敷香総合振興局

Last-modified: 2023-05-30 (火) 00:12:05

敷香市

  • 総合振興局中部にある、人口約10万人の市。「しすか」「しくか」「しきか」など様々な読み方がなされるが、公式な名称としては「しすか」を採用している。
  • 幌内平野南部・多来加湾に面した市であり、市街地は幌内川の河口右岸に広がる。幌内平野の大半はツンドラ(と呼ばれる広大な泥炭地)であり、日本離れした独特の風景で知られる。
    • なお、幌内川は水源がロシア側にあり、日本唯一の国際河川である。
  • 終戦時点では、多来加湾から北緯50度線(日露国境)まで幌内平野ほぼ全域に広がる、非常に広大な自治体であった。1950年に行政上の問題から敷香町・上敷香町・気屯町・古屯村・武意加村・留久玉村・多来加村の3町4村に分割された。敷香町は1961年に市制施行し、敷香市となった。敷香市は平成の大合併で上敷香町・留久玉村・多来加村を編入、これにより面積は約4800km2となり、日本一広い市町村となった。
  • 気候が非常に寒冷であることで知られ、1月の平均最低気温はマイナス20℃、平均最高気温もマイナス10℃ほどである。夏も最高気温が20℃を超えることは多くなく、1年を通して冷涼・寒冷である。ケッペンの気候区分では恵須取などと共にDfcに属する日本でも数少ない地域である。
    • この気候やツンドラの土壌のため稲作は不可能で、畑作も行えるのは上敷香など山沿いの一部に限られ、栽培できる作物の種類も小麦やジャガイモなど少ない。一方で酪農は比較的盛んである。
  • 豊富な森林資源で知られ、戦前には王子製紙の工場が存在した(現在は別会社として存続)。
  • 樺太の中でも特に先住民(樺太アイヌ、ウィルタ、ニヴフ)が多く居住していることで知られる。昭和初期には市街地の敷香川を挟んだ対岸にあるオタスの杜が先住民指定居住地となり、観光地として人気を集めた。戦後は先住民への集住政策が廃止され、多くの住民が他地域へと移住したことに伴って小規模化し、現在は20世帯ほどが住むにとどまる。
    • 2004年にはオタスの杜に「北方文化研究発信センター」(「オタスの杜資料館」)がオープンした。先住民の文化や歴史についての展示がなされているほか、トナカイが引くソリによる雪原ツアーの拠点にもなっている。
  • 市内にある多来加湖は178 km2の面積を誇り、琵琶湖に次いで日本で2番目に広い湖である。冬季はワカサギ釣りをする人でにぎわう。
  • 第48代横綱・大鵬の出生地であり、その影響もあって相撲が盛んである。毎年7月には相撲大会が開かれ、市内外から参加者が集まる。また、敷香駅前には大鵬の銅像が立っている。
     

幌内市

  • 総合振興局北部にある、人口約3万5千人の市。2007年、気屯町・古屯町・武意加村の合併により誕生した。市名は市内を流れる幌内川、及びその流域の幌内平野に由来する。市役所は旧気屯町役場を利用している。
  • 主要産業は林業と畑作・酪農、及び泥炭と石灰の採掘。
  • ロシアと接する国境の自治体であり、国境に近い半田沢地区と気屯地区には自衛隊が駐屯している。そのため、人口に占める自衛官及びその家族の割合が高い。
    • 戦前の気屯軍用飛行場は、現在自衛隊気屯基地兼気屯空港として使用されている。
  • JR半田国境駅は日本最北の鉄道駅であり、ロシア鉄道と接続している。現在は軌間など設備上の問題で直通運転が行われていないが、フリーゲージトレインによる日本初の国際列車の構想もある。
    • その他、市内には「日本最北」を名乗る施設や店が多く存在する。
       

知取市

  • 総合振興局南部にある、人口約2万3千人の市。県内の市では最も人口が少ない。
  • 戦前から高度経済成長期にかけては鉱業(炭鉱)や製紙業で栄えたが、その後の炭鉱や製紙工場の閉鎖によって衰退した。現在は漁業や観光業が主要産業である。
  • 遊山閣という鉱泉があり、戦前から賑わっていた。現在も県を代表する温泉街として観光に力を入れている。旅館や公衆浴場の露天風呂からは、知取川沿いであれば川沿いにそびえる奇岩を眺めることができる。
  • 北日本とシベリアの植物の境目となるシュミット線のすぐ南にあり、様々な植物の北限・南限となっている。
     

元泊町

  • 総合振興局南部にある、人口約1万人の町。
  • かつては炭鉱で栄えたが閉山し、現在は漁業が産業の中心である。元泊港周辺は天然の良港として知られる。
  • 隣の帆寄村にある泥火山への玄関口であり、観光にも力を入れている。駅前には小規模なホテルや旅館が点在する。
     

内泊町

  • 総合振興局中部にある、人口約9千人の町。2009年、内路村と泊岸村の合併で誕生した。町名は「内」路と「泊」岸の合成地名である。
  • 旧泊岸村では古くから林業が盛んに行われており、外国産木材の輸入が増加した現在も続けられている。
  • 旧内路村は軍事的要衝で、自衛隊の分屯地が存在する。
     

帆寄村

  • 総合振興局最南端の、人口約1700人の村。
  • オホーツク海に面し、漁業が行われている。
  • 海沿いにそびえる突岨山、馬群潭桜山、泥火山といった樺太中部を代表する山々がそびえ、観光客・登山客でにぎわう。
    • メタンガスの噴き出す泥火山は地球化学者たちによく知られており、その独特の風景を一目見ようと観光客も多く訪れる。
    • 馬群潭桜山にはミヤマザクラが自生し、樺太では数少ない花見スポットとなっている。
       

散江村

  • 総合振興局北東部の、人口約2200人の村。西柵丹村と並び、日本最北の村である。
  • 戦前は3000km2以上の面積であり、戦後遠内・北知床・野頃の3村に分割された。平成の大合併の際に3村で合併し、分割から約半世紀を経て元の面積・名称に戻った。なお、日本で最も面積の広い村である。
    • 人口密度は約0.6人/km2と、国内の市区町村の中で最低となっている。
    • 村役場は旧野頃村に置かれている。
  • 村域の大半は泥炭地(ツンドラ)と山林である。
  • 村内の内大湖・散江湖・床呂湖・出羽内湖・軽帆湖・本鳴寄湖・根富湖は散江七湖として有名で、観光客も多く訪れる。
  • 北知床半島の先端(北知床岬)から南に12km沖合にある無人島の海豹島では、オットセイやトド、ウミガラスを見ることができる。かつては一般人の上陸も可能であったが、現在は生物保護のため許可を得た研究者のみしか上陸することができない。春から秋にかけては船上から動物観察を行うツアーが行われている。