Zion-Seed_51_第32話

Last-modified: 2007-11-12 (月) 18:07:44

『機関室、こちら機関室、艦橋、応答願います……』
「ぐっ……皆無事か!?」
「はい、なんとか」
「状況知らせ!」
 健在だったCICからもたらされた情報は最悪なものとなった。既に直援のMSが2機撃破されているのである。
艦の防空が弱まるのは必定であった。更には、艦の目の前ではエドのソードダガーとグフ・カスタムが攻防を
繰り広げている。一進一退と見えるが、イアンの目にはエドが劣勢と映った。
「機関室はなにか!」
『右舷エンジンをやられました。推進力は40%に低下、また死傷者多数』
「……医療班を機関室に寄こす」
 痛む体を無理やり起こすと、イアンは艦長席に座る。
「MS隊に通信、今は各個撃破に専念しろ!」

――――第32話

 上空では激しい制空圏争いが続いていた。
 キラの乗るストライクとドタイに乗ったザクが交差すると、ザクはその身を上下に分かれて爆発、四散する。
スカイグラスパー隊もドップを相手に肉薄していた。
「クソッ!」
 だが、数の差に敵うことはできず、突破を許してしまう。
 それでもストライク1機とスカイグラスパー4機で3倍近い数のジオン軍を相手にしているのは奇跡的だった。
特にキラは気を吐いており、1機でMS群に痛撃を与え続けている。
「キラ君! 焦っちゃダメ!」
「でも、敵がアークエンジェルにっ!!」
「イメリア大尉達が居るから大丈夫!」
 だがキラの不安は尽きない。いくら百戦錬磨のレナであっても、横にはサイとトールが居るのだ。
「僕が……何とかしないと……」
 焦るキラを余所にジオンの猛攻は尽きない。どんなに超人的反射神経で避けようとしても、全てを回避する
ことはできない。マシンガンの雨がキラの集中力を乱し始めた。
「キラ君!!」
 クリスの叫び声が飛んだ。振り向くと、セイラのスカイグラスパーから煙が出ている。
「被弾したのか……セイラさん!」
「大丈夫よ。でも一旦母艦へ戻ります」
「こっちは心配しないで……キラ君。援護するわよ」
「……分かりました」
 言い終えると音速の5倍のスピードで迫ってきたドップにストライクはイーゲルシュテルンを浴びせた。

「しまった!」
 背後に回られたグフに見て、ジェーンは焦った。完全に後ろを取られて振り切ることができない。高機動の
エールストライカーではあるが基本的に宇宙用の装備だ。完全な飛行能力を持っているのではない。あくまで
滑空しているだけである。空中用MSとして造られたグフ・フライトタイプの旋回性能に付いていけない。
 グフのヒートサーベルがジェーン機に迫る。何とか受け止めるが、あまり長くは耐えられない。
「モーガン大尉は?」
 支援がほしいジェーンは、一縷の望みをかけてモーガン機を見た。しかしモーガン機も、もう1機のグフと
剣を合わせている。アレでは支援は望めない。
 それでもモーガンは比較的優位に戦闘を進めている。自分とは大違いだ。
(クッ……ゼロは?)
 周囲を見渡してもゼロの乗るストライクが見当たらない。
「どこ言ったのよアイツ!!」
 正面のグフは、かなり手強い。空中戦に馴れており、このまま格闘戦を続けては敵わないだろう。幸い射撃
は不得意のようだが、今はあまり意味がない。
(どうすればいい。どうすれば……)
 ジェーンは必死にグフのヒートサーベルを受けながら自問した。
 焦って冷静な判断ができなくなっている。案の定その一瞬の隙を狙われ、ビームサーベルを弾かれてしまう。
「やらせるかっ!!」
 寸前のところでモーガンが救援に入った。
「ジェーン無事か!?」
 ライフルで牽制しつつ、グフとの距離を取る。
 己の不甲斐ない姿を情けなく感じるジェーン。その怒りは何故かゼロに向けられた。
「助かりました、さすが大尉です。口だけの男とは大違い……」
「あまりゼロを悪く言うな。“奴”は俺でも捉えられん」
 そう言いながら、モーガンは自分達の上空を見上げた。

「何故だ」
 ビームの粒子が青い機体をかすめた。
「何故当たらない!」
 始めは楽な相手だった。向こうは一切反撃せず、常に逃げの一手。思う存分苦しめてから始末しようとした。
ゆっくりとライフルを構え、照準ロックをする。しかしその直後機体は高速移動して明後日の方向へ向かった。
 逃げ回る敵を追いかけることに楽しく感じ始めるが、次第にそれは焦りへと変わる。
「僕は相手の動きを読んでいるんだ……なのに何故当たらない!」
 ゼロは照準機を下ろし、感覚でそのグフの動きを追った。
「僕には感じる力があるんだ……消えてしまえッ!」
 敵の動きを予測しトリガーを引く……敵は回避する。
 もう一度引く……回避する。
 もう一度……回避。
 この繰り返しである。
「空を落とす奴めっ!!」
 ゼロが叫ぶ。しかしそれでも自体は好転しない。
 こんな筈ではなかった。真のNTである自分が一発も当てることができない。
「乱暴な人……」
 グフが空中で静止すると、ストライクに回線を開く。
「でも悲しい人。だからあなたを傷つけたくない」
「……何だと?!」
 グフのパイロットは女――それも少女の声だった。
「引いて……お願い……」
 だがその言葉はゼロにとって許しがたいことだった。
「ふ、ふざけるなぁぁぁっ!! 空を落とす奴はみんな沈めてやる!!」

 真っ向から振り下ろされるヒートサーベルを、エドのソードダガーが受け止めた。
 ヒートサーベルの熱と、対艦刀のビームの粒子が爆ぜる。
「見た目はハデだが」
 ソードダガーの対艦刀はノリスから見て無意味に大物だった。名の通り対艦に使うなら納得だが、対MSに
使用する武器ではない。
 ノリスは持ち前の運動性をフルに発揮させた。一撃を加えたら側面に回りこむ。
「そんなものでは小回りが効くまい!」
 口惜しいがソードダガーは直線機動に優れ、対艦刀の出力はヒートサーベルより上。正面から切りあっても
先にこちらの武器が破壊される。
 それを見たエドは対艦刀を構える。
「宇宙人には判らねえか……」
「むう!」
「俺はコイツを信じてるんだ!」
 吼えるとグフの剣撃を受けきった。
 見事な体さばきにノリスも感嘆する。
「なるほど、反射神経はいいようだな……だがっ!」
 グフは初めから勝負を決めるつもりでいた。
 3連装35mmガトリングでソードダガーのメインカメラを銃撃し破壊すると、そのまま後方へ飛びのける。
「なに!?」
 エドは直にサブカメラに切り替えたが、周囲にグフは見えない。警告音が鳴り響いた。
「上かッ!」
 見上げると衝撃が伝わった。そしてモニターにはグフの映像が映る。
 エドは反射的に対艦刀を構え、振りかぶった。しかし、銃弾とは別の何かがエドにそれをさせなかった。
「目の良さが命取りだ!!」
 そして次の瞬間、モニターがブラックアウトし、コックピットは闇に包まれる。完全に機能を失ったのだ。
 ノリスは動かなくなったソードダガーから目を外すと、もう一つの木馬に目を向けた。

 ムウのイージスに一直線に向かっていったニムバスのイフリートは、両手のヒートサーベルで襲い掛かった。
「卑怯者めが! この私が裁いてやる!」
「なに……!」
 何とか応戦するムウだったが、ニムバスの攻撃は一撃一撃が重い。
 イフリートはグフよりも近接戦闘に特化した機体である。その特徴はイージスと同じなのだが、用兵思想は
根本から違った。イージスは状況に応じた最適な形態を選択することで、単体での高い攻撃力、汎用性を実現
している。しかし、実際はMA形態を有効に使うために宇宙戦を優先されており、陸戦は二の次。更に変形機構
が複雑過ぎる上に使い勝手が難しいときている。
 一方のイフリートは陸専用にし、高い運動性と格闘能力を持つ。そのため装甲も厚く、マシンガン程度では
傷一つ作れない。さすがにビーム耐性は低いが、陸戦においては完成された機体だった。
「このスピードの前に敵なぞいないッ!!」
「……っ!!」
 ニムバスの高笑いと共にイフリートが接近する。後方に下がるムウだが、ニムバスは更に懐に入り込む。
「ええい! 何なんだこの感じは!?」
 防戦に徹していたムウが口にする。先程から頭の片隅に、妙な感覚が走るのだ。口では表現できない奇妙な
感覚――クルーゼと戦った時に感じるものに近かった。そしてそれは上空から感じる。
「身の程知らずが!」
 そんな感覚の所為で、目の前の戦闘に集中できない。だがそれを言い訳にしてはならなかった。
「くっ! このままじゃ立つ瀬がないでしょ、俺は!」
 振り上げられたヒートサーベルを受け止め、イージスはイフリートの右腕を斬り飛ばす。
「こしゃくな……!」
 一旦距離を取るニムバス。
 不意に、イージスが頻りに上を気にしていることに気づくと、興味本位からニムバスも空を見た。
「美しい……」
 そこには華麗とも言えるMS操縦で、ストライクを翻弄するグフ・フライトタイプがあった。

 ノリスは未だドミニオンを離れていなかった。アークエンジェルから、レナが救援に駆けつけたのである。
(こいつ、できる!)
 レナはこのグフに今までの相手とは違うことを直感した。エドは無鉄砲だが近接戦闘なら自分と互角の腕を
持つ。対艦刀にこだわらなければ、達人クラスになれる。そんなエドを目の前のグフは破っているのだ。
 レナは重火器を構えながら、教え子の乗るデュエルダガーに叫ぶ。
「貴方は対空砲火に専念なさい!」
「ありがとうございます教官」
「……行け!」
 声と同時にグフが突っ込んでくる。レナはそれを見るとウエポンパックを開きミサイルを発射した。雨とも
言うべき数のミサイルがグフに降り注がれる。
 さすがのノリスも怯んだが、冷静にガトリング砲を構え、迫るミサイルを撃ち落す。
 結局一発も当たることはなかったがレナにとっては計算済みだった。爆風と弾幕によって形成された土煙が、
煙幕の代わりを要したのである。
「落ちなさい!」
 “乱れ桜”の異名を持つ彼女はビームサーベルを抜くと、機体を高機動させて煙の中に突っ込んだ。
「なにぃ!?」
 煙の中から飛び出してきたバスターダガーを見たノリスは目を見開いた。支援MSと思っていた機体が懐に
飛び込むなど考えても見ないことだ。
 避けることは不可能と判断したノリスは咄嗟にシールドで受けたが、耐え切れず熱を上げて切断される。
「……やるではないか!!」
 シールドにはガトリング砲が装備されている。これを破壊されたことにより、射撃能力が著しく低下した。
仕方なくシールドを排除すると、3連装35mmガトリングを撃ちながら距離を取り、ソードダガーに剣を向ける。
「どうだ。まだ戦友は生きているぞ!」
 ヒートサーベルをコックピット部分に当てて脅迫する。あまり褒められた行為ではないが、作戦続行には
このエース機を自分が抑えなければならない。
 ノリスは自分の価値観よりも任務を優先させた。

 その頃エドは、停止してしまったシステムと格闘していた。
「外はどうなってんだ……」
 目に写るのはマグライトに映る範囲のみで、後は闇しかない。モニターも何もかも死んでしまったために、
外の様子が分からない。爆発音と銃撃音が聞こえたが、あのグフはデュエルダガーと抗戦してるのか……?
「チクショーッ!! 殺るなら一思いに殺れぇぇぇっ!!」
 怒りに任せて目の前の計器をぶん殴るが、機体が動くはずが無い。
「こんなことなら講義聞いときゃよかった」
 苦労の末、配線し終えたエドは、気合を入れつつスイッチを押した――
「ええい。このスイッチだ!」
 ――が、そう都合よく機体が動くはずがなかった。

「まさかこれほどまで厳しくなるとは……」
 ジャンは周囲を確認しながら、グフ・カスタムと相対していた。
 戦況は完全にジオンに傾いている。ドミニオン大破がそれを物語っている。
 アークエンジェルは健在だが、直援は新兵の2人。スカイグラスパー隊はセイラが離脱したことによって、
倍の数のドップと渡り合っている。
 キラも支援に入るが、ストライクもたった1機でドタイ部隊を相手にしなければならない。
 モーガン、ジェーン、ゼロの3人はグフ・フライトタイプに完全に拘束され身動きが取れない。
 エドは既にやられ、レナが救援へ向かったが、彼女でもジオンのエースに勝てる確率は五割程だろう。
 余裕があるのは自分とムウぐらいだ。
「フラガ少佐、申し訳ないのですが、イメリア大尉を助けにいけますか?」
「冗談言うなよ……おりゃ! コイツ腕一本でも……どりゃ! 結構やる……うおっと!?」
 ムウが相手するニムバスは、ゼロをイラ付かせているグフ・フライトタイプを見て何か思いついたらしい。
俄然張り切りだしたようだ。ヒートサーベルを狂ったように振り回し、イージスを圧倒し始めている。
「……仕方が無い」
 ジャンは相手にしていたグフ・カスタムの脚部を切断した。これで敵機は動けない。
「私が支援に行きます。少佐、後は頼みます」
「ちょっと待てぇぇぇっ!!」
 理不尽なジャンにムウの咆哮が響いた。

「おのれ、止めを刺さんつもりか!」
 グフ・カスタムに搭乗しているグレン・ステンセル大尉は唇を噛んだ。
 この連合のパイロットは哀れみのつもりか自分を生かそうとしているらしい。先程からの戦闘も、随所に
手を抜いている感があるのだ。
「このまま行かせては――」
 グレンはノリスが直々にグフ・カスタムを与えられた男だった。階級が上の士官もいる中で、ノリスは自分
を選んでくれたのだ。しかもノリスと同じ機体にである。グレンとしては感激の極みだった。そのため何とか
期待にこたえようと踏ん張ったが、連合のパイロットは運悪くにも“煌めく凶星「J」”。白く塗られた機体に
終始翻弄され、最後は情けをかけられた。これ程の屈辱はない。
「――大佐に申し訳立たぬ!」
 グフは背部スラスターを全開にすると、地面を擦りながらデュエルダガーへ突っ込む。
「!?」
 側から見れば不気味な動きだが、それが功を奏した。一瞬ではあるがジャンの動きが止まったのである。
 グレンはその一瞬を狙って、腕に仕込んだヒートロッドをデュエルダガーに飛ばした。その先端は一直線に
デュエルダガーの右足に張り付いた。
「なっ!?」
 ジャンは咄嗟にアンカーを振り払ったが、流された高圧電流が右足の機能を完全に奪う。デュエルダガーは
バランスを崩し、地面に倒れてしまった。
「油断した」
「これで互角! 続きといこうか!!」
 ヒートサーベルを抜き、這いずりながらデュエルダガーは迫るグフ。その執念はすさまじいものである。
「……致し方ないか」

 ノリスとレナの睨み合いは、今だ続いていた。
「さあ、どうする!? 連合のパイロット!!」
 ノリスは叫びながら35mmガトリングをバスターダガーに放った。
 レナはそれはかわしながら、思考を巡らせる。
「本っっっ当に、エドの奴使えないわね」
 愚痴っても仕方がない。エドの機体は敵の手の中にあるのだから。
「……でも、このままじゃ埒が明かないわ」
 本格的にエドを見捨てることを考え出す。このグフは間違いなくエースだ。ジオンの欧州方面軍一の技量を
持つと言っても納得できる。自分がサシで戦ったとしても、勝てるのは難しい。
 敵機がエネルギーか弾切れを起こすまで耐える方法もある。しかし今アークエンジェルを護衛しているのは
サイとトールのみ。ドタイもアークエンジェルに狙いを絞っている。自分も支援に向かわなくてはならない。
「エドには悪いけど、これも戦争よ」
 レナは決心をつけた。エドを見捨ててグフを撃つ。
 このまま対峙しても事態は進展しない。それにこのエースパイロットを放置すれば、何人のMSパイロットが
犠牲になるか分からない。今ならエドだけで済む。
「悪く思わないでね」
 そして収束火線ライフルをグフに向けた。しかし次の瞬間、グフはエド機を無視して飛び退いた。

 ノリスは何が起きたのか理解できなかった。バスターダガーが銃口を向けたことは問題ではない。
 一瞬。
 そう一瞬だけモニターに光が映ったのだ。それが何か理解する前に、ノリスは機体を動かしていた。案の定、
さっきまで自分が立っていたところを徹甲弾が掠めた。コックピットを狙ったものだろう。
「狙撃ッ!?」
 ノリスが状況を理解している間に、レナは次の行動に出ていた。
 エド機を離れたグフにライフルを連射する。
「チィッ!!」
 ノリスはドミニオンの影に身を隠す。
「……これ以上の戦闘は無理か」
 ノリスの考えた作戦は、木馬を行動不能にすることが目的だった。
 木馬は鉱山基地への奇襲、言い換えれば後方撹乱が目的だ。ノリスとしてはそれを阻止しなければならない。
だがそれは、木馬を撃沈させる事とは等しくない。つまり行動不能にするだけなら、従来のMSで対応できる。
「やはりドムは必要なかったな、マ・クベ中将」
 ノリスはドム2個中隊を前線への救援に向かわせていた。彼らがいれば多くの将兵が救われる。
「味方の損害は多いが、木馬を1隻行動不能にした。作戦は成功と見なす」
 言うとノリスは撤退の信号弾を上空へと放った。

「引いていく……?」
 グフを殿に撤退を始めたジオン軍を見てレナは安堵した。
「やれやれ。しかし、あの狙撃は一体誰が……」
 方向から狙撃位置を割り出すと、そこには1体のライトニングダガーが砲を構え立ち尽くしていた。
肩に書かれた番号から、それがサイの機体であることが確認できた。
「アーガイル伍長……」
「た、大尉。大丈夫でありますか?」
 通信からはサイの興奮した声が聞こえた。
 あの時、援護に向かうジャンの機体が破壊されたことにより、サイが代わりに駆けつけたのである。サイの
能力は総合ではトールに劣るが、射撃だけは上回っていた。ジャンは新兵とは思えない射撃能力を持つサイに
支援を任せた。案の定、彼の狙撃によってレナはエドを見逃さずにすんだ。
「キャリー中尉に代わって援護に来たのですが、拙かったでしょうか……?」
「構わない。助かったわ……」
 レナはねぎらいの言葉を掛け、通信を終えると不機嫌になった。あのままでいたら自分はエドを殺していた。
それを新兵のサイに助けらたという事実がレナのプライドに小さな傷をつけた。
「私としたことが……」
 それでも助けられたことに代わりは無い。サイを侮蔑することはしなかった。
 レナは何かを振り払うように横たわったソードダガーに向けて通信を送る。
「エド、生きてる?」
 返事が無い。ソードダガーに損傷は無いから、電源自体が落ちていると考えられた。
「ヒートロッドにやられたか。グフと戦うときはあれ程注意しろと教えたのに……」
 不機嫌なレナは更に不機嫌になった。
 とりあえず動けないソードダガーを回収しながら、エドへの厳しい懲罰を考えるレナであった。

「サイ! トール! 無事で良かった」
 アークエンジェルに帰還したキラは喜び勇んで2人に駆け寄った。
「そう簡単にやられるかって!」
「後ろで撃ってただけだからね……」
 この戦闘でトールはMSを2機撃墜、サイは戦闘機および爆撃機を3機撃墜、MSを1機撃破していた。
 キラが撃ちもらした特攻隊をそれぞれが撃ち落した結果である。MSの乗ったドタイは重量が増したことに
よって動きが遅くなっており、トールがMS、サイがドタイを分担することで、この戦果を上げれたのだ。
「それでも初陣でこの戦果はたいしたもんだ」
 マードックがねぎらいの言葉をかける。2人はテレながら頭をかくが、キラは浮かない顔をした。
「でもこちらの被害も大きいですよね。セイラさんも……」
 キラの言葉にうなだれる面々。
 セイラは戦闘機2機を撃墜するも乗機は小破した。本人に怪我は無いが、1つ間違えれば命はなかっただろう。
他の損害はドミニオン中破。デュエルダガー2機大破、1機中破。105ダガー1機小破。スカイグラスパー1機大破、
1機小破といった内容だ。
 キラ達はこれからが厳しい戦いに不安になり始めるのだった。

 ニムバスはミンスクに戻るなり、報告もせずグフ・フライトタイプに駆寄る。目的はグフのパイロットだ。
「間違いないNTだ!」
 ストライクを華麗な操縦で翻弄したグフのパイロットを、ニムバスはNTと断言した。
「やっと見つけたぞ。騎士になるべき存在を……」
 ニムバスは興奮気味にパイロットの所へ向かった。
 彼は子供の頃から母親に“NTの騎士となれ”と教わっていた。彼女は亡命したコーディネイターでジオン・
ダイクンの思想を盲目的に信じていた。だからこそ息子にNTと繋がりを持たせようとしたのだ。
 ニムバスも騎士になる夢を見ながら軍に入隊した――のだが軍に入ってもNTなどには会わなかった。
 コーディネイターの友人は、ジオン国民こそNTだと息巻いていたが、ニムバスの目にはそうは映らなかった。
現に最初の上官は自分の保身しか考えない輩であったし、周囲の人間にも碌な奴がいなかった。
 赤い彗星など、NTの噂はよく聞くが彼は会ったことがないので判断できない。そんなこんなのうちに、彼は
左遷され、現在に至っていた。
 そのニムバスの前に現れたパイロットの操縦は、敵の動きを完璧なまでに読み、当たり前のごとく回避する
という、MSとはあそこまで動けるものだったのか、と感心させる程に美しかった。
 初めて目にしたNTの存在に、ニムバスは周りが見えなくなっていた。
「おおっ!」
 グフのコックピットから出てきた人物は、ニムバスが出撃前に出会った少女だった。
 ニムバスは周囲の人垣を掻き分けると、少女の前にひざまずいた。
「名をお聞かせ願いたい!」
 突然のニムバスの行動に、彼女は驚く。
「……マリオン、マリオン・ウェルチ」
 ニムバスの剣幕に恐る恐ると口にした。
 名を聞いたニムバスは、何と良い名前なのだろうと考えると、誰も予想し得ない言葉を言った。
「私がマリオンの騎士となろう」
 聞いていて恥ずかしいセリフを口にする。
 周りにいた整備兵やNT研究者達は呆気にとられ、口をポカンと開けている。
「私はハーフだが、ただの純潔種には負けん。だからこそ……」
「キモイ」
「なっ!!!」
 マリオンはそれだけ言うと急ぎ足で逃げ出してしまう。ニムバスはその姿を唖然と眺めるしかなかった。
 ちなみに、この日からニムバスはロリコンだとする噂が広まったのは言うまでもない。