ΖキャラがIN種死(仮) ◆x/lz6TqR1w 氏_第21話後編

Last-modified: 2008-05-25 (日) 12:20:46

『カミーユ、深淵より』後編

 
 

 それは、夢の中なのか分からない。落ち込んだ暗闇の中に、淡く光る青が見えた。

 

<誘っている……?>

 

 吸い込まれそうな感覚ではない。しかし、カミーユの意識はその光に手繰り寄せられている。まるで、自分の意思は関係ないように、体が勝手に動いているような感覚だ。呼んでいるのは、誰だ。

 

<フォウ……?>

 

 光はおぼろげで、実態があるのかどうかも分からない。人の形をしているようで、全く違うような、唯の光のようで何かの形をしているような、酷く曖昧なものだ。ただ、その光の意識が、自分の知っている人のものだということが何故か理解できる。
 不思議な感覚だった。カミーユの目には青い光が儚げに映るだけなのに、それが人の心だとハッキリと分かる。そして、耳に聞こえない声が、頭の中に直接響いてくる。

 

<僕を…ここから出してくれるのか……?>

 

 ほの暗い自意識の底で、カミーユは束縛されていた。戦いで自分のした事が、何になったのかを考え込んでいた。記憶にあるのは人が死んでいく様と、それを止められなかった無力な自分。ニュータイプだとおだてられ、期待を寄せる人も居た。
しかし、それも今となっては意味のないこと。期待された人類のニュータイプへの革新の可能性は、皮肉にもその素養が高かったカミーユ自身の手で否定されてしまった。彼の能力の高さは、人の革新を急ぎすぎた結果だった。
 その自分を、光が呼んでいる。例えニュータイプの力に押しつぶされてしまった人間でも、失敗ではない。本当に正しいことに使えれば、決して無力なんかではないのだと、諭してくれている。
寧ろ、遅々として進まない人類の革新の中にあって、ある意味では進んだ人類であるカミーユだからこそ、出来ることもある。
 閉ざした心は、失った希望。挫折感に苛(さいな)まれ、それでもニュータイプは希望を見せるための光なのだと、もう一度感じられる気がした。

 

《人は、立ち止まったら終わり……カミーユは、まだ動けるわ。だから、あなたは――》

 

 光に目が眩む。強い光を放って、その意識は誘う。一度は手放したカミーユの希望を、何処かからか拾ってきてくれたように、そして、それを手渡すようにカミーユを包み込んでいった。

 

 アルザッヘル基地のある病室の中、カミーユ=ビダンの瞳の中に光が宿る。2、3度瞬きをし、軽く手を握り締めると、ベッドから体を起こして全身の感覚を確かめる。ずっと廃人生活を続けていた為か、体に思うように力が入らない。
 ベッドから降りて足元を確かめ、久しぶりに自分の足で歩き出す。病室を出て、ふらつく体を何とか動かし、壁に手を添えながら一歩ずつ踏みしめるように歩く。まだ頭の中を刺激する痛みが残っている。
それでもカミーユは歩く。地球から自分を迎えに来てくれた人たちに報いる為に。

 

 殆どの兵士が出払っている為、寄宿舎の中は静かだった。見張りの兵士も、アークエンジェルの襲撃で見る影も無い。カミーユは慎重になりながらも安心し、通路を歩く。何とかして格納庫まで辿り着き、MSを奪って逃げなければならない。

 

「シロッコ……もう一つ?」

 

 先程から感じている不愉快なプレッシャーは、恐らくシロッコのものだろう。アルザッヘル基地に連れてこられてから、神経を蝕むような感覚をずっと抱いていた。
 しかし、それとは別にもう一つ懐かしさを感じる感覚もしていた。それは、徐々に自分に近付いてきている。

 

「誰なんだ……?」

 

 神経を感覚に集中させ、横目で周囲を見渡す。感覚は、背後から迫ってきていた。その距離は、もうかなり近い。思い切ってカミーユは振り返った。

 

「やっぱり、お兄ちゃんだ!」
「ロザミィ!」

 

 振り向いた先に佇んでいたのは、淡い青紫のボリュームのある巻き髪の女性。顔は艶のある唇に、大人っぽい色気のある顔立ちをしている。しかし、その表情は顔立ちに似合わないちぐはぐな幼さがあった。意外すぎる再開に、カミーユは目を丸くする。

 

 カミーユがロザミィと呼んだその女性は、ロザミア=バダムという名を持つ。オーガスタのニュータイプ研究所で一年戦争でのコロニー落しのトラウマを利用され、強化処理を受けた彼女は、本来ならもっと攻撃的な性格をしていた。
しかし、それも度重なる強化処理で崩壊し、新たに刷り込まれた記憶と人格にカミーユを兄と思い込まされていた。
 その彼女も、グリプス戦役の最後には完全に精神が崩壊し、錯乱状態の中でカミーユに止めを刺された。その彼女がこうして再びカミーユの前に姿を現したのだ。

 

「どうしてここに――」
「あたし、お兄ちゃんのいる所なら何処でもわかるんだ」
「そ、そうか……」

 

 笑顔で言うロザミアは、余程カミーユに会えたのが嬉しかったのか、唐突に抱きついてきた。それに押される感じでカミーユはバランスを崩し、通路に転げそうになる。

 

「大丈夫、お兄ちゃん? どこか具合でも悪いの?」
「ちょ、ちょっとね」
「なら、あたしがお兄ちゃんをおんぶしてあげる!」
「え…ロ、ロザミィ――?」

 

 言うが早いか、ロザミアはカミーユに背を向け、無理やりに背中におぶった。破天荒な所は、アーガマで過ごしていた時と変わらない。それに、彼女の感覚を知る限り、以前よりも安定している感すらある。カミーユは、困惑しながらもそれを純粋に嬉しく思った。

 

「お兄ちゃん、何処に行きたいの?」

 

 ロザミアに背負われ、安堵していると振り向き加減に訊ねてきた。彼女がこの基地にいるということは、誰かがまた彼女を利用しようと考えていたのだろうが、しかしここから逃げるには都合がいい。
自分に希望を尋ねてくるのだから、彼女は恐らくこの基地の内部構造を知っているのだろう。

 

「ここから逃げたいんだ。外に僕を迎えに来てくれた白いMSが待っている。だから――」
「分かった! MSを盗んで、その白いMSの所に行けばいいのね?」
「出来るかい、ロザミィ?」
「勿論よ!」

 

 相変わらずのロザミアが、嬉しかった。そして、こうして彼女も連れ出せるのは純粋に運が良かったのだろう。もしここでロザミアに出会えなかったら、また戦う事になっていたかもしれない。
 嬉しそうに自分を背負って歩くロザミアに少し申し訳なさを感じつつも、カミーユはシロッコを相手に粘ってくれているキラを信じ、少し急ぐように一言告げた。

 
 

 シロッコのジ・Oを相手にするフリーダムは、所々を損傷し、既に両腕を失っていた。何とか猛攻に粘ってきたキラだったか、これ以上はいつ撃墜されてもおかしくない。

 

「よく、そこまで堪えたと言いたいところだが――往生際の悪さはシャアに似ているな」

 

 金色のMSに乗るパイロットの事を思い出す。コロニー・レーザーの中でハマーン=カーンのキュべレイと共に追い詰めた百式。しかし、高性能のMS2機を相手に、そのパイロットは驚異的な粘りを見せた。
 その時の記憶が、目の前のフリーダムの粘りと重なる。

 

「だが、その往生際の悪さは、奴と同じ俗物がすることだ!」

 

 時間は十分に稼げた。シロッコはジ・Oを満身創痍のフリーダムに突撃させる。

 

「来た!」

 

 対するキラは、まだ諦めていなかった。ジ・Oがビームライフルによる砲撃戦を選択しなかったのが、彼の唯一の勝機を生み出す事となる。接近戦を選んでくれれば、まだフリーダムには腰部のレールガンという武器が残されている。
ギリギリまで引き付け、そのどてっ腹に一撃を放り込んでやれば、いかにジ・Oといえども破壊できるはずだ。一歩間違えれば死ぬ事になるが、それしか方法が残されていないのならやるしかない。
 狙うのは最初の一撃を何とかかわし、わざとバランスを崩したように見せかけたところへ追撃を加えてくるであろう瞬間。油断しているであろうシロッコのジ・Oに、キツイ一発を叩き込むつもりでいた。

 

『終わりだ、俗物!』
「――えぇいッ!」

 

 充血する目に力を入れ、ジ・Oの動きをじっくりと見定める。そして、彼特有の超反応でフリーダムを半身にして、ジ・Oのビームソードを紙一重でかわす。そして少し上半身を仰け反らせ、バランスを崩したように見せる。
その瞬間のジ・Oは隙だらけ。しかし、ここからの反応速度が半端ではない。焦って即座に撃とうとすれば、それが相手に伝わってすぐに距離を開けられてしまうだろう。だから、ジ・Oが追撃の素振りを見せるまではじっと堪える。
 キラの目には全てがスロー・モーションに見えていた。そして、ジ・Oがゆっくりと振り向くのを確認した瞬間、クスィフィアスを腹に向けて突きつける。

 

(勝った――!)

 

 これでもう、後は手の中のトリガーを引くだけだ。至近距離で、しかも相手も勝利を確信して油断しているであろう時に、完璧なタイミングでクスィフィアスを構えられたのは、この上ない快感だった。相手は途方も無い化け物だったが、何とか倒す事が出来る。
 しかし、キラが勝利を確信してトリガーを引こうとした瞬間、突如ジ・Oのフロント・スカート・アーマーの内側から2本のアームが飛び出してきた。

 

「何っ!?」
『甘いな、俗物!』

 

 その2本のマニピュレーターからビームサーベルが発生し、そのまま無残にもフリーダムのクスィフィアスを切り落す。
 ビームライフルとビームソードのみというシンプルな武装のジ・O。しかし、その中でもとりわけトリッキーな隠し腕が、ジ・Oの最大のギミックである。普段はスカート・アーマーの中に隠されているそれは、こういう意表を突くときに最大の効果を発揮する。

 

 最後の希望も潰え、キラは頭の中が真っ白になる。シロッコは、先程フルバースト・アタックを仕掛けたフリーダムのクスィフィアスの事をしっかり警戒していたのだ。その時点で、キラの負けは決まっていた。
 ジ・Oは固まるフリーダムの頭部をビームソードで薙ぎ切る。続けて体当たりで機体を突き飛ばし、月面に墜落させた。その衝撃にキラは叫び、叩きつけられたショックで気を失ってしまう。
 それを追いかけ、月面に着地したジ・Oはビームライフルを突きつけた。フリーダムの装甲の色が、まるで機械が気を失ったかのように灰銀に戻っていく。

 

「暗器は、貴様のような小僧が勝利を確信した時に出すから効果がある。…これで終わりだな、フリーダム」

 

 惨憺たるフリーダムを見下ろし、シロッコは勝ち誇ったように言う。止めを刺そうとビームライフルのトリガーに指を添えた。
 その時――

 

《やめろおおおぉぉぉぉ!》
「――ッ! プレッシャー!?」

 

 シロッコの頭の中を鋭い感覚が突き抜ける。一瞬躊躇した彼は、おもむろにフリーダムからジ・Oを離脱させた。すると、一寸先までジ・Oが居た場所に、メガ粒子砲の一撃が着弾する。

 

『パプテマス=シロッコ! お前にそのMSをやらせるわけには行かない!』
「出てきたか――カミーユ=ビダン!」

 

 シロッコが射線の方向に目を向けると、アルザッヘル基地からやって来たのは黒いガンダムMk-Ⅱ。シロッコが大西洋連邦軍に核融合炉搭載MSを作らせる折に、基本とするべく造らせたMSだ。

 

「ロザミィ、シロッコは相手にしなくてもいい。あの灰色のMSを助ける事に専念するんだ」
「分かった、お兄ちゃん!」

 

 ガンダムMk-Ⅱを操縦しているのはロザミア。カミーユはまだMSを操縦できるほど回復していない。
 ジ・Oをフリーダムから引き離したロザミアは、カミーユの言うとおりにガンダムMk-Ⅱをキラの救出に向かわせる。しかし、ジ・Oがそれを許さないとばかりにガンダムMk-Ⅱに襲い掛かった。

 

「彼は気を失ってしまっているのか――右後方だ、ロザミィ!」
「分かってる、お兄ちゃん!」

 

 カミーユの言葉に即座に反応し、ジ・Oが振りかぶるビームソードを振り向きざまにビームサーベルで受け止める。

 

「下から隠し腕が出てくるぞ!」
「下から? …あれね!」

 

 ロザミアは少し視線を下に向け、ジ・Oのスカート・アーマー部分に目をやった。すると、左のマニピュレーターでジ・Oの頭部を掴むと、それを軸にバーニアを吹かしてクルリと一回転して背後をとる。
ジ・Oの隠し腕が空を切ると、そのまま背中合わせになったガンダムMk-Ⅱは離脱し、再び進路をフリーダムに向ける。その動きに、シロッコは驚かされていた。

 

「病み上がりのカミーユ=ビダンがあの動き……Mk-Ⅱを動かしているのは奴ではないな?」

 

 確かにカミーユの他にもう一人の気配をガンダムMk-Ⅱの中から感じる。シロッコはそれを確認する為、更に追撃を掛ける。

 

「まだ付いて来る……シロッコめ!」

 

 ロザミアの座るリニアシートの後ろで座席にしがみ付きながら後方を確認するカミーユは、しつこく喰らい下がってくるジ・Oに舌打ちする。ロザミアはフリーダムの元へ急ぎながらも、そんな彼の苛立ちを感じ取っていた。

 

(お兄ちゃんはあのMSに乗っているパイロットを邪魔に感じているんだ……それなら!)

 

 ロザミアは急にコントロールレバーを動かし、ガンダムMk-Ⅱをジ・Oと正対させる。突然の行動に、カミーユは驚愕させられた。

 

「戦おうと思っちゃ駄目だ、ロザミィ!」
「お兄ちゃんが不安がっているもの。あのMSは倒さなくちゃいけないんだ!」
「ロ、ロザミィ!? いい子だから――!」

 

 カミーユの言う事も聞かずに、ロザミアはシールド・ランチャーを構え、ミサイルをジ・Oに向けて放つ。シロッコはそれをビームソードで薙ぎ払い、爆煙の中から一つ目のモノアイを瞬かせ、飛び出してくる。

 

「ほぉ…こちらと戦うつもりになったか。私に正面から向かってくるとはいい度胸だ」
『離れろ、嫌いな奴! お前なんかにお兄ちゃんを不安にさせてなるものか!』
「女の声……? やはり、ジブリールが拾ってきたという強化人間の女か。カミーユ=ビダンと関係が有ったとの私の記憶が正しかった様だな」

 

 予想通りの声に、シロッコは満足げな笑みを浮かべる。まるで全てが思い通りに行っているとでも言いたげだ。しかし、それには理由があった。
 ジブリールがシロッコに興味を持ち、同じ様な境遇の人間を捜して見つけてきた人物は2人存在する。1人はサラ、そして、もう1人が最近発見されたロザミアだった。
彼はロザミアをエクステンデッドの研究資料として使うつもりだったが、そこでカミーユ捕獲の報を聞き、思い立ったシロッコがアルザッヘル基地に連れてきたのだ。

 

「未だにカミーユ=ビダンを兄と呼ぶ…世界が変わっても、強化人間であることには変わりないようだ。だが、まがい物の記憶に縛られている辺り、オーガスタのニタ研の技術も底が知れているな。エクステンデッドとか言うのと同レベルだ」

 

 鼻で笑い、シロッコは吐き捨てる様に言う。彼がロザミアをアルザッヘル基地に連れてきたのは、そこからカミーユをガンダムMk-Ⅱと共に連れ出させるためだった。
それは、ミノフスキー物理学を基礎とする技術を手に入れ、連合が圧倒的優位になってしまった戦争のバランスを、ある程度均衡させる為のジブリールとシロッコの策。
 そして、それを彼らがオーブに持ち帰れば、そこからザフトはミノフスキー物理学を独自に解析していく事になると考えていた。カミーユも協力するだろうが、試作機としての側面が強いガンダムMk-Ⅱから得られる技術などタカが知れている。
 しかし、それでも核融合炉搭載MSの技術は再び連合とザフトの技術レベルを接近させ、より戦争が泥沼化することになる。そして、満足と思ったところで一気にプラントを消滅させればいいのだ。それを可能にする手札を、ジブリールは用意している。

 

「さて、上手く気付かれないように逃がさなければな」

 

 ガンダムMk-Ⅱはシールド・ミサイルが切り払われたと見ると、腰の後ろのウェポン・ラックからバズーカ砲を取り出し、肩に乗せて照準を合わせてきた。次の瞬間、放たれる弾頭。
 シロッコはそれを見切り、ジ・Oに回避運動させる。しかし、ガンダムMk-Ⅱから放たれた弾頭は途中で拡散し、細かい礫が広範囲にわたって飛び散る。
ガンダムMk-Ⅱのハイパー・バズーカの2つの弾頭のうち、ロザミアは意表を突く意味で散弾を装填していたのだ。

 

「そちらの手か」

 

 ガンダムMk-Ⅱを造らせたのはシロッコ本人。勿論、散弾も使える事は百も承知である。いとも簡単に散弾を掻い潜り、ビームソードを振り上げる。対するガンダムMk-Ⅱも、左のマニピュレーターにビームサーベルを引き抜かせ、応戦する。
 ビームの刃が交錯し、光がほとばしる。ガンダムMk-Ⅱのコックピットに居る2人は目を細め、眩しさに唸った。

 

「シロッコ! お前はこの世界でも同じことを考えているのか!?」

 

 カミーユは目の前に接触するようにして存在するジ・Oに向かって叫ぶ。シロッコがこうして連合に与するのは、彼の信念によるところだろうと考えたからだ。全天周モニターに映し出されるジ・Oのモノアイが、怪しく光る。

 

『人類は、天才たる絶対者によってより良く導かれねばならん。そしてこの世界は、私達の世界と同様に人類同士で争いを繰り広げている。故にだ、その立会人たる私は、そう思うからこそ、俗物の間に収まっているに過ぎん』
「そういう傲慢が――人の心を大事にしない世界で、誰が喜ぶものかよ!」
『愚者の価値観だな、カミーユ=ビダン? 天才の手を離れた俗人が、真に優れた世界など創造できるはずもない! この世界でも、そういう事が過去に起こっているのだよ!』

 

 シロッコは過去に起きたジョージ=グレン暗殺事件を知っている。そして、その事件を契機にコーディネイターの人口が爆発的に殖え、ナチュラルと区別された人種が抗争を繰り返している現状も理解していた。
 ジョージ=グレンは、天才とも呼ぶべき優れた人間だというのがシロッコの感想だ。その人間が消えた時、今のC.E.世界は出来上がった。愚かに争いを繰り返すのは、それを纏める天才が居ないからだ。シロッコは、そう考えた。
 しかし、カミーユの考えは違う。根本から相容れない考えの彼は、過去にそういう事が起こってようとも、一握りの人間が支配する世界は間違いだと信じている。それは、お互いを分かり合うためのニュータイプとして覚醒した彼だからこその弁だ。

 

「それはお前の独善だ! 一握りの人間が喜ぶ世界に、何の意味がある!」
『ニュータイプは、天才が世を動かすために授けられた力だ! その意味を正しく理解しようとしない貴様が、私と同じニュータイプとは腹立たしい! 感情で動くニュータイプなど、地球の重力に魂を引かれた俗物と同じだ!』
「違う! ニュータイプの力は、人と人とが分かり合うためのものだ! それを吐き違えているお前に、人類の未来を憂う資格は無い!」
「そうだ、お兄ちゃんの言うとおりだ!」

 

 バルカンを連射し、ジ・Oの装甲を傷つける。シロッコは無理やりガンダムMk-Ⅱのビームサーベルを弾き飛ばし、隠し腕のマニピュレーターで脇を捕まえ、放り投げた。

 

「フッ! ニュータイプである貴様やアムロ=レイに何が出来た? ハマーン=カーンですら、ザビ家再興の為とか称しておきながら、無駄にシャアを追い回していただけに過ぎん。その中途半端なシャアに至っては、戦いしか知らんと見える!」

 

 ビームライフルを構え、ガンダムMk-Ⅱを狙う。ロザミアは投げられ、流されるままの機体のバーニアを無理やり吹かし、バランスを崩しながらもジ・Oのビームを避ける。

 

『それは、つまり貴様等がニュータイプの力の使い方を知らないからだ。戦いの道具として消費されるだけのニュータイプである貴様は、所詮は何も分かっていない子供と同じという事だ。そこの強化人間と同じでな!』
「ニュータイプの癖に分かり合おうとせず、最初から相手を利用する事しか考えていない男が!」
『サラは正しいと思ったからこそ、私を選んだのだ。彼女は賢い娘だよ』

 

 シロッコの言葉にカミーユは舌打ちをする。どう考えても相容れないニュータイプに対しての見解。自分がそう思っているように、彼もそう思っているだろう。やはり、同じニュータイプ同士でもどちらかを否定して滅ぼすしかないのだろうか。
 ジ・Oはビームライフルを連射し、ガンダムMk-Ⅱに反撃のチャンスを与えない。正確な射撃が、ロザミアの技量を上回る。

 

「このぉっ!」

 

 肩に担いでいるハイパー・バズーカの砲身を打ち抜かれる。ロザミアは頬を膨らませ、デッド・ウエイトでしかないそれを放棄した。
 ロザミアはまだシロッコと戦うつもりらしい。カミーユは彼女の横顔を見て確信していた。しかし、このままではいずれジ・Oにやられてしまう。

 

(は――!?)

 

 何とかならないかと考えていると、カミーユの頭の中にアークエンジェルの船体が微かに浮かび上がった。“足”の部分から砲門を突出させ、こちらに向かって放つイメージだ。

 

「負けないんだから!」
「待つんだ、ロザミィ! Mk-Ⅱを下に降ろして」
「どうして? 嫌な奴はまだ前に居るよ?」
「いいから――」

 

 後ろから手を伸ばし、ロザミアが手を置いているコントロールレバーを勝手に動かして、ガンダムMk-Ⅱを月面に着陸させる。その様子を確認し、シロッコは怪訝そうな表情を浮かべた。

 

「諦めた? いや――」

 

 その時、ジ・Oの背後から2条の陽電子砲の光が突き抜けた。

 

「うッ! 待っていたのはこれか!」

 

 いきなりの事に思わず唸り声を上げるシロッコ。それはアークエンジェルから放たれたローエングリンの光。キラの帰りが遅いのを心配したラミアスが、思い切って撃ったのだ。

 

「ローエングリンとか言う奴か! アークエンジェル…粘っているようだな。…ならば!」

 

 ローエングリンの光は、アルザッヘル基地を大きく外れて、遥か彼方の月面に着弾した。ミノフスキー粒子でレーダーが効かないとあって、かなり大雑把な狙いだったが、それが逆にシロッコの意表を突く事になったようだ。
 しかし、いくら適当な狙いとはいえ、何回も撃たれたのではシロッコとしても堪ったものではない。いつかはアルザッヘル基地に命中するだろうと懸念した彼は、ローエングリンを黙らせる為にジ・Oをアークエンジェルに向かわせる。
アルザッヘル基地を失えば、折角取り入る事が出来たジブリールからの信頼を失くす事になる。それだけは勘弁願いたいところだ。

 

 一方、去り行くジ・Oを眺め、ガンダムMk-Ⅱのコックピットの中の2人は一先ず安堵していた。

 

「嫌な奴、行っちゃったよ?」
「あの艦に行くつもりか…? ロザミィ、MSを回収して、急いで後を追おう」
「うん」

 

 カミーユの言葉に一言頷くと、ロザミアはガンダムMk-Ⅱで座礁状態のフリーダムを抱え、ジ・Oの後を追っていった。

 
 

 アークエンジェルを取り囲むように飛び交うウインダム。しかし、最初5機居た数も、3機に減っていた。
 強固な装甲を持つアークエンジェルはタフだ。加えて、超一流の腕を持つアーノルド=ノイマンが舵を握っているのである。敵が攻めあぐねている内に、数だけは減らすことが出来ていた。
 その中でローエングリンを発射するという強攻策。イーゲルシュテルンを撒き散らし、ゴット・フリートやバリアントでウインダムに牽制を繰り返していたとはいえ、ラミアスも無茶をするものである。

 

「ローエングリンの効果は?」
「確認できません。相変わらず、ミノフスキー粒子の濃度が濃くて――」

 

 船体が揺れ、ブリッジが振動する。

 

「敵MSは?」
「2機は撃破しましたが、残りの3機は依然こちらに標的を定めているようです」
「続けて迎撃をお願い――レコアさんは?」
「まだ健在のようですが、通信は不可能の状態です」

 

 クルーの報告を聞き、ラミアスは唸る。技術は進歩しているのに、たった一つの未知なる粒子の登場のお陰で、半世紀単位で遡った時代の戦い方をしなければならないというのは、何て時代だと思った。

 

「キラ君はまだよね?」
「応答、ありません」

 

 ラミアスの問い掛けにミリアリアが応える。

 

「了解。ローエングリンの第2射を発射します。ノイマン、敵MSとの距離を離して――」
「か、艦長! 新たに接近するMSが1機! 機種は…不明です!」

 

 ラミアスがノイマンに指示を出していると、CIC席のサイが叫ぶ。機種不明という事は、恐らくまた新たなオーバ・ーテクノロジーMSが出てきたということだろう。

 

「ど、どうしますか!?」
「ローエングリン照準! 目標はアンノウンに向けて!」
「えぇっ!?」

 

 ラミアスの命令にチャンドラが振り向いて驚きの声を上げる。

 

「無茶です! アンノウンはMSとは思えない加速でこちらへ向かっています! 当てられやしませんよ!」
「有視界戦なら当てられるって思わせられればいいわ。このまま後手に回ってばかりじゃ、沈められるのを待つだけ!」
「で、ですが――」
「命令です!」

 

 ラミアスが語気を強めると、アークエンジェルの“足”から再びローエングリンの砲身が浮かび上がってくる。
 それを遠くから確認したMS――ジ・Oのコックピットの中でシロッコは、軽く舌打ちをした。

 

「あんな強力な兵器を何度も撃とうとする……! アークエンジェルの艦長はこちらが嫌な思いをする行動が読めているのか?」

 

 いくら当てずっぽうとはいえ、やたらめったらローエングリンを撃たせるわけには行かない。アルザッヘル基地に当ってしまえば、その時点でシロッコの左遷が決まってしまう。それでは、彼が目指す世界の構築は不可能になってしまう。

 

「俗物め……だが、それ故に考えを読むのが難しいが――ウインダム部隊は左舷のローエングリンを狙え! 2発目を撃たせるなよ!」

 

 シロッコはアークエンジェルの砲撃を掻い潜り、ローエングリンの砲身に向かってビームライフルを投げつける。そして、後を追うようにビームソードを投げ飛ばし、ビームライフルをローエングリンの砲身に突き立てて爆発させた。
 その爆発でローエングリンの右門は誘爆し、沈黙する。左門の方も、ウインダム部隊の奮闘で爆炎を上げていた。ブリッジでは、ローエングリンの爆発で船体が大きく揺れ、クルー達が歯を食いしばってその衝撃に耐えていた。

 

「ア、アークエンジェル後退!」

 

 更に追い詰めるような怒涛の攻撃が、3機のウインダムから放たれる。それに堪らなくなったラミアスが、慌てて指示を出す。
 シロッコはまるでブリッジの慌てる様子が見えているかのようにアークエンジェルを眺め、満足そうに笑みを浮かべていた。

 

『パプテマス様!』

 

 ジ・Oをアークエンジェルの側から離脱させると、シールドを失ったパラス・アテネがやって来た。シロッコはそれに気付き、パラス・アテネに機体を接触させる。

 

「サラか。レコアはもういいのか?」

 

 言われ、サラは体を硬直させて表情を落とす。どうやら、彼女はレコアを倒す事が出来なかったようだ。

 

『申し訳ありません…私は裏切り者を処分できませんでした……』
「構わんよ。今回はこれで十分だ」

 

 気落ちするサラだったが、シロッコの思わぬ一言にハッと顔を上げた。

 

『宜しいのですか?』
「フリーダムは落とした。これで、ローエングリンを失ったアークエンジェルは無力化したも同然だ」
『そうですけど――』
「ジブリールとの約束もある。アークエンジェルが引き下がるのなら、追撃はしなくてもいい」
『はい……』

 

 アークエンジェルのローエングリンさえ壊してしまえば、もうアルザッヘル基地が危険に晒される事は無い。後は、カミーユが勝手にアークエンジェルと接触するだろう。目的を果たした以上、既にアークエンジェルに用は無い。
 ジ・Oの頭部の先端が赤く十文字に輝く。それは、シロッコの出した撤退の合図だった。
 ジ・Oとパラス・アテネは身を翻し、アルザッヘル基地に戻っていく。3機のウインダムも、その光を確認して後に続いていった。

 

「敵が引いて行く……?」
「どうなっているんだ?」

 

 アークエンジェルのブリッジでは、突然の敵の撤退に呆気に取られていた。敵側にしてみれば、アークエンジェルを落とすチャンスだったはずだ。しかし、止めを刺さずに引き上げて行った。
 何故だろうと理由を考えていると、ボロボロになったM1アストレイが帰ってきた。ブリッジに近寄り、何とか残っている左のマニピュレーターを接触させる。関節がショートしているのが外からも分かる。

 

「レコア、無事だったのね?」
『えぇ、何とか――それで、カミーユは…キラ君は無事に帰ってきたの?』
「そ、それがまだ――」

 

「新たにアンノウン接近! また違うタイプです!」

 

 しどろもどろにラミアスが応えようとした時、また新たな機体の接近を告げる。今度は何だとばかりに乱れるモニターに映し出されるMSの姿を見つめた。

 

「アンノウン――の割には、GタイプのMSの様だけど…」
『Mk-Ⅱじゃない!』

 

 レコアが驚愕の声を上げる。彼女が驚いているということは、やはりGタイプのアンノウンもオーパーツという事になる。ブリッジの中の空気が再び緊張に包まれる。

 

「ちょ、ちょっと待って! あのMSが運んでいるのって、フリーダムじゃない?」

 

 しかし、モニターの中のMSの違和感にラミアスが気付き、クルーを制止する。その声に一斉にモニターに視線が集中し、各々がラミアスの言った事を確認した。
 そのMSは徐々にアークエンジェルに接近し、艦橋窓からも視認できるところまで近付いてきた。サイとミリアリアは、ガンダムMk-Ⅱが運んでいるズタぼろのフリーダムを見てショックを受けていた。

 

「フリーダム…ボロボロじゃないか……」
「あいつ、キラを人質にしようっていうの……?」

 

 2人が訝しがっていると、ガンダムMk-Ⅱはマニピュレーターの指関節から接触回線用のワイヤーを射出して、ブリッジに繋げてきた。

 

『こちら、ガンダムMk-Ⅱ。カミーユ=ビダンとロザミィ=ビダンです。MSを回収しました。着艦許可を願います』

 

 モニターに、座席に座る見慣れない女性。その後ろから身を乗り出して話しかけてくる見慣れた少年。少年は間違いなく今回の最大の目標であったカミーユ=ビダンだ。

 

『カミーユ!』

 

 アークエンジェルを介してその姿を確認したレコアが叫ぶ。驚きと、そして歓喜に震える声をしていた。

 

「ハッチはまだ生きているわね? 解放して迎え入れて。キラ君が心配だわ」

 

 何がどうなったのかは分からない。カミーユを救出する為に出たキラが、逆に彼に救われる形で帰ってきたのだ。しかし、それでも作戦は一先ず成功。
フリーダムの中破、それにローエングリンを失うという多大なる損傷を被ったが、目的は達する事が出来た。
 これだけの損害を与えておきながら撤退していった敵の思惑は分からないが、今は少しでも早く月から離脱しなければならない。追撃を受ければ、アークエンジェルには抵抗する力が残されていないからだ。

 

 アークエンジェルはハッチを開き、M1アストレイとガンダムMk-Ⅱを受け入れる。そして、そのまま月から逃げるように離脱し、ミノフスキー粒子の薄くなった所で陽動作戦を展開してくれているザフト部隊に向かって、作戦成功の報告をした。