超ドイツ帝国の歴史/第三次独伊戦争・第三次世界大戦

Last-modified: 2024-04-19 (金) 10:44:44

南北の緊張と第三次独伊戦争

イタルト帝国と北イタルト解放地域

ーイタルト帝国。その昔、ラーモ帝国という国名で欧州の大半を支配し、東西分裂後も現在に繋がる事をしてきた国家。2800年代にイタルト統一運動が始まり、栄光ある帝国はついに半島に返り咲いた。しかし、あろうことか現代のラーモの子孫は民主主義に溺れ、統一は半島だけに留まり、ジェノヴァが保有していた領土を放棄してしまった。だが、3922年に颯爽と現れたファシスト党を率いるドゥーチェがイタルトで政権を奪取し、超ドイツへ侵攻した。遂にイタルトの全てが統一される…だれもがそう思っていた。しかし、野蛮なゲルマン民族共は恐ろしいパワーを持っており、驚異的な軍事力で半島を制圧した。だが、北部の喪失だけに留まり、二次大戦ではアフラーカへ再度進出する事に成功した。さらに、その大戦では勝利を果たし、ラーモの強さを再度世界に見せつけたのだった。
→『ラーモは永遠に繁栄するだろう』
ー北イタルト解放地域。第二次独伊戦争で超ドイツがイタルトから獲得した地域で、元来より超ドイツが目標としていた「帝国主義からの解放」を行った地域である。しかし、第二次大戦で米英を下したのにも関わらず、米英は帝国主義を続けている。更に、あまり信頼できなかったイタルト帝国も、アフラーカで搾取を続けており、北部へ侵攻してくる可能性もある。だが、日本は帝国主義ではなく軍国主義を名乗り、我々と同盟を結んでくれた。最初は乗り気ではなかったものの、やはり日本は我々の味方であり、帝国主義の米英に果敢に立ち向かい、そして勝利したのだ。彼らは帝国主義ではなく、軍国主義だった(?)。今は民主化しているらしい。
まだまだ解放は続くだろう。だが、最近は南北イタルトの緊張が高まっており、第三次世界大戦に発展する可能性もある…。
→『解放の時はまたすぐに訪れるだろう。』
 『せめて今だけでも平和を謳歌しよう。』

フォンターナ広場爆破事件・北イタルト侵攻

この日は北イタルトのミラノにあるフォンターナ広場で、南北イタルトの首脳会議が行われる予定だった。だが、予定の時刻になっても北イタルトの首脳が現れず、南イタルトの首脳は苛々が溜まっていた。その時、フォンターナ広場の近くにあった全国農業銀行で爆破テロが発生した。さらに、会議が行われる場所の近くでも爆破テロが発生し、混乱に陥った。南イタルトの首脳はなんとか北イタルトから脱出したが、一部の要人がテロリストによって暗殺された。この事件は後にフォンターナ広場爆破事件と称されることになる。実行犯は南北イタルト民族解放戦線という過激派組織で、南北のイタルトを統一し、超ドイツの支配や帝国主義から解放するということを目的に活動していた。過去にも超ドイツやフラソードでテロ行為を行なっていたが、今回のテロ事件は史上最大のテロ事件となった。このテロによって大勢の人が亡くなったが、超ドイツや北イタルトの軍事警察がこれに介入して実行犯を検挙し、これを世界に公表したことによってこの事件は終結した(後に実行犯のグループも解体される)。
→『ヨーロッパがまた燃えるのか?』
無題211_20231209184246_0.png

第三次独伊戦争-枢軸秩序の崩壊

南イタルト政府はこのテロ攻撃を超ドイツ帝国や北イタルトの帝国主義的攻撃だと宣言し、北部への侵攻を開始した。超ドイツは防衛の為に軍隊を出動させた。こうして、超ドイツとイタルトの三度目となる独伊戦争が始まるのであった。
一度目の戦争では引き分け、二度目の戦争では敗北と、イタルトはこの独伊戦争で屈辱的な結果を受けてきていた。だが、二度の大戦で超ドイツが弱体化したと信じているイタルトは今度こそ勝利を手にできると信じていた。
超ドイツはこの侵攻を予想できていたのだが、よりにもよって軍隊のほとんどが東方方面やフラソードに分散している時に侵攻してきたため、対応が遅れてしまった。一応イタルト方面には精鋭国民義勇軍南方特別派遣部隊がいたため、戦線の維持には成功していた。だが、それが崩壊するのも時間の問題である。
イタルトの空軍は超ドイツ以外にも、サヴォール勢力下のバルカン半島や超ドイツ領のフラソードにも空爆をしており、中でも北イタルトのラーモやヴェネツィア、超ドイツ南部の都市ヴェルナードやナミベストなどが被害を受けた。超ドイツの空軍もこれに対抗して空爆をしたため、南イタルトのシチリアやナポリが焼け落ちた。また、超ドイツはイタルト近海の艦隊にも空爆をしていた。イタルトの空襲は戦争法違反だとしてフラソード植民地政府やバルカンの一部の国が抗議していた。だが、バルカンの方はイタルトの圧力に屈してしまい、超ドイツへ攻撃をしようとしている。空中では、独伊の空軍による熾烈なドッグファイトが繰り広げられていた。
地中海に派遣されていたイタルトの艦隊は、超ドイツの空爆を避けながら大陸に艦砲射撃を敢行していた。
これらのイタルトによる一連の行動は、国際連合からも非難されているが、侵攻の前年にイタルトは国連を脱退していた。かつて日本が満州事変を起こした時のように…
独伊の熾烈な戦いは激しさを増している…。
IMG_9818.webp

破壊のイタルトと防衛のドイツ

南イタルトによる北部侵攻はメルアや日本などから非難された。全会一致で超ドイツ帝国は防衛戦争を開始した。南イタルトは二次大戦終結後も続いた軍政の強化により、軍の力や国力が高まっていた。だが国民はとても貧困になっており、もはや戦争が始まっても反戦デモを起こす気すら起きないほどになっていた。時の皇帝は親政を敷いて国民を助けようとしていたのだが、議会が完全な立憲君主制を宣言し、皇帝の権力を剥奪したため皇帝すらどうしようもなかった。結局皇帝は誰にも見つかることなくイグルサへ亡命し、反南イタルトの勢力を拡大させていった。これにはイグルサ政府も手を貸し、超ドイツによる南北イタルト統一を促した。
前述した通り超ドイツは精鋭国民義勇軍や南方特別派遣部隊によって戦線の維持ができていた。だが、超ドイツ軍自体の配備などがあまり間に合っておらず、加えて軍縮をしてしまっていたために対応が遅れていた。南イタルトの迅速かつ丁寧*1な侵攻作戦の前に、超ドイツは苦戦を強いられていた。だが、それは陸上での話。海上では政府の言うことを聞かずに勝手に軍拡を進めていた海軍が地中海やエーゲ海を制圧し、イタルト海軍を牽制していた。この後海軍は陸戦隊も編成し、陸軍を完全に潰そうとしていた*2。イタルト海軍は東アフラーカの沿岸やアデン湾にも駐留していたため、そこからの支援がいまだに続いていた。だが、超ドイツ海軍は地中海への侵入を防ぎ、補給路を遮断することに成功していた。にも関わらず、南イタルトによる北部侵攻の勢いは止まるところを知らない。恐らく、バルカン半島から物資を調達しているのだろう。軍部はそう考えていたのだが、そもそもイタルト近海の艦隊は殆どが超ドイツ海軍と戦闘しており、補給はどこからも受け取れないはずだった。いったい何故、そしてどこから物資を受け取っているのだろうか?
→『補給路を遮断しなければ…』

対独バルカン大同盟の結束と超ドイツの危機

バルカン半島の諸国はサヴォールの勢力圏である第四インターナショナルに加盟しており、社会主義国となっていた。バルカン諸国が社会主義国になってしまった時、西側諸国(資本主義陣営)はバルカン諸国に経済制裁を下し、国際的に孤立させた。そんな中、同じく国際的に孤立してきた南イタルトとバルカン諸国が同盟を結び、協力関係を築き上げた。そしてその同盟は独伊戦争開戦とともに南欧対独軍事同盟に発展し、バルカン諸国も超ドイツの敵となった。こうなってしまった以上、超ドイツはイタルト戦線とバルカン戦線の二方面を支えなければならず、また軍備も未だ完全ではないために戦線の崩壊は必死となっていた。
無題209_20231209184811.png
もちろん、劣勢となったのは陸だけの話ではなく、海の方でも…
元々は超ドイツの海軍がイタルトの海軍と戦闘していたのだが、バルカン諸国の海軍が参戦したことで数的に不利になってしまった。海軍の練度などに関しては完全に勝っているものの、艦隊が数的不利な状況に陥った所為で、それまで立案されていた複数の作戦が没になってしまった。唯一残された作戦としては、『ライヒスロッド作戦』というもの。内容的には海軍航空隊や空軍との連携で空から敵艦を沈めるだけの作戦。実はこの作戦、発動すれば勝ったも同然のものになる。というのも、敵艦は確かに多いが、全て戦艦や駆逐艦、潜水艦などであり、航空母艦はイタルト海軍のものだけ、さらにその空母も現在は2隻ほどしか見当たらず、空中からの空爆は確実に可能ということになっている。もちろん、敵艦からの艦砲射撃などで撃墜される可能性もあるにはあるが、大体は成功を収められるとされている。軍部はすぐにこの作戦の開始命令を出し、空爆を開始した。予想通り、敵艦は殆どが空爆によって撃沈されることになった。その後北極海に配備していた艦隊を地中海へ移動させたことにより、数的不利な状況も打破されることになった。
→『せめて海だけは…』

超ドイツのアジア権益と大東亜共栄圏

東南アジア-ニューギニア自治国
ここでは、第二次世界大戦以降超ドイツのニューギニア方面軍によって軍政が敷かれていた。軍政、とはいっても単純に軍人が政治をしているだけであり、独裁政治を行っているわけではなかった。国の内情は全く公表されたおらず、超ドイツ本国さえも知ることはできないのだが、ここから海外へ旅行に来ている人に話を聞くと、とても環境の良い場所だと話している。国際連合の治安維持軍がたまにここへ訪問しているようだが、特におかしなことはなく、世界で一番平和な国家*3とまで言われている。
東南アジア-太平洋諸島自治共和国
かつて第一次世界大戦で日本によって占領された地域。第二次世界大戦の講和会議において、日本は委任統治の期間が満了したことを報告し、この地域を超ドイツに返還した。超ドイツ的には特に有益な地域ではないため、とりあえず自治領にして、いろいろ終わったら独立させるように話していた*4。元々は複数の鉱石が手に入る地域であったが、超ドイツがアフラーカやフラソードなどを占領したことによって低コストで鉱石を採掘できるようになったため、必要がなくなってきていた。
超ドイツのアジア権益はこの二つの国だけであるが、ニューギニアに関しては超ドイツへ物資を密輸している感じであり、ほとんどが太平洋諸島からのものとなっている。第三次独伊戦争が開戦してからも、ここからの物資は滞りなく届いている。だが、最近はイタルト寄りの勢力が力を増しているらしく、ここの権益が脅かされないか心配だ。それに、日本からの侵攻も心配ではある。
→『アジア権益も心配だな…。』

国家臨戦体制令の発動とバルカンの抑制

海の方ではなんとか打開できた超ドイツであったが、陸の方ではバルカン諸国軍の参戦によって戦線がどんどん崩壊し始めている。
元から正規の国防軍が軍縮されていたことや、それに伴う士気の低下、国民・臣民意識の低下などが原因とされている。もちろん戦争が始まった当初は士気が高まり、国民や臣民は護国のために躍起になっていたのだが、一度目、二度目と勝ってきたことからこの戦争にも勝てるという謎の自信が意識の低下を招いており、自主的な臨時戦闘体制への移行もされていなかった。イタルト軍の猛攻の情報も知らずに…。
イタルト軍は軽快たる足取りでイタルト北部を蹂躙していった。バルカン諸国も超ドイツとの国境で戦闘を繰り返しており、士気の低い超ドイツ軍は敗走を続けていた。国防軍ではもう護りきれないと悟った超ドイツ政府は、特別突撃隊と武装親衛隊を組織してバルカン戦線へ向かわせ、戦線の維持を任せた。演習や教育などが粗末ではあったものの、意外にも両部隊の練度は高く、バルカン戦線の維持に成功していた。しかし腐ってもイタルト軍は正規の軍隊。国が組織した適当な部隊とは異なっていた。そんな最中、一部の領域から超ドイツ本土へイタルト軍が侵入し、同地域を占領した。その情報が伝えられると、国民と臣民はそれまで溜まっていた反イタルト感情を爆発させ、臨戦体制への移行を開始した。これに伴って超ドイツ政府は国家臨戦体制令を発令し、国民による国防を命じた。
やはり超ドイツの国民や臣民の練度は圧倒的であり、イタルト軍に抵抗することに成功した。
→『国防意識の高い国民だな。』
無題208_20231209184907.png
イタルト軍を圧倒した国民軍は、バルカン方面でも活躍していた。バルカン諸国の軍隊はお世辞にも強いとは言えないが、数的に考えればこちらは圧倒的に不利であった。しかし国民軍の投入によって次第にその力は覆されそうになっており、今も各地で激戦が繰り広げられている。戦況はどれもこちらが優勢であり、敵は各地で敗走している。だが、軍部はこの攻勢を停止し、講和を結ぼうと奮闘していた。というのも、時代は既に現代へと近づき、戦争は悪というのが広く浸透していたからであって、今までよりも国際社会の目は厳しくなっていたのだ。防衛のための戦争任務は既に完了したため、これ以上戦争を続けるのは良くないと、政府・軍部が判断したというわけだ。しかし外交を試行錯誤してもイタルトは講和を結ぼうとせず、戦争は一向に続いていた。国際社会ではイタルトの状況を理解した上で超ドイツに戦争停止を要求しているが、イタルトが講和に応じてくれない限りは停止できない状況であった。兎も角、超ドイツはバルカンでの戦闘をなんとか一時終結させることに成功したため、余裕ができていた。
→『早く終わればいいのだが…。』

帝国臨時政府樹立と北イタルトの喪失

国民と臣民が遂に戦争に参加して総力戦体制が始まったころ、イタルト空軍は超ドイツの首都ヴュディンヴェルング州への空襲を強めていった。その激しさは5月7日に最高潮へ達し、遂には首都機能が壊滅してしまった。その時、超ドイツの臨時政府成立機能であるライヒスアドラー・システムが自動的に発動し、オーバーシンアク州へ首都機能を移転した。イタルト軍はこれに気づいていたものの、オーバーシンアク州へ空襲するにはアルプス山脈を迂回しなければならず、燃料の問題も相まって空襲ができずにいた。結果的に超ドイツはオーバーシンアク州で臨時政府を築き上げ、戦争の継続を宣言した。
→『ライヒよ永遠なれ』
無題207_20231209184952.png
超ドイツの臨時政府が樹立された時、イタルトは遂に半島の統一を成し遂げた。北イタルトを奪還したのだ。しかしこれでは終わらない。イタルトは更に北進し、超ドイツ帝国の全土を手に入れようとしている。

共栄圏臨時会議・日本の繁栄のために

この日、日本政府では大騒動が巻き起こっていた。第三次独伊戦争の開戦は、アジアに於いてもその影響を及ぼしていた。かつての同盟国でありながら、第二次世界大戦が終わると三国同盟は失効し、冷戦の時代になるとほとんど交流がなくなってしまった。だが、最近の日本政府ではドイツとの関係を深めようとする論争が巻き起こっており、それは日本のみならず、共栄圏全体を巻き込んだ大論争に発展していた。それでいて独伊戦争が起きたもんだから、論争はさらに激化しているというわけだ。激しい論争の結果、日本政府ではドイツと仲を深めるというような国策を決定した一方で、共栄圏全体の認可を得る為に臨時会議を開いた。結果は満場一致で可決。共栄圏は臨時憲章を制定し、第三次独伊戦争への軍事介入を決定した。日本の全国民は再び一致団結し、イタルトの粉砕に躍起になっている。国際連合ではこれを平和維持のための常任理事国特別事項として日本の行動を許可した。
そして………
イタルト政府-日本大使館
「我々は同盟国への不当な侵略を理由として、イタルト帝国に対し宣戦布告する!」
無題206_20231209190520.png

日の丸再び・燃え盛る皇国の炎

この日、超ドイツ帝国の政府内では勝利の声が上がっていた。
東洋の覇者日本が我々の味方として参戦したのだ。
彼の国は建国されてから一度も戦争に敗北していない。
もうイタルト帝国は終わりだな。
翌日、大日本帝国の空軍*5がイタルト本土に飛来し、大空襲を敢行した。さらに、アデン湾付近のイタルト海軍とエンダ洋を超えてやって来た日本海軍の連合艦隊が激戦を繰り広げており、一部の艦隊は東アフラーカに上陸していた。既にイタルトは各地で敗退しており、日独の勝利は決定づけられている。
ーその頃、とある国では…
「彼の同志亡き後、我々連邦諸国は団結し、悪逆非道なるファシスト共を潰して来ました。しかし、今またファシスト共が各地を侵略し、我々を脅かす可能性があります。」
「…。」
「もし我々の国を護るのであれば、ドイツと日本に宣戦し、共産主義に魅せられているイタルトを救うのです。」
「…。」
「そして、我々の手で全世界の共産革命を成し遂げ、共産主義による世界秩序を形成するのです!」
「…。」
「さあ、ご命令を…。」
ずっと黙って話を聞いていた人は、こう告げた。
 『よろしい、日本とドイツに宣戦布告せよ。』
→『いや、今はまだ危険な状況ではないからいいだろう。』
「………は?」

日独同盟の復活と共栄圏の団結

日本が参戦したことによってこの戦争は完全に旧枢軸国による内戦状態となり、米英は完全に中立を決めていた。
日本と超ドイツは戦争終結まで共闘することを明確にした日独同盟を締結した。これによってイタルトは完全に孤立することとなってしまったが、バルカン諸国や東側の大国がどう動くかによって状況が変わることが示唆されている。
また、この戦争への参戦によって、それまで分裂状態や独立運動が高まっていた東南アジア諸国が対イタルトで一致団結し、相互に協力する関係を築き上げた。これは後に東亜の春と呼ばれることとなり、戦争終結後には共栄圏に留まることを条件に独立が約束された*6

東アフラーカ上陸作戦とイタルト軍の撤退

日本軍はまず先の大戦の連合国軍にならってイタルトのアフラーカ植民地へ侵攻する計画を立てた。第一次世界大戦時にどのような地形があるかを把握していた軍部*7は、それらの情報を生かして上陸計画と殲滅計画を立てていった。前提の話として、日本海軍とイタルト海軍では戦力差が大きく、イタルト海軍にバルカン諸国の海軍がつこうが戦力差は全くもって変わらず、さらに超ドイツの大洋艦隊による海上封鎖も見込まれるため、イタルト側は圧倒的に劣勢状態となる。そのため、日本側は上陸地点を自由に選ぶことができた。主に上陸地点の候補として上がったのは、イタルト支配下のソマリアや、西アフラーカのナイジェリアが浮上した。議論の結果、大多数の艦隊や師団は東アフラーカへ上陸し、一部の部隊は西アフラーカへ上陸してアフラーカを横断することが決定された。*8

ステラーブルク亡き後のサヴォール

第二次世界大戦で、日独の挟撃を類稀なる才能で弾き飛ばした祖国サヴォール連邦の英雄、「ヴァシフ・ステラーブルク」。彼は、全世界から核兵器を根絶するという条約を結んだ翌年に亡くなってしまった。それからというもの、サヴォールは弱体化したようにみえる。だが、新しく就任した最高指導者がギーバン危機を引き起こし、サヴォールはまだ強い事を明らかにしている。
二次大戦後、サヴォールの勢力は拡大し、第四インターナショナルは東欧諸国にまで広がった。団結した諸国は超ドイツを制圧しており、サヴォールの参戦を待っている。しかし日本が参戦した以上、その勢力が脅かされることが示唆されている。だが、最高指導者は未だに参戦を渋っている。部下達は暗殺計画と参戦計画、そして第三のとある計画を進行しており、最高指導者は各方面から狙われていた…。
日本の参戦から1ヶ月後、第一計画である指導者暗殺計画が発動され、最高指導者は簡単に暗殺されてしまった。臨時の最高指導者には「ニキータ・フルシチョフ」*9が就任、第二の計画である参戦計画が進められた。
サヴォールが混乱に陥る中、日本と超ドイツはイタルトに猛攻を続けていた。既にアフラーカからイタルト軍は殲滅され、シチリア島が陥落している。サヴォールがここで参戦すれば、日独は混乱し、敗北は必至だろう。そう考えていたサヴォールの官僚達は、遂に参戦計画を実行し、バルカン半島と満洲帝国に進軍した。
→『我らの赤軍に勝るものはなし』

全世界共産革命計画の始動・サヴォールの参戦

サヴォールの参戦により、第三次独伊戦争の戦況は大幅に変わってしまった。あれほど強かった日独の同盟軍が各地で敗走を続け、逆にサヴォールの支援を受けたイタルトが勢力を再度強化している。
日本も超ドイツも、サヴォールの参戦によって大幅に弱体化してしまった。第二の計画は成功し、第三の計画が進められていった。
ーところで、第三の計画とは一体なんだろうか?
ここにその資料があるが、一つ目以外は閲覧権限がないらしく、読むことができない。
・第三計画ー共産主義
我々の共産主義は、マルクスとエンゲルスが創造したものであり、そしえ世界に初めて君臨したのがこのサヴォール連邦である。我々の強さは、世界恐慌の時より既に決していたのだ。あの時、資本主義のクズ共は自国の経済を滅ぼし、民衆を脅かし、そして、国を滅ぼした。だからあの時の大戦で敗北した!しかし我々は独裁国を打ち滅ぼし、共産主義こそが世界で最強だと示した!なのに何故世界は共産主義にならない?世界は滅びの運命にあるというのだろうか?否!我々共産主義のもとで、世界は永遠に繁栄するだろう!
・第三計画ー全世界共産革命計画
閲覧権限が制限されています
・第三計画ー内戦への援助
閲覧するにはコードが必要です
・第三計画ー革命と内戦の後で
閲覧権限が制限されています
…とにかく、第三の計画が発動されなければ、補給や戦線維持、その他兵站などからして日独の勝利はほぼ確定と見ていいだろう。
サヴォール連邦政府ー
→『第三計画は既に始まりつつある』
無題205_20231209190632.png

アジアを侵略するサヴォールと満洲の壊滅

サヴォールの参戦によって日本は混乱に陥っていた。
満洲帝国と蒙古国では軍政が続いており、関東軍と満州国軍によって防衛体制が敷かれていた。独伊戦争開戦後、防衛軍を縮小してヨーロッパ方面へ向かわせたことから、満洲や蒙古の防御が手薄になっていた。その為、サヴォールの参戦によって既に国境は突破され、防衛軍は各地で敗走を続けている。
「ここが落ちれば次は朝鮮だ!朝鮮が落ちるとその次は必ず本土に来る!絶対にそれは阻止するのだ!」
満洲の人々はあらゆる道具を使ってサヴォール軍と戦っている。だが、圧倒的な赤軍はいとも容易くそれを跳ね除けている。
「満洲はもう終わりだ!ここは一度撤退して朝鮮で抵抗を続けるべきだ!」
「そんなことは許されん!なんとしても赤軍を食い止めろ!」
「ダメです!新京が完全に陥落しました!浦塩方面の防衛軍も限界です!」
「ぐぬぬ…!」
満洲が崩壊する中、一時的に共栄圏を脱退していた中華民國から日本政府はとある電報が届いた。
「我们暂时退出了共荣圈。但时机已到。现在是重新加入共荣圈并粉碎共产主义的时候了!」
和訳→「我々は共栄圏を一時的に脱退していた。だが時は満ちた。今こそ共栄圏に再加盟し、共産主義を潰すのだ!」
→『まさか、中華民國が参戦したというのか?』

義勇軍行進曲・中華民國電撃参戦

満洲は既に制圧されてしまった。その時、南から赤と黒で構成されている旗を掲げたやつらがやって来た。恐らくサヴォールの部隊だろう。そう思っていたのだが、なんとやつらはサヴォールの軍隊を攻撃した。まさか、部隊の反乱か?そう思っていたが、旗をよく見るとそこには中華民國の国章が入れられていた。まさか、中華民國軍なのか?彼の国は以前共栄圏を脱退しており、我々の敵になったのではないか?しかし、中華民國軍と思われる軍隊はそのまま前進を続け、サヴォールの軍隊を蹴散らしていった。そして、後方からは軍曲と思わしき音が鳴り響いている。
「起来!起来!起来!!!」
その音はまさに中華民國の音だった。
「前進!前進!進!」
しかしあの旗は一体なんだろうか?中華民國の旗は青天満地紅旗だったはずでは…?そう、とある満洲の兵士が中国の兵士に言った。
→『中華民國軍はあのお方の手によって蘇った』
中華民國軍と思わしき軍隊が進軍していく中、満洲の軍隊もそれに続いていった。中華民國の軍隊が参戦してくれたのかというのは、情報が出ていない分未だ不明であるが、それでも共に戦ってくれている以上参戦してくれたのだろう。
まさか、中国が参戦してくるとは…思いもよらぬ電撃的な参戦は、サヴォールにも衝撃を与えた。サヴォールの軍隊は敗走を重ね、我々に押されている。そして、中華民國と満洲の軍隊が鴨緑江を超えた時、日本軍の攻勢開始の音が鳴り響いた。
→『満洲を取り戻せ!!!』
無題204_20231209190808.png

赤黒く輝きし雲南王の護国軍

中華民國雲南省…
「大成功です閣下。アカ共は我らの護国軍によって完全に殲滅されています。」
「護国軍などではない。あれはれっきとした私の中華民國軍だ。」*10
「うっ…も、申し訳ありません竜雲閣下…。」
「…。」
「この次はどうするのです?」
「…そうだな…せめて満洲は取り戻しておきたいところだが、日帝はどう動いている?」
「日帝の軍隊は朝鮮に退避しているようですが、そろそろ攻勢を始めると思います。」
「…日帝…本当なら我々の中華民國軍で蹴散らすつもりだったが、サヴォールと戦っているとはな…」
「アカ共を倒した後は、やはり日帝を?」
「…いや、我々は既に政府と連携している。迂闊に日帝へは宣戦布告できまい。」
「では連携を解除すれば…」
「そんなことをしたら、アカ共に潰されるぞ。」
「うっ…。」
「私もよく考えてみた…。そして一つの結論にたどり着いた。」
「そ、その結論というのは…。」
そして竜雲は答えた。
→『我々中華民族の団結が、未来は発展する力なのだと。』
 『どう転んでも日帝を屠る事など容易いことだ。』
*11
「行け!中国軍に遅れを取るな!」
「サヴォールの軍隊を蹴散らせ!」
日本軍は遂に反転攻勢を開始した。朝鮮に駐屯していた軍隊、そして朝鮮軍も参戦し、サヴォールの極東軍を潰して行った。中国軍はそこへ追撃を加え続け、ついに満洲を奪還した。
日本軍はさらに前進し、極東シベリアに狙いを定めた。
極東のシベリアはインフラが悪く、補給物資が届きにくいとされていた。しかし、日本軍にはとある秘策があった。
→『これならインフラなんて関係ない。』
中華民國の電撃参戦は、サヴォールの第三計画を根底から覆してしまった。元々中国への制圧には興味を示していなかった計画の指導者達は、そのうち中国共産党がまた武装蜂起をするだろうと考えていた。しかし実際のところ、中国共産党の党首であった毛沢東が日中戦争後に処刑されたことや、党内の派閥争いなどがあったことで弱体化していた.

バルカンの再制圧と赤い津波・スヴァローグ作戦

[添付]

大国の参戦による第三次世界大戦への発展

合衆王国によるアンシンカブル作戦

かつて、第二次世界大戦で米英の2カ国は超ドイツや日本などを倒した後、サヴォールへ侵攻する計画を構想していた。その作戦の名は、想像を絶する作戦と称されていた。超ドイツがサヴォールと国境紛争を起こしていたことは、大戦中連合国によって大々的に報道されており、米英はここで新たな戦線が構築される事を期待していた。これで戦線が構築されれば、超ドイツはいずれ敗北し、前線はサヴォールと接することとなる。そこから米英その他含めた約47個師団でサヴォールを倒すことが予定されていた。なお、この時起きる出来事として、日本とサヴォールが同盟を結んで連合国に対抗してくるということが予想されていた。もちろん、日本も連合国に敗北することが示唆されていた。…だが、実際にそれを起こすためには超ドイツとサヴォールが戦争を起こさない限り始まらないものであり、なかなか大規模な戦争に発展しないことに米英は苛立ちを覚えた。そのため、予定より早くノルマンディーへ上陸した。そしてフラソードを解放できる…といったところで、なんとメルアが日本の圧力に屈してしまい、メルアが大戦から離脱。想像を絶する作戦と称されたものは、遂に発動できなくなってしまった。皮肉にも、メルアが大戦から離脱してすぐに超ドイツとサヴォールはバルカン半島で戦い始めた。
そして、時はすぎ現在(第三次独伊戦争中)。
超ドイツがイタルトに侵攻された事を発端にして起きた第三次独伊戦争は、日本、サヴォール、中華民國の参戦によって戦況が大きく変化していた。米英などの国際連合は極右(?)と極左の戦争に中立を維持し続け、両者の弱体化を期待していた。だが、段々と超ドイツ側の勢力が勝ちそうになると、それまで中立を維持していた米英は共産主義を倒すために構想した想像を絶する作戦を改良して発動するために、会議を始めた。そんな事を知る由もない超ドイツは、日本や中国との連携によって極東でサヴォールを倒しているものの、バルカン半島やイタルト半島では敗走を続けていた。
想像を絶する作戦、もといアンシンカブル作戦は、超ドイツ領のフラソードからサヴォールとの前線へ向かい、そこから急速にサヴォールの領土を進撃していくもの。元々考案されていた47個師団よりも3倍ほど多い140個師団を使って作戦を遂行しようとしていた。この作戦は超ドイツ勢力を助けるものの、バルカンや東欧を社会主義・共産主義から救える作戦として再立案された。極右(?)の勢力を助けるというのはあまりよろしく無いようにも思えていたらしいが、それよりも共産主義が滅びる方が良いとされたため発動された。
作戦が発令された日、米英は超ドイツ領のフラソードと朝鮮半島の仁川に突如として上陸し、そのままサヴォールとの前線に向かっていった。超ドイツや日本の軍隊は警戒体制を強めていたものの、こちらを見向きもしない米英軍に少し安心していた。米英の軍隊が前線に到着する寸前、米英は国連本部から全世界に向けて社会主義・共産主義の終焉を宣言し、超ドイツ側での参戦を表明した。これによって、第三次独伊戦争として始まった戦いは、第三次世界大戦へと発展することとなった。
→『アカ共に未来などない!!!』
無題203_20231209190922.png

15億を超える大連合軍・極東の光

南欧対独同盟の瓦解と東欧反共統一戦線の結成

無題202_20231209191048.png

極東サヴォールの崩壊とバルバロッサ作戦

無題201_20231209191159.png

フラソードに集まった日中の連合軍

帝都に翻る日章旗と護国軍旗

モスクワ陥落・サヴォールの降伏

サヴォール軍の防衛も虚しく、遂にモスクワが陥落したことでサヴォールは降伏したのであった。
無題200_20231209191529.png

半島に雪崩れ込む日独中華の大連合軍

イタルト半島の陥落とイタルトの完全制圧

遂にイタルトは日独連合軍によって完全に制圧されたのだった。
無題199_20231209192303.png

潰えたイタルト同盟と拡大した日独の勢力圏

京都での講和条約と南北イタルトの統一

サヴォール勢力の縮小と中央アジアウクレイル

桜散る月光の夜空に煌めく炎

「…これでいいんだな?」
彼はそう言いながら、手に持っていた本を棚にしまった。
「あぁ、OKだ。これで全てがうまく行くはず…。」
「しかしまぁ、よくこんなこと考えるな。」
「へっ、まぁな。こうでもしねぇと上手くいかん。」
二人がそう喋っている後ろには、世界地図があった。その地図は図面が何度も動き、そしてある時に止まった。
その時こそ、第三次独伊戦争が終結したときであった。

第二次世界恐慌と希望の諸国

アジアとヨーロッパに跨る世界銀行

第二次世界大戦終結後、日本・ドイツ・メルア・サヴォールの4カ国が主導となって国際銀行を成立させていた。

世界銀行の汚職発覚と恐慌への道

→『人と株、どっちが早く落ちる?』
無題198_20231209192446.png

悪夢のよぎる諸国と経済協定の成立

超ドイツ帝国植民地との経済協定

エンダネシアの世界銀行成立と経済回復

平和に終わった第二次世界恐慌

メモ用のやつ

なお、超ドイツと大日本帝国が占領して併合した場所は、それぞれ別の国となった。
超ドイツ側
・オストラント国家弁務官区
・ウクライーネ自由国家弁務官区*12
・モスコーヴィエン国家弁務官区
・カウカーズース難解国家弁務官区*13
※後に上記4つの国家弁務官区はバラドリア=カンダリー連邦の統治下に入る。
※4200年頃には独立をさせると約束したらしいのだが、実際のところは色んな人が忘れており、更にとある戦争によって支配を固めさせられたためまだまだ独立の兆しは見えない。でも現地の人たちはなにも苦じゃないしこのままで問題ないっぽい。じゃあいっか!(良くねーよ)
日本側
・シベリア極東共和国
・大モンゴル共和国
・ベイルンメード連邦共和国
※後にこの3カ国は日本の庇護化で独立を果たす。

帰還

超ドイツ帝国の歴史に戻る
超ドイツ帝国のサイトに戻る


*1 戦争に丁寧もクソもあるかってんだbyこーてい
*2 どこで戦ってんだよバカ
*3 実際は超ドイツの支配下
*4 なお桜暦4396年現在独立はしていない
*5 実際は海軍や陸軍の航空隊。超ドイツなどの諸外国では日本の航空隊は殆ど空軍と判定されているらしい。
*6 史実でいう小磯声明ってやつ、多分。…ってかパスタもたまには役に立つんだな。
*7 データをちゃんと残していた、有能。
*8 なんか…何かがおかしい気がする……でも何がおかしいかわかんないからこれでいっか!🤪
*9 後にコイツも暗殺されて軍政共産主義となる。要約すると、指導者暗殺→フルシチョフ臨時就任→暗殺→軍の元帥達が全員指導者の地位に、という感じらしい。複雑やな。
*10 いいえ、護国軍です。
*11 とりあえず反共にさせたけど実際はどうなんやったっけな
*12 他の弁務官区よりも穏健度が高い
*13 他の弁務官区よりも束縛度が高いらしい