宮沢政次郎

Last-modified: 2021-05-12 (水) 06:19:47

ふりがな、みやざわまさじろう。生没年1874年ー1957年、1874年、岩手県花巻市に生まれる。かの有名な作家宮沢賢治は彼の長男である。成績優秀で中学校進学をしたかったが、父に反対され、家業を継ぐ。若くして家業を発展させる。長男賢治への愛情はものすごく彼が赤痢に倒れた時付きっきりで看病するなどした。家長が絶対の明治時代ではなかなかない話である。長男賢治と宗教で対立したものの、賢治の死後彼の遺言通り改宗するなど息子思いの父である。また、家業を発展させる中、町会議員、民生委員、調停委員などを務め、800以上の紛争を解決した功績で紫綬褒章をもらうなど長男賢治に負けない活躍ぶりだった。その一方、1903年に弟治三郎が28歳で死去、1922年に、長女トシが24歳で死去、1933年に、長男賢治が37歳で死去するなど、前述にある順調な活躍ぶりと裏腹に子供や弟に相次いで先立たれるなど決して順風満帆な人生ではなかった。1957年死去享年83。早世した子供や弟とは対照的にかなりの長寿であった。