《第18話:シュレデンガーの翼たち》

Last-modified: 2020-04-16 (木) 20:34:22

 私は。
 わたしは。
 死にたくはないんだ。死は怖いんだ。でも、わたしなんか生まれてこなきゃよかったって、思うんだ。
 だってそうだろう。
 死ぬべきところで誰かに助けられ、その誰かが代わりに沈んで、その繰り返しで、結果残されたのが【不沈艦】などと持て囃されるわたし。【不死鳥】の二つ名を持ち、旧日本海軍に運用された艦として最後まで生きた、かつての駆逐艦の響。
 そんなわたしが、みんなの為にできたことはなんだ? 鋼鉄の艦艇であったわたしは確かに戦った。確かに何隻か敵を沈めて、生き抜いた。戦わずして沈んだ艦も多くいることを考えれば、それは確かに誇りだ。けどそれが何になった?
 戦って、なんになった。
 AL作戦の一環として参加したキスカ島攻略作戦でわたしは艦首を失い、暁に守ってもらいながらの帰投を余儀なくされた。一時的に占領できたキスカ島とアッツ島は最終的に奪い返され、そもそもMI作戦の陽動だったのに、当のMI作戦は日本国の敗退で終わってしまった。
 船体修理中に、暁と夕立がソロモン海戦に散った。
 雷が対潜任務中に消息を絶ち、一ヶ月後、電がわたしと持ち場を交代した直後に、敵潜水艦にやられた。暁と雷が逝った時に、わたしはその場にいなくて、電が逝った時、わたしのすぐ近くだったのに仇は討てなかった。
 マリアナ沖海戦に補給部隊護衛として参加し、主力機動部隊が壊滅し、敗走して。
 損傷した輸送船救助の任を受けたが、不意の魚雷でまた艦首を損傷し、更に不運が重なって一旦修理に帰投したら救助予定だった船を沈められ。日本艦隊の総力を挙げたレイテ沖海戦敗退の報を、修理中に聞いた。
 後に大和水上特攻と呼ばれる、艦隊最後の戦いであった坊ノ岬沖海戦に招集されたものの、移動中に触雷して脱落。その際に呉まで護衛してくれた朝霜が帰ってくることはなかった。
 そして8月15日の早朝に、海軍最後の射撃をして、終戦。
 以後、復員輸送艦として行動して、賠償艦としてロシアに渡って。結果わたしは生き残って、1970年代まで――誰よりも長く生きた。
 否。なんてことのない所で損傷し、大事な作戦にばかり参加せず、無為に生き存えた。
 さして大きな戦果を挙げたわけでもなく。
 さして大きな役割を担ったわけでもなく。
 雷や電みたく誰かを助けたわけでもなく。
 最後まで生き残って結局、なにも成せず。
 わたしが生き残って、なにが好転した? 乗組員達には申し訳ないが、死に損なっただけだ。
 なにが不沈艦だ。
 なにが不死鳥だ。
 わたしは死神だ! 同じ過ちを繰り返して、親しい人ばかりを死に追いやる死神だ! ふざけるな、不死鳥なんて言葉で飾るな!!
 そんなもの欲しくない。死は怖いけど、それ以上に、みんなと一緒にいたかった。独りでいることのほうがずっとずっと恐ろしい。いっそみんなと一緒に沈みたかった。戦って沈みたかった。それが成せぬのなら。

 
 

 わたしなんか生まれてこなきゃよかったんだ!

 
 

 でもわたしは生まれた。
 大日本帝国海軍特Ⅲ型駆逐艦二番艦の【響】として、後に艦娘の暁型駆逐艦二番艦の響として、わたしが生まれた事実は覆らない。例に漏れずわたしの魂も生まれ変わった。
 生まれ変わって、弱くなった。艦艇としての記憶に囚われ、戦場で脚が震えて動けなくなるぐらい、艦娘としてのわたしはいっそ笑えるぐらい弱かった。
 だって死神だから。
 わたしが動けば、また繰り返すかもしれない。誰かが巻き込まれて、自分の代わりに沈むかもしれない。みんなと一緒に戦えば、また自分だけが取り残されてしまうかもしれない。守りたいものがあるのに、まだこの手にチャンスがあるのに、わたしこそが台無しにしてしまうかもしれない。そう考えたらもう戦えなかった。
 こんな己が憎い。憎らしい。それでも浅ましく生を求めてしまう己が嫌い。大っ嫌い。

 
 

 ごめんなさい。生き残ってしまって、生きていて、ごめんなさい。

 
 

 それでも海に出なければならない。戦力に乏しい人類側なのだから、出撃を命じられたら従事するしかない。
 弱いわたしは後方支援隊に組み込まれた。提督の采配には感謝している。一緒に戦いたいという潜在的な願いと、戦ってはならないという現実的な畏れを同時に叶えてくれて、それに、人見知りなわたしの周囲を姉妹達と瑞鳳達で固めてくれたのだから。もっとも、その気遣いに応えられたとは思えないけれど。
 そんなわたしだったから、艦娘としての夕立に憧れたのは必然だったのかもしれない。
 憧れた。
 己と同じく駆逐艦の身でありながら、単騎でありながら敵艦隊と互角以上に渡り合う、自由奔放勝手気ままなその姿に憧れた。横須賀の夕立、金髪黒衣の【狂犬】。
 その様は天啓に等しかった。あんな風に自由でいれば、しがらみを全て振りほどけるのではないか。みんなと同じ海で、みんなに頼らず敵を圧倒できれば、もう誰も巻き込まなくなるんじゃないか。なにも為し得ないまま死に損なった者の責任として義務として、強くあれるのではないか。
 そう願って、夕立を師匠と呼ぶことにした。
 横須賀へ渡る際に、氷の仮面を被って、あえて自らを【不死鳥】と称することにした。
 決め台詞のように「不死鳥は伊達じゃない」と唱えれば、自己嫌悪で心がすり減った。そう、心を殺すのだ。文字通り心を殺して、入れ替えるのだ。新天地で、最後まで戦い抜いた栄光の不沈艦・響を演じるために。
 そうすると不思議と、呪いのような不死鳥も死神も出てこなくなった。何故かと考えて、心を殺したからだと結論付けた。
 そして【私】は強くなった。あの時雨と雪風を、後続の高性能駆逐艦娘を差し置いて、最強と謳われる夕立に匹敵するぐらい強くなって、不沈艦の名に恥じない数々の戦果を挙げた。
 嬉しかった。私が【私】であれば【わたし】が畏れた全てを超えられるのだ。
 けど本質は変わらなかった。クールで飄々とした態度を気取っていても、心の底にこびりついた畏れと怯えは消えず、いつまでも弱い【わたし】はちょっとしたパニックで顔を出して前後不覚になって、死神を呼び寄せてしまう。
 だからか、自傷のような、浅はかな接近戦嗜好は私に一種の存在意義を与えてくれた。無意識の内に、接近戦に拘ることで何かが赦されると思っていた。誰かを守るなら一番確実な手段だからと、自分の事を勘定に入れず。

 
 

 これでいい。私はこれでいい。

 
 

 でも。
 なんでだろう。
 キラ・ヒビキという男に逢って、何故か、どこかの歯車がズレた。一緒といるとなんでか少し安心してしまうようになっ た。思えばあの時から【私】という仮面は砕けつつあったのかもしれない。
 そしたらいつの間にかキラと、いつしか疎遠になっていた瑞鳳と行動を共にするようになっていた。
 ナスカ争奪戦でなにかが芽生えようとしていると感じて、もっと前に進めると思って、瑞鳳ともちゃんと仲直りできて、もうこれからは絶対大丈夫だと根拠なく信じられた。
 そして、それからの日々がとてもとても、酷く楽しかったから。
 仮面が外れかかっていることに、気づけなかった。無自覚にわたしが表に出ていた。
 不死鳥が、死神が来た。
 瑞鳳が、夕立が、キラがいなくなった。
 つまりそういうことだ。またわたしだけ一人で助かった。
 本質は変わらない。
 そうだ。
 そうだったのだ。
 何も変わっていない。全てが幻、勘違い、無駄だったのだ。前提からして間違っていたのだ。心がどうこうなんて、そう思い込みたかっただけなのだ。
 響という存在そのものがこの世界の害悪だったのだ。いてはいけないものだったのだ。
 そういう運命なら。みんなの事を真に想うなら、生まれてこなきゃよかったと思うなら。
 消えるしかない。完全に消滅するしかない。今すぐに。死にたくないとかいう、甘ったれたわたしの意思なんてゴミ屑同然なのだから――

 
 

(――違う!!!!)

 
 

 ――・・・・・・?
 ・・・・・・、・・・・・・誰・・・・・・?
(そんなの絶対に間違ってるもん!! 響がそんなの、違うんだからぁ!!)
 誰かの声。
 内側から響く誰かの声が、懐かしくて涙が出そうになる声が、突然、わたしを否定してきた。
 なんなんだ、一体? ・・・・・・否定してくれるのは嬉しいけど、嬉しいと思うわたし自身が世界の癌なんだ。放っておいてくれないか。
(嫌!!)
 いやって・・・・・・
 そりゃわたしだって嫌だよ。怖いよ。でも仕方ないよ、死神はこの世界にいちゃいけないんだ。
(響が死神だなんて、誰が決めたの!?)
 ・・・・・・それは。
(あーもう、もしかしたらって思ってたら本当にこの子は・・・・・・、・・・・・・こうしてても埒があかないわね。変に頑固なのは知ってるから強行手段でいくわよ)
 なにを、と思った時には、わたしの意識がふわりと浮かび上がるのを感じた。
 本当に一体なんなんだ。ヒトがせっかく死ぬ為の準備をしていたのに、最後に覚悟を決めようとしていたのに、いきなり割り込んで台無しにして。なんなんだ、これ以上わたしに生きろと言うのか。やめてくれ。もうたくさんなんだ。
 ねぇそこの誰か、もしわたしのことを想うなら私の代わりに暁達に、祥鳳達にごめんと伝えてくれないか。それだけが心残りなんだ。そうしてくれれば満足だから。
(ううん、大丈夫よ響。貴女は大丈夫なの。・・・・・・だから瞳を開けて? 私達はそんな貴女が好きで、受け止めたいって思ってるんだから。たとえ死神だって、私達は貴女を、響を救う為にここにいるんだから)
 ――だから、生きて。
 その言葉を最後に、誰かの声は聞こえなくなった。同時に、光がわたしを包んだ。
 暖かい光。
 あっけなく、わたしが頑張って固めようとしていた覚悟を粉砕した光。抵抗しようとしても、できない光。どこか懐かしい、躰をぎゅっと抱きしめてくれるような光。勝手だ、そんなの望んでないのに。
 導かれるようにして、わたしは、二度と目覚めまいと思っていたセカイに目覚めた。

 
 
 
 

《第18話:シュレデンガーの翼たち》

 
 
 
 

「・・・・・・生き、てる・・・・・・」
 まどろみから醒め、重く閉ざされていた瞳をこじ開けて、第一声。しわがれた声が、知らない空間に虚しく消えた。
 視界が霞む。耳鳴りが酷い。身体が重くて熱っぽい。しかし残念ながら思考はクリアという、なんとも最低最悪のコンディション。
 生きている証。
 夢の中で己の絶対的な消滅を願って、お節介な誰かに邪魔されて、目覚めて。わたしは生きていると、響は絶望と共に認識した。
「なんで・・・・・・?」
 戦士としての本能が、少女に状況の把握を迫る。なにがどうしてこうなったと、理路整然とした理屈を構築しなければならないと迫る。生きているから、生きろと言われたから、生きる為の努力をしなくてはならないと。
 生きるということは死者の上に立っているということで、死者を想うのなら、よほどの覚悟が無い限りは生き続けなければならないのだ。その覚悟を壊されたわたしの運命は、まだ続いていく。
 これもまた運命か。
 仕方なく、響は今感じているモノの分析を始めた。
 感覚。仰向けに寝ている。身体は満足に動かせず、首を動かそうとするだけで痛みが走る。
 視覚。薄暗い部屋。見たことのない白い天井に、裸電球がぶら下がっている。なんとなくテレビで見た一般住宅のソレに似ている。
 触覚。柔らかい布の感覚。よくわからないけど多分、布団の上。
 聴覚。耳鳴り、心臓の音、呼吸の音。
 味覚。鉄の味。
 嗅覚。埃の匂い。
 総合して、ここはどこかの民家なのではないかと推測する。
 何故?
 ウィンダムと戦って、瑞鳳がやられて、わけがわからなくなって海に飛び込んで、瑞鳳の後を追ったのまでは覚えている。そうしなきゃならないという使命感と、これで自分も逝けるという仄暗い安堵感で、彼女の遺体を抱いた。わたしは死んじゃったはずだと内心首を捻る少女。
 いくら不死鳥といっても、あそこから蘇るどころか陸で目覚めるなんて。それこそゲーム的なワープかなにかじゃなきゃ説明がつかない。艤装単体ならともかく、わたしにそんな機能はない。
 それに。
(左腕が・・・・・・脚も。修理、されてるの?)
 幻肢痛の類いでなければどうも、先の戦闘で欠損したはずの四肢がちゃんとあるように感じられる。艦娘といえど艤装を直さないと復活しないはずで、自然治癒はありえないのに。これもまた不可解だ。
 今の己を取り巻いている環境は謎でしかない。
 ただ、それでも一つ明確に解ることがあった。結局また死に損なった。一人だけ生き残って、かつて鎮守府で目覚めたキラとまるで同じような恰好で、一人で目覚めたのだ。あの時の彼の気分がよくわかった。
 こんなことなら、なんであの声はわたしの邪魔をしたのだと思う。こんな世界に生きていたって仕方がないのに、余計なことを。
 そもそも、
「あの声、なんだったの・・・・・・」
(あ、起きた? おはよう響)
「・・・・・・、・・・・・・んん?」
 幻聴。
 鼓膜に何の刺激もないのに、何かが聞こえるように感じること。
 おかしい、今確かになんか馴れ馴れしい感じでなんか聞こえた。具体的には、さっきの夢で聞こえたお節介さんの声が、己の内側から聞こえてきた。・・・・・・ここは地獄のような現実世界なのではないのか?
 幻聴は疲れてる時に聞こえることもあるとかなんとか。
 疲れてるのかな・・・・・・いや、うん、わたしは疲れている。あんな戦いで疲れないほど超人じゃない、身も心もへとへとだ。生き残ってしまったのなら仕方ない、よし寝よう。
(ちょ、ちょー!? 待って待って寝るの待って!? っていうかさっきまで悲壮感バリバリだったのに図太すぎない!!??)
「わたし、仲間を喪うの慣れてるもん・・・・・・、・・・・・・こういう切り替えの早さも不死鳥の秘訣。私には休息が必要だからдо свиданияだ幻聴さん」
(わー!? さっそく心を殺そうとしないの!! 目を開けてー!?)
 なんて騒がしい幻聴だろう。さっきまで悲壮感バリバリだった? あの声と光で悲壮感をまるっと潰してくれた張本人がなにを言う。おかげで沈んでいた気持ちが何処かへ飛んでいってしまった。
 だんだんムカっ腹が立ってきた響である。
 そうだ。そもそもこの幻聴は一体なんなんだ。
 遅まきに気付いたが、この、懐かしくて涙が出そうになる声で、わたしの大切な人の声で。趣味が悪い、吐き気がする。
「・・・・・・わかったよ。でも幻聴ならせめて、瑞鳳姉さんの声だけはやめてよ」
(だって私、瑞鳳だもん! 私は私の声しか出せないわよぅ!)
「・・・・・・は?」
 こいつ、なんて言った?
(はいなんだコイツとか思わない! いい響、まずは何も考えないで右を見る! 首が痛くてもここが我慢のしどころファイトー!!)
 あまりの衝撃発言に頭が真っ白になった少女はハイテンションな幻聴(?)に逆らえなくて、うっかり言われるまま顔を右に向けてしまう。首筋が痛んだが、気にならなかった。
 そこには。

 
 

 鼻先が触れる距離に、キラの穏やかな寝顔。

 
 

 えっ・・・・・・と思考が硬直する、その直前。
(はい次、左!!)
 新たな指示。
 ギギギ、と出来の悪いブリキ人形のように180度反転。

 
 

 吐息がかかる距離に、夕立のまぬけな寝顔。

 
 

 いなくなったはずの、大切な人達が、響を両側から抱きしめて眠っている。
 クラリと目眩がして、バキンという音がして、意識は一旦そこで途切れた。

 
 
 

 
 
 

「――ッハ!?」
「あ・・・・・・良かった、目が覚めたんだね。Доброе утро、響」
「起きたっぽい? ・・・・・・もう瑞鳳さん強引過ぎっ。すごくショックだろうからゆっくり説明しなきゃってキラさん言ったっぽい」
<うぅ、だってぇ。ああでもしなきゃまた響ネガティブになっちゃいそうだったし・・・・・・>
 起きたら全てが夢でした、と言わんばかりの光景がそこにあった。
 見慣れない民家の天井をバックに、心配そうに覗き込んでくるキラと夕立の姿。何処かからノイズ混じりのスピーカーで聞こえてくるような瑞鳳の声。少女がとうに諦めていたものが、あまりに呆気なく軽々しく、そこにあった。
 同時にその光景は、今までが夢でないことも物語っていたが。
 夕立の上半身は包帯でグルグル巻き、右頬に大きな裂傷が痛々しく残っていて、あの【姫】との戦いが現実のものだったと主張している。キラには外傷こそなさそうだが、紫晶色の瞳の下に色濃い隈があって、酷くやつれているように見えた。
「・・・・・・、・・・・・・っ」
 でも間違いなく生きている。
 海に消えたとばかり思っていた人達が、生きている。
 理屈も理由もどうでもいい。嬉しくてじんわりと涙が溢れてきて、ぽろりと流れて、止めどなく枕を濡らして。やっと見えた二人の姿が滲んでしまって、哀しくなって、涙が止まらない。
「どう響。僕達のこと、見えてる? 覚えてる?」
「・・・・・・う、うん。見えてる、と思う・・・・・・、・・・・・・わたしっ・・・・・・みんな、死んじゃった、って・・・・・・」
「大丈夫だよ。君も、ちゃんと生きてるって。幽霊とかじゃないんだよ」
「天国に行くにはまだ早いっぽい。すぐ元気になってアイツにリベンジかましましょ」
 見ていて安心感を覚える優しい微笑みと、戦友としての激励の言葉。弱々しく呟く響の右手をキラが、左手を夕立が握ってくれた。
<こーら急かさないの夕立。まずいろいろ教えてあげなきゃ>
「躊躇いなく患者を気絶させたヒトが言うこととは思えないっぽい」
<うぐぅ>
「まぁまぁ。実際のとこ響のバイタル落ち着いてるし、有効だったと思うよ僕は。ナイスアシスト瑞鳳」
 そして、スピーカーから聞こえてくるような声。間違いなく瑞鳳の声だ。彼女もここにいる。
 ・・・・・・いや、でも、さっきは幻聴のように、自身の内側から響いてこなかったか? 夢に介入してきたような気がするが? どういうことだろう、彼女はどこにいるのだろうと響は視線を彷徨わせる。身体は依然として重くて熱くて痛くて、起き上がれそうになかった。
 会いたい。
 瑞鳳はどうして声しか聞かせてくれないのだろうと、悲しくなってまた涙がこみ上げてきた。
(ごめんね響。本当は私も抱きしめてあげたいのに・・・・・・ちゃんと全部、説明してあげるからね)
「・・・・・・瑞鳳、姉さん?」
<・・・・・・よし。じゃあキラさんお願いします>
 内側から外側から、交互から響いてくる声に目を白黒させていよいよ混乱の極みに達する寸前に、少女の涙を拭う青年。
「キラ。瑞鳳姉さんは・・・・・・?」
「落ち着いて聞いて、大丈夫だから。・・・・・・えっとね、もう感づいてるかもだけど・・・・・・君の中にいるんだよ」
「?」
「響と瑞鳳。君達二人を助けるには、これしか・・・・・・艤装をニコイチしたんだ。二人で一つの命って感じで・・・・・・夕立ちゃん」
「実際に見てみるのが一番いいっぽい」
 手鏡。
 この民家にあったものだろうか、薄汚れひび割れたソレが突き出される。
 憔悴しきった、見たことのない顔が鏡の中にいた。

 
 

 髪型と顔つきは響のもの。けれども髪は亜麻色で、瞳は金糸雀色と、それは見慣れた瑞鳳のものだった。

 
 

 二人を雑に足して割ったような塩梅の少女が、わたしを見つめていると響は思って、それが自分なのだと気付くまでに数秒の時間を要した。
 ――これがわたし?
 キラは艤装をニコイチしたと言った。艦娘の魂であり心臓たる艤装を掛け合わせ、二人で一つの命にしたと。この容姿と瑞鳳の声こそが証明で、彼女は響の中にいるという。
 艦娘ニコイチ修理論というものを聞いたことがある。戦争初期に論争があって結局実験することなく流れたと明石が言っていたが、まさかコレが、そうなのだろうか。
 ともあれ今の響の中には、もう一つの魂が存在していることは確かのようで、すんなり納得できた。思いがけない同居人としばらく主観と肉体を共有していくことになる。なんだかこそばゆい心地だった。
(えと、突然だけど、ふつつか者ですがよろしくお願いします、響)
(ふつつか者なんて。えと、こっちこそ狭い思いさせてごめんね)
(こう言っちゃアレだけど意外と快適なのよ? ・・・・・・、・・・・・・あー、それとね? 最初に一つ、謝らなきゃいけないことがあるんだけど・・・・・・)
(わたしの過去とか気持ちとかが筒抜けだってことなら、いいよ。むしろ知ってくれて嬉しいぐらい)
(そ、そう? ・・・・・・でも、そうね。さっきは夢に割り込んじゃったケド、なるべく干渉しないようにするね)
 まるでテレパシーのような脳内会話も、ヒミツの内緒話のようで愉快だ。
 するとキラが二階堂提督お古の携帯端末を、響の枕元に置きながら言う。
「君達を回収できた時にはもう融合しかかってて、そのまま応急処置で・・・・・・僕にはこうするのが限界だった。でもちゃんと修理すれば、明石さんなら分離できる、と思う。たぶん」
「ホント、こんなことになっちゃうなんて思わなかったっぽい。事実は小説・・・・・・なんだっけ?」
<事実は小説よりも奇なり、ね・・・・・・とにかく、私達はみんなで生き残れたのよ。改めてありがとうキラさんっ、私達を助けてくれて>
 夕立がとぼけて、携帯端末から瑞鳳の声。なるほどと合点がいった。どうやら彼女の意志は、響にしか聞こえない内なる声と、外部出力用の携帯とで使い分けられるらしい。スピーカーが若干音割れしているのはガラパゴスと揶揄されている旧式携帯端末のスペック不足が所以だろうか。
 それにしても。これまでの話を総合すると、自分達を取り巻く状況は思っていた以上に少女の常識の遙か上をいくものであるようで。
 どうしよう、と響は思った。

 
 

 カタチはどうあれ皆で生き残ったという実感がだんだんと湧いてきて、どうすれば、この恩を返せるのだろうと思った。

 
 

 不死鳥も死神もやってこなかった。一人で早合点して絶望してバカみたいだけど、それもこれもこの素晴らしい仲間達のおかげで、こんなに嬉しいことってない。
 その上こんな自分なんかを肯定して、救ってくれようとしている人がいる。変な話だけれど、もう死んだっていいぐらい心が満たされる。勿体ないぐらいだ。
(あらら、すっかり泣きむし響に戻っちゃったわね)
(だって・・・・・・)
(うん、たくさん泣いて。私達はそんな貴女が好きで、受け止めたいって思ってるんだから、ね?)
 もう絶対に手放したくない、喪いたくない。
 その想いを世界に表明するかように、産声のように、響は声を上げて泣いた。

 
 
 

 
 
 

 福江島南西部にあった、廃れに廃れた無人の町。都会を除き、世界中の海沿いの町がこのように荒れ果てているといい、元より田舎だったここら一帯も例外なくボロボロのゴーストタウンと化している。
 その一角に佇む家屋に、キラは傷ついた響達を連れて逃げ込んだ。エネルギー枯渇寸前のデュエルでは基地に戻れず、みんなで生き延びるにはこの高台の家――高波などの影響が少なく割と綺麗なまま残っていて、結構レアでラッキーっぽいと夕立が言った――に勝手に隠れるほか選択肢がなかった。
 そしてあの戦いから、あの敗走から丸一日以上が経って、目覚めた響にここに至るまでの経緯を説明してから一時間が経った今、11月15日の14時03分。
 改めて振り返ってみると本当によくここに辿り着けたものだと、踊る炎をぼうっと見つめながら思うキラである。
「・・・・・・」
 かつてアラスカを目指して旅をしていた頃、オーブを発ってアスラン達と本気の殺し合いをした頃と似ているなと感じる。全てが全て、予定調和のように良くない方向へ連鎖していくあの感じ。最善を尽くしても絶対に最善に届かない、あの嫌な感じ。破滅の予兆。
 こうなることが運命に決められていた戦いだったというのは流石に過言だろうか。脳裏にある男の呪詛と、昨夜の夕立の言葉が蘇る。
『逃れられないもの、それが自分・・・・・・そして取り戻せないもの、それが過去だ!!』
『あたし達艦娘の過去というか、因子? 運命? そういうのって割と再現されちゃうのかもって提督さん言ってた。夕立はいつも意図的に顕わして戦ってるケド・・・・・・今回は四人分のそれが悪い方に絡まったっぽい?』
 此度の敗走、敗北に繋がった因子。
 かつて囮として散った瑞鳳と、混乱の中へ消えた夕立。悪運の末に生き残ってしまう響とキラ。それらの因子が運命という螺旋になって、この結果を呼び寄せたのかもしれない。デュエルとグーン、夕立と【軽巡棲姫】の戦いは正に、連鎖して破滅していくシナリオの一部だったのかもしれない。
 あの時。
 一時は負けるかもしれないとすら思ったグーンからの攻撃を、咄嗟にOSを書き換え実現した、スラスターと人類の泳法を組み合わせたマニューバで掻い潜って九死に一生を得て。
 それは夕立が【姫】相手に大博打を仕掛けたタイミングで、6本の魚雷の爆発は丁度海面近くまで浮上していたグーンの体勢をも崩したのだ。最初で最後のチャンスを見逃さなかったキラはすかさず懐に飛び込み、レールガン・シヴァをコクピットに突きつけて接射、撃破に成功する。
 しかし今度はグーンの爆発のせいで、王手をかけていた夕立の体勢が崩れて【姫】と相打ちになってしまった。被弾して海中に引きずり込まれた夕立はそれでも【姫】を羽交い締めで道連れにしようとし、そこをキラが慌てて救出した。
そして間もなく瑞鳳がやられて、響が潜って。【姫】へのトドメを断念し、融合しながら沈みゆく二人を確保して、我武者羅に戦闘海域から離脱したのだ。
 不幸中の幸いだったのは、三人の少女達の総質量がデュエルでも運べる程度のものであったことだ。質量制御でギリギリまで艦艇としての重量を抑え、かつ損傷していたからこそ、辛くも奇跡的にこの廃墟まで逃げることができた。逃げて、一夜かけて響達の修理に没頭できた。
 確かに言われてみれば運命という単語がピッタリ当て嵌まるような気がした。

 
 

 ならば響と瑞鳳の今も、運命なのだろうか?

 
 

 無我夢中でどうやったか覚えてないしもう一回やれと言われても無理としか返せないが、なんとか少女二人を無理矢理つなぎ止めた。
 容姿はかなり混じってしまったものの、二人の意識総体が変質しなかったのは奇跡としか言い様がなく、明石に艤装修理の方法を教えてもらっていて、それを実践できるポテンシャルがあって本当によかったと心底思った。なにせ自身の存在が変質していなければニコイチ修理なんて不可能だったし、よしんば形だけ修理できたとしても二人の意識は目覚めなかっただろうから。
 果たしてこれは必死に掴み取ったものなのか、予定調和なのか。沈む運命に逆らい命を救ったのか、生き延びる運命のまま響の心を折らせてしまったのか、どちらなのだろう。
 でも、どちらにせよ。
 彼女達をこんな辛い目に遭わせてしまった現実だけがここにあるのに、現実逃避に他ならない己の思考にキラは自己嫌悪する。
 どんな理由があったとしても、なにをどう言い訳しても、護れなかったのだ。
(誰かのせいにしたいってのか。本当、スペックだけは無駄にあるくせに人を護れない奴だな、僕は)
 響の雰囲気というか性格に、変化が見られた。
 瑞鳳曰くこれが元々の素だそうで、つまりは気持ちを制限していた仮面とやらが外れた状態なのだろう。それだけ心身共に受けたダメージが大きく、折れて、瓦解してしまったということだ。瑞鳳を姉さんと呼んでいたのは昔の名残か、心の防衛反応か。
 無防備に露出した彼女の有り様は、痛ましかった。いっそ泣いてる顔も綺麗だと見蕩れてしまうぐらい、悲惨そのものだった。
 出逢った時から既に仮面をつけていて、それでも尚感じられた彼女の脆さと罪悪感が剥きだしになっている。瑞鳳が望んだ優しいカタチとはまったく逆の、酷く乱暴なカタチでだ。なんでも自分のせいだって思ってるような彼女の心は、危ういを通り越し、今や自壊寸前の薄氷である。

 
 

 それこそが、己が守りたいと、救いたいと、支えたいと思った少女の現実だ。

 
 

 こんな酷い現実ってない。本来ならこんなことにならないようにするのが、自分の役目だったのに。
 一言で言えば、最低の男なのだろう。グーンなんかに苦戦して護れず、未熟な腕で事後処理だけをして胸を撫下ろしているこの自分は。己が想像するよりもずっと辛いだろうに、あえて明るく振舞ってくれている瑞鳳と夕立の強さに甘えている、この自分は。
 つくづく痛感する。
 フレイ・アルスターに正統に詰られた頃から全然変わっていないと。己という存在は誰かの心を救うのに向いていないと。こんな体たらくでよく人様を守るだの救うだの支えるだの言えたものだ。何度同じような過ちを繰り返すつもりだ。
 彼女を守ろうと思ったのは本心。救おうと思ったのは本心。支えようと思ったのも、紛れもなく本心。恩義として望みとしてそれを成そうと決めて、彼女達と共に在ることを決めた。その為の努力を惜しまなかった。
 しかしこの世は結果こそが全て。
 瑞鳳は助けてくれてありがとうと言ってくれた。でも自分には少女達に感謝される権利なんて一欠片もないのだ。傷ついた少女達の支えになりたいと未だ薄っぺらい微笑みを貼りつけているだけの薄っぺらい男に、何も知らない彼女の感謝は重たすぎる。
 不甲斐ない。
 運命がどうこう因子がどうこうなんてのは所詮言葉遊びで、つまるところ、この現実にキラは打ちのめされていた。
 打ちのめされ、理由をとってつけて廃墟の庭へと逃げて、ぼんやり焚火を眺めている自分の姿に、失望する。
(・・・・・・わかってるよそれぐらい・・・・・・今更自嘲したって自己満足にしかならないってのもわかってる。でも、それでも、まだ生きている僕はこれから何ができるのかを考えて、前へ進まなくちゃいけないんだ・・・・・・)
 この持ち前の傲慢さだけが頼りだった。
 良心の呵責を、理想論を、押し殺す。そんなものにいちいち囚われていたら生き残れないと、生きなくてはならないと問題を先送りにする。
 兎にも角にも、ここからみんなと一緒に生還しなくては。
 一刻も早く彼女達を治療して元に戻してあげたいし、なにより休息と安心を与えてあげたい。それを最低限として、もっと彼女達にしてあげたいことが沢山ある。
 それに佐世保の仲間達にも心配をかけているはずなのだ。おそらく自分達四人はMIAと、死んだと見なされているだろうから、どうにか健在であることを伝えなければ。あの気の良い仲間達は響達が死んでしまったと深く悲しんでいるに違いない。
 基地に帰れれば、きっと大丈夫。
 そういえばキラとしては他人に死んだと思われるのはこれで三度目、もしかしたら四度目になるが・・・・・・こんな変な経験ばかり豊富でなんになるのだろうと虚しくなった。
 なんて徒然考えていると、いつの間にか雨音が随分と大きくなっていることに気付いた。轟々と降りしきる大粒の雫が、屋根代わりにしたデュエルのシールドを容赦なく打ち据えている。
「っと、ホントもう。なんでこんなタイミングで嵐かなぁ」
 天を仰いで、泣きたいのはこっちだよと愚痴りたい。
 追い打ちのように昨夜から降り出した雨は弱まることを知らず、これでもかとキラ達を孤立させる。身動きを封じて、しばらくここでの生活を強要してくる。
 本当になんてタイミングの悪い。神様なんか信じていないけど、完全に見捨てられたかのよう。
 つまり。

 
 

 精神的にも肉体的にも物資的にも問題を抱えたままのサバイバルが、キラ達四人にして三人を待ち受けていた。

 
 

 帰れない。
 頼みの綱だったデュエルの稼働時間はもう雀の涙ぐらいしか残されておらず、そして残りのエネルギーでは基地に帰れない事実が、既に判明している。
 昨日のうちに夕立が町名を調べてくれて、所持していた地図と照らし合わせた結果だ。ここから基地まではどうやっても届かないぐらいの距離がある。
 しかし代用にできそうな車両等は見つからず、自力で基地へ帰ろうとすれば響と夕立を背負って歩くという非現実的な選択肢しかなく。嵐の最中にそれはあまりにもリスクが高く、下手すれば遭難してしまうかもしれない。
 かといっておおっぴらに救難信号なんか出したら深海棲艦に見つかりそうで、嵐が去った直後に砲撃されかねない。現実的に考えると基地に放置されているであろうストライク宛てにレーザー通信を送るしかなく、定期的に試みているとはいえ誰かに気付いてもらえるかは運だ。ついさっきもやってみたが応答はなかった。
 お膳立てされたかのように、この廃墟に閉じこもるしか道がないのである。
 幸い手元にデュエルに積んでいたサバイバルキットがあるので、約2日ぐらいなら食糧に困ることはないが、逆に言えばたった2日分だけだ。いざとなったら周辺の廃墟に押入ってでも食物を探すつもりだが、言うまでも無く望み薄だろう。
 問題と不安しかない。
「けど、だからって食べないわけには・・・・・・嵐がさっさといなくなるのを祈るしかない、のかな」
 ここでピピピッというアラーム音。
 視線を下げれば目前の小さな鍋から湯気がもうもう上がっていて、お粥なるレトルト食糧が食べ時であることを告げていた。もうそんな時間だったかとタイマーを止める。
 人間は常にお腹が減るもので、どんな危機的状況であってもそれは変わらない。腹が減っては戦は出来ぬ。軍隊は胃袋で動く。世界は美味いご飯で廻っている。個人も組織も状況も古今東西も問わず、気力体力共に充実してなければ良い仕事なぞ到底不可能。
 とってつけた理由であったが、臨時主計課だけど動けなくなった響と瑞鳳に代わって唯一キラにしかできない、かつ絶対必要な役割を熟すべく煮えたぎったお湯からパウチを取り出す。
「ぅアッつ!? ・・・・・・そ、そうか。この時代のはまだ・・・・・・コストの問題なのかな」
 C.E.のレトルトパウチは取っ手が断熱仕様だったのになんてどうでもいいことを愚痴りながら、おっかなびっくり中身をマグカップへ。ついでビスケットタイプの固形食糧入りパック、ミネラルウォーター入りボトル三本と一緒にお盆に載せて、ちっとも美味しくなさそうな食事ができた。はやくも瑞鳳達が作ってくれた美味しい食事が恋しくなったが、それらは破壊された艤装と共に海の藻屑である。
 こんなんで気力体力が充実するわけないが、しかし、無いよりマシだ。14日の朝食以来の食べ物に、今更思い出したように腹の虫がぐぅと鳴いた。
 そうだ。
 ものは考えようで、展望はないけど、たった2日分で美味しくなさそうだけど食糧はある、命運が尽きたわけじゃない。自分達が置かれた状況は所詮一時的なもので、嵐さえ去ってしまえば、基地との連絡手段だってきっと色々見つかる。なんなら本当に歩いて帰ってもいい。
 絶望には程遠い。それにシンもアスランもカガリも遭難経験があるんだからきっと大丈夫! と空元気で心の内にある濁りを隠すキラだった。あの少女らが一緒にいるのに弱音なんてありえない、唯一怪我をしてない己が不安でいてどうする。
 焚火を始末してから右手にお盆、左手にタオルを投入した鍋を掴み、響達のいる部屋へと戻ろうと立ち上がる。
(・・・・・・それに、希望的観測だってあるにはあるんだ。夕立ちゃんが言ったことを本気で考察するなら、この状況はまだ、どっちつかずなはずだから)
 そうあって欲しい、そうだったら良いなと思えるだけの根拠ならあると、土足のまま廃墟に上がり込みながら考える。昨夜の夕立との会話は実に興味深かった。
 何事も、ものは考えよう。サバイバルを強いられている今こそが、希望的観測の根拠になる。無理矢理にでも希望を見出すことが、可能なのだ。
 話がまた随分と戻るが。
 正直なところ自分でも意味不明と思ってしまう話だが。いっそ無意味な言葉遊びのようなものかもしれないが。
(我ながら突飛すぎる発想だけど・・・・・・もしも本当に運命ってやつがあるのなら、僕達の因子がこの状況を呼び寄せたのなら。・・・・・・つまり新しい因子が、運命が生まれてるかもしれないこの状況なら、未来は誰にもわからないってこと、だよね)
 その身の由来、過去、因子、運命といったものを再現してしまうかもしれない、艦娘の性質。
 其の性質は、生還する為の希望へと転じることもあるのではないか。
 無理矢理見出した希望は、瑞鳳の意志総体を取り込んだ響そのもの。
 ニコイチ修理して、二人の魂を崩さぬよう、そういう存在としてこの世につなぎ止めた少女は。別の見方をすれば、窺知のものに当て嵌まらない新しい存在であると言える。
 便宜上、航空駆逐艦・響鳳(きょうほう)とでも名付けようか。
 瑞鳳を内に宿した響という一人の少女であり、響鳳という一人の少女であり。シュレデンガーの猫のように、数多の可能性が同時に重なりあった非確定的量子存在。量子力学的に、そういう風に観測して確定させることが、できる。なにせそう仕上げたのはキラ本人だから。

 
 

 例えば。響鳳という未知の因子が生まれたから、自分達が無事にこの廃墟に辿り着けたと考えることはできないだろうか?

 
 

 海中で既に融合しかかっていた彼女(因子)だから、これからの運命(ふりがな因果)すら超えて生還できると考えることは?
 発想を180度逆転させた、結果ありきで身勝手で他人任せの馬鹿らしい、響達の心を一切合切無視する残酷な、しかしこの上なくバカらしいポジティブな仮定である。そう、このクオリアを以て可能性を収束させれば、彼女こそがこの八方塞がりを打開する光になるかもしれないのなら、そんな突飛な仮定だって信じられる。
 いっそ開き直って、傲慢の極地たる人間原理のように信じたいものを信じればいいのだ。
 この以上なく不誠実なダブルスタンダード。でも他に展望がないのだから。
「・・・・・・なんてね。こんな妄想、僕のキャラじゃないでしょ」
 肩を竦めて苦笑を一つ。
 こういう気分の人が怪しい宗教とかにコロッと騙されちゃうのかもしれない。いつだったか「未来を創るのは運命じゃない」と語った口で、ありもしない運命に綴って。とんでもない仮定をでっちあげてちょっとポジティブな可能性を幻視して。思ってたより参ってるんだなと自己分析。
 一蹴。ちょっと小難しいコト考えて現実逃避したかっただけだ。
 しかし益体ない妄想も気分転換にはなったようで、なんだかスッキリした気分なものだから反省会は終いにしようと踏ん切りがついた。
 どん底まで落ちたのなら、あとはひたすら這い上がるのみ。どうしようのない日々ならせめて、いつか笑い話に変えられるように。
 よし! と小さく呟いて気合い充填、改めて全力で少女達の助けになることを心に誓う。さっき確認した通り、自分達が置かれた状況は所詮一時的なものなのだから、なんとでもなれるのだ。
 さしあたっては、まず響と夕立に食事を。瑞鳳には・・・・・・どうしよう? 自慢の爆笑ネタでも披露しようか。
 キラはいつもの笑みを浮かべて、ようやっと少女らの待つ寝室へと戻る。
「お待たせ、とりあえずだけどご飯できたよ。食べれそう?」
<え、っあ!? キラさん今入っちゃダメぇ!?>
「へ?」
 そうして出迎えてくれたものは、素っ頓狂な瑞鳳の悲鳴と、素っ裸な夕立の姿だった。

 
 

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