その日、オーブは大西洋連合との同盟締結を決定した。
オーブ現首長カガリ・ユラ・アスハは締結に反対していたが、その意思を貫き通すことはできなかった。
「伝統や正義、正論よりも、国民の安全のことをお考えください」
この言葉が、決定打となった。
なんと愉快な言葉だ。口に出すたびに、笑いがこみ上げてくる。
この言葉は確かに真実だ。ただし、首長様が捉えた意味ではない。
国民全体ではなく、国民に含まれる我々の安全のことを考慮して欲しいということ。
といっても、それはほとんど同義になるのだけれど。
オーブ五大氏族の一つに属する自分には、強大な権力が与えられている。
それはオーブ五大氏族の一員となるべく努力してきた私が勝ち取ったものだ。
そして、それらはすべて国を守るために与えられたものであるということを私は理解している。
だからこそ、そのためにその力を使っている。
私は、与えられた権力に見合う成果を挙げてきたつもりだ。
ただし、その行為の目的は国民の安全などといった崇高なものではない。
ごくありふれた理由、保身である。
保身を考える政治家は非難される。
それは大概が潔く引く事をしないか、政治家として政治に参加していないかのどちらかである。
私には彼らの思考が理解できない。
どうして保身のみに力を入れ、本業である政治活動をおろそかにするのだろう。
保身のために政治に力を入れるという選択はそれほどまでに奇妙なものなのだろうか。
私は彼らとは違う。
私にとって保身するということは、オーブのことをよく考えるということに他ならない。
なぜなら、オーブ政府の一員、という立場を私は守りたいのである。
その私が、どうしてオーブを捨てることができようか。
それに、この国をここまで再建してきたのは私たちだ。
愛着だってある。
どうして自分の保身のために周囲の環境を整えることが、非難されなければならないのか?
誰もがしていることが何故政治家には許されないのか。
そしてなぜ、民は我々よりもアスハ家に信頼を寄せているのか。
私は多少交渉術に長けただけの普通の人間だ。
コーディネイターでもないからずば抜けた能力はない。
良くも悪くも、一般国民の延長線上にいる。
その一方で、アスハ家は一般国民とあまりにかけ離れた存在だ。
彼らの意思は、即ち、オーブの意思として尊重されてしまう。
それをいいことに国民・国家に自分たちの理想を押し付ける。
選挙で選ばれるのだから、それでよい、と言い切る者もいるだろう。
しかし、選挙と言っても五大氏族から一つを選ぶだけ。
その上に、事実上アスハ家が選ばれることが決まっている。
それはもう選挙ではなく、儀式だ。
先代首長のウズミはやり手といってもよかったのだが、最後には国を焼いた。
やつの理想は高すぎた。完全中立など、はなから不可能なことだったのだ。
もっともそのおかげで、我々は五大氏族に繰り上がることができたともいえる。
すべては、旧五大氏族、特にオーブの表であるアスハ家とその裏であったサハク家のおかげだ。
当時の被害を考えると、おかげと言うべきか、所為と言うべきか。
オーブが連合からの攻撃を受けたとき、アスハは自力での事態の収拾に固執した。
独断で連合に与し、ヘリオポリス崩壊の原因を作ったサハクの力を嫌ってのことだった。
サハクと言う後ろ盾のないアスハに、この事態を乗り切るだけの力はなかった。
連合の圧倒的物量の前にオーブは降伏、連合の保護国となった。
そのときに、ウズミは五大氏族首長を巻き添えにし死亡。この内、三氏族は跡取りが無く、消滅した。
残るはアスハとサハクの2氏族、オーブの表と裏を支えてきた者たちだ。
サハク家の時期族長はこの時宇宙におり無事であったが、地上のオーブに戻ることはなかった。
アスハ家の一人娘、カガリ・ユラ・アスハは地上にいたものの、クサナギで宇宙へと脱出してしまった。
政治を仕切っていた五大氏族がすべていなくなったオーブは危機に瀕していた。
ここでサハクが戻ってきていれば、もう少し復興が早まっていただろう。
なにしろ、五大氏族が皆不在などという事態は今まで無かったし、そんなことは誰も考えもしなかった。
そのおかげで国会は、首長会議に依存していることができた。
しかし、その安定が崩れた。
結局生き残った人々は、新たに暫定政府を樹立し、連合の保護の下、暮らすこととなった。
その間に、連合とパイプを作り国家の復興に尽力したのが、我々だ。
パイプと言うには太すぎる関係を持たされてしまったのは私の実力不足。
あの金融屋め、やけに羽振りがいいと思ったらとんでもないものに巻き込んでくれた。
ここはコーディネイターも住む地上の楽園だというのに。
それともプラントとの橋渡し役をしろと言うことかもしれぬ。
まあ、いざとなったら奴の情報を手土産に身売りすればよい。
中立国なのだからな。
あの男も手間がかかる相手だが、国民はもっと手間がかかる。
国を崩壊させたアスハ家を新五大氏族の、それも首長に迎え入れたのだから。
復興のシンボルとしては有用だろうと思いはしたが、よもや彼奴に聞き入れられるとは思わなんだ。
その代わりに、我が国の貴重な技術者たちは諸外国へ避難したまま戻ってこない。
聞くところによると他国でプロジェクトを継続しているようだ。
あの男、よもやそれが目的であんな提案をしたのだろうか。
それにしても、現首長のカガリ様には失望した。
旧五大氏族唯一の生き残りでなければ、政治に参加することなどできなかっただろう。
サハクがいなくなったのが惜しまれる。
いや、サハクがいたら我々の出る幕など作らせなかったか。
あの小娘は政治家ですらない。
カガリ・ユラ・アスハは、思想家だ。
現実と理想の差を縮める手段を持たない。
現実から理想への、一瞬の飛翔を夢見ている。
現実を理想に摺り寄せるという発想が彼女には無い。
理想かそうでないか、全か無かである。
そのおかげで、我々の現実的で堅実な案はたびたび承認を経るために時間を浪費してしまった。
何事も適切な時期を逃せば、期待された見返りを得られない。
そして、それを補填するのは並大抵のことではない。
その度に、我等はサハクの後継として動かねばならなかった。
この裏の関係がいよいよ表になろうとしている。
彼女は、彼女の理想が、この国の厳しい現実を生み出していることが理解できているのだろうか。
その答えは、確実に否。
首長様にはまだ理解できていないのだ。
特に、目的のためには手段を選んでいる余裕などないときがある、ということが。
そのために、我々オーブは地球連合と正式に同盟を結ばなければならなくなった。
私の筋書きよりも悪い方向に進んでいる。
もうこれ以上、アスハに政治をかき回されてはたまらない。
政治の表舞台から退場してもらうこととしよう。
このタイミングで護衛のコーディネイターがいなくなったのは幸運だったな。
あの小娘、いや、首長様にとって最も大きな精神的支えだったのだから。
とんだ邪魔者と思っていたが、まるで私たちの協力者のようだったな。
護衛という任務もこなしてくれたし、他の支えをつくる余裕も奪ってくれた。
彼がいなければ、我々の成功は無かっただろう。
死んでいたら墓ぐらいは作ってやろう。
墓碑にはなんと刻むべきか、迷うところだが。
さて、これからの事を息子と話してくるか。誇らしい息子、ユウナ・ロマ・セイランと。
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