時、そこにはプラントのアイドルとして絶大な人気を誇るラクス=クラインの顔があった。
 
『アークエンジェル…ひいてはオーブの方々の行いは平和への冒涜であるとわたくしは主張いたします。デュランダル議長の仰っている通り、この戦争はロゴスの盟主でいらっしゃるロード=ジブリール様を捕えない限り終わらないのです。
それを妨害なさるオーブ……わたくしはもう一度主張いたします、オーブは平和への冒涜者であると!』
 
全世界に向け、平和への想いとそれに交えてオーブへの批判を説くミーア。その言葉はラクスの言葉として、名前による説得力が世界の人々の心を掌握していく。
それを脇で眺めながら、デュランダルは口元に笑みを浮かべた。
しかし……
 
『その者の言葉に踊らされてはなりません』
 
再び電波がジャックされる。
 
「あん…?どうなってんだ?」
「おい!これって……!?」
 
モニターに映る場面は再びカガリの政見放送の場に戻る。だが、その横に立っている人物が世界に混乱を巻き起こす。
 
「あ…あれ?あれって、ラクス=クラインだよ…な……?」
「ラクス=クラインが…二人……?」
「でも、何でオーブの国家元首の隣に居るんだ?」
 
ミネルバの中でも混乱が起こる。突然の事に全世界で混乱が巻き起こっていた。
 
『その者はわたくしの偽者です。わたくしが本当のラクス=クラインです』
 
声も同じ、顔も同じ。着ている衣装の違いと、体型に差があるため、区別は何とかできるが、こうして見比べて見なければどちらが本物かなど分からないであろう。
現に民衆は混乱しているし、こうしてラクスが表に出てくるまでは、真実を知るもの以外ではミーアが本物で通っていたのだ。

『わたくしの偽者を騙り、偽りで皆様を騙し続けていたデュランダル議長の言葉にどれ程の信憑性があると言えるでしょう?』
 
痛烈に批判するラクス。表情は穏やかであるが、声には勿論演技であるが、憤りが含まれていた。
ここでカガリがラクスを表に出したのはカガリの意思に拠るものだった。この場でミーアが偽者と認めさせることが出来れば、勢いをこちらに引き寄せる事が出来る。
それに、ラクスの言葉には不思議と人を惹き付ける力を持っている。切り札がこちらに居る以上、これを利用しない手は無い。カガリがラクスを拘束しなかったのは、この為であった。
そんなカガリが彼女に続いて口を開く。
 
『彼女が本物であるという証拠を提示するのは難しいですが、今の彼女の言葉をお聞き頂ければお分かりになると思います。そして、ザフトは彼女を利用して世界を支配し、このオーブを滅ぼそうと画策していたと私は主張します!』
 
突然のカガリの言葉。その言葉はデュランダルを激しく非難する内容だった。
妄言にしか聞こえないだろうが、最初にインパクトを与える為にはこれくらい大げさに言わなければ箔がつかない。
 
『その証拠はこの映像を見ていただければお分かりになると思います』
 
画面が変わり、一機のシャトルが宇宙に向かって飛び立っていくのが映されていた。戦闘記録らしく、若干不鮮明でブレも酷かったが、十分である。
 
『これはジブリールを乗せたシャトルが宇宙へ飛び立っていく時の映像をアークエンジェルが捉えたものです。残念ながらオーブの高官の中にロゴスのメンバーが含まれていたためにマスドライバーが占拠され、手を打つ事が出来ませんでした。
その人物についても戦闘中の事故によって既にこの世にはおりません。しかし、問題はその後にあったのです!』
 
映像が切り替わり、再びカガリとラクスが映し出される。
 
『先程のデュランダル議長の言葉では、今回の我が国侵攻の目的はロード=ジブリールの逮捕でした。更にはそれ以外に我が国に攻め込む理由は占領する以外に無いと先に明言しておきます。
それを踏まえた上で聞いてください、この映像の出来事が起こった後もザフトは戦闘を続けていたのです!』
 
更に語気を強め、力の入った目でカガリはカメラを睨んでいる。その目は、モニターを通じて見ている民衆にも伝わった。
 
『この行為が意図するものは一体何なのか……勘の良い皆さんには既にお分かりでしょう。そう……ザフトは最初から我が国を滅ぼす事を目的に侵攻してきたのです!ジブリールの逮捕など、ついでに過ぎなかったのです!』
『このような行いをするデュランダル議長…彼こそ平和への冒涜者であるとわたくしは主張いたします。それは、嘘で塗り固められた真実を隠す……卑怯な行為です』
 
ラクスの言葉は重みがあった。確かに似ているとはいえ、ミーアの言葉ではあれ程の重みは出せないであろう。
そんなミーアはまさかの本物出現に慌てふためき、焦りを浮かべて右往左往している。
そんな様子にデュランダルは一瞥して、画面の中のラクスに視線を移した。

「ここでやっと彼女のお出ましか……大分もったいぶってくれたものだ……。おい、準備は出来たか?」
「はっ、完了しました。いつでも行けます」
「うむ…ミーアはカメラの外へ」
 
ラクスが現れた瞬間こそ驚いたが、デュランダルは椅子に深く腰を埋め、ミーアを下がらせる。
 
「あ…あの、私……」
「気にしなくていい。君は暫く身を隠していたほうが良いな」
「え……?」
「大丈夫、すぐに自由になれる。もしもの時の場合に備えて護衛をつけよう……サラ」
 
デュランダルに呼ばれた女性が姿を現す。
 
「彼女が君を守ってくれる。君は安心してこの戦争が終わるまで身を隠しているがいい」
「あ…あ……」
 
まさか本物が出てくるとは思わなかったミーアは、突然のラクス本人の出現に狼狽していた。そんなミーアを護衛のサラが優しく肩を抱いて連れて行く。
 
「これで、また私の敵が増えたな……さて……」
 
デュランダルは片手を上げて合図を送る。それに技術スタッフが頷き、スイッチを入れる。
 
「お?何だこれ?」
「今度は画面が二つに割れたぞ」
「一つはオーブ、もう一つはプラントか……」
「これ…緊急で討論でもしようってことかな?」
 
民衆は余りの急展開に考えが追い着かなくなっていた。こうも矢継ぎ早に展開が入れ替わると、逆に考えるのが面倒くさくなってしまう。しかし、それを打開する為のデュランダルの仕掛けだった。
こうして持論をぶつけ合う対決の形なら、民衆は興味を持つからだ。いつでも人は戦いが好きなのである。
 
『お久しぶりです、姫』
 
デュランダルがカガリに向けて言葉を放つ。受ける彼女は不快感を示す。
 
『その"姫"というのは止めて頂きたい。私はオーブの国家元首で、代表なのです。
馬鹿にした表現で見下すのがそちらのやり方でしょうか?』
 
穏やかに話しかけたデュランダルに対するカガリの先制攻撃。こうして画面の中で世界の人々が見守る中でのやり取りにおいて、カガリの放った先制パンチは大きかった。
注目を集めているという事は下手な事は言えない。それ故、言葉は慎重に選ばなければならない。
その事を知っているはずのデュランダルがこのようなミスを犯したのは、単に彼が間抜けだったわけではなく、カガリの事を侮っていたからだ。
アーモリー・ワンでの彼女を知っているデュランダルにしてみれば、まさかこのようなところでカガリが攻撃に出るとは思わなかったからだ。
これには流石のデュランダルも不覚を認めるしかなかった。

『これは失礼しました、カガリ代表。謝罪と訂正をさせてもらいます』
 
素直に謝罪をするデュランダル。彼はどのような時でも柔軟な対応が出来る心構えが出来ていた。それは、彼自身が自らの感情のコントロールを完璧にこなせるという事である。
それは、為政者として様々な問題に立ち向かうのには非常に便利な特技だった。
ある時から彼はその術を身につけることを覚えたのだ。その事はタリアに感謝するべき事なのかもしれない。
 
『しかし、先程の代表のお言葉には間違いがあります。ですので、このような形でではありますが、貴方と直接話がしたく、こうさせて貰いました。ご迷惑でしたかな?』
『いえ…しかしデュランダル議長、どのような意図で私の政見放送を乗っ取ったのです?あれでは貴方が私の言葉を世界の人々に聞かせたくなかったというように思える。この放送を見ていた方々は貴方が事実を隠そうとしていたと思っております』
 
勢いに乗るカガリは早めに優劣を付けたいが為に更なる追い討ちをかける。
デュランダルにしてみれば、これすらもカガリの力量を考えれば意表を突かれる出来事である。
しかし、対応できないわけではなかった。内心の感情の乱れを表に出す事無く落ち着かせ、デュランダルは普段と変わらぬ表情で言葉を返す。
 
『あれが迷惑であったのなら、それは申し訳なく思います。しかし、あのまま代表が勘違いされたままお話を続けられたのであっては、プラントの信用に関わります。ですので、こうして直接話せる準備が整うまでの間に、あのような無粋な手段を採らせてもらいました』
 
あくまで落ち着いていて、それでいて全く怯む様子のないデュランダルにカガリは気圧された。彼女の予想では、先程の自分の攻撃で多少は言葉に詰まる彼を思い描いていたからだ。
しかし、その予想は全くの的外れで、自分が今相手にしている人物の度量の大きさを痛感する事になってしまった。
それでも、何とか平静を保ち、更なる攻撃を仕掛ける。
 
『議長がそう仰るなら先程の件は水に流す事にしましょう。そして、貴方の言う事も信用するとします。しかし、それならば彼女はどうなのです?今はそちらにいらっしゃらないようですが、こちらにいるラクス=クラインの偽者を仕立て上げた意味を教えていただきたい』
『何故です?彼女は立派にラクス=クラインの役割を果たしていました。何も問題ないはずです』
『冗談で済む問題でも無いでしょう。議長はプラントの…いや、世界中の人々を騙していたのです。それで何も問題が無いなどとは、口が裂けても言えないはずです』
『そちらに居るラクス=クラインが、ヤキン戦役を最後に急に消えてしまったのです。プラントには彼女ほど影響力を持った人物は存在しません。だからこそ、行方の分からない本人を捜すよりも、例え偽者でも皆の励ましになるのであれば何ら問題ないのではないですか?』
『だが、騙っていた事は事実ですよね?』
『それは認めます。しかし、表舞台から逃げた彼女と表舞台に引っ張り出されながらも健気に頑張り続け、挙句に偽者と非難された彼女…どちらが本物に見えるでしょうね?』
『そ…それは……』
 
追い詰めようと攻撃を仕掛けたつもりが、いつの間にか逆にそれを利用されて追い詰められている。カガリは言葉に詰まってしまう。
                                              ~つづく~