Zion-Seed_51_第18話

Last-modified: 2007-11-19 (月) 18:09:33

「ここが、アラスカ」
 ムウの指が、モニター上の一点を指差す。その指をつつっと動かし、世界地図を横断していく。
「……で、ずうっと下がって……ここが、現在地」
 アフリカ大陸の北端、リビア砂漠に近い場所で指を止めると、手を下ろしため息をつく。
「やなトコに降りちまったねえ。みごとに敵の勢力圏だ」
 ナタルはムウの言葉に俯いた。
 たしかに降下するストライクは回収することができた。救出されたキラは高熱を発して、医務室に運び込まれているが、
コーディネイターである彼なら問題も無いだろう。しかし、アークエンジェルは自らの連合軍勢力圏内への予定コースを
放棄してしまい、クルーを新たな危機に晒すこととなった。これでアラスカにたどり着けなかったら本末転倒である。
 ナタルは暗い顔でカップの中身を一気に飲み干した。分かっている。これは自分の甘い決断の結果だ。自分はあの瞬間、
ストライクを見捨てる事を躊躇してしまった。上官のマリューの言葉に動揺したとも言えるが、それは言い訳でしかない。
艦の権限は艦長にあるのだ。どんな意見に左右されようが、艦を危険に晒した責任は自分にあった。
「私のミスです……」
 躊躇してはいけなかった。どんな犠牲を払っても、アークエンジェルとMSをアラスカに送るべきだった。
「あの状況だろ? 仕方ないさ」
 ムウはやさしく慰めるが、ナタルにとっては複雑だった。
「大丈夫です」
「それならいいんだが」
 腰を上げながら、
「じゃ、ちょっと坊主の様子を聞いて俺は寝るよ。君ももう寝な。艦長がそんなクタクタのボロボロじゃ、どうにもならない」
 そう言い残し、艦長室を後にした彼を見送ると、モニターの地図を見つめ今後について考える。
 アラスカへの直接降下が失敗した以上、早急に連合の勢力圏に入らねばならない。西に向かえばアメリカ大陸があるが、
ジブラルタルを突破しなければいけないので却下。ビクトリアは一ヶ月前にザフトが侵攻され陥落している可能性がある。
紅海を渡り東アジアに向かうルートは、途中をジオンが支配下にしている。特にカイロにはジオンのアフリカ侵攻軍が
残留していた。しかも総司令官はあのガルマ・ザビだ。数ヶ月前のリビア砂漠会戦において“砂漠の虎”と互角以上に渡り
合ったと聞く、とても現有戦力で突破できるとは思えない。
 そうなると残っているのは北上するルートだが、地中海もまたジオンの勢力圏。ジオンは空戦MSを有していないとはいえ、
強力な潜水部隊がいる。決して油断は出来ない。
「いずれにしても“砂漠の虎”をどうにかしないと……」
 一通りの思考を終えると、ふと鏡に映った自分を見た。
「……副官が欲しい」
 ナタルは自分より階級が上の仕官が3人もいる状況にやや疲れていた。

 シャアとの捕虜交換を終えた後、ヴェサリウスはプラント本国に帰還した。プラントに付くと彼らは歓声と共に迎えられた。
特にラクスとアスランは、囚われた歌姫とそれを救出した婚約者、というプロバガンダとして利用された。自分が英雄などでは
無いことを理解していたアスランは複雑な顔つきで行事を進めている。
 クルーゼは、そんな凱旋ニュースを自室で見ていた。
「いい気なものだなアスラン」
 秘蔵のワインを開けると、グラスにも注がずそのまま口につける。
「まだ酒を飲んでいたのかラウ……」
 異様な空気を出しているクルーゼに近づいたのは、彼の弟とでも言うべき存在であるレイ・ザ・バレルであった。
「ギルがクライン議長の所へ行った。説得の為にね」
「それで?」
「何を言っているんだ! ラウの部隊がラクス・クラインを助け出した。今がチャンスなんだよ」
「チャンスだと……?」
「そうさ! 名目上とは言え、あの部隊はラウの部隊なんだ! だから……」
「レイ、お前は私を笑いものにしたいのか?」
 アスランは自分とは違い手柄を立てた。クライン議長とアマルフィ議員の子供を救い出した功績は、自分が今まで立てた物とは
比較にならない。そんなクルーゼがアスラン・ザラという英雄を部下にするなど……。
「……今更、奴らを部下としては扱えんよ」
 そしてワインを口にする。
 そんなクルーゼを見ていると、体がはちきれるほどの悲しみがレイを襲った。
「もうやめてくれ! そんなラウなんて見たくない!」
 クルーゼの手からワインを奪い取る。
「ラウは僕にとって特別なんだ! 地下にMSがあるくらいのことは言ってくれよ!」
「そんなもの……有る筈がないだろ」
 レイの必死の説得もむなしく、どんどん腐るクルーゼ。だが、そんな彼を救ったのは実に意外なものであった。
『――救出されたラクス・クラインさんは、“赤い彗星”の名で知られるシャア・アズナブルに囚われていました』
 “赤い彗星”と言う言葉に、仮面の男は即座に反応する。
『ジオン公国を代表するエースパイロットから歌姫の救出を成功させたアスラン・ザラ。彼は、硬直状態にある現在の戦況を
打破する存在かもしれません。今後の活躍が期待されます。以上、ベルナテッド・ルルーがお伝えしました』
 場面が切り替わった液晶を見ながら、クルーゼは狂ったように笑い出す。
「クククッ……聞いたかレイ、アスラン・ザラ様はあの“赤い彗星”を手玉に取ったそうだ……」
 ――マズイッ!!
 このとき、レイの直感はそう感じていた。
「アスランが私を差し置いて奴と……」
 クルーゼは、ゆっくりとワインを持ち上げると、テレビ目掛けて叩きつけた。
「ふざけるなあぁぁぁっ!!!!!」
 レイは、ここまで感情をあらわにしたクルーゼを見るのが初めてだったせいか、思わず身震いしてしまう。
「ラ、ラウ、落ち着いて……」
「マスゴミの分際でいい加減なことをっ!!」
 手当たり次第に物を投げるクルーゼ。もはや収拾がつかない。
「ギルーッ! 早く帰ってきてくれーっ!!」
 こうしてクルーゼはザラ派に見切りをつけ、クライン派になることを決意するのだった。

 歌姫救出の功績からクルーゼ隊は休暇を与えられることとなり、各々が家に帰っていく中、アスラン、ラクス、ニコルの
3人にはホテルが予約されていた。
「起きてたのか、ニコル」
 ホテルの一室で、一人思い吹けるニコルにアスランは声をかける。
「どうしたんです。こんな夜更けに……」
「お前に謝りたい」
 そして頭を下げた。
「俺がミゲルのシグーを上手く使いこなしていれば、お前をジオンの捕虜なんかに……」
「アスランが誤ることではありません。むしろ捕虜になったのは貴重な体験でした」
「そうか……そう言ってくれるとうれしい」
 アスランはニコルの言葉にホッとした。ここ1ヶ月で色々なことがあった。特に地球連合のMSに乗っていたキラ・ヤマトの
存在が頭から離れない。あの心優しい友人があろうことかMSのパイロットになっている。それだけでアスランの心をなにかが
締め付ける想いがする。
「……最近、疲れるんだ。クルーゼ隊長は査問から戻ってこない……」
 アスランはここぞとばかりに愚痴をこぼす。父やイザーク達といった自分の胸のうちにある不満をニコルに打ち明けた。
こんな話ができるのはニコルだけだし、なにより今日の疲れが尾を引いていた。
「……それにラクスは寝かせてくれないし」
「……」
「ち、違うぞ! そんな意味じゃないっ!!」
 慌てふためくアスランを見ながら、ニコルは思わず笑ってしまう。
 そんなアスランに、ファルメルであったことを話そうと考えた。
「アスラン、僕は……」
 ジオンとの戦争に疑問を持っています、そう言おうとする。
 しかし、彼がユニウスセブンで母を失っていることを思い出すと、喉まで出掛かった言葉を飲み込んだ。
「いえ、何でもありません」
 結局ニコルは、何も話せぬまま夜が明けるのだった。

 次の日――ニコルは朝一番で父ユーリに面会を求めた。
「お聞きしたいことがあります」
「何だ?」
「父さんは、ギレン・ザビの言葉は嘘だと言いましたね。クライン議長が嘘を付いている可能性はありませんか?」
「無いな。ありえない」
「分かりました。ならば、あのコロニー落しでプラントがジオンに宣戦布告する必要は?」
「何が言いたいんだ」
「僕が聞きたいのはジオンにいる同胞のことです」
 “ジオンにいる同胞”
 その言葉を聞いたユーリは不快そうな表情をする。
「なぜプラントは彼らを見捨てたのですか」
「ニコル……我々が見捨てたのではない、彼らが進んで出て行ったのだ」
「同じことです! 何故コーディネイター同士が戦わなくてはならないのですかっ!」
 ユーリは黙ったままニコルを見ている。
「確かにユニウスセブンを、あんなことに使ったのは許せない。でもジオンと戦争をするのはいき過ぎではないのですか」
 ニコルにとって、デザインベイビーの存在は衝撃的だった。そしてこの出会いがニコルを突き動かす。
 昨夜ニコルは、プラントからジオンへ亡命した人々についてできる限り調べ上げた。すると彼らの大半がプラントで白眼視
されているナチュラルの配偶者を持つ者やハーフコーディネイター、婚姻統制によって結ばれなかった者、そしてあのジオン兵
のようにコーディネイトに失敗したデザインベイビー達であることをニコルは知った。
「国民の相違だ」
「ザラ国防委員長のプロバガンダの結果では? 議会でも真っ先に戦争を主張したと聞きます」
「違うな、最初に主張し始めたのはラクス嬢だ」
「そうでしょうね……でもそれはあくまで非難です。戦争を望んだのではない」
「ニコル……」
「ザラ委員長がラクスの言葉を都合のいいように利用したんだ!」
「いいかげんにしないか」
「ジオン公国と同盟を続けていたら、連合との戦争はもう終わってたかもしれないのに……っ!!」
 部屋に乾いた音が響き渡る。
「あ…」
 ニコルは平手で張られた頬に恐る恐る手を添える。父ユーリは、ニコルに対して今まで一度も手をあげたことがなかった。
そして感情を押し殺すように、ゆっくりと口を開く。
「お前は明日付けで開発部に配属される」
「えっ!?」
「戦闘で目に障害が残ったことにした。これでもう前線に行くことはない。今後はテストパイロットとしてプラントの為に尽くしてくれ」
「ま、待ってください、僕はっ!!」
 次の瞬間、ユーリはニコルを抱きしめていた。その目に涙を溜め、感情を押し出しながら。
「もう私と母さんを困らせないでくれ……」
 ニコルは、父の言葉にそれ以上かける言葉が思い浮かばなかった。

「――どうかな、“大天使”の様子は?」
 上官の声に、赤外線スコープを覗いていた副官のマーチン・ダコスタが顔を上げる。
「はっ、依然なんの動きもありません!」
 返事の先には長身で精悍な男がいた。砂漠用の迷彩服を着て、面長な顔は日に焼け、片手にコーヒーの入りのカップを持つ
その姿は、独特な野性味を漂わせている。
「地上はNジャマーの影響で電波状況がめちゃくちゃだからな」
 この男こそ、ザフト地上軍において屈指の名将であるアンドリュー・バルトフェルド、またの名を“砂漠の虎”であった。
「『彼女』はいまだスヤスヤとお休みか……」
 バルトフェルドは面白そうにコーヒーを口にすると、満足そうに頷いている。
「んっ!? ……これはいいね、次はシバモカあたりでためしてみるかな」
 自己流ブレンドに満足すると、カップをダコスタに渡し、口を開いた。
「では、これより地球連合軍新造艦アークエンジェルに対する作戦を開始する! 我々の目的は、敵艦および搭載MSの戦力評価だ!」
「倒してはいけないのでありますか?」
 部下の声に、バルトフェルドはとぼけた返事を返した。
「まあ、そのときはそのときだが……ただ、あれの戦力はいまだによくわかっていない。クルーゼ隊はジオン軍の介入の所為で
情報を集められなかった。甘く見ていたら痛い目にあうかも知れんぞ」
 ここでバルトフェルドはひとつ間を置く。
「もっとも、“赤い彗星”よりは楽だとは思うがね」
 その返事に部下たちがどっと笑った。しかしその中に油断をする者は一人としていなかった。
「諸君!」
 その一言でその場にいる全員の顔が引き締まる。
「天から降りてきた“大天使”に砂漠戦の恐ろしさを教えてあげようじゃないか」
 ここにいる者は、かつてリビア砂漠会戦を経験した者達である。あの会戦において、彼らはジオンの底力を嫌というほど
味わった。“青い巨星”や“熱砂の蜻蛉”というエース達との戦闘で、彼らは多くの仲間を失ったのだ。コーディネイターが
ナチュラルを相手にしてである。ナチュラルがコーディネイターを勝るはずがない。そんな浅はかな考えが蔓延していた
ザフト兵達は、頭をハンマーで殴られるような衝撃を受けた。そして、これは次第に『戦場では死は平等』という教訓に繋がる。
 バルトフェルドと兵士達の間には奇妙な連帯感、ナチュラルであっても決して油断はしないという雰囲気が漂っていた。
「さあ、戦争だ。やるなら派手な方が良い」

 販売機の前で、ナタルは神妙な顔をしていた。
 緑茶にするか紅茶にするか、普段なら即座に決めてしまうのだが、今日は珍しく悩んでいた。
(ヤマト少尉かマッケンジー中尉か……)
「堪えてるみたいだな」
 悩める艦長に後ろからムウが声をかけると、おもむろに紅茶のボタンを押す。
「あ……」
 取り出した緑茶をナタルに渡す。
「やっぱ少尉には、荷が重いかな」
「そんなことは……と言ったら嘘になりますね」
 艦長という重責は実際に艦長席に座り指示を出して初めて感じる。ナタルもそれは同様だった。ムウとクリスはパイロット、
マリューは技術士官。結果的にナタルが指揮全般を請け負う形となってしまう。副長がいないことに加え、ムウ達上官への配慮で、
ナタルへの負担は大きくなっていた。
「すまんな。艦長に負担がかかっちまって……」
「いえ、私はカシアス艦長からアークエンジェルの任されたのです。音を上げるわけにはいきません」
 本音を言えば音を上げたいのだが、そんなことをすれば士気に関わる。
「ところで……」
 手にしたドリンクを一飲みするとナタルは話題を変えた。
「大尉から見て、ヤマト少尉はどう思います?」
「よくやってんじゃないの、シミュレーションも無しであそこまでストライクを動かせるなんて。さすがコーディネイターと言った所か」
「そうですか」
「どうした、藪から某に?」
「私はキラ・ヤマトをストライクから降ろそうと考えています」
 思い切った発言にムウは目を丸くする。
「彼は軍人としての資質に欠けています」
「たしかに、この間まで民間人だったからな。でもコーディネイターだから少し時間をかければ……」
「そんな余裕はありません。今後はマッケンジー中尉に乗ってもらいます」
「坊主にはスカイグラスパーに乗ってもらうのかい?」
 スカイグラスパーはストライクの支援用に開発した機体で、ストライカーパックを装備することができる。基本スペックも高く、
パイロット次第ではMSと互角以上に戦うことも可能な多目的戦闘機である。
「そうなることも視野に入れなければなりませんが……」
「……高望みはできんか」
「我々は戦術的にもっと柔軟性が必要なのです。素人である彼がこれ以上……」
 言葉を言い切る前に警報が鳴り響いた。
<総員、第二戦闘配備発令! くり返す、第二戦闘配備発令!>
 突然の事態に二人は、ドリンクをダストボックスに投げ捨て自分の持ち場に走った。
 そんな二人がいなくなると、通路の影から人影が現れる。24時間高熱にうなされ、友人たちの看病でやっと覚醒したキラだった。
 ナタルに嫌悪感を感じていたキラは、ナタルの声に思わず通路の角に隠れると、二人の会話を聞いてしまったのだ。
「ナタルさん、あなたは何で……」
 キラは呆然と立ち尽くすと、次第にナタルに対して沸々と怒りがこみ上げてきた。自分はこんなにも頑張っているのに、
あの女は文句しか言わない。自分がコーディネイターという理由で敵視して艦の盾にする。ヘリオポリス崩壊の元凶を作り、
こんな状況を作ったのはお前じゃないのか?
「もうたくさんだ!」
 もう我慢の限界だった。キラは拳を壁に叩きつけると格納庫へ向かった。

「状況は!?」
 ブリッジへ飛び込んで来たナタルに、チャンドラとカズィが答える。
「敵第一波、ミサイル攻撃六発! イーゲルシュテルンにて迎撃!」
「砂丘の影からの攻撃で、発射位置、特定できません!」
 こんなことなら偵察機の一つでも飛ばしておけばよかった。
 後悔先に立たずといった状況だが、ナタルは冷静を装っていられた。
「スカイグラスパーは飛ばせるか?」
「直ぐには無理です。現在、マードック軍曹の方で弾薬の積み込みを行っています」
「仕方がない……第一戦闘配備発令! 機関始動! フラガ大尉、ヤマト少尉は、搭乗機にて待機!」
 こうして、彼らにとって初めての地上戦が始まった。
 これがナタルにとって最悪の戦闘の始まりであることも知らずに……。

「俺のイージスは元気かい?」
「調整終わってますよ。宇宙とは違いますから気をつけてください」
 MSデッキでは整備班が慌しく動いていた。
 その中でキラが来たこと気づいたマリューは、駆け寄ってストライカーパックがランチャーに変わっていることを告げる。
「エールは大気圏突入の熱で少し破損してるの。急ピッチで直してるんだけど人手が足らなくて……」
「分かりました」
 ランチャーストライカーは開発されたストライカーパックの一つで、遠距離の砲撃戦に特化した物だ。エールに比べれば
機動性が落ちるが、320ミリ超高インパルス砲、通称“アグニ”を備えており、MSの武装では最強クラスの破壊力を誇る。
「空は飛べないのか……砂漠用には、調整できてるんですか?」
「それは……クリスッ!!」
 マリューの叫び声に、ストライクのコックピットから顔を出したクリスは、両手で×を作る。
「イージスの調整に時間が掛かったようね。ランチャーはエールと勝手が違うけど、基本は同じだから――」
 申し訳なく言うマリューだったが、ふとヘリオポリスでの出来事を思い出す。
「――キラ君なら調整できない?」
「無茶言わないでください。砂漠なんて初めてなんですよ」
 妙案だとは思ったが、即座に否定されてしまった。
 キラはまるで誤魔化すように、彼女から視線をスカイグラスパーに変えた。
「それより、ストライクがこんな状態なら、空からの援護の方がいいと思いますけど」
「……それもそうね。軍曹、弾薬の積み込みにどれくらい掛かる?」
「十分ですかね」
 マードックの答えに、マリューは五分で終わらせるよう命令した。

「5時の方向に敵影3、ザフトの戦闘ヘリと確認!」
 トノムラとチャンドラが代わる代わる現状報告を行なった。
「ミサイル接近!」
 それを受けナタルの命令を出した。
「フレア弾散布! 迎撃!」
「ダメです。ロストしました!」
 フレアによってかわすことはできたが、そう長くはもたない。
「クッ! ……トノムラ軍曹、情報は正確に頼む!」
 現在、艦橋にいる彼女はCICの指揮も行なっていた。ムウやクリスはもちろん、他に手の開いている人員が居らず、
インカム越しに指示を出すことになってしまったのだ。
<発進命令はまだか?>
 そうこうしている間にイージスから通信が入った。
「相手の勢力も分かっていないうちは無理です!」
 ナタルが制止するが、ムウは反論する。
<だからと言って、このままじゃ埒が明かんだろ!>
「……わかりました。イージスは発進してください」
 アークエンジェルよりイージスが発進するのと平行して、敵の正体が判明する。
「TMF/A-802……ザフト軍MS“バクゥ”と確認!」
 ザフト軍が地上作戦用に開発した機体“バクゥ”。背中には400ミリ径13連装ミサイルランチャー、もしくは450ミリ2連装
レールガンを装備した獣型MS。最大の特徴は四本足、つまりは砂漠戦において特化した機体であることだ。
 この陸の王者の前では、さすがのXナンバーと言えど苦戦は間違いなかった。

 イージスがカタパルトから打ち出されたのを狙ったのか、突如現れた戦闘ヘリがミサイルが放った。ムウはそれらをシールド
で防ぐと、すれ違いざまに一発。そして着地と同時にも発砲し、三機中二機の戦闘ヘリをしとめる。残ったヘリは慌てて後退し、
砂丘の影に隠れてしまう。砂漠と聞けば、遮蔽物が少なく敵を発見しやすいイメージがあるが、実際には高低のある砂丘のおかげ

でそれを困難にしていた。さらに、調整したとしても細かな砂が、否応なくMSの足を取ってしまう。
「シミュレーションでもしたことねーのにっ!」
 元来MA乗りであるムウに砂地は辛いものがあった。
 成れないイージスに、戦闘ヘリは別方向から姿を現すと、再びミサイルを撃つ。直撃はしなかったものの、爆風が砂を巻き上げ
視界を悪くしてしまう。これでは狙いをつけることができない。
「チィッ!」
 ジャンプして上空から狙い撃つ方法はあるが、重力下では機体を飛びつづけさせるだけの推力はない。
「待ちの一手かな」
<大尉、バグゥが来ます! 気をつけてっ!!>
 砂丘の向こうから黒い影が躍り出た。
「……冗談きついぜ」
 砂漠の上を高速で移動していくバクゥに狙いを定めるが、ビームはなかなか当たらない。逆にイージスが左右のバクゥから
放たれるミサイルとレールガンの十字砲火を受けてしまう。PS装甲でなかったら既に死んでいる程の火力だ。
 たまらずスラスターを吹かして上空に逃げると、ムウは多少の被弾は覚悟の上で、再度バクゥにライフルを向ける。
「そこだぁっ!!」
 イージスのビームはバクゥの翼を貫いた。破壊には至らないが、やっと相手に損傷を与えたことに思わず笑みを浮かべる。
 バクゥは直も砲撃を行うが、アークエンジェルまで接近することはなった。
「後退? いや、誘ってるのか」
 バクゥには格闘武器がない。あるとしたら体当たりぐらいだが、先程の砲撃でそれは通用しないと気づいたのだろう。
「コーディネイターの癖に慎重だな。だが、俺も慎重なんでね……アークエンジェル、聞こえるか」
<聞こえます>
「あの調子だと、向こうは様子見みたいだ」
<そのようです。こちらもスカイグラスパーで敵の戦力を確認させます>
「坊主が乗るのか? いざとなったら援護を頼む」

「どうやら誘いには乗ってこないみたいだね」
「それにX105、ストライクが出てきません」
「ふーむ……」
 バルトフェルドは腰に手を当て、しばし考えると、
「バクゥを下がらせたまえ。」
「よろしいのですか」
「戦力評価が目的と言っただろう」
 MSへの攻撃は、これ以上無意味と判断した。
「今度は大天使が目標だ。レセップス、砲撃……」
「待ってください! 大天使から何かが発進しました。データに無い機体です」
 スコープで確認すると、戦闘機が一直線にバルトフェルド達に向かって来た。
「砲撃中止! 対空戦闘用意!!」
 急ぎ早に指示を出すと、レセップスの対空砲が戦闘機に向けられる。
 そして戦闘機――スカイグラスパーに向けての集中砲火が始まった。

「邪魔だあぁぁぁっ!!」
 何かが弾ける音が、キラの体の奥底に響きわたった。
 次の瞬間、スカイグラスパーに襲いかかる対空砲火をキラは全て回避する。

 目の前で起こった出来事は信じられないものだった。あれ程密度の濃い集中砲火は、たとえコーディネイターであっても避け切ることは
不可能に近い。ザフト兵達は皆、驚愕の表情で迫り来るスカイグラスパーを見上げた。
「全員衝撃に備えよ!!」
 ダコスタはミサイルの一発も覚悟した。しかし、スカイグラスパーはレセップスを無視し、南西の方角に飛んでいってしまう。
「何がしたかったんだ!?」
「罠なんじゃないか!」
「ナチュラルの考えることは分からん」
 誰もが、疑問符を投げかける中で、
「あれがナチュラルのしわざだと……」
 バルトフェルドだけが何かを考え込んでいた。