ΖキャラがIN種死(仮) ◆x/lz6TqR1w 氏_第51話

Last-modified: 2009-03-11 (水) 13:16:03

『月の空』

 
 

 アークエンジェルの格納庫内、一様に緊張した空気がMSデッキ内に充満していた。それもそのはず、こ
の作戦の成否如何で、プラントの存亡が決まる。延いてはオーブの復活にも関わってくる事であり、決して
失敗は許されないのだ。緊張するなと言う方が、無理であった。

 

「パーツの予備は少ないんですからね、大事に使ってもらわなければ困ります」

 

 緊張しているのは、何もパイロットだけでは無い。メカニックも同じようにして緊張感を共有し、送り出すパ
イロットが無事に帰還することを祈願する。――尤も、中にはエリカ=シモンズの様な研究の虫という変り
種も存在しているのだが。

 

「もう大丈夫ですよ。機体の調整は、ちゃんと仕上げたじゃないですか」

 

 コックピット・ハッチに取り付き、入り口からリニア・シートに腰掛けるカミーユを見るエリカ。学校の先生の
ように口うるさくしてくる彼女の心配性に、露骨に厭そうな顔で反論した。その態度を生意気と見られたの
か、エリカはコックピットの中に顔を突っ込んできて、ピッと指を突き出した。こと、MSに関しては、この女性
はいつもこの調子である。黙っていれば美人なのに――少し残念な心持ちになった。

 

「過信するってことは、想像力が欠けている証拠です。フライング・アーマーだって、ザフトの補給艦がオー
ブから引っ張り上げてきた資材を持ってきてくれなかったら、修理だって出来なかったわ。貴重なΖガンダ
ムを、大事にする気構えくらい持ちなさい」

 

 前回の戦いではシロッコにこてんぱんにやられた。だからこそだろう、損傷したΖガンダムを見た時のエ
リカの顔が何とも残念な事になっていたのは。彼女にしてみれば手塩に掛けた貴重なワン・オフ機。二度と
再現不能かもしれないオーパーツが、見るも無残な姿となって帰ってきたのである。その修理自体は幸い
にもパーツの差し替え程度で済んだものの、こんな経験は二度とゴメンだという事で、補給部隊と合流後に
カミーユを無理矢理つき合わせて仕上げを急いだ経緯があった。
 その時の事は、あまり思い出したくない。エリカは決して妥協を許さない完璧主義者のような振る舞いで、
カミーユは叱られながらの作業を強いられていたのだ。それは決して良い思い出とは呼べるものではな
かった。

 

「メガ・ランチャーは、使わせてもらえるんでしょ?」

 

 カミーユは話題を逸らしたくて、予てからエリカと準備していた大型のランチャーを話題に出す。オーブで
Ζガンダムの開発を行っていた折、かつてのハイパー・メガ・ランチャーの事を話したのが切欠だった。大
出力、かつ高収束率のメガ粒子砲の開発は、流石のエリカも難航を極めたらしく、研究はメサイアに上がっ
てからも続けられていた。しかし、それでも何とかしてしまうのが、ガンダムMk-Ⅱに使われている技術をコ
ピーしてムラサメをΖガンダムにでっち上げてしまった彼女の天才的頭脳がなぜる業か。
 天才とは、時に常人には理解できない狂気的な性癖を持つ。エリカは益々顔を顰めて尚も気勢を強めた
ままだった。何がそんなに不満なのか、戦いに出る以上はMSの損傷は止むを得ない事は、彼女の頭脳な
らば体験しなくとも自明であろうに。

 

「長距離狙撃用のランチャーは、白兵戦には向かないでしょうが」
「了解」

 

 あぁ、そういう事か。彼女は、せっかくこしらえたハイパー・メガ・ランチャーを壊されたくないのだ。メカに
対する執着を見せるのは技術者らしいと言えばそうだが、何だか家庭を顧みない誰かさんの親を見ている
ようで気分は良くなかった。
 取り敢えずカミーユは納得した素振りを見せ、これ以上エリカが機嫌を損ねない様に適当な生返事で会
話を終わらせようとする。エリカはまだ言いたい事があるらしかったが、警報の鳴る艦内の雰囲気に流され
るようにして顔をコックピットの中から出した。

 

『あーっ! エリカはまたそうやってお兄ちゃんと仲良くしようとしてる!』

 

 MSの外部スピーカーから飛び出してきた甲高い大声が、MSデッキ内に反響する。出撃準備を進めるメ
カニックも、その声に耳を塞ぎ、何だ、何だと声の主へと振り向いていた。その視線の先には深緑色のマシ
ン・ドール。単眼を激しく明滅させ、激しい怒りを表現しているのだろうか。
 自分の事を言われているのだと気付き、エリカは顔を上げて声の方に顔を振り向けた。視線の先にギャ
プラン。子供のような癇癪は、勿論ロザミアである。コックピットに顔を突っ込んでカミーユと顔を突き合わし
ていたのが秘密の行為に見えたのか、ギャプランが器用にマニピュレーターでこちらを指差していた。

 

「何なのよ?」
「何なんです?」

 

 エリカはコックピットに座るカミーユを見た。横分けの青髪。癖の強そうな髪は、先端が内に巻いたり外跳
ねしていたりする。その前髪の下の瞳は、ハッキリした二重の丸目。目尻が釣り上がって見えるせいか、や
や神経質そうな印象を受ける。鼻はそれ程高くないが形は良く、閉じた口はへの字に曲げられていて小生
意気に見えた。
 顔立ちそのものは、悪くない。中世的な色香を醸し出す一種の神秘性を漂わせ、いわゆる美形と呼ばれ
る部類に属すると思われる。適度な丸みを持った輪郭は、豊頬の美少年と言ったところか。オーブでΖガ
ンダムを開発していた時分にも、女性スタッフからはそれなりに評判も良く、人気があったようだし、その手
の少年が好みの女性がお熱になるのも頷けた。
 しかし、それでも彼は未成年の少年である。幼さを残すくせに変に大人を気取ろうとするところもあり、そ
のちぐはぐさがエリカはどうにも好きになれなかった。そんなカミーユと男と女の関係になどなる訳が無いと
思っていたし、なりたくも無かった。だから、ロザミアの頓珍漢な誤解が腹立たしく、即座に手で押してΖガ
ンダムのコックピットから離れた。

 

「フンッ。誰が子供とロマンスを演じようなんて思いますか」
「悪かったですね。どうせ僕は子供ですよ」

 

 一瞥をしながら随分な捨て台詞を放つエリカ。その声が耳に入ったカミーユは、ムッとしてコックピット・
ハッチから身を乗り出し、不満そうに口を尖らせる。しかし、エリカはまるで相手にしていない素振りで無重
力の中をゆっくりと泳いでいった。

 

「ロザミィも! ギャプランは鹵獲アーマーなんだから、壊さないように丁寧に扱う事! 宜しいわね!」
『何さ? そんなにMSが大事なら、あんたが使えばいいんじゃないか』

 

 誰かが「そりゃあそうだ」と言って笑う。エリカの地獄耳はその声の主を聞き分け、キッと睨み付けた。そ
の睨み付けられた誰かは、慌てて目を逸らしてワザとらしく口笛を吹き鳴らす。しょうもない男も居たもの
だ。エリカは再び視線をギャプランへと向ける。

 

「そういう問題じゃなくて、賄のパーツが足りてないって言っているの! そのくらい分かってよ!」
『ヘンっ! ヒステリーなんか起こしちゃって。エリカはずっと怒って、顔に余計な皺の数を増やしていれば
いいんだ!』
「な、何ですってぇッ!?」

 

 MSデッキにドッと笑いが沸き起こり、エリカは思わず顔に両手を当てて確認した。
 唯でさえ没頭しやすい技術畑の仕事。1日や2日の徹夜はざらで、肌が荒れて畑を耕したようになってしま
う事も間々あった。技術者で母親とはいえ女性でもあるエリカは、当然の事ながら肌の健康についての悩
みを抱えていた。
 ロザミアがそれを知っていたとは思わないが、幼さは遠慮を知らないが故に容赦が無い。大きく身振りを
して訴えたのがヒステリックに見られたのも、そういう理由からだろうか。痛いところを突かれ、カーッと頭に
血が昇ってゆくのが自分でも分かった。
 ロザミアは無邪気であるがゆえに言葉を慎むという事を知らない。言葉に詰まり、怒りに我を忘れそうに
なった正にその時、ガンダムMk-Ⅱが間に割って入るように通り過ぎ、ハッとして我に帰ることができた。

 

『出撃ですから。――カミーユ=ビダン、躾はきちんとなさい!』
『も、申し訳ありません! ――ほら、ロザミィ!』

 

 エマの声が格納庫に響く。厳しい叱責を飛ばすエマに慄いたのか、それまで密かにほくそ笑んでいたカ
ミーユがΖガンダムから姿を見せてロザミアを必死に宥めていた。
 危うく年甲斐も無いヒステリーを起こすところであった。寸前で思い留まる事が出来たのは、エマが間に
入ってくれたお陰である。みっともないところを衆目に晒さずに済んだ事にホッと胸を撫で下ろしていると、
続けてレコアのセイバーが目の前を横切った。そのカメラ・アイが宥めるように柔らかく光る。

 

「レコア?」
『悪いこと言ってるって自覚が無いんですよ。そういうのって、悲しいと思いません?』
「強化人間だから仕方ないで済まされるものですか。ロザミィのあれは、私にとっちゃ笑い事ではないのよ」

 

 苦笑交じりで返すエリカ。さわっと頬を撫でて、ざらっとした感触にしかめっ面をする。エリカにとってロザミ
アの言葉は現実的であり過ぎたのだ。

 

『気になさるほどでも無いと思いますけど』
「煽てても、何もでないわよ。流石に、この歳ともなるとね――皮肉に聞こえちゃうわ」
『そんな――でも、お肌の曲がり角には、まだ遠いのではないですか?』
「お仕事柄、と言うべきでしょうかね。あなただって、そのうち笑っていられなくなるわよ」
『それは、怖いですね。戦争が終わったら、ゆっくり考えましょ』

 

 適度な緊張感というものは重要だが、必要以上の緊張は妨げとなる。レクイエムという存在が戦争の趨
勢を左右する戦略兵器ということで、この作戦が占める戦略的意義は大きい。この作戦の成否が分水嶺で
あるという事で、意気込むクルーはかなり神経質になっていた。
 ふと冷静になった時、艦全体が緊張で萎縮しているように感じられた。力を存分に発揮するという意味で
は、ロザミアの無邪気さは一種のリラクゼーション効果があったのかもしれない。エリカはセイバーの後ろ
姿を見送りながら、そんな事を考えたりした。

 
 

 月の重力圏内に入るのは、久しぶりだ。前回は拉致されたカミーユの救出の為にアルザッヘル基地へと
仕掛けた時であった。あの時の作戦行動はほぼアークエンジェル単艦であったが、今回は違う。オーブ艦
隊にザフトの増援艦隊が加わり、規模としては連隊に相当する。複数のモニターに目をやれば味方艦隊の
姿。アークエンジェルは列の中央に陣取り、左右を守られるような形で月の重力圏内を進んでいた。ラミア
スは少し、味方の数の多さに気が大きくなっていた。

 

「ダイダロスまで約20000の地点です。周辺のミノフスキー粒子濃度上昇、ジャミングによる影響の為、作戦
前の僚艦との無線通信はこれで最後になります」
「了解。始めようか」

 

 サイの報告。艦隊総司令のソガが、副艦長席に座るアマギからマイクを受け取った。

 

「――各艦に最終確認。本作戦の趣旨は反射衛星砲の破壊、または制圧にある。捜索に掛かる機動部隊
は、可能な限り敵との交戦を避け、コントロール・ルーム及び反射衛星砲本体の発見を最優先とせよ」

 

 月の中立地帯から降下し、ダイダロス基地を目指す。周辺の景色は未だ灰色の荒野なれど、機械は敏
感に変化を感じ取っていた。ミノフスキー粒子の感知は、敵がこちらの侵攻を警戒している証左となってい
る。やはり、一筋縄ではいかないということか――ラミアスはソガの背中を見ながら、緊張を解そうと深呼吸
をした。

 

「目標地点まで15000を切りました。ダイダロス、目視可能です」
「ミノフスキー粒子濃度、更に上昇。カメラが光をキャッチ。艦艇とMSです」
「各艦の配列、完了しました。当艦は中央に配置、ローエングリンの発射スタンバイに入っています」
「システム、オール・グリーン。イーゲルシュテルン、ゴットフリート起動、バリアント装填準備。ローエングリ
ン、発射シークエンス開始」

 

 慌しくなるブリッジ。ブリッジが遮蔽され、それまでの明るい空間から一転、薄暗く変貌した。モニターや計
器類の光が一層強くなり、それに照らされるようにしてクルーの顔が亡霊のように不気味に浮かんでいる。
 素早い臨戦態勢への移行は、さすが手馴れたクルーの仕事と言ったところだろうか。ソガが大きく頷く。

 

「15秒間の斉射後、第一波MS隊発進。各艦のタイミング合わせ、大丈夫だな?」
「その筈です。……1stフェイズ発動まで5秒前、4、3、2、1――」
「作戦フェイズ発動。各艦一斉砲撃、始め!」

 

 振り上げられる腕。ソガの号令が轟くと、アークエンジェルの左右に並んでいる僚艦から、一斉砲撃が開
始された。それと同時に、アークエンジェルのカタパルト下部からローエングリンの砲身が顔を覗かせる。
エネルギーのチャージはほぼ完了。後は、艦長であるラミアスの号令を待つばかりであった。
 ソガが顔を振り向け、チラリとラミアスを見た。ローエングリンの発射許可。ラミアスはソガの目に頷くと、
艦長席から少し身を乗り出し、下腹部に力を込めた。

 

「ローエングリン、1番2番――ってぇッ!」

 

 轟々と燃え盛る火炎のような光が、アークエンジェルの足から吐き出された。十分に引き絞られた弦は、
それに比例して矢の威力を高める。放たれた2条の矢は、ただひたすら真っ直ぐに敵へ向かって放たれて
いった。

 

 高空を行く艦隊から、いくつものバーニア・スラスターの光が伸びる。各艦から発進したMS隊だ。それは
各艦ごとに、或いは複数艦ごとに部隊を組み、それぞれが囲い込むように分散してダイダロス基地を目指
す。その目的の一つに、敵に的を絞らせないという狙いがあったが、一番の目的は勿論、レクイエムの早
期発見、及び制圧にある。戦力を分散させるという事はそれだけ各隊に危険が伴うという事だが、それ以
上に今作戦には迅速な作戦展開が求められている。時間的猶予がどの程度残されているのか判明しない
以上、リスクは覚悟の上で臨まねばならないのだ。
 今作戦の要は、戦艦の面制圧的な火力ではなく、MSの機動力であった。ソガは、その点を重視して作戦
を立てていた。キラのストライク・フリーダムは、連合軍に最重要警戒対照として位置づけられているはずで
ある。彼を陽動として連合軍の前に晒せば、必ずそこに攻撃が集中するだろうという事は予想できた。勿
論、その分キラが危険に晒される事になるとは思うが、それだけ他の味方部隊の作戦遂行が易しくなるの
だという事実は、考慮して然るべきだ。彼がピンチに陥れば陥るほど、第二波の機動力部隊の作戦成功率
が高くなるのだから。

 

 キラは、その事を自分の事ながら良く理解していた。何と言ってもストライク・フリーダムは外見が派手だ
し、その上、駆動部は金色に発光するのだ。形容するならば、宇宙に舞う蛍とでも言えばいいだろうか。
 キラは、ストライク・フリーダムを目立つようにワザと高く舞い上がらせる。そうして戦艦の砲撃から逃れる
ように低空から接近してくる敵MSに向かって、2丁に分けたビームライフルを乱射した。
 当然の如く、ストライク・フリーダムを発見するダイダロス基地の守備部隊。ウインダム、ストライク・ダガ
ーの汎用MSに加え、ザムザザーやユークリッドといったMAも点在している。その全てのカメラが、高空で
威風堂々と佇むストライク・フリーダムを見たような気がした。そういった視線が一挙に自分に集中するよ
うな刺々しさといったものが、チクチクとした針のような痛さをキラに感じさせた。

 

「狙い通り……!」

 

 怒涛の攻撃によってビームの嵐に晒されるストライク・フリーダム。しかし、キラは慌てずにドラグーンを解
放、展開して牽制を掛けさせ、本体はメイン・スラスターを起動して青白い光の羽を拡げた。
 デスティニーの光の翼に近似したその推進システムは、ドラグーンを解放した時に初めて使用できる代物
である。しかし、限定的である分その性能は絶大で、唯でさえ機敏なストライク・フリーダムが更に手が付け
られなくなる。まるで流れ星のように機動するストライク・フリーダムは、敵の攻撃をまったく寄せ付けない。

 

「さぁ、捕まえられるものなら!」

 

 ドラグーンは、レイのレジェンドのものに比べればやや機械的。しかし、牽制には十分で、敵MSは翻弄さ
れるばかりである。
 キラは敵MSの群れの中に単独で飛び込ませた。四面楚歌。周囲はすっかり敵に囲まれ、キラに逃げ場
は無い。飛んで火にいる夏の虫とはこの事か――チャンスとばかりに一斉に襲い掛かってくる敵、敵、敵。
360度を包囲されていると言っても過言では無い状況でも、キラは感情を乱したりはしない。
 左手に持ったビームライフルを一旦手放し、ビームサーベルを逆手に握らせる。背後から飛び掛ってき
たMSをそれで一突きにすると、同時に右手に持たせているビームライフルが火を噴いて右から襲い来る
敵を撃破する。突き刺したビームサーベルはそのままにし、左手は月の重力に引かれて落下しようかとい
うビームライフルを再び握って左からの敵を狙撃。更に両手のビームライフルを前後に合体させてロング・
ビームライフルにすると、正面の敵を一撃で粉砕。そうして、最後に背後のMSに突き立てていたビーム
サーベルを引き抜いて腰部のサーベルラックへと納めた。
 時間にして5秒も掛かってないかもしれない。一瞬で4機のMSが撃墜され、光の加減で黒く塗りつぶされ
ているストライク・フリーダムの双眸の輝きが、イエローの戦慄を放っていた。その周囲を、力尽きたMSが
月の重力に引かれて灰色の荒野に落下していった。

 

 連合軍のパイロットにとって、初めて目にする圧倒的性能、そして驚異的操縦技術。これを見せられて怖
気づかない方がおかしいのだ。未だストライク・フリーダムを包囲している状態であっても、まるで金縛りに
遭ったように動かない――動けない。数的な有利を作り出しているはずなのに、全くそんな印象を感じさせ
ない段違い感を受けて、完全に萎縮してしまっていた。

 

『な、何だってそんな事を平然と! フリーダムって奴は、その名の通り何でもアリって事なのかよ!?』
『バカ言え! 同じMSがすることだろうが! 神様じゃねぇんだからそんな事――』
『し、しかし、あれはとても人が動かしているようには思えません!』
『なら、それがコーディネイターって事なんだと認識しろ! そういう奴らがユニウスを使って地球を潰そうと
したんだぞ! 同胞の亡骸を使って――血も涙も無い連中だ! だから、排除しなけりゃならんのだ!』

 

 究極的な集中力の高まりが、キラを極限の世界に誘う。それは潜在的な力であったのだろうか、導師マ
ルキオは、その力を次世代を切り開く種として「SEED」と名付けていた。イメージも、そんな感じである。頭
の中で種が弾けた様な感触を得ると、途端に爽快になり、一種の「ハイ」の状態になる。スポーツ選手が
ゾーンと呼ぶ状態に近いだろうか。時間の流れすら澱ませてしまうような集中力の高まりは、人間の動きの
無駄を削ぎ落とし、より洗練させていく。余計な事を考えない分、状況がダイレクトに脳に伝達され、急に強
くなったように見せることもあった。キラはこの状態に自分の意志で持っていく事が出来、それが彼を伝説
のパイロットたらしめている秘訣でもあった。
 だからこそ、嫌なのである。ミノフスキー粒子で殆ど雑音にしか聞こえないノイズ混じりの傍受音声でも、
極限まで集中力が高まっているキラはその内容を聞き分けてしまうのである。だから、こうして聞こえてきた
敵の呪詛のようなやり取りも、嫌でも頭の中に入ってきて、キラは何ともやりきれないのだ。
 やはり、コーディネイターとナチュラルの共存は不可能なのだろうか。オーブでは上手くいっていた事で
も、人類全体がそうなるには解かねばならない誤解や超越しなければならない憎しみが多すぎる。

 

「敵の目を引き付けちゃ居るけど、このまま睨み合ってても――」

 

 感傷に浸っている場合ではない。レクイエムの阻止は至上命題であり、キラが敵を引き付ければ引き付
けるほど作戦の成功率は上昇する。
 動かなければ。キラは敵の視線を引き付ける様にストライク・フリーダムを高空へと上昇させる。

 

「もっとこっちに来い! ダイダロスの戦力、全部纏めて僕が相手をしてやる!」

 

 釣りあがる眉、鋭くなる目。微かに開いた口の奥では固く食いしばられた歯が軋んだ音を立てる。力の入
る顔面筋は顔の中心に多数の皺を寄せ、プライベートでのキラの温厚で柔和な表情は鳴りを潜めていた。
険しい顔つきは戦士の顔。その視線が射抜くは敵。
 敵MS群の上空を飛翔するストライク・フリーダムは、ドラグーンを自機周辺に呼び戻して射撃武器の全て
を下方に位置するMS群に向けて構えた。ミノフスキー粒子の影響で、以前ほどの正確な狙い撃ちは出来
ない。しかし、キラの目論見は目立つ事。今はただトリガーを引きさえすれば良い。

 

「派手に行くんだ――フリーダム!」

 

 8基のドラグーン、2丁のビームライフル、2門のクスィフィアスに1門のカリドゥス。計13の光が一斉に放た
れ、連合軍のMS達を上から襲った。高速で機動しながら何発も撃たれる砲撃は、さながら月に降り注ぐ雨
である。乱射されるビームの雨霰は敵MSの動きを活発にし、何機かのMSはどさくさに紛れて撃墜されてい
た。同時に月面に着弾した砲撃がおぞましいまでの煙を巻き上げ、より混迷の度合いを深めていく。これで
は、連合軍もストライク・フリーダムに怖気て居る場合ではない。

 

 キラの攻撃に流石に動きを活性化させ、戦場が動き始める。20機は軽く超えていそうなMS達が一斉にス
トライク・フリーダムを狙って攻撃を加えてくるも、キラはそれを避ける、避ける。目線では追い縋れないほ
どの機動力で翻弄し、目立つ事で敵の注目を集める。
 キラの目論見は的中。ピピッと警告音がコックピットに鳴ると、サブ・カメラがこちらへ接近する新たな光を
捕捉した。バーニア・スラスターの光、大まかな数は、大体20程度であろうか。今現在相手にしている敵の
数が、倍に増えるだけである。殲滅する必要が無ければ、キラにとって問題の無い数であった。

 

「――えっ!?」

 

 ――と思ったら大間違いであった。おおよその敵の数を確認した直後、別のサブ・カメラが更に接近してく
る機影を捉えたのである。キラは慌てて視線をそちらに向けた。
 こちらの方も、ざっと数えてみてやはり20機程度は居るだろう。中隊規模の戦力が一気に2つほど集まっ
てきた計算になる。全部ひっくるめて数えれば、大隊クラスにまで膨れるのではないだろうか。「人気者は
辛いね」などと冗談交じりに強がって見せるも、キラは思わず唾を飲み込み、しかし不敵に口の端を上げた。

 

「流石は大西洋連邦の要衝。遠慮ないんだな」

 

 恐怖しているのか、武者震いなのか。何とも言えない感情が胸の奥で燻り、こそばゆさがキラに微笑を浮
かべさせた。
 果たして、自分はこの状況を切り抜けられるのか。襲い来るビームの数は、100では済まないかも知れな
い。ストライク・フリーダムは設計思想上の問題で装甲と装甲の隙間が多く、しかも広い。それは限りなく人
間に近い動きを再現する為のもので、被弾が許されない構造をしていた。
 しかし、そんな綱渡りのような状況の中を、キラは寸分のコントロール・ミスも犯すことなく、まるでゲーム
をクリアするかのように次々と切り抜けていって見せた。
 キラは引き攣る笑みでストライク・フリーダムを操る。先述の理由から一発の被弾も許すことなく、向かっ
てくる敵は容赦なくビームサーベルで切り捨てた。大隊規模の敵を相手に、一見無敵。しかし、キラにストラ
イク・フリーダムの軽快な動きほどの余裕があるわけではなかった。
 何とか相手をしていられるが、いくらキラでも限界というものは存在する。現在相手にしている敵の数は、
完全にキラが処理可能な許容範囲を超えていた。何度も敵に埋もれそうになりながらも何とか切り抜けら
れているのは、彼の意地に過ぎない。
 その証拠に、少し前までは涼しげだったキラの顔の表面に変化が起こり始めていた。肌の色はうっすらと
紅潮し、額と鼻の下に滲んだ汗が玉となっていた。白目は赤みを帯び、加速する呼吸はバイザーの口元の
部分を白く曇らせる。明らかな疲労の色が表れていた。

 

「クッ! この程度で――」

 

 こんな火線の数、と強がってみるも、いつまでも捌き切れるものではない。次第に呻き声を発する回数が
増えてきて、普段なら何でもない攻撃でも妙に神経を使うようになった。
 これが物量攻撃の恐ろしさなのか。MSにも、パイロットであるキラ自身にも表面的ダメージは無い。ダメ
ージはその更に内側、キラの内面に及んでいた。倒しても倒してもキリが無い無限ループのような感覚に
陥り、見えないゴールがボディ・ブローのようにじわじわとキラから精神的な体力を奪っていく。
 チラリと時間を見て、愕然とした。出撃から、まだ30分も経っていないではないか。既に疲労を感じ始めて
いるのは、鍛え方が足りないのか、連合軍の数が異常なのか。どちらにしろ、これは洒落にならない。
 そして、もっとキラに失望感を与えたのが、他の交戦区域の状況である。これだけ自分が引き付けている
というのに、まるで効果が無いとばかりにあちこちで火線が飛び交っているのだ。つまり、今キラが相手して
いる敵の数も全体の敵の数に比べれば大した数ではないのである。これには、流石のキラもショックを受
けた。

 

 しかし、それでもやり通さねばならない囮の役目。キラは決して逞しくない根性を振り絞って気合を入れ直
した。
 その時だった。背後で敵MSが狙撃され、爆散した。ハッとして後方を振り返れば、今の一撃で堰を切った
ように続々と注がれる援護のビーム。増援に気付いた敵は、一斉にそちらへの警戒を強め、幾分かキラへ
の攻撃が緩くなった。

 

「メガ粒子砲の光のようだけど――エマさん!?」

 

 援護はM1アストレイとザク・ウォーリア、ゲイツRの混成部隊。その中に、明らかに威力が違うビームが混
じっていて、キラは即座にそれがガンダムMk-Ⅱのものだと分かった。緩くなった敵の攻撃をすり抜け、月
面を滑りながらビームライフルを連射しているガンダムMk-Ⅱの姿を発見した。キラは追いかけてくる敵を
撃退しながらガンダムMk-Ⅱのところへと向かい、隣に着地させて肩を触れ合わせた。

 

「すみません、エマさん。僕がもっと上手くやれていれば――」
『頑張り過ぎよ! あなた1人で何でもしようだなんて!』

 

 エマの意外な返答に、キラは驚かされた。しかし、彼女の言葉に甘えるわけにはいかないというエースの
意地もある。

 

「けど、僕はフリーダムを使わせて貰っているんです。コイツを使うんだったら、あの程度は手玉にとって見
せなきゃ!」
『過信のし過ぎです! MSも、あなた自身も!』

 

 エマがそう言うと、ガンダムMk-Ⅱがストライク・フリーダムの腕に自分の腕を絡ませて後ろに跳躍した。
引っ張られて、為すがままに向かうのはクレーターの中だった。反転し、身を隠すようにしてクレーターの内
壁に腰を下ろす。直径にして2000m程度であろうか。深さは、MSがしゃがんで身を隠せるほど。安全とは言
えないが、リムが思ったよりも高くて一息つくには適当なサイズだ。
 思いも寄らないタイミングでの休息。しかし、疲弊している事には違いない。キラは即時、ヘルメットを脱い
でサバイバル・キットの中から手拭いを取り出し、汗に濡れる顔を乱暴に拭った。汗をかいた分、水分の補
給も必要になるだろう。手拭いを適当にケースの中に押し込み、続けて飲料ボトルを取り出してストローに
むしゃぶりついた。

 

『キラは十分にやってくれたわ。だから、時間どおりにこういう事が出来る』

 

 ガンダムMk-Ⅱが左腕を天に掲げ、シールド裏のランチャーに装填されていた信号弾を打ち上げた。キ
ラの視線の先、尾を伸ばして光が月の空に昇っていくと、高空で炸裂して眩いばかりに青白い閃光を放っ
た。キラはストローを口から離し、サブ・モニターの中でコンソール・パネルを弄っているエマに視線を送る。

 

「何をしたんです?」
『これで機動力のあるカミーユ達の変形スーツ隊が先行してくれるのよ』
「そんな! まだ陽動は完全じゃ無いはずです。なのに、第二波を行かせちゃうんですか?」
『時間どおりと言っています』

 

 エマはキラとまるで視線を合わせず、まともに取り合わない。ガンダムMk-Ⅱのヘッドが周囲を警戒する
ように上と左右に回り、キラは無碍にされて口を尖らせた。

 

『作戦時間を遅らせるわけに行かないのは、分かるでしょう? あなたは、今の状況というものを――』
「仲間の犠牲を減らす事に気を取られて、その間にプラントを討たれたのでは本末転倒だって言うのは分
かります。けど、僕はこのタイミングだとは聞いてないんですよ!」

 

 キラは作戦前のブリーフィングには参加しなかった、と言うよりも、参加できなかった。彼にはエターナル
のMSデッキでカツの為にストライク・ルージュの調整を仕上げる仕事があって、ブリーフィングに顔を出して
いる暇が無かったのだ。
 エマはそんなキラの事情を知っているから、ブリーフィングの不参加を咎めたりはしない。代わりにカツに
作戦の概要を報告させるように言っておいたが、突撃の時間を知らされてないとはどういう事だろうか。
 よく思い出してみれば、カツはキラと陽動をする役割だったはず。その彼の姿が、何故か見えない。その
事実に、思わずエマは戦慄した。どう考えても、彼の悪い病気が発祥したとしか思えなかった。

 

『お、おかしいじゃない? カツには、ルージュの調整でブリーフィングに参加できなかったあなたと一緒に
陽動に回ってもらう予定だったのに、居ないなんて――』

 

 動揺するエマの声。パネルを操作する手を止め、何やら考え事を始めた。その様子から、カツが自分に
伝えた事が随分と曖昧なものであったと気付く。
 どういった理由でそんな事をしたのか。考えて、唯一つ分かった事は、カツは単独で行動したがっている
という事。独断専行を咎められないようにと、カツは不都合な部分をキラに隠していたのだ。

 

「カツからは、僕が陽動にまわされたとしか聞かされていませんでした」
『勝手なことを!』
「作戦を無視してでも単独行動を取りたかった理由があったんじゃないですか? 多分、例のサラって子」
『だとしても、そんな事が許されるわけが無いわ! 軍は私怨で動かれたら堪らないのよ!』
「それは当然です。けど、今は――!」

 

 キラはケースの中に飲料ボトルを押し込み、思いっきりブースト・ペダルを踏み込んだ。ストライク・フリー
ダムに急上昇を掛け、腕をガンダムMk-Ⅱの腋に絡ませて一緒に舞い上がる。そうして転がるヘルメットの
顎の部分を掴んで乱暴に頭に被ると、即座にバイザーを下ろして先程まで自分たちが休憩していたクレー
ターを見た。
 クレーターの急斜面を滑り降りながらビームライフルを構える敵MS。先程エマが打ち上げた信号弾が、敵
に自分たちの居所を知らせる切欠になったのは間違いないだろう。
 キラはドラグーンを射出、ガンダムMk-Ⅱを連れながら後退し、追撃隊を阻止する。

 

「エマさん! 僕たち陽動部隊の突撃はあるんですか?」
『状況によるわ。艦隊の安全が保証されれば、或いは』
「分かりました」

 

 やるべき事はハッキリした。単純に言えば、戦えば良いのだ。敵の攻撃部隊を叩けば、それだけ艦隊の
安全は保証される。キラは、そういう状況に持って行かなければならない必要性を感じていた。
 カツの独断専行は、無茶だ。無茶は、時に人の可能性を開かせる事もあるが、時に人を殺める事もあ
る。可能性を信じたいキラであったが、彼にはトールという苦い過去があった。
 かつて、アスランのイージスと死闘を繰り広げた時、トールはスカイグラスパーで2人の戦いに介入し、そ
の命を散らせてしまった。必死にキラを援護しようとした勇気、しかしそれは無茶であった。イージスの投げ
たシールドがスカイグラスパーのコックピットに突き刺さった光景を、キラは忘れられない。
 同じ事を繰り返させやしない。キラは是が非でもカツを追いかけなければならないと感じていた。その手
には機動兵器を動かす操縦桿。親指が、淀みなくトリガー・スイッチを押し込んだ。

 
 

 月面を走る一体のMSが居た。地球の6分の1の重力があるとはいえ、移動にMSの足を使うような時代で
はないはずだ。あまりの時代錯誤に、或いは誰もその存在を気にしないのかもしれない。そのMSは、態々
フェイズ・シフト装甲の電力を落として石灰色に染まり、灰色の月面に溶け込むように走っていた。保護色
を纏ったそのMSは、月の空で戦闘を繰り広げるMS達には目もくれずにひたすらダイダロス基地を目指し
て疾駆していた。

 

「エマ中尉の信号弾の色、カミーユ達の突撃の合図だ。――連合の奴ら、ミノフスキー粒子の使い方、分
かってないんだよな」

 

 レーダーが死んでいる状態で月面を走る灰色のストライク・ルージュは、空中戦が主役となった現代戦術
に於いては、ことMSに関しては死角になっているのかもしれない。航空ユニットの発展が著しい現代に於
いて、まさか二足歩行のMSが態々移動の遅い徒歩で駆けているなど考えたりはしないからだ。

 

「――サラが近い?」

 

 バーニアの光すら発しないストライク・ルージュは、まるで透明人間になったかのような存在感の薄さで、
誰にも気付かれる事無くひた走っていた。そのコックピットの中で、カツはヘルメットの耳に手を当てて何か
に気付いたように視線を動かしていた。

 
 

 黒い空に炸裂する信号弾の色。それは作戦の開始から30分ほどが経過した、時間通りの合図だった。
 カミーユは全天モニターに浮かび上がっている作戦時間を確認した。艦体を整えて艦砲射撃の15秒後に
MS隊の第一波が発進するまでが作戦フェイズの第一段階。それから約25分後に第二波が出撃して第2
フェイズが始まった。そこから彼ら機動力部隊の突撃を告げる第3フェイズ開始の合図が、エマの上げた信
号弾だった。

 

「アークエンジェルの弓勢(ゆんぜい)なら当然かもしれないけど……思ったより前に出てるな。作戦は順調
に消化できているって事か」

 

 ローエングリンの光はやはり怖いのか、予想戦力を上回る数のMSがダイダロス基地からオーブ艦隊を
迎え撃っていた。レクイエムのような戦略兵器を平然と使っておきながら、戦艦1隻の主砲に慄く彼等のセ
ンスは信じられないが、その非常識さが味方についてくれている今がチャンスでもある。
 正面からストライク・ダガー。ストライカー・パックは標準的装備のエール。特に留意しなければならない武
器も無い。手に持ったビームライフルの砲口を向け、攻撃してきた。
 身体に馴染む感覚、カミーユは違和感無く反応してくれるΖガンダムに、若干の高揚感を覚えた。エリカ
は流石で、彼女が本気を出せば、これ程にまで要求を満たした機体に仕上がるのかと感動する。
 僅かに操縦桿を傾けただけで、跳ねる様なレスポンスを発揮する。過剰なまでの反応とも思える調整で
あるが、このじゃじゃ馬っぷりこそがΖガンダムの手応えである。慣れ親しんだ操縦感覚に、ストライク・ダ
ガーのビームを体捌きですり抜けるようにしてかわして見せた。

 

「――後ろにも!」

 

 調子に乗れば、勘も冴え渡る。ニュータイプ特有の閃きが迸り、バルカンで正面のストライク・ダガーを牽
制しながらカミーユ自身は顔を後ろに振り向けた。

 

 Ζガンダムの背後から、ゲルズゲーが大きな蜘蛛の足で月面に叩き落そうと圧し掛かってくる。力任せに
抱きつこうと言うのか、こんな単細胞的な奇襲などに、カミーユが捕まるわけが無い。挟み込むように開か
れた多脚がΖガンダムを捕獲しようと襲い掛かると、一瞬にしてウェイブライダーに形態を変化させ、まる
で消え去るかのように離脱して見せた。
 パイロットは、さぞかし驚いた事であろう。完全に背後からの襲撃で、尚且つミノフスキー粒子の影響で
レーダーに捕捉し難い状況になっているのである。だのに、まるで背中に目があるかのような反応で機動し
て見せ、ゲルズゲーのパイロットはΖガンダムを見失ってしまった。

 

「ど、何処だ!? 何処に消えたんだ!?」

 

 見えない敵の恐怖。狼狽したゲルズゲーのパイロットに、カミーユの動きを察知する術は無かった。スパ
イダーの胴体から身体を生やしているダガーの頭部が、落ち着き無く上下左右を見回す。
 その後方斜め上、Ζガンダムが変形を解き、ハイパー・メガ・ランチャーを両腕で抱え込むようにして保
持しながらゲルズゲーへと突貫した。
 ゲルズゲーは陽電子リフレクターを持つ。高出力のメガ粒子砲と言えども突破は不可能だった。手にして
いるハイパー・メガ・ランチャーでの狙撃でも撃墜は出来ない。しかし、空間展開型のバリアである以上、そ
の特性はIフィールド・バリアに通じるところがあるはずである。

 

「バリアの内側からなら!」

 

 ゲルズゲーの後ろから、着地するようにして圧し掛かるΖガンダム。ハイパー・メガ・ランチャーの砲口を
突き刺すようにしてゲルズゲーに接着させると、背中のロング・テール・バーニア・スタビライザーがアンテ
ナのように起ち、発射の反動に備えて青白い光を放った。

 

「そこだッ!」

 

 手元の操縦桿のトリガー・スイッチを押すと、丸太のようなエネルギーの奔流が放たれる。ハイパー・メ
ガ・ランチャーの砲身は反動で天に掲げるようにして振り上げられ、Ζガンダム自身も釣られて後ろへと
仰け反るように翻った。
 バリアの内側に潜り込まれれば、陽電子リフレクターも効果が無い。ゲルズゲーを貫いた軌跡は、更にそ
の向こうに浮かんでいたストライク・ダガーにも命中、撃墜していた。カミーユには、ゲルズゲーの影に隠れ
たそれが見えていたのである。

 

 翻ってそのままウェイブライダーへと変形し、機首をダイダロス基地へと向けた。と、後方で爆発の光が
観測され、そこから追いかけてくるMAの姿を2つ、確認した。1つは紅色の航空機的フォルムを持つセイバ
ー、もう1つは隙間から覗くようにしてモノアイを光らせている深緑色のギャプラン。

 

「レコアさん、ロザミィ」

 

 足並みを揃える為にカミーユはウェイブライダーの速度を落とした。追いついたセイバーとギャプランは
ウェイブライダーを挟むような形で陣形を組み、両翼端にそれぞれ接触させてきた。両手に華、なんて事を
お年頃のカミーユ少年は一寸、考えてしまうが、そんな場合では無いと自分で自分のヘルメットを叩いた。

 

『カミーユ、エマ中尉の信号弾の色は、見えていたわね?』

 

 レコアが言う。カミーユはそれに対して一つ頷いた。

 

「青でした。突撃のサインです」
『私達のような少数編成の部隊ならば、敵に気付かれる前に接触できるかもしれないわね』
「MSの数が多くて乱戦状態ですから、そういう作戦のはずです。――トップは僕に張らせてください」
『頼みます』

 

 ワイプから親指を立てるレコアが消えると、セイバーは一瞬速度を落としてウェイブライダーの斜め後ろ
に付いた。一方で、ギャプランは翼端を接触させたまま。ロザミアは言葉を発さず、ワイプに映る彼女の横
顔は珍しく神妙な面持ちをしていた。
 その表情を見たからなのか、それとも翼端を接触させているからなのか。ロザミアが抱える不安が、カミ
ーユに伝わってくる。彼女が何に不安になっているのか、カミーユにもその理由は概ね分かっていた。
 何も言わないロザミア。それが黙っているのではなく、言葉を捜しているだけだという事を分かれば、カミ
ーユは静かにロザミアが言葉を纏めるのを待つだけだ。やがて、眉尻を下げた、訴えるような震える瞳でカ
ミーユを見つめてきた。

 

『あの向こう、知っているような人が居るのよ……』

 

 ゲーツ=キャパの事か。そう心の中で呟いて、カミーユはロザミアに視線を戻した。

 

「僕が付いている。大丈夫だ。お兄ちゃんに任せれば良い」
『だけど……あたし、あの人の声に応えなくちゃいけないような気がするんだ。――良く、わかんないけど』

 

 そう呟くように言って、ロザミアは頭を覆う様にヘルメットに手を添えた。
 人間、思ったよりも頭が固いもので、特に先入観を植え付けられた場合、それは最も顕著になる。ロザミ
アは自由奔放なエゴイスト。偽りの記憶で塗り固められているとはいえ、カミーユを独占しようという気持ち
は人一倍強く、些細な出来事でも過剰に反応する。出撃前にエリカに対して必要以上の嫉妬を見せたの
も、そういった理由からだった。
 彼女は利他的にはなれない。性格の幼さから自己中心的であり、他人を気遣ったり自らを控えるといっ
た慎ましやかさとは無縁の性格をしていた。だからこそ、理不尽な出来事には素直に嫌悪感を示すし、納
得できなければ遠慮なしにものを言う。それが時に波乱を呼ぶような事もあった。
 しかし、悪い事ばかりではない。彼女の無邪気で素直な言葉は、凝り固まった思慮に一石を投じる。勿
論、素直に受け入れる人と、受け入れられずに逆上する人とが居るが――サラは後者であった。
 そんなエゴイスト・ロザミアが、殆ど初めてと言って良いくらい他人の事を気に掛けていた。この心境の変
化、それなりの刺激が無ければ考えられない。カミーユは、ステーションでのカツとサラの感応がロザミアに
影響している事は理解していなかったが、彼女の変化を喜ばしい事として受け止めていた。
 戦争の道具として生み出された強化人間。ロザミアはその最たる存在で、本来の人格は破壊されてい
る。その彼女が、再び人間として当たり前の感情を持ち始めていた。ならば、その変化を促してあげる事
が自分の役割でもあるのだと私心ながらに思う。

 

「――それが、本当に救うって事になるかもしれないんだもんな……」
『えっ?』
「い、いや――」

 

 頭の中で考えていたはずの台詞が、思わず口を突いて出てきてしまった。そういう無用心さを、カミーユ
は自分の欠点だと思う。聞かれていた事に赤面し、慌てて手を振って、違うんだという事をアピールした。

 

『そっかぁ。あの人だって、もしかしたら本当はあたし達と仲良くしたいのかもしれないものね。そういうの、
歓迎だなぁ』

 

 言われて、ハッとした。カミーユが「救う」と言ったのは勿論ロザミアの事であるが、彼女はゲーツの事な
のだと誤解している。誤解しているが、その言葉が逆にカミーユの思考に閃きをもたらした。ロザミアの無
邪気な指摘が、一石を投じた瞬間だった。

 

「そ、そりゃあそうだろう。誰だって喧嘩しなくて済むのなら、そうしたいものな」

 

 否定の仕草はすぐさまキャンセル。パイロット・スーツの襟とヘルメットの間のアタッチメントを直すように
指を入れてその場を誤魔化した。
 不器用な微笑でワイプのロザミアに横目の視線を送る。先程までの似合わぬ神妙な面持ちは既に無く、
普段の無垢な表情を浮かべていた。カミーユのぎこちない笑みに、嬉しそうに笑って手を振って返してくれ
るロザミア。ギャプランが翼端から離れて接触回線が途切れると、カミーユはホッと溜息をついた。

 

「僕は今まで、ニュータイプと言っても所詮、人殺ししか出来ないものだと思っていた。けど、それは違うん
だ。この力を、人を殺す為の武器としてではなく、人を生かす為の道具として使えれば、きっとゲーツだって
――」

 

 ロザミアの言う通りにして見せたところで、戦争が終わったりはしない。ゲーツ1人と解り合えたところで、
全ての人類が手を取り合ったりはしない。しかし、それでも身近なロザミアに喜びをもたらしてあげることが
出来る。ゲーツと和解する事で、ささやかではあるが身近な平和を1つ手にする事が出来る。人類全体の
平和も、その小さな平和の積み重ねなのだと、カミーユは思う。解り合う事がニュータイプの概念であるの
ならば、ニュータイプとはその小さな平和を生み出す為に発祥した能力なのでは無いかと考えた。
 ニュータイプの力といえども、使い方次第でその性質を大きく変える。シロッコのように自らのエゴを満た
す手段に用いれば、それは禍々しきプレッシャーとなって争いを呼び込むだろう。カミーユは、そうはなるま
い。シロッコと正反対の用い方をして見せることで、ニュータイプをよりポジティブなものへと位置づけようと
していた。

 

『そろそろダイダロスのテリトリーに入るわよ。準備はよろしい、カミーユ?』

 

 気付けば、セイバーからワイヤーによる接触回線を繋げられていた。思索から現実世界に引き戻される
と、正面には軍事基地の景観が広がっていた。
 モノクロームで配色されたかのような地味な軍事拠点は、コスト的な意味だけでなく、月の大地に溶け込
ませるような迷彩的な意味も持つ。立ち並ぶ建造物は、内部の電灯の光が微かに洩れる以外はシンプル
で味気ない存在だった。
 よくもこれだけすんなりと接近できたものだ。陽動の部隊がかなり頑張ってくれているという事だろうか。
カツとキラが頑張りすぎているかもしれないという懸念もあるが、エマが良いサポートをしてくれるだろうから
心配は無い。しかし、何にしても陽動部隊の負担を軽減する意味でも、作戦の迅速な遂行が望ましい事に
は変わりないのだが。

 

「この感覚――」

 

 頭が痺れるようなプレッシャーを感じた。刺々しさを孕むこの感触は、シロッコのもの。唯我独尊の男は、
自分以外の全てを卑下していた。他人を卑下するような人間は、自らも卑下されるべき存在であると気付
いていないのだ。平気で高みの見物を決め込むような曲がった根性を持つ男には、「修正」を食らわしてや
らなければなるまい。
 その為には、ダイダロス基地の何処かで余裕をかましているシロッコを引きずり出す必要がある。カミー
ユがウェイブライダーの高度を下げると、倣ってセイバーとギャプランも続いた。

 

「仕掛けます。2人は俺の後に続いて」
『了解』
『うん、分かったお兄ちゃん』

 

 高空から攻めれば、標的にされやすくなる。月面を這うように飛行し、射程圏内にダイダロス基地の姿を
捉えると同時にMSへとチェンジ、ハイパー・メガ・ランチャーを展開して砲身を構えた。
 ファースト・アタックをΖガンダムが放つ。ハイパー・メガ・ランチャーのビームはダイダロス基地へと軌跡
を伸ばし、防壁に直撃して爆発を起こした。その一撃が引鉄となって、ダイダロス基地から反撃の砲撃が
向かってくる。Ζガンダムが腕を扇いで他の2人に指示を送ると、編隊を組んだまま横のスライドを加えて
反撃を回避し、尚も接近を続けた。

 

「こちらの動きに気付いた。なら、MSが出てくるはずだ」

 

 カミーユの目線の先、ダイダロス基地のサーチライトの光がカミーユ達の姿を探そうと蠢いている。月面
を滑るように砂煙を上げて接近を続けていると、セイバーがΖガンダムの前に躍り出て、アムフォルタス砲
を放った。これも直撃、爆煙の規模が更に拡大する。
 それと同時に、幾つかのバーニア・スラスターの光がダイダロス基地から飛び上がってきた。カミーユが
予測したとおり、ダイダロス基地の守備部隊が出てきたのだ。
 距離は既に1000mを切っている。Ζガンダムが敵MSの出現にも構わずにダイダロス基地へと照準を固
定させていると、流石に敵もそれを見逃すはずも無く、ウインダムの一団からビームが降り注いだ。その回
避で照準がブレ、ハイパー・メガ・ランチャーのトリガーが引けない。1機のウインダムがビームサーベルを
振り上げて襲い掛かってくると、いよいよ舌打ちをしてΖガンダムの砲撃の構えを解いた。

 

「えぇいッ!」

 

 苛立って声を上げた瞬間、ウインダムが横合いからビーム攻撃を受けてビームサーベルを持つ腕を破壊
された。何事か――その眼前を緑の風が吹き抜けて、ウインダムは慄きに身を仰け反らす。頭部をキョロ
キョロと動かし、敵の姿を捉えようとするが、しかし、無情にも2条のビームがそのウインダムを背後から貫
き、致命傷を与えた。爆発前のスパークを放っているその脇をギャプランが悠然と駆け抜けると、ウインダ
ムは大量の爆煙を伴って無残にも月の空に消えた。
 ギャプランはそのまま次の標的を定め、遊撃行動へと入っていった。MA形態のギャプランの加速に、人
型のウインダムやダガーLは追随できずに右往左往している。

 

『ロザミィの援護に入るわ』
「了解。ダイダロスへの攻撃は続けます」

 

 セイバーからレコアの声。カミーユが応答すると、セイバーがMSへと戻ってギャプランを追った。この分な
ら、彼女達にMS隊の相手を任せても良い。幸いにして数も少ないし、問題は無いはずだ。カミーユは視線
を再びダイダロス基地へと戻し、Ζガンダムにハイパー・メガ・ランチャーを構え直させた。
 すると、俄かにダイダロス基地の別方向でも交戦の光や爆発の煙が見られた。どうやら、別の突撃隊も
無事にダイダロス基地へと辿り着けたようである。
 これなら、敵の狙いも分散させられる。Ζガンダムがマニピュレーターの指の付け根から2つの信号弾を
発射すると、小さな白い光が瞬いた。敵を無視して先へ向かえという合図だ。
 セイバーがギャプランを先行させ、フォルティス砲で牽制を掛けた後、ダミー・バルーンを射出してその後
を追う。ダイダロス基地へ直行する気なのだと気付けば、連合軍パイロットも易々と向かわせるわけには
行かないかった。

 

「我々を無視してダイダロスに取り付こうとか? ――させるかよ!」

 

 最終防衛部隊でもある守備隊が、虚仮にされたまま敵の侵入を許しては沽券に関わる。ウインダムのパ
イロットは、そうはさせじと操縦桿を押す手に力を込めた。
 その時だった。突如として正面モニターにMSの頭部が大写しになり、その双眸を1回、瞬かせた。その緑
のぼんやりとした光り方が不敵で、パイロットは思わず後ずさりするようにシートの背凭れに身体を押し付
けた。Ζガンダムだった。

 

「こ、コイツはぁッ!」

 

 臆する気持ちを紛らわすように気を吐いた瞬間、その抵抗を挫く様にして激しく明滅する光と共に正面モ
ニターの映像が潰滅していく。至近距離から頭部メイン・カメラにバルカン砲の弾を叩き込まれたのだ。パ
イロットは激しい光に呻き声を上げ、顔の前で手を交差させた。
 小爆発の後、モワッと頭部から煙を噴出するウインダム。気絶したようにふらりと月面へと落下して行き、
二度と浮上する事は無かった。Ζガンダムは続けてセイバーと同様にダミー・バルーンを射出すると、身を
翻してウェイブライダーへと変形し、先行した2機の後を追っていった。

 

 ダミー・バルーンで敵の足止めは出来た。この隙にダイダロス基地内に侵入できれば、敵も迂闊には手
を出せないはず。カミーユは後ろに反転させていたリニア・シートを正面に戻し、スロットル・レバーを前に押
した。
 殿から先頭へ。先行するセイバーとギャプランに追いつき、そのまま前へと出た。ダイダロス基地は目
前、上空から見下ろせば、その規模の巨大さが良く分かる。
 まだまだ何かが出てきそうな予感がしていたその矢先の事であった。白い影が3つ、威嚇するように飛び
出してきた。蛤のような楕円に近い形、触角を伸ばすように機体下部に4つの砲門を持つMAユークリッド。
そのサイズにしては珍しく陽電子リフレクターを持つ高性能機で、その素早い動きから撃墜が困難な機体
であった。特に、取り回しが難しいハイパー・メガ・ランチャーを持つΖガンダムでは、まるで歯が立たない
だろう。

 

『カミーユは下がって!』
「レコアさん!」

 

 セイバーが前に出る。レコアの言うとおり、ここはフォワードを彼女に任せ、自分は援護に回ったほうが得
策だろうか。カミーユはΖガンダムに制動を掛け、腕部のグレネード弾で微力ながらの牽制を掛けた。
 ビーム兵器が主体であるセイバーも、陽電子リフレクターを相手にしては分が悪い。唯一効果があるの
が、接近戦武器であるビームサーベルである。しかし、高機動力のMAを相手に、MS形態で接近戦を仕掛
けるのはほぼ不可能。相手のパイロットが余程の下手でも無い限り、手も足も出ないのは自明だった。

 

「ロザミィ、頼めて?」
『お兄ちゃんの為なら、やってあげるわ』
「なら、やってもらうわよ」

 

 ユークリッドはMA。機動力にかけてはMSの比ではない。しかしギャプランの機動力は、そんなユークリッ
ドとも次元が違う。肉体強化された強化人間専用に設計されているそれは、運動性能でも加速力でもユー
クリッドを凌駕する。
 1機ずつの確実な撃破。レコアは3機のユークリッドを分散させるようにビームサーベルで切り掛かった。
勿論、当たるなどとは思っていない。もしかしたら当たってくれるかもしれない、などという淡い期待を抱い
ていたりもしたが、当然、現実はそんなに甘くない。ひらりとかわされ、忌々しげにユークリッドを睨み付け
たが、しかし目論見は的中。上手くバラけてくれた事を確認すると、「良し」と軽く呟いた。
 一方、適当に当りを付けたロザミアは、レコアが散開させたユークリッドの内の1機を韋駄天の如きギャプ
ランで追走した。

 

 戦闘機同士の戦いに於いて、背後に回ったものが圧倒的有利な点は不変の事実。ギャプランに背後を
許した時点で、そのユークリッドの敗北は決まっていたのだ。何とか前後関係を逆転してやろうと様々に機
動に変化をつけるも、ぴったりとマークしているギャプランは些かのミスも犯さない。ユークリッドのパイロッ
トは、焦りから操縦桿を握る手にびっしょりと汗をかいている事を意識した。
 上に覆い被さる様に背後に付かれる。MA形態のままでは、陽電子リフレクターを破るのは不可能のは
ず。よしんばバリアの内側から射撃しようにも、相対速度を合わせなければクラッシュして最悪の事態を引
き起こしかねない。どうするつもりなのか――パイロットがドキドキしながらモニターのギャプランを見つめて
いると、唐突にギャプランの形態が変化した。腕が生え、マニピュレーターがユークリッドへと伸びる。ガシ
ッと片手で機体を掴むと、反対の手がビームサーベルを引き抜いた。

 

「まさか、そんな事が――」

 

 捕獲された衝撃で揺れるコックピット。モニターにはビーム刃が目に痛いほど輝き、パイロットは戦慄の
表情を浮かべて冷や汗を流す。まさか、MA同士のドッグ・ファイトの最中にMS形態へとチェンジし、組み付
くことが出来るパイロットが居るなどと、想像だにしなかった。これがコーディネイターとナチュラルの、勿論
ロザミアがコーディネイターではない事は知らないが、持って生まれた才能の違いなのかと悟る。その悔し
さにも似た悟りの中、ギャプランのビームサーベルがユークリッドに突き立てられた。

 

「――次ッ!」

 

 ビームサーベルをユークリッドから引き抜きつつ、ロザミアは後方から迫る次のユークリッドを見る。仲間
をやられて、激憤しているのだろう。直線的な意志の塊を察知して、それが至近距離まで迫った瞬間、沈
黙している目下のユークリッドを足場にしてバック宙返りをした。
 突貫するユークリッドは、今さらコントロールを変える事などできない。ギャプランが宙返りをしたことで、
ユークリッドはその下に飛び込んでいく形になった。それは、死への招待門。吸い込まれるようにユークリッ
ドは進む。
 倒立するギャプランがメガ粒子砲を構えた。片腕を万歳するように上げ、砲口が真下に向けられる。その
砲口の先に擦れるようにしてユークリッドの機影が潜り込んでくると、その刹那を狙ってロザミアの指がトリ
ガー・スイッチを押し込んだ。

 

「そこッ!」

 

 装甲に触れるくらいの至近距離。絶妙な空間把握能力とタイミング感覚がなければ出来ない芸当。それ
を、事も無げにクリアしてみせるロザミア。そこまで砲口を近づければ、陽電子リフレクターも問題ではな
かった。発射されたビームがユークリッドを貫くと、再びMAへと変形してその場を離脱した。

 

 残るユークリッドは1機。しかし、立て続けに僚機をやられたことで尻尾を巻いて逃げてしまう。戦場に逃
げ場などあるものかと、カミーユは軽く溜息をついた。そしてハイパー・メガ・ランチャーを防壁に向かって撃
ち、侵入口を開く。
 ダイダロス基地への道は開けた。セイバーとギャプランが降下の態勢に入ると、カミーユも遅れじと操縦
桿を引く。2人の前に出ようとした時、ふとセイバーの肩と触れ合った。

 

『Ζ、ダメージの心配はありませんね?』
「男は度胸です。先に降ります」

 

 相性とはいえ、ユークリッドを相手にカミーユはまるで役に立たなかった。彼女達はそんな事では彼を
笑ったりはしないが、男の証明を求め続けたカミーユにとって、汚名返上の機会は出来るだけ早くに欲し
い。そんな思いがあってか、カミーユはレコアとロザミアに先行してΖガンダムをダイダロス基地へと突入
させた。
 侵入口からダイダロス基地内部へと突入し、敷地内に着陸する。内部は、思ったよりも静かで電灯の光
もそれ程強くなく、薄暗く感じられた。戦闘状態の軍事基地とはこんなものかと思うも、妙な違和感は拭い
去る事は出来なかった。

 

「何だ、この静けさは……?」

 

 物言わぬ建造物が林立する。整然と整理された区画の景観は、さながら小都市にも見える。しかし、街
のような賑わいは無く、静まり返った様子が得も言われぬ不気味さを演出していた。お化け屋敷などという
小洒落たものではない。カミーユの抱いている違和感は、もっと性質の悪いものである。例えるなら、ストー
カーが獲物を待ち伏せしているような、そんな悪趣味なものを感じていた。
 ロザミアも同じ違和感を持っているのだろう。後方を警戒しながら後ろに付くセイバーとは対照的に、ギャ
プランのモノアイは落ち着き無くひっきりなしにあっちこっちを見ていた。
 間違いなく、敵が潜んでいる。施設内部だと言うのにミノフスキー粒子は異常なまでの濃度を叩き出し、
レーダーは全くの役立たず。建造物の窓からは微かな光すら洩れておらず、明らかに人が出払っている
証拠であった。
 ふと、その建造物の窓からぼんやりと灯る青い光が視界に端に入った。

 

「はッ……!」

 

 途端、ウインダムが建造物の陰から躍り上がり、ビームライフルを構えて襲い掛かってきた。それにタイミ
ングを合わせるように周囲の建造物が爆発して倒壊し、隠れていたMS達が一斉にその姿を現した。

 

「やはり――性懲りも無く出てくる!」

 

 爆薬を使った爆破で、カミーユ達の周囲は煙霧状態となった。出現したウインダムの数は6機。煙を避け
て飛び上がり、上方から煙の中に紛れるカミーユ達を針の筵にしようとビームの雨を降らす。着弾するビー
ムが更に爆煙を吹き上げ、風船が膨らむかのごとく煙霧を増大させた。

 

「ヘッ! ダイダロスに突っ込んでくるなんざ、ザフトにゃあ身の程知らずも居たもんだぜ!」

 

 不意討ちは成功。1人のウインダムのパイロットが拳と掌を突き合せて快哉を上げた。
 ところが、そんな彼のウインダムの眼前を、一筋のビームが突き抜けた。それは煙霧の中から煙を劈い
て放たれ、ダイダロス基地の天井を突き破った。

 

「な、何ッ!?」

 

 慌てて離していた手を操縦桿に掛ける。煙霧の中から抜け出てくる機影は絡みつく煙を尾にして落としな
がら飛び上がってくる。そのトリコロール・カラーのMSは、長大な青い砲身を手にし、そして、立て続けに深
緑色と紅色の風が吹き抜けた。
 先程の一撃で破壊された天井は崩壊を始め、瓦礫が降り注いでくる。崩落する天井の巻き添えを食わぬ
ように慌てて避難するも、僚機がそのどさくさに紛れてビームに貫かれて撃墜された。
 ダイダロス基地の一区画を犠牲にするという最後の手段とも言うべき奇襲が、通用しないどころかそれを
利用して反撃に転じられた。その事実に、ただただ我が目を疑うばかりであった。

 

 長大な砲身を重そうに振り回すGタイプのMSは、まるでパイロットの考えている事が分かっているのでは
ないかと錯覚するほどの動き出しの正確さで、巨砲を撃つ。取り回しの難しい狙撃武器が、白兵戦に向か
ないことは百も承知である。だのに、融通の利きにくいそれを、あたかもフレキシビリティの高い兵器、例え
ばビームライフルのように扱って見せたのは、パイロットにとって脅威以外の何物でもなかった。しかも、一
撃貰えばアウトという強力なメガ粒子砲である。薄氷を踏む思いで回避する度に、パイロットの中の死の恐
怖が膨張していく。

 

「く、くそぅッ……!」

 

 ビームライフルで応戦。ビームを一発、撃つたびに、そのGは近づいてくる。人の顔を模して擬えたような
Gの頭部。その双眸が爛々と輝き、獲物を狩る喜びに震えているかのように見える。
 この敵を、近寄らせてはならない。近寄らせてはならないのに、こちらの攻撃は一向に当たる気配が無
かった。ロックオン・マーカーの中に姿を納めている暇はない。少しでも抵抗を弱らせれば、この敵は一息
に眼前にまで近づき、あっという間に自分を殺すだろう。一瞬でもトリガー・スイッチから指を離してはならな
い。一瞬でもモニターから目を逸らしてはならない。瞬きをすれば、それが最後だと肝に銘じ、ひたすらに
歯を食いしばって我慢した。
 絶対に逃げ切ってやる――そう頭の中で何度も反復して唱えるも、そのGはまるで実体を持っていないか
のようだった。すり抜けるようにじわり、じわりとビーム攻撃を掻い潜って接近を続けるそのMSは、片時もこ
ちらから目を逸らしていない。その双眸の輝きは、狩猟者のそれと同等である。百獣の王ライオンが、全力
で野うさぎを狩りに来ているのである。本気になった肉食獣を相手に、矮小な草食動物である自分が敵う
わけが無いのだ。
 ふと、機体の背中が何かにぶつかった。あれ程目を離さないと誓っていたのに、思わず確認する。そこに
待っていたのは、絶望だった。基地の鉄の壁に機体が背中から衝突したのだ。基地内の地形は把握して
いたはずなのに、敵から逃れようと必死になるあまりに注意力が散漫になっていた。もう、後ろに逃げ場は
無い。
 急いで視線を元に戻した。敵は、もう目前にまで迫っている。その姿が近くなったからかどうかは分からな
い。不思議と、頭部アンテナ基部の底に刻まれている「Ζ」という文字が見えた。パイロットは、それを「ゼッ
ト」と読んだ。アルファベットの一番最後の文字。概して、終末をイメージする。
 道理で攻撃が当たらないわけである。このGは自分に死をもたらす死神だったのだ。見れば、普通のGタ
イプの表情と少し違う、細面のシャープな顔立ちをしている。見慣れたGよりも表情が乏しく感じられ、その
無表情が空恐ろしかった。

 

「こ、殺されるぞ……死んじまうのか、俺……!?」

 

 うっすらと滲む視界。訓練で捨てたはずの感情が沸き起こり、恐怖で涙が浮かぶ。顔の表皮は冷たい汗
で塗れており、何度啜っても鼻水が出てくる。カチカチと音を鳴らす歯は不規則なリズムを刻み続け、まる
で氷水の中に全身が浸かっているかのように悪寒と震えが止まらない。

 

「うわあああぁぁぁ――!」

 

 ぼんやりと霞むモニター画面に、巨砲を振りかぶったGが突貫してくる姿が見える。恐怖から錯乱状態に
陥ったパイロットは、もはや無我夢中であった。ただ手にした操縦桿を遮二無二動かし、訳も分からずに絶
叫していた。
 何がどうなったのかは、分からなかった。その瞬間の出来事はまるで記憶に無く、次に目に入ってきた光
景は下から見上げるGの姿であった。

 

 他の仲間はどうなっただろうか――そんな事を考える余裕など、そのパイロットには無かった。ただ、一
刻も早く視界の中から目の前の死神が消えて欲しい。それだけをひたすらに願った。人間、待ち焦がれて
いる時間は長く感じられると言う。そのGが次のターゲットに照準を絞って行動を開始するまでの時間の、
何と長い事か。
 永遠に視界から消えないかと思われたそのGがようやくモニターから消えると、パイロットは安らかに目を
閉じた。一生分の気力を使い果たしたかのような脱力感。恐怖の死神が消えてくれた事で、股間が湿って
いようが後の事は既にどうでも良かった。

 

 天井は崩落を続け、時に落盤に押し潰される機体もあった。煙霧は落盤に促進される形で拡大の一途を
辿り、視界は最悪。辛うじてMSの発する光は見えるが、とても戦闘を継続できるような状態ではなかった。
 充満する煙。おぼろげなMSの機影と思しきものが、火花を散らせて衝突した。まさか、ロザミィとレコアさ
んじゃないだろうな――カミーユがそう懸念した時、ふと背後から迫る気配を感じた。ハッとして振り返れ
ば、煙の中から見えてきたのはセイバーであった。

 

「レコアさん!」
『無事ね、カミーユ』

 

 セイバーは周囲を警戒しながらΖガンダムの肩に手を掛けてきた。

 

『――敵がこういうトラップを仕掛けてくるって事は、このエリアに反射衛星砲の手がかりは無いと考えてよ
さそうね?』

 

 基地の損壊を気にしない作戦でトラップを仕掛けていたこのエリアに、レクイエムのコントロール・センター
が存在しているとは思えない。カミーユは左右を確認してから頷き、賛成の意を示した。

 

「じゃあ、ロザミィをキャッチしたら次のエリアに――」
『それも手だけど、この広いダイダロスを虱潰しに探すよりも、本体を探した方が賢明だと思うわ』

 

 確かに、広大なダイダロス基地は多数の区画に隔てられていて、それらを全て捜索対象にしていたので
は時間が掛かりすぎる。それは作戦展開の都合上、出来るだけ避けなければならない事で、レコアの言う
事には一理ある。占拠し易いが何処にあるか分からないコントロール・センターを見つけるよりも、占拠し
難いが見つけ易いと思われるレクイエム本体を探した方が理に適っているとカミーユは思った。
 崩落が収まってきた。天井が吹き抜けになった事で、煙霧状態も徐々に回復に向かっている。周辺の景
色も克明になってきて、ウインダムを追いかけるギャプランが上方で駆け回っているのが見えた。

 

「時間は、待っちゃくれないか。――それで行きましょう」
『了解。私が先行します。カミーユはロザミィを』
「はい」

 

 そう言うと、セイバーはMAに変形し、バーニア・スラスターから普通とは違う紅粉を撒き散らして飛び去っ
ていった。それは、バーニア・スラスターのアフター・バーナーで別口から噴出する金属粉を燃焼させる事
で、可視光による識別をし易くするという機能である。ミノフスキー粒子の影響下では、こういった工夫が欠
かせなかった。

 

 煙霧の中から飛び出し、レコアは下にダイダロス基地を見た。100kmや200km級がごろごろと点在する月
のクレーターの中では比較的小さなサイズではあるが、人類が利用するには十分な広大さだろう。その中
にすっぽりと納まるようにして存在する巨大基地は、3機で捜索するにはあまりにも広すぎる。外郭を見れ
ば、自分達と同じ様に取り付いた突入部隊が戦いを繰り広げている様子が垣間見られたが、彼等がレクイ
エムのコントロール・センターを発見する望みは薄いだろう。だとすれば、やはりレクイエムの本体を発見、
直接攻撃をした方が手っ取り早い。

 

「コロニーをまるごと媒介にするような巨大戦略兵器の姿は――」

 

 その規模から、そう簡単に隠し通せるようなものではないはずだ。基地から迎撃の弾幕が注がれる中、
華麗に旋回運動をしてかわしながらも、レコアの目はレクイエムの姿を探し続けた。
 しかし、画一的で無機質な基地の景観は、どこもかしこも同じ様な景色ばかりで、確信を持って場所を特
定する事は困難を極める。カミーユに目標の変更を提案した手前、何としてでもレクイエムの本体を発見し
たかったレコアであったが、これならコントール・センターを探すのと大差ないかもしれない。

 

「……ん? あれは――」

 

 そう諦めかけていた時だった。何の気なしに見上げた空に、赤い光を明滅させる物体が見えた。それは
かなりの高度にあるらしく、詳細な形こそハッキリしなかったが、レコアにはその物体が何であるかが直ぐ
に分かった。

 

「ステーション! なら、その下が反射衛星砲の本体のはず!」

 

 恐らくは一番最初の角度修正用の中継ステーションなのだろう。レコアはそう閃き、セイバーの進路をス
テーションの真下へと向けた。
 その瞬間だった。2条のビームがセイバーを急襲し、その眩しさにレコアは目を細めた。セイバーは今の
一撃でバランスを崩している。直撃こそ受けなかったものの、飾り羽の1枚や2枚は吹き飛ばされているか
もしれない。

 

「今の攻撃――!」

 

 完全な射程距離外からの砲撃。流れ弾が偶然掠めたわけでは無い事を、レコアは直感で悟っていた。
 それは、恐らくニュータイプの攻撃によるもの。明らかな敵意を孕んだその1撃は、レコアに敵機の接近を
報せる。
 セイバーがMSへと戻り、全身のバーニア・スラスターを細かく噴出してバランスを持ち直す。丁度その時、
セイバーの紅粉の光を辿って追っていたΖガンダムとギャプランが到着し、ワイヤーを放って接触回線を
繋いできた。

『レコアさん!』
「カミーユ、ダイダロスの南の空にステーションを見たわ」
『ステーション……?』
「そう。あなたはロザミィとその下に向かいなさい。そこに、目的のものがあるはずだから」
『レコアさんは、どうされるのです?』

 

 鋭い勘を持つ少年、カミーユ。二言三言のやり取りで、既に何かを察している。ワイプの中の彼の瞳は、
心の中を見透かすかのように透き通っていた。その瞳に、心を射抜かれたような感覚がして、レコアは思
わず目を伏せた。

 

『まさか、お1人で敵の足止めをするつもりじゃあ――』
「甘いわね、カミーユ。作戦を完遂するためには、こういう役割を演じる人間が必要になる時もある」
『けど!』

 

 渋るカミーユ。そんなに頼り無いのかと腹を立てるも、それが彼の純粋な優しさであると気付けば怒る気
にはなれない。果たしてどれだけの効果があるかは分からないが、安心させようと笑みを浮かべて見せ
た。その顔を見せるだに、益々カミーユの表情は困惑の色を強めるばかりである。失敗だったと内心で反
省し、彼には正直に話すべきだと思い直した。

 

「あの……さっきのメガ粒子砲の撃ち方ね? あれで、サラが来ているって分かってしまったのよ」
『レコアさん……』
「彼女の事は、私に任せて下さらない?」

 

 意志を示す。サラだからこそ、かつて同じ男に従った女同士だからこそ、レコアはサラを止めなければな
らない。サラがどんな男に付き従おうと、それを咎める権利が自分に無い事は分かっている。しかし、だか
らと言ってシロッコの意、そのままに尖兵となる彼女の行為は、阻止しなければならないと思っていた。
 サラとの接触まで、もう時間が無い。レコアが睨むように視線を向けていると、サブ・モニターのカミーユ
が首を縦に振ってくれた。レコアの迷いの無い目が、カミーユに理解を示させた。

 

『――分かりました。けど、絶対に無理はしないで下さい。僕とロザミィはターゲットを攻略して、そこでレコ
アさんを待ちますから』

 

 ズキン、と心が痛む。カミーユの声は何処までも純粋で、一心に信頼を向けてくれていることが分かった。
その信頼を、かつて自分は裏切ったのだ。思い出して、急にカミーユの顔を直視できなくなった。
 かつての裏切りを許してくれなどとは言わない。しかし、贖罪はしなければならない。こうして彼の力にな
ることで、少しでも役に立てるのなら、レコアはどんな事でもするつもりでいた。
 そんなレコアの気持ちを分かっているのか、Ζガンダムはワイヤーを引っ張って反転すると、少し惜しむ
ようにこちらの方を見ていた。しかし、やがて次の砲撃が飛んでくると、慌てたようにウェイブライダーへと変
形してギャプランと共に飛び去っていった。

 

「カミーユ……優しい子。――あの子の邪魔はさせない!」

 

 キラリと、MAの光が瞬いた。レコアはその方向にアムフォルタス砲を構え、発射する。赤と白の複相ビー
ムが漆黒の月の空に吸い込まれていき、レコアは舌打ちをした。

 

「手応えは、無い。――来る!」

 

 アムフォルタス砲のビームは、回避された。ハッキリとそれが分かるほどの手応えの無さに、以前よりも
手強くなったサラの存在を意識する。
 レコアはセイバーを移動させた。それを追いかけるように、2条のメガ粒子砲が襲う。

 

「クッ! お嬢さんはそういう小賢しい事をしないの!」

 

 お互い、姿を視認できる距離には入っていないはずだ。なのに、サラの攻撃はレコアよりも遥かに正確
だった。彼女が、ここまでのニュータイプ的センスを有していたとは――キッと射線の方向を見ると、ようや
くメッサーラが姿を現した。
 レコアの全身が、緊張に強張る。操縦桿を握り直す手が、キュッと音を立てた。