地球連合軍と戦う公国軍MSにとって戦艦や巡洋艦、あるいは輸送船とそれを護衛するMAが
宇宙空間における主な攻撃目標であった。
開戦前からMSを開発していたジオン公国では、様々なMSの運用方法が研究されてはいた。
しかし、その戦術が確立していったのは「世界樹戦役」以降の実戦経験を得た後のことである。
対艦攻撃におけるMSの優位性は、小型であることと、その高い機動性にあった。ミノフスキー
粒子散布下における戦場での目視戦闘はでは敵味方の交戦距離はおのずから接近する。それゆえ、
小型でめまぐるしく動きを変えるMSは、鈍重な地球連合軍艦艇に対して、有効な命中弾をより
早く与えることができたのである。
その一方で、公国軍にとっての課題は、「いかに戦術的優位を失わずに、少しでもMSの損傷を
軽減するか」ということであった。対艦攻撃におけるMS小隊のフォーメーションは、常にこの課題
を念頭において考案され、進化していくのである
「ライトニング2より各機へ、これより対艦攻撃に入る。フォーメーションを組め!」
「おい、クラウン……」
「調子に乗るなよこのヤロウ!」
クラウン機を先頭に、トライアングル・フォーメーションを形成しながら、三機のザクがアーク
エンジェルに迫っていた。
「いや~、一度言ってみたかったんだよ、コレ」
「ブツクサ言ってないで、さっさと指示出しやがれ!」
「はいはい」
僚機の文句に憂鬱になりながらも、クラウンは攻撃態勢を命じた。
両翼のウイングマンがバズーカを構え、クラウン機を追い抜く。体形は逆三角形へと変化、二機の
ザクはアークエンジェルの上方および下方から280mm弾を喰らわせた。離脱しようとする僚機に凄まじい
対空砲火が浴びせられるが、クラウン機が接近し、マシンガンによる制圧射撃によってことなきを得る。
そして隙を見計らい、一発、二発とバズーカを放った。クラウンの射撃により、攻撃機となっている二機は
回避行動を最小限に抑え、標準に集中することで命中率を高めることができたのである。
アークエンジェルの艦橋ではナタルは必死の形相で指揮をとっていた。
「敵弾来ます!!」
「回避ーッッ!」
絶叫とほぼ同時に、艦内がグラリと傾く。操舵手のノイマンはナタルの指示よりも早く回避行動を取っていた。
衝撃が艦内に響き渡る。一発は命中したものの損傷は比較的軽微だった。
「何をしている! 早くストライクとイージスを出撃させろ!」
「この状況でですか?!」
「PS装甲なら一、二発もらっても大丈夫だ! 盾になってでもアークエンジェルを守れ!!」
現在、アークエンジェルは降下シークエンスに入ったばかり。彼女が焦るのも無理な話だ。
そもそもアークエンジェルは、「実弾は迎撃・回避し、ビームはラミネート装甲で防ぐ」というコンセプトで
成り立っている。ラミネート装甲は、ビームのエネルギーを熱エネルギーに変換し、ビーム兵器を無力化できるが、
実弾となるとアガメムノン級より多少厚い程度。これ以上大きな損傷をすれば、大気圏突入は難しいものとなる。
あまりにも無茶な要求に、格納庫にいるマリューは半ば呆れて絶句した。
<ナタル! 貴女何を考えて……>
「今は緊急事態なんです大尉!」
唯でさえ大気圏突入には神経を使うというのに、このタイミングで戦闘をする破目になったのだ。
それに加え、アークエンジェルのクルーは正規の者ではない。そんな者達に艦を任せなければならない
という重圧がナタルの肩に圧し掛かっていた。
さすがのマリューも、彼女の悲鳴に近い叫びに渋々射出準備に取り掛かった。
「おいおい、いくらPS装甲だからって、冗談きついぜ……」
文句を言いながらも、射出体勢に入る。
普段は惚けているとはいえムウは軍人。自分がやるべきことは分かっていた。
「仕方ねえ! イージス出るぞ!」
その一方でキラは、
「あの人は……」
自分を捨て駒のように言うナタルへの不満が増していった。
「ストライク、出ます」
「おい、俺は夢でも見てるのか?」
「連合の戦艦は化け物か?!」
しっかり狙ったにも拘らず、バズーカの弾を戦艦が避けたことに、二人は困惑の色は隠せなかった。
「だったらコレならどうだ!」
二人とは対称的に、クラウンはヒートホークを構えると、アークエンジェルの艦橋目掛けて機体を動かす。
元々ヒートホークはゼロ距離対艦戦闘用の装備である。一見無謀とも思える行動だが、ジオン公国軍にとっては
至極当然の行動だった。
ここまでは、彼らにとって予定通りの展開であった。
しかし、そんな彼らにも敵艦から二機のMSが出撃したことは予定外の出来事であった。
アークエンジェルへ切りかかろうとしたクラウンは、横からの光源を咄嗟に受け止めた。
ムウのイージス、そしてキラのストライクがアークエンジェルを護るように展開したのだ。
「連合のMS!? そんなの聞いてねえぞ!」
“G”計画の存在はジオン内部でも一部の者にしか知らされていない。シャアが所属しているソロモンでは多少噂に
なっているが、月が本拠地である彼らはその噂ですら知らなかった。
射出されたストライクとイージスは、アークエンジェルの安全を確保するため、バズーカを持つコムとヨセフの
ザクを集中的に狙い始める。
「クソッ! バズーカじゃあ狙えねえ!」
公国では基本的にバズーカは対艦攻撃用。ミストラルならまだしもメビウスやMSともなるとバズーカで狙うには
速すぎた。エースクラスになれば狙うことも可能であるが、一般兵の彼らにそれを行なう力量は無い。果敢に攻撃を
行なうものの、ことごとく避けられてしまう。唯一、クラウン機がマシンガンを所持しているが、PS装甲の前では
歯が立たない。シャアのようにあらかじめ情報を得ていれば、クラウンも電池切れを狙っただろう。
そんな彼らに相対するムウもザクを仕留められなかった。善戦はするものの、後一歩のところでザクに逃げられて
しまう。地球の重力が彼を戸惑わせていたからだ。
「くっ……動きが!」
ムウは方向転換しようとするが、フットペダルが重い。
それでもイージスはビームを放つが、光の粒子は空しく虚空を貫いた。
ムウはこの状況下での戦闘はしたことがない、だが相手も条件は同じ。これを考慮すれば、クラウン達の力量は
ムウと互角である。操作技術だけならムウの方が上だが、MS乗りとしての経験は相手に一日の丁があった。改めて、
ムウはジオン軍の練度の高さに舌を捲いていた。
「ザフトとは大違いだな……っ?!!」
そんな状況でムウが目にしたのは、アークエンジェルから引き離されていくストライク。
「おい坊主!」
ムウの呼びかけが聞こえないのか、キラはビームライフルを一心不乱に撃ち続けている。
「なんで当たらないんだ!? ヘリオポリスでは当たってたのに!」
ザクとジンでは基本性能が違う。まして、ヘリオポリスの戦闘でジンは拠点攻撃用の装備していた。当然だがキラは
そのような専門的知識など持ってはいない。焦りと戸惑い、そして恐怖から次第に冷静さを失っていく。
「おい! 冷静になれ!!」
撃てど放てどクラウンのザクは紙一重で避けてしまう。そしてその光景はアークエンジェルでも確認されていた。
「ストライクは何をしている!!」
こみかめに青筋を立てたナタルの怒号が艦橋に響き渡る。
「ザクの注意を引き付けろと言ってるんだ!!」
ストライクはザクの誘いに乗せられて、アークエンジェルの防衛をおろそかにしてしまった。もっとも、キラ自身は
ザクをくい止めてるつもりなのだが……。
「私も出撃できれば……」
クリスがおもむろに呟く。メビウスでは危険との判断で、彼女はCICに入っていた。
「ザク来ます!」
「ヘルダート一斉発射!!」
艦橋後部の対空防御ミサイルが次々と発射される。すると、ザクがアークエンジェルから距離を置いたところを
イージスがビームサーベルで切りつけた。胴体を真っ二つにされてザクが爆散する。
「大尉……ありがとうございます」
ムウのフォローに感謝しながら、ナタルはノイマンの声を聞く。
「艦長! フェイズ3――突入限界点まで2分を切ります! 融除剤ジェル、展開用意!」
「ストライクとイージスを呼び戻せ!」
言いながら彼女は正面を睨みつける。
「コーディネイターとはいえ、所詮民間人か……」
その目線の先には、いい様に振り回されているストライクがあった。
その頃オルテュギアでは、メリオルが冷静に思い違いをしていた。
「カナードと互角……さすが“赤い彗星”」
モニターには高機動型と改良したF型の一進一退の攻防が映し出されている。
「シャトルの状況はどうです?」
「たった今、最後のシャトルが降下し終えました」
「……アークエンジェルのおかげね」
敵の目が完全にアークエンジェルと“G”に向けられている間、オルテュギアは避難民を乗せたシャトルの降下を
終えていた。本来ならばアークエンジェルの護衛をしなければならなかったが、メリオルとしては、シャトルの安全を
優先したかったのである。
「それにしても、なんて無様な戦い方なの……本当に完成品?」
モニターにはストライクが映っていた。
キラの素性を知る彼女にとって、彼の戦闘はあまりにも期待はずれなのだ。
「これならカナードの方が上よ……」
「大尉! メビウス三番機“カモノハシ”より打電! “ムサイ級を発見! これより攻撃にうつる!”」
報告を聞いたメリオルは、他のメビウスも攻撃に向かわせると同時に、ムサイがいる方角に主砲を放つよう指示する。
「母艦が落ちればさすがの“赤い彗星”も引くはず」
「大尉、アークエンジェルの降下を援護しますか?」
メリオルは首を振った。
「いいえ、今は敵の母艦を落すことに集中して」
戦況は新たな局面を向かえようとしていた。
打ち込んできたザクのヒートホークを、キラはシールドで受け、押し返す。クラウンは跳ね飛ばされながら発砲するが、
PS装甲に弾かれる。
「なんなんだこの装甲は……うおっ!」
ストライクがライフルを掲げ、照準を合わせてトリガーを引くが、ザクに避けられてしまう。どんなに狙いをつけて
撃っても機体を捉えられない。
「うわあああっ!」
キラは恐怖から闇雲にライフルを連射する。しかし、これが幸いしたのかついにザクを捉えた。一筋のビームが脚部を貫き
蒸発させると、ザクはバランスを崩し地球の重力に捕まった。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
<キラ! キラ、聞こえて!? オーバータイムよ、キラ!>
キラは興奮を抑えながら、セイラの指示でアークエンジェルに機体を向けた。
「げ、減速できない! 少佐ァ!」
クラウンは重力に引っ張られる中で、今正に着艦しようとしているMSを見ていた。
「そうはさせねぇ……こんな戦闘で少佐の……真紅の稲妻の経歴に傷なんざ……」
後部スラスターを吹かし、無理やり姿勢制御を行なう。
そして次にクラウンが取った行動は、自機をそのMS――ストライク目掛けての特攻だった。
次の瞬間、摩擦熱で赤く染まった機体がストライクと重なる。
「ク、クラウン! 少佐、クラウンが玉砕を……っ!」
ヨセフからそのことを知ったジョニーは、こみ上げる感情の全てをカナードにぶつけていた。
「なに!」
ジョニーは何を思ったのかヒートホークを投げつけた。それを容易くはじき返すと、今度はジョニーがマシンガンを
撃ちつつ至近距離まで迫っていた。ロケットエンジンを全快にし、爆発的に加速したザクを止めようとヒートホークを
振り下ろすが、ジョニーはなんとマシンガンで受け止める。カナードは構わず、マシンガンごと腕部を切断したが、
ザクの勢いは落ちなかった。
「があっ!!」
衝撃と共に叫び声が上がった。高機動型のショルダータックルを正面からもらい、カナードの機体全体に損傷を受ける。
「クソッ……姿勢制御がっ!?」
そしてAMBACがおかしくなったのか、思うように機体を動かせない。
そんなカナードに止めを刺そうとするジョニーに、プリムスから襲撃されている報を受ける。手元を見れば推進剤も
底を付きかけていた。このまま戦闘を続ければ帰還もままならなくなる。
「……チクショウ!! この真紅の稲妻が何てザマだ……!!」
彼にとって今回の戦闘は想定外の要素が多すぎた。凄腕のコーディネイターが護衛にいたこと、連合が独自のMSを
開発していたこと、そして新型艦に常識外の操舵手がいたこと等。
部下が散っていった辺りを見回すと、ジョニーは仕方なく撤退を決断する。
「クラウン、コム……すまん」
ジオン軍は撤退したものの、事態は最悪だった。ザクの残骸とストライクが大気圏に降下していく。
「キラ!」
「キラーっ!」
重力に引かれて落ちるストライクにサイとトールの叫んだ。
「高度90KM! 降下速度M22! もう制御不能です!!」
「外壁温度上昇、1千度から千五十度!」
これではストライクを収容することはできない。
「ハッチ……閉鎖」
ハッチを開いたままだと高温の大気で内部を焼かれるか、降下姿勢を保てなくなる。こうなっては、ストライクの
単独降下に賭けるしか望みはない。だが、何所までカタログ・スペックを信用できるかは誰にも分からなかった。
「本艦とストライク、突入角に差異! このままでは降下地点が大きくずれます!」
サイ達の表情が凍りつくと、再びキラの名を叫び始めた。
そんな中でナタルは恐ろしい考えを思いつく。
――ストライクを……キラ・ヤマトを見捨ててしまえ。
民間人、それもコーディネイターにMSを与えてたことを上層部、正確にはあの組織が知れば面倒になる。
今一番大事なのはナチュラルであるフラガ大尉が乗るイージスの戦闘データ。
ストライクを失うのは痛いが、二つを天秤のかければどちらを選ぶかは明白。ならば……
「バジルール少尉!」
艦橋に飛び込んできたマリューの声に、ナタルは正気を取り戻す。
「艦を寄せて! アークエンジェルのスラスターなら、まだ使える!」
「しかし、それでは艦の降下地点が……」
「私達には責任があるのよ! カシアス艦長の死を無駄にしないためにも……っ!!」
ナタルはパオロの名を聞いて、何かを思い出したようにその指示を承諾した。ノイマンは危ぶむような表情で、
スラスターを操作すると、ゆっくりとアークエンジェルがストライクに近づいていく。
「降下予定地点、ただちに算出!」
その間にも艦は横滑りするようにストライクへと進む。
すると、計算を終えたパルが上ずった声で叫んだ。
「本艦降下予定地点は……アフリカ北部です! 北緯29度、東経18度!」
それはザフトの勢力圏に降下することを意味しており、一同が凍りつくには十分であった。
――――地上編へつづく