/37th scene
フロスト兄弟の攻撃を受けて大分数が減ったキマイラ隊の一機が、ようやくコウとトリエの避難した小惑星を探り当てた。二人がいる休憩室のドアを開け、ライデン中佐が入ってきた。
「無事だったか」
この場には不自然なソファーに仰向けになって、コウは眠っていた。トリエもそのソファーに座り、太股の上にコウの頭を乗せ、いとおしげに安らかな寝顔を見つめている。
「……シ…ズカニ、シ……テ……。ウラキサ……ツカ、レ……テル。ネカセテ、アゲテ……」
「ああ、悪かったな」
ライデンは振り向いて廊下にいる部下に静かにするよう伝えると、休憩室の壁にかかっていた通信機を取って報告をはじめた。
「こちらライデン中佐、コウ・ウラキ大尉とディー・トリエル伍長の無事を確認した。トライアは自己修復中、あのまま2,3日もほっとけば直るだろ。百式はもう見る影もない」
報告を終えてから振り向いた。トリエの顔が見えない。ソファーに近寄ってみた。
トリエは、いつのまにかコウに寄り添う位置に移って、安心しきった顔で眠っていた。ライデンは苦笑しつつ囁いた。
「全く、お前さんもその男も、よくやったよ」
「……我々は対象を”マハー・カーラー”と呼称しておりました。これはサンスクリットで『大いなる闇』という意味ではありますが、ヒンドゥー教において世界の終末をつかさどる神、シヴァの別名でもあります。一方でサートゥルヌスの面々は、”チャトゥルブジャ”と呼んでおりました。これは同じく『4つの武器を持つ者』、という意味ですが、ヒンドゥー教における世界を維持する神、ヴィシュヌの別名です。そしてこの違いが、サートゥルヌスの企んだBプランをまさに象徴するものでありまして……」
記者会見の場。戦勝に浮き立つマツナガの口からは無限に薀蓄が飛び出すようで、慣れているはずの報道陣の面々もいささかウンザリした表情を作っている。
「ところで、今回の作戦は何という名前なのですか?」
プレスの一人が立ち上がって質問した。返答を求める声がいくつも湧き出る。
「作戦名、ですか……」
考えていなかった、とは言えない。ふと、今回の戦費と共和国軍再建の資金を低利で融資してやると申し出たある財団の名前を思い出す。確か本家のご令嬢でもあるロンド・ベル司令官の奥方が、作戦に参加できなかったお詫びに、と提案して下さった筈だ。彼女の旧姓は……
「ヤシマ作戦です」
マツナガは堂々と答えた。これならば格好もつくし、スポンサーも喜ぶだろう。
/38th scene
……柔らかな夢を見ていた……
暖かく、懐かしく、直ぐ側に有る筈なのに、ひどく遠かった。そんなものに包まれているような夢を見ていた。
目を開ける。眩しくてすぐ閉じる。
「お、起きたぞ!」
(その若いはずなのにおっさん臭い声は、ガロード君か……エゥーゴで転戦していたときは、要らなくなったモビルスーツを高値で売りさばく手腕に感心してたんだよ)
「大丈夫か」
(アムロ大尉、今こられても遅いんですよ……)
上体を起こした。どうやら病院の個室らしい。ベッドの左側に置かれた椅子に座ったトリエに、まず目がいく。部屋を見渡すや、大騒ぎになった。
全くの壮観だった。エゥーゴのアムロ・レイ、チェーン・アギ、ガロード・ラン、シロー・アマダ、ワイズマン准尉にクリスチーナ・マッケンジー中尉、カミーユ・ビダン(医大生のはずだが)、セイラ・マス……
それに提携組織のプリベンターからも、ドモン・カッシュ、ミリアルド・ピースクラフト、ヒイロ・ユイといった面々が揃っている。
彼らが思い思いに話しているのだから騒々しいことこの上ない。
なぜか、ガロードとドモンとアマダが親近感の籠もった瞳でこっちを見ている。何かしたっけ。
と思うや否や、中年の看護婦が
「病室で騒ぐなーーっ!」
と絶叫して、全員を追い出した。病院でベテラン看護婦に勝てるものはいない。
「騒がしくて大変ですねぇウラキさん、大丈夫ですか?」
「ええ、何も問題はありませんが……」
その看護婦も、好奇に満ちた視線でコウとトリエを見ている。一体なんだ?
/Last scene
看護婦が出ていって一息つく。と思っていたら、ベッドの下からぬっとシャア・アズナブルがでてきた。
「ギャー!」と叫びかかったが、打撲に響いてえらく痛い。
「ウラキ君、よくやってくれた。百式はお釈迦だが、まあ構わない」
相変わらず糞が付くほど落ち着き払っている。ゼイゼイいいながら、疑問を解消しておこうとおもった。
「あの、何か皆俺を見てるんですが……特にドモン君が」
「合同演習の時の君のGP03は彼に一発で撃墜されたな」
「嫌なこと思い出させないでください!」
また大声をだして、傷跡に響く。しばらく横たわって七転八倒した。
「いや、例の射撃の時に、な」
シャアの唇は、おかしくてたまらぬ、というように片側が吊り上がっている。
「ところで……ドモン君がデビルガンダムを退治したときのことを覚えているかね?」
「サイド2の、ネオジャパン・コロニーの事件でしょ。あの全世界を前に恥ずかしい告白した」
シャアの表情がいっそう奇妙に歪む。意味もなく人をからかってはよくこういう表情をしたものだと、コウは思い出した。
「……君、バスター砲の第二射の時、全回線を開いただろう」
「ああ、そういえばそうですね」
「あの百式は、通信電波の出力を試験的に強くしておいたんだ……で、そのとき君が言ったことが、あの宙域一帯に中継されてしまってな……」
気の毒でたまらなさそうな顔を作ろうとしても笑いを抑えきれない、とてつもなく変な顔でシャアは言った。コウはしばらく狐につままれたような顔で何をいったのか思い出そうとしていたが、やがて絶望しきった顔で天を仰いだ。
「ま、お幸せに」
シャアはいつの間にか黒い長髪のかつらを被り、和風の羽織を身に着けている。
「……ザフトのデュランダル議長の変装ですか?」
「よく似ているといわれるが違う。少し活動しすぎてな、ジオニックは辞めた。今は剣道の師範をやっている」
その後は、何も言わずに去ってしまった。コウとトリエだけが病室に取り残されている。
トリエは、いつもの夢見るような目でコウを見ている。コウはしばらく頭を抱えていたが、深呼吸をすると
「ま、それもいいか」
とつぶやいた。左手で招きよせる動作をしつつ
「おいで、トリエ」
といった。トリエが身を寄せると、左手で肩を軽く掴みつつ、右手を生え際に差し込み、頭をクシャクシャに撫で始めた。
トリエは最初じっと耐えるような顔をしていた。が、少しクセのある柔らかな髪の感触を楽しむように撫で方を優しくすると、次第に目を細め、顎の下を撫でられている猫のような恍惚とした表情になる。
不意に、首の裏に両手を回された。
顔が近づく。
瞳が少し潤んでいる、閉じた。
暖かい体温を感じる。
甘い体臭と石鹸の香りが混じった空気が鼻孔を満たす。
唇が重なる。
/Epilogue
――月、グラナダ市――
壁にかかったカレンダーには、3日後からのサイド3行きが示されている。
シャワーの音を止めると、ラジオの音声が聞こえるようになった。サイド3が辛くも破滅を免れた件についての特集を放送している。工兵大隊長の名前が出た。
「まだ、戦ってるのね……変わらないわね、貴方は」
声の主――ニナ・パープルトン――は、全裸のまま窓辺に立ち、サイド3の方角を見上げた。
「会えるときが楽しみよ、ガトー」
<To next stage……?>