【6月2日】
アスラン・ザラは悩んでいた。
あ、一応説明するが、抜け毛についてではない。
それは、明後日6月4日が八神はやての誕生日だからである。
何か良いものを……と考えるアスランだが、ハツカネズミモードになってしまった彼の頭には何も考えが浮かばない。
否、簡単に考えればジュエリー系が良いのかもしれないが、それだとあまりにも普通じゃないか? という考えがあったのだ。
そのため、アスランは何かないかと知人に相談し始めたのである。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――バルトフェルド――
「やはりコーヒーだろう。ちょうど良い豆を……」
聞く必要はなかった。
――ハイネ――
「おまえもちゃんと考えるようになったんだなぁ」
軽く馬鹿にされた。
――ゲンヤ――
「キスの一つでもしてやれよ」
遊ばれた。
――なのは&フェイト――
な「ジュエリー系かな」
フ「髪どめはどう?」
な「あ、けど私だったら……」
大きく話が脱線していった。
――ヴァイス――
「豊胸剤はどうぐぁ」
即、殴り倒した。
――ヴォルケンズ――
シャ「アスランさんからだったら、それではやてちゃんは喜びますよ」
それが一番困る。
ヴィ・シグ「主/はやてを泣かせればどうなるかわかってるよな」
髪が何本か抜け落ちた。
ザフ「ネタにはなるなよ」
それは、執筆者に言ってくれ。
最後のほうは、アドバイスにすらなっていなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「で、あたしたちに聞きにきたわけ?」
「そうなるな」
ティアナのやや呆れた様子に、苦笑いするアスラン。
答えが見つからなかった彼は、ディアッカと偶然その場にいたティアナ、イザークに話をしたのだ。
「みんなの前で、はやては俺の嫁だ! って言うとか」
「あんた、それプロポーズになってるわよ」
ある意味最高級のプレゼントだが、ディアッカの発案にティアナはため息をつく。
アスランは、といえば、目を点にして固まっていた。
「悪い、スルーしろ。……けど珍しいな。おまえならペットロボットでも贈ると思ってたんだけど」
そんなアスランに、さも意外だと言わんばかりにディアッカが口を開く。彼なら大量のロボットを―――それも「てやんでぇー」と言う球形のモノを作りそうだとなぜが思ったのだ。
「いや、ペットロボットはもう贈ったことがある」
―――そうですか……
「……まさかなんの包装もせずに渡した……わけねーよな」
まさかそれはない――とは思えるのだが、こいつはどこか大切な回路が抜けていることをディアッカは経験していた。
そして、彼の予想は的中するのである。
「よくわかったな」
目を丸くしている時点で、アスランはわざとではないのであろうが……
……ブチッ
「こんの馬鹿たれぇ」
鈍い音を……ある特有のメキッという音をさせながら、アスランは壁に叩きつけられた。
「プレゼントになんの包装もしてなかっただと!」
今まで静かに三人の会話に耳を傾けていたイザーク。人の色恋沙汰にいちいち付き合う気はなった彼だが、アスランの言葉にデュエルによるフルスイングを決行したのだ。
「ちょ! やりすぎだぜ」
さらに追撃を加えようとするイザークをディアッカが必死に引き止める。
たしかに一度アスランを再起動させる必要はある点では彼も同じ意見ではあるがが、はやての誕生日は明日。時間が足りないのだ。
一方でティアナは、といえば慣れたものだというように話を進める。アスランの口から流れている血については、触れる気がないようだ。
「なんで包装しなかったのよ」
「それは……」
「それは?」
「驚かせようと思ったんだ」
「は?」
つまり、アスランは
1 買い物袋の中に、荷物と一緒にハロを仕込む
2 何も知らないはやてが、買い物袋からいきなり飛び出してくるハロで驚く
というプランのために、ハロを包装しなかったのだ。
ちなみにこれには小さなエピソードがつき、はやてを驚かせたハロはヴィータに破壊され、後で修理したハロをアスランが持っていくということになったのだが……
「とりあえず話を戻すわよ」
プレゼントを明日までには買わなければならないため、ちんたらとはしていられない。
「ジュエリー系とか花束以外ってなるとな~」
ディアッカは首を捻る。あまり良い考えは出てこないようだ。
「プレゼントってなると……」
「美味しいものでもあげてみれば?」
「たしかにそれもありだな」
ティアナの言葉に、イザークは頷いた。
「はやてに食べ物を贈ったことはあるか」
「いや、それはないな」
「なら、何にするかだな」
ジャンルは決まった。後は、どんな物をプレゼントするかだ。
「はやてさんの故郷の料理とかは、どう?」
「和食か……」
「納豆は上手いよな」
ぽつりと思い出したようにディアッカは呟いた。
「「「納豆?」」」
すると、聞き慣れない単語に三人が首を傾げた。
六課に所属していたときには、隊長であるはやての影響か、和食が出ることもあった。だが、納豆という食べ物は一度も登場していない。
「日本の食事だから、はやての世界にもあるはずだぜ……ってどこ行くんだ」
納豆についてのレクチャーを始めようとしたディアッカだが、アスランは瞳に決意を秘めて立ち上がっていた。
「納豆を捜しに行ってくる」
風のように飛び出していくアスランを眺めながら、イザークはシグナムから聞いたあることを思い出していた。
「はやては……たしか納豆が嫌いじゃなかったか」
……………
すべての動きが止まった。
石像になったわけでも、凍らせられたわけでもない。だが、それだけ事が重大なのだ。
よく考えて見ればわかったことだ。なぜディアッカが美味いというのに、一度も六課で納豆が出たことがなかったのか。
そして、納豆を嫌いなはやてにとって、自分達がしたことは非常にマズイことであり、その先には当然地獄絵図が待ち構えている。
アスランとはやてだけではなく、ヴォルケンリッターの怒りをも買えば白い悪魔も超えるであろう……
彼らに残された道は、一つだった。
【6月3日】
スバルは、イザークの自宅前で佇むかつての仲間を見つけた。
「ニコル~、やっほ~」
「あれ? スバルさんどうしたんですか」
「久しぶりにティアに会いに行ったら居なくて、ここかなって思ったんだ」
「違うと思いますよ。誰も居ないですし」
そう言いながら、ニコルはイザークの部屋を見る。窓は閉められ、中は明かりが燈(とも)っていない。
「アスランとディアッカにも連絡が取れないんですよ……どこに行ったんだが」
小さくニコルはため息をつく。そんな彼に、スバルは一つの提案をする。
「ねえねえ、ニコルは暇?」
「はい。今日は休みなんで」
「じゃあさ」
キラリ、と輝くスバルの瞳。
「美味しいアイスクリームのお店を見つけたから行かない」
「いいですね。行きましょう。」
ニコルも笑顔でスバルの提案に頷いた。
「みんなと食べたかったんだけどな」
「どうせ、どこかで遊んでるんじゃないですか」
それだけを言うと、ニコルはスバルとイザークの家を後にする。
彼らが今、己の生命をかけて戦っているということも知らずに……
【6月4日】
真紅と白銀の光―――アスラン・ザラとイザーク・ジュールが激突していた。
「どういうつもりだ、イザーク」
ラケルタとデュエルが交錯し、二人の魔力光が花びらのように散っていく。
「おまえにソレを持って帰らせるわけにはいかん」
「ふざけるな!」
襲い掛かってくるイザークのデュエルを受け止めながら、アスランは怒鳴る。今日中に、はやてに誕生日プレゼントを渡さなければならないのだから。
「いくぞ、ジャスティス!」
〈フォルティス、フォルクリス、ケルフス、スタンバイ完了〉
アスランの肩付近を中心に浮かび上がる無数の光の粒。それらが一斉に放たれた。
パワーは互角。ならば、物量で押し切るのみ。
「くそォ」
イザークはバリアで防ぐが、バリアに意識を回したことで拮抗していた今までのバランスが崩れてしまった。
弾き飛ばされるイザークを横目に捉えながら、その隙を突いてアスランは離脱を試みる。
だが、無数に飛来した黄とオレンジの魔力弾に阻まれた。
「いますぐソレを放棄してください」
「ソレは諦めろアスラン」
そう言いながら姿を現したクロスミラージュ、バスターを構えたティアナとディアッカ。
二人もまた、アスランの行動を阻止するために来たのだ。
アスランが背負っているザックの中には「天狗納豆」と書かれた袋が複数入っている。これがはやてのもとに渡るのを阻止することが、最優先なのだ。
「クロスファイアー」
ティアナの周囲に現れる30の魔力弾。
「シュート」
不規則な軌道をとりながら襲い掛かるが、アスランはそれらを撃ち落とし、はたまた避けていきながらティアナに迫る。
「俺を行かせろ!」
普段は出すことのない戦士としての覇気に、ティアナは思わず後ずる。すると、後ろから跳び上がったディアッカがバスターを構えていた。
「いくぜ、炒飯大盛」
黄色の魔力弾が広範囲に散弾しながら放たれる。
「やったか?」
数撃ちゃ当たると考えたディアッカだが、砂煙がやむとそこには誰もいない。足止めにすらならなかったことにディアッカは唇を噛んだ。
「撒けた……な」
一方のアスランは、ディアッカの攻撃を逃れて空に上がっていた。空はまだ青い。
「これなら、今日の夕飯後には間に合う」
自然とため息が漏れ、肩の力を抜く。
だが、安心するには……まだ、早かった。
「逃げるな、この腰抜けぇ!」
アスランの頬を魔力弾が掠め、顔を上げた時にはイザークがすぐ目の前にせまっていた。
―――止める時間など、ありはしない。
わすがな油断と慢心が、致命的なミスを引き起こしたのだ。
「周囲の警戒を怠るとは、情けない」
弾き飛ばしたアスランを見下ろす形で呟くと、イザークはデュエルを持つ手に力を籠める。
〈モードASに移行します〉
イザークの足元に現れる正三角、剣十字の魔法陣。
真冬の、どこまでも吸い込まれていきそうな蒼い空色が刀身を染めていく。汚れを知らない清らかなその色は、敵味方なく相手を魅了するであろう。
「構えろアスラン! おまえはその程度なわけがないだろう」
途端、アスランの目が獲物を追い掛ける捕食者のものとなった。
「当たり前だ」
その言葉に呼応するかのように、ジャスティスのコアが輝いた。
それからの戦闘は、傍目には真紅と白銀に輝く線が幾度となく交差し続けているようにしか見えなかったであろう。
アスランは近中距離型、イザークは近接格闘型。多くの者は、アスランが距離を置いて戦うべきだと言うだろうが、イザークの動きがアスランに魔力弾を撃たせる隙を与えない。近接戦闘において、銃は邪魔でしかないのだ。
そして、どちらもが元六課での高速型のポジションについていた。ともなれば、高速戦闘によるぶつかり合いになることは必然であった。
「……ちょっと、何よあの速さ」
二人が繰り広げる舞台に辿り着いたティアナは、ただその光景を呆然と見つめるしかなかった。
援護など、出来るわけがない。誘導弾を使ったとしても、アスランに当てられる自信はティアナにはなかった。クロスミラージュを握る手に、知らず知らず力が入っていく。
「俺達はやれることをやればいいんだよ」
そんなティアナの肩を叩くと、ディアッカはバスターを掲げてみせた。
拮抗していても、チャンスは必ずくる。いつまでも二人が動き回っているわけでもない。訪れたチャンスをきっちりと決めればいいのだ。
拳と拳を合わせると、ティアナとディアッカは砲撃をするに相応しい場所へと駆け出した。
互いに相手の武器を受け止めては弾き、
「おおおおお!!!」
「てぇぇぇい!!!」
幾度となく交錯する二人。
アスランはラケルタを薙いだが、イザークはそれを体を沈めて避ける。そう、リベロパッソによって作りだされた足場によって、地上にいる時と同じように体を沈めて避けたのだ。
頭上を通り過ぎていくラケルタを感じながら、イザークは力強く一歩を踏み込むと、風を切り裂くようにしてデュエルを振り抜いた。
自動的にバリアが展開されるが、アスランはすぐに自壊させると距離をおく。
両者の間に広がる爆煙。
相手の位置を確認するため目を凝らすアスランに、ジャスティスが警告音を発した。
〈マスター、二カ所からロックされています〉
イザークに集中するあまり、彼は残り二人の動き見落としていた。そして、ロックされたということは……
「ファントムブレイザー」「グゥゥレイトォ」
撃たれるということでもある。
二本の奔流をバリアで受け止めるが、勢いまでは殺せない。じりじりと、アスランは爆煙へと押しやられていく。
そして、
「貰ったぁ!」
待ち構えていたかのようにイザークが飛びだしてきた。
躊躇いなくアスランは全包囲へのバリアを展開。迫りくる敵を見据えるが―――敵、イザーク・ジュールは笑っていた。まるでこうなることがわかっていたかのように……
デュエルから飛びだす一つの薬莢。
「氷刃一閃」
ガラスをバットで叩きわるように、あっさりとバリアを破壊していく斬撃。
舞うように弾ける氷のカケラが、アスランの視界を奪う。
時間にして僅か数秒だが、イザークにはそれで充分であった。
―――この構えは?!
視界が晴れ、アスランが目にしたものは、デュエルを目標にまっすぐ向けているイザーク。デュエルは剣先から根元までが二つに割れ、その間に鉄球が備えられている。
「シヴァ」
二つに分かれた刀身で加速された鉄球がアスランへと打ち出されていた。
狙いは鳩尾。
アスランはスローモーションを見ている気分になった。
当たれば確実に意識が飛ぶであろう凶弾が、ゆっくりと近づいてくる。
(ここで終わり……なのか)
はやてにプレゼントを渡すこともできずに終わりたくはないアスラン。だが、避ける時間はないのだ。
諦めようとしたその時、ふっ、と脳裏を過ぎていくはやての―――今、最も大切に思っている彼女の笑顔。
(そうだ、俺は)
その笑顔を見たい。はやてを喜ばせたい。ただそれだけだけで――
(はやてに納豆を届ける!)
アスランの確固とした意志が、彼のSEEDを覚醒させた。
【6月5日】
一人の少女が歩いていた。
晴れ渡る天気とは正反対の暗い顔。
何かに怯えるように歩く彼女に、一つの影が擦り寄っていった。
「ティアナ~、ちょっとええかな?」
背後からの呼び声に、頬を引き攣らせるティアナ・ランスター。
昨日は、覚醒したアスランを止めることに失敗。彼の誕生日プレゼントの原因が自分にもあるため、今日は実戦時とおなじように周囲に気を配っていたのだ。だが、そんな状態でいてもはやての気配に気付かなかったのだ。
「ティアナ~どないしたん」
機嫌が良さそうな声だからこそ、振り返らせることを躊躇わせる。
覚悟を決めるしかない。
「すいませんでした」
先手必勝、先に謝ることで穏便に済ませようとティアナは考えたのだ。
「最初に提案したのはディアッカで、だから……その……あいつを煮るなり焼くなり埋めるなり、好きにしてください」
保険として、はやての怒りを発散させる方法を提示することも忘れない。
だが、はやてからは何の返事も返ってこない。
(やっぱ、駄目よね)
やることはやった。後はどうにでもなれ、だ。一人で来たということは、思っていたよりも酷くない罰になるかもしれない―――ティアナは恐る恐る顔を上げ……目を見張ってしまった。
六課の時でもそうだが、フェイトやなのはに隠れてはいるがはやての容姿は決して劣っているわけではない。
それでも、はやての行動は六課の隊長的な要素が高かったため、ティアナにとっては「お母さん」や「尊敬する上司」といった気持ちが強かった。
だが、今はどうだ。童顔であることは変わらないのだが、一人の女性として初めて思えたのだ。
「はやてさん、どうしたんですか。なんだか綺麗に……」
すると、はやては嬉しそうに笑みを浮かべる。
「なんか今日は、みんなにそう言われるんよ」
(ありえない。納豆嫌いなはやてさんが納豆を貰ってなんでそうなるのよ)
照れをごまかすようにはやては頭を掻きくが、ティアナはわけがわからない。
「昨日……何があったんですか」
はやてがどう反応するかはわからなかったが、どうしても尋ねるより他なかった。
「それはな、皆のお陰でアスランとの仲がも~っとよくなってな。だから、とりあえずそれだけを今日は言いたかったんよ」
はやては某白い悪魔がディバインバスターを打(ぶ)ち噛ました時と同じようなすっきりとした顔をするが、ティアナはまだわからない。
(抽象的すぎ。わかんないじゃない)
頭に?マークを浮かべるティアナに困った顔をするが、はやては恥ずかしそうに口を開く。
「皆のお陰で……あの日のアスランがうちにあげられる物はアスランしか無かったんよ。けど、そのお陰でアスランとの仲がより一層深まったっていうだけや」
それだけを告げると、はやては満面の笑みで歩いていった。
そして、一人残されるティアナ。
「そんなのあり?!」