Zion-Seed_51_第二部第19話

Last-modified: 2009-01-01 (木) 16:37:09

 アスランは、ヤキン・ドゥーエ要塞にあるバーでディアッカと酒を飲んでいた。
 ジオン宇宙攻撃軍とプラント解放戦線との戦いは、ジオンの大勝で終わった。指導者であったウィラードは
旗艦ベルヌーイと共に閃光に消え、解放戦線に所属していたコーディネイター至上主義者も大多数が戦死して、
ディアッカやシホ、アイザックといった残存兵達は投降していた。
 ディアッカは自分の存在が父親に迷惑を掛かると考えていたが、ジェネシスαという拠り所を失った以上、
レジスタンスを続けても意味はないと悟った。後の2人も同様である。
 彼らの処遇は地上軍に徴兵されるという形で結論付けられた。ジオンはシーマ海兵隊やG-27部隊のように、
人材確保の為に犯罪者などを徴兵する事を日頃から行なっていた。テロリストと呼ばれた彼らを徴兵するのに
問題が無い訳ではないが、彼らを戦力化した場合のメリットの方がはるかに大きい。
 流石にアデスのような指揮官クラスは投獄したが、一般兵ならプラントから遠く離れた地球に下ろし、家族
を人質にすれば抵抗など出来ないだろう。

「地球に降りる事に決まったよ」
「そうか……」

 ディアッカも父親を人質に取られ、地上の部隊に配属される事となった。

「暫らくはプラントに戻れないな」
「不安なのは分かるが、それはシホとアイザックも一緒だろう。2人の前では弱気になるなよ」
「分かってる」

 重苦しい空気が2人の間を包む。当然だった。そこにはいるべき人物がいないのだから。

「イザークは、二度と肩を並べる事はないだろうな」
「"歌姫の騎士団"ね……。ふざけてるぜ、ありゃあ」
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――――第2部 第19話
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『人々よ! 我等を恐れ、求めるがいい! 我等の名は"歌姫の騎士団"!!』

 エターナルを確認したイザークとディアッカは驚愕する。ヤキン・ドゥーエ攻防戦後に行方不明となっていた
クルーゼが、解放戦線が停戦した絶好のタイミングで現れるのか。しかもいつもの仮面にマントを羽織るという
変態度を増した格好をしている。に、元クルーゼ隊の面々はさらに驚く。

「これは……一体どうなっている?」
「新たな機影を確認! これは……戦艦です!」
「何だと!?」
「識別……馬鹿な……エターナル?!!」

 報告を受けたアデスは混乱した。何故、この状況でエターナルが現れるのだ。その混乱はアデスだけでなく、
ヴェサリウスのクルーも同様だ。彼らは元クルーゼ隊として、日頃からクルーゼと顔を合わしていたのだ。その
彼がいきなり騎士団を名乗って現れたのだから。

「あの変態仮面は、いきなり何だってんだ!?」
「騎士? ナイトだと?」
「似合わない、全然似合わない……」

 クルー達が必死になって状況を把握しようとしている。そして、それはボルテールも同様だった。

「何故こんなにも接近を許した!?」
「そ、それが……戦闘に入ると同時にミノフスキー粒子が濃くなっていまして……」
「くっ、目先の敵に気を使いすぎたか!! クルーゼの情報は聞かされていたものを!!」

 ユウキは思わず唇を噛み締める。クルーゼの組織の存在をアスランから知らされていた。その為に水面下で
調査を進めていたが、詳細を調べ上げる事が出来ずに、今日に至っていた。それでもクルーゼの性悪な性格を
知っていたので、戦闘中も周辺の警戒を絶やさないつもりだった。だがそれも、ウィラードとの盟約を果たす
事に集中していた所為で疎かになっていた。

「大佐、エターナルよりMSが発進されました!」
「データを確認……これはジャスティス! フリーダムもいます!」

 ジャスティスにはクルーゼ、フリーダムにはプレアが乗っていた。両者が戦闘領域に入ると、ジャスティス
から全周波で通信が送られる。

『私はラウ・ル・クルーゼ、力ある者に対する反逆者だ! 突然で申し訳ないが、我々はジオン公国に対して
宣戦布告する!!』

 この声明に、騒然とした雰囲気が戦場を包む。

『我々"歌姫の騎士団"は、コーディネイターやナチュラルに関係無く、武器を持たない全ての者の味方である。
ジオン公国は、卑劣にもユニウス7を地球に落し、数多くの民間人を殺害した。無意味な行為だ。故に我々が
制裁を下す!!』

 その場にいる全ての者が懐疑的な目でクルーゼを見る。日頃の行ないの所為で、誰一人として彼を信じる者
はいなかったのである。たった1人を除いて……。

「隊長! クルーゼ隊長!!」

 元上司と部下の間柄で、パナマ攻略時にクルーゼの言葉にいたく感動したイザークであった。彼は真っ先に
通信を入れ、クルーゼの登場に興奮する。

「まさかこのような所で会えるとは思いませんでした。」
『君達、解放戦線の頑張りを見て、支援する為に来た』
「おおっ! 隊長も、我々の理想を掲げる為に力を貸してくれるのですね!」
『その通りだ。組織の戦力を充実するまで接触するつもりは無かったが、ジェネシスαが攻撃を受けていると
聞き、我等の指導者が救援を命じたのだ』

 "指導者"という言葉に興味を惹かれるが、それは直ぐに知ることになる。
 今度はエターナルから映像通信が入り、モニターに"指導者"の姿が映し出された。ジオン・解放戦線問わず、
その宙域に全ての人間が"彼女"を知っていた。特にアスランは何度も話したし、ともに食事をした事も一度や
二度ではない。何故なら"彼女"はアスランの婚約者だったのだから……。
 美しい声色が、皆を唖然とさせた。

『こちらはエターナル。この宙域にいる全ての兵士に通告いたします。わたくしは歌姫の騎士団代表のラクス・
クラインです』
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「まさか、ラクス・クラインが登場するとは思わなかった」

 ラクスの声を聞くなり解放戦線から離脱者が続出した。彼女の声が宙域を支配したのである。彼女は自分が
平和を望んでおり、クルーゼが自分の協力者である事を話す。それを機にイザークを筆頭とする敗北に納得の
いかない者達が、こぞって歌姫の騎士団に下ったのだ。
 この事態に慌てたのはアデスとユウキだった。ウィラードの意思を知っている2人は離脱者を捕まえようと
兵を差し向けたが、ラクスの登場はユウキでさえ予期しておらず、上手い対応が出来なかった。

「そうだな。俺でさえクルーゼから聞かされたときは嘘だと思ったんだ」

 結局、生き残っていたアデスとウィラードの艦隊から、ディアッカやシホのように冷静だった者はジオンに
投降したが、艦艇5隻とMS54機が歌姫の騎士団に下っていった。その規模だけを見ればジオン軍にとって
大した戦力ではない。しかし、影響力を考えれば頭が痛くなった。
 ラクスの決起は、彼らが登場すると同時に、メディアを通してプラントに広がっていった。歌姫の騎士団が
芸能関係者を通じて情報を流したのである。メディアの中にはラクスを崇拝するものが多い。それを利用した
一連の報道は、ジオンが報道管制をしく前に終えてしまった。
 プラント解放戦線には、民間コロニーをも攻撃するテロリストと定めて民衆に敵意を向けさせていた。だが、
ラクスの場合は違う。どんなにギレンが煽ろうとも、プラント市民から見たら彼女はジオンの圧制から民衆を
解放する女神以外の何者でもない。テロリストとして見る事などありえなかった。
 彼女の言葉を信じた人々は、ジオンの監視を逃れつつ、反ジオンを主張しだす。中には企業ぐるみでラクス
に支援する者も現れた。
 ただ、一部の知識人が「彼女はクルーゼに利用されているに違いない」と冷静に分析して、ラクスの熱狂的
ファンが「ラクスたんが武装決起なんてありえないお」という主張を繰り広げたことで、ラクス側に傾きつつ
あった世論に歯止めが掛けられた。
 それでも世論が真っ二つに割れた事で、ウィラードの目算は夢と消えた。憎悪を一心に被り、プラント市民
の気持ちを統一しようとした結果が、歌姫の騎士団の登場でぶち壊されてしまった。これにユウキとアデスは
ひどく落ち込んだらしい。

「あの2人が一緒にいるなんて、誰が想像する」
「しかもナチュラルの娘も一緒に出ていたな。ラクスとユニットでも組むつもりなのかね」

 ラクスが場に現れた時、一緒にナチュラルの娘――フレイ・アルスターも姿を現した。緊張をしていたのか
一言も発しなかったが、クルーゼの口から彼女の詳細を語られると誰もが驚いた。何せ大西洋連邦の次官の娘
だったのだから……。

「パフォーマンスだ。おそらく連合諸国に対して、自分達の敵意の無さを強調しているのだろう」
「ギレンは後手に回ったな。奴がこういったパフォーマンスで負けたのは初めてじゃないか」
「たまたま上手くいっただけだ。フレイ・アルスターは何も話していない。騎士団に誘拐された可能性もある」
「その逆もあるんじゃないか? クルーゼが歌姫を誘拐して連合に亡命、パフォーマンスに終始しているとか」

 それならラクスが歌を歌うことはしないだろうが。

「始めはクルーゼが俺に接触してきた。そして自分では説得できないと見るや、ラクスの名前を語った。俺も、
場にいたニコルも信じなかった。ラクスがあんな事をするなんて想像できなかったから」
「辛いな。嘗ての婚約者が、今は敵とは……」

 ラクスと騎士団に下った戦友の事を問われるなり、アスランは厳しい表情で酒を飲み干した。

「よしてくれ! 俺はラクスだろうと、イザークだろうとプラントを傷つけるものを許さない。それだけだ!」

 ディアッカはその姿を見て呆れるように呟くのだった。

「無理してるのが見え見えだぜ」
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 カーペンタリア基地陥落から5日、オーストラリア北西部は完全に連合軍の占領下となっていた。基地には
大西洋連邦の艦艇が並び、基地周辺をレナやエド、ジェーンらが指揮するストライクダガーで埋め尽くされた。
これでザフト残党勢力は地上から一掃されたことになり、カオシュン基地を手に入れ、オーブを取り込んだと
思われるジオンに牽制が出来るようになった。
 今後、カーペンタリア基地は連合が管理・運営していく事になるのだ。本来カーペンタリアは大洋州連合の
領土内にあるのだが、ザフト寄りの政策を行っていた大洋州連合には、基地の返還を求める立場など無かった。
 そんな基地に数隻の艦艇が入港した。基地の運営に必要な人員を乗せた補給艦であるが、その中に1人の軍
高官が乗り込んでいた。サザーランドと同じくブルーコスモスに身を置くネオ・ロアノーク大佐である。

「私はネオ・ロアノーク大佐だ。サザーランド少将に御会いしたい」

 ロアノークが来たと聞き、サザーランドはあからさまに嫌な顔をした。彼は強硬派に在籍し、ジブリールが
片腕として重宝するほど有能な人物だ。アズラエル派のサザーランドとは犬猿の仲である。
 やって来たロアノーク大佐は、部下を2人伴って現れた。その格好は漆黒の仮面を被り、制服も一般兵とは
異なり黒く染めたものを着ている。これもジブリールが特別視しているからこそできる風貌なのだろう。

「おやおや、貴官がカーペンタリアに来るのは聞いていないが……」
「私はジブリール様の命でここにいる。少将殿の許可を得る謂れは無いですぞ」

 ピリピリとした空気が辺りを漂う中で2人は対面した。

「それで、ジブリール殿の片腕たる貴官が、私に何のようかな? 私は、この基地の運営に忙しいのだが」
「カーペンタリアよりも重大な用件です。盟主が行方不明になられました」
「なん……だと」

 アズラエルが行方不明。ロアノークの言葉にサザーランドはとてつもない衝撃を受けた。豊富な資金を元に
ブルーコスモスの力を引き上げ、コーディネイター殲滅に邁進できたのはアズラエルの力があってこそである。
 この盟主不在という状況が、ブルーコスモスにとってどれだけ損失なのかが分かるだろう。

「現在はジブリール様が盟主代行を行っていますが、状況が状況です。次期盟主を決める選挙を行わなくては
いけません。幹部は至急ワシントンまで来るようにお願いいたします。」
「待て! アズラエル様は行方不明なのだろう。生死の確認もせずに次期盟主を決めるのは不謹慎だ!!」
「そうかもしれませんが、盟主はもう十日も家に帰っておりません。殺された可能性のほうが高いのでは?」

 ロアノークは、既にアズラエルはこの世にはいないかのように話す。それを聞いたサザーランドは、盟主は
ジブリール派に暗殺されたのではないかと懐疑的な目を向けた。

「いずれにせよ。組織をまとめるには新しい盟主が必要です」

 アズラエルが行方不明となればジブリールが代行を務めるのは仕方がないが、ジブリールが盟主となっては
組織が過激な方向へと進んでしまう。またジオン軍との戦争再開も早まってしまう可能性が高くなる。戦争を
再開するには最低でも3ヶ月間の準備が必要だ。それを前倒しにしては、これでは考えた戦略構想が根底から
覆されてしまう。

「報告は以上です。カーペンタリアは少将の代わりに私が運営します。ご安心してお向かいください」

 一先ず命令書を受け取ると、サザーランドは部下にアークエンジェルを帰還させるよう伝えた。

「何故にアークエンジェルを呼び戻すのですかな?」
「ワシントンに戻るのに足が必要だろう」
「輸送機を使ったほうが早く付きますが?」

 そう言って滑走路のほうを指差すロアノーク。よくもそのような台詞を言えるものだ。そうと分かっている
のなら、何故自身は輸送艦に乗って来たのか。サザーランドに選挙対策の時間を与えない為だろうに……。

「大天使には私から伝えておきます。同じブルーコスモスですからね」

 サザーランドは、相手の態度に裏があると読んだ。

(なるほど、そういうことか)

 つまりロアノークはサザーランドとアークエンジェルを切り離したいのだ。アズラエル子飼いの部隊である
アークエンジェルは、ジブリールにとっては邪魔者である。自分がワシントンに向かう間に始末するのだろう。
この状況下ならばアークエンジェルにいるコーディネイターを処分できる。

(ならば私は今できる事をやらなくては……)

 まずアズラエルの生死だが、本当に死んでいる場合は彼に代わる盟主候補を探さなくてはならない。直ぐに
ワシントンに戻り、アズラエル派をまとめなくてはならない。今から戻ってまとめられるかは疑問ではあるが。
ただもしもアズラエルが生きているなら救出隊を編成する必要がある。この場合は、ジブリールの手によって
大西洋連邦かユーラシア連邦の何処かに監禁されている筈。それを見つけ出すのが優先事項となる。

(アズラエル様の探索には施設の奴らを使うか。盟主も期待していた連中だ。信用できるだろう)

 アズラエルが出資していた養護施設で英才教育を受け、想定以上の能力を引き出していた男を思い浮かべる。
奴を含めた数名を使えば、発見及び救出は容易い。
 しかし、その前にアズラエル派をまとめなければならない。それを考えれば頭が痛くなる。アズラエル派は
元々ジブリールと同じ強硬派に属していた。最近は盟主の意向により中立となっていたが、盟主の不在を機に
ジブリールに下る連中が現れかねない。最悪の場合は、穏健派の重鎮ジョージ・アルスターを味方に引き入れ
なければジブリールの天下となってしまう。サザーランドは頭を急速回転させながら部屋を出た。

(アークエンジェルにも連絡を入れねば……)

 ロアノークは、そんなサザーランドが退室するのを見送りながら、いやらしい笑みを浮かべていた。
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 一方のアークエンジェルは、基地を逃げ出したザフト残党の探索任務に就いていた。降伏してもブルーコス
モスであるサザーランドが指揮官なのが影響して、各地で小競り合いが起こっていたのだ。

「宇宙でもジオンがテロとの戦いを打ち出したみたいだから、いよいよ戦争再開かな?」
「トール、今はそういう事は言わないで……」
「ごめん。それじゃあ……」

 この程度の任務は彼らにとって日常茶飯事だったので、アークエンジェルは特に問題も無く帰路に着こうと
していた。トールとミリアリアも空いた時間をデートに当てていた。その時、いきなり艦内に警報が鳴り響く。
少しすると2人のいる部屋にキラが駆け込んできた。

「トール、端末借りるよ!」
「キ、キラ! いきなり入ってくるな!!」
「ここが1番近かったんだよ……って、何でミリィがいるのさ?」

 顔を真っ赤にしてあらぬ方向を見つめるミリアリアを不思議に思いながらも、部屋の端末を操作するキラ。
艦橋に繋げるとナタルが呼びかけに答える。

「艦長、敵ですか?」
「そうだ。ヤマト准尉、ケーニヒ伍長も一緒か。2人とも格納庫で待機しろ」

 別の部隊がザフト残党を発見したらしく、アークエンジェルに応援を求めてきたそうだ。

「もう負けは決定なのに……。往生際の悪い奴らだな」

 不満を漏らすトールの声にザフトが完全敗北した事を思う。そう、今日で対ザフト戦は終わった。自分は、
成り行きとはいえ、連合に入って同族のいるザフトを敵に回した。投降した者やジオンに入隊した兵士達は、
そんな自分を見てどう思うのだろうか。裏切り者と罵るのだろうか。アスランは自分をプラントに連れ戻そう
とした。プラントがジオンのものになっても、同じ事をするのだろうか。

「なあ、ジオンとの戦争って再開されるよな」
「え? うん、そうだろうね。五カ国協議も上手く言ってないみたいだし」
「そうなるとさ、一度オーブに戻ったほうがいいのかな」

 戦争が再開されれば終結するまでオーブに戻る事はできなくなる。そうなればカーペンタリアにいるうちに
休暇の一つでも取ってオーブに行くのもいいのかもしれない。
 30分後、アークエンジェルは応援要請を行った友軍と合流する。待っていたのは105ダガーを配備した
遊撃部隊だった。

「新型機を有しておきながら救援を求めるとはね」
「中尉、私語は慎め」

 チャンドラⅡ世に命じて回線を開く。

「聞こえるか。こちらアークエンジェル隊。応援要請を聞いてきた」
「よく聞こえるアークエンジェル、救援に感謝する。」

 友軍のダガーが手を振っている光景はナタル達に不気味な印象を与える。

「うふふ。改良機よ、改良機!」

 尤もそれはマリューには関係ないようだ。それも当然で、彼らの機体にはマリューが開発した出力強化型の
エールストライカーを標準装備していたからだ。
 "スローターダガー"。105ダガーの性能向上を図ったカスタム機で、通常機と比べ外見上の差異は無いが、
機体色が黒・グレー基調の色に変更されている。正式に彼女の開発したストライカーパックを背負い、エール
パック以外にも、ドッペルホルン連装無反動砲やミサイル搭載型といったストライカーに対応している機体だ。

「あの機体いいわね~。トール君のダガーと交換してくれないかしら」

 勝手に興奮するマリューを余所にナタルは嫌な予感を感じていた。

「大尉、少しよろしいですか?」
「え、なに?」
「確認ですが、大尉が開発した新型エールパックは、どれだけの部隊に出回っているのですか?」
「そうね、キラ君達の戦闘データを技研に送ったのが2ヶ月前だから、それほど多くは出回ってないと思うわ。
ストライカーユニット自体はブルーコスモスの拘わる企業が生産しているから、それに関係する隊に優先して
回されるけど……」
「では、あの新型ダガーも?」
「ええ。ブルーコスモスに関係する部隊に……」

 そこまで言ってマリューは口を閉じた。
 目の前にいるのはブルーコスモスに拘わっている部隊。新型を当てられているなら、その実力もかなりある
と見える。そんな部隊が何故に応援を要請するのだろうか。
 次の瞬間、アークエンジェルにアラートが響き渡った。混乱するナタル達を嘲笑うかのように、スローター
ダガーが背部のドッペルホルン連装無反動砲を撃つ。ナタルが即座に回避行動を命じるが、ノイマンの反応は
遅れてしまい、砲弾が次々と直撃する。

「これはいったい!?」
「友軍が何故攻撃を?!!」
「こちらはアークエンジェル。アークエンジェルです! 味方です、応答してください!」

 艦橋は大混乱に見舞われる。友軍が攻撃してくるなど頭の中に無かったのだから仕方がない。

「くっ、戦闘配備!」

 嫌な予感の当たってしまったナタルは冷静に状況を判断した。あの"友軍"は、自分達を抹殺するつもりだ。

「ブルーコスモスの拘わる部隊……作戦前のサザーランド少将の忠告はこれか!!」
「でも、それはキュリオスじゃなかったんですか!?」
「キュリオス以外にもいたのか。我々を邪魔するものが!」

 ナタルの推測通り、彼らはロアノークが送り込んだジブリール派の部隊である。アズラエルとサザーランド
の目をキュリオス隊で晦まし、もう別の部隊の存在を隠し通したのだ。

「被害報告!」
「左舷主砲使用不能!」
「ゴットフリートも損傷しました!」

 ナタルは思わず息を飲んだ。敵はこちらをよく知っている。ラミネート装甲はビームに対して強力な装甲と
なるが、実弾兵器には対応していない。それでも厚い戦艦の装甲で防ぐ事はできるものの、相手は兵装のある
部分をピンポイントで攻撃してくる。

「うろたえるな。MS隊は直ちに出撃!」

劣勢の中でMSが発進する。敵がキラの乗るストライクを目にすると、動きが組織的になっていく。

「ストライクだ。全機、コクピットを狙え。確実に抹殺しろ」
「油断するなよ。相手は宇宙の化け物だ」

 相手はアークエンジェルには見向きもせず、MS隊を警戒していた。二手に分かれ、一方は105ダガーと
スカイグラスパー、もう一方はストライクを囲み込んだ。パイロットがキラである事を知っているのだろう。
ややストライクの敵が多い。

「敵の動きが早い!?」

 今までとは違う敵にキラは戸惑う。これまでストライクは、機体性能でジンやザクを圧倒していた為、数的
不利な状況でも優位に戦う事ができた。ところが目の前の敵はスローターダガー。ストライクよりも後に開発
された機体である。その性能差は殆ど無い。これでは幾らキラの腕が良くても、数で押しつぶされてしまう。

「何で味方を攻撃するんだ!」
「青き清浄なる世界のために!」
「ブルーコスモス!!?」

 相手の言葉にキラは困惑した。彼らがブルーコスモスであるのをキラは初めて知ったのだ。自分は今日まで
盟主アズラエルの下で働いているのに何故攻撃を受けなければならない。盟主の部下でもコーディネイターは
許さないというのか。

「そんな……だったら、僕は……」

 オーブが信用できないからアズラエルを頼った。ブルーコスモスの盟主に頼る事に抵抗が無いわけではない。
しかし彼らの側に入れば、自分が狙われなくなり、トールやミリィにも迷惑をかけない。そう思ったのだ。
それなのに味方からこのような仕打ち受けたら、自分は何を頼りにすればいいのか

「キラ、返事をなさい!」
「セイラさん……」
「今援護に向かうわ」

 セイラは、スカイグラスパーを一気に反転させてストライクの後ろに食らい付こうとした3機にミサイルを
発射、キラの援護に回った。

「無茶しないでください、僕は大丈夫です」
「そうは見えないわね」

 それは女の勘ではなかった。ジオン・ダイクンの孤児だからか、セイラにはニュータイプの素質があった。
彼女は、自分がニュータイプである実感など無いが、キラの精神的重圧を確かに感じ取っていた。