……私は、兄の叶えられなかった夢を叶えたい
……私は、自分を助けてくれた魔導師のようになりたい
……俺は、かつて見た少女がきっかけでこの道を選んだ
……俺はただあいつに勝ちたいだけだ!
……俺は、短気なあいつが心配だから
……僕は、ただ自分のできることをしたいんです
少年少女達は
それぞれの想いを胸に秘め
ここに集う
『grow&glow』
プロローグ
新暦71年4月29日。ミッドチルダ北部臨海第八空港近郊
歳にして10を少し過ぎたほどの少年は、目の前の光景に目を奪われていた。
繚乱と舞い上がる火の粉。
時折吹く風が、飛沫を散らすかのごとく盛大に宙を乱舞させ――。
少年の類い稀なる翡翠の瞳は、しっかりとそれを焼き付けていた。
「アスラン! いけないと言ったでしょう」
アスランと呼ばれた少年は不満げに、駆け寄ってくる女性を見上げるのだった。
「すみません母上」
「まったく。ここは安全だけど、魔導師さん達の邪魔になるから」
火災現場から離れていようが、近くには指揮車と思われる車も止まっている。その上にモニターを展開しているのは指揮官であろうか。少し目を動かせば、陸士部隊の制服を着た人々がせわしなく動き回っていた。
「母上、本当に大丈夫なんですか? あの火災は」
アスラン・ザラはどうしても尋ねずにはいられなかった。
これだけ大規模な火災は、そう簡単に消えることはない。故に、消火には長い時間がかかるはずだと考える。
「大丈夫よアスラン。優秀な魔導師の人がたくさん来てくれるはずだから」
頬に優しく触れながら、レノア・ザラは自分の子供の不安を除こうと告げる。
その時、突如として空港から巨大な爆発音がした。天そのものが崩れ落ちてきたかと思うような轟音。
見れば、桜色の奔流が天に突き刺さっている。
「母上・・・」
「大丈夫だから」
この時、自分の母親の頬が引き攣っていたのは気にしてはいけない、とアスランは思った。
二人には、いったい何が起こったかがわからない。むろんこれは、スバルを救助した高町なのはが、脱出経路を確保するために起こしたものである。
時と場合によれば、綺麗とさえ思える桜色の光。目を奪われていたアスランは、ふと指揮車に走っていく一人の男に気が付いた。男は、車の上から今まで指揮をしていたと思われる人物と話し始める。
「女の子?」
その時になってようやく、指揮をしていた人物が、自分と同じ歳くらいの少女だとアスランは気づくのだった。
しかし自分と違い、男とおなじ陸士部隊の制服を着用。
隣で母が何かを言っていたが、耳には/頭には入らなかった。
アスランの意識は、全てが少女のもとへ。
整った目鼻立ちは幼い柔らかさを含んでいるが、弱々しい雰囲気は微塵も感じさせないまでの自身が表情に宿っている。
自分と同じ子――女の子。
自分とは違う――女の子。
アスランの瞳に/脳に/心に少女の姿が焼き付いて――思わず息をのむ。
一拍。
我に帰ったときには、少女は男性から離れて空港に向かって走り出していた。
そして次の瞬間、少女はやわらかい白い光に包み込まれ、羽根のように白い光が散っていくと、
3対の漆黒の翼
白を基調としたジャケットと帽子
少女の背丈もありそうな杖・・・
少女は紛れも無い、一人の魔導師の姿となっていた。
彼女は大地を蹴ると、軽やかに空へと飛び立っていく。
……見失いたくない。
ただそれだけを思い、アスランは少女を追いかけるために駆け出していた。
その後アスランが見たものは、今まで生きてきた中でこの上ないまでの衝撃となる。
一人の少女の魔法によって、次々と収束へと向かう紅蓮の炎。
魔法をまだあまり知らない/習ったことの無いアスランでも、その能力の凄さはわかってしまう。
……いったい何者なんだろう。
会ってみたいという思いが心の中から沸き上がる。そして、もっと彼女を見ていたいという思いに捕われる。
だが、
「なにをしている。子供は邪魔になるからあっちにいってろ」
通り合わせたのか、年若い青年魔導師に右手を捕まれる。
それは時間にしてほんの僅か――だが、今は夜。少女を見失うには充分な時間のロスだった。
結局、アスランは何もわからないままだった。
……それでも、会って話しがしたい。
なぜここまで自分が思ってしまうのか。アスランは自分に問い掛けてみるが、荒ぶる感情の中から答えは見つからない。
「あの、自分はアスラン・ザラといいます」魔導師へと向き直る。
「なんだ?」
「今の、今の魔法を使った少女は誰なんですか」
名前がわかれば、いつか会うことができるかもしれない。それは、現状でのアスランができる最後の手段だった。
だが、アスランの言葉に魔導師は怪訝そうな表情を浮かべ、やがて首を横に振った。
「それは特秘事項だ」
「何故ですか!」
「レアスキル保持者だからと言ったらわかるか? お前さんは」
首を捻るアスランに、彼は親切にも理由を話してくれるのだった。
『特秘事項』となることが、レアスキル保持者すべてに共通する措置とわかると、何も言うことができない。普通と違うということは、それだけで多くの意味を持つ。
会って話をしたいと思ったが、それは叶わないことだった。
「わかりました」肩を落とし、しょげ返る。
今のアスランには、これしか言えない。この世界では、ただの民間人であるアスランには、本当にどうしようもないことだった。
「……おい、何か言いたいことがあるんなら伝えてやれんこともない」
この魔導師は、以前にも八神はやての活躍を見て、会いたい、話したいという子供達の対応をしたことがたまたまあった。
そのため、糸の切れた操り人形のように、がくりと落ち込んだアスランを見ていると、良心が痛み思わずそう口に出していた。
「本当ですか!」
「あたりまえだ」
乾燥わかめに水を加えたように、みるみる笑顔になっていくアスランを見ると、魔導師は自然に頬が緩む。
「えーと、少し待っていてくれませんか」
アスランは、必死に何を言うべきか考えた。
……頑張って下さい? ――違うな。これじゃあありきたりすぎる。なら……。
頭をフル回転させながら考え、皆が言いそうもない言葉を使いたいのは、背伸びをしたい年頃だからなのだろうか。
しばしの時が流れ、ようやくアスランは自分が納得する言葉を見つけ出す。
「あの」
「ん?」
一方で魔導師は、目の前にいる少年を暖かく見守りながら、彼が何を言おうとしているのかを考えていた。
ただ、今までの子供達の言葉は「頑張って下さい」「かっこよかったです」といったありきたりのもの、歳相応のものだったため、今度も似たようなものだろうと気楽に構えていた。
だが、アスラン・ザラは、僅かばかり普通ではない。
「か、可憐でしたと伝えてください」
「なっ!」
予想だにしなかった言葉に、魔導師は盛大にこける。
「大丈夫ですか」
こけた理由がわかるはずもなく、アスランは不思議そうに見下ろすのだった。
「可憐の意味がわかっているのか?」
「はい。素敵な女性にはそう言ってもいいと母が言っていました」誇らしそうに断言。
少し違うような気もするが、あまりにも真剣なアスランの態度に、魔導師は頷くしかない。
「わかった。そう彼女に伝えよう」
「ありがとうございます」
「何ボサッとしてんだ。」
「っ?! 失礼しました。ナカジマ三等陸佐」
アスランが走り去った後、魔導師は暫くの間ほうけており、自分の部隊長であるナカジマ・ゲンヤに声をかけられる。
「なるほどなあ」
魔導師から話を聞いたゲンヤは、その少年に興味を感じるのだった。
「俺は、今まで可憐という言葉を使う子供に会ったことがありませんでしたよ」
「おもしろいじゃねえか。まあそうやって魔導師に憧れる奴が増えれば、人材不足の管理局にとってはありがたいんだろうがな」
高町なのは、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン、八神はやてといった若き魔導師。
八神はやては、特秘事項として世間を賑わせることは少ないが、高町なのはとフェイト・テスタロッサ・ハラオウンは子供達を含め、憧れの的である。
「教導隊のおまえなら、また会えるかもな。意外に、おまえさんと話した少年ってのが、将来エースにでもなるんじゃねえか」
「隊長がそう言われますと、そうなりそうですね」
「ははは、本当に強い意志があればなれるさ。それじゃあそろそろ娘達のところにでも行くとするか」
「お二人とも無事でよかったですね」
その言葉に、片手を挙げて応えるゲンヤを見送りながら、
「アスラン・ザラか」一人になった魔導師は、少年のことを思い出していた。
少女、八神はやてに会おうとしていたアスランという少年。
その時の彼の翡翠の瞳には、力強い光を秘められていた。
「覚えておいて、損はないかもな」誰に聞こえるともない呟きを一つはき出して。
魔導師は魔法の翼を広げると、闇の中へと飛翔した。