《第15話:値価の来未たげ繋》

Last-modified: 2020-04-16 (木) 20:15:12

『ビームキャノン! 鈴谷はビームキャノン希望しまーす! ズバーッて照射できるやつ!! あと勿論レールガンも外せないしカタパルトもリニア式とか超ロマンだよねーあでもそれは空母級に譲らなきゃかーそうそうゴテゴテな追加装甲もイカすよねあとは――』
『ワタシ達金剛型戦艦には超長射程なRail GunをPleaseネ!! 高性能なRadarもお願いしマース!!!!』
『ミサイルだ。ありったけのミサイルを寄越せ。重雷装巡洋艦にはミサイルが必要だ』
『――それだぁ! 鈴谷の強風改にもぜひ空対空ミサイルを!!!!』
『鈴谷さんったら欲張りすぎっぽい。・・・・・・夕立にはビームサーベルが似合うっぽい?』
『いやウチに訊かれても』
『私と瑞鶴は装甲甲板をフェイズシフト製にしてもらえたらって思ってるの。長所を伸ばす方向で』
『ドッペルホルン連装無反動砲か・・・・・・。いいね。ボク、あれが気に入ったよ』
『ガトリングくれ!! この摩耶様にもガトリング!! マシマシで!!!!』

 
 

あれは音の洪水、欲の洪水だった。

 
 

『えぇと・・・・・・まぁその、追々に、順番にね?』
『はいはい要望はこの用紙に書いて提出してくださいねー。一度に言われたって無理ですからねー』
 圧倒的圧力。明石が助け船を出してくれていなかったら、そのまま呑み込まれていたキラであった。
 11月12日のお昼過ぎの、福江基地工廠でのこと。
 佐世保からのストライクの移送をつつがなく終え、350mm大型レールキャノン・ゲイボルグ縮小化等の兵装コンバート実験を成功させ、呉のシン・アスカが西太平洋戦線の窮地を覆したとの速報が入り、ビスマルクら出向防衛組の残留が確定すると、満を持してキラの艤装強化アンケートは実施された。
 実施されて、お祭り騒ぎとなった。
 例えその実現が遠かろうと、そんな事は些細なもので。
 同時に行われた、特装試作型改式艤装Ver.1.2の響によるデモンストレーションの効果も絶大であったのだろう。百聞は一見にしかずとはよく言ったもので、次々と艦娘用にコンバートされたC.E.製兵器を操っていく少女の姿が皆の闘争心に火をつけた。
 MSのパーツを取り込み再構築した特装型改式艤装なら、誰でもC.E.製兵器が使用可能となる。この日々の延長線上にその日が在る。その事実だけでテンションがうなぎ登りになってしまうのも、致し方の無いことなのだ。
『みんなよく聞いて。あともう一回言っとくけど、あくまで優先すべきは艦隊の防衛能力の強化なんですからね。今回のアンケート結果が実現されるのはかーなり先の事だかんね』
『僕らとしては、とりあえず当面は響にいろんな装備を実験してもらって、それから実装プランを考えようかと』
『えー、響ばっかりずるいっぽい』
『そうだそうだー』
『エコヒーキだー』
 なにせここ最近、良いニュースが殆どなかった佐世保艦隊である。
 ちょっと振り返ってみよう。
 まず、例の隕石落下と電波障害と【Titan】のせいで鎮守府陥落寸前まで追い詰められた。最終的にキラと響が囮となってくれたおかげでなんとか持ちこたえられたが、何かが少し違えば九州地方壊滅一直線となっていた地獄の一週間があった。
 その後は一週間かけての鎮守府復旧作業に従事して、慣れない肉体労働に悪戦苦闘。打ち上げとして食事会を開催したが、全体会議も兼ねていたので実はあんまりハメを外せなかった少女らである。
 そして突然降りかかった、痛み分けで終わったナスカ級防衛戦と、偵察衛星撃墜事件。再びの復旧作業と孤立の危機。敵は依然として目と鼻の先にいて、しかも【軽巡棲姫】をはじめとする強敵が数多く控えている。
 それでいて状況の根本的解決は、程遠く。持てる全てを発揮して、辛うじて破滅を先送りにしているような。
 客観的に大局的に見れば、よくもまぁ意地と根性だけで諦めずに戦ってこれたものだと感心するしかない悪夢的な日々だった。
 主観的に局所的に見れば、響のちょっとしたパワーアップだとか仲間の絆が深まったとかあったが、だからどうした言ってしまえばそれまでのことで。
『っ、いや、それはなし崩しというか、もうフォーマット出来てるから組み込みやすいってだけで。けっしてエコヒーキとかじゃ』
『愛ゆえに、だよね?』
『鈴谷さん茶化さないでキメ顔しないで。・・・・・・響、しばらく戦闘に主計課に僕らの手伝いにって大変だと思うけど・・・・・・よろしくね』
『大丈夫、問題ないさ。私なんかでもみんなの役に立てるのなら嬉しいよ。・・・・・・、・・・・・・例えなし崩しでも、ね?』
『・・・・・・え、あ。ち、違うよ響? 変な意味じゃなくてね・・・・・・?』
『Я это знаю。冗談だよ』
 それがここにきて、艦隊全体の戦闘力強化の告知。
 反撃の術はまだこの手の中にあると、確定した未来として皆に伝えられた。しかも強化内容は自分で選べるというオマケつきで。
 朗報に継ぐ朗報。お祭り騒ぎにならないわけが無かった。
『二人から感じるこの波動・・・・・・! やっぱ鈴谷の勘に間違いなしじゃーん。ぜったい愛だよねー?』
『ねー?』
『ああもう鈴谷さん勘弁してくださいって。榛名さんも、ねーじゃなくて』
『よぉーしお前ら、オレ達もいつまでも三人ばっかりに甘えられてはいられないよなァ? 佐世保艦隊の総力を挙げて明石達をサポートするぞ!!』
『おー!!!!』
『みんなー、お昼ごはんおまちどーさまさまでーす! 雷特製カレー、たーんと召し上がれっ!』
『イヤッフゥーーーー!!!!!!!!』
 この空気感は大凡、2日間も持続した。
 というのも、時折デュエルのセンサーが接近する敵航空戦力を捕捉、スクランブルで迎撃戦が勃発こそしたものの、この日と翌13日は珍しく全体的に平和そのものだったからだ。
 余裕のある戦力と万全になりつつある索敵システムのおかげで、かなり効率的に敵小規模偵察部隊の撃退が可能となったのだ。受動的な専守防衛などもう真っ平御免で、全戦力のローテーションで積極的能動的に平和を勝ち取るという強気な方針が功を成した。忙しいことに変わりはないが、ここ最近ではもっとも物質的にも精神的にも余裕のある2日間だった。
 ただ、だからこそのちょっとした波乱があったりもしたが。
 例えば。
 幾つかの偶然が重なり合って小一時間程、キラと響と瑞鳳がストライクのコクピットに閉じ込められたり。
 荒れ放題だった宿舎の大掃除をしている最中に何故だか、瑞鳳と木曾がメイド服を着るハメになったり。
 それを激写した鈴谷が基地敷地内を逃げ回った末にキラと衝突して、ちょっとオトナな下着を晒しちゃったのにキラの反応があんまりにも薄いものだから逆ギレしたり。
 金剛主催のお茶会に招待された暁型姉妹が、洋酒入りチョコ菓子で面白愉快なことになったり。
 とか、なんとか、その他色々諸々と。こんな感じの姦しくも穏やかなイベントがあった。「恥ずかしかったり怒ったりもしましたケド、割と楽しかったです」とは後の榛名の談。

 
 

 そして迎えた11月14日。その早朝、運命の分岐点。

 
 

「よぉーし調整完了、我ながら素晴らしい仕上がり・・・・・・! さぁて響、キラ、今日は模擬弾使用の演習で最終テスト。いつものトコでデータ取りよろしく! 瑞鳳は立会人引き受けてくれてありがとねー」
「現場での索敵は私の艦載機が引き受けるから心配しないでねっ」
 とある少女にとって、最も過酷な戦いが始まる。
「響、了解。まさか師匠と戦う前にキラと戦うことになるとは思ってなかったけど・・・・・・やるからには全力全開でいくよ」
「僕はデュエルに乗るから被害ないけどさ、ペイント弾かぁ。これ目とか口に入ったら痛いんじゃ? 髪も服も汚れちゃうし」
「昔っから艦娘同士の演習で使われてるモノだから問題ないよ」
 平和な時間をフル活用してようやっと完成に漕ぎ着けた数々の試作兵装を実戦形式でテストすべく、響と瑞鳳、そしてデュエルを駆るキラが福江基地から出撃した。

 
 
 
 

《第15話:値価の来未たげ繋》

 
 
 
 

 忘れてはならない。
 時間は万物に平等であるという、普遍的な事実を。

 
 
 

 
 
 

 福江基地西方3マイル先の、彼女ら三人にはすっかりお馴染みになった演習用海域。
 朝焼け滲む空の下、演習を始めようと体勢を整えたその矢先。
 瑞鳳の艦載機が、突然の乱入者を捕捉した。少女の叫びが、異常事態の始まりを告げた。
「演習中止、演習中止! 方位2-4-7、距離10に敵影を視認! 艦種わからないけど数10、水雷戦隊!!」
 響は瞬時に緊急事態を意味する信号弾を打ち上げると、急ぎ模擬弾から実弾に換装しつつ、偵察機で得た情報を分析する瑞鳳の元に駆けつける。
 同時に、デュエルがスラスターを噴かして跳躍、デュアルアイを煌めかせて周辺海域をスキャン。数秒の滞空を経て着水すると、少女の情報を裏付ける報告を水柱と共に上げるなり腰部からビームライフルを取り出した。
<こっちでも捉えたよ。でもこの時間にこの位置・・・・・・なんでこんなに接近されて・・・・・・いや違う、誰か追われてる人がいる!>
「追われてるって、どういうこと?」
「あれって利根隊じゃない! 負傷してる子が複数、航行速度もだいぶ落ちてるみたい。このままじゃ・・・・・・!」
「加勢しよう。ほっとけないよ、そんなの!」
<うん! 行こう二人とも!!>
 結論から言えば。
 その戦闘自体は特に特筆することなく終わった。
 敵の戦力はまずまずのもので、哨戒活動中に不意打ちの長距離雷撃を喰らってしまった利根隊は負傷者を多数抱えての防戦に徹するしかなく、なんとか福江基地周辺まで後退してきて今に至るとのことだった。
 敵小規模偵察部隊としてはなかなかにデキるヤツとは、瑞鳳に促されて海域を離脱した利根の評。
『我輩としたことが面目ない・・・・・・。すまぬ、ここは任せたぞ!』
『任せて。送り狼は一匹も通しやしない』
 しかしいざ響達が両艦隊の中心に割り込むと、敵水雷戦隊は何故か反転して逃走開始、その2分後には全滅した。逃げに専念する敵艦相手に少々骨が折れたが、三人の圧勝であった。
 何かがおかしいと感じた。
「・・・・・・・妙だったね」
「うん。勝つには勝ったけど・・・・・・ちょっと裏があるかも。追加で偵察機を発艦してみるわ」
<やっぱりそうだよね。こっちも全センサー、レーダー最大出力で調べてみるよ>
「キラ、瑞鳳、データリンク機能を試してみたい。情報をこっちにまわして」
 手応えがなさ過ぎる。あまりにも。
 鹿屋の精鋭部隊の一つである利根隊をここまで追い立てたというのに何故連中は逃げ出したのだろう。まともに戦っても結果は同じだったが、それにしたって。
 有象無象のイロハ級が死を恐れるわけがない。
 深海棲艦は通り一辺倒の突撃だけが脳のイノシシではないが、総じてその行動原理は人類への凄まじい敵意だ。この2日間で、連中はモビルスーツの巨体と対峙しても畏れず、あらゆる戦術を以てして果敢にデュエルへ挑んできたこともあった。ソレほどまでの攻撃衝動の塊が、深海棲艦という存在だ。
 なのに。
 まるで攻撃の意志を感じられない水雷戦隊の動きに、三人は戸惑った。
 これは普通じゃない。
 何か見落としている。
 敵が予想外の行動を採ったとなると、作戦の一環と考えればしっくりきた。
(データリンク起動、システムオールグリーン・・・・・・、・・・・・・対水上電探、対空電探、ソナー共に反応なし、大口径砲射程圏内に敵影なし。機雷の可能性もない。デュエルと瑞鳳でも見つけられないなら、他に何が?)
 これが榛名や木曾だったらすぐ論理的に敵の狙いを看破できるのだろうが。生憎と響にそんな頭脳は無く、キラと瑞鳳にも適性があるとは言い難く、僅かに得た直感を足がかりに一つ一つ推察していくしかない。
 考える。
 見渡す。
 見渡して、ようやっと気付いたことがあった。
(だいぶ基地から離れてしまってる。意識してなかったけど、かなり南下してたみたい・・・・・・、・・・・・・まさか?)
 まさか、誘い込まれた?
 遅まきにして、自分達が初歩的なミスを犯してしまったと気付く。慢心していたつもりはないが、一時的にでも己の現在位置を見失っていたとは。今敵に襲われたら救援は期待できない。
 ならば先の水雷戦隊は罠か囮か。狙いは自分達三人か。だが・・・・・・その先は?
 少なくとも今現在、周辺に響達に干渉できる動体反応は存在していないと、少女が新たに装備するヘッドギアが教えてくれている。観測できる範囲では、三人の安全は保証されていると言っていい。
 ならば尚のこと、狙いがわからない。
 いや、そもそも。
(希望的観測は禁物だけど、ただの考えすぎ・・・・・・なのか?)
 仮に敵の策に嵌まっていたとして、こんな都合良く展開が進むのか?
 考えすぎなだけじゃないか?
 だって自分達は演習の為に出撃して、利根達を助けるべく勃発した戦闘は偶然の産物だ。
 【軽巡棲姫】は、そこまで読めるものなのか。読めるとしたら、今の自分達の状況に説明がつかない。だって空母とモビルスーツの索敵能力を欺ける存在など、聞いた話では、この世にシン・アスカのデスティニーだけしか居ないのだ。
 そう考え込んでいると、瞳を閉じて意識をいっそう集中させていた瑞鳳が声を上げた。
「・・・・・・ッ!? 方位0-9-6に大型の機影1! あれはヴァルファウ!! 距離は――」
<来たんだね。そろそろ来る頃合いだって木曾さん言ってたけれど、本当に・・・・・・>
 回答は予想外のベクトルから割り込んできた。
 大気圏内用大型輸送機・ヴァルファウの襲来である。
 基地の南西に位置する響達から遠く離れた、南東からのルートで基地に向かっている模様。この時間にあの位置と高度であれば、哨戒中の【阿賀野組】が既に捕捉している筈だとキラが付け加えた。福江基地は今頃てんやわんやだろう。
「急いで戻らなきゃ!」
「だね。私達が遅刻したせいで準備が台無しになっちゃ・・・・・・、・・・・・・いや。それが狙い、だったのか?」
<可能性はあるよ。現に僕達はこうして、敵から一番遠いところにいる>
 目的は、デュエルの隔離か。
 佐世保艦隊がこうも後手に回ってしまっている原因の一つが、あの輸送機だ。
 過去に二度決行した空挺降下によって、二度も辛酸を舐めさせられた。しかも、此方はヤツに掠り傷の一つすらも負わせられなかったのだ。
 戦艦の砲は長射程といえど高高度を高速かつフラフラ飛ぶものを狙撃できるようには造られておらず、ヴァルファウも長きにわたる戦いで此方の射程圏を把握している深海棲艦が操っているだろうから、必然の結果だったのかもしれないが。
 逆に言えば、敵はそれだけの実績と確信を持っているということだ。空母級だろうが戦艦級だろうが、艦娘はヴァルファウに攻撃できないと。
 けれどその実績と確信は、キラの操るモビルスーツには通用しない事は明らかだ。
 ビーム兵器やレールガンの射程と威力なら、届く。今までとは逆に、一方的に輸送機への攻撃ができる。この事実は【Titan】を運用している深海棲艦達も重々承知だろう。
 だからこそ、こうして水雷戦隊を囮にして三人を誘い出したのかもと、響は悟った。
 偵察機によって確認できた敵戦力は、深海棲艦をしこたま積載しているであろうヴァルファウが1機と、ナスカ級争奪戦時の3倍に値する規模の水上打撃部隊と空母機動部隊、そして【Titan】5体を含む水雷戦隊。加えて十中八九、更に【Titan】数体と潜水艦部隊、そしてスカイグラスパーを伏せていると見るべきか。
 遂に敵の本気、様子見も出し惜しみも一切無しの侵攻部隊が、真っ正面から堂々とお出ましというわけだ。
 デュエルさえいなければ、障害は存在しないと。
(・・・・・・いや、でも・・・・・・?)
 対ヴァルファウ戦自体は、これから起こりうる大きな危機の中でも、特に高い確率で発生するだろうと考えられていた。むしろ、艦隊首脳陣はそろそろ【軽巡棲姫】が痺れを切らす頃合いだと踏んでさえいた。
 佐世保艦隊はこれを待っていたと言ってもいい。
 既に対抗策は編み出している。実施したアンケートとは別途に、全員で準備を進めた仕掛けがあるのだ。まだまだ完全とは言えないが、厄介な輸送機や巨人を撃退する計画が。
 その計画の主役は、デュエルではない。
 計画の要点は、別の存在が担っている。
 とはいえ三人が不在では、事が想定通りに進まなくなる。それぞれに別の、重要な役割があるのだから、響達が参加しなければならない事に変わりはない。
 こんなところで油を売っている暇はない。
 急いで艦隊に合流しなければ。
<二人とも手に乗って。開戦には間に合わないかもだけど、デュエルの速力ならまだなんとか・・・・・・>
「あ、ちょっと待って。先に天山と烈風改を発艦しちゃうから。少しでもみんなのフォローしなきゃ!」
 デュエルが腰を屈めて、二人の少女に両手を差し出した。
 エールストライク程ではないが、キラ仕様に装備を整えたこの機体なら艦娘の航行速度よりもずっと速い。ロスは幾らか軽減できるだろう。
 なんとしても計画の歪みは最小限に抑える。
(違う。違う感じがする。本当にこれで、敵の作戦が・・・・・・?)
 無数の艦載機を発艦させる瑞鳳の傍らで、響は違和感を覚えた。
 確かに【軽巡棲姫】からしてみれば、キラとデュエルの存在は特別視すべきものだ。艦隊から隔離させようとしたのは順当と言えるし、実際のところ効果的だ。
 でも、と思う。
 でも、これだけなのか?
 これでは片手落ちではないか。策に疎い響でさえ、自分だったらここで戦力を投入すべしと思うのだ。あの奸計に秀でた敵が、こんな各個撃破のチャンスを見逃す筈がない。
隔離するだけで済ませる理由がない。
 違和感。
 敵は、来る。
 来なくてはおかしい。
 ここは、危ない。
 再び周囲を見渡す。
 何もない。
 けれど絶対に、ここは危ない。

 
 

 だってほら、こんなにも殺気を感じるんだ。

 
 

 ゾワリと首筋に冷たいものを感じて、響は咄嗟に叫ぼうとした。
 だが遅かった。
 本当に遅かった。
 何故ならば、少女らは海に出た時点で敵に漁すなどられていたからだ。
「ッ、ソナーに感! ――真下!?」
<レーダーに反応! ――真上!?>
 同時に響く、真逆の声。
 真下からは、一つの影。
 真上からは、一つの光。
 そして真下から二つの光が生まれて。
 そして真上から二つの影が落ちてきた。

 
 
 

 
 
 

「――この感じ、もしかして・・・・・・? でもこのイヤらしいプレッシャー・・・・・・アイツ、本当にしつこいっぽい!!」

 
 
 

 
 
 

<二人とも避け――くぅッ!?>
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁーーーー!!??」
「ッぐ、あぁぁぁぁああぁぁ!!!!」
 軽空母瑞鳳、右舷艦尾に被雷、右舷スクリュー喪失、大破。
 駆逐艦響、左舷中央部に被弾、増設装甲及び第一装甲貫徹、中破。
 艦娘である少女達だが、通常艦艇に例えると被害はこのようになる。
 では現実はどうか。
 二人の少女と、彼女達の傍らに待機していたモビルスーツは、どのようなダメージを負ったのか。

 
 

 瑞鳳は、真下から突然出現した魚雷をまともに喰らい、右脚の膝から先を持っていかれ。
 響は、天から降り注いだ荷電粒子ビームによってPS製大型シールドごと左腕を貫かれ、喪った。
 そしてデュエルは、海中から飛び出してきた無数のミサイルで吹き飛ばされ、背部スラスターユニットを大きく損傷していた。

 
 

 完全な、完璧な奇襲。
 艤装のダメージ分散処理能力を超過した一撃に、実害以上の致命傷をもらった。
 ほんの一瞬の出来事で、頭が追いつかない。けれど染みついた戦士としての本能は、殆ど自動的に傷ついた躰を振り回して少女に倒れるだけの余裕を与えなかった。響が意識を取り戻した時には、既にその身はうずくまる瑞鳳へ肩を貸そうとしていた。
 全身を支配しようとする喪失への恐怖は、必死に押し殺す。
「瑞鳳! 大丈夫!? 返事をしてくれ!!!!」
「な、なんとか・・・・・・痛ぅ! ・・・・・・でもちょっと、無理っぽいかも。航行できないよ・・・・・・」
「ダメージコントロール、応急処置を・・・・・・! 私が曳航する、走るよ!!」
 脚部スラスターのみで跳躍したデュエルを傍目に、響は常備している特殊な包帯を取り出し、右手と口だけで素早く止血を行う。これまでの戦争で、艦艇であった第二次世界大戦期と同じように大破と出撃を繰り返してきた【不死鳥】にとっては、久々だが手慣れたものだ。
 それにしたって四肢の一部欠損なんて本当に久しぶりで、大口径砲の直撃クラスのダメージでもなければ滅多に起こることではない。それがこうも、容易く。己の勘の悪さを反吐が出る。
 が、一撃で轟沈しなかっただけマシだ。
 自分の左肩と瑞鳳の右膝への処置を終えると、続けていつもの大型アンカーの鎖を瑞鳳のお腹に巻き付けていく。
「曳航って、どうやって・・・・・・――駄目!! そんなことしたらっ」
「質量制御でギリギリまで重量抑えて。キラが時間を稼いでくれている内に、早く!」
 瑞鳳の極常識的な指摘を一蹴し、響は青ざめた顔のまま必要な作業を全てこなした。
 通常、駆逐艦単艦で空母を曳航なんて不可能だが、そこは不思議存在たる艦娘、少女としての重さと艦艇としての重さを使い分けることなど朝飯前だ。勿論、響にはかなりの負担が掛かるが一刻の猶予もない。
 機関全開、最大出力で航行開始。鎖がピンと張り詰めて、艤装がギギギッと悲鳴を上げて、響は片足だけの瑞鳳を曳航する。自身も隻腕であるのでバランスは悪く、速度は常の半分程度まで落ち込んでいた。
 それでも一緒に動かなければ。逃げなくては。
 響は、一体何が起こったのかを全て理解していた。全ては敵の策、【軽巡棲姫】の罠にまんまと嵌まってしまったのだと。
敵は少なくとも3体存在し、すぐ近くにまで迫っている。響がビームに灼かれる寸前に見えたモノが、見間違えでなければ――
<響、瑞鳳!! 早く逃げるんだ! デュエルじゃ抑えきれない・・・・・・!!>
 切羽詰まった青年の叫びと、海が裂ける音。
 振り返れば、海上に叩き落とされたデュエル目がけて空中から6発のミサイル、海中から4発の魚雷が疾る様が見えた。幾つかは頭部近接防御機関砲で撃ち落とすが仕留めきれず、3発被弾。爆炎に包まれ蹌踉けたデュエルは、間髪入れず飛び込んだ【軽巡棲姫】の膝蹴りで弾き飛ばされる。
 勿論、そこに他2体の追撃も殺到する。
「キラッ!!!!」
<ちぃ! やらせてたまるかァ!!>
 蹈鞴を踏むデュエルに襲いかかる、見慣れぬ漆黒の機械人形。全体的に直線で構成された、スラッとした四肢に、複雑な面構成のボディ、アンテナとゴーグル付きの頭部を有した、約18mの鋼鉄の巨人。背に大型水平翼を装備したそのシルエットは、エールストライカー装備型ストライクと酷似していた。
 ビームサーベルを抜きながら水平翼からミサイルを放って突撃するソイツに対して、キラはあえて前進、懐に潜り込みシールドバッシュで突き飛ばすと反転し、振り向きざまのビームサーベル横凪一閃、海中から放たれたダーツ状の砲弾を切り払う。
 更にもう一回転、デュエルは体勢を崩した漆黒の巨人に回し蹴りを喰らわせようとしたが、【軽巡棲姫】の牽制射撃で断念、代わりに左手の115mmレールガン・シヴァで海中に潜むもう一機を狙撃した。
 しかしギリギリのところで海上に飛び出して砲弾を躱したソレは、全体的に曲線で構成された約20mの鋼鉄の巨人。漆黒で彩られた非人型な流線型のフォルムには、まるでイカのような愛嬌があった。
「【姫】と、モビルスーツ!!」
「2機もいる・・・・・・! それにアレ、もしかして水中用なの!?」
<ウィンダムに、グーンなんて! なんでこんな機体がッ>
 【GAT-04 ウィンダム】と【UMF-4A グーン】。
 片や旧地球連合がC.E.73に製造した、カタログスペック上では【GAT-X105 ストライク】と同等の性能を持つ汎用主力量産機。ジェットストライカーを装備したウィンダムの戦闘力はエールストライクを完全に凌駕する。
 片や旧ザフトがC.E.70に製造した、その水中での高い機動性を活かした対水上艦戦と対潜水艦戦を得意とする水陸両用量産機。水中巡航速度50ノット以上と通常水上駆逐艦よりも遙かに高速で、攻撃能力も潜水艦以上だ。
 どちらもこの世界の、この時代の兵器では勝負にならない程の性能を持っている。
 その上、深海棲艦に侵蝕されたことで基本スペックが断然向上しているようだった。例えば本来ウィンダムの装甲は【ZGMF-X56S インパルス】の20mm機関砲で貫通できる程度だったというのに、今ではデュエルの75mm機関砲の直撃もノーダメージである。
 そして【軽巡棲姫】。
 腰部に大型スラスターユニットを増設し、機動性を大幅に強化した【姫】が、2機の漆黒のモビルスーツを従えていた。
「そんな・・・・・・どこから・・・・・・? あんなの全然、見つけられなかった・・・・・・」
 数で言えば3対3。
 ただし、今の響達が三人がかりで戦ったとしても、たった1体相手に生き残れるか否かといったところか。
 もう一度確認しよう。
 響は左腕を喪い、瑞鳳は右膝から先を喪い、デュエルは背部スラスターユニットに損傷を負った。
 戦闘続行困難なレベルの損傷だ。
 対するウィンダムはコーディネイターのエースが操っているのかと錯覚する程に機敏に飛び回り、機動性を喪ったデュエルにビームの嵐を浴びせかけていく。とんでもないスピードで水中を泳ぐグーンは常にデュエルの背後をマークし、両腕の対潜・対空両用ミサイルとフォノンメーザー砲でもって三次元的な攻撃を仕掛けてきてきた。追加装備で水上艦最速となった【軽巡棲姫】は、人間大という小柄な体躯を活かして悠々と懐に飛び込んでは次々と拳や蹴りを繰り出している。
 馬鹿げてる。
 絶望の文字がそのまま具現化したようだった。これまでの戦いが全て茶番に思えるような、圧倒的戦力差。
 響は右手の13.5cmライフル型単装砲を構えると、呆然と呟いた瑞鳳に力なく応えた。
「迂闊だった・・・・・・伏せられてた、網を張られてたんだよ」
「え?」
「狙いは私達だったんだ。さっきの水雷戦隊もヴァルファウも囮で、向こうはずっとこの機会を伺っていた」
 殆どのケースで、絶望的な状況というものは突然やって来るものだ。
 しかし予兆はあったのだ。あったのに見落とした。響達は、三つのミスを犯した。
 一つはこの2日間で、テストの為とはいえお馴染みと言える程に演習用海域へ出撃したこと。敵が観測してない筈が無かったと、今なら解る。此方の索敵範囲まで見抜かれていたのだ。
 二つ。期は熟したと言わんばかりに利根隊を襲った水雷戦隊の不審な動きを、早々に見抜けなかったこと。
 三つ。自分達の索敵能力を過信したこと。敵は透明化していたわけでも、ワープしてきたのでも無い。ウィンダムと【姫】はずっと索敵範囲外の高高度で待機していて、グーンはソナーに反応しないようにずっと水中で息を潜めてたのだ。此方の死角を突くカタチで、完全かつ完璧な奇襲を成功させる為に。
 忘れてはいけなかった。
 時間は万物に平等であるという、普遍的で絶対的な事実を。
 3日間で艦隊全体の強化を図った佐世保と、極端な一人狙いを謀った深海棲艦との差がこれだ。
 結果、福江基地から遠く離れたこの海域で。今更信号弾を打ち上げたところで援軍の到着まで時間を要する距離で、連中と相まみえることになった。そもそも全員が対ヴァルファウ戦に集中している筈だから、三人の危機に気付いていない可能性が高い。
「でもだからって、はいそうですかってやらせるものか・・・・・・!」
 現状はよくわかった。
 冷静に考えるまでもなく勝算は皆無で、詰んでいる。逆転は万が一にも有り得ない。
 認めなければならない。響達は戦略でも戦術でもまた敗北を重ねたのだ。しかも今度は、本当に致命的な。
 自分達はここで沈むかもしれない。少なくとも、背を見せたら一瞬だ。
 巫山戯るな。
 だとしても最後まで抗ってやると、響は拳を握る。
 キラが危ない。
 瑞鳳が危ない。
 やっとちゃんと二人と仲良くなれたのに、自分だけなら兎も角、大切な人達までも死なせてしまうなんてことは到底我慢ならない。
「このままじゃ逃げられない。瑞鳳、飛んでるヤツを牽制してくれ!!」
「う、うんっ! やってみる!!」
「キラは海のヤツを抑えて! 私達じゃ無理だ!」
<響と瑞鳳だけでウィンダムと【姫】を!? 無茶だ!!>
「やらなきゃならないだろう!!!!」
 戦え。
 逆転は万が一にも有り得ないが、億に一つになら在るかもしれない。言葉遊びでしかないが、ソレを戦って掴み取らねば生存は有り得ない。
 信じろ。
 自分達三人なら絶対に大丈夫。いつだって祈りは届かない、こんな無情な世界だけど、強い祈りは今を生きる糧となる。
想いを糧に、今を生き抜く為に戦え。抗え。
 そうでなきゃきっと、生きてる意味なんてない。
「ここを切り抜けて、ヴァルファウ戦にも合流する。そして勝つ。それ以外の未来はいらない」
 3分も持ちこたえれば勲章モノ。
 かくしてここに誰も認知し得ない、三人だけの、絶望との戦いが始まった。

 
 

「――夕立、参上っぽい!!!! 状況はよくわかんないケド、あのオンナの相手は任せて!!」
「し、師匠!!??」
「ヘェ・・・・・・キタノネェ・・・・・・、・・・・・・ユーゥーダァ・・・・・・チィーーーー!!!!!!」

 
 

 訂正。
 頼もしい味方が一人、雰囲気をブチ壊しにして【軽巡棲姫】にドロップキックをかました。
「だから師匠呼びはやめ・・・・・・、・・・・・・どーやらふざけてる余裕はないっぽい?」
「うん」
「ぽいー・・・・・・あとちょっと耐えれば榛名さんの射程に入る。それまでアイツは抑えるから、なんとか生き延びて。・・・・・・夕立の弟子に手を出したこと、死ぬ程後悔させてやる」
 構図は三つに分かれた。
 キラVSグーン。夕立VS強化型【軽巡棲姫】。響&瑞鳳VSウィンダム。
 目指すは生存。ただし援軍が来ても状況は好転するとは限らず、むしろ被害が拡大する可能性も大いにあり得ることを重々留意されたし。
 そして最後一つ、忘れてはならない事が、もう一つ。

 
 

 絶望は、少しだって薄まってはいないという目の前の事実を、現実を、忘れてはならない。
 先に断言しておこう。この戦いに、奇跡は有り得ない。

 
 

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