Zion-Seed_51_第31話

Last-modified: 2007-11-19 (月) 18:17:50

 砲撃が作った煙幕の向こうから連合軍が飛び出してきた。
 デュエルダガーが威圧するようゆっくりと歩み寄る。足元にはリニアガンタンクと歩兵達、その後方からは
凄まじい数の火砲・ロケット弾が発射され、ジオンの陣地に降りそそがれた。
 先頭を駆けていたデュエルダガーにマシンガンが浴びせられる。だがその硬い装甲を破ることができない。
連合軍の主力MSには、鎧のような装甲をまとっていたからだ。
 今作戦にデュエルダガーを投入したハルバートンは、パイロットの生残性を高める為に、追加装備として
フォルテストラを取り付けていた。“強いドレス”の異名であるフォルテストラによって対弾装甲は向上し、
マシンガン程度ではやられることはない。
「お前等落ち着けよ。敵MSの装甲は厚い――」
 だが、ユーリ・ケラーネは既に特徴を見抜いていた。
「A装備の者は戦車を、B・C装備の者はMSを狙え!」
 ここでのAとはマシンガン、Bはバズーカ、Cはマゼラトップ砲を意味する。
 そんなケラーネの指示に従い、マゼラトップ砲を構えたザクがデュエルダガーの左足を吹き飛ばした。足を
失ったデュエルダガーは、前のめりに倒れ込む。足元を走っていたリニアガンタンクが1両犠牲になった。
 しかし連合軍も怯まず果敢にも突撃を敢行する。閃光弾を発光させフォルテストラを強制排除すると本来の
機動力を発揮して格闘戦を移行した。
 バーニアを吹かして一気に距離を縮める敵機を目の前にし、対MS経験の無いアス伍長は混乱状態に陥った。
「まだ死にたくねえんだ! 助けてくれぇ!」
 閃光弾に気をとられたアスのザクは、ヒートホークを構えることもできずに撃破されてしまう。
「アス!」
「なんだってんだいっ!」
 部下を殺ったデュエルダガーにトップ少尉とデル軍曹のグフが立ち向かう。ヒート系とビーム系では出力に
大きな差がある。機体性能も若干連合のMSが上だが、パイロットの腕の差は明らかだ。トップは敵機の一撃を
受け止めたまま、75mm5連装フィンガー・バルカン砲を放った。デルも同様に撃破する。
「アス……ちくしょう! 俺より先に死にやがって……」
 何かと目をかけていた新兵の死に涙ぐむデル。
「軍曹! 感傷に浸っている場合じゃないぞ」
 そんなデルを横目にトップは声を大にした。女と言えど今日まで前線で戦ってきた古参兵のトップである。
部下が死んだとしても動揺は無い。
「アスのことはもういい!」
「分かってます、少尉殿。今は非情になるべき時!」
 言いながらコクピット内に貼り付けた我が子の写真を見た。
「俺は生きて帰ると、家族に誓ったんでな!」
 更になだれ込んでくる敵機にデルはヒートソードを振りかぶった。






「なかなか良い機体じゃねえか。鹵獲してえなぁ」
「無茶言わんでください」
 苦戦する自軍を見てユーリが言う。傍らにいたボーン・アブスト大尉が苦笑した。
「敵機を鹵獲するには、少なくとも前線を押し返しませんと……」
 連合は欧州軍の倍の戦力を投入している。如何に精強なジオン兵と言えど数で押されては消耗も激しい。
ましてや防衛戦はMSの特徴である機動力を奪ってしまう。
 マゼラトップの上に立って話していたユーリに声がかかった。バリー軍曹だ。
「大将、“ふとっちょ”がやられました」
「……そうか、ルネンの奴が」
 “ふとっちょ”の愛称を持つルネン伍長は、地球降下以来共に戦ってきた仲間である。MSの操縦は下手だが、
マゼラアタックの操縦は一流で、上司からも信頼の厚い男だった。
「ローデン大佐の部隊は?」
「既にブタベストを放棄、ブカレストまで後退してます」
 アブストがそれを聞くと、ユーリの方を向いた。
「よし。連合軍はどうなってる?」
「はい、誘いとも知らずに、伸びきっております」
「上出来だ。では、こっちも作戦通り撤退戦に移る。アブスト、ガウの用意だ」
「了解しました」
 アブストと、バリーが掛けていく。
 ユーリは頭をかくと、口をへの字に曲げて呟いた。
「結局マ・クベの言うとおりかよ……」
 ユーリは唇を噛み、マゼラアタックから飛び降りた。

――――第31話

 大西洋連邦及びユーラシア連邦の連合軍は、作戦を決行してから7時間足らずでプラハを制圧した。
 最新鋭の地上戦艦を最高司令部とした軍勢は、大西洋とユーラシアの底力を示している。
 この軍勢は主に2分されている。ハルバートン中将が指揮する第1軍と、ビラード中将が指揮する第2軍だ。
 知将で名高いハルバートン中将は宇宙軍出身だが、初等教育から士官学校まで全ての課程を首席で卒業した
生粋のエリートである。参謀本部に属して居た時期もあり、戦術面だけでなく戦略面でも定評があった。
 一方のビラード中将は陸軍出身で、百戦錬磨の将軍だ。高い戦術眼の持ち主で月面のエンデュミオン基地を
任されていた。図らずもジオンの奇襲攻撃によって敗軍の将となってしまったが、その分ジオン軍への執念は
連合内でもかなりのものだ。
 しかし、大西洋連邦軍のビラードに対する評価は低い。エンデュミオン基地を落とされたことが原因だが、
その際に重要機密の処分――サイクロプスの暴走――を彼は怠っていたからだ。
 とにかくこの2人が連合軍の中核となるのだが、最高司令官をどちらにするかで本部はもめた。
 作戦はユーラシアが中心となっているからビラードになるのだが、ハルバートンの名は有名である。将兵に
とってはハルバートンを押す声が高かったのである。
 結局は高度な政治的話し合いによりビラードとなったが、全軍の指揮はハルバートンが執っていた。
「全部隊、我が方が優勢です!」
「敵の砲火が散漫になっています!」
 前線司令部“ハンニバル”の艦橋は活気に満ちていた。開戦以降、負け続けた連合軍が前哨戦とはいえ初めて
勝利を収めたのだ。これに湧き上がらない兵士はいない。
 もっとも連合軍の戦力が約320万に対しジオン軍は約100万。MSの数はジオン軍に及ばず200機に満たないが、
戦力比を考えれば、誰が指揮しても間違いは起こらないだろう。
「ガウ攻撃空母が離陸しました」
 数多くの情報が錯綜する中で、敵軍の後退がハッキリしたものとなる。
「撃ち落せんか?」
 コープマンが砲手に言う。
「無理です。距離がありすぎます」
「ミノフスキー粒子が無ければ、誘導弾の一発も落とせるものの……」
「恨めしそうに言っても、できんもんはできんぞ、大佐」
 コープマンに苦言を刺したハルバートンだ。
「ここまでは作戦通りだな」
「はい。これもMS隊のおかげです」
「そのMSの損失は?」
「18機が大破。パイロットは6名が戦死」
 ハルバートンはうかない顔だ。
「致し方ありません。戦死者の出ない戦争など……」
「分かっている。その戦死者をできるだけ少なくしなければな」
 少ない損失で多大な戦果を上げる。常に軍人が考えるべきことだ。
「第2軍の状況はどうなっている?」
「偵察機より報告! ブタベストからも敵軍が後退したようです」
 どうやらビラードの軍勢も作戦通り進んでいる様だ。
「……ビラード中将も中々やりますな」
「感心している場合では無いぞ、大佐」
 ハルバートンは作戦配置図に目を移した。
 今作戦は第1軍がプラハからキエフを経由してオデッサへ進み、第2軍はブタベストからブカレストへ進む。
偵察機の報告から、第2軍は第1軍よりも早く前線を攻略したことになる。そして――
「我が軍も進むぞ! 急がねばアークエンジェルとドミニオンが孤立してしまう」
 ――を理由に進軍を早める必要があった。

「地雷原だと?」
 ハンニバル級2番艦ボナパルトでくつろいでいた第2軍司令官ビラード中将は、部下の報告に眉を寄せた。
「はい。進行方向に無数の地雷が設置されているそうです」
「コーネルやデュクロは何と言っておる」
「地雷の数は多く、また偽物も含まれているようで工作隊による解除は時間がかかると」
「ふむ」
 ビラードが、傍らのエルラン中将を振り返る。
「どう思うかね、エルラン君」
「迂回すべきです」
 エルランは迷うことなく言った。
「このままブタベストに向かうのではなく、ソフィアを経由してブカレストに進むべきかと」
「オデッサ侵攻に遅れが生じてしまうが……」
「作戦の遅延は止むを得ません。それに第1軍の方がMSを多く有していますから、多少遅れたとしても作戦
に影響は無いかと」
「しかしなぁ、報告では偽物も含まれているとある。この地雷原はブラフの可能性も……」
「いけませんビラード司令! 元来地雷というものは兵の心に植えつけられるものなのですぞ」
 慌てた様子でエルランは、ビラードの説得を行なう。
「確かにブラフの可能性はあります。だからといって無視して進むわけにもいきますまい。ある程度の地雷
除去を行なわなければいけないのですが、神経をすり減らしてまで除去した地雷が偽物であったときの将兵の
ストレスは計り知れません。来るべきオデッサ攻略時に、兵の士気が低くなりますぞ」
「う、うむ」
 強気の押しに思わず頷いてしまう。確かにエルランの言っていることは一理あった。
「私は迂回を進言します。もちろん、どちらをお決めになるかはビラード司令に委ねますが……」
 考え込むビラード。
 自分はエンデュミオン基地の借りを返す思いで作戦に望んだ。個人的にはハルバートンより先にオデッサへ
辿り着いてジオニストどもを徹底的に殲滅してやろうと考えてはいた。
 しかし私情を理由に第2軍が崩壊しては意味がない。多少の遅延は目を瞑ろう。
「……そうだな、君の言うとおりだ」
 ビラードは声高々に命じると、進路を変えるよう命じた。
 エルランはそれを尻目に安堵していた。
(これでよし……)
 全ては計画通り。
 後は“むこう側”がうまくやれば自分の身は安泰だった。




 格納庫で整備員達が駆け回っている。
「エンジン出力上昇! まもなくフルパワー!」
「こっちはOKだ!」
 ムウはコンソールを操作すると、計器に以上が無いのを確認した。
「少佐、なにも少佐自ら偵察することは無いでしょうに」
「そう言うなって。お嬢さんの初飛行なんだ、優秀な教官が必要だろう?」
 言い終えるや否や、引きつった表情のマリューが画面に映し出される。
「フラガ少佐、それってセクハラです」
「…………ムウ・ラ・フラガ、スカイグラスパー出るぞ!!」
 冷たい視線をかわしつつ、ムウの乗るスカイグラスパーが発艦した。
 続いてセイラの乗るスカイグラスパーがカタパルトに移動する。
「ではセイラさん、訓練どおりですよ」
 キラ達が訓練に明け暮れているのを見て、セイラもパイロットとして志願していた。
 飛行時間は40時間程だが、シミュレーターの成績どおり、その素質はかなりのものだ。
「セイラ伍長。ミノフスキー粒子濃厚ですから有視界飛行しかできません。少佐の機を追尾してください」
「了解!」
「それから、少佐に何か言われたら直に教えてください。私がお灸を添えますから」
「分かりましたラミアス大尉」
 ニコリと笑うとセイラは操縦桿を握った。
 作戦開始から約10時間が経過した頃、2隻の天使はバルト海を越えリトアニアに到達していた。

 ミンクスに陣取ったノリス達は木馬発見の報を得た。偵察機によると、2隻の木馬はリトアニアを経由して
真っ直ぐミンクスに向かっているらしい。
「木馬が2隻。推定戦力はMSが約1個中隊、戦闘機が約2個小隊と見てよろしいですか?」
 ノリスはファルケンバーク中佐の言葉に力強く頷いた。
 現在ミンクスには鉱山基地防衛隊も含めてMS36機、戦闘車両15機、戦闘機8機、爆撃機12機配備している。
内18機は最新鋭MSのドムだ。他にもイフリート、グフB-3型、H型と高性能機が揃っている。
「さて、どう攻めますかな」
「攻勢に出るべきです」
 そう進言するのはゲイツ大尉だった。
「敵の目的が鉱山基地なら、到達する前に叩くのが上等策です」
「だが敵はこちらに気づいていない。ここで待ち伏せをするべきではないか」
「何をおっしゃいます。我が方にはドム2個中隊が配備しているのですぞ」
 ゲイツは小細工無用だとばかりにまくし立てる。
「戦闘機はドップとドタイに乗ったザクで対応できます。後はグフとドムで敵艦に攻撃を仕掛ければ直にでも
ケリが付きましょう」
 地上用MSとして高い完成度を誇るドムと空中用MSのグフH型なら、上と下から波状攻撃ができる。それなら
木馬といえどひとたまりも無いだろう。だがファルケンバークはドムの使用にためらいを感じていた。
 本来このドム2個中隊は前線への救援機として待機させていたものだ。その救援機を2隻の戦艦を落とす為に
使っている。今も尚、前線では自分達の同胞が連合の大軍勢を相手に命を掛けて戦っているのにも係わらず。
「こちらから動いて、敵に察知されたらどうする」
「その時はその時、力押しでも十分でしょう」
「しかし……」
 尽きない議論に業を煮やしたのか、一人の男が立ち上がった。
「このような無益な議論をしても意味がありませんな」
 首もとの階級章は大尉。それを知ったゲイツが男に怒鳴りつけた。
「大佐に向かってその口の聞き方は何だ!!?」
「木馬はこちらに向かっているのです。いつまでも議論をしていても仕方が無い」
「貴様……っ!」
「待てっ!!」
 ノリスの一喝が飛ぶ。騒然としていた周囲はぴたりと止んだ。
「しばし休息を入れよう。各自考えをまとめておいてくれ」
 一先ず話を先送りにした。ノリスにも何かが引っかかるのだ。
「ところで先程の男の名は?」
「奴ですか? 奴は……」
 ゲイツにとって彼は不愉快な男らしい。皮肉を込めて名を言った。
「味方殺しのシュターゼンです」

 司令部を出た二ムバス・シュターゼン大尉は自然と格納庫に足を運んだ。
「上官に歯向かったのは二度目だな」
 彼はとある作戦において撤退命令を出した上官を射殺していた。その作戦では連邦軍の追撃部隊から部隊を
守りきるためには、時間稼ぎのために殿を務める部隊が追撃部隊に対して打って出るべきであるとニムバスは
主張したのだが、彼の上官は頑として譲らず、自らの保身のために逃げることを選択したのである。
 彼は友軍部隊を守るため、上官を射殺し彼に同意した戦友とともに敵追撃部隊を全滅させた。だがこの戦いで
殿として残った友軍部隊は彼を残して全滅してしまったのだ。
 結果として、彼は上官を射殺した挙句、味方部隊まで巻き添えにしたと認識されてしまった。その後はあまり
戦略的に意味のないミンクス防衛隊に左遷されていた。
「汚名を返上できると思ったが、もはやどうでも良いこと」
 気力なく言う。まるで全てあきらめたかのような表情だ。
「母上。何故貴方はジオンに来たのです。何故私に騎士になれと……」
 気が付くと格納庫に着いていた。ザクやグフが並ぶ中で1機だけ異様な機体がある。両肩は赤く染められた
MS-08TXイフリートだ。白兵戦用に開発されたグフとドムの中間に位置するといわれる機体である。
 極少数しか配備されていないが、その性能はグフB-3型を上回る機体だ。
「次の戦闘が最初で最後かも知れんなイフリートよ……うん?」
 ふと見ると少女が立っていた。赤く澄んだ目で自分の機体を眺めている。
「子供……何故こんな所にいる?」
「……」
「聞こえないのか!?」
「……」
「おい!!」
「……乱暴な人はキライ」
 それだけ言うと何処かへ駆けていった。
「………………な、何なのだ?」
 まるでキツネにつままれた様に、ニムバスは少女の後姿を見つめるのであった。

 訳の分からぬまま司令部へ戻ると、既に他の士官は集まっていた。
「遅いぞ。何をしていた」
 ゲイツの揶揄を無視して席に着く。全員が揃った所でノリスが口を開いた。
「我々は攻勢に出る」
「おお! では……」
「ドムは出さん」
 ノリスの言葉に周囲は騒然となる。納得の行かないゲイツはいきり立った。
「一体どう言うことです!?」
「少し落ち着いたらどうだ。……大佐、ご説明を」
 ニムバスがゲイツを制すると、ノリスは作戦の概要を話し始めた。

 アークエンジェルとドミニオンはリトアニアのビリニュス上空に到達した。
「敵が近くにいると思いますか?」
「考えにくいな。リトアニアには敵の阻止戦はない」
 事実、ムウやクリス、セイラに空中哨戒を任せてるが敵は発見されていない。
「迎撃が有るとすればミンクスの向こう。そう踏んでいる」
 リトアニアはモスクワを占領したジオン軍にとってあまり重要な土地ではない。連合軍が侵攻した現状では
敵の哨戒も最小限になっているだろう。こんな所まで兵を廻す余裕などジオンには無いからだ。
「艦長、ドミニオンより信号です」
 セイラの代わりに通信席へ座ったミリアリアが言う。
「リー艦長から? 通信をつなげ」
 モニターに映ったイアンはいぶかしげな顔でいた。
「バジルール艦長、現状をどう思う?」
「全て順調だと考えますが……」
「そうか。大尉もそう感じるか」
「どうされたのです?」
「……順調すぎるのだ」
「え?」
「おかしいと思わんか? ここまで我々は敵の哨戒に一度として遭っていない。それどころか我々の偵察機も
敵軍を見つけられていない」
「考えすぎではありませんか? ジオンの基地もミンクスまで行かなければ存在しません」
 敵の部隊が展開しているであろうミンクスは国境を越えれば目前である。敵の哨戒部隊に発見されることは
国境以後とナタルは考えていた。
「そうなのだが……」
「もしや、情報が漏れてる話が気になるので?」
「そうなのだ。いくらなんでも順調すぎる」
 この作戦が筒抜けではないかと懸念を示していたのはイアンである。確かに敵の勢力圏にもかかわらず順調に
行き過ぎている。さすがにナタルもイアンの言葉に慎重になった。
「分かりました。警戒レベルを上げましょう」
 通信を切ると、ナタルは第1戦闘配備を命じた。実行するなら徹底的に行なう。
「全包囲を警戒。敵の襲撃に備えよ。各砲門、何時でも撃てるようにしておけ!」
 ナタルの指示で全兵装が発射準備状態にされる。続いてクリスとセイラの乗るスカイグラスパーが発進する。
ドミニオンからも2機が発進し、空中哨戒に入る。
 これならどんな対処でもできる。ナタルがそう考えた矢先にレーダーに反応があった。
「レーダーに反応、ドップにドタイ! ドタイ上にはザクとグフ、それにイフリートです!」
 パルの悲鳴のような報告が響く。艦橋に緊張が走った。

 ドミニオンの艦橋も慌ただしくなっていた。
「右舷からドップ8機、ドタイ12機。ドタイにはザクが6機、グフ5機、イフリート1機。それと……」
 CICからやや困惑した声がする。
「空を飛ぶMSが3機」
「何だと! 間違いじゃないのか?!」
「間違いありません! こちらでも確認しました」
「ちぃ!」
 イアンは無意識に舌打ちをした。
 今まで空中用MSはザフトに一日の丁があった。それにジオンが追いついた形となる。
「MS隊を出せ! ストライクと105ダガーにはエールを装備させろ!」
「艦長、ハレルソン少尉がソードストライカーで出撃しましたが……」
 その報告にイアンは頭をかかえる。
 “切り裂きエド”はその名の通り近接戦闘を好んでいた。特に対艦刀を好み、射撃を行なうのは皆無である。
「……放っておけ。アイツには期待してない!」
 持ち前の精神力で気を取り直すと、デュエルダガーにはフォルテストラを装備させ直援に出した。

 アークエンジェルの格納庫ではパイロット達が各々の機体へ散っていく。その中でキラは初陣であるサイと
トールに話しかけた。
「2人とも、本当に大丈夫?」
「心配いらないって!」
「後方支援だけだからね」
「そうだけど……」
 何か言おうとするがうまく言葉が出ない。キラ自身、新兵を落ち着かせる経験が無いので、何と声をかけて
良いか分からないのだ。
「遅いか早いかだけで誰だって初陣はある」
 そんな3人の間に白いパイロットスーツを身に着けたジャンが入った。アークエンジェルのMSパイロットに
新兵が2人もいる為、ドミニオンから移っているのだ。
 彼は教師のような口調で諭すように言った。
「私を御覧なさい。齢40を越えてMSに乗ったのですよ。大丈夫、2人ならやれます」
「中尉……」
「それに私とイメリア大尉が付いています」
 それだけ言うとジャンは自機へと向かった。
「そういうことだ。大丈夫だって!」
 それでもキラは心配そうに見たが、そこへレナの怒号が飛ぶ。
「何をしている! 早く搭乗なさい!」
 3人は敬礼すると急ぎ足で自機に乗り込んだ。

 サイは機体の最終チェックを終えると、105ダガーに取り付けられるストライカーパックに目をやった。
 この作戦からアークエンジェルに配備されたライトニングストライカーだ。
 本来後方支援にはランチャーストライカーを使用するが、主武装であるアグニは地上では使いにくい上に、
エネルギー消費が激しく、破壊力が有りすぎた。これでは後方支援と言うよりも対要塞攻略にしか使えない。
 そのため大型のバッテリーを有し、長距離狙撃を行えるライトニングにお鉢が回った。
「おっしゃあ! イージス出るぞ!!」
 ムウのイージスが威勢よく飛び出した。キラのストライクもそれに続く。2人ともさすがに慣れている。
 自分の番を今かと待っているサイにトールから通信が入った。
「サイ。聞こえるか?」
「どうしたトール」
「……俺達、これから実戦なんだよな」
「ああ」
 サイはトールの声に怯えがあることに気づいた。
「どうしたんだ?」
「いや、武者震いってやつなのかな? 体が震えだしてさ……」
「今になって泣き言かよ」
「ち、違うよ! 緊張してるだけ。からかうなよ」
「からかってなんかいない。俺だって怖いんだ」
 思わぬ告白にトールが驚く。
「キラの前でああは言ったけど、やっぱり俺も怖い」
 2人は1ヶ月間、射撃中心に鍛えられシミュレーターでも10回に5回はA判定の成績を納めるまでになった。
ムウも2人に太鼓判を押している。
 それでも訓練と実戦は違う。モニターに映っているのはCGではない。武器もペイント弾ではなく実弾だ。
一瞬の判断で自分達は死ぬ可能性が出てくるのだ。やり直しはきかない。
「それでも、俺達軍人になったからな」
「うん。それにフレイにいいとこ見せたいしね」
 サイの言葉にトールは拍子抜けする。
「なんだ。サイもそうなんだ」
『105ダガー・ケーニヒ機、発進位置へ。カタパルト接続、システムオールグリーン』
 ミリアリアの通信がコックピットに響く。いよいよ出撃だ。
『トール。帰ってこなかったら許さないからね!』
「分かってるよミリィ。トール・ケーニヒ、105ダガー出ます」
『続いて105ダガー・アーガイル機、発進位置へ』
「……了解」
 カタパルトから機体が射出される。強烈なGが体を襲うが、訓練のおかげで耐えることができた。
 そして彼らは戦場へと足を踏み込んだ。

 ドタイが雲の中から飛び出した。上部に乗っているのはB-3型――グフ・カスタムと呼ばれるMSである。
「警戒はしていたか。少しはまともな部隊の様だ」
 その機体に乗ったノリスは、相手の対応から連合軍の実力を見抜いた。
 敵艦は既にMSを展開しており、陣形も整っている。自分が今まで戦った連合軍とは毛色が違う。
「よーし、第一目標は木馬だ。私の隊は正面。大尉は後方のを」
 ノリスが後ろを飛ぶニムバスに言った。
「お任せを」
「やりすぎるなよ。全機散開!」
 力強い言葉とともにノリスはドタイをコントロールして飛び出した。それに気づいたモーガンとジェーンの
エールダガーがスカイグラスパーと一緒に迎撃を行なう。
 エールダガーのビームライフルがグフ・カスタム目掛けて放たれる。ノリスは避けようとするが、ドタイに
乗っている状態では満足な回避は難しい。そこでグフをドタイから跳躍させ、ビームを避けた。しかしそれは
モーガン達にとって絶好の機会だった。
「バカめ!」
「隙だらけよ!」
 改良したとはいえ、グフは空中で姿勢を変えられない。落下予測さえ出来れば撃墜は容易だった。
 教科書のお手本の如く狙いを定め、2人はトリガーを引く。しかし――
「甘いわ!!」
 次の瞬間、閃光に散ったのはグフ・カスタムではなく友軍機のスカイグラスパーだった。
 ノリスは腕に仕込んであるヒートロッドのアンカーでスカイグラスパーを捕捉し、強引に空中制御をすると
そのままスカイグラスパーを投げつけ盾としたのだ。
 あまりの出来事に、モーガンとジェーンは呆然とした。
「ハンス! ウォルター! ここは任せた!!」
 ノリスはドタイに着地する。そして彼の言葉にキビキビした声が返ってきた。
「了解です、大佐」
「抑えて見せます!」
 2機のH型――グフ・フライトタイプとザクがモーガン達に発砲する。完全に2人を拘束した形となった。
「いかん! ドミニオン、1機抜けたぞ!!」
 ドミニオンでもグフは確認できていた。艦の対空砲火と周囲のデュエルダガーがキャノン砲を浴びせるが
ノリスはまったく怯まない。むしろ機体を加速させて真直ぐドミニオンに向かう。
「て、敵は特攻する気です!」
「総員衝撃に備えろーっ!!」
 艦橋が騒然となる中でイアンの叫びが木霊する。
 そして次の瞬間、爆薬を積んだドタイはドミニオンに突っ込んだ。

 激しい爆発音とともにサイとトールの目に映ったのは、黒煙を上げて墜落するドミニオンだった。
「そんな……!」
「落ち着け! 今は目の前のことに集中しろ!!」
 唖然とする2人に活を入れるのはレナである。
 敵が特攻などという馬鹿げた作戦を実行した。それはアークエンジェルにも行なわれる可能性がある。
「ドミニオンの連中は軟じゃない! 今はアークエンジェルに敵を近づかせないことに全力を挙げろ!」
 何機かのザクがキラ達を突破してこちらに向かってくる。レナのバスターダガーは躊躇なく撃ち抜いた。
「我々が絶対防衛線だ。足の遅いドタイはお前達が狙撃しろ」
 アークエンジェルの周囲はレナとサイ、トールしかいない。突破を許すわけにはいかないのだ。
「は、はい!」
「了解です!」
 2人は幾分か冷静さを取り戻すと、狙撃体勢に入った。

「お、俺達の船が……」
 デュエルダガーに乗ったパイロットもサイ達と同じ様に唖然となった。だがそれを咎める者は一人として
いない。それほどまでにドミニオン墜落はショックが大きすぎた。そしてこれが彼らにとって致命的になる。
 モニターが真っ赤に染まり、警告音が鳴り響く。そして激しい衝撃が機体を揺さぶった。
 デュエルダガーの真上、太陽を背にしたグフ・カスタムがガトリング砲を乱射した。対応の遅れたデュエル
ダガーは直撃を受けてしまう。
「まず、ひとつ!」
 舞い降りたグフはヒートサーベルでデュエルダガーのコックピットを貫いた。
 他の2機が気づいた時には遅かった。慌ててサーベルを構えるも、冷静さを失って装甲をパージできない。
これでは接近戦など不可能である。
「ふたつ!!」
 鈍重な的と化したデュエルダガーは30秒と持たず撃破される。最後の1機はパニック状態に陥っていた。
「く、来るな……来るなあぁぁぁ!!」
「怯えろ! 竦めっ! MSの性能も発揮できず死んでいけ!!」
 止めを刺そうと冷酷な刃が振り下ろされた。その時――
「!?」
 そのヒートサーベルは対艦刀に受け止められた。
 突破を許した知らせを聴き、前線から戻った“切り裂きエド”のソードダガーである。
「この宇宙人野郎! 好き勝手にさせるか!!」
「ほう……向こうにもなかなか骨のある者がいるようではないか」
 動きの良い連合MSに、ノリスは感心したように呟いた。

「ちぃ。このパイロット……」
 その頃、前線のキラ達は思わぬ苦戦を強いられていた。ムウのイージスとジャンのデュエルダガーが敵軍の
エース格に捉まったのである。ムウは赤肩のイフリート、ジャンはグフ・カスタム。おかげで空中編隊をキラ
とセイラ達だけで対応しなければならなかった。
「邪魔なんだよ!」
 叫びながらライフルを撃つが、紙一重でそれをかわされる。
 イフリートはそのまま突貫、両手にヒートサーベルを持った。
「二刀流? そんじゃこっちも……」
 受けて立つべく、ムウもイージスの両手からビームサーベルを抜いた。両者の光刃が重なり合う。
 幾度かの攻防の後、イフリートのパイロットであるニムバスから通信が入った。
「やるではないか。連合の兵とは思えん腕だ!」
「そいつはどうも!」
 このときニムバスは不思議な高揚を感じていた。それはノリスが関わっている。
 作戦の前までニムバスは、ノリスをパイロットとしては尊敬できるが、サハリン家の番犬というイメージが
強過ぎた所為で、指揮官としては疑問に感じていた。この男も自分が射殺した男と同じなのではないのかと。
しかし、作戦の概要を聞くとその考えは一変する。早くからこのような指揮官に出会っていれば自分の人生も
変わったのかもしれない。いや、今までの人生があったからこそ彼に会ったのではないか、そう感じていた。
「今日、貴様のようなMS乗りと戦えることを感謝するぞ」
「そいつは……ありがとさん!」
 イージスは鍔迫り合いを押し返すと、脚部に仕込んだビームサーベルを展開、そのまま蹴り上げた。
 ニムバスはそれをギリギリのところで受け止めた。
「貴様!」
 ニムバスは持っているヒートサーベルを突きつけ、そしてイージスを睨みつけた。
「隠し武器とは卑怯な!」
「なんだぁ? 何言ってんだコイツ?」
「正々堂々と勝負しろ!!」
 イフリートは飛び上がると自重をかけて斬りつけた。イージスは押さえきれず倒されてしまった。
「こんな奴を、騎士と勘違いしてしまうとは……」
 なにやら理不尽に感じたムウは直に立ち上がった。
「痛えな、こんにゃろー!」