61式の開発事情

Last-modified: 2024-05-01 (水) 20:18:38

民○党類ですが出世はネタです
https://mevius.5ch.net/test/read.cgi/army/1551412362/

 
 

405 名前:元施設 ◆Ywp0uWwwqc[sage] 投稿日:2019/03/01(金) 19:41:55.88 ID:hAXjo6yba
艦船に関しては戦前からの長い技術的蓄積の賜物だと思うが
逆に戦車は61式を作るときに声のでかい戦前の技術者に散々足を引っ張られたとかどっかで聞いた
本当だとしたらちょっと切ないな

 

414 名前: 名無し三等兵 [sage] 投稿日:2019/03/01(金) 19:46:14.18 ID:ArpQw9sF0

>>405
長砲身の60mm砲を開発しろとかって奴か

 

419 名前: 名無し三等兵 [sage] 投稿日:2019/03/01(金) 19:48:20.94 ID:L1nwU62wM

>>414
主砲の問題は結構難しいと思う
現代だって120mm55口径がいいのか高圧砲がいいのか、はたまたさらなる大口径かと議論になる。

 

423 名前:ヴィルデ・ザウ ◆z9E9JkEdao [sage] 投稿日:2019/03/01(金) 19:51:11.52 ID:sVgBf9TJ0

>>405
つか、61式、模型作ってみりゃわかるけど、日本戦車の系譜をまんま引き継いでるよ
面の合わせ方とか、排気管の処理とか、いかにも日本戦車
ドイツやソ連、アメリカの戦車じゃこうはならないよね、ってところが結構ある

 

428 名前: 名無し三等兵 [sage] 投稿日:2019/03/01(金) 19:52:34.31 ID:ArpQw9sF0

>>423
車体後部は三式戦車っぽいよね

 

459 名前: 名無し三等兵 [sage] 投稿日:2019/03/01(金) 20:07:32.41 ID:LOQ5Vb9p0

>>428
どちらかというと四式でね?

 

421 名前:主砲射撃準備よし!! (ワッチョイ 9701-Ak6H)[sage] 投稿日:2019/03/01(金) 19:48:58.06 ID:a8KLNFrC0
61式の時は25トンで75ミリ砲の戦車をキチガイがやれと言ってたとか。
伝聞で聞く戦中戦前の満州では重量のある戦車は運用できないという言説と同じ理由で
こんなものを押し付けようとしたとか。

 

439 名前:ヴィルデ・ザウ ◆z9E9JkEdao [sage] 投稿日:2019/03/01(金) 19:58:01.79 ID:sVgBf9TJ0

>>421
当時は(も?)戦車無用論すらあったんだよ
核ミサイルで戦争が決する時代に、戦車なんぞ意味はない、陸の大艦巨砲主義だ!とか
戦車マガジンか何かで、当時の戦車設計者の手記で読んだ気がする

 

429 名前: 名無し三等兵 [sage] 投稿日:2019/03/01(金) 19:53:07.63 ID:LOQ5Vb9p0

>>421
当時の道路事情から考えるとその要求は無理無いのよな……

 

448 名前:名無し特殊☆戦 ◆FFR41Mr146 [sage] 投稿日:2019/03/01(金) 20:01:44.74 ID:pGFx43cSa

>>429
当時って主要国道ですら未舗装だったりするからね
無知か故意か知らんが其処を無視した断罪ばっかり好むのは
脳みそだけは中2から成長せんかった感がすごい

 

498 名前:元施設 ◆Ywp0uWwwqc [sage] 投稿日:2019/03/01(金) 20:24:40.01 ID:hAXjo6yba

>>448
本当にそれだけなのかねえ
だってさあ、朝鮮戦争でT-34/85がバリバリ機動してたじゃないっすか
ほんでM24とかはけっこう苦戦してたわけじゃん
その後の話でそ?単純に交通インフラの面からの話だとは思えないんだよな

 

486 名前: 名無し三等兵 [sage] 投稿日:2019/03/01(金) 20:17:38.36 ID:Pj7Z0e510

>>448
そこいらの話は、当時の本邦のインフラと周辺国のインフラ
国際情勢に照らして、想定戦場どこに置いて
当時は将来どのような危惧があったか知ると見方が変わるのよな

 

あれは国内インフラでの戦略機動に加えて
戦前日本の旧領、旧満州と半島、台湾と要するに
更なる共産主義勢力の伸長で逆進しないとならなくなる場合に備えてた

 

だいたい、非難されまくってる20~25トン台の当初の要求性能
議論し出したの1954年から55年1月よ?

 

米戦車ことM47・M48供与が欧州西ドイツ優先で無理となり
国産戦車の整備要求が強くなったとはいえ、MSA協定による対外援助当てにしつつ
朝鮮戦争と国共内戦大陳島撤退作戦横目に作ってたのを踏まえればああなる罠

 

503 名前: 名無し三等兵 [sage] 投稿日:2019/03/01(金) 20:27:00.80 ID:1UIR9JpV0

>>486
61式の時点で日本国内の鉄道輸送は絶対条件だと思ってましたが、それに加えて逆進の可能性ですか…。
シャーマン・イージーエイトと対抗可能程度の戦闘力で合理化と軽量化、
海上輸送能力の上限をボトルネックとしての設計案、というところでしょうか?

 

539 名前: 名無し三等兵 [sage] 投稿日:2019/03/01(金) 20:41:00.49 ID:Pj7Z0e510

>>503
そう
>ボトルネックとしての設計案

 

この場合当時の上限自重25.0t
旧軍の四式中戦車の規模になる

 

要するに、61式は当時の日本が米の戦略方針の転換で
(旧安保条約は日本の防衛義務が明言されてないため)日米安保体制盤石なものと出来ずに、
装備後数年内に自力で陸軍力含む揚陸戦力整備して
沖縄・台湾を含む日本周辺各地に対して戦力投射することを強いられた際の上限なんよ
少なくとも陸幕は意識してたと見てるで。

 

1960年に新日米安保条約が締結されるまで、米側に日本の防衛義務と
事態に対処する際の共同行動義務が明示されてないの忘れたらアカンのやで

 

562 名前: 名無し三等兵 [sage] 投稿日:2019/03/01(金) 20:50:42.21 ID:1UIR9JpV0

>>539
……うぼぁ。そういえばそうだった。当時の幕僚連は胃薬手放せなかったでしょうね。
岸信介総理には改めて心からの感謝を捧げましょう。というか魔人アベの爺様もやはりまた魔人であったか…

 

547 名前: 名無し三等兵 [sage] 投稿日:2019/03/01(金) 20:43:43.36 ID:LOQ5Vb9p0

>>539
安保ハンタイとか言ってたのはソ連の手先、はっきりわかんだね

 

554 名前:元施設 ◆Ywp0uWwwqc [sage] 投稿日:2019/03/01(金) 20:47:16.51 ID:hAXjo6yba

>>539
ちょっと待て、当時の沖縄はアメリカじゃん
なおかつ奄美に敵戦車が侵攻してくるのって割と非現実的な仮定じゃないかな
その場合、戦車を揚陸する必要性があるってどこの話さ?
佐渡島ぐらいしかなくね?

 

563 名前: 名無し三等兵 [sage] 投稿日:2019/03/01(金) 20:51:01.98 ID:cgKDIdhk0

>>554
>戦車を揚陸する必要性

 

台湾とか朝鮮半島の事では?
アメリカ軍として、台湾や朝鮮半島で共産軍を戦うとかさ

 

朝鮮戦争においても、アメリカは自衛隊の戦闘投入を目論んだとも言うし(あれ、当時は警察予備隊か)
その後も、アメリカは日米安保体制を「アメリカが日本を一方的に支援する」片務的な条約だとの不満があった
戦時になったら、色々理由付けて自衛隊の海外出兵を強行させた可能性も無くは無い

 

584 名前:元施設 ◆Ywp0uWwwqc [sage] 投稿日:2019/03/01(金) 21:04:15.74 ID:hAXjo6yba

>>563
流石に米軍も当時の日本に単独で上陸作戦をさせるほどバカじゃないと思うけどな
大前提として、まともな揚陸艦ないんだし
となれば敵前上陸なら米軍に輸送してもらうしかないわけで、米戦車並みの重量までは許容されうるんじゃねえの?
後方から安全に上陸して進軍するのなら、重量はある程度融通がきくだろうし

 

594 名前: 名無し三等兵 [sage] 投稿日:2019/03/01(金) 21:09:46.33 ID:cgKDIdhk0

>>584
別に大きい戦車を否定する訳じゃなくて、
①供給力の不足(輸入の否定→当時、米軍・西ドイツ軍へのMBT輸出で、日本へ輸出する余力なし)
②国産化する上での技術的・予算的限界
国土防衛だろうと、海外出兵だろうと、当時の自衛隊にはこの現実は変わりなかった訳で
その結果が、61式戦車に帰結するのでは?

 

601 名前:元施設 ◆Ywp0uWwwqc [sage] 投稿日:2019/03/01(金) 21:13:01.45 ID:hAXjo6yba

>>594
いや出来上がったものを否定してるわけじゃないんよ?
それこそ技術的限界もあっただろうし、なにより自動車産業の隆盛はもっと後の時代だしな

 

578 名前: 名無し三等兵 [sage] 投稿日:2019/03/01(金) 21:00:35.28 ID:Pj7Z0e510

>>554
沖縄足場に台湾出兵、マジで
当時白団が支援したのは何で? とか台湾募兵問題
日本人義勇兵の出国を吉田政権が黙認してた理由も踏まえて
考えあわせないとならない

 

当時は中華人民共和国の成立後の侵攻拡張の危惧に加えて
まだ日本統治下にあった地域に対する同胞意識と紐帯もあり、
そのくらい危機感はあったのよ

 

49~60年って大日本帝国って重しがなくなった空白状態かつ
中共が台湾への軍事的侵攻含めて周辺国に伸長してた上で
米側がアチソン宣言と台湾不介入宣言出してた
(のち朝鮮戦争に人民義勇軍が参戦し撤回)わりにアレな状態とか
日本周辺国の安全保障環境に対しての米の腰が定まってないのよ

 

そのため最悪、日本の北海道及び九州への陸軍兵力再編と再立ち上げ
戦略機動能力の付与と、反共の為の支援を強いられる可能性があった時期なので
70~80年代とはまた別な危機的状況でもあったわけ

 

619 名前: 名無し三等兵 [sage] 投稿日:2019/03/01(金) 21:21:03.57 ID:cgKDIdhk0

>>578
そこらへん、さすがに危機感を抱いた日本政府は「米軍基地の提供こそ、対米貢献」との理論を作り上げた模様
経済発展するにつれて、軍事的貢献の代わりに、アメリカの同盟国・東南アジア・韓国への大規模な経済支援も実施へ
日本の大規模なODAって、西側としての活動・非軍事的アプローチでの支援ともなったり

 

718 名前: 名無し三等兵 [sage] 投稿日:2019/03/01(金) 21:52:01.52 ID:Pj7Z0e510

>>608

>>619

 

あとなー

 

わりと失念されてるけれどさー

 

冷戦初期っつうか46年から、米軍は北海道への限定侵攻があった場合、
初期は事態静観して当面は陸軍部隊を派遣しない方針打ち出してたのよ

 

これはヤルタ会談時の極東密約で米ルーズベルト大統領が
ソ連の対日参戦の後、千島樺太と侵攻が可能で米が占領できなかった際の
北海道占領を黙認していた事に由来する

 

この黙認はGHQ ・ FECOMが当時策定していた全面的非常事態計画
ガンパウダー(GUNPOWDER)を改定した上で
米がサンフランシスコ講和条約時に承認しないと宣言
かつ1956年アイゼンハワー政権が公式にルースベルト個人の約束であり
米政府の公式政策ではないと破棄するまで継続しており、
米ソの陸上戦力の直接衝突での偶発核戦争を避けるため
おそらく90年代末の日米ガイドライン見直しまでは継続している

 

朝鮮戦争時の米陸軍の北海道からの移動とサンフランシスコ条約の後
保安隊・陸自が草創期から最近まで北海道へ陸上戦力
重点配備したのはこのためでもある
特に陸自発足当初、北海道を管轄する北部方面隊真っ先に設けた時期は、
自国で押さえないとならなかったんよ

 

736 名前:ヴィルデ・ザウ ◆z9E9JkEdao [sage] 投稿日:2019/03/01(金) 21:59:03.54 ID:sVgBf9TJ0

>>718
は!

 

なるほど、それで色々合点がいくな

 

そもそもなんで北海道に米軍が展開しないのか、とか、
小樽とか北海道の主要港湾の水測、米海軍は80年代までやってなかったとか

 

785 名前: 名無し三等兵 [sage] 投稿日:2019/03/01(金) 22:20:26.40 ID:Pj7Z0e510

>>736

>>718の補助線入れると

 

「なんで北海道に米装備と弾薬の事前集積してないの?」
「陸自はなんで冷戦終結後北方シフト継続し続け
西方重視シフトに切り替える時期が遅れてたの?」って疑問が
かなりの部分で解決するのよな

 

636 名前:元施設 ◆Ywp0uWwwqc [sage] 投稿日:2019/03/01(金) 21:28:33.82 ID:hAXjo6yba

>>578
その帰結が「国産戦車の」25tってのがよくわからん
そもパットンを供与する余裕が米帝にないから中戦車どうしよう、って話でそ?
25t未満という話なら当時の日本にチャーフィーあるじゃん?これを使えばよいわけだし
逆に25tの制約の中で作ったところで敵のまともな戦車に対抗する能力が得られるとも思えぬ
結局M41導入してるわけだしさ

 

774 名前: 名無し三等兵 [sage] 投稿日:2019/03/01(金) 22:10:42.44 ID:Pj7Z0e510

>>636
戦略状況が~>>718なわけで装備不足が見込まれてた
中でも戦車は調達コストと数量満たしつつ当時の車両渡船で
弾薬と装備人員ともに輸送でき……となると25トンはひとつの壁だった
で、その上でいつアメリカが足抜けするかわからず危惧を抱かれていたため
陸幕・富士学校の素案時点では20~25トンとされていた

 

ここらは~>>649が言うとおりだが、性能要求の素案で課せられた諸々の制約条件の中では
当初から許される最大サイズを指向してはいたのよね
当時は最初のATM夢広がりんぐな時期で将来戦での
戦車への装甲付与に対する懐疑論が流行ってたのもデカいけれどw
後にあっさり30トン台超えに拡大され61式に至るのも、その辺と予算面での配慮あると思ってる

 

775 名前:_。⊿゚)_ ◆M4erX.feaw [sage] 投稿日:2019/03/01(金) 22:14:04.06 ID:JEC0KMzsa

>>774
国内のアレな状況の中、そこまで能力と正気を保っているじえいぎょーの方々には、恐れ入りますなぁ……

 

(゜ω。)

 

790 名前:梅の人 ◆pHLJx8ff16 [sage] 投稿日:2019/03/01(金) 22:24:52.70 ID:V/zvkh2b0

>>774
上陸地点貼り付け部隊への増援を鉄道輸送するとなると
単純に1本の列車で戦車1個小隊の計算になるけれど
25tならば他の雑多な荷物も同時に送れたかもね

>>779
なるほど、そういう意味か
ロビー活動やら諸々、議会に浸透されている疑惑が出てきますなぁ

 

814 名前: 名無し三等兵 [sage] 投稿日:2019/03/01(金) 22:33:51.69 ID:Pj7Z0e510

>>790
16式機動戦闘車が26tなのは示唆的だ罠、と

 

649 名前: 名無し三等兵 [sage] 投稿日:2019/03/01(金) 21:33:03.17 ID:cgKDIdhk0

>>636
>25t未満

 

まぁ、当初の案だから・・・
国内道路の貧弱さ、河川の多さ(渡れる橋の制限)、鉄道輸送時の制限とかを考えてのプランだったんでしょ
ただ、実際に調べ始めると、重量が重くても、大丈夫そうじゃない?という話になって、30t超える計画に変わっただけでは
計画・仕様を立案して実際の研究を行って仕様を改定しているから、特に問題ないよう気もするんだけど

 

658 名前:ヴィルデ・ザウ ◆z9E9JkEdao [sage] 投稿日:2019/03/01(金) 21:34:58.67 ID:sVgBf9TJ0 [12/24]

>>636
74式でも38tなんやで
M48、M60 で52t、同時代のT-62とかレオパルトでも40t超え
ちなみに大戦中のパンターで44t
いかに日本戦車にとって軽量であることが大事にされてるか、ってことやね

 

680 名前:元施設 ◆Ywp0uWwwqc [sage] 投稿日:2019/03/01(金) 21:41:03.76 ID:hAXjo6yba

>>649

>>658
まあそれはわかるよ、陸士とはいえ施設科の端くれだったからな
履帯を広くして接地圧を減らして解決できる問題ばかりではないからね残念ながら

 

774 名前: 名無し三等兵 [sage] 投稿日:2019/03/01(金) 22:10:42.44 ID:Pj7Z0e510

>>680
彼方立てれば此方が立たぬ、みたいな
上手くいかんもんだわ

 

462 名前: 名無し三等兵 [sage] 投稿日:2019/03/01(金) 20:08:19.13 ID:1UIR9JpV0
しかし、日本より道路が未整備でおまけに山だらけだった朝鮮戦争では
センチュリオンやパーシングが活躍してた気がするが。
まぁ平時の運用で現場の罵詈雑言が飛び交うだろうことは確実だけど、
そもそもガチで交戦中の戦車って路外の不整地がフィールドでは?

 

465 名前:主砲射撃準備よし!! (ワッチョイ 9701-Ak6H)[sage] 投稿日:2019/03/01(金) 20:11:05.58 ID:a8KLNFrC0

>>462だわねえ。

 

481 名前: 名無し三等兵 [sage] 投稿日:2019/03/01(金) 20:16:39.51 ID:1UIR9JpV0

>>465
ですな。
タンクトランスポーターや鉄道輸送による再配置が不可能なほどデカくて重いというならまた別の問題ですが。

 

469 名前:ヴィルデ・ザウ ◆z9E9JkEdao [sage] 投稿日:2019/03/01(金) 20:12:49.28 ID:sVgBf9TJ0

>>462
先の戦車設計者の手記で、おぼろげに覚えてるところだけ

 

山がちだから戦車の運用に難があるというのは現場を知らない言葉
重装備を抱えた歩兵が、息も絶え絶えに山を登っていくその脇を、
涼しい顔をして軽々と戦車が登っていくのを見れば、戦車無用論など机上の空論だと分かるだろう

 

とか書いてたと思う

 

477 名前: 名無し三等兵 [sage] 投稿日:2019/03/01(金) 20:15:18.13 ID:l1lW1LGB0

>>469
泥濘地やジャングルなベトナムでもM48やM551は普通に走り回ってましたしね

 

470 名前: 名無し三等兵 [sage] 投稿日:2019/03/01(金) 20:13:20.69 ID:9S6DeMd30

>>462
日本と朝鮮半島の地勢は、想像以上に違うという話だけれども
実際どうなんだろうね?
後、韓国軍の戦車の運用は、突撃砲のような運用
という話も聞いたことあるけど、朝鮮戦争の戦訓と
地勢の影響とかもあるのかも。

 

478 名前: 名無し三等兵 [sage] 投稿日:2019/03/01(金) 20:15:26.71 ID:LOQ5Vb9p0

>>462
朝鮮戦争の時は移動距離は短かったし工兵の装備や能力も高かったんでなあ
日本国内で北海道なり新潟なりにソ連が上陸してきた時に山や峠で遅滞戦術とる事になっただろうけど
あまり重いと山道で立ち往生したり道幅が狭くて歩けないとかになるんで……相手も困るだろうけど

 

484 名前: 名無し三等兵 [sage] 投稿日:2019/03/01(金) 20:17:22.83 ID:jjDAqP2Ma

>>462
山間部の狭い道になると、パーシングだと走り辛くなって(そもそもパーシングはエンジンパワーが不満足とされる)
なんだかんだとシャーマン(だいたいイージーエイト)が朝鮮じゃ一番活躍した、とかなんとか読んだ事が。
何だっけかな…?

 

480 名前:名無し滑空誘導弾 ◆MXY7zycn/Y [sage] 投稿日:2019/03/01(金) 20:15:53.46 ID:zDvPyyrw0

>>470
日本アルプスみたいな凶悪な山脈がごろごろ…ってほどでは。北ももう少しなだらか。

 

482 名前:ヴィルデ・ザウ ◆z9E9JkEdao [sage] 投稿日:2019/03/01(金) 20:16:56.28 ID:sVgBf9TJ0

>>470
地勢というよりドクトリンの違いなんだろうね

 

人海戦術で押し流された経験のある韓国軍と、
ろくすっぽ対戦車兵器持たずに洞窟陣地で立てこもって曲がりなりにも戦車に対抗できた日本軍と

 

488 名前: 名無し三等兵 [sage] 投稿日:2019/03/01(金) 20:20:43.59 ID:LOQ5Vb9p0

>>470
山道で使いたいから軽量車体に余裕のあるエンジンで機動力確保すると
後は予算の問題もな、重くて砲がでかいと高いのだ……当時の本邦は貧乏でな
その意味では現状からみれば軽量型の主張も当然なのよな
無論将来性という意味では大きくてでかい砲積んでる方があるのは間違いないのだが

 

520 名前:ごっぐ ◆SOYz4k.5rc9j [sage] 投稿日:2019/03/01(金) 20:34:40.45 ID:/btHRlgx0

>>470
朝鮮戦争当時に『平地が無いから大きい戦車来ないからチャーフィーだけでおkな』とか言ってたけど
そんなのお構いなくずんずん攻め込んできたT-34-85相手に何もできず。
それじゃあって持ち込んだイージーエイトやパーシングが普通に運用できてたからな。
『山がちの地形で云々』とか言われる割に、そう顕著な違いは結局なかったような。

 

534 名前: 名無し三等兵 [sage] 投稿日:2019/03/01(金) 20:40:19.28 ID:LOQ5Vb9p0

>>520
パワーウェイトレシオと履帯幅の関係もあるんでなぁ……T-34は乗組員にとっては大変だがやはりよくできてるのだな
後シャーマンやパーシングは坂登るのに苦労してたしなぁ

 

553 名前:ごっぐ ◆SOYz4k.5rc9j [sage] 投稿日:2019/03/01(金) 20:46:18.98 ID:/btHRlgx0

>>534
センチュリオン 『マジに急な坂なら俺様に任せろー』キュラキュラキュラ
米戦車 『てめえ平地でもそのスピードじゃねえか』

 

E8シャーマンやパーシングは履帯幅は問題ないんで、やっぱ減速比とかそっちだよね。