「PHASE05」

Last-modified: 2013-03-31 (日) 23:42:22
 
 
 

――桜台における魔法戦闘から3週間が経過した。あの戦闘以来ジュエルシードの発動は感知されておらず、また、四人の魔導師達が遭遇する事も無く海鳴市には一時の平穏が舞い降りていた。

 

しかし、その平穏の時でさえも四人の魔導師と四機の魔導端末は来るべき対峙の時まで、備えていた。

 

不屈の心を持った幼き白い魔導師と血気盛んな幼き赤色の魔導師は、ジュエルシードを捜索する一方で、彼ら自身より格上の魔導師二名に対抗する術を得る為に、パートナーである魔導端末と共に日夜魔法技術の習得に励んでいた。

 

紅き瞳に憂いを帯びた黒い魔導師と流麗さを持ち合わせた灰色の魔導師は、まだ未熟な魔導師達の動きを警戒しつつも、目的物であるジュエルシードを入手する為に戦力を分散させる事無く、捜索にあたっていた。

 
 
 

しかし、その膠着した状況を嘲笑うかのように、ジュエルシードの発動はここ3週間の間成りを潜めるのであった。

 
 
 

そして、この均衡が崩される事でジュエルシードが束の間の平穏を破り発動することとなる。その影響を受けて戦闘も激化していく。

 
 
 

やがて、二つの陣営の戦闘によって発生する余波は次元世界の秩序を守護する【時空管理局】に把握されるところに至る。

 
 
 

――この【時空管理局】との接触が今後の少年少女達の環境を大きく変化させ、その人生における自身の役割を広げることになるのだ―

 
 
 
 
 

    魔導戦史リリカルSEED 1st〈Magical History Lylical SEED the first 〉「PHASE05」 

 
 
 
 
 

 ――――私立 聖祥大学付属小学校  校門前――――

 
 

その日の内に行われる授業課程が全て終了したからか、大勢の生徒が校門の外へと足を進め、数人単位のグループで固まって帰宅している。また、子供を迎えに来る為に聖祥学園が保有している駐車場へと向かう車両もそこそこに見受けられる。そんな様々な生徒達が帰宅する光景の中にある一組があった。

 

高町なのはを始めとする一組だ。いつものように、家族の高町シンや親友の二人、金髪緑眼の少女――アリサ・バニングス――と黒髪の少女――月村すずか――と一緒に帰宅しようとしている。この四人は同じクラスであり、アリサやすずかが習い事で道を別れる時やバニングス家に仕える執事が車で迎えに来る時以外は、帰宅の際も一緒であり、談笑しながら帰宅するのがいつもの光景である。

 
 
 

…しかし、ここ最近は少しばかり様子が違っていた。

 
 
 

 「なのはちゃん、シン君、今日も来れないの?」

 

すずかが、なのはとシンの二名に対して遊びのお誘いを行っている。しかし、その口調には【これから友達四人で遊べることに喜んでいる】といった様子は無く、発せられた言葉から察するに【二人と遊べない気がするが、何とか誘ってみる】というようなニュアンスが含まれている。この光景は【いつもの帰宅時の光景】からすれば、異常なものなのだが、【ここ数週間の光景】としては当たり前になってしまっているのだ。

 

 「うん……ごめんね」

 

 「……悪い」

 

なのはとシンの二人にもすずかの心境は漠然ながらも理解しているのだろう。しかし、詳しい事情を話してもきっと二人に理解されないと、心の奥底で考えている為に言い出せないのだ。なのはとシンがこのように思い込みで考えてしまうのも仕方の無い事なのだ。

 

何故なら、御伽話やアニメの中でしか見たことの無い【魔法】という技術をなのはとシンの二人は行使する事が出来る、挙句の果てに、生命体や無機物を攻撃性の高い凶暴な異相体へと変質させる【ジュエルシード】という宝石を海鳴市を筆頭に回収・捜索して回っていることなど言い出せる筈が無い。そんな事を説明しても【頭のおかしい子】と思われてしまうのが、関の山だ。そもそもこの【魔法】技術はなのは達の住まう世界【管理外世界】ではその存在を出来る限り隠蔽しておかなければならないのだ。

 
 

いくらなのはの親友と言っても、家族にさえ言い出せない事情を説明出来るわけも無い。

 
 

事情を話せない様々な理由を脳内に留めつつ、沈んだ気持ちですずかのお誘いに対して【拒否】の返答をするしか二人には手段が無かったのだ。応える声も水中に沈む鉛の如く重いものだった。

 

 「……別に、良いわよ。大事な用事なんでしょう?」

 

なのは、シン、すずかより数歩ほど先頭を歩むアリサが、悲しみのあまり二人の【拒否】の返答に応じれなかったすずかの代わりに応えた。その声には様々な負の感情――苛立ち、不満、悲しみ等――が今にも溢れ出るように受け取れる。

 

実際のところ、アリサの不満は爆発寸前なのだ。四人で腹を割って話をしようと思って、なのはやシンを遊びに誘ってみても、この二人はことあるごとに謝罪を入れながら誘いを断り、その理由さえも説明してくれない。逆に学校内で話を聞いてみようと思っても、四人だけで話を出来る場所など学校の中にそんな都合の良い場所など、そうそうあるものでは無いのだ。

 

何も相談してくれないなのはとシン、二人の親友なのに何も出来ない自分自身に苛立ち、不満が自身の心に蓄積させながらも今日までアリサは耐えて来たのだ。

 

しかし……、

 
 

 「…ごめん」

 
 

 「――っ!!」

 
 

様々な感情が今にも爆発しそうなアリサの後方で、親友の高町なのははこの期に及んでも謝罪をする事しか出来なかった。それが逆効果になるとは、考えもせずに…

 
 
 
 

 「謝るくらいなら、事情くらい聞かせて欲しいわよ!!」

 
 
 
 

アリサは後方の三人に振り返り、在らんばかりの大声で、謝罪一辺倒のなのはに向けて自身の心の叫びを投げ掛けた。投げ掛けた言葉は今アリサが最も欲しているものなのだ。

 

ここ数週間、なのはとシンが二人で海鳴市内の様々な場所でクラスメイトや教師達に目撃されている。しかも、アリサやすずかの誘いを断ってまで歩き回っているのは、なのはとシンが目撃された日にち・時間帯から確定している。これはあくまで噂だが、二人が【何か】を探して歩き回っているのではないかという噂がクラス内で流れているのだ。しかし、噂はあくまで噂であり、事実確認も本人たちに聞いても確認が取れないため、クラスメイト達もそこまで話題として挙げてはいない。

 

だが、アリサやすずかはその噂が事実では無いかと勘繰っている。そうアリサとすずかが当たりを付けているのは、なのはとシンのここ数週間の不可解な態度・怪しい挙動に着目しているからだ。特にシンはそれが顕著に表われている。

 

シンは3年1組の中でも成績は上位に位置する、運動神経も同年代の男子よりも格上だ。本人は皆と違うこと・目立つ事を嫌うため手を抜いたりしている場面が垣間見られるのだが、基本的に授業は真面目に取り組む。最も、聖祥学園は教育に力を入れている進学校の為、不真面目な態度で授業を受ける生徒などそもそも居ないのだが。

 

しかし、ここ最近のシンは【心此処に在らず】といった様相で授業を受けており、担任に注意される頻度も高くなってしまっている。アリサはそんなシンの様子をいぶかしんで、数日ほど前から、授業終了した際に真っ先にシンの授業用のノートを盗み見ることにしたのだ。すると、ノートには文字という形をしたものが存在しておらず、まるでミミズが所々に蠢いているような字面が並んでいるのだ。更にシンの様子を窺うと、意識が全く授業に向けられていないのだ。まるで能面の様な表情でノートを見ており、少し不気味に感じてしまうのだ。

 

一方でなのはも、シン程では無いのだが【心此処に在らず】といった様相で授業を受けているようにアリサとすずかには見受けられた。しかし、なのはの様子を見る限り授業の際には確りとノートを書き写しているので、シンほど重症では無いのだろう。

 
 

――だが、親友として、アリサとすずかはどうして二人がそんな状態になっているか気になって仕方ないのだ。

 
 

何故、海鳴市内を隈なく歩き回っているのか?何か探し物をしているのか?それは友達に相談すら出来ない事か?

 

何故、授業中にも関わらず授業に意識を向けていないのか?体調が優れないのか?悩み事が在るのか?

 
 

――話をそれと無く聞いてみてもはぐらかされ、詳しく聞こうとあれこれ手を尽くして見ても、全てが空振りに終わる。

 
 

知りたい。何をしているのか?二人の力にはなれないのか?自分やすずかでは何の手助けも出来ないのか?

 
 
 

――アリサの疑問は尽きる事無く湧き出てくる、それは最早湯水の如くといったところだろう。

 
 

だからこそ、今この場で大声でなのはに向けて言葉を投げ掛けたのだ、自分の本心を、心からの言葉を、事情を話してくれと。しかし、そんなアリサの心境を全く考慮に入っていないのか、なのはとシンからの返答は残酷なものだった。

 

 「……ごめんね」「……悪い」

 

二人の助けになりたい、悩みがあるなら聞かせて欲しい、ありったけの想いを込めた【質問】に対して、シンもなのはも【謝罪】で返して来たのだ。この時、シンとなのはが取った行動はコミュニケーションとしてはあまり良い手段とは言えない。一般的には【質問】に対しては、どんな言葉であれ【応答】の行動を取る事が好ましい手段である。しかも友人間のやり取りであるならば、尚更【応答】の重要性は高いものであろう。

 

しかし、シンもなのはもアリサの【質問】に対して【謝罪】の行動を取ってしまったのだ。【謝罪】という行為を行う事によって、アリサからの【質問】を回避してしまったのだ。判り易く説明すると【話を逸らす】という状況だろう。なのはとシンが関わっている状況が特異な事情であるだけに、アリサやすずかに理由を説明出来ないのは仕方の無い事である。だが、それを差し引いても、今日という日まで会話をことごとく回避した挙句に、アリサが万感の想いを込めた【質問】でさえもなのはとシンは逃げの姿勢を取ってしまったのだ。これでは、アリサやすずかから友達として信頼されていないのではないかという疑惑さえも持たれてしまう危険性が高まる。

 
 

――実際、アリサのはらわたは煮えくり返る一方だった。

 
 

「どうしたらいいのか?私たちは友達では無いのか?」などといった様々なマイナス思考がアリサの胸中に渦巻いていた。

 
 

――だが、アリサはそれでもシンやなのはから事情を聞き出す事を諦めていないのだ。 

 
 

正直、こうなってしまったら取っ組み合いの喧嘩でもした方が手っ取り早いのではないかとさえ考えているのである。これは、アリサという少女の性格も起因している。要は負けず嫌いなのだ。だが、周囲を見回してみると人も多い上に先程のアリサの剣幕で注目もされてしまっている。状況はアリサに対して不利に回ってしまったのだ。

 

しかし、悪い事ばかりではない。大声を出した事で少しは冷静にはなれた、とアリサは胸中で把握している。そして、今ここで自分に取れる手段など無いのだという事も理解出来ているのだ。

 

 「……じゃあね。行くわよ、すずか」

 

 「あ……アリサちゃん。ごめんね、なのはちゃん、シン君、また明日」

 

なのはとシンに別れを告げ、アリサは早歩き、大股、駆け足へと順々に速度を上げて三人から離れていった。すずかもなのは達に謝罪と別れを告げ、先程駆けて行ったアリサを追い駆けるために早々と速度を上げて、なのは達から離れていった。駆け去って行く二人の背中を見詰めながら、なのははか細い声で応答する、その一方で…

 
 

 「ああ!!また、また明日!!」

 
 

走り去って行った二人に届くようにと、シンは出せる限りの大声で二人に応えた。

 
 
 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇ 

 
 
 

雲一つも見当たらない晴天の空の下、聖祥学園の制服に身を包んでいるなのはとシンは海鳴市藤見町にある自宅へと帰宅する最中である。しかし、道中に会話は無く二人とも酷く落ち込んだ雰囲気を漂わせながらとぼとぼと歩んでいた。

 

 「……怒らせちまったな」

 

 「……うん」

 

ふと、シンが先程の友人たちとの事の顛末を呟いた。道中の無言の空気にシンが耐えられなかったためなのはに話を振ったのだろう。しかし、応えるなのはの声はか細いままであった。事情を話せない事の辛さ、それが原因で友人を怒らせた事に二人は心を痛めているのだ。

 

シンやなのはの予測では、自分達が現在直面している事態―ジュエルシードという菱形の青い宝石を捜している事―を話してしまえば、心優しい友人であるアリサもすずかも協力を申し立てるのでは無いかと考えている。だが、なのは達、いや、ユーノが回収しようとしているジュエルシードは有機生命体や無機物を凶暴な異相体に変異させてしまう性質を内包する危険な代物である。魔法を使役する技術、魔導端末が無ければこの異相体には対抗出来ないのが現状でもある。

 

それ故に、家族や友人を始めとした異相体に対抗出来る術を持たない人々に危険な目に合わせる訳にはいかない。友人のアリサ、すずかに対しても、興味本位で取り返しのつかない事態に陥ることは絶対に避けたい。そう考えているからこそ、絶対に誰にも事情を話すまいと決心しているのだ。これは、なのはとシンの二人で話し合った末に出した結論なのだ。

 

 「…判ってはいたけど……辛いな」

 

 「……うん」

 

異相体という実力の測れない未知数の力を秘めた敵、ジュエルシードを探し求める格上の実力を持つ魔導師二名、なのはとシンはこれらに対抗する為に、ここ3週間は朝昼夜を問わずに魔法技術の鍛錬を行っている。二人は勉学に励まなければならない学生である為、普段平日においては学校で授業を受けている身であるのだが、その際においても魔導端末主導の鍛錬は欠かさずに行っているのだ。

 

普段、学校で授業を受けているにも関わらず、魔法技術の鍛錬を可能にしているのが【マルチタスク;multi-task】というスキルである。魔導師の大半は複数の思考行動・魔法処理を並列で行う訓練を積んでいる。このマルチタスク処理は魔法の実践利用や高速化においては欠かせない要素である。シンもなのはも平日の授業時にはこのマルチタスクスキルの訓練を積む為に、意識空間を魔法で作り上げて、そこで実際に魔法の訓練を行っているのだ。

 
 

・自分自身が落ち着いてトレーニング出来る空間を彼らの意識内に、魔力を使役して形成しそれを維持する。

 

・その空間内で実際にシンならブースト魔法、なのはなら実戦形式のトレーニングに魔力を使用する。

 

・彼らの意識の外つまり現実空間では、実際に授業を受けて、ノートを書き写している。

 
 

ここ数週間の内でシンとなのはが行っていたマルチタスクの訓練を判り易く纏めると、この3点が内容となる。しかし、現状ではこのマルチタスクが問題となっているのだ。

 

 「ごめんな、なのは。
  俺がもうちょっとマルチタスクが上手く使えれば、アリサ達に勘付かれる様なヘマは無かったのに」

 

 「そんな!シン君が悪い訳じゃないよ!……私だって上手に出来なかった…から」

 

二人がお互いに謝り合っている状況には理由がある。まだ魔法技術を習いたてであり不慣れななのはは、マルチタスクを上手く使いこなせないのだ。それが原因で勘の鋭い友人達、アリサ・バニングスや月村すずかには授業時にも関わらず【心ここにあらず】な状態を見抜かれてしまっているのだ。だが、なのははまだ差し支えの無いものである。

 

そう、問題はシンなのだ。

 

シンの現状として、ここ数週間の内マルチタスクスキル進展の兆候が見られない。意識空間の形成と魔法技術の鍛錬の二点しか満足に行えておらず、現実空間においてはノートを書き写す事すら充分に行えていないのだ。その内容は字という形すら、満足に形成出来ていない。更に悪い事に、その満足に文字が書けていない状態のノートをアリサやすずかに目撃されてしまっており、それが今回の騒ぎの一端になったのだ。

 

しかし、実際騒ぎとなった原因についてはシンのマルチタスクの拙さだけが原因ではない。これに加えクラス内で口々に話されている【噂】も要因の一つとなっている。それは、シンとなのはが海鳴市内をジュエルシードを捜索して徘徊している様子を教師やクラスメイトに目撃されているために「高町なのはと高町シンが海鳴市内で何かを探して回っている」という内容の【噂】が囁かれているからだ。事実である事には間違いないのだが、その【噂】が出回っている事を本人達は全く把握していない。そして、その【噂】が出回っていた事を本人達が知るのも、かなり先の話となる。

 

何はともあれ、友人を怒らせる原因を作り上げたのは自分だと、彼らは、頑なにお互いが主張している為に、謝り合う様な状態が数分程続いた。アリサ達との一幕がどれほど精神的に堪えたのかが、その様子から見て取れる。フォローを入れてくれる大人が一人でも彼らの味方についていてくれれば、彼らの心境も少しは楽になったのだろうが、無いものをねだってもどうしようもないのだ。

 
 

――そんなシチュエーションを打ち破ったのは、携帯の着信音だった。

 
 

 「もしもし、高町シンです。って美由希姉さん?どうしたの?」

 

なのはに断りを入れて、鞄から携帯電話を取り出してシンは応答する。電話の相手はなのはの姉の美由希だった。

 

 『――あ、シン?もう学校終ってるよね?ちょっとおつかい頼んでいいかな?――』

 

美由紀からの電話の内容は、高町家が経営している喫茶店で急遽足りなくなってしまった食材の購入であった。充分に下ごしらえをしていたのだが、本日の客足が予想以上に多く食材が不足してしまうのが確実なので、シンにおつかいを頼む運びとなったのだ。シンは購入してくる食材を聞き取り、メモ帳に記入した。

 

 「わかったよ、美由希姉さん。買ってくるのはいつもの場所で良いんだよね?」 

 

 『――うん、大丈夫だよ。それじゃあ、お願いね――』

 

美由希からの通話を切り、シンは携帯電話を鞄に戻した。

 

 「お姉ちゃん…から?」

 

 「ああ、買出しを頼まれた。
  だからなのはは先にユーノとジュエルシードを探しててくれ。終ったらすぐに合流する」

 

 「うん、分かった…」

 

シンはなのはへと向けていた身体を反転させ、買出しに利用している店舗がある駅前のアーケード街の方向へと向かう。シンが身体を反転させた際になのはとシンの視線が重なった。その間にお互いが念話でこう告げたのだ。

 
 
 
 
 

『ごめん』と。

 
 
 
 
 

―――シンは念話と同時に駆け出した。その胸中にある自分を情けなく思う気持ちを払拭するかの如く、全速力で。

 
 
 
 
 

―――遠ざかるシンの幼い背中を見つめてなのはも身体を反転させて、自宅へと駆け出した。

 
 
 
 
 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 
 
 
 

 ――海鳴駅 駅前アーケード街――

 

海鳴駅周辺にあるアーケード街の店舗、そこのスーパーマーケットでメモ帳に記した食材全てを買い揃えてシンは店外へとでた。今の時間帯では、安売りサービスを行うタイムセールに重なるのでは無いかという懸念をシンは抱いていたのだが、無事に買い揃える事が出来たので一安心といったところだ。販売価格も良心的なお値段で販売してくれる店舗なので、喫茶翠屋での主力商品のスイーツ以外の食材は大抵ここのスーパーで購入している。

 

 「シン!」

 

店外に出た自分を呼びかける声にシンは気付き、その方向に振り向く。すると、今し方シンに電話を掛けてきた高町美由希が私服姿で佇んでいたのだ。

 

 「あれ?姉さん?店の方は良いの?」

 

 「足りない食材を結構揃えるから私も荷物持ちに来たんだよ。母さんには伝えてあるから大丈夫だよ」

 

シンに説明しつつも、シンが片側の手にぶら下げている食材を入れたビニール袋を美由紀は預かる。

 

 「ありがとう、姉さん。かなり重かったから助かったよ」

 

 「良いよ、気にしない気にしない」

 

軽い調子でシンに労いの言葉を掛ける美由希にシンは歩幅を合わせて歩き始める。春先とはいえ夕刻間際になって来ると冷え込むのだが、それにも関わらず美由紀はミニスカートを着用している。太股から膝下、足の踝に至るまで露出をしている。その様相には見る者の身心が寒さで震えてしまうような印象を与える。しかし、若さからか美由希は平然とした様子である。

 

なのは達の姉・美由希は高町家がある藤見町から30分ほど離れた私立風芽丘学園に通う花の17歳である。彼女は日夜、長男・高町恭也とともに高町家に伝わる剣術『御神流』正式名称『永全不動八門一派・御神真刀流-小太刀二刀術』の修練に励んでいる。美由希の可憐な外見に所々感じ取れる所為・挙動の熟練した様子は日頃の訓練の賜物なのだろう。

 

しかし、だからこそ美由希や長兄の恭也はここ数週間のなのはとシンの日常における行動の変化に対して鋭敏に感じ取れるのだ。

 

なのは達の行動の変化としては、早朝に外出し朝食までに一時帰宅して学校に登校、その後放課後は市内の至る所に外出し、夕食までに帰宅する。なのはは塾の日程以外は必ず外出しており、シンは今まで欠かさずに行ってきた翠屋の手伝いを休んでまで行なっている。このような行動は数週間ほど続いており、今尚継続中だ。しかし、この件に関して父・士郎は静観に徹しており、母・桃子も心配している様子はあるものの子供たちの行動の変化を成長と感じているからか、言い咎める事は無い。

 

父や母、そして自分達の日常的な会話の受け答えに対して、応えられる範囲はしっかりと応えるのでなのは達が非行に走っている様子は垣間見られ無い。何か悪行を働いている訳では無いと美由希は安心はしている。だが、正直な話10歳にも満たない小学生が夜道を闊歩するという行為は褒められたものではない、どんな危険が潜んでいるかは判らないのだ。出来ればまだ幼い二人には夜間の外出は控えて貰いたいと考えており、兄・恭也と共にどの様に二人に説得を行うか思考を巡らせているが、一向に解決策は見付からない。

美由希が食材の買出しにシンだけを呼び出したのも、それと無くここ最近の奇妙な行動について聞き出す絶好の機会だと考えたからだ。

 

シンだけを呼び出し聞き込みを行うのは不自然に感じられるだろうが、もし仮になのはもしくはシンとなのはの二人に事情を聞きだそうとすれば、まだ肉体・精神的にも幼いなのはは情緒不安定に陥ってしまい、事情を聞くどころでは無くなってしまうのではないか、といった懸念を美由希は感じているのだ。その点シンにおいては肉体的に幼いのはなのはと同様だが、精神面に関しては外見の年齢に対して不相応の落ち着きを備えている。話し相手としてはうってつけなのだ。

 

しかし、シンを呼び出すことに成功したのは良いとしても一体どのタイミングで会話を切り出せば良いのか美由希は悩んでいた。

 

駅の反対側のアーケード街で買出しを済ませ、後は翠屋に食材を届けるだけというのが今の状況だ。現在歩いているアーケード街の位置からちょうど反対側に高町家は翠屋を営んでいる為、距離を算出すると10分ほどで到着するのだ。つまり、そんなわずかな時間の中でシンに近況を聞き出さなければならない、もしくは食材を届けた後に少しシンと会話する時間を貰う、というなんとも間の抜けたことをする必要があるのだ。

 

そして、美由希には武の嗜みを備えていても、わずか10分でシンから何かしらの事情をヒアリング出来る技能や話法など持ち合わせて居ない。故に一縷の望みを掛けて、食材を届けた後にシンと話す時間を貰える様にシンと交渉、桃子に提案するしか方法はないのだ。

 

 「美由希姉さん?どうかしたの?考え込んでるみたいだけど」

 

 「えっ!?いや、ちょっとね。
  そうだ!シンこの後時間空いてる?
  ちょっとコーヒー入れるから味見して欲しいんだけど…」 

 

シンから質問を受けて美由希は幾許か動揺したのだが、すぐに気を取り直しシンと話す時間を取る為にコーヒーの味見をダシにシンに対して提案して来た。

 

 「あ…いや、美由希姉さん、ごめん。なのはと約束があるから食材届けたらすぐに出るよ」

 

美由希からの提案に戸惑ったものの、すぐにその提案を断るシン。

 

 「…あーそうなんだ、ごめんね。遊んでくるの?」

 

シンから事情を聞き出す為に、思考の果てに導き出した提案をあっさりと断られてしまい、少しだけ落ち込む美由希。一応質問として遊んでくるのか?と質問を返してみたが、あっさりとシンに肯定されて美由希は尚落ち込んだ。美由希の心中を把握出来ていないのかシンは【分かりません】といった風に顔を首傾げながらキョトンとするのだった。

 

シンやなのはが一丸となって一つの目的に向かって日々精進勇猛邁進することは、二人にとってより良い成長を二人に齎し彼らの血肉となるだろう。しかし、一方で彼ら周囲の環境・人間関係について鈍感になり過ぎている、これについては良い事だとは言えないのだ。子供というものは回りに迷惑を掛けつつも、その事象から学び取ることでも成長する。魔法関係の事情もそうだが、二人とも視野が狭くなってしまうのだろう。それが原因で家族や友人に対して余計に心配を掛けてしまうのだ。

 

もう少し、この二人には頭頑なにならず柔軟性を持ち合わせた方が二人にとっても良い状況に転じるのだが、こればかりはマルチタスクスキルや魔導師として大成できたとしてもどうにもならない。シンとなのはの人となり、性質によるものなので致し方ないのだ。だが、それもまた経験となるのだろう、今の状況を後々に自分達で分析・理解し、糧とすることが出来るのも人間の持ち得る特権なのだ。逆を言えば、経験を全く活かせず同じ間違いを繰り返すのもまた人間であると言えるのだが。 

 

翠屋で時間をつぶさせてシンから事情を聞き出すための提案を考えているうちに、翠屋の近くまで来ていた事に美由希は気付いたが、最早今自分が繰り出せる手段が無くなったことに美由希は肩を落としそうな心境だ。また時間を掛けて、事情を聞き出す算段と機会を見出せねばと思考した。

 

シンは高町家が保護した養子なのだが、それとは全く関係なく美由希は【弟】としてシンの事を扱い心配もしてくれる、10代後半でありながらも面倒見の良い善き姉代わりをつとめているだろう。

 
 

しかし、変化は不意に訪れるのだった……。

 
 

――突如として翠屋まで向けていた脚をシンは止めた。 

 
 
 

一体どうしたのだろうか?と美由希がシンの方を振り返ると、シンの表情には様々な感情の色が表われていた。怒り・驚き・焦りなどのマイナスの感情が見え隠れしている、と美由希は心中で評した。しかし、このような表情をしたシンを美由希は今まで見たことが無かった。翠屋の手伝いをする時の快活な表情、なのはと何かしらの遣り取りを行なう際に浮かぶ慈愛に満ち、兄・恭也と重なるような表情、友人たちと遊ぶ時に浮かべる楽しげな表情。

 

しかし、今のシンの表情にはよく浮かべる感情―プラスの感情―が一切無くマイナスの感情で一杯なのである。

 

シンの表情を見兼ねた美由希はシンに声を掛けようとしたが、シンは即座に走り出した。虚を突かれた美由希は反応に遅れが生じ、慌ててシンを追い駆けた。だが、駆けた行き先は翠屋だったので美由希としては拍子抜けだった。その事はともかくとして、美由希も勢い良く店の中に入ったシンに続いて入店した。

 

美由希が入店すると翠屋の出入口のすぐそばで立ち往生しているシンが目に入った。 

 

シンが見入っている方向に向けて美由希は目線を向けた。そこには、シンと同年代な背格好でありながらも大変整った容姿をしており、尚且つ金髪が目を引く少年が翠屋のカウンター席に座っているのが目に入った。席のテーブルには注文したであろうコーヒーが一杯だけ鎮座していた。

 

シンの友人だろうかと美由希は思案したが、シンやなのはの友人・クラスメイト関係の子供達にはあのような端麗な容姿をした少年は見掛けたことは無かった。しかし、只ならぬ雰囲気を発しているシンを放って置く訳にもいかない。そのような結論を付けた美由希はシンに声を掛けようとしたが、シンはすぐさま気を取り直したのか、厨房の奥に居るであろう父・士郎、母・桃子に買出しを終えた旨を報告しに向かった。

 

シンのあのよう底冷えするような態度は一体何処で身に付けたのだろうかと美由希は疑問に思ったが、美由希は今しがたシンが苛烈な視線を向けたであろう少年が気になり、視線を移した。しかし少年は席を立ち、今にも店を出るために会計を済ませる様な様子である。

 

シンが強烈な視線を送ったことが原因で悪い印象を与えたかもしれないと考え、美由希はシンの不躾な行いを謝罪するために金髪の少年に声を掛けた。

 

 「あ、あのごめんね。家の弟が変な目で君のこと見てたから、気分悪くしちゃったかな?」

 

 「……いえ、お気になさらず。美味しいコーヒーが頂けたので大変満足しております」

 

声を掛けた美由希に対して一瞬キョトンとした視線を送る金髪の少年だったが、気を取り直し翠屋が提供したコーヒーに対しての賛辞を送った。

 

 「そうなんだ、それなら良かった。ところで君は家の弟と知り合いなのかな?」

 

金髪の少年の純粋な賛辞の声に対して美由希は安堵し、純粋な疑問を少年に投げかけた。

 

 「いえ、少なくとも私は存じ上げません」

 

シンの苛烈な視線など何処吹く風といった冷静な面持ちを金髪の少年は崩さず、会計に足を運ぼうとした。

 

シンの変わり映えの早さと金髪の少年の冷静さは一体何なのだろうかと美由希は双方の態度に対して疑問が強くなった。普段から接しているシンは穏やかな印象を崩さず、高町家の一員として生活しているのだが、先ほどの変わり映えには日常から鍛錬を欠かさず行う美由希ですら、背筋が寒くなるほどの威圧感を感じたのだ。だが、そんな美由希ですら緊張せざるを得なかったシンの威圧感をあっさりと受け流し、冷静さを損なわないこの金髪の少年の普通とは一線を画したメンタル面にも常軌を逸した【ナニカ】を美由希は僅かばかりに感じ取ったのだ。

 

金髪の少年が会計を済ませ、店から出るところを呆然と見送った美由希は店内を掃除していたアルバイト店員に声を掛けられシンに遅れること数分、購入した食材を父と母に届けることにした。

 

 「母さん、ただいま。買ってきた食材は冷蔵庫に入れとくよ」

 

 「おかえりなさい美由紀、ご苦労様」

 

翠屋の厨房に入室した美由希はシンと半分に分けた食材を業務用の容量の大きい冷蔵庫に用途別に仕分けした。その動作を終えてからある違和感に美由希は気付いた。今し方自分より先に入室したシンが既に厨房から居なくなっているのだ。

 

 「ねえ母さん、シンは何処に入ったの?先に入ったよね?」

 

シンの所在を確認するために母の桃子に確認を取ったのだが、翠屋の裏口からシンが外出したことを美由希は知った。父の士郎の見立てでは、随分と急いだ様子だったとも聞き及んだのだ。両親からシンの行動を聞いて、美由希はその胸中にざわめくものを感じ取った。

 
 
 
 

翠屋に到着する前のシンの突発的な行動と異様な表情、謎めいた雰囲気を纏った不思議な金髪の少年そして最後に両親から聞き及んだシンの外出までの経緯。

 
 
 
 
 

剣士としてはまだ未熟である自身の感覚を頼りにするのは些か不安があるのだが、それでも美由希は一連の出来事を偶然等と片付けることは出来なかった。

 
 
 
 

あの容姿端麗な少年は先ほどのシンの変化に何かしら関わっているのでは無いのか?そして、シンとなのはのここ数週間の奇妙な行動パターンの原因でも無いのか?そう考えた美由希は真相を確認するために両親に適当な言い訳を付けて、翠屋の手伝いを辞退してシンの追跡を行うため翠屋から出て行った。

 
 
 
 

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