千紘少年とつよがり桃色少年のおはなし

Last-modified: 2021-06-29 (火) 20:18:45

小学5年生ぐらいのころ、ミニバスの試合で骨折してしまった千紘くんは、糸遊総合病院に短期入院することになります。
そこには、一時身体の調子がひどく悪くなったりくとくんの妹も入院していました。りくとくんは妹のため、放課後毎日のように病院に通っていました。

(りくと妹と千紘少年、そこで多少接点があってもいいかもなとも思ったけれども、それはまた別の話)

愛嬌を振りまいてきゃらきゃらと騒がしく賑やか。つやつやの桃色の髪にシャインマスカットを埋め込んだような大きいきらきらの瞳。
性格だけではなく容姿も人目を引く存在だったので、千紘くんもまったく関わりはなかったものの、なんとなく認識はしていました。
入院着を着た同じ桃色の小さな女の子のそばにいつもついていたので、おそらく妹のお見舞いか何かなのでしょう。

いつも明るくてうるさい、妹思いの元気なやつ。それが千紘少年が抱いた、桃色少年への第一印象でした。

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場面は変わり、5月の末。
すっかり怪我の状態も良くなり、退院も間近に迫った初夏の頃です。

とある土曜の昼下がり、リハビリがてら暇つぶしに病院の散歩をしていた千紘くんは、いつもどおり病院の中庭に向かいます。
広く綺麗で、心を落ち着かせてくれる緑が溢れた病院自慢の中庭は、千紘くんもお気に入りの場所でした。
特に、庭の片隅に生えている樹木の陰は、意外と人が訪れず静かなため、絶好のお昼寝スポットとして何度か訪れていたのです。
このところ雨がぱらつくこともしばしばありましたが、今日はからっとして突き抜けるような晴天です。
この調子だと雨は降らなさそうだし昼寝でもするか、そう思い歩を進めたところで、近くのベンチに先客がいることに気がつきます。

「ごめんね、りっくん。明日の約束――」
「ぜんぜんいいよ!水族館ならいつでも行けるし!」
「でも・・・」
「それよりも今はさらのことが心配でしょ、俺は一人でもだいじょーぶだから!父さんと母さんはさらについててあげて。」
「・・・ありがとう。ごめんね、母さんたち、お医者様と少し話があるから。りっくんはこの辺りでちょっと待っててくれる?」
「わかった!のんびり待ってるね~」
「今日と明日、母さんは病院に泊まるけど、父さんは一緒だから」
「なんかうまいものでも食べに行くか。どこか考えておけよ」
「うん!楽しみ!」

アイツだ。あのピンクの。今日もいたのか。
「さら」って、あの妹のことか?
今日も元気いっぱい、親に対してもにこにこと良い子の笑顔を見せていましたが、すこしいつもとは違う様子に見えると、千紘くんは思いました。

桃色の両親らしい大人は、息子をその場に残し、手を振って踵を返し病院に戻っていきます。
桃色少年は二人にしばらく手を振り返していましたが、病院の中に二人の姿が消えたことを確認するとともに、その右手を力なく下ろしました。
そして、

「  、 ―・・・ 」

何かを、ひとつ呟きます。

風に消えてしまうような微かな声です。
なんといったのか、離れていた千紘くんにははっきりと聞き取れませんでした。
でもその後の彼の姿から、なんとなく、何を言いたかったのかはわかるような気がしました。

どこかいつもの輝きを消したような桃色は、そのまま人目につかない木々の陰に移動し、隠れるようにしゃがみこんでしまいました。
そこは、千紘くんのお気に入りの場所でした。
表情はここからじゃ良く見えませんが、きっと泣いてるのだと、千紘くんは思いました。
蹲るその姿はとてもか弱くて、孤独で。震える肩は一生懸命「いかないで」と口に出せない思いを叫んでるようでした。

「・・・」

なんだ、それ。
さみしいならさみしいって、言えばいいのに。

もやもや。

もやもや。

千紘くんは、人付き合いが上手な方ではありません。
だから、こういう時に友達に対して、ましてや他人であればなおさら、どうしたらいいのか正直わかりませんでした。

ただの他人です。自分に関係ないのですから、放っておけばよいのです。
そうやって、そのまま見過ごすこともできました。
でも、どうにもその選択をする気にはなれません。
なぜかは分かりません。ただ、どうしても心のどこかに彼の姿が引っ掛かるのです。

ただ、慰めて話を聞こうにも、桃色少年にとってこの姿はきっと他人に見られたくないものなのだろう。
そのこともなんとなくわかっていました。

さて、どうするか。

ポケットをごそごそ漁ると、さっき仲良しの看護師さんから貰った、いちごみるくの飴玉。
示し合わせたように、ちょうど2個ありました。
心の中で看護師さんにお礼を言い、そのうちの1つの包み紙を開けます。
ころん、と現れた淡いピンク色の三角が、そこにいる彼の色と重なりました。
それを自分の口に放り込んで、木陰にち

「おい」

「!?」

木陰に近寄り、いきなり声をかけた千紘くんに驚き、桃色少年は飛び上がります。
マスカットの瞳に涙を貯めたまま顔を上げた彼に、千紘くんはほらよ、と言ってもう一つの飴玉を放りました。
訳が分からないまま、桃色はそれをキャッチします。

そこは俺のお気に入りの場所だけど、今日だけはお前に貸してやる。
そこ、あんまり人来ないから。

それだけ告げて、千紘少年は自分の病室に戻っていきました。

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言い訳と解説

とある年の5/31の出来事。
明日の6/1のりくとくんの誕生日、本当は家族みんなで水族館に行って外食をしてお祝いをする予定でしたが、急に妹ちゃんの体調が悪くなり、計画は取りやめになりました。
気丈に振舞っていましたが、りくとくんはみんなでお祝いできるのをすごくすごく楽しみにしていたのです。
本当は父母とだけでも一緒にお祝いしたかったところですが、ピンポイントで誕生日当日前後での妹の具合がよくなく、母は病院で妹に付きっ切りとなり、誕生日は家族バラバラに過ごすことになってしまいました。
こういうことは珍しくありませんでした。クリスマスも、運動会も、授業参観も、学習発表会も、習い事の発表会も。
「ごめんね」と謝る両親を安心させるよう、幼いりくとくんはいつも笑います。「俺は大丈夫だから、」と。
今回もいつものように父母を見送った後、りくとくんは「また、か―・・・」と呟き、諦めたようにまた一人わがままな自分を殺しました。

りくとくんは父さんも母さんも、もちろん妹の新ちゃんのことも大好きです。
だからこそ、新ちゃん中心に回ってしまいがちな朋来家の中で父母が気を遣わないよう、小さい頃から我儘な自分を奥に奥に閉じ込めて良い子を演じてきました。
今の気遣い上手なところは育った環境から来てるんじゃないかな。
表に出すことができなかった子供の自分を心の奥底に残したままの歪な状態で成熟しちゃったもんだから今の闇深そうな設定が完成ってワケです。

りくとくんは人に泣くところを見せません。というより、見せることができませんでした。
なので、いつも隠れて人目につかないところで泣きます。

そんなりくとくんをたまったま見つけてしまった千紘くん。
病院の廊下等ですれ違うぐらいの接点だったのに記憶に残ってるのは、りくとが目立つということを差し置いても顔が好きだったんでしょう(ヤケクソ)
なのでりくとの性格やら顔面描写はしっかり入れてあります
周りにあまり頓着しないの千紘くんがここまでしたのは、もう最初から好意があったからです 無自覚ですが

千紘くんが知ってる、りくとくんが知らない、のノルマが高難易度すぎたので顔を突き合わせた最後の瞬間は、りくとは涙で視界がぼやける+逆光で顔がはっきり見えない、辛うじて同年代の男の子だってわかるぐらいの初対面だったってことにしました 千紘くん声変わり前だから声も違うし

そんなりく千ファーストコンタクト
千紘くんはサクマのいちごみるくを見るたび、あの日のつよがりな桃色少年のことを思い出します。
高校で再会してからは、ちゃんとあの時の桃色がりくとだってことも気づいています。
高校でも道化師を演じているようなので、絶対に本人には言いませんが。