Zion-Seed_51_第25話

Last-modified: 2007-11-12 (月) 18:06:21

『ノリス、久しぶりです。
 元気ですか? 私はとても元気です。
 私が日本に来てから、もう半年が経つのですね。
 日本に来たときは右も左もわからない毎日で……

 ―― 中 略 ――

 ……日本の水があったのか、兄の体は良好です。
 今日もMS開発(?)に勤しんでいます。
 ザクにビーム兵器を持たせたり、水中用MAを開発したり。
 どうやらこちらの技術者達と波長が合うようです。
 話は変わりますがノリス、あなたは“キャプテン・ジョー”というドラマをご存知ですか?
 昔から続く番組なのですが、こちらにこのドラマが好きな少尉さんがいて……』

 以後、ディスプレイに映った女性はその少尉の話を永遠と続けている。
 それを見ていた屈強な男は、雛鳥が巣立つ思いに駆られていた。
「アイナ様に思い人が出来たか……」
 その男――ノリス・パッカード大佐はジオン公国欧州方面軍に所属する生粋の武人であると同時に、
ビデオメールに映っていた女性の一族、サハリン家に忠誠を誓った人物でもある。
 彼が仕えるギニアス・サハリン技術少将はデキン・ソド・ザビ公王直属の開発局にいた人物だ。
本来ならば本国で新兵器開発に終始するはずだったが、ある日提案した計画が彼の人生を変えた。
この計画とは巨大MAでアラスカを急襲するという物だったが、そのあまりにも荒唐無稽な計画は
デキン公王ですら呆れ果て、その案を一蹴してしまう。
 それでも諦めきれないギニアスは、デキン公王ではなくギレン総帥に直談判する。ギレンは彼の
話に少しばかり興味を持ったが、それはかつて親交のあったサハリン家への建前でしかなかった。
これが硬い岩盤に覆われた要塞攻略に使用するならまだ理解できただろうが、アラスカは其処まで
強固な基地ではない。わざわざ立てる計画ではなかったのだ。
 この事が切っ掛けで、ギニアスは地上に左遷される。初めはオデッサで局地戦用のMS開発に
関わり、それを終えると友好国になるであろう極東の島――日本への技術顧問として、妹のアイナ嬢
とともに飛ばされた。
 日本にはノリスも同行するはずだったが、欧州方面軍司令ユーリ・ケラーネ少将の願いもあり、
ノリスだけはオデッサに留まっていた。
「大佐ーっ!」
 部下のハンス・ディフリップ少尉が駆け寄ってくる。
「B-3、H共に用意終えました。直にでも発進できます」
「よし。他の者にも搭乗させろ。新型が着たからな、今日は荒っぽくいくぞ!」
「勘弁してくださいよ大佐……ところで大佐の機体はB型でよろしいのですか?」
「使い込んだ機体の方が体に馴染むのでな」

 ノリスの乗るMS-07B-3はグフのカスタムタイプである。グフに汎用性を持たせるべく固定武装を配し、
外付けの3連装35mmガトリング砲および、火力強化のための75mmガトリングシールドを装備した機体だ。
 その発展型であるのがMS-07H8グフ・フライトタイプ。公国初めての飛行可能なMSである。
 空中用MSはジオンにとって鬼門であり、ザフトに遅れをとっていた。だが、リビア砂漠会戦で
鹵獲したディンの技術を組み込むことでその成功を収めたのである。
 ノリスはこの2種類のMSで演習を行なう所であった。
「大佐聞きましたか?」
「何の話だ」
「一昨日こっちに降りてきた連中ですよ」
「フラナガン機関の連中か……」
 フラナガン機関はキシリア・ザビによって創設されたNTの研究機関で、NTの軍事利用の為の研究を
行っていた。そんな機関の連中がオデッサに降りてきたので、基地内では話題になっていた。
「NTの地上試験だ、とか言ってましたがホントなんですかねぇ」
「……地上試験――」
 ――まるで機械のような物言いだな。
 思わず言いそうになった言葉を飲み込む。
「そういうことを言うな。仮にもキシリア様の直属機関だぞ」
 自分には関係ない。そう思っていたのは、格納庫に着くまでだった。ウォルター・コーラー軍曹が
所属のわからない男達ともめているのである。
「騒がしいな。どうした?」
 ノリスは仲裁に入った。ウォルターもまた自分の部下の一人だからだ。
「あっ! 大佐、何とか言って下さい。この連中が07Hを横取りしようとしているのです」
「聞き捨てならんことを言わないでほしいな軍曹」
 静かな口調で話す男は自らをフラナガン機関の者だと名乗った。
「我々はキシリア様の特命を受けている。このMSをただちに明け渡してもらう」
「勝手なことを言わないでください。我々はこれからこの機体で演習を行なうのです」
「それは我々には関係ない」
 ハンスの反論に、男達は聞く耳持たない。あまりに勝手な言い分にハンスとコーラーは怒り浸透と
いった具合だ。ノリスは部下を制止すると男達と向き合った。
「君らが特命を受けているなら、然るべき書類があるだろう。それを基地指令に提示すれば必要な補給を
受けられるはずだ」
「既にケラーネ少将には渡している。少将からは好きにしろと言われたが」
「そうだとしても、これから我々が……っ!」
「ハンス、控えろ! ……そういう事ならば問題ありません。しかし我々にも都合があります」
「1機だけで構わんよ。後は好きにすればいい……いくぞ」
 そう言い残し、彼らは去っていく。その時、
(んっ?)
 彼らの中に一人だけあどけない少女が居ることにノリスは気づく。色白で空色の髪、赤い瞳などから
コーディネイターを連想させるが、連中はNTを連れてきたと聞く。おそらくアルビノなのだろう。
(まだ子供ではないか……)
 こんな子供を戦場に立たせようとするフラナガン機関を、ノリスは不信に思うのだった。

 世界樹――L1宙域に浮かぶコロニー群の総称である。
 今だ記憶に新しい世界樹戦役が行われ崩壊、その後多数のデブリ帯となってしまったこの宙域に
1隻の巡洋艦が航行していた。
「中佐。やはりメンデルを探索するべきではありませんか?」
 シャアはポツリと言葉をもらしたマリガン中尉を見直した。
 やや細い体でいかにもエリート出といったところだ。艦長かつシャアの副官という慣れない立場に
まだ困惑している様子が見て取れる。
「いや、この宙域だ。私の勘もそう言っている」
「それだけですか?」
 直感というあやふやなもので隊を動かしてなのか。思わずマリガンは聞き返す。
「何か問題があるかね?」
「い、いえ……」
 やや突き放すような態度のシャアに、マリガンは畏縮してしまうのだった。

 ヘリオポリス崩壊からソロモンへと帰還したシャアは中佐になった。連合のMS開発に結晶である
“G”そのものを鹵獲しての凱旋は、シャアだけでなく、ドレン以下全員の1階級特進となった。
 サイコミュ試験を終えたララァは月のフラナガン、シャアはジオン十字勲章を受け取り、別の任務へと
回される。“赤い彗星”の腕を必要とする事件が起きたからだ。それはジオン本国で開発されていた新型
MSが奪われるというものだった。皮肉にもヘリオポリスで敵MSを鹵獲したのと同時期にである。
 厳重な本国からMSを奪うなど内部から手引きした人間がいるはずで、案の定犯人は直ぐに捕まった。
反ザビ家のダイクン派軍人だったのである。このことをある伝から知らされたシャアはいち早くMS奪還
任務に手を上げた。自身も新型MSを与えられて。
「しかし中佐も災難でしたね。休暇の一つも貰えると思ったら、こんな任務を任されて」
「それを言ったら俺達だってそうさ。サイド3でゆっくりしてたのに……」
 軽口を叩く二人はアンディとリカルド両少尉だ。ドレンよりも前にシャアの部下として働いていた叩き上げで、
そのMS操縦技術は超一流でもある。
「それは悪かったな。私の推薦だったが」
「おおっと! 中佐、そいつを言わんでください」
 2人の態度にマリガンは溜め息を吐く。エリート出身は彼らのような者の対応を知らない。
「中尉殿もシャア中佐の下にいたら大船にいるつもりでいてくださいよ」
「あ、ああ……」
 そんな中でシャアは、この宙域にある意思のようなものを感じ取った。
「これは“悪意”? 違うな“慢心”とでも言うべきかな」
「中佐……?」
 マリガンが不思議そうにシャアを見る。
 アンディとリカルドはシャアの意図に気づいたらしく険しい表情を見せた。
「敵ですか!?」
「そのようだ……マリガン! 私の機体を用意させろ。出撃するぞ!」
 シャアの新しい部隊での初陣が始まる。

「早い!」
 アンディとリカルドの乗るザク改がジンに翻弄されているのを見たシャアは舌を巻いた。
 “慢心”という不愉快な感情を戦場に持ち込む時点で相手がザフトであることはある程度予想できたが、
搭乗した機体が全てジン・ハイマニューバであるのは想定外だった。
 ジン・ハイマニューバは旧式化したジンに近代化改修を施し、加速性能、航続距離を向上させた機体だ。
ザクに対抗する為に改修され、機体性能はザクを若干上回る。そんな機体が12機……。
「どうやら精鋭らしいな……アンディ、リカルド、お前達は艦を護れ」
「いいんですか!?」
「構わん。“ゲルググ”の試運転には丁度いい」

 ミハイル・コーストは不愉快だった。別に目の前にいる相手が“赤い彗星”を思わせる赤い機体に
乗っていたからではない。このジオン兵はたった1機で精鋭である自分達と戦おうとしている。その事が
なによりコーストの機嫌を悪くさせた。
「いるものだな。新型だからといって、単機で動く愚か者が……」
 コーストは眉間にシワをよせ、自信たっぷりに言った。
「まずは貴様から処理してやる!!」
<ほう……ずいぶん自身があるのだな>
 相手の声を聞き、益々不愉快になる。だが自分は“ドクター”の異名を誇るエース。それを出さずに
余裕を持って相対する。
「そのMSがどんな力を持っているか知らんが、この私の指揮する部隊に勝てると思うな!!」
 掛け声と一緒にジン・ハイマニューバは散開した。
 シャアはそれを目のあたりにしながらもまったく動じない。ゲルググを旋回させると、この機体が
ジン・ハイマニューバ以上の性能を持つことに早くも気づいてしまったからだ。
 機体を加速させたシャアは、振り向きざまに引き金を引く。二筋の光がジン・ハイマニューバを貫いた。
「私に会った不幸を呪うがいい!」
<ビーム兵器かっ!>
<ええぃ、囲い込め!>
「無駄なことを……」
 不用意に近づいてきた2機を、今度は光の刃が切り裂くと、更に後ろに回りこんだ敵をライフルで撃つ。
「これで四つ……次だ!」
 新たな標的に狙いを定める。
「五つ目!」
 まるでビームに自ら当たりに行くようにジン・ハイマニューバは落されていく。
<バ、バカな! 奴はこちらの動きが読めるのか!!>
 先程までの余裕は何処へ行ったのか、コーストはあまりにも圧倒的な敵の強さに戦慄を覚えた。
<こんなことがあってたまるかよ!!>
<“彗星”だ! コイツは“赤い彗星”だぁーっ!!>
<た、隊長! 助けてください!!>
 ゲルググ――型式番号YMS-14、シャアに渡された新型MSである。機体自体は先行量産型であるが
その性能は計り知れない。ザクに代わる次期主力MSとして造られたこの機体はエネルギーCAPを
搭載したビームライフルと、近接用兵器としてのビームサーベル――正確にはビームナギナタを装備
しており、機体性能はXナンバーをも上回っている。それにはある理由があるのだが……。
「これで九つ!」
 爆光がまた一つ。気が付けばコーストの周囲には、自分も含め3機しか残されていなかった。
<9機のジン・ハイマニューバが3分もたたずに……>
<隊長、どうするのでありますか?>
<後退する!>
 この理不尽ともいえる屈辱に身を震わせながらコーストは叫んでいた。
 12対1という圧倒的なまでの数的優位にもかかわらず、敗北をきっするなど自分のプライドが許さない。
<ちっ、この私がオペレーションミスなど!! この借りは必ず返す……ジオンのMS!!>
 コーストの航跡を追って、残りのMSが後を追った。気のせいか、逃げ足は誰よりも速いように見えた。
「さすがです中佐」
「腕を上げた様子ですね」
 褒め言葉を受け適当に相槌をうつ。
「マリガン。お前の言うとおりこの宙域を離れるぞ」
<ええっ! いきなりですか?>
 この戦闘の最中、自分を狙うシャアは殺気を感じ取っていた。
 ザフトではない第三者の気配、間違いなく目標だろう。
「泳がせてみるのもいいだろう」

 シャアの乗るザンジバル級が宙域を離れるのを確認すると、漂うデブリの一つに張り付いていた
シャトルから安堵の声が聞こえてきた。
「行ったか……」
「そうみたい」
「ひとまず良かったと言うべきかしらね」
 彼らは傭兵だった。皆フリーの集まりだが、ある男と仕事をするときだけある部隊名を名乗っている。
 ――サーペントテール
 蛇の尾を意味する名は、裏側の世界では、かなりの名で通っていた。
「それにしても“赤い彗星”が追っ手かよ」
「劾……どうなんだ?」
 叢雲劾――彼がこのチームのリーダーだ。コーディネイターであり、戦闘能力はかなりのものである。
雇い主に切り捨てられ、どんな絶望的な戦場でも彼は生き残っていた。
「奴に勝てるのか? 俺は、正直言って手も足も出ないだろう。だがお前なら……」
「難しいな」
 予想を反した劾の返答に、仲間の1人であるイライジャ・キールは落胆した。イライジャは精神的に
弱い部分があり、今の戦闘を目の当たりにして先行きが不安なのか、やや瞳が潤んでいる。
「ブルーフレームでもだめか?」
 イライジャに代わって聞いたのが2人目のリード・ウェラー。隊の情報収集担当だ。
「奴がザクに乗っていればやれんこともないが……あの新型の性能は桁外れだ。正面からの戦闘では
歯が立たんだろう」
 彼の乗る機体は、ある任務の際に手に入れた特殊なものだ。性能面では連合のXナンバーとほぼ互角。
赤い機体――ゲルググを相手にするにはやや不利だった。
「だったら、アレに乗るとか? アレとあの新型って次期主力MSとして造られたんでしょう」
 続いて答えたのが3人目のロレッタ・アジャー。シングルマザーで、何故傭兵をしているかは謎である。
 彼らがサーペントテールの主要メンバーであった。
「だめだ。アレを無傷で地上に降ろす」
 そんなサーペントテールが今回受けた依頼が、シャアの追っている新型MSの輸送任務であった。
 依頼主はマルキオ導師。
 連合の外交官である彼は、ジオン公国のダイクン派やプラントのクライン派と繋がりを持っており、
今回のMS奪取にも一役買っていた。
 そして彼の案内役として使わされたのが、
「構いません」
 具合の悪そうにブリッジに現れた少年――プレア・レヴェリーである。
「いざとなったら、あのMSを使っても……」
「ちょっとプレア! 安静にしてなさいって言ったでしょ!」
 ロレッタの娘、風花が続く。彼女もサーペントテールの一員だが、まだ子供のため簡単な任務しか
行なわなかった。今回はプレアの監視である。
「すみません。でも……」
「いいから! アンタは部屋でゆっくりしてればいいのよ。ほらほら……」
「待ってください……ああっ」
 6歳の風花に12歳のプレアが引っ張られていく。なんともシュールな光景である。
「……とにかくだ。これからどうする」
「真っ直ぐ地球に向かうか」
「いや、それは止した方がいい」
「何故だ劾? もう障害はなくなったと思うが……」
 シャアのザンジバルは既に見えない。ザフト艦も今の戦闘で撤退し、この宙域から出ているだろう。
だが劾には気になることがあった。それは撤退した理由だ。
「奴らの目的はなんだ? それは積荷の捕獲、ないしは破壊だ。ジオン艦はこの宙域で戦闘はしたが、
探索は行なっていない。ならば何故撤退する」
「そ、それは……」
「誘ってるって訳か」
 劾の意図にリードが気づく。劾は頷くと話を続ける。
「“赤い彗星”はパイロットの腕だけでなく、戦略家としても優れているらしい。このまま出て行けば
こちらの位置をわざわざ教えるようなものだ」
「八方ふさがりね」
 このまま何時までも留まる訳にはいかない。一同が考え込む中、リードがある案を出した。
「こちらの位置を教えてやるか」
「いきなり何を言い出すんだリード! そんなことをすれば……っ!!」
「最後まで聞け。ただ単に、一足早くカプセルを使ってだな……」

『キャスバル様でいらっしゃいますね』
『……何者だ?』
『お忘れですか。貴方が幼少の頃、ズム・シティから脱出の手引きを行なったタチ中尉です』
『……』
『警戒なさらないでください。貴方の素性はラル大尉にも話しておりません』
『……タチ中尉と言ったか。用件は?』
『貴方様に伝えなければならないことが二つあります。一つは新型MSが他の勢力に渡ってしまったこと……』
『待て。それと私と何の関係がある』
『手引きしたのはダイクン派です』
『……なるほどな』
『詳しいことはこの書類をお読みください』
『これは……バカな! この機体が奪取されただと!!』
『はい。非常に不味い状況です』
『はやまったな……もう一つは?』
『……貴方様の妹君、アルテイシア様は生きています』
『!!』
『ヘリオポリスに渡った後、あの“木馬”に乗っているそうです』

「シャア中佐!」
 アンディの呼びかけにシャアはハッとなった。
「むっ……どうした」
「どうしたじゃないですよ。ボケッとしちまって」
 どうやら考え込んでいたらしい。
 それもそのはず。タチとの会話が今回の任務の引き金になったといえるのだから。
「気にするな。少し考え事をしていただけだ。それより……」
「ご覧ください。連中は網にかかったようです」
 スクリーンには連合の補給船を改造したシャトルが映っている。
「よし……拿捕するぞ。機関全速!」

「さあ、好きなだけ調べてください」
 ロレッタがマリガン達を船内に手放しに招き入れた。武装した兵が船内を隈なく探索を開始しても
風花は堂々とした態度で兵達を睨んでいる。自分の部屋が荒らされるのが気になるらしい。
 マリガンはあたりを見渡すとロレッタへ尋問を始めた。
「何故この宙域にいる」
「軍人さん、ここはデブリの海ですよ。ジャンク集めに決まってるでしょう」
「傭兵がジャンク拾いか?」
「趣味なんですよ、いけませんか? こっちは母一人、子一人で仕事してるんです。手頃なパーツが
あればジャンク屋の真似事ぐらいしますが、何か?」
「ぐっ……正直に本当のことを言ったらどうなんだ!」
「さっきから言っておりますわ。正直にね」
 揶揄するような口調にマリガンは腹を立てた。
 横にいたシャアは熱くなる部下を制すると気さくに話しかける。
「いい船をお持ちだな」
 ロレッタに緊張が走る。
「そんなことはありませんわ」
「サーペントテールと言えば有名な叢雲劾がいるが、今日は?」
「彼はオフよ……それと勘違いしないでほしいんだけど、サーペントテールの名前は劾がいるときだけ
使う部隊名なの。だから今はフリーの傭兵二人組み」
「それはすまない。彼とは一度手合わせをしたくてね」
「依頼します? 叢雲劾との戦闘希望……前にも似たような依頼がありましたから受け入れられますが?」
「それはおもしろい」
 なかなかユニークな回答に、シャアは好感を持った。
「この子も傭兵なのかね?」
「そうよ。子供扱いしないでオジサン」
 瞬間、周囲にいるのジオン兵とロレッタは凍りつく。
「ハッハッハッ……これは失礼。気の強いお嬢さんだ」
 恐れを知らない風花の発言にシャアは頷くと、マリガンに言った。
「この船に目標はない。長居は無用だ」
「ハッ!」
 掛け声と共にジオン兵達が引いていく。
 もっと強引な捜索を予想していたが、意外にあっけないことに風花は不可思議げに首を傾げた。
「旨くいったの?」
「……そうみたいね」
 とりあえず2人は安堵するものの、仮面を被るシャアにはこちらの考えを見抜かれている感じがした。
「なんとか抜けたか」
 コムサイがデブリの海を抜けると、ホッとしたようイライジャが吐く。
「第一段階クリアだな」
 リードの作戦はこうだ。シャトルを囮にしてシャアの目をそちらに向けさせている間、自分達は
拾ったコムサイでデブリ帯を抜ける。後は真っ直ぐ降下ポイントに直行してコムサイ降下。降下後
シャトルと合流し任務完了といったところだ。
 綱渡り的な作戦から、シャトルに残ったロレッタと風花の身を案じてプレアが心配そうにしている。
「ロレッタさん達は大丈夫なんですか?」
「問題無い、アイツらもプロだ」
「かざっぱなもついてるしな。今頃ジオンの奴らに噛み付いてるんじゃないか」
 ここ最近のジオンは何故か軍規が行き届いていた。そのため2人が拘束されても、女子供に対して
手荒な真似はしないとリードは読んでいた。
「だと良いんですが……」
 心配しながらもプレアは息を切らし、苦しそうに胸を押さえる。
「大丈夫か?」
「無理せずシャトルに乗ってりゃいいのに、なんで着いてくるのかね」
「すみません。僕は、人々の平和な生活を守りたいんです。だから……」
 この少年を見つめながら、イライジャは困惑した。彼に言う言葉はとても子供の言うセリフでは
ない。自ら率先して行動し、他人をあてにしない。弱音も吐かず病弱な体で何でもこなそうとする
その精神は賞賛に値する。だが一体何が彼をここまで突き動かすのか、イライジャには分からなかった。
「さて、燃料も限られてる。このまま軌道上空まで行くぞ」
 意気揚々と操縦桿を握るリードだったが、それを劾が遮った。
「その前に確認したい。あの機体の使用に問題は無いのか?」
「ええ、僕に必要なのは機体その物よりも中身ですから……」
 劾がプレアに確認すると、コムサイを動かすようリードに促した。
「イライジャ、手伝ってくれ」
「何をする気だ?」
「保険を掛けておく」
 ロレッタの悪い予感は当たった。
 シャアはロレッタ達が新型MSの輸送および護衛を行なっていることを見抜くと、コムサイの様な
小型シャトルでデブリの海を離脱することまで予測した。調べた船の格納庫には、ジャンクはおろか
新型MSも無かったからである。護衛ともなればMSを数機は待機させるものだが、それが無いと
なると目標が船を離れたのは明白だ。
 ザンジバルに戻ったシャアは、部下に小型シャトルの予想進路を算出させた。
「航続距離は短いだろう。そうなれば予想も容易い筈だ」
「待ってください……出ました。我が軍のコムサイを参考にすれば、この航路が予想されます」
 スクリーンに航路図が映し出され、L1宙域から地球軌道上への予想進路が矢印となって表れる。
「デブリ帯を抜けてザンジバルが最大船速を出せば、降下にはギリギリ間に合います」
 満足そうに報告を受けると、さっそく指示を出す。ここからは時間との勝負なのだ。船体の大きい
ザンジバル級ではデブリ帯を抜けるのに時間が掛かってしまう。
 アンディとリカルドには索敵の強化を指示すると、シャアは次に戦うかもしれない相手――叢雲劾と、
自身のNT能力について考え込んだ。
 ララァのおかげか、シャアの才能は開戦時に比べ格段に高まっている。戦闘中ならば周囲の殺気や
闘気を感じ取り、相手の動きを正確に予測することが出来る。
 だが戦闘から離れると、その力は著しく薄れてしまうのだ。ザフトとの戦闘中に叢雲劾らしき人物を
感じ取ったが、それ以降は一切感じない。今のシャトルを検問したときも、ロレッタ・アジャーに確認
するまで叢雲劾の存在が掴めなかった。
(やはり私の力はそう高くはない様だ)
 自身のNT能力に過信しないシャアであった。