sin-kira_SPIRAL_第04話

Last-modified: 2011-12-12 (月) 10:48:43

乱れ飛ぶ剣閃。かわし切れない猛烈な突き。心身共に傷付いてゆくシンは、遂にその意識を解き放つ。

 
 

 模擬戦を終えて、そろそろシャワーでも浴びようかと思いながらM-1を降りようとしたシンとリンの前に、
一機のM-1が現れた。しかも通常機ではない。一般機とは別のカラーに塗り替えられていた。
本来は暖色で塗られている箇所が、金色で染められている。
教本とかで`カラー持ち'の兵士のことは熟知していたシンだが、記憶に無いカラーだった。
怪訝に思いながらもシンは、M-1のシートに座りなおす。
『おい、シン。あれはなんだ?』
リンから通信が入る。
シンも何が何だか分かっていないのだから、答えることは出来ない。
二人が首を捻っていると、相手から通信が入った。
『シン・アスカだな。君に模擬戦を申し込む』
男のようだが、割りに高い声だった。聞いたことのない声だ。どうやら相手は同期ではないようだった。
「あなたは―!?」
シンが聞き返すより早く、なんと相手はシンのM-1に斬りかかってきた。
しかも模擬剣などではなく、通常兵装のビームサーベルで。
『シンっ!?』
リンが叫ぶ。
が、それを掻き消すかのように響く激突音。シンはM-1を巧みに動かし、金色のM-1に組み付いていた。
『ほう。思い切りの良い新兵だな。期待できる』
「あなたは……」
怒気よりも呆れが先に来るが、シンとていきなり刃を向けられれば心穏やかではない。
「なんなんだっ!」

 
 

機動戦士 ガンダムSEED DESTINY SPIRAL ~黄金の輝き~

 

第四話 『目覚めぬ刃』

 
 

 敵機。
言葉の通り、敵軍の機体のことを指す。別に敵軍でなくてもいい。
要は敵対するもののことを指しているのだから。
そういう意味で、この金のM-1は完全に敵機だった。
そしてシンはその切り替えも速かった。
自軍のMSと言えど、殺傷力を持った武装を向けられればそれはもう敵と判断するに足るだろう。だから、
『イーゲルシュテルンまで!?』
頭部に設けられたバルカンが火を吹いても、シンは至って冷静だった。
まだ熱くなるな。
シンは胸に燃える炎を抑えつける。
「くっ!」
猛烈な連撃を盾で防ぎながら後退するアスカ機。
どういうわけか金のM-1はやたらとサーベルで攻め立ててくる。
普通なら付け入る隙は幾らでもあるのだが、どうやら相手は普通ではないらしい。
モーションも妙に洗練されている。
これは色が違うだけのM-1ではない。
「カスタム機ですかっ!」
止む終えず制限を解除してサーベルを抜き、斬りかかる。
シンのM-1の動きが変わる。
防戦の構えから、積極的な攻撃の構えへ。
戦いの流れを相手から奪い返す為に。が、
『違うな。私の機体はいわゆるところの`カスタム'とは違う』
金のM-1はシンの攻撃を全てかわして倍の攻撃量で以って返してくる。次々と装甲を傷つけていく光剣。
シンのM-1の動きが止まった。
「う、あっ!」
呻くシン。
コクピットにアラートが響く。さらに振り下ろされる一閃。
シンは眼を瞑った。
それは紛れも無い恐怖。
シンは、戦いに恐怖した。恐れに身を固まらせた者が戦場では早く死ぬ。模擬戦だったはずなのに、
などという言い訳は通用しない。
そしてシンは―
『やめろぉっ!』
恐怖に身を固めたシンの意識を、リンの叫びが引き戻した。そして再び動き出すシンの世界。
 まず、リンのM-1が自機と敵機の間に飛び込んできたのが見えた。
 次に、リンのM-1はその手を広げて立ち塞がった。どうやら身を挺して護るつもりらしい。
何故、盾を使わない!シンは怒鳴った。
 最後に―
『うわあぁぁっ!!』
 リンのM-1の首が飛ぶのが見えて。

 

 シンは、`リンの首'が吹き飛ぶのを幻視した。その瞬間、シンの頬を流れる涙。
一瞬で変わる彼の思考。

 
 

 `殺す'。

 
 

『おおおおぉぉぉぉっ!!!』
 痛みが怒りに。
怒りが力に変わった時、シンはその種子を弾けさせた。
そして―
「うっ!ぅあっ!?」
`世界が広がる'のに耐え切れず、その意識は暗転した。

 
 

「シンッ!」
リンは―俺はM-1から飛び出すように降りると、倒れたシンの機体に駆け寄った。
金色のM-1がこっちを見ているのが不気味だったけど、形振り構ってられなかった。
今はシンを助けないと。
チクショウ!もう二度と、友達を失ってたまるかっ!
 金色のM-1のパイロットは、リンがシンを助けようとする様をただ見つめていた。
さて、これからどうしようとか、自分の保身(?)は考えていなかった。
いや、最初から結論は出していた。
「いきなりの襲撃。さて、私は厳罰は免れんが、まあいい」
彼は別に、自分自身の今の立場には興味は無かった。三佐という地位も、飾りでしかない。
彼が求めていたのは変革。
そして自身を満たすほどの驚きだった。
「インテリのどうしようもない阿呆の妹が眼を付けた少年がいると聞き、彼の身を案じたが、なるほど。確かに妹好みだ」
にやにや笑う男は、リンに引きずり出されたシンを見やった。
「……さて。私はこれで懲罰確定だろうが、その前に進言しておくかね。シロガネのパイロット候補に彼を」
 こうして彼は一度、舞台から姿を消す。再び出会う、その日まで。

 
 

「ん……」
シンが眼を覚ますと、そこは病室だった。傍にはトダカが立っていた。
「……トダカ、さん」
トダカが憔悴しきった顔でシンを見た。シンは何故か胸を締め付けられた。
何故、こんなにもつらそうな顔をするのだろう。
「眼が、醒めたか」
「はい……」
目覚めてシンは、何があったかを思い出す。
「僕は……負けたんですね」
「気にするな。そもそも負けるも何も、関係ない」
トダカは苦笑交じりに言った。若者特有の負けん気と思ったようだった。
「……」
しかしシンの心は重い。何故重いかは、シンにも分からなかった。
しかし何かが圧し掛かってくるのだ。
胸を締め付ける、この不安は何なのだろう。先程の戦いでの感じたあの感覚。
「(バーサーカー……)」
久方振りに目覚めたあの超感覚。
しかし何故あんなものが今更?
あれはスーパーコーディネイターだったキラ・ヤマトの力だったはずだ。
今の自分は、キラであってキラでないのに。
それに何かが`来る'感覚はあったが、その後すぐに意識を失ってしまった。
今までになかったことだ。

 

 何故?その疑問だけが離れなかった。

 
 

「まさか三日も寝込んでたなんて」
トダカに聞かされたときは慌てに慌てた。
士官学校を休んだだけでなく、先生との研究もすっぽかしてしまった。
先生は怒っているだろうか。と、シンが頭を抱え込んでいると。
「あぁ、そういえば昨日は女性が一人、尋ねてきていたよ」
「女の人、ですか?」
誰だろう。やはり先生だろうか。
「綺麗な方だったよ。君の顔を見ると安心したように帰って行かれたが」
……ハテ、誰だろう。
シンは首を捻った。
綺麗な方、と言われると誰だか分からなくなる。
確かに先生は綺麗な人みたいだったが、どちらかというと不思議な人だ。
長い前髪が瞳を隠しているものだから、余計にそう感じた。
「……」
シンはずっと首を捻ったまま固まっていた。トダカはそんなシンを見て苦笑する。
「まあ私が言えた義理ではないが、女性は大切にするものだよシン君」
シンが言い返すよりも先に、トダカは部屋を後にしていた。
後にシンは、「あの走法なら世界が狙える」と語ったという。
 身体に目立った外傷もなく、目覚めたシンは実に健康体だった。
さっさと退院の準備を済ませて病室を後にした。
その足でシンは別の病室に寄った。
「おはよう、マユ……」
 まだ目覚めない妹、マユ・アスカの元に。

 
 

その頃、アカツキはその鎧を剥がされ、新たな鎧を与えられようとしていた。
「なあ、この機体。結局名前何になるんだろうな」
ツナギにマスク、ヘルメット。完全装備の作業員が同僚に言った。
「さあね。僕は何でもいいよ。別に僕が乗るでもないし」
「ははは。そりゃそうだ。でもまあシロガネは没だろうなぁ。もう『白銀』じゃないしさ」
笑う二人の後ろから、ひょっこりと別の作業員が顔を出した。
「この機体、『神龍』って呼ぶことになるみたいですよ」
いきなり現れた同僚に、二人はぎょっとした。
「し、しんりゅう?」
「はい」
「随分とまた大層な名前付けるなぁ」
頷きあう三人。そこに声が掛かる。
「おぉい!サイにカズィ、カツラ。飯食いに行くぞぉ」
「「「はぁい、工場長」」」
仕事を適当に切り上げてその場を後にした三人。
彼らを見送るように佇む骨組みだけのMSは、静かにその青い深緑の双眸を輝かせていた。

 
 

 どんなに声を掛けても届かない。
彼女は眠り続ける。御伽噺のお姫様のように。
御伽噺と違うのは、彼女には眼を覚ましてくれる王子様がいないということだった。
シンにはその役目は担えない。
何故なら彼こそ、この少女に毒を盛った魔女なのだから。
「……謝れない、かな。君をこんなにしたのは僕なんだから」
顔を見るだけで胸を掻き毟るほどの苦しみを覚えたこともあった。
克服こそしたが、それでも息苦しい。
なら何故、こんなところに毎日自分は来るのだろう。彼女が心配だから。それもある。
今は亡き、`シン・アスカ'は`キラ'に呪いを遺していった。
それは妹を想う心。偽りかどうかすら分からない。
ただ純粋に今のシンはマユ・アスカを大切に想っていた。
「叶うなら、君と話がしたい。そうすれば何かが変わると思うから」
 姫の目覚めは、遠い。

 
 

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