Ho-Ri Prototype

Last-modified: 2025-09-04 (木) 17:23:11

HoRi P.png
Ho-Ri Prototype.png

概要

BR・Tier

項目数値
Tier5
BRV

車両性能

項目数値
乗員(人)6
最高時速(km)△△⇒40.24
砲塔旋回速度(°/C)△△
俯角/仰角(°)△△ / △△
リロード速度(秒)△△
車体装甲厚
(前/側/後/底)(mm)
75/55/35/35
砲塔装甲厚
(前/側/後/上)(mm)
150/50/50/20
エンジン出力(rpm/hp)△△⇒1500/550
重量(t)51.0
視界(%)△△

武装

名称搭載数弾薬数貫徹力
(前/側/後)(mm)
主砲105mm 実験的高速砲151(APHE:26,HE:25)△△ / △△ / △△

解説

特徴

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1枚目が1番席照準、2枚が砲手の照準全体図、3枚目がエイム時照準の見え方、4枚目が運転手席の視界となっている。
Ho-Ri Prototype Sight1.jpg
Ho-Ri Prototype Sight2.jpg
Ho-Ri Prototype Sight3.jpg
Ho-Ri Prototype運転手.jpg

 

【火力】
ーー加筆求むーー

 

【装甲】
ーー加筆求むーー

 

【機動性】
ーー加筆求むーー

 

【総論】
ーー加筆求むーー

史実

ホリこと新砲戦車(甲)は、五式中戦車を援護する支援車両として1943年から計画・開発されていた駆逐戦車である*1

◇以下は従来説である


【武装】主砲は十糎戦車砲(長)と呼ばれる長砲身105㎜砲である。
恐竜的進化を遂げたソ連軍の新鋭重戦車に対抗するため、当初は1000mの距離で200㎜の垂直装鋼板を貫通することを目標としたが、即急な実現は困難であったため150㎜に妥協し、将来的には200㎜を目指すということになった。また発射速度の著しい低下を懸念し、後に半自動装填や副砲(37㎜戦車砲)の装備も検討された。

【防御面】装甲はソ連軍の用いる重対戦車砲に対し1000m付近まで接近しても撃破されないようにするため、戦闘室や車体の正面などの主要部は125㎜が予定されていた。
それ以外の部分は、五式中戦車と同等の機動性が求められたため、総重量に占める砲重量の割合が大きい分、
軽量化のため中戦車より薄くするとことが要求され、側面装甲は25㎜となっていた。

【機動性・その他】機動性は五式中戦車に着いてこられるよう重量は約35t(のちに40t)に抑え、最高時速は時速約40kmを計画とした。
車体設計は整備性を考慮して五式中戦車を基盤とし、エンジンを始め多くの部品を可能な限り流用することに努めた。
形状はフェルディナント風のホリI型、ヤークトティーガー風のホリIIがあったとされ、
現在図面として残されているのは後者のみであり、(図面上では)傾斜装甲は採用されていないようである。

【部隊】本車を運用する戦車第一師団・戦車第九連隊は1939年12月1日に満州国・鉄嶺にて編成された。1944年4月に南方戦線への転出に伴って第一・第二中隊はグアム島へ、残った連隊主力はサイパン島へ配備された。6月4日、サイパンを目指して資材・兵員・車輌等を搭載した輸送船が米軍潜水艦の発射した魚雷を受け沈没し到着前から大きな被害が出た。6月15日に米軍がサイパンに上陸すると水際撃滅に乗り出し海岸で激しい戦闘を繰り広げたが米軍戦車の75mm級火砲になす術なく撃破され、17日には連隊長も戦死し連隊は事実上壊滅状態へと陥った。8月にはグアム島で戦闘していた連隊の第一・第二中隊も組織的抵抗を終了している。

小ネタ

ーー加筆求むーー

出典/参考文献

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アジア歴史資料センター『23.軍審発第29号陸軍軍需審議会経過の概要(兵器(徐航空兵器)研究方針中一部改訂の件)送付の件 昭和18年7月13日』 Ref.C121215639

コメント

  • こっちのホリ使ってる人居るんかな…? -- 2025-09-04 (木) 17:14:55
    • 課金兵器の中ではまあまあ強いほうだからいるにはいると思うけどツリーのホリと見分けがつかない -- 2025-09-04 (木) 17:23:11

*1 ホリ以前の砲戦車は二式砲戦車のように榴弾砲を搭載したものであり、その後継もその発展大型になる予定だった。