grow&glow_KIKI◆8OwaNc1pCE氏_第07話

Last-modified: 2012-09-13 (木) 11:36:12

 あの時はただ、スバルのことが羨ましかった。
 恵まれた魔力と体力。
 そして、あたしなんかが持てるはずのない高価なリボルバーナックル。

 

『こんな立派で高価そうなのを持ってるんだから、使えてなかったことを恥じなさいよ!』

 

 けれどそれは、ただ何も知らなかったから言えたこと。
 そう――
 わたしは……何も知らなかった。
 
 

 

「あたし思うんだ」
 ここはミッドチルダ東部12区内にある「ロードパーク」近郊。
 休日で晴れということもあり、子供連れやカップルで賑わうこの場所に彼女=ティアナはいた。
「あんたのその異様なワガママさと強引さだけは見習うべきところがあるって!」
「ほめられた~」
 双眸が細まるティアナをそのままに、これから姉に会うことが嬉しいスバルは聞く耳をもたない。まさに、馬の耳に念仏を体現中。
「諦めたらどうだ」
「そう思いますね」
「なんであんた達がいるのよ」
 慰めにもならない言葉をかけられ、ティアナの額に浮かぶのは青筋2カ所。
「俺は朝起きて走りにいこうとしたら、話し掛けられたな」
「僕は予定もなかったので、お邪魔させてもらいました」
 つまるところ、二人は暇だった。

 

「そういえば、ディアッカ達はいないですよね」
 今この場所にいるのは、アスラン、ニコル、スバル、ティアナの四人。
 イザークはともかく、ディアッカが来ていないことに疑問を持ったニコル。
 だがその答えは、
「イザークとディアッカなら朝早くに出掛けて、今はクラナガンにいるはずだ」
アスランが知っていた。
「クラナガンに何かあるんですか?」
「ディアッカの友達に会いに行くみたいだけど、内容までは聞いてないな」
 

 


 

 

 流れていく風景。
 後頭部に当たる窓からの陽光。

 

 イザーク・ジュールは、列車特有の小刻みな揺れを感じながら座っていた。
「ディアッカ、俺をどこに連れていくつもりだ」
 本日十度目となる疑問を口にするが、返事はない。
 だが、それもそのはず。
 ディアッカ・エルスマン意識は/全神経は、雑誌のグラビアページに向かっていた。
「おい」
 うんざりとして肩を揺すってみれば、ディアッカはニヤリ、と意地の悪い笑みを浮かべてみせる。
「見たいのか? 夢と希望に溢れたコレでも」
「誰が見るか!」
「ったく、冗談に決まってるだろ。それにまあ、もうすぐ着くし」
「クラナガンに何かあるのか」
 イザークの手に握られた、唯一のヒントである一枚の切符。
 だが、ディアッカは何も言わず、再び雑誌に目を落としていた。
「うわっ! これ最高だな。ナイスバディ」
 答える気ゼロ。百人のうち百人がそう口に出しそうな態度に、イザークは怒鳴りつける気も失せた。
「イザークも見ろよ。このTバックはスゲーよな」
 ――失せたはずだった。
 イザークは、楽しそうにグラビアページを見ているディアッカの肩を掴み、こう告げた。
「歯でも食いしばれ」

 

 
「到着したぜ」
 駅から移動を開始して十数分。頬を赤く腫らせたディアッカは、ようやく歩みを止めた。
(着いた……だと?)
 イザークは、不審気に眼前のものを確認――どこにでもあるような扉。他には何もない。
 『八神』というネームプレートが、ここに人が暮らしていることを伝えている。
「なんなんだ……っ! ディアッカ、何をやっている」
「何って、呼び鈴押すだけだけど」

 

 ピーンポーン

 

 混乱するイザークを嘲笑うかのように、どこか間の抜けた音が鳴り、一拍遅れてパタパタと中から人の足音が近づいてくる。まるで、この時間にディアッカが来ることを知っていたかのような反応の早さ。
「時間ぴったりやな」
 開いたドアから出てくるのは、一人の少女。
「お久し」
「お久しぶりや。それと、その人がアスランくんの言ってたイザークさん?」
「そうそう。このオカッパ頭の奴がイザーク」
 少女はその言葉を聞くと、オカッパ頭――話の流れが掴めず、立ち尽くしているイザークに目を向けた。
「はじめまして。うちは、八神はやて、っていいます」
 そう言って、少女――八神はやては頭を下げた。
 挨拶をされ、イザークも半ば反射的に返す。後ろで半笑いをしているディアッカを見ないためにも、イザークははやてに顔を向けた。
「ああ、俺はイザーク・ジュールだ。……で、なんなんだお前は」
 ここに連れてこられた理由を明かされなかったため、どうしても無愛想になるイザーク。
 そんな彼の言葉を聞くと、はやては怒ったようにディアッカに目を向けた。
「ディアッカくん、なんも話しとらんねんな」
「そのほうが、本人が驚いてびっくりするだろ」
 ――驚く、という言葉に、眉間にシワが寄るイザークだが、
「いいとこだから気にするな。それと、呼び方最悪だぜ。はやては管理局の一等陸尉なんだぜ」
 一拍。予想だにできない単語に、怒りという感情が吹き飛んだ。
「……待て、管理局の何て言った」
「だーかーら、一等陸尉」

 

……イットウリクイ
……一等リクイ
……一等陸イ
……一等陸尉
……一等陸尉?! 
ディアッカの言葉に、イザークは思わず息をのむ。
「……冗談はよせ。ディアッカ」
 目の前の少女は、どう見ても自分達と同じくらいの歳だとイザークは思っている。実際のところそうなのだが、今は割愛しよう。
 まあ、それはともかくとして、プラントでは15で成人扱いを受けるが、15になってすぐにザフトの隊長になれるわけではない。
(何年も局で働かないかぎりありえん)
 数分後、それが事実だと知ることになるのだが、今の彼はディアッカの嘘だとたかを括っていた。

 

 

「どうしたんですか、アスラン」
「いや、今イザークの絶叫が聞こえたような気がしたんだが……きっと空耳だな」
 ディアッカとイザークがどうなっているかなど知る由のない四人は、待ち人探しを継続中。
「スバル、こっち~」
 やがて聞こえた、人込みの中からの呼び声。
 発信源には、桔梗色の腰まである滑らかな髪が特徴的な、アスランと同い年くらいの少女が大きく手を振っている。
 刹那。姉のギンガを認識したスバルは、駆け出していた。

 

「ギン姉~!」
「ス~バル~」
 手と手を取り合い、ぐるぐると回り始めた二人。それは誰が見ても仲睦まじい姉妹の再会風景であり、
「1ヶ月ぶり~、元気だった?」「もちろん。スバルも元気そうね」
二人の口調はとても嬉しそうなのだが……

 

スパン、パンッパパパンッパパパパ
 直後に始まった軽いスパーリングに三人は言葉を失った。

 

「そうだギン姉。こちらが、ティアナ・ランスターさんとアスラン・ザラさんとニコル・アマルフィさん」
 スパーリングも終わり、三人を紹介するスバル。ついさっきの出来事のおかげで、ぎこちなく会釈することしかできない三人にむかい、ギンガは頭を下げた。
「はじめまして。姉のギンガです。スバルがいつもお世話になってます」

 

 パークロードはその名のとおり多くの植物が植えられ、憩いの場所としての機能を備えている。
「ギン姉、アイス買ってきていい?」
「あんまり食べ過ぎると虫歯になるからね」
 此処が憩いの場所ゆえに、いくつかの露店が軒を連ね、目ざとくアイスクリーム屋を見つけたスバルは走りだしていた。
「だいじょーぶ」
 僕も手伝います、とニコルはスバルを追いかけていき、残された三人は、近くにあるベンチにギンガを真ん中にして腰を下ろす。
「ごめんなさいね。いつもうちのスバルが迷惑かけちゃってるみたいで」
「ああ、いえ……妹さんは訓練校でも最年少組ですけどよくやってます」
 アイスクリームが来るまでの時間、最初の話題に上がったのは訓練校でのこと。
「今では、個人成績でも上位グループなんです。コツコツやってる成果だと俺は思います」
 最初に出遅れたことは、スバルのモチベーションの高さ故だと皆がわかっている。気持ちが空回りしなくなった途端にメキメキと力をつけていき、ティアナとスバルの32斑が第四陸士訓練校の三傑に入る原動力となっている。

 

「困るのは……誰かさんが背中を押してから、かなり積極的になりすぎていることですね。それが素なのかもしれませんが」
「俺も、あそこまでになるとは思ってなかったさ」
「……変わってないのね」ギンガの嘆息。寂しさとうれしさを滲ませながら。
 どんなに成長しても、根本は変わらないスバルに対する姉心。
「いい家族なんですね」
「朝からスバルが、嬉しそうだった訳がわかります」
 ギンガの表情――姉として妹を心配する彼女に、ティアナとアスランは自然と笑みが浮かんでいた。
「ごめんなさい、聞いてばかりで」
「いえ」
「そうだ。二人の小さかったときのこと、聞いてもいい?」
 二人に興味を持ち、どうしてもギンガは尋ねたくなった。
「いいですよ」
「はい」
「じゃあ、二人は昔どんな風に呼ばれてたの」
「俺は昔からアスラン、で呼ばれてたな」

あたしは、ティアナとかティアです。ティア、は昔、友達が勝手につけたのよね……」
 

 スバル達がすぐに戻ってこないこともあって……話はやがて、アスランとティアナの小さいときから、家族のことへと派生していく。
「お兄さんのこと、好きなんだ」
「……兄のことは、大好きでした」
「今は、違うの?」
 不自然な言い方――過去形――に疑問を感じ、思わず尋ねてしまうギンガ。だが、ティアナから笑みが消え、俯いてしまったことに、自分の行動をすぐに後悔する。
 ティアナと同じような表情を、ギンガは見たことがあった。今から六年前、父親が見せた表情“大切な人を失った表情”に。

 

 ギンガは話題を変えようとするが、先にティアナの口が開かれる。
「両親は私が生まれてすぐの頃、育ててくれた兄は三年前に……いわゆる天涯孤独ってやつですね」
いたたまれなさ。「ごめんなさい」予想通り。ティアナに家族が居ないことを言わせてしまい、ギンガはうつむいた。
「気にしないでください。兄の遺族補償もありましたし、寮制の魔法学校に編入したので生活は困りませんでしたから」
 家族をなくしても、今のティアナには目指す道がある。
「それに、兄の意志を継ぐっていう想いがあるので」
 今の目標は、陸戦Aランクまでまっすぐに駆け上がること。
 だが、それで終わりではない。兄の意志を、その夢を兄の変わりに果たすまでは、潰されるつもりは微塵もない。
「そういえば、どうしてスバルは魔導師なんかになろうと思ったんですか」
 ティアナが今日訊こうと思っていたことを口に出す。
初日の空回り/誰にも負けないやる気の理由を知ろうと、スバルの姉であるギンガに訊いてみる。
 一瞬の瞠目。
「一年前の空港火災を二人は知ってるかな」
 小さく息を吐き、ギンガは答えを話し出す。
「はい」
 ティアナは知っている。その日のテレビ番組は、その事件一色に染まっていた。
「空港が燃えたっていう大事故ですよね。ニュースで見たことがあります。ただ、何が原因だったかまでは……」
 ティアナは記憶の奥底に手を伸ばすが、話したこと以上の何かは見つからない。
 所詮は、画面の先の事件。詳しく覚えている理由が存在しない。
 すると、
「新暦71年4月29日発生。場所はミッドチルダ北部臨海第八空港。施設は全焼する記録的な事故だが、奇跡的に死亡者はゼロ。原因については、ロストロギアが関係していたのが正しいと思います」
 メモを読んでいるように、アスランは口に出していた。
「こんなところですか」
感嘆。「ええ、そう。けど凄いわね。そこまで覚えているなんて」
謙遜。「いえ。その日は……あ、すいません。ギンガさん、話を続けてください」
「実は、スバルが魔導師になるって決めたのは、その一年前の空港火災がきっかけなの」

 

 少年と少女は、咄嗟にその意味を理解できないでいた。
 だが、しだいにその意味が脳内に染み込んでいく。
「え……?」
 ティアナは、目を見開いた。
「そんな……」
 アスランは、思わず立ち上がりそうになっていた。
 二人の行動を目に留めつつ、ギンガは話を続けていく。
「私とスバルは、久しぶりに父と会うために空港に来て、いきなりアレに巻き込まれたの。スバルは、どうしてそんなとこに居たのかって思うくらい奥の方にいて……」

 

 周りは炎の海。救助隊も近づけないような絶望的な状況。

 

「そんなスバルを助けてくれたのが、管理局のエース・オブ・エース、高町なのは教導官」
 それは、まさに運命の出会い。
 スバルが今、この世で生き、魔導師になるきっかけになった出来事。
 救出された後、自分自身を見つめてスバルは泣いた。弱い自分が嫌で嫌で、しょうがなかったのだ。
 悲しいこと、辛いことにいつもうずくまって、ただ泣くことしかできなくて――
 だから、彼女は願った。
 強くなりたいと。

 

 ティアナは思い出す。スバルが、いつも高町なのは教導官の写真を持ち歩いていることを。
「じゃあ、スバルは半年ちょっとで訓練校に来たんですね」
「うん。怪我は軽かったしね」
 ティアナの言葉に、ギンガは頷いた。

 

 憧れを見つけたスバルは、必死に魔法の勉強をした。怖いのが、痛いのが、他人を痛くするのが嫌で、あまりしていなかったシューティングアーツでさえ、毎日練習をした。
 もう一度悲しみと対峙したときに、それに負けない力を手にするために。
「スバルは、高町なのはさんみたいな局員になろうとしているの」
 初めて聞かされたスバルの過去。そんなことがあったとは知らなかったティアナは、何も言えなかった。
「そうか……」
 そんなティアナのかわりに呟いたのは、
「スバルは……俺と似ているんだな」
今まで黙り込んでいたアスラン。
 アスランは、どこまでも澄んだ青空を見上げ、小さなため息を一つ。
「「似ている?」」
 首を傾げるティアナとギンガに無言で頷くと、アスランは語り始めたのだった。
「俺も、あの時がきっかけだった」
 ――俺は、魔導師になる。
 今でもアスランは、鮮明にあの時――新暦71年4月29日の夜――を思い出せる。
「あの時、この世界に来てからの俺達は、第八空港のすぐ側に住んでいたんだ」

 

「「……え?」」
 空港の近くに住んでいたことも驚きだが、それよりも重大なこと――さらりと言われた言葉――に、ティアナとギンガは愕然とした。
(この世界に来て……ってことは)
「あんた、違う世界から来たっていうの」
 ティアナの言葉にアスランは頷いた。つまり、肯定。
「ここに来る直前、俺の世界では戦争がいつ起きるかわからない状態だった。それで、俺達はこの世界に逃げさせられたんだ」

 

 その原因の一つに、ミッドから逃走してきた違法魔導師も関係しているのだが、ティアナの手前、アスランが触れることはない。
「あの日、なんで空港火災を見に行ったのかはわからない」
 いつもは、危ない場所に行ってはいけないと言われていた。
 それでもあの日だけは、体が勝手に動いてしまった。
「そこで、俺は見たんだ」
 たった一人の少女が燃え盛る炎を消していく有様。
 コーディネーター故の視力が捉えた氷と炎の協奏曲は、目を閉じればすぐに甦る。

 

 一呼吸。そしてアスランは、どこか嬉しそうに告げた。
「俺は、はやての魔法を見なかったら魔導師にならなかったかもしれない。はやてを見て俺は思った。魔導師になったなら、大切な人達をきっと失わない。護ってもらうばかりじゃなくて、俺自身が、護れる力を手にすることができる、って」
(運命っていうのかな……)
 そんな気持ちを抱きながら、アスランは軽く息をついた。
「はやて……もしかして、八神はやて一等陸尉のこと?
「そうだ。知ってるのか」
「私の父の部下だったことがあるの。今はたしかSSランクだったかしら」

 

(へぇー)
 隣の二人を見ながら、ティアナの胸中に浮かぶ小さな疎外感――八神はやてという名前をティアナはまだ知らない。
(八神はやて……か)
執務官でもなく、ニュースで大きく取り上げることも数少ない年若いエリート魔導師。
それでも話を訊くうちに、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官の友人であることに意識が留まる。
 動機は不純かもしれない。それでも、個人成績一位の少年にきっかけを与えたオーバーSランク魔導師に、ティアナは興味を覚えるのだった。
 そして、気になることはもう一つ。
(アスランが言ったとおりなら、イザーク達もおんなじってことなのよね……)
 いつでも気兼ねなく話をするようになった四人にの経緯――思いもよらない思い過去。
 つい、ティアナは自分と比較するのだった。

 

 ティアナが考え始める傍らで、アスランににじり寄るギンガ。
「会ったことがあるんですね、はやてさんに」
「会ったのは、先月初めてだけどな」
「会ってみてどう? はやてさんって、いい人でしょ」いつの間にかぶつかる2人の膝と膝。
 何故そんなことを聞かれるのかは、わからないアスランだが、聞かれたことは律儀に答えていた。
「そうだな。優しく包み込んでくれるっていうか、困ったときはよく相談に乗ってくれて……凄いと思うな、はやては」
「アスランくんは、はやてさんが好きなんだ」
「へ?!」
「あ、別に恋愛感情があるとかじゃなくて……人として好きってこと。だって、憧れた人なんでしょ?」
「たしかにはやては、俺が憧れた人だ。俺が魔導師になるきっかけを作ってくれた人だし、好き……好きって言うよりも、信頼できる友達のほうがしっくりくるかな」
「そうなんだ」
「何か気になったことがあったんですか?」
 考えるように一瞬空を見上げると、ギンガはなんでもない、と笑顔で答えるのだった。
 

 

 会話が止まるのとほぼ同時、少しだけ慌ててた足音が近づいてくる。
「すいませんお待たせしました」
「ごめんなさい」
 音の正体は、ようやく戻ってきたニコルとスバル。二人の手には、しっかりとアイスクリームが握られている。

 

「ちょっとスバル、それはあんたが食べるわけ」
 各々にアイスクリームを分ける過程で、ティアナはあること――四段に積み重なる中で、際立つ六段のアイスクリーム――に表情が固まった。
 アスランも固まった。
 ギンガも固まった。
 「うん。バニラ、チョコ、ストロベリー、ミント、抹茶、マンゴーの全部にしちゃった」
 そんな三人に目もくれず、今すぐに食べたいと言わんばかりに、スバルの目は輝いている。
 唯一、スバルがアイスを好きなことを知っていたギンガでも、コーンの上に重なる六人家族には呆れる他にない。
「虫歯になるわよ」
「大丈夫。それに、全部食べられるから」
 そう言いながら、スバルは嬉しそうにアイスクリームに噛り付く。

 

 残数、五。

 

「あんた、どういう食べ方してんのよ」
 即座に飛ぶ、ティアナのつっこみ。
「ふぇんかな?」
「かな? じゃない。絶対変」
「ゴクッ………変じゃないよ。アイス好きだから。だって、すっごく美味しいんだよ」
 次第に、アイスより冷めていくティアナの視線に、焦ったスバルはアイスクリームの良さアピールを懸命に開始する。
 だが、スバルが懸命にアピールをした“身振り手振りの説得”故に、この時小さな事件が起こった。

 

「ランスターさん。特にこのバニラは」
ベチャ……
 スバルがバニラのおいしさについて話そうとしたところで足元から聞こえた、少し柔らかくて水分を含んだ何か――アイスクリーム――が硬い何か――地面――にぶつかる音。
 スバルを除く全員が地面を、そしてスバルの手に握られたコーンを交互に見る。
「「「「あ……」」」」
 スバルの指さすバニラ――存在しない。
 コーン上には何も存在していない。

 

 地面の上に朽ち果てたアイスと寂しそうに残されたコーンを見た彼らに、他の言葉を口にできようか。
 そして、お約束のように吹き抜ける一陣の風。
 スバルはといえば、
「アイスが……」
魂の抜けたようにその場にへたりこむ。虚ろな目に映るのは、もう食べることのできないアイスクリーム。
 スバルは、食べることが大好きだ。その日食べたご飯によって、訓練での気合いが変わる程に……。
 だからこそ、
「ギーン姉ぇ」
小さい時と同じように、ギンガに抱き着いていた。
 胸元を中心に広がり始めた湿り気を感じながら、ギンガは小さくため息をつくと、
「しょうがないわね。一つ上げるから泣かないの」
優しく妹を引き離す。ねっ、と念を押すとスバルも小さく頷いた。
 優しくスバルの頭を撫でながら、ギンガはすぐに視線を動かした。
 見るのは下――胸元のインナー。
 スバルには申し訳ないのだが、危うい事態になっていないかを早急に調べる必要があったのだ。
(濡れ具合は……大丈夫。これくらいじゃ透けないし、すぐに乾くわね)
 そして、違う意味でもう一度ため息をつくギンガであった。

 

 一方で、
「アスランとタンスターさん、少しいいですか」
「どうしたんだ、ニコル」
「何?」
 ニコルは二人にある提案をしていた。
「僕たちも一段ずつ、スバルにあげませんか」
「まあ、正直に言えば四段は多いからな」
「それは同感ね」

 

 その後、彼らがどうなったのかは言うまでもない。
 アイスクリームを貰ったスバルは感極まり、最後に渡してくれたティアナに抱き着いて号泣したのであった。

 

 そして時は流れ……

 

「あら、このアクセサリーなんて似合うんじゃない?」
「わたしもそう思う」
 ギンガがティアナに勧めたのは、赤(緋色)を基調としたブレスレット。
「……いいかも」
 透き通るような綺麗な色彩に、思わず本心が漏れるティアナ。
「じゃあ、これは購入ね」
「あ、自分で買います」
 ギンガが、ブレスレットを手にレジへと向かおうとしたため、ティアナは慌ててそれを止める。初対面で、そして、それほど高くないとはいえ、アクセサリーを買って貰うことは気が引ける。
「いいのよ。いつもスバルがお世話になってるし。だから、アスランくんとニコルくんも欲しいのがあったら言ってくれていいわよ」
 だが、ギンガはなんでもない、とばかりにアスランとニコルに目を向けた。
「僕はいいですよ」
 ニコルは遠慮した。
 ティアナは、ニコルの言葉に小さくガッツポーズ。残る二人が遠慮すれば、自分だけが買って貰うことになる=断り易い。
 そして、押しに弱いニコルが遠慮したことで、ティアナの考えが大きく前進する。アスランは紳士的に動くため、遠慮する可能性が高く、ティアナの考えは成功――

 

 ――するはずだった。
「あの、このサングラスをお願いしてもいいですか」
「いいわよ」
 ギンガはニッコリ笑うと、黒のサングラスとブレスレットを手にレジへと向かうのだった。
「ん? どうしたのか」
 ギンガが笑顔で見送り、ふとアスランが気付いたティアナのジト目。
「何してくれるのよ」
「えっ?」
「あんたがサングラス頼まなかったら、あたしもアクセ買って貰わなくてすんだのよ。なんでこういう時だけ頼むのよ。しかも何? あの変なサングラス。絶対似合わない」
「いや、ここは彼女の意思を尊重すべきところだろう。それに、変はないだろう。あのサングラスはきっと似合うはずだ」
 ティアナはアスランの顔をじっと見ると、ため息を一つ。
「あんた、ちゃんとサングラスかけた自分を鏡で見たわけ」
「見たさ。それで、あのサングラスが一番しっくりくる」
「誰が言ったのよそんなこと」
「俺のインスピレーションだ」

 

「ギン姉。これで勝負しよう」
「いいわよ、スバル。だけど手は抜かないからね」
 目の前にあるのは、二台のパンチングマシン。
 二人は、間合いを計るかのように何度も位置を調整すると、
「はぁぁぁ」
「てぇぇぇい」
 ややコンパクトになった状態から、脇を絞めたまま槍の様に左右のストレートパンチを繰り出した。
 全力全快のフルパワーでの一撃が奏でるのは、
 バキッ
不気味な破壊音。

 


 様々なことを起こしつつ、時刻は夕方。
「今日はお世話になりました」
「楽しかったです」
「サングラス、ありがとうございました」
「ありがと、ギン姉」
「うん。どういたしまして」
 別れの時間になっていた。
 今、彼らがいるのは駅前の広場。
 最後くらいは姉妹だけにさせようと、アスランとニコルは切符を買いにいく。
 ティアナも席を外そうと考えたが、
「そういえばスバル、リボルバーナックルちゃんと整備してる?」
「してるよー」
「大事なものなんだから、大切にしてかないとね」
「うん」
『大事なもの』という言葉に、歩みが止まる。
「あの、リボルバーナックルって……」
「……母の形見なの。母は両手で使ってたんだけど、まだ私たちは未熟だから、今は私とスバルで片方ずつ」「あたしは右利きで、ギン姉が左利きなんだ」
 重なるような二人の言葉。ティアナは、咄嗟に言葉を返そうとしたが、彼女の唇はただ動くだけで/頭は真っ白なままで、何も言うことができなかった……。

 

 

 時計が、午前一時を刻む頃。
 ティアナは変わりばえのしない、モノトーンになった天井を眺めていた。
 天井に何かがあるわけでもない。ただ、眺めるという行為を続けていた。
「みんな、同じ……か」
 二段ベットの上でスバルはすでに眠っており、誰に尋ねるでも聞かれるでもない声が、闇の中で響く。
 ティアナは、わかっていたはずだった。
 悲しい思い
 悔しい思い
 望み
 憧れ
 もう、取り戻せない過去
 それらを持って必死に頑張っているのは、自分だけじゃないことを。
 そして、ただ自分でわかっていることと、他人から話を聞いて知っていることは、まったく違うということも。

 

 それでも、ティアナはわかっていたはず――でしかなかったのだ。
 こうしてスバルの、そしてアスラン達の過去を知った今、思い知らされる己の短慮。

 

 ティアナはベットから抜け出すと、机の引き出しを静かに開ける。
 そこにあるのは、一枚の写真とおもちゃの短銃。今は亡き、兄の形見ともいえるもの。
 そしてティアナの目にとまるのは、スバルの机に置かれたリボルバーナックル。
『こんな立派で高価そうなのを持ってるんだから、使えなかったことを恥じなさいよ!』
 途端に蘇る、自分がスバルにかつて言った言葉と、
『母の形見なの。母は両手で使ってたんだけど、まだ私たちは未熟だから、今は私とスバルで片方ずつ』
 別れ際にギンガが話してくれたこと。
 吐息が漏れる。
 ティアナが浮かび上がってきた記憶に触れるうち、
「ランスターさん」
 突然、声が下りてくる。
 反射的に身構えて、
「……アイスクリームもう一つ」
続いた言葉に、全身の力が逃げ出した。
「どういう胃袋してるのよ」
 あれだけ昼に食べて、それでも物足りないスバルは、褒めるべきなのかもしれない。
 そう思い、呆れてスバルがどんな顔をしているかを見ようとしたティアナは、あることに気付く。
 窓に映る自分の頬が、いつのまにか緩んでいた。
「ハァ」
 何度目だろうか。思わず出てしまう小さなため息。
 訓練校に入ったときには、いつも食べ物関連や家族のことばかりで耳障りでしかなかったスバルの寝言。だが今は、その言葉で心が波打つことはなくなっていた。
「あたしも、なんでこうなったんだか」
 ティアナは、そっとナックルを持ち上げた。
 これからすることは、スバルへの小さな謝罪。大切な人の思い出を傷つけたことへの謝罪だ。
 ティアナは大事そうにナックルを持ち上げると、静かに部屋を後にした。
 

 

 
 目覚まし時計の助けを借りることなく、スバルは日の出とともに起床。
 疲れもとれ、すっきりとした体をぐっ、と伸ばす。
 そして、
「あ、あれれ……?」
机に置いていたナックルの異変に気が付いた。
 ピカピカにされたスバルの相棒。
「おおお!」
 試しに装着してみれば、スピナーの回転が週末よりも速く、滑らかになっている。
「あんた、朝から煩いわよ」
 スバルの声が目覚ましがわりになったのか、ティアナがもぞもぞと体を起こす。
 やや充血した目を擦りながら、小さなあくびを一つ。
「ランスターさんだよね」
「知らないわよ、あんたのナックルのことなんて」
 一拍。
 ……しまった、とティアナが思った時にはもう遅い。
「あ、やっぱり!」
 ニコニコとスバルは笑顔になっていた。
「あー、もう。ただ謝りたかっただけなんだから」
「謝る?」
「大切な人の思い出を傷つけたんなら、謝らなきゃとは思うわよ。いちかのアレ……悪かったわね」
 ティアナは、ただそのことを言いたかっただけで、スバルが何を言おうとそれで終わりにしたかった。
「いつかのアレ……?」
 だが、当事者のスバルはポカンとなると首を捻る。
「ランスターさん、何かしたっけ……?」
 怒鳴るよりも、体が勝手に動いていた。
「あいたーっ!? なんで蹴るの」
「うっさい、この脳天お花畑!」
「やー! よくわかんないけどごめんなさいぃ~!」
 朝6時。
 目覚まし代わりのスバルの叫びが訓練校に木霊した。