Zion-Seed_51_第二部第20話

Last-modified: 2008-12-29 (月) 20:38:56

 アズラエルに裏切られたという思いが過る中、キラは迫り来るスローターダガーの攻撃を避け続けていた。
新型エールストライカーを装備した敵機は、空中を自在に飛び回ってストライクを包囲しながらビームを放つ。
 そんな敵機を、セイラの乗るスカイグラスパーが急降下しつつ、撃ち落した。

「キラ、下がりなさい!」
「セイラさん、無茶しないでください。僕は大丈夫です」
「そうは見えないわ!」

 セイラの言うとおりだった。相手は連合製の機体でビーム兵器を標準装備としている。おかげでPS装甲が
機能しないと同時に、相手のラミネート装甲はストライクのビームライフルの威力を軽減してしまう。ストラ
イクには相性の悪い相手だ。トールの105ダガーなら52mm機関砲ポッドを装備しているので、ラミネート
装甲は関係ないが、彼の場合は敵機の猛攻を防ぐのに終始し、反撃する余裕など無かった。

「このままでは不利よ。一旦、後退しましょう」

 セイラの支援で何とか立て直したキラは、彼女の意見に賛同した。トールもこの状況では命が幾つあっても
足りないと首を縦に振った。
 そして3機はフォーメーションを組み直し、後退を開始した。

「キラは近づいてくる敵を!」
「フォローは私たちに任せて!」

 ラミネート装甲を持つ105ダガーが前衛となり突破口を開く。スカイグラスパーはその援護の為に敵機を
牽制、隙が生まれると105ダガーの機関砲で蜂の巣にする。接近戦を挑んでくる敵にはストライクが対応し、
突き破るように包囲の一点を突破する。

「邪魔をするな。連合にコーディネイターなどいらない。ここで死んでもらわなければならないのだ!」

 それを逃すまいとするスローターダガーが、しきりにストライクを狙い撃ってくる。

「ふざけた事を言わないでちょうだい。そのような理屈、私には通用しないわ!」
「そうだそうだ。好き勝手言いやがって、誰がキラをこんなところで殺させるか!」

 だが、セイラとトールの言葉がキラを奮い立たせた。正直裏切られたのはショックだったが、戦闘中に気を
落として入られない。自分が足を引っ張れば危険になるのはセイラとトール、そしてアークエンジェルにいる
皆なのだから。
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――――第2部 第20話
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 MS隊が奮闘する一方で、アークエンジェルもまた敵の猛火に晒されていた。ダガーのドッペルホルン連装
無反動砲とリニアガンタンクの主砲が、アークエンジェルに集中砲火を浴びせる。

「バリアント2番損傷!」
「ローエングリンも使用不能。艦長、我々には有効な攻撃手段が残されていません!!」

 主砲の半数以上を破壊されたアークエンジェルは戦艦としての機能を失っていた。リニアガンタンクといえ、
その集中砲火を浴びれば一溜まりもない。

「ヘルダート発射。弾幕を張れ! ……大尉、ローエングリンは直せませんか?」
「無茶言わないで。相手は的確にアークエンジェルの砲座を狙っている。修理しても直に破壊されるわ」
「では、あのストライカーパックの弱点は?」

 ナタルは藁をも掴む思いでマリューに聞いた。敵機の新型ストライカーパックはマリューが開発したのだ。
彼女なら何か打開策を得られるかもしれない……が、

「無いわ!」

 問答無用で否定された。

「無い……って、そんな筈は無いでしょう! 弱点の一つぐらい!!」
「残念だけど、予算がいっぱい出たから張り切ったの!」
「嬉しそうに言わないでください!!」
「キラ君達が頑張るってことでダメ?」

 マリューはXナンバー開発者としてアズラエルからも知られており、彼から開発費として多額の予算が出て
いた。おかげでエールストライカーに飛行能力を付け、PS装甲まで貼り付ける事に成功したのだ。
 そんな事を嬉しそうに語るマリューだが、ナタルにしてみれば冗談ではない。彼女の造った武装が自分達を
危機に陥れているのだから。

「ち、ちょっと待ってね。今考えるから」

 唖然する姿ナタルの姿を見たマリューは、流石にマズイと思ってアレコレ考える。

「そういえば、新型エールはPS装甲だからエネルギー消費が半端じゃない筈」
「つまり稼動時間は従来のエールよりも短いと?」
「理論上はそうなるわね」

 稼働時間が短ければ、戦闘を長引かせる事で勝機は生まれる。しかし、数において圧倒的に不利な状況では
あまり意味は無い。相手もそれは承知の上で仕掛けてきている筈だ。

「三十六計逃げるにしかず、撤退するぞ」

 このまま戦闘を続行するのは無理と判断したナタルは撤退を決断した。稼働時間が短いのならばエネルギー
供給を受けずに追撃は不可能になる。ここは撤退してサザーランドに接触するのが最良の選択となる。

「パル軍曹、周囲の索敵を怠るな」
「は、はい」

 もし自分がジブリール派の暴走を報告すれば、彼らは軍法会議にかけられる。幾らブルーコスモスとはいえ、
友軍を正当な理由も無しに攻撃するのは許されない。となれば簡単に逃がすつもりもないだろう。伏兵の一つ
は伏せている筈。そしてそれはアークエンジェルを確実に落とす為に使う筈。

「ミサイルが接近してきます!」
「迎撃だ!!」

 予想通りの展開に、ナタルは瞬時に迎撃命令を出した。彼女の咄嗟の判断で放たれたイーゲルシュテルンは、
ミサイルを捕らえる事に成功、全弾を撃ち落す事に成功する。
 一同がホッとしたのも束の間、ナタルの叫び声が艦橋に響く。

「最大船速! このまま直進しろ!!」

 このまま直進してはカーペンタリアから遠ざかってしまう。そう進言したかったが、鬼気迫るナタルの声に
ノイマンは口を閉じた。

「後方からエネルギー反応!」

 直後、激しい揺れが艦橋を襲う。さすがのノイマンも避ける事は出来なかった。

「大丈夫よ。ラミネート装甲は破られてはいないわ」
「これはゴットフリート……。警告のつもりか、ホアキンッ!」

 そのナタルの言葉どおり、アークエンジェルの後方から仕掛けてきたのは、キュリオスを有するホアキン隊
だった。スローターダガーだけなら逃げる事も出来るだろうが、母艦があれば話は別である。

「こちらが撤退すれば伏せていたキュリオスで追撃する。その際、あらかじめアークエンジェルの主砲を破壊
しておく。初めから対艦戦を優位に運ぶつもりで動いていたか」
「キュリオスから通信が入っています」
「無視だ。ノイマン中尉、最大船速を維持!」
「しかし艦長、このまま行けば海に出てしまいますが」

 キュリオスはカーペンタリアの方向から来たという事は、相手は基地司令部を押さえている可能性がある。
このまま基地に戻ってはいわれのない罪を着せられ拘束される。頼みの綱であるサザーランドと接触できれば
事態を好転させられるかもしれないが、この状況下では彼も監視されているかもしれない。

「構わん! スカイグラスパーは空中で待機。ストライクと105ダガーも臨戦態勢をとれ。残っている兵装
で迎え撃つ!」

 慌しく換装を終えたストライクと105ダガーが、甲板上に上がって後方を警戒する。アークエンジェルに
残された兵装は、イーゲルシュテルンと迎撃ミサイルだけだ。1番のバリアントは健在だが、正面にしか撃て
ないので使うことはない。
 この後、再三に渡りキュリオスから通信が入るが、ナタルは全て無視した。少しすると、業を煮やしたのか、
MSが発進される。その機影にトノムラが息を呑む。

「敵MS確認。これは……レイダー、フォビドォン、カラミティです!」

 ホアキンは後期GAT-Xシリーズを全て投入してきたのだ。
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 ホアキン隊は、これまでとは明らかに違う実力を有していた。迫り来る3機に対し、迎撃ミサイルの発射を
命じたが、これをカラミティの二連装衝角砲が迎撃し、撃ち洩らしたミサイルもTP装甲に防がれてしまった。
これに対してキラ達が迎撃に出たが、苦戦を強いられてしまう。フォビドォンにビームライフルを撃っても、
"ゲシュマイディッヒ・パンツァー"と呼ばれるエネルギー偏向装甲が、ビームの弾道を捻じ曲げてしまうのだ。
 これはミラージュコロイドの原理を応用した対ビーム防御システムで、アグニ級の高出力ビームですら歪曲
させる事が可能である。あくまで対ビーム用なので実体兵器の歪曲はできないが、TP装甲と併用することで
完璧に近い防御力を発揮していた。

「! ビームが曲がる!?」

 キラはフォビドォンに接近戦を挑もうとするが、間を割ってレイダーの破砕球が飛んでくる。それを避けて、
レイダーに狙いを定めるが、今度はフォビドォンが邪魔をした。

「――くっ……!」

 交互に攻守を入れ替える戦術に翻弄されるキラ。これでトールかセイラに援護を頼めば戦い様はあるのだが、
キラは2人をフォビドォンやレイダーと戦わせたくなかった。高い機動力と運動性能を持ち、ジオンのエース
並の実力を持つ両者。そんな彼らと戦わせたら、戦死したサイの二の舞になってしまう。

「僕が頑張らないと!」

 自分を支えてくれた皆の為にも、キラは気合を入れ直してフォビドォンとレイダーに向かっていった。

「トール君、奴に近づけない?」
「難しいですね。あの弾幕は半端じゃありませんよ」

 一方のトールとセイラは、2人してカラミティを相手にしていた。その見た目から、バスターのような砲撃
支援用MSである事が明白であるカラミティならば、十二分に勝機があると踏んだのだ。
 実際にカラミティはバーニアでホバー走行をしているものの、高速な移動はできないでいた。これでドムの
ような高速を出されていたら、手も足も出なかった。尤も、カラミティから発せられる凄まじい弾幕をくぐり
抜けるのは並大抵のことではないが。
 セイラはチラリとキュリオスを見る。スローターダガーは充電中なのだろうか。

「あの2機をキラが押さえている内はいいけれど、ダガーも出てきたら負けるわね」
「じゃあ、それまでにアイツだけでも倒さないと……」

 その時、キュリオスがアークエンジェルに向けてバリアントを発射した。幸いにも避ける事に成功したが、
これにはセイラだけではなくトールも驚いてしまう。

「う、撃ちやがった!?」
「味方を何だと思っているの!」

 戦況はアークエンジェルをキュリオスが追う形である。そうなるとMS同士の戦闘は艦と艦の間で行われる
事となるのだが、そうなるとキュリオスが主砲を放つ場合、味方のMSを巻き込む可能性が出てきてしまう。
ところがキュリオスは躊躇無くバリアントを発射した。

 そんな常軌を逸する行動を行ったのはキュリオスだけではなかった。不意にカラミティがストライクに向け
強力なビームを放つ。キラはそれを回避するが、射線上にはフォビドォンもいる。それはゲシュマイディッヒ・
パンツァーで歪曲され、そのままレイダーに向かった。レイダーは間一髪のところでビームを避ける。

「味方も平気で……?」

 キラは戸惑いの声を洩らす。
 3機は互いが競うように、キラ達に突っ込んでいった。射線が入り乱れ、両機を掠めるが構った様子もない。
この間、キュリオスも3機に構うことなくバリアントとゴットフリートを乱射していた。あまりに滅茶苦茶な
戦い方に、キラ達は相手の出方に予測がつかず、困惑する。
 とろころが3機の動きが突然鈍くなった。攻撃をやめ、ストライクとの距離を置く。予測のつかない行動に
身構えるキラ達であったが、3機はキュリオスに向けて引き返しはじめた。

「どういうことだ?」

 これにはナタルも思わず呟いた。戦況は向こうが優位な状況だった。あのまま3機の攻勢を受けていたら、
確実にアークエンジェルは落とされていただろう。何故、引く必要があるのだ。

「まさかローエングリンか!?」
「いえ、それは違う」

 ナタルは、陽電子砲を発射させる為に3機を後退させたと考えたが、即座にマリューが否定する。

「ローエングリンを撃つなら初めから撃っているわ。味方を巻き込むのに躊躇が無いのなら尚更ね。第一、
キュリオスはローエングリンをチャージする様子は無い」
「では、一体……?」

 困惑するナタル達をよそに、今度はキュリオスからスローターダガーが出撃される。

「あの3機を下がらせて、今度はダガー部隊。バジルール艦長から見て向こうの戦術は?」
「戦術も何も滅茶苦茶です」

 戦力の投入は一気に行うのが基本だ。戦力の逐次投入は戦況を悪化させるだけである。初めからあの3機と
スローターダガーを組ませていれば、アークエンジェルはとっくに落とされていた。

「あの3機を後退させなければならない理由があるかもしれないわね。そうじゃなかったら、ホアキン中佐が
私達を舐めているのか……」
「何れにせよ、これは好都合です」

 相手が全力を出す気が無いのなら、逃げ切る可能性は高くなる。

「ですが何処に逃げるんです? カーペンタリアからはどんどん遠ざかっていくし、まさかハワイ島まで行く
つもりですか?」
「いや、そこまで良く必要は無い。妙案があるからな」

 ノイマンの疑問にナタルは自信を持って答えた。

「目指すはオーブ領海内だ」
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 この少し前、キュリオスの艦橋では、ホアキンの傍らにいた副官が不満の声を洩らしていた。

「歯がゆいですな。陽電子砲が撃てれば、ここまで手間を取る事はなかったのですが」

 キュリオスは9・9作戦参加を間に合わせるように、予定よりも早く就役していた。その為に、主砲である
ローエングリンを搭載していなかった。

「それにしても、何故アズラエルはコーディネイターを擁護したのか……」
「あの方は商人でしたから」
「コーディネイターに利用価値などないよ」
「まぁ、遠からず目の前から消えますよ」

 そんな話をしていると、ホフマンは目を細めた。新型3機の動きがおかしくなり、こちらに戻ってくるのが
見えたのだ。

「カラミティ、レイダー、フォビドォン、帰投します」
「チッ……! 時間切れか……」

 オペレーターの戸惑った声に、ホアキンは顔を歪めて、小さく吐き捨てた。

「役立たずどもめ」
「ダガー隊を出撃させます」

 ホアキンが不可解な戦術を採用したのには理由があった。ブーステッドマンと呼ばれる3機のパイロットは、
常人離れした肉体を維持する為にγグリフェプタンという薬を摂取しなければならない。薬の効果が切れると
耐え難い禁断症状を招く。彼らが帰投せざるを得なくなったのは、この"時間切れ"の為だったのだ。

「ストライクを優先して攻撃しろ。アークエンジェルは足を止めるだけでいい。止めを刺すのは私だからな」

 そんな時間的制約のあるブーステッドマンに稼働時間の短いスローターダガー。そして"浮沈艦"と呼ばれる
ようになったアークエンジェルを自分の手で沈めたいという欲望を持っていたホアキンは、MS隊を逐次投入
する策を選んでいた。

「ホアキン艦長、目標が進路をオーブに向けています」

 アークエンジェルの動きに、ホアキンはなるほどと頷いた。

「ふん、そういうことか」

 件の政変で連合に協力的になったオーブではあるが、領海内の航行を許可しても、戦闘行為は認めていない。
そんな事をすれば連合もジオンも関わりなく、自国の権利を侵したものと見なして攻撃してくる。

「少しは知恵を働かせたようだが、まだまだ甘いな」

 ホアキンは眼を細めると、オペレーターにオーブ政府に連絡をつけるよう指示を出した。
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 書類を見ていたユウナは、小さく息をつき、周囲を見渡した。その広い部屋には細長いテーブルが置かれ、
現オーブ代表のコトー・サハクにユウナの父ウナト・ロマ・セイランというオーブの重鎮が取り囲んでいる。

「面倒事が舞込みました」
「具体的には?」
「アークエンジェルという戦艦が脱走し、オーブの領域に向かっているとの事です」

 ユウナの持っている書類は、大西洋連邦からの公文書であった。ジブリールはアークエンジェルが脱走艦で
あるという内容と共に、アークエンジェルがオーブの領域に入った場合は、拿捕もしくは撃沈するようにとの
要請を送りつけていたのだ。

「オーブ政府としては、この申し入れを受け入れようと考えております。ただ……」
「何か問題でもあるのかね?」

 大西洋連邦とオーブの間に、脱走兵に関する協定は結ばれていないが、改善した両国の関係を悪くするのは
望ましくないが、

「アークエンジェルは次期代表が肩入れをしている艦でして……」

 問題は脱走した側にあった。ヘリオポリスで建造し、一時的に次期代表であるカガリが乗船した船を沈めて
しまってよいものか、判断が分かれたのだ。
 コトーとしては撃沈してもよいとの考えだったが、何処から聞きつけたのか、カガリが猛烈な反対を示した
のである。カガリには、次期代表が内定しているとはいえ、現代表に意見する権限など持っていない。しかし、
アスハ家の後継者であると同時にオーブ政変の立役者である彼女の言葉は重いものがあった。

「カガリ様は何と言っておられるのか?」
「助けろ、の一点張りです。マ・クベ中将殿」

 会議の場には、ジオン地上攻撃軍の長ガルマ・ザビと片腕であるマ・クベの姿もあった。これは大西洋連邦
以上に、ジオンとの友好関係を維持しておきたいオーブの意図があるからだ。ジオンに一言もなく大西洋連邦
の要請を受け入れていたら、彼らの面目を潰す事になってしまう。

「随分といい加減なもので……」
「カガリらしいと言えばカガリらしい」

 皮肉を言うマ・クベに対し、やや好意的に受け取るガルマ。反応は正反対だ。

「我が軍とすれば、静観する立場を取りたいと考えております」
「そうしてくれると助かります」

 形式的な言葉を交わす両者ではあるが、それで問題が解決したわけではない。

「それで、実際どうしますか」
「どうもなにも沈めるべきだろう」
「カガリ様の我が侭だけならそれでいいだろう。が、相手が亡命を求めてきたらどうする」

 亡命者ともなれば無碍にすることはできない。それでも大西洋と事を構えるのに比べたら、カガリの我が侭
に付き合うわけにはいかない。

「助けたいのは山々だが、デメリットが大きすぎる」
「拿捕するともなれば、よけいに面倒が増えるぞ」
「カガリ様には納得してもらうほか無いな……」
「一個人として発言しても構わないか」

 一同が撃沈も止むを得ないという流れの中、話を聞いていたマ・クベが声を発した。

「相手の出方がどうであろうと、撃沈してしまうのが最良な選択であると考える」
「……マ・クベ殿、それは我々も分かって――」
「ただ問題は、その手段ではありませんかな?」
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「間もなくオーブ領海内です」

 チャンドラがなんとなく明るい声で告げる。未だにスローターダガーの編隊が襲撃してくる油断のならない
状況下ではあるが、一度オーブの領海に入れば、それも止む。後はオーブを通してアズラエルかサザーランド
に連絡を取って、事態を収拾してもらえばいいだけだ。

「本艦前方20に、多数の熱源反応! これは……艦隊です! オーブ艦隊!」

 その時、パルが緊迫した声で叫んだ。

「オーブ艦への発砲は厳禁。ヤマト准尉達にも伝えるように!」
「展開中のオーブ艦艇より通信が!」

 皆の期待を浴び、正面モニターに通信画面が開かれる。やや荒い画質で、艦隊司令らしき将校が映った。

『接近中の地球軍艦艇に通告する。我々は地球軍に対し、オーブの領海・領域の航行は認めているが、戦闘は
認めていない。直ちに戦闘行為を止めよ』

 この通信に歓声が上がる。これでキュリオスは攻撃を行う事ができない。一先ず逃げ切る事ができたと安堵
する一行だったが、次の会話を聞くと皆の表情が一変する。

『こちらは連合軍所属キュリオス。我々は脱走艦アークエンジェルを追いここまで来た。オーブ艦隊に協力を
要請する』
『脱走艦の対処は我々で行う。貴艦は直ちに戦闘行為を止めよ』
『待て、我々は協力を……』
『いかなる理由があっても、地球軍艦艇の領内での発砲は禁じられている。破った場合はオーブに対する敵対
行為と見なし、貴艦を攻撃する!』

 オーブ艦艇とキュリオスが交信を続ける。それ自体理解できないが、それ以上に内容は理解できなかった。

「地球軍艦艇にアークエンジェルは含まれていない?!」
「だ、脱走艦って、どういうことですか!?」

 チャンドラやパルだけでなくナタルまで混乱する中、押し黙っていたマリューが口を開いた。

「どうやら、既にオーブには話を通しているみたいね」
「なんということだ……!」

 ナタルは怒りを覚えながら吐き捨てる。ブルーコスモスがアークエンジェル撃沈の為にここまでやるとは。
何より、自分の判断で艦が危機的状況に晒されている事に腹が立った。

『脱走艦アークエンジェルに告ぐ。直ちに武装を解除して投降するように。繰り返す。武装を……』

 そして、キュリオスとの交渉を終えたオーブ艦艇から、降伏勧告が送られた。

「どうします。艦長!」

 振られたナタルは言葉に詰まった。オーブに行けば何とかなると考えており、まさかこのような状況に追い
込まれるなど夢にも見ていなかったのだ。

「そうだ! カガリ・ユラ嬢に連絡を取らせてくれ」

 アフリカの砂漠で協力したカガリの名前を出すが、オーブ艦艇から非情な通告がされる。

『警告に従わない貴艦に対し、我が国は強硬策に出る』

 とたんに砲撃が始まり、アークエンジェルに無数の砲弾が撃ち込まれる。その射撃は、アークエンジェルの
エンジン部分を正確に狙っていた。モルゲンレーテ社にはアークエンジェルのデータが残っている。その為に
オーブ艦隊は精密な射撃を行なう事ができたのだ。

「オーブ艦に通信を!」
「さっきからやっています!」

 オーブ艦からの一射がエンジンを直撃した。激しい衝撃に船体が揺れて、大きく傾く。あちこちから悲鳴が
上がる艦橋で、ナタルの横に立っていたマリューが吹き飛ばされる。

「1番2番エンジン被弾! 48から55ブロックまで隔壁閉鎖!」
「推力が落ちます!」
「高度、維持できませんっ!」

 あちこちから矢継ぎ早に報告が上がり、ナタルは唇を噛みしめた。甲板上ではストライクと105ダガーは
どうしたらいいのかと混乱している。
 絶望的な状況が続き、いよいよ覚悟を決めねばならないと感じ始めたそのとき、チャンドラが声を上げる。

「ッ!! 艦長、オーブ艦から電文が!!」
「直ぐに読み上げ……うわぁ!!?」

 激しく黒煙を噴出しながら、アークエンジェルは船体を傾けて落下していく。そして着水した瞬間、オーブ
艦隊からの一斉砲撃が白い艦艇を覆い隠した。