ΖキャラがIN種死(仮) ◆x/lz6TqR1w 氏_第09話

Last-modified: 2008-05-25 (日) 10:38:34

『共同戦線』

 
 

 ザフト・オーブ軍と大西洋連邦軍との戦いは続いていた。カガリの別荘から避難してきたキラ達は、付近の軍施設シェルターに身を潜めていた。

 

「ここまで来れば大丈夫だと思うけど…」
「カミーユが震えちゃってるよ!」

 

 キラが安堵していると、子供の一人がカミーユの様子に気付き、告げてきた。キラが視線をカミーユに向けると、ユニウス・セブンが落ちてきたときと同じ様に体を小刻みに震えさせていた。子供たちが、そんなカミーユに寄り添って慰めている。

 

「エマ様もカツ様も、彼をここに置いて行ってしまって良かったんでしょうか」

 

 抑制した声でラクスが言う。普段は穏やかな表情を崩さない彼女も、この状況に不安になっているのかもしれない。

 

「エマさん達って、MSに乗れるって言ってたけど、どういうつもりなんだろう?」
「もしエマ様とカツ様が軍の関係者の方であっても、わたくし達にとって悪い人たちでは無いと思いますわ。そうでなければ、もっと早くにわたくしを狙っていたはずですから」
「うん…それに、バルトフェルドさんが気を許していたくらいだし、僕もエマさんやカツ君を信じてるよ。でも――」

 

 キラは考える。エマとカツが軍人だとすれば、一体どの組織の人間なのだろうか。初めて彼等と会ったとき、どちらも似た制服を着ていたが、その制服は連合にもザフトにも当てはまらないものだった。
 キラでさえ疑いを持つのだから、バルトフェルドなら即座に彼等に対してアクションを起こすはずだ。しかし、実際には彼女達とは懇意に話している場面しか見たことが無い。

 

(だったら、もしかしたらバルトフェルドさんは最初からエマさん達の事を知っていて――いや、既にアクションを起こしていて、エマさんの事を信用できる人だって判断したのかもしれない)

 

 そう考えれば辻褄は合うが、納得できないのが、どうして彼女達の事をバルトフェルドが隠していたかだ。エマ達の素性を知って、危険性が無いと判断したのなら、何故自分にその事を教えてくれなかったのだろうか。
 ふと、キラはいつぞやのバルトフェルドが不思議な事を言っていたのを思い出した。別の世界がどうとか言っていたが、それと何か関係しているのだろうか。

 

「考えても仕方ないか。今は早く戦いが終わる事を祈ろう」
「そうですわね…子供達も疲れていますし。つい先日ユニウスが落ちてきたばかりだというのに…」

 

 憂いを秘めた目でラクスは狼狽して座り込んでいる子供たちを見やる。カリダやマリアが何とか慰めてはいるが、何時までもこのままではいられない。
 キラは拳を握り締める。何も出来ない自分が悔しい反面、もしまたMSに乗るようなことになったらどうしようと思っていた。
 二年前にラクスから、強奪したフリーダムを託された後、キラは極力人を殺さないように戦っていた。それは、できるだけ人に死んで欲しくないからだったが、本心はただ人を殺すのが怖かっただけなのかもしれない。キラは最近そう思うようになってきた。
 ただ、自分には力があった。望んで得た力ではなかったが、少なくとも人殺しの為の力ではないと思っていた。神業のような精密射撃によって、フリーダムに乗った後のキラは無敵に近かった。その技術によって、キラは腫物に触るような戦いをしていた。

 

(結局、僕は自分の弱い心の言い訳の為にあんな戦い方をしたのか…?)

 

 二年前の自分がどう思っていたかは覚えていない。二年前を忘れようと過ごしてきたからだ。
 しかし、キラは二年前を忘れる事は出来ない。フレイというかつての少女の存在が、今のキラと二年前のキラを結び付けているからだ。彼女無くして、今のキラの存在はあり得ない。

 

「キラ…無理はしないで下さい。あなたは、今はまだ――」
「無理はしないよ。でも、今の自分が――みんな必死になっている時に逃げることしか出来ない自分が、どうにも情けないんだ……」

 

 ラクスの励ましも、キラには届かない。ラクスは、キラがまだ心の整理が出来ていない事を知っていた。だから、今はまだ無理をするなと言ったが、彼は彼女の言葉を単純に受け止めていた。
 キラが二年経っても未だに気持ちを消化できていないのは、傍から見ればただの情けない男に映るかも知れない。しかし、結論が出るまで何度も考え続ける彼には、二年はまだまだ短い。
哲学に終わりは無いとはいえ、一度確立できたと思っていた持論にふと疑問を持ってしまった彼は、再び答を求め始めた。
 普通はどこかで妥協するものだが、キラの考える戦いに対する哲学は、相手の事を考えるあまりにちゃんとした形になるまでは妥協できないのだ。そして、キラはそれが自分の主観による一方的な価値観の押し付けである事に気付いていない。

 

「キラは休んでいてください。あなたが答を見つけるまで、わたくしがあなたの代わりに皆さんをお守りしますから。…でも、できるだけ早くしてくださいね?あまり待たされると、あなたの事、嫌いになってしまうかもしれませんから」
「え…?」

 

 にこやかな顔でキラに発破をかけてくるラクス。そんな意外な言葉に、キラは動揺した。ラクスに嫌われるなんて事を、今まで考えた事が無かったからだ。彼女はいつまでも自分の最高の理解者で居てくれると思っていた。
しかし、それはキラの一方的な思い込みだったのだと思い知らされてしまった。
 一方のラクスは本気で言ったわけではなかったが、このまま出口の見えない思考の迷路を辿っているよりは、少しでもきっかけになるのならこんな言葉も掛けてみるべきだろうと、キラを見ていて思うようになっていた。

 

「ラ、ラクス……」
「子供たちの前ではそんな顔をしないで下さい。今一番頼りになるのは、キラなんですから」

 

 いつもより少し厳しいめに言うラクス。こんな状況では、何時までも優しくしてあげられない。

 

「分かったら、もう少しキリッとしていて下さいね。虚勢でも何でもいいですから」
「う…うん、分かったよ……」

 

 まるで母親のように言ってくるラクスに、キラは思わず子供のように返事をしてしまった。カリダも母親だが、ラクスも母親のような存在に思えた。今までは恋仲だと思っていただけに、意外と尻に敷かれてしまうのではないかと危ぶむ。
 それも意外と悪くないと思ったところで、考えをやめた。自分にマゾ気質があるのではないかという疑惑が浮上してきたからだ。こんな状況で、自分の性癖を考えるのは不謹慎だ。

 

(そうだ…今はここに居るみんなを守る事だけを考えればいいんだ!それが、今の僕に出来る精一杯なんだから――!)

 

 表情に力を込め、キラは両手で頬を叩く。気合を入れ直し、バルトフェルドやエマ、カツの活躍に思いを馳せた。

 
 

 ミネルバ隊とオーブ軍は協力して大西洋連邦軍に対抗しているが、戦線は徐々にオーブ本土に近付いていた。フリーダムという一騎当千のMSが居るとはいえ、如何せんバッテリー動力ではずっと最前線で戦い続ける事は出来ない。
何度もミネルバとの間を行き来しているが、その間に少しずつ戦線の後退を余儀なくされているのが現状だ。

 

「さっきよりも敵の数が多くなってきてる…!フリーダムが出たからか?」

 

 苦い表情でシンは呟く。インパルスも高性能ではあるが、如何せん火力の差がある。基本兵装であるビームライフルとビームサーベルだけでは、フリーダム離脱中の穴埋めは出来ない。

 

「オーブが出てきたって、これじゃあ!」
『シン、ミネルバがタンホイザーを使うわ!射線軸に気をつけて!』
「タンホイザー…陽電子砲を使うのか。…了解!」

 

 文句を口にしていると、ミネルバのメイリンから通信が入った。タリアは、ユニウス・セブンを砕いたタンホイザーを使うつもりらしい。確かに、この状況では陽電子砲を使うのが、打開策としては妥当だろう。

 

「大西洋連邦め!好き勝手やってくれたけど、これ以上はやらせないぞ!」
『済まない、アスカ君!遅くなった!』

 

 その時、三度目のエネルギーチャージに戻ったバルトフェルドのフリーダムが戻ってきた。シンは、そんなあまり頼りにならない高性能MSに舌打ちする。

 

『少しずつ押されているな…このままではいずれオーブが――』

 

 バルトフェルドが苦々しげに言う。それに対し、シンは一つ鼻で笑った。もう、こんなロートルの手を借りる必要は無い。

 

「大丈夫ですよ。ミネルバがタンホイザーを使うって言ってます。フリーダムなんかよりもずっとか頼りになる武器をね」
『タンホイザー…ローエングリンの事か?』
「ザフトでは、タンホイザーです。…陽電子砲には変わりありませんけど、ね!」

 

 遅い来るダガーLを、ビームサーベルで薙ぎ払うインパルス。

 

『ユニウスを砕いたって奴か?しかし、相手もタンホイザーの事を知っているのでは――』

 

 フリーダムもダガーLを撃ち落す。

 

『それに、この布陣…ミネルバの動きに気付いているのではないか?』
「関係ありませんよ。ミネルバが撃てば、それで終わりなんですからね」

 

 シンは勝利が目前とタカを括っているが、バルトフェルドは懸念していた。自分が前線に戻ってから、敵MSの数が減っているような気がしたからだ。
 この意味が、もしバルトフェルドの考えている通りのものなら、大西洋連邦軍は陽電子砲に対して何らかの対策を持っている事になる。

 

「だから、もうあなたに頼る必要も無い。フリーダムなんか無くたって、俺達はやれるんだ!」
『熱血する分には結構だが、それは慢心というものだ。相手が俺たちよりも劣っているとは思うな』
「何言ってんです?分かりきった結果じゃないですか。連中がタンホイザーの事を知ってたって、撃っちゃえば終わりでしょ。砂漠の虎の癖に、そんな事も分からないんですか?」

 

 既に頭の中で勝利のヴィジョンが出来上がってしまっているのか、シンは難色を示すバルトフェルドに対して挑戦的な言葉を吐く。しかし、バルトフェルドはそんなシンの戯言に耳を貸さない。少しでも目測を見誤れば、オーブは二年前と同じ轍を踏むことになるからだ。

 

「もう直ぐ終わりですよ。そうしたら、ちゃんとフリーダムは返してくださいよ。それは、俺達ザフトの物なんですから、あなたみたいなオーブの人間が乗るべきものじゃない」

 

 シンの言い分に、最初は言わせておくままで居たが、流石にこの不穏な状況で聞いていられるほどバルトフェルドは穏やかではない。少しシンの声がうるさく感じた。

 

『戦場でお前の主観など聞きたくない。少し黙っていろ』
「な…何だと!?」
『敵がミネルバの射線軸を避けていく…先には空母があるのに?…あれは!』

 

 一つ凄みを利かせ、シンに警告を与えた。そして、直ぐに戦場の空気を読んでみたが、どうやら敵はわざとミネルバに母艦をさらけ出している様にも見える。罠か、と思った時、大西洋連邦軍の陽電子砲対策と思われるMAが飛び出してきた。

 

「連合のMAか!あれがタンホイザーの対抗策だ!」
『えっ!?』

 

 バルトフェルドは、そのMA――ザムザザーが陽電子砲の対抗策であると瞬時に見抜く。

 

『な、何でそう思うんだ?』
「ミネルバの射線軸とあのMAの位置を確認してみろ。タンホイザーの射線上にあのMAが居るはずだ」

 

 シンは慌ててレーダーを確認してみる。

 

「あ――!」

 

 バルトフェルドの言ったとおりだった。ザムザザーの位置は、ミネルバと正対するように位置を固定させている。

 

『と、言う事は、あのMAは何らかの方法でタンホイザーを無効化出来るという事だ』
「じゃ、じゃあ今タンホイザーを撃てば――!」
『無駄撃ちになるな。ミネルバのエネルギーを消耗させるだけだ』
「は、早く止めさせないと!」
『無駄だ。タンホイザーはもうエネルギーのチャージが完了する頃だ。今止めれば、暴発する』
「そ、そんな…」
『タンホイザーが無駄になるだけじゃない。恐らく、他の者達もタンホイザーに期待を寄せていたはずだ。だが、それが防がれるとなると、そのショックは大きいな。今のお前のように――』
「くっ――!」

 

 悔しいが、バルトフェルドの言っていることが正しいのだろう。バルトフェルドの言葉を聞いて、自分の気が削がれている事に気付いた。勝利を確信していただけに、ショックは大きい。
 そして、二機のMSが見つめる中、ミネルバのブリッジ下部から突き出した陽電子砲の砲身から紅い光が伸びる。それは一直線にザムザザーに向かい、無情にも弾かれた。ザムザザーは、陽電子砲を弾くリフレクターを持っていたのだ。

 

「あぁ――!」

 

 それを眺め、シンの手から力が抜けていくのが分かった。自分の驕りが、このピンチを招いたのだと、自虐する。

 

「くそ…くそっ――くっそおおおぉぉぉぉぉ!」

 

 悔しさの余り、絶叫するシン。通信回線から聞こえる悲鳴に、バルトフェルドは片手で耳を押さえた。情けない声を出すのは、彼がまだヒヨッコの証明だろうが、そんな事は今は関係ない。少しでも動いてもらわなければ、この窮地は超えられないのだ。

 

「悔しがっている暇があるのなら、あのMAを倒す算段を考えろ!喚いていたって、何も変わらん!」
『あんただって何も出来なかっただろうが!偉そうにほざくな!』
「そうかい?だがな、俺はまだ諦めたわけじゃない。貴様のようにな!」

 

 言うなり、バルトフェルドはフリーダムをザムザザーに向ける。敵を一気に殲滅するには、やはりタンホイザーが必要だ。そう思い、バルトフェルドは決死の行動に出る。

 

『ミネルバ!次のタンホイザーのチャージまでの時間は!』
「え…れ、冷却完了までに5分、それから再チャージするのに3分で、発射可能になるのは今から8分後になりますけど…」
『了解、それまでにあのカニバサミを何とかする。タンホイザーは第二射の準備に入れ!』

 

 それだけ言うと、バルトフェルドは通信を終えた。
 ミネルバのブリッジでは、今のバルトフェルドの通信を聞いて、タリアが難色を示していた。艦長である自分を差し置いて、新参者のバルトフェルドが勝手に指示を出したのだ。少し、ムッとなった。
 その感情が空気を伝染してしまったのか、ゲストシートに座るデュランダルが微笑んでいる。

 

「いいところを取られてしまったな、艦長?砂漠の虎としての野生が目覚めたようだ」
「…議長はお黙りください」

 

 茶化すデュランダルに対し、タリアは振り向かずに応える。デュランダルからは表情が見れなかったが、声で怒っている事がわかった。きっと、ものすごい形相をしているのだろう。

 

「何とかするって言うのなら、何とかしてもらおうじゃないの――!冷却が終わり次第、タンホイザー・再チャージ開始!彼に伝えたとおり、8分後にタンホイザーの第二射を掛ける!総員時間合わせ!」

 

 怒鳴り散らすようにタリアが号令を掛けた。ブリッジを包む怒気に、クルーの緊張も高まる。いつまでも、タンホイザーが防がれてしまったショックを引き摺っている場合ではない。ここでヘマをすれば、後で彼女に雷を落とされるのは明らかだ。
 そんな罰は受けたくないクルー達は、必死に作業を行った。

 

 その頃、オーブ軍基地を飛び立ったエマ、カツ、アスランの乗る三機のムラサメは、戦場に辿り着いていた。各所では、オーブ軍のM1アストレイが大西洋連邦のダガーLを相手に抗戦している。

 

「二人ともついて来られるか…中々熟練したパイロットではあるようだが――」
『アレックスさん、後方から三機です!』

 

 アスランがエマとカツに警戒していると、カツから通信が入った。彼は自分より先に敵を捕捉したようだ。

 

「戦場にも慣れている。バルトフェルドの部下だというのは本当か?」

 

 MA状態のまま機体を下降させる。それに倣い、エマ機とカツ機も続いた。

 

「なら、これはどうだ」

 

 MSへと変形を解き、ビームサーベルを抜いて、中央のダガーLに向かって躍り掛かる。すると、カツ機がビームライフルでその他の二機を散開させ、エマ機がバルカンでアスランの狙うダガーLに牽制を掛ける。
アスランは、そのままビームサーベルでダガーLを切り裂き、撃墜する。

 

「連携も出来る…かなり戦い慣れしているな。――信憑性も帯びてくるか」

 

 エマとカツの動きに、アスランは感心する。本当はあまり期待していなかっただけに、嬉しい誤算だ。
 残った二機も、彼等との連携で撃墜し、アスランは気分を高揚させる。

 

「よし、これならば行ける!エマさんとカツ君は私の援護に回ってください!私達の小隊で敵陣の奥に仕掛けます!」
『エマ機、了解』
『こちらも了解です!一気に敵を追い払いましょう!』

 

 冷静なエマとは対照的に、カツの勇ましい声が聞こえてくる。エマは軍人としても違和感が無いが、カツはどうにも娑婆っ気が抜けてないような気がする。
 しかし、戦力になるのは確かである。急な実戦にも、初めて組む自分に動きを合わせられるだけの実力を持っているのだ。彼等に対する疑いも、大西洋連邦に攻撃を仕掛けて何事も無かった時点で殆ど解けた。
 後は、オーブを守る為にザフトと協力して敵を追い払うだけである。確かな手ごたえを感じ、三機のムラサメは前線を目指す。

 
 

 ザムザザーと相対するフリーダム。相手は巨大なヒートクローのようなものを持っている。あれに捕まれば、いくらフリーダムといえどもひとたまりも無いだろう。接近戦は出来るだけ避けたい所だ。

 

「くっ!やはり、外からのビームでは無理か!」

 

 しかし、遠距離からの砲撃ではリフレクターが邪魔で攻撃が届かない。加えて、ザムザザーの推力はフリーダムよりも上だ。直線の追いかけっこでは、簡単に追い着かれてしまう。

 

「最悪でも、ミネルバと大西洋連邦艦との間からこいつを引き離さなければ!」

 

 推力では負けていても、小回りなら人型のフリーダムの方が断然上だ。追い着かれそうになる度に急旋回を掛け、ザムザザーからの距離を離す。その繰り返しだったが、ザムザザーの方もバルトフェルドの意図が分かっているのか、空母の近くから離れようとはしない。
何度か誘導を掛けてはいるが、こちらの思惑に乗るつもりは無いようだ。

 

「と、なれば落とすしかないが、俺だけでは――!」

 

 OSの最適化のなされていないフリーダムの動きでは、ザムザザーを相手に単機で挑むのは難しい。せめて、相手をかく乱させられるだけの味方部隊がいれば話は別だが、これではホラ吹きになってしまう。ミネルバはタンホイザーの第二射準備に入っているだろう。
 そんな考え事をしていたら、いつの間にかザムザザーが真後ろに迫ってきていた。バルトフェルドは直ぐに旋回を掛けたが、接近を許しすぎてしまったのか、ザムザザーの唯一の可動部位であるクローがフリーダムを捕えに掛る。

 

「しまっ――!」

 

 不覚を取った。そう思った瞬間、脇から一機のMSがビームサーベルを振り下ろした。その一振りはザムザザーの装甲を掠る程度のダメージしか与えられなかったが、直ぐに蹴りを見舞って突き飛ばした。

 

「アスカ君!」
『あなただけに、任せて置けませんからね!』

 

 生意気な声、再び。しかし、助けてもらったのは確かだ。

 

『早く態勢を立て直して!偉そうに言った手前、出来ませんでしたじゃ、許してもらえませんよ!』
「そりゃあそうだ。こっちも、責任を持って言ったつもりだからねぇ。やるときゃやる男だよ、僕は。…それよりも、君の気分はもう晴れたのかい?」
『余計なお世話です!まだ終わっちゃいないんだ!こんな所でくたばってたまるかよ!』

 

 今のシンの声は、先程の悔しがっていた彼の声じゃない。彼の中でどんな意識革命が起こったのかは知らないが、彼なりに自分の中の気持ちを消化した結果、バルトフェルドを助けに来たのだろう。ただ、その立ち直りの速さは彼の単純な性格故なのかもしれないが。
 バルトフェルドは、一つ鼻で笑う。いい意味で、彼を馬鹿だと思った。

 

「いい根性だ。そうだ、まだ何も終わっちゃいない。少しでも希望がある限り、最後までその可能性に賭けて見せろ。それが若いって事だ」
『言われなくたって分かってるさ!俺は…ここで負けるなんて冗談じゃない!』

 

 咆哮と共に、ザムザザーに躍り掛かるインパルス。しかし、純粋な加速性能ではMAであるザムザザーの方が上で、追い着く事すらままならない。

 

「埒があかない!第二射まで時間が無いってのに!」
『援護する!アスカ君はカニバサミに接近する事だけを考えろ!』

 

 バルトフェルドは、消費エネルギー効率を気にしてか、ビームライフルでのみ攻撃を行っている。もっと手数を増やせればザムザザーの動きを止めることも出来ようが、現状では継戦時間を出来るだけ長く確保する方が優先だ。一か八かの一斉射撃は分が悪すぎる。

 

「こんな手数の少ない援護じゃ、近づけないですよ!」
『文句を言うな!死にたくなければやって見せろ!』
「そんなこと言ったって、俺は――ん!?」

 

 苦戦していると、後方からビームの一斉射がザムザザーを襲う。全て弾かれてしまったが、衝撃でザムザザーの態勢を少し崩す事は出来た。

 

『オーブ軍特別編成部隊のアレックス=ディノです!ご無事ですか、バルトフェルドさん!』
「アレックスだと?アスランか!」

 

 バルトフェルドの耳に聞こえてきたのは、顔なじみのアスランの声だった。彼はアレックスと名乗ったが、バルトフェルドは正体を知っていただけに、思わず本名を口にしてしまった。
 その通信内容を聞いて、シンは驚愕する。アスランの名前は、ヤキンの英雄の一人として知っていたからだ。

 

「じゃ、じゃあ、俺と一緒に地球に降りたのは…アスラン=ザラだったのか……!」

 

『アンディ、救援に来たわ』
『僕も一緒に居ますよ!』
「エマ!それにカツ君も!」

 

 アスランと共にやって来たのがエマとカツである事に驚くバルトフェルド。彼女達まで戦場に出てくるとは思わなかったからだ。

 

「よくもまぁ、MSを借りる事が出来たもんだな?」
『話は後にしましょう。今は、あのMAを撃墜するのが先ではなくて?』
「その通りだな。説明は、後でゆっくり聞かせてもらおうか!フォワードは俺とアスカ君がやる。ムラサメ隊はカニバサミの動きを止めてくれ!」

 

 言うなり、フリーダムはビームサーベルを引き抜き、インパルスに合流する。

 

「エマさん、カツ君。聞いての通りだ、あのMAの動きを止める!」
『了解、カツも宜しくて?』
『任せてください!』

 

 三機のムラサメは散開し、ビームライフルを構えて外からザムザザーを蜂の巣にするようにビームを放つ。ムラサメのビームライフルの一発一発の威力は大した事は無いが、三方向からの集中攻撃により、少しづつザムザザーの動きを制限して行った。

 

『止めは俺たちで決めるぞ、アスカ君!』
「分かりました!」

 

 癪だが、今はバルトフェルドの言う通りにするしかない。単機ではザムザザー相手にどうしようもない事は分かっていた。
 ザムザザーの動きが、ムラサメのビームライフルの斉射で少しずつ鈍くなっていく。何発ものビームを受け、その度に機体が微妙に揺れている。姿勢を制御する為のスラスターを蒸かす時間が増えてきていた。

 

『タイミングは君に任せる!勝機と見たら一気に押し込め!』

 

 バルトフェルドの檄が飛ぶ。それを受け、シンは集中力を高めていく。何時しか、頭の中がクリアになり、最初は目も眩むほどだったザムザザーの動きが、スローに見えた。

 

(この感じ…分かるぞ!あいつの動きが手に取るように分かる!)

 

 ザムザザーの加速のタイミング。ビームを受けた事による姿勢制御の為のバーニアが火を吹き出す瞬間。こちらを捕捉しようと繰り出してくるクローの動き。それら全てが、シンの頭の中にダイレクトに情報として伝わってくる。

 

「見切った!今だ!」

 

 加速の瞬間を狙われたザムザザーが、大きく態勢を崩した瞬間を突き、シンはインパルスのスロットルレバーを一気に押し込み、ビームサーベルを片手に突撃する。それに合わせて、フリーダムも数瞬の遅れはあったものの、続いていった。

 

「くらえぇっ!」

 

 大きく振りかぶった袈裟切りから、ザムザザーの右のクローを切り飛ばす。続けて、フリーダムの逆水平切りがもう片方のクローを薙ぎ飛ばす。

 

『止めだ、アスカ君!』
「これで終わりだぁ!」

 

 シールドを放り投げ、両手でビームサーベルを逆手に持ち替えたシンのインパルスが、ザムザザーのコックピットに止めの一撃を突き立てる。そのまま真っ二つに切り裂くようにビームサーベルを突き抜き、インパルスを離脱させる。

 

「よぉし!やったぞ!」

 

 ザムザザーは煙を上げて海に向かって墜落していく。海面に接触した所で、爆発が起こった。

 

「各機、散開だ!陽電子砲の一撃が来るぞ!」

 

 バルトフェルドが時間に目をやり、叫ぶ。それに呼応して5機は散開し、それを待っていたかのようにミネルバからタンホイザーが放たれる。今度の一撃は見事に大西洋連邦艦の旗艦と思われる空母に直撃した。

 

 旗艦を失った大西洋連邦軍は命令系統が混乱し、統制が取れない状態に陥った。そして、オーブ軍も徐々に勢いを取り戻し、後退していた戦線を押し返していく。
 やがて、これを見た大西洋連邦軍は、戦況が不利だと判断し、艦隊を撤退させていった。戦場はギリギリの所で最終防衛ラインを死守できたのだ。オーブ本土は戦火に塗れる事無く、無事平穏を取り戻した。

 

 ミネルバへ帰還する道すがら、シンは複雑な心境を抱いていた。オーブ、というよりもアスハという名前に憎しみを持つ彼としては、結局カガリを助ける結果になってしまった今回の戦いに迷いを生じさせていた。
 頭の中ではオーブという国が悪いのではない事は分かっている。しかし、それを治める代表がカガリだというのが許せないのだ。プラントはオーブと同盟を結ぶつもりでいるのは知っているが、シンは口に出さないまでも、それに対して不満を持っていた。

 

「これから、どうなっちゃうんだろうな?…俺は、オーブから逃げられないのかな?」

 

 亡き家族に思いを馳せ、シンはコックピットで呟く。ミネルバに帰還したら、直ぐにシャワーを浴びようと思っていた。今の複雑な心持を、少しでも洗い流したかった。