grow&glow_KIKI◆8OwaNc1pCE氏_第02話

Last-modified: 2012-07-03 (火) 04:50:34
 

 荒い息づかいを繰り返す少年が一人。そこに居た。

 

 額から止まる気配を見せずに滲みだす汗。
 けれど、それを拭う余裕はない。

 

 次から次へと繰り出される、全包囲からのスフィアが撃ち込む魔力弾。
 それらをすべて“ブリッツアクション”を駆使してアスラン・ザラは避けていた。

 

 ブリッツアクション/腕の振りやフットワークなどの身体全体の動作を高速化する魔法。

 

 ただの民間人がこの光景を見れば、アスランを残像として捉らえることしかできないだろう。
 視界に留めてなどいられない速さ/回避行動をもってして、アスランはすべての魔力弾を防ぐことなく、ただひたすらかわし続けるのだった。

 

 とはいえ、所詮は訓練生。“ブリッツアクション”の完全マスターには至らない。
「クソッ」
 つま先をかすめ去った魔力弾の衝撃が、身体バランスのわずかな崩壊に直結=ほんのわずかな隙。
 だが、致命的な一拍だった。
 スフィアの目的は対象の撃破=弾丸の発射が止まることはない。
 よろめいたアスランを貫かんと、スフィアは大量の魔力弾を吐き出したのだった。

 

 全方位から襲いかかる光弾=絶体絶命の危機。

 

 それでも、素直に餌食になる未来をアスランは選ばない。
 自分に近づいてくる無数の軌跡を見極め、体を捻る。踵を軸に半回転。前方へ跳躍。
 そのまま、アスランは勢いを殺すことなく飛び込み前転の要領で転がりながら受け身をとり、再び駆け出した。
 その間――わずか数瞬。
 後に残るのは、無数に散らばりきらめく粒子――獲物を捕らえ損ねた魔力弾の残骸だ。

 

 結果として被弾ゼロ。が、息の上がり始めた肉体への代償は高くつく。
 体内で不足する酸素を得るためにフル稼動していた肺は悲鳴を上げ始め+荒い呼吸を繰り返した喉は息を吸い込むだけで痛みを伴うまでになり、呼吸もままならない。
 次いで、魔力弾を目で捉え、脳で認識する集中力が残っているものの、対応する動きのキレは低下する。

 

 体力の限界/スタミナ切れのリミットがすぐそこに迫るのだった。

 

 ……諦めないか。
 アスランの内に住む悪魔が囁いた。
 諦めればこの苦しさからは解き放たれるだろう。所詮、これはただの自主練習。
 ……ここで諦めても、誰もアスラン・ザラを批難しない。
 疲労にまとわりつかれたアスランにとっては甘美な悪魔の誘い――しかし、動きを止めることなく/むしろ加速する。

 

 悪魔からの誘いへの拒絶。
 その原動力はただ一つの願い――目標だ。
 かつて夢見た/あこがれた少女のような魔導師へと少しでも早く近づくために。
 限界の中で妥協せず、どれだけ自分を追い込むことができるのか。
 それは今だけではなく、将来魔導師として任務に就くうえでも、とても大切なこと――だから、

 

(ここで諦めるわけにはいかない)

 

 アスランの瞳に光が戻る。
 目的地までは残り約60メートル。
 歯を食いしばる/痺れた腕をそれでも最大限前後に振ってみせ/力強く地面を踏み込み――最後の気力を振り絞る。

 

 右へ左へ高速のステップを踏みながら、わずかな射線の隙間を駆け抜ける。
 時に、魔力弾は訓練着を/頬を/つま先を掠め――それでも、稲妻のように爆走するアスランの動きは止まらない。
 寧ろ、溢れ出すアスランの気迫に恐れをなしたかのように、魔力弾は彼の作った足跡を虚しく焦げさせるだけだった。

 

 眼前、ようやく迫る目的地。
(……よし。これなら)
 あとわずかでの終幕。その歓喜から、アスランの周囲への警戒がわずかに薄くなる。
 すべての物事において、最後まで何が起きるかわからないということをアスランは失念していたのだった。

 

 突如として、イージスから鳴り響く警告音。
 現実世界へと引き戻されたアスランの表情に驚愕が張り付いた。
 進行方向正面――目的地上に展開されている環状魔法陣。
 選択を考える間もなく、魔法陣から溢れ出した黄色い奔流が牙をむく。

 

「ちぃっ! ディフェンサー」
 瞬時に回避を不可能と判断したアスランは、篭手を中心に真紅の防御魔法陣を発動。

 

 刹那。

 

 黄と真紅の魔力がぶつかった。

 

 拮抗する二つの魔力。
 バリアが砲撃を受け止める小刻みな振動を感じながら、アスランは砲撃手を罵倒する。
「どういうつもりだディアッカ!」
 アスランへと砲撃を加えた人物――ディアッカ・エルスマン。
 砲撃を放ち終えた彼は、表情にわずかな罪悪感を含ませ/片手に謝罪の形を作り、杖を下ろす。
 しかし、それではアスランの求める答えにほど遠い。

 

 汗をぬぐい、デバイスを待機状態に戻しながらも、ひたすらディアッカを睨み続けるアスランに、
「おまえが記録を上げるとイザークがうるせーんだよ」
 ディアッカは投げやりに回答を投げかけた。

 

 アスランの眼前に展開されるモニター/訓練校のデータバンクから呼び出された、訓練生の回避トレーニングの成績表だ。
 名前とポイント羅列される最上段。
 そこに記されているものは、同順に並ぶアスランとイザークの名前――。

 

 数分後――【廊下】

 

 訓練場を出た二人は、宿舎へと歩を進めながら。
 話す内容といえば、ディアッカによる妨害行為以外の選択肢があるはずもなく。

 

「ディアッカ、俺が今どれだけ怒っているかわかっているよな」
 全力全開で――それも限界ぎりぎりまで自分を追い込んでの訓練を邪魔されたアスランの瞳に灯るのは、憤怒の炎。
 口調は穏やかだが、その言葉は/視線は、ひしひしとディアッカを追い詰める。
「いや、まじ悪かった」
 対するディアッカは全力で謝罪。自分の行動理由が“怒り狂ったイザークを相手にしたくない”という身勝手なものである以上、めずらしく頭を下げるのだった。
「本当に悪かったと思っているのか」確認。
「悪かった」再度の真剣な謝罪。
「……あんなことは、もうしないでくれ」
 いつもは謝るどころか茶化すはずのディアッカの行動に、ため息一つ吐くとアスランは矛を収めたのであった。

 

「そういやお前、今度の休み暇?」ふと、たった今思いついたように。
 アスランの怒りが治まったことで、いつもの口調に戻ったディアッカは問いかける。
「とくに用事はないが……なんのようだ」
「今日の詫び代わりにいいとこ連れてってやるよ……って何だよ。その俺への不信感まるだしな目は」
 アスランの目――静かに、ディアッカを信じられないと物語る。
「自分の胸に手を当てたらどうだ」
 ディアッカの右手――言われた通りに胸に当て、しばし脳内にある己の記憶を掘り返す。

 

 一拍。
 二拍。
 アスランへの返答は、乾いた笑い声だった。
「そういうことだ」
「いや、来たほうがいいって」
「考えておく」
 アスランは強引に話を切り上げようと歩調を速め――しかし、自主訓練で疲労した身体に走るという選択しは存在しない。
 現在地から宿舎までの距離はざっと100メートル。
 話を切り上げ/ディアッカを振り払うことのできなかったアスランは、ディアッカに休日の予定を決められたのだった。

 

 次いでとばかりに、ディアッカは逃げようとしないアスランにその訓練内容についてを指摘する。
「明日が休みだからって追い込みすぎなんだよ」
 アスランほど自分を追い込んで訓練する人物は、訓練校ではイザーク以外に見当たらない。
 イザークにはディアッカという抑え役がいるが、アスランは時々自分を追い込みすぎて倒れることがしばしばあった。
「そういうディアッカは何もしないのか」普段の態度から、講義/実技訓練にまじめに取り組むディアッカの姿を想像できず、問いただす。
「俺? 俺は砲撃の実射さっきやったから」
「つまり、俺を的にしたわけか」
「怒んなよ。だいたい、あの訓練内容といい普通じゃないぜ、ありゃ。どういう一日を送ってるんだか」
「べつにたいしたことは……」
 首をかしげながら、アスランは平日のスケジュールを語り出す。

 

―――――――――

 

 アスラン・ザラの朝は早い。

 

 朝日が昇る前、午前4時半には起床。それから10kmの早朝ランニング。
 ただし、このランニングは体力強化以外の目的を兼ねるもの。
 身につけるイージスが、並の魔導師がいきなりこれを付ければ魔法をまともに扱えなくなるような負荷をアスランの魔力/リンカーコアにかけている。それによりアスランは一挙手一投足に魔力を消費。いわばイージスが「魔導師養成ギプス」に近い効果をもたらしているのだった。
 これにより、アスランのランニングは、他者とは比べものにならない強度を上げたものとなる。
 しかし、訓練校入校の半年前からこの魔力負荷を受け続けるアスランには慣れたもの。今の彼には、負荷の重圧が気にも留めないまでに成長を果たしているのだった。

 

 ランニングの後は早朝訓練が始まり、朝食で一息ついた後は夕方まで講義/実技が続けられる。

 

 座学の時間には、魔法の構築や制御などを学ぶ傍らで、イージスから送られる仮想戦闘データを元に心の中でイメージファイトを決行。
 高速移動・回避をしながらの攻撃・防御をしつつ、次の魔法の発動といった2つ以上のことを同時に思考・進行させるマルチタスクは戦闘魔導師には必須のスキルであり、これは日常の訓練量が明確にあらわれる。
 そのため、今は話を聞き逃して教官からの雷を甘受することも多いが、時間があればつねにこのイメージファイトをアスランはこなしていた。

 

 一日の講義が終われば、ニコルとコンビネーションの確認。
 ニコルと別れた後は、回避トレーニングや射撃トレーニングなどといった個人スキルの研鑽。
 夜も訓練を続け、22時前には就寝。
 翌朝目が覚める頃には、アスランの体力・魔力はともに完全回復している。

 

 この一連の行動を、アスランは日曜日以外の毎日、繰り返しているのだった。

 

―――――

 

【宿舎・食堂】

 

「……変態?」
「アスランは、無茶しすぎなんです」
「ただの馬鹿だな」
「アスランさん、オーバーワークは駄目だと……」

 

 以上がアスランの訓練内容に対する、ティアナ・ニコル・イザーク・スバルの感想だった。
 当然ながら4人の正直な感想を聞いていたアスランは、ディアッカの同情の視線を受けながら頭を垂れる――激しく落ち込んだ。

 

 初日の接触以来、変則コンビ同士故か、何かと話すようになった計6人。
 一週間を過ぎる頃には、互いに会話する話の中身も増加し(ティアナを除き)、今日は初めて6人皆で夕食の席を囲むに至る。
「アスランは真面目すぎなんだよな~」
「それならディアッカは、逆にもう少しやる気を出せばどうです。今日の講義、寝てませんでした?」
 ちぎったパンをそのままに、ニコルは呆れながらディアッカに問いかける。
「俺にデスクワークなんて無理だって」ディアッカは即答。首を何度も横に振る。
「じゃあ、どうするんですか」
「イザークに後で借りる」
 呑気にパンを口にほうり込んでディアッカはもぐもぐと咀嚼。
 今の彼には、やる気の“や”の字も見つからない。
「けど、イザークさんに頼るのは駄目じゃないかな……ってあれ? イザークさんどうしたんですか」
 スバルのそんな言葉に、5人の視線が一点に交わった。
 注目の視線を一身に集めたイザーク――華奢な肩が小刻みに震えている。
「やべぇ」
 小さい頃から関わってきたディアッカだからこそ察したイザークの心理状態。
 当然、今のイザークのこめかみに青筋が浮き上がっていることも理解済み。
「イザークどうしたん」「五月蝿いっ!」
 アスランの気遣いを途中で遮ったイザークは、両の拳をテーブルに叩きつける。
 浮き上がる食器の数々。
 自分のスープが零れたのも気にせず、
「貴様ぁ、今まで俺と実力で勝負していなかったのか!」イザークは己が好敵手だと決めたアスランを怒鳴りつけた。

 

 現在の二人の成績。イザークがやや先行するだけでほぼ互角。
 そのアスランの順位が、デバイスによる負荷/ハンデを受けてのものだとすると、イザークの今の順位は偽物――今まで感じていた優越感は幻となる。むしろ、今ですら拮抗する順位に、己がアスランに負けているかもしれないという不安が、イザークの心を脅かす。
「負けているかも。じゃなくて負けているんじゃないですか?」
「ニコル、人の心を読むな! それに、俺が……この俺がアスランに負けているだとぉおおお?!」激高。
「ちょ、落ち着けってイザーク」
 自分でも認めたくないことをニコルにあっさりと指摘され、イザークの怒りのボルテージは最高潮への到達を果たすのだった。

 

「いいんですか? あれで」
 イザークの激高から数十秒後。抵抗虚しくアスランとなぜかディアッカが、『勝負』をするためにイザークに引きずられていった後も食事を続けるニコルにスバルは問いかける。
「いいんですよあれで。これで、やっと静かにご飯が食べられます」
 ニコルは微笑みながら笑顔で返答。その微笑みの奥底に、スバルは黒い何かを見た気がし、咄嗟にティアナを見るが、彼女は黙々とパスタを食べている。
「やっぱり心配だから見てくる」
 そう一言残すと、スバルは駆けだした。

 

 結果として、テーブルに残ったのは、6人のうちの2人。
 ニコルは、ため息を付きつつ彼女に話しかけた。
「ティアナさん」
「ランスター」
「……ランスターさんは、スバルさんにもう少し関心を持ったらどうですか」
 唐突な問いかけに、ようやくティアナは顔をあげたのだった。
「あんたには関係ないじゃない」
「スバルさんは貴女のパートナーなんですよ」
「最初に言ったでしょ。あたしは必要以上に馴れ合う気とかないって。そのへん誤解しないでくれる」
 フォークをニコルに向け、ティアナは念を押した。
 それで終わりとばかりにティアナはフォークをパスタに突き刺し、丸め、口の中へ放り込む。
 が、ニコルはしばしの逡巡の後、再び口を開く。
「ランスターさんがそうしたいなら、僕は何も言えません。けれど、お二人がコンビである以上、今の関係のままだとランスターさんは、総合成績で僕たち4人に勝てませんよ」
 推測ではなく、それが決まった未来だという言葉だというかのように。
 強い響きを含ませ、ニコルは断言するのだった。
「ちょっと、それどういうこと」
 不躾な宣告に、思わずティアナは食事の手を止める。
「今のあなたたちは、互いに本当に信頼しあえていません」
 ティアナの目を見据えながら、ニコルは静かに言葉を紡いでみせる。
「僕は、アスランを信じています。ディアッカとイザークも普段はあんな状態ですけど、信頼関係は僕たちよりも遥かに上なんです。ランスターさんにとってはただの仮コンビかもしれませんが、今のままで僕たちに、イザークたちに勝てると思っているんですか?」
「それは……」
 言いよどむティアナに顔を近づけ、ニコルは核心に迫る。
「どうして、そこまで人との関わりを避けるんですか」
 瞬間。
 眼光から逃れるように、ティアナの視線は下へ――フォークに巻かれた、渦巻くパスタに向けていた。
 ティアナの目標――訓練校をトップで卒業し、陸戦Aランクまでまっすぐ駆け上がる。士官学校も空隊も両方落ちたティアナに最後に残された終着点。
 だが、今のままではそれが叶わない/叶わないかもしれないという現実を、突き付けられていた。
 訓練校をトップで卒業するために必要なパートナーとの信頼/コンビネーション。
 己にできるのか――ティアナは心の中に問いかける。
 たった一人で生きてきた自分が、誰かと協力して/誰かを頼っていくことができるのか。

 

 兄が死んで――あの日から、誰かを信じず、己の力だけで兄の夢を/自分の夢を成し遂げようと生きてきたティアナ・ランスターという人間が、果たして実現させることができるのか。
 彼女は己に向けて問いかける。

 

 誰かに相談することを選ばずに生きてきたからこそ、自分にしか/自分の中にいる兄の幻想にしか問いかけず、習慣化してしまった悪癖だ。
 問いかけて、問いかけて、答えが帰ってくるはずもないことは知っていても。
 己に向けて、問いかけた。

 

 ――それでも。
 ティアナはゆらりと立ち上がる。
 目の前のニコルを/目に映る何かを蒼の瞳が捉えることはなく。
「あんたに」
 誰かを/みんなを信頼することができなくなっていたティアナは、絞るように声を出す。
 目の前の少年を/周囲を拒絶する。
「あんたに何がわかるっていうのよ」