ΖキャラがIN種死(仮) ◆x/lz6TqR1w 氏_第06話

Last-modified: 2009-05-13 (水) 22:13:42

『始まりの時』

 
 

 オーブへ向かうミネルバ。その格納庫ではメカニック達による物品整理が行われていた。進水式直前にファントムペインのMS強奪による一連のゴタゴタに巻き込まれ、十分にチェックできてなかったからだ。

 

「MSの整備もあるっていうのに、面倒な事だよなぁ」
「全くだぜ。何処のどいつか知らないけど、戦争起こそうってんなら勘弁して欲しいよ」

 

 愚痴を漏らしながら作業を続けているのはヴィーノとヨウランだ。歳はシンと同じ位だろう。ヴィーノは茶色の髪に前髪を赤くメッシュで染めていて、ヨウランは褐色の肌の黒髪の少年だ。彼等も、若年ながら新造艦のメカニックスタッフを務めている。

 

「文句を言っても始まらん。オーブに着くまでに終わらせなきゃならんのだからな」
「マッドさん」

 

 そこへ口を挟んできたのはメカニックチーフのマッド=エイブスだ。かっちりした体格と顔。ブロンドの髪をしっかりと横分けし、作業服も板についている。いかにもといった風貌の男だ。歳は恐らく彼等よりも二回りは違うだろう。

 

「それはそうなんですけどね。手は動かしますから少しは愚痴らせて下さいよ」
「同感です。情報がこっちまで伝わってこなくて、不安なんですから」

 

 MSを強奪したのが連合の艦である可能性や、ユニウス・セブン落下がコーディネイターの仕業である可能性は、まだ一部の人間しか知らないことだった。緊張状態の続く中で、クルーに混乱を与えたくないというタリアの判断だった。
 しかし、クルーの間にも憶測は流れ始めている。

 

「まぁな。今回の一連の事件、戦争がまた始まるみたいな感じだからな」
「それ、皆言ってますよ。首謀者はブルーコスモスなんじゃないかって」
「オーブの代表がアーモリー・ワンに来たのも、非公式だって話じゃないですか。もしかしたら、開戦の準備の為に――」

 

 不安が呼ぶ憶測は、背びれ尾びれをつけて勝手に泳ぎだす。クルーの間にその噂が浸透するのはあっという間だった。

 

「何にしても、噂が唯の噂で終わるような状況ではないってこったな。こんなモノを乗っけてるわけだし」
「何なんですかね、このコンテナの中身?詳細は誰も知らないんでしょ」

 

 ヨウランが見上げた先には、幾つものコンテナが積まれている。最初、それが積み込まれてきた時に言われたのは、決して中身を見てはいけないということだった。

 

「余程大事なもんが入っているらしい。…俺にはこれが噂の元のように感じられるがな」
「まさか。中にニュージャマーでも入ってるって言うんですか?」
「知らんよ。けどな、多分デュランダル議長は知ってるんじゃねぇか?進水式直前に乗っけてきたって事は、恐らくはあの人の差金だろうよ」
「でなければ、あんなタイミングで積荷を増やしたりなんか出来ないですもんね」

 

 騒々しい格納庫の中、そこだけ不気味に影を落としている。コンテナの中身が一体何なのか、それはまだデュランダルにしか分からない事だった。

 
 

 地球上に存在する何処か。そこでは、ブルーコスモスの面々が勢揃いしていた。それぞれ経済界に大きな影響力を持つ者達ばかりである。老練な容貌からは、彼等がくぐってきた修羅場の数を予感させる。
 そんな中に、一人だけ雰囲気の違う男が居た。その場に似つかわしくない若さで、唇を髪と同じ淡い紫に彩っている。

 

「皆様、お集まりでございましょうか」
「フン、どういうつもりかな、ジブリール?」

 

 ジブリールと呼ばれたその男は、不敵な笑みを浮かべている。

 

「どういうつもりも何も、今回のユニウス・セブン落下は、一体どのような背景で起こったのでしょう?」
「知っているのではないかね?」

 

 老人の中の一人がジブリールを睨みつける。彼等は皆、ジブリールが油断のならない人間だという事を知っていた。この若さで多大な影響力を持つのは、只者ならぬ証拠だ。
 しかし、当の本人はそんな疑いを軽く受け流して先を続ける。

 

「自然に起こりうるわけが無いというのは皆さんお分かりの事でしょう。恐らくは、首謀者が居るはずです」
「もったいぶるな、ジブリール。我々は貴公の様な若者と違い、残りの時間が少ないのでな」
「失礼しました。では、率直にお伝えする為にこちらの映像を御覧下さい」

 

 説明を急かす面々に促され、ジブリールは仕方なく映像のスイッチを入れる。すると、画面にユニウス・セブンで繰り広げられる戦闘の場面が再生された。

 

「これは…」
「ファントムペインが持ち帰った映像です。映っている戦艦や新型のG及びMSはユニウスの破砕作業を行っておりました。と、すればプラントは白です」
「では、プラントや連合以外の第三勢力の仕業であると言うのか?」
「それは分かりません。しかし――」

 

 その時、映像の中にファントムペインともザフトとも戦うジンの姿が映し出される。

 

「このようなものが出てきました」
「これはザフトのロートルではないか。何故、こんなものが…」
「ついでに、面白い電波も拾っております」

 

 ジブリールが手元にあるボタンで操作を行う。スピーカーから音声が流れてきた。通信記録のようだ。

 

『パトリック=ザラの執った道こそ――であった――らん!』

 

「不明瞭ではありますが、これだけでもお分かりですね?あれは、旧ザラ派が行ったテロ行為だったようです。それを阻止する為に出撃したザフト…お笑いではありませんか」

 

 堪えきれないのか、ジブリールは声を出して笑い始める。

 

「お主はユニウスの落下がザフトの茶番だと言うのか?」

 

 一人の問い掛けに、ジブリールは笑うのを止めてじっとその人物を見つめる。質問の内容が間違っていたようだ。

 

「そうは言っておりません。あくまで私の言葉は推論に過ぎませんからな」
「歯痒いな…何が言いたいのだ?」

 

 そう問われると、ジブリールはまた声を押し殺して笑い始める。焦らすのが好きなようだ。

 

「いい加減にしたまえ。君がこの場に居られるのも、我々のお陰なのだぞ」
「失礼致しました。確かに、事の真相は我々には分かりません。しかし、民衆は答を求めたがる生き物です。きっと、今回の件にマスコミは大喜びでしょう」
「それが?」
「ならば、我々が答を与えてやればいいんですよ。ユニウス落下がコーディネイターの仕業であると訴え、再び戦争への扉を開き、今度こそ奴等を根絶やしにすれば、民衆も納得するでしょう」

 

 立ち上がり、両手を広げるジブリール。大げさに開戦への提案をアピールする。しかし、他の面々は戸惑っていた。

 

「しかし、簡単に言うほど楽ではないぞ。デュランダルの奴めは、既に今回の件に関する文書を発表しておる。甘い言葉を吐いて、人心の掌握に掛っている」
「動きの早い奴だ。しかも、姿を見せなんだのが気にかかる」

 

 ユニウス・セブンが落下して直ぐにデュランダルは地球に向けて励ましのメッセージを送っていた。その時はプラントに居なかったので、言葉を直接電波に乗せることが出来なかった。
そのせいで効果はやや薄かったが、ブルーコスモスの面々にはそれが逆にプレッシャーとなっていた。彼が何処で何をしているのか分からないからだ。

 

「何を弱気な事を仰っているのです?これはチャンスではありませんか、コーディネイターを滅ぼすための!地球の人々は、今回の一件がコーディネイターの仕業と知れば、必ず立ち上がります!その時こそ、青き清浄なる世界が訪れるのですよ!」

 

 しかし、ジブリールは一人息巻く。ロゴスの盟主として、ここで引くわけにはいかないのだ。

 

「どうせ未だに燻っている世界です。この機会に燃やせるものはとことん燃やしてしまわねば、いつまでたっても地球に平穏は訪れませんぞ」
「そういうものか…」
「そうです。理由なんて何でもいい、ただ結果的にコーディネイター共を打ち倒せれば、地球圏は一つに纏まります」
「それもまた、一つの見方か…」

 

 一人がジブリールの言葉に頷く。それに吊られるように、他の面々も徐々に賛同をし始めた。

 

「しかし、開戦は少し遅らせろよ。今は少しでも時間が欲しい」
「何故です?」

 

 そんな中、一人の老人が待ったを掛ける。その発言に、ジブリールは疑問符を浮かべる。

 

「皆さん私の意見に賛同してくださっています。お一人だけ足並みを乱してもらっても、我々の結束が揺らぎますぞ」
「足並みを乱すつもりなどない。ただ、面白い男を拾ったのでな」
「男?」

 

 不敵に笑う老人。何か裏があるようだ。ジブリールは席に座り、興味深げに訊ねる。

 

「奴はこの世界にとってイレギュラーだよ。だが、利用価値はある」
「何を仰っているのか分かりませんな」
「何、直に分かる。今はまだ何とも言えんが、成果は直ぐに見てもらえるだろうよ」
「…楽しみにしております」

 

 笑いを堪える老人。その笑いは、他の者達よりも一歩リードしているという余裕から来るものだった。後に、その男が彼等に与える衝撃は、とてつもないものになる。

 

「他に、何か言い残したことがある方はございませんね」

 

 ジブリールの問い掛けに、沈黙を以て応える面々。それを了承すると、ジブリールは立ち上がって再び口を開いた。

 

「では、以上で宜しいですね?今回の件は、私の案で宜しいと」
「そうでなければ気が済まんのだろう、君は?」
「滅相もない。が、私が些か強引であったのなら、謝ります。申し訳ございませんでした」

 

 顔に満面の笑みを浮かべながら頭を下げ、ジブリールはそのまま退室していった。

 

「ジブリールという男…血気盛んなのはいいが、はしゃぎ過ぎるきらいがあるな」

 

 老人の一人が呟いた。

 
 

 一方のミネルバは、オーブへと到達していた。そこでクルーに半舷休暇の許可が下り、それぞれが思い思いの休日を過ごす。
 デュランダルはタリアと共に、カガリとアスランに連れられて官邸へと案内されていた。そこで待っていたのは、一組の親子。

 

「ようこそお出で下さいました、デュランダル議長」
「お待ちしておりました、こちらへどうぞ」

 

 頭頂部を寂しくしている小太りの方がウナト=エマ=セイラン。そして、長身の痩せ型の方がユウナ=ロマ=セイランだ。彼等は宰相とその息子という立場でカガリの補佐を担当しているが、実際には未熟なカガリの代わりにオーブの政治を取仕切っている。

 

「大変な時にアポも無しに済まない」
「いえ、こちらのアスハも非公式にお会いになっていただいたのです。それならば、そちらも非公式という事にしておけばお互い様でございましょう」

 

 デュランダルの言葉に、ウナトは柔らかく応える。

 

「オーブの被害はどのようになっていますか?」
「隕石による被害はありませんでしたが、やはり高波ですな。沿岸部は大分被害を受けたと聞いております。…しかし、お早い対応でございましたな。ユニウスが落ちて直ぐに声明文を発表なさるなど、我々にはとても出来ません」
「それほどの事でもありませんよ。ただ、本国へ文書を発表するよう指示しただけです」
「ご自身はずっとミネルバに乗っていらっしゃったわけですか」
「その通りです」
「本当に出来るお人というのは、仕事の場所を選ばぬものですなぁ。我が息子にも見習ってもらいたいものです」

 

 歩きながら会話をする二人。デュランダルはふと、後ろを歩くカガリとユウナの事が気になった。

 

「代表とご子息は仲が宜しいのですね」
「はい、息子のユウナとカガリ=ユラ=アスハは婚約を結ばせております」

 

 デュランダルはほぉ、と感嘆の声を漏らす。少し意外な気がしたからだ。

 

「私はてっきり、そこのアレックス君と恋仲であると思っていたのですが」
「彼は唯のボディーガードでございます。優秀なので常に彼女の側に付かせてあるだけですよ」
「ふむ…」

 

 叶わぬ恋という事か。ちらりと見やったアレックス――アスランの表情が、少し強張っているようにも見えた。サングラスは素性を隠すためと思っていたが、そのまま表情を隠すためであったか。
 そんなアレックスの内心を知ってか知らずか、ユウナはカガリにべったりと張り付いていちゃいちゃしている。

 

「お帰り、ハニー。君が居なくて寂しかったよ」
「馴れ馴れしくするな。今はプライベートじゃないんだぞ」

 

 ユウナの歯の浮くような言葉を邪険に扱うカガリ。しかし、ユウナはそれでもカガリの肩を抱いてしつこく喰らいついてくる。

 

「いいじゃないか、僕達は婚約者なんだから」
「私にそんなつもりはない。少しは遠慮したらどうだ?」
「つれないねぇ。僕は君をこんなに愛しているというのに」

 

「止しなさい、ユウナ。デュランダル議長の御前であるぞ」

 

 軟弱な息子が気になったのか、ウナトがユウナを嗜める。それに気付いたユウナは、抱いていたカガリの肩を解放した。

 

「申し訳ありません、父上。この子が無事に帰ってきてくれて、少し浮かれておりました」

 

 急に真面目な顔つきをして謝罪するユウナ。それにもデュランダルは驚かされた。どうやらこの息子も唯のぼんくらという訳ではなさそうだ。

 

「それ程目くじらを立てることでもありませんよ、ウナト殿」
「しかし、ここは父親として厳しく躾けなければなりません」
「なら、私もこうすれば良いのでしょう?」

 

 と、おもむろにデュランダルは少し後ろを歩いているタリアの肩を抱いた。

 

「ぎ、議長!?」
「折角美人が居てくれるのだ。これ位した方が気分も晴れやかになる」

 

 困惑するタリア。それを気にもしないでデュランダルは歩き続ける。少し足がもつれそうになった。

 

「冗談はお止めください」
「いいではないか。こうして若い彼等も親睦を深めていっているのだ。我々も負けてはいられないぞ」
「――!」

 

 何処まで本気か分からないデュランダルの言い草に、タリアは我慢の限界が迫っていた。彼とは昔の関係である。今更蒸し返そうにも遅すぎるのだ。

 

「うっ!」

 

 デュランダルがうめき声を上げて咄嗟に抱いていた肩から腕を放す。タリアがデュランダルの手の甲を抓ったのだ。

 

「お戯れを」
「はは、振られてしまったよ」

 

 笑いながらデュランダルはウナトに語りかける。普通は少しばつの悪そうな表情をするものだが、彼にはその様子が見られない。ただの冗談であったか。

 

「デュランダル議長はユーモアのセンスもお持ちでいらっしゃるようですな?」
「持っていなければ、政治なんてやっていられないでしょう?」

 

 笑い合う二人。その姿を見て、何て人かしら、とタリアは心の中で悪態をついていた。

 
 

 旅の疲れを取るため、本格的な話し合いは明日以降ということになり、デュランダルは迎賓館へと入って行った。
 オーブの状況と被害をカガリに報告し、自宅へと戻ったセイラン親子は、ウナトの私室である書斎に集まっていた。
 光の差し込む明るい部屋だ。ウナトは暇な時は日がな一日ここで本を読んで過ごすのが好きだった。しかし、ここ二年ばかりはそんな機会を設けられずに少し寂しい思いをしていた。

 

「食えぬ男だ、ギルバート=デュランダル」
「しかし、父上。これでロゴス、大西洋連邦、そしてプラントと選択肢が三つに増えました。父上はどれを選ぶおつもりですか?」

 

 デスクの椅子に腰掛けるウナトに向かい、ソファに腰掛けたユウナが訊ねる。ウナトは体を窓のほうに向けていて、その表情を窺い知る事は出来ない。

 

「ユウナ、選択肢と考えているうちはお前はまだまだ半人前だ」
「と、申しますと?」

 

 ユウナの問い掛けに、ウナトゆっくりと回転椅子を回して振り返る。

 

「一つの事だけにのめり込むなど、馬鹿者のすることだ。その意味、分かるな?」
「…承知いたしました、父上」

 

 真剣な眼差しで見つめてくるウナト。その視線を正面きって受け止め、立ち上がると書斎を後にした。

 

「小娘をあてがって腑抜けになったかと思ったが――」

 

 ウナトは、カガリをユウナの婚約者に選んだ事を少し後悔していた。確かに彼女とユウナが結婚すれば、オーブの主権はセイラン家が握る事になる。しかし、そのせいでユウナがボンクラになってしまったのでは意味がない。
カガリと馴れ親しくする様子をみて、ウナトは心配していた。
 しかし、先程の表情を見る限り、どうやらボケていたわけではなさそうだ。カガリを好きであることには違いないと思うが。

 

「流石はワシの息子であると言っておこうか」

 

 満足そうに笑みを浮かべ、ウナトは再び窓の外を見やる。今は、ユニウス・セブン落下の騒動が嘘であったかのように静かだ。

 
 

 同日、カガリが所有する屋敷には、アカツキ島にあったマルキオ邸から脱出してきた面々が避難していた。高波に住処を奪われてしまったのだ。バルトフェルドが以前懸念していたカガリに世話になる事態が起こったのだ。

 

「あなた達がこの国の元首様とお知り合いだったなんて、知りませんでした」

 

 ベランダに背を預け、コーヒーカップを片手に佇むバルトフェルドに、椅子に腰掛けているエマが話しかける。ユニウス・セブン落下事件が嘘のような青空に、少しだけ目を細めている。

 

「意外かい?」
「えぇ。特にあなたの様な戦いの中でしか生きられないような方が、どうしてこの国に居るのか」
「火薬の匂いでもするかい、僕は?」

 

 バルトフェルドは、服の裾に鼻を当てて臭って見せた。回答を濁すかのような言い分。しかし、彼がその様な性格の人間である事は、これまでの生活の中から分かっていた事だ。エマは一々反応しない。

 

「…捏ねはなるべく多く、そして強い方がいい。頼りになる人間が知り合いにいるという事はいいことさ」
「あなたは疲れているというわけじゃないでしょう?」

 

 エマは、キラとバルトフェルドを比較してそう言った。この男は、未だに臨戦態勢にある。バルトフェルドが元ザフトの有名人であるという事は、調べていた資料の中で発見した。
戦争が終わり、二年経つ中でそれでもナイフを研いでいる彼は、何か思うところがあるのだろうと考えていた。
 それが何なのか、エマはバルトフェルドの考えを知りたがっている。

 

「キラ君もあなたも元はMSのパイロット。キラ君はもう戦う意思を持っていないけど、あなたは違うわ。それって、この世界にまた戦争が起こると考えているのではなくて?」
「知った風な口を聞くな、君は。知りたがりは早死にをするぞ」
「これは推測ですけど、ユニウスの事件があなたのセンサーに引っ掛かった――そうじゃないんですか?」

 

 バルトフェルドは、空に向けていた視線をエマに向ける。青空に似つかわしくない真剣な眼差しだった。

 

「何か、経験があるようだな」
「私の世界での話です。世界にはびこる問題が解決しない限り、戦争はまた起こります。私は、二度目の戦争を体験しました」
「前に言っていたエゥーゴとティターンズか…だが、君の言っていたのは軍内部の内乱の話だ。俺達の世界とは事情が違う」
「いいえ、結局はジオンも加わって三つ巴になったのです。連邦とジオンは、言うなればこの世界での連合とプラントの対立構造と似ています。それを、分かっていらっしゃるはずです」
「だがね――」

 

 何かを言おうとして視線を外す。エマの言わんとしている事は何となく分かる。しかし、それを認めて現実になってしまっても困る。彼としても、できれば戦争など起こらずにやり過ごしたいと考えている。悪い予想というものは、得てして当りやすい。
しかも、それに裏付けがあるのだから尚更だ。

 

「本当は備えているのではないですか?これから先、もしかしたらキラ君やラクスさんがまた巻き込まれるのではないかと――」
「止めたまえ」

 

 コーヒーを一口含み、エマの言葉を制止した。その声は、この平和な空間にとても馴染まない、戦場での声だった。エマは、バルトフェルドの本性が一瞬垣間見られたと感じた。

 

「キラもラクスも、二年前に十分頑張った。もう二度と、彼等を戦争に巻き込むような真似はさせんよ」

 

 恐らく、今のバルトフェルドの表情が戦場で見せる彼の顔なのだろう。眉間によった皺の数は修羅場の数を予感させる。口元は今にも噛み付きそうな猛獣の形をし、何よりも今にも飛び掛ってきそうなプレッシャーを感じる。
 エマは、そんなバルトフェルドの雰囲気に一瞬怯んだ。バルトフェルドは、そんなエマに気付いたのか、直ぐに表情を改めた。

 

「済まない。…しかしな、そういう不吉な事はあまり言わないで欲しいんだ。僕にとって、キラやラクスは大切な人なんだ。だから――」
「こちらこそ済みません。私が鈍感でした」

 

 お互いが非を認め、頭を下げ合う。
 少しの間だけ、気まずい雰囲気が流れた。こうなってしまっては、新しい話題を探さねば場が持たない。お互いがそう感じていた時、先に口を開いたのはエマだった。

 

「そういえば、キラ君を先程から見ませんね」
「カツ君とカミーユ君もな。皆して出かけているよ」
「どちらへ?」

 

 エマの問い掛けに、少し間を置いてバルトフェルドは預けていた背を壁から離す。

 

「こっちへは殆ど来た事がないからな。色々と見て回っているんだろう。カミーユ君のリフレッシュも兼ねてね」

 

 ベランダのヘリに歩み寄り、遠くを見渡す。白い雲に青い海。本当にユニウス・セブンの惨劇が嘘であったかのようだ。

 
 

 とある舗装された海岸線沿い。三人は、海岸にある公園を散策していた。カツの押す車椅子にはカミーユが乗っている。自力で歩くことの出来ない彼は、移動する際はこうして車椅子に乗るしか出来ないのだ。
 少し日が傾きかけていた。

 

「ここはどういう場所なんです?」
「さぁ…僕もここに来るのは初めてだから」
「見たところ、海浜公園って感じですね」

 

 それ程昔からあった様ではない。所々に新しさを感じるこの公園は、最近になって出来たものだろう。
 ふと、キラが海に突き出す慰霊碑を見つけた。

 

「キラさん?」

 

 フラフラと、吸い込まれるようにそこへ向かって歩いていくキラ。カツは不思議に思って車椅子を押して後を追う。

 

「この慰霊碑…」
「どうしたって言うんです?」

 

 慰霊碑を見下ろし、キラは沈黙する。その横顔をカツは覗き込んでみたが、瞬時に顔を引っ込めた。とても寂しそうな表情をしていたからだ。何も聞いてはいけない気がした。

 

 それから、少しの間ただ突っ立ていた。波の音だけが、静寂を突き破る様に響いている。

 

「…僕は」

 

 やがて、キラが口を開く。長く感じた沈黙が破られた。カツは、極力自分を抑えて彼の話に耳を傾けようと思っていた。余計な口を挟んで彼の話の腰を折るようなことは控えよう。

 

「僕は二年前、このオーブでMSに乗って戦ったんだ。この慰霊碑は、その時の被害者の方々のものだと思う……」

 

 キラは、カツに自分の過去を話し始める。一応彼が先の大戦でMSパイロットとして戦っていた事は知っているが、詳しい事は知らない。キラは続ける。

 

「僕は…この人たちを殺してしまった。僕は、本当はここに居てはいけない人間なんだ。僕達が戦ったせいで、たくさんの人が死んでしまった……」

 

 重い話だ。自分はそういうことを考えた事がなかった気がする。いつも自分の事で精一杯で、戦争が一般民衆に与える影響を知らなかった。しかし、キラはそういう事を考えている。

 

「後悔してもし切れない…何処まで遡ってやり直せば良いんだろうって、いつも考える。でも、過ぎた過去は二度と元には戻らない……」

 

 戦争で、そんな事を考えたらキリが無い。しかし、自分にもコロニー落しなどで大量虐殺を行ってきたジオンを憎む気持ちがある。自分とて、一年戦争で一度孤児になった。今持つコバヤシという姓は、新たに養子になった父方のものだ。本当の彼の名は、カツ=ハウィン。

 

「僕はどうすればいいのか分からないんだ…こうしてラクスを守ると決めても、僕はバルトフェルドさん達に頼るしか出来ない。僕にはもう力が残ってないんだ……」

 

 自分を責めるキラが可哀相に思えた。戦争であれば、相手を倒さなくては自分が死ぬ。カツは、そういう中で戦い、そして死んだ。今は生きているが、記憶の中に残る現実として、それは受け止めていた。だから、自分を責めるのは何か違うとカツは思う。
 しかし、キラはそう考える事が出来ないのだ。だから、こうして自分を責めてしまう。自分の事を考えるよりも、相手の事ばかりを考えてしまう。それは、ある意味では彼の傲慢だともカツは思う。

 

「ごめん、カツ君。愚痴になってしまったね…」
「いえ、あなたも苦しい思いをしていたと分かりましたから」

 

 車椅子に座るカミーユを見下ろす。彼もキラと同じなのかもしれない。カミーユは、いつでも他人の為に一生懸命だった。それに疲れ、こうなってしまったのだろう。他人の理解に努めようとするカミーユは、確かにニュータイプだ。
しかし、それを続けるとこうなってしまうという事か。
 難しい話だと思う。他人を信じて理解しようと思えば思うほど、それが裏切られた時のショックは大きい。小耳に挟んだ二人の強化人間との関係や、レコア=ロンドもそうであったのかもしれない。優しすぎるが故に裏切られ続け、疲れ果ててしまったのだろう。
 カツの頭の中で、カミーユとキラの顔が重なる。

 

 そんな重い空気の中、ふと後ろから気配を感じた。誰かがやって来たようだ。

 

「あ……」

 

 二人が振り向くと、そこには一人の少年が立っていた。年の頃は自分たちと同世代と考えていいだろう。深い黒の髪を潮風に揺らされ、真紅の瞳がとても印象的だ。その影響かどうかは知らないが、情熱的な感じを受ける。シン=アスカだった。

 

「は――」

 

 そこに人が居たのが意外だったというのか、シンは少し呆けていた。その時車椅子の陰から振り向いた一人の少年の表情が、とても衝撃的だった。
 目が死んでいる――シンにはそう思えた。自分を見ているようだが、何も見えていないような気がする。何と表現したらいいか分からないが、怪我で歩けないわけではなさそうだ。それよりももっと酷い、残酷に生かされているような気がした。
 そんな少年を痛ましく思い、シンはズカズカと慰霊碑の前に歩む。キラとカツは、道を空けて黙って見ていた。

 

「こんな慰霊碑が、何になるって言うんだ――!」

 

 シンは拳を握り締め、肩を震わせる。目の前の慰霊碑には献花が供えられている。今は綺麗に咲いているが、いずれ潮風で枯れてしまうだろう。

 

「戦争でどんなにたくさんの人間が死んだって、こんな石の板一枚で済ませちまう――この国は、そういう国なんだ……!」

 

 シンの言葉に、眉を顰めてカツは聞いていた。突然こんなことを言い出して、少しおかしいのではないかと思った。

 

「あんた等、この国の人間か?」

 

 シンがこちらに向かって言葉を投げ掛けてくる。カツは関りたくなかったが、無視をしても逆効果かもしれない。適当に相手をして撒いてしまおうと考えていた。

 

「一応そうだけど」
「なら、早くここから逃げるんだな。あんた等も、この国の夢想家の言葉に殺されちまうぞ」
「殺される?」

 

 危険な言葉を放つシンに、カツは益々疑念を膨らませる。まさかこんな少年が極左の活動家とは思えないが、言っている事はオーブに対する憎しみである。紅い瞳は憎しみの炎か。

 

「何言ってんだ?この国は中立を掲げていて、戦争とは関係ないはずだ」

 

 カツの言葉に、シンは喉で笑う。そんな仕草に、ムッとなったが、我慢した方がいいと考え直し、口を押さえた。言わせるだけ言わせて追い払ってしまおうと思っていた。

 

「あんた、新参か?それなら仕方ないから、教えてやるよ。二年前、この国で戦いが起こったんだ。連合が攻めて来て、目的はマスドライバーだった」

 

 その話はカツも文献で調べていたので知っている。しかし、その後オーブは三つの理念をカガリが掲げて中立の立場を強固にしたはずだ。過去の話は今のオーブには関係ない。

 

「でも、その時アスハは理念を守る為だとか何とか抜かして、多くの人々を戦いに巻き込んだんだ。戦争なんか嫌だから中立だって言ってたオーブで安心してたのに、結局そんなのは奴等がでっち上げた幻想に過ぎなかったのさ」

 

 その理念とは、カガリの父・ウズミの提唱していた中立の理念なのだろう。それを基盤として、戦後カガリが掲げたのがオーブの三つの理念――他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに介入せず――だった。
 今現在も、それを基本としてうまく立ち回ってきたはずである。しかし、シンはそんな理念に警鐘を鳴らしている。

 

「奴等は中立が大事なんじゃない。奇麗事を抜かす自分の理想が一番大切だったんだ。だから、国民のことなんか平気で犠牲に出来る。俺は二年前、それを痛感したんだ――!」

 

 彼の身内は、彼を残して一人残らず死んだ。二年前、オノゴロ島での出来事だった。必死に逃げ惑う民衆の中、妹の落とした携帯電話を拾いに行った数瞬の出来事だった。爆風が襲い、シンが慌てて駆けつけた時には、既に人は人の形を失くして屍になっていた。
皮肉にも、避難経路から逸れた自分だけが奇跡的に助かったのだ。

 

「でも、戦争なんか起こるわけないじゃないか。ユニウスが落ちてきて、世界はそれどころじゃない」

 

 憎しみを口にするシンに触発されたのか、これまで我慢して聞いていただけのカツがうっかり反応してしまう。しまった、と思ったときには既に手遅れだった。シンはまだ絡んでくるつもりだ。

 

「一つだけいい事を教えてやる。ユニウスは旧ザラ派の残党が行ったテロ行為だ。その話が世界に拡がれば、また戦争が起こる。そして、この国はまた戦場になり、また民衆が犠牲になり、そしてまたアスハは自分の理念に酔うんだ……」

 

 シンは、感情が昂ぶったせいか、重要な機密事項を誰とも知らぬ相手に話してしまう。ユニウス・セブン落下事件が旧ザラ派のテロ行為であった可能性の話は、まだ公にしてはいけない項目だ。
しかし、オーブの非道を説こうと躍起になっている今のシンには、そんな事はどうでもいい事だった。プラントでは成人でも、やはり齢16の子供である。
 対するカツは、シンのオーブに対する果てしない憎しみを感じていた。ふと、ずっと黙ったままのキラに視線を向けてみたが、沈痛な表情をしているだけで口を開こうとしていない。それに、少し震えているようだ。

 

「だから、早く逃げた方がいい。俺みたいに、あんた等も大切な人を奪われる羽目になる前にな」

 

 シンは、一瞬だけカミーユに視線を送った。どうも心神喪失状態にあるようだが、今の話を聞いて反応があったか確かめたかったからだ。しかし、カミーユは相変わらず不思議な瞳で見つめてくるだけで、何も代わり映えがない。諦め、シンは彼等に背を向けた。

 

「その人の為にも、こんな国、捨てた方がいい」

 

 最後に台詞を吐くと、シンは寂しそうな背中で去って行った。

 

「キラさん、大丈夫ですか?」

 

 その場に残された二人は夕凪が頬を撫でる中、佇んでいた。カツは、先程震えていたキラを心配して声を掛けた。

 

「う、うん。僕は大丈夫だから…」

 

 そうは言うが、カツにはとても大丈夫な風には見えなかった。少し顔色が青ざめている気がする。夕日に照らされて、余計に儚げに見えたのかもしれない。
 一方、カツの心配そうな視線に気付いたのか、キラは俯けていた顔を上げ、背筋を伸ばしてコンクリートで固められた桟橋の先端に歩みを進める。夕日を見つめ、声を絞り出す。

 

「…この慰霊碑に眠る人だけじゃない。今を生きる人にも、僕は消えない傷を付けてしまった……」
「キラさん……」

 

 力を持ってしまったがゆえの苦悩か。懺悔をするようにキラは震える声で呟く。シンとの出会いが、キラの中の苦悩を呼び起こした。この二年の間、少しずつ消化してきたその気持ちは、新たな現実と出会うことで更なる苦しみをキラに与える。
 その苦しみから解放されるのは何時になるのだろうか。一生背負わなければならない問題を抱えるキラに、カツはふとカミーユを見た。
 カミーユの瞳は、夕日に重なるキラを見つめていた。逆光でその姿は黒く塗りつぶされている。それが、キラの心の中の闇を表しているようにも見えた。キラの中の苦悩を見ているのか、それとも自分の中の苦悩を見ているのか。
 カミーユは、何も語らない。