「PHASE06」

Last-modified: 2013-03-31 (日) 23:41:33
 
 
 

 ――ある光景を見て、それを以前にも見たことがあると錯覚したことに身に覚えは無いだろうか?

 

この感覚はデジャヴュ【―deja-vu―】とよばれ、【地球】においてこの言葉の語源はフランス語に由来している。この島国においての意味としては【既視感】に相当する。一般的に既視感とは、ある光景を「よく知っている」という感覚だけでなく「確かに見た覚えがあるが、いつ、どこでのことか思い出せない」というような違和感を伴う場合が多い。

 

【過去の体験】は「夢」に属するものであると考えられるが、多くの場合、「既視感」は【過去に実際に体験した】という確固たる感覚を本人自身が持っており、夢やただの物忘れとは異なる。

 

この感覚に陥った発症者の中には過去に同じ体験を夢で見たという【記憶】そのものを、体験と同時に作り上げる例も多く、その場合も確固たる感覚として夢を見たと感じるため、予知夢ではないか?と混同されることがたびたびあるが、実際にはそうした夢すら見ていない場合が多い。

 

科学的な見方としては【既視感】は予知や予言等といったオカルト的なものではなく、記憶が呼び覚まされるような強い印象を与える記憶異常であると考えられている。

 

何故、記憶異常などといった見方がされるかというと、既視感は発症者のほとんどのケースでは、その瞬間の記憶のみが強く、その記憶を体験した状況について明確にされないことが多いからだ。さらにいうと、時間の経過により既視感の経験事態が落ち着かない経験として、強く記憶に残り既視感を引き起こした事象、状況の記憶がほとんど残らないことが多いのだ。

 

論理的な証明のなされない体験した「かもしれない」という記憶ではオカルトめいたものと結びつけることは到底適わないので、既視感という現象は記憶異常もしくは記憶の錯覚などと捉えるのが妥当といったところである。実際、既視感が発生するケースの大半は初めて訪れた場所の風景や会話の内容などにを持つ場合が多いのだから。

 
 
 
 
 

 ――――そして、この物語の中心人物である【高町シン】【レイ・ザ・バレル】
                     この二人もとある【既視感】に見舞われる。

 
 
 
 
 

しかし、この二人は記憶等といってもほんの数年間分の記憶しか持ち合わせていない記憶障害に陥っているため、既視感を引き起こすほどの記憶の蓄積があるとは考え難い。二人に共通して引き起こる【既視感―deja-vu―】の正体は一体何であろうか?もしくはそれは【既視感】などではないのであろうか?

 
 
 
 
 

     魔導戦史リリカルSEED 1st〈Magical History Lylical SEED the first 〉「PHASE06」

 
 
 
 
 

海鳴市内中心部にはいくつかの廃棄ビルが存在する。市内中心部がビル街として区画されているのだが、隣接する市内が商業都市として賑わっていることと海鳴市がそもそも海や山々など自然に囲まれた豊かな土地であることを前面に出している観光地的な側面を持つため、ビル建設の発注に着手したはいいものの、業績が振るわず倒産の憂き目に会い、建設中の状態のまま放棄されまったく使われない建築物も中には存在する。

 

しかし、ビル自体の解体工事を行うにしても海鳴市の予算との兼ね合いで年間で競争入札に掛けられる工事にも限りがある。よって工事を行わなければならない廃墟ビルがあっても予算の目途が立っておらず、解体工事を行えない廃墟ビルが海鳴市には数点存在しているのだ。そしてそのような廃墟ビルには当然、人の出入りが容易に行われないようにバリケードなどが設けられていたりもする。だが、年月が幾ばくか経ってしまっていれば当然経年劣化によってバリケードにも綻びがあったりするものでもある。

 

そんな海鳴市に存在する廃棄ビルの一つに拭いようの無い違和感を漂わせているものがある。何故なら、ある人影が存在しているからだ。輝いた金髪が特徴の少年、レイである。陽光がバリケードなどで遮断されているにも関わらず、その金髪は闇にも映えている。

 

明かりが周囲を照らし出さ無くても彼の金髪が輝いて見えるのも無理は無い。

 

それは彼の周囲に探索魔法で作り出した【サーチャー】が飛び交い、ビル周辺の視覚情報を常に送受信しており、彼の周囲がそのサーチャーから齎される光源によって照らされているからだ。

 

 「随分と湿気こんだ場所に閉じ籠っているな、金髪」

 

レイに対して何処からともなく声が掛かる。しかし、不意に掛かったはずの声にレイが動じる筈もなく、鼻を鳴らすだけであった。それもそうであろう。レイは声が掛かるのを始めから知っていたからだ。【偶然】立ち寄った喫茶店でつい3週間前に叩きのめした貧弱過ぎる魔導師まがいの少年と再会していたのだから。

 

 「…わざわざ後を付けてくるとは、御苦労なことだな。黒髪」

 

売り言葉に買い言葉で言葉を交わす二人であるが、その言葉には平穏とはかけ離れた雰囲気が漂っている。ふとした切っ掛けがあればすぐにでも爆発するほどに緊迫した様相が窺い知れる。凡そ普通の少年であるならば醸し出すことの出来ない圧迫感【プレッシャー】をこの二人の少年は作り上げているのだ。

 

 「いったい何のつもりだ、何で翠屋に居た!!」

 

夕闇よりも暗い闇に閉ざされたビルの空間で、声を発した少年の輪郭が顕になった。少年の頭髪は管理外世界のこの小国に住まう人々の頭髪の色と似ているが、それに反して両目は鮮やかすぎる紅の色を蓄えており、暗闇を照らすサーチャーの光源の補助もあるためまるで作りの良い宝石で在るかのように錯覚させられる。しかし、掛ける声に反して少年の肌は透き通るような白く、まるで病人のようだ。そのため見る人によっては幽鬼の類では無いかと、レイは胸中で取り留めの無いことを思案していた。

 

 「何か言えよ!!」

 

何も言葉を発さないレイに痺れを切らし、黒髪の少年は声を荒げた。

 

 「…偶然見つけただけだ。良いコーヒーを入れる店だったな。最ももう利用することは無いだろうがな」

 

語尾に「誰かさんのおかげでな」と付け加え、サーチャーの光源の先に居る少年をレイは睨み付けた。レイの眼光に臆さず黒髪の少年も眼を細める。

 

 「偶然入った割には随分と警戒しているんだな?
  普通に人が出入りする店でわざわざサーチャーを作り出すなんて」

 

嘲笑気味に少年が顔を歪める。恐らくはこちらを挑発しているのであろう、とレイは考えた。しかし、そのような安い挑発に乗るわけが無いといった風にレイは答える。

 

 「常に気を張っているのは当然だろう?
  ロストロギアを捜索しているのだからな。
  しかし、気を張り詰めすぎても逆にこちらが滅入るだけなのでな。
  だから休憩をしたんだ、サーチャーを手繰りながらな。貴様を発見したのは偶然に過ぎない」

 

予想外の返答に少年は気の抜けた声とともにキョトンとした表情をする。意図しない返答が返ってきたのは仕方ないにしてもいくらなんでも気が抜けすぎているとレイは眼を細めた。

 

 「やはりな…。お前たちはジュエルシードから手を引いた方が良い」

 

黒髪の少年に対して興味を無くし、レイはサーチャーの操作を再開した。

 

 「…何?」

 

心外だと言わんばかりの声音で黒髪の少年が聞き返すが、レイは意にも介さない。しかし、ただ見られたままというのも鬱陶しいことこの上無いため、サーチャー操作と並行して少年に対してレイは言葉を掛けた。

 

 「魔導技術に触れたばかりで実力不足は仕方ないにしても、
  貴様達はロストロギアに対して危機感が無さすぎる。
  世界一つを崩壊させてもおかしくない代物に対して対処はあまりにもずさんだ」

 

 「…っ!!!」

 

レイはここ3週間のジュエルシードの探索、そして今までのロストロギアの探索を比較して、今回のロストロギアの探索が一筋縄ではいかないことはハッキリと分かっている。しかも、ジュエルシードが生物を変異させる特徴があるという懸念をフェイトやアルフに対して警戒させている。たった一度ジュエルシードと相対しただけであり、まだまだ情報としては不充分であるが、レイはジュエルシードの対処法はそれなりに確立させつつある。

 

しかし、それに対して目の前の少年やフェイトと対峙した少女はどうであろうか?とレイは考えていた。

 

管理外世界「地球」に3週間前に辿り着いた当初、レイはジュエルシードを探索している魔導師の派閥が少数規模であれ、いるのでは無いかと懸念していた。その理由としては魔法戦闘の数にある。管理外世界の中で魔法技術の欠片も見られない世界で魔法戦闘が行われているのはジュエルシードを狙った次元世界渡航者同士の小競り合いがあったと思ったからだ。時空管理局の魔導師は組織の広大さ故に対処は遅れるだろうと結論付けていたため、初めから選択肢からは除外していた。

 

しかし、実際にジュエルシードの異相体と戦闘が発生した事例を目の当たりにして、二度ほど発生した魔法戦闘はこのような異相体と魔導師との間に発生した戦闘なのでは?とレイは推論したのだ。そして事実、その推論は的を得ていたのだ。たった一つの誤算があるとするならば、その魔導師が管理外世界の住人であり、あろうことか管理世界の技術の塊である魔導端末を所持していたのだ。しかもその内一人は自分と同型の魔導端末を所持している。

 

フェイトとともに難なく魔導師を撃退し、ジュエルシードを手に入れたまでは良かった。ただ対峙した魔導師が管理外世界の住人ということがレイにとっては最大の懸念であったのだ。魔導技術のリターンやリスクに対しての認識、ロストロギアに対しての警戒意識が軽薄である可能性を否定出来ない。そして、もしこのままあの二人とロストロギアを奪い合うために戦い続ければ、最悪の事態を想定すると次元世界を崩壊させてしまうのではないだろうか、と恐怖してしまうのだ。

 

この懸念から、管理外世界の住人が自分達のロストロギアの対処している際に下手に引っ掻き回されては堪らない、とレイは結論付けている。実際に目の前で対面している少年と会話しているといらぬ対抗心を増幅させて、事態を悪い方向に引っ掻き回されるのでは無いか、とレイは考えずにはいられないのだ。

 

そのため、多少強引でもジュエルシードから手を引かせたい。この考えからレイは敢えて強めに少年に言い放ったのだ。

 

だが、その強めの発言は少年の対抗心に油を注ぐだけなのであった。

 

 「一回勝ったからって、随分と余裕じゃないか!!

   だがな、こっちだってそれなりに訓練しているんだ!!そう何度もやられるかよ!!」
 

…どうやら今の発言は余計な手間を招いてしまったらしい、とレイは落胆した。そして同時に目の前の少年はジュエルシードを回収する目的が、自分たちに対抗するという目的にすり替わっているのでは?とさえ勘繰ってしまいそうになり、ふと思考するのに疲れた頭部を押さえレイは少年に聞こえないように溜息を吐いた。

 

 「半月程度の訓練、しかも師事する者もいない訓練で俺たちに通用すると思っているのか?」

 

ありのままに思った本音をレイは漏らしたが、その問いに対して少年の返答は異なるものが返ってきた。

 

 「はっ!こっちにだって魔法の使い方を教えてくれる人が居るんだ!!そうそう遅れは取るかよ」

 

少年は吐いて捨てるように言葉を紡いだ。少年の発言にレイは眉根を顰めざるを得なかった。

 

 「…何?ということは管理世界の人間が、魔導技術に精通している者が協力しているということか?」

 

 「ああ、そうだ!ジュエルシードはそいつが発掘したもので、

   事故で散らばったジュエルシードを回収しにこの世界に来た!
        自分じゃ手が足りないから俺たちが協力しているんだ!!」
 

少年の激昂によってに齎された情報にレイは驚かざるを得なかった。ロストロギア―ジュエルシード発掘の張本人が探索のバックアップに付いていると言うのだ。その上管理世界の人間が非常事態とは言え管理外世界の人間に魔導技術の手解きを加えているのだ。驚くなという方が難しい。しかし、その発掘者の行為を咎めることなどレイ達には出来ない。この管理外世界の来訪に時空管理局の許可など貰っていない上、管理外世界で魔法を使用しているからだ。

 

 「…そうか、だがどちらにせよ付け焼刃なことに変わりは無いはずだ。結果は変わりはしないさ」

 

今し方判明した事実は驚くべきものであったが、それでもレイは平静を崩す事は無かった。それもその筈、眼前の少年との魔導に対する技能面・戦闘面においてはレイに一日の長がある。それに自分達の尊敬する師が教え込み、体得するに至ったこの魔導にレイは確固たる自信があるからだ。

 

 「…やってやるさ」

 

圧倒的な実力不足という事実をレイに突き付けられても、少年は敵意剥き出しの瞳を止めることは無かった。その瞳には恐怖の色は無く、ギラギラと対峙の時を待ち構えている。

 

 「…分からない奴だな」

 

これ以上は何を言っても無駄であるとレイは判断した。最早実力の差を再度見せ付けるしかこの少年を退ける手立ては無い。

 
 
 
 

  ならば…

 
 
 
 

  ――――レイと少年は自身の首元に飾っている各々の魔導端末をその手に収めた。

 
 
 
 

  「「―――Gunnery

             United
             Non known energy
             Device charged energy
             Advanced
             Maneuver System.―――」」 
 
 
 
 

  ――――レイと黒髪の少年の声が重なる。

           同型の魔導端末であるこの二人であるからこそ起こりうる事象だ。
 
 
 
 

  「――Arms Limited Open.――」「――Arms full open.――」  

 
 
 
 

  ―――― しかし、武装の装備状態の設定からしてもレイは余力を残しているが、少年の方は一杯一杯といった様子だ。それは恐らく少年の魔力総量などが関係しているのだろう。この点からもレイの優位は揺るがない。

 
 
 
 

  「「――《ZGMF‐X…》――」」

 
 
 
 

  ――――そして二人は最後の起動パスワードの詠唱を終える。 

 
 
 
 

   「――《…42S DESTINY 起動!!》――」「――《…666S LEGEND  起動!!》――」  

 
 
 
 

  ――――レイと黒髪の少年の二度目の邂逅、そして二度目の闘いが始まった…。

 
 
 
 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 
 
 
 

 「先手必勝だ!!デスティニー!!」

 

 『――了解です。マスター !!――』

 

シンは自身のパートナーである魔導端末―デスティニーに指示を出す。その指示にデスティニーは合成音声の返答と共に防護服の右手甲の中央部【ソリドゥス・フルゴール】シールド発生装置のクリスタル部分をせり上がらせる。

 

 『――【RQM60F フラッシュ・エッジ ビームサーベル】展開します――』

 

続けてデスティニーが発した音声と同時にせり上がったクリスタル部分から勢い良く、桜色の光が発生した。しかし、防御魔法として展開する【ソリドゥス・フルゴール】のような光の盾とは異なり、光の先端が鋭くなっておりその様相は【光の刃】と形容すべきだろう。この変化の要因は、デスティニーが調整を行なった防護服の機能の一部なのだ。両手手甲の【ソリドゥス・フルゴール】はシンの意思やデスティニーの状況判断によってその形態を変える。防御魔法を展開する【盾】と攻撃手段として光刃を発生する【矛】の役割を合わせ持っている。

 

光刃を発生させたシンは前傾姿勢で駆け出し、目の前の金髪の少年に対し先制攻撃を仕掛けようとする。シンの急速接近に、金髪の少年は微動だにせず悠然と立ち構えていた。後2・3歩程で二人の距離が無くなり、手を伸ばせば身体に触れるほどに接近する。

 
 
 

だが、その時点で先制攻撃を仕掛けたシンの動きに変化が表われた。

 
 
 

左足を地面に付けた瞬間――右腕を力の限り振り上げ、その勢いを殺さぬようにそのまま重力に乗せて右肩から斜めに掛けて、桜色の光刃が金髪の少年に到達するように袈裟切りを繰り出す。

 
 
 

金髪の少年に動きが表われたのはシンの袈裟切りの動作を見た直後だった。

 
 
 

その動作には一切の動揺は見られず、欠片の淀みもなく右足を後方に追いやる。その動作に追随するように身体全体を右斜め後方に傾け、シンが繰り出した袈裟切りを回避する。金髪の少年の回避によってシンの身体がつんのめるかに見えたが回避された袈裟切りの勢いをそのまま利用し、即座に左手甲を握りこみ、シンの背後を取るカタチとなった金髪の少年に対してシンは裏拳を打ち込む。

 

シンの咄嗟の切り返しも予測しているのか、金髪の少年は更に後方に飛び引いてシンの裏拳を回避。

 

再び正対に向かい合うカタチとなった両者だが、すぐさまシンは接近を開始した。大きな動作が必要な攻撃では通用しないと判断したため光刃を作り出した右腕を前面に掲げ、左から右に掛けて水平方向に光刃で凪いだ。この攻撃に対しても金髪の少年は後方に下がる動作で簡単に避ける。しかし、それはシンも予想している。水平方向に簡単に凪ぐカタチで繰り出した光刃を再度反対方向へ繰り出し、細かな動作と手数で金髪の少年へと攻め込む。

 

細かな動作による攻撃方法で相手を疲弊させようとシンは試みているのだ。

 

シンの目論見として簡単に説明すると攻撃を当てる為に目の前の少年と我慢比べをする腹積もりなのだ。何故なら、シンは同年代の少年少女達と比べて、スタミナ関して滅法自信がある。目の前の少年は魔法戦闘技術に関しては手練れだろうが、それを考慮してもシンは自身の地力としてのスタミナやタフさ加減でそうそう遅れを取るつもりは無いのだ。しかし、見方を変えると、現在海鳴市に存在する魔導師の中で最も魔力量の低いシンが他の魔導師に対抗できる手段は自身のスタミナの高さを利用した近接戦闘―クロスレンジ―の強引なゴリ押ししか無いとも言える。

 
 
 
 

光刃を細かな動作で切り付けようとするシンと後方に回避することで避ける金髪の少年の一連の行動は数十回ほど繰り返された。

 
 
 
 

だが、ふとした瞬間一連の行動に変化が訪れる、後方に下がり続けることでシンの攻撃を避けてきた少年が壁にぶつかったのだ。これではシンが繰り出す光刃を避けることは出来ない。

 
 
 
 

 「貰った!!」

 

損傷を与える絶好の機会をシンは逃さなかった。右手に携える光刃を振り上げ縦一直線に振り落とそうとしている。

 

 「…ふん」

 

今目の前で振り落とそうとされている光刃を見ること無く、金髪の少年は鼻を鳴らした。

 
 
 

 「調子に乗るな、黒髪…」

 
 
 

光刃が少年の頭頂部に降りかかるその瞬間…

 
 
 

一陣の疾風が駆け抜けたような感覚をシンは感じた。

 
 
 

 「……な…何!?」

 

風が吹きすさんだ様な感覚をシンが感じた後、目の前に居た金髪の少年は何処かへ消えた。シンは光刃が少年を捉えた確信があったはずだった。それにも関わらず結果はこの通り、光刃は金髪の少年に損耗を与えることなく空振りとなってしまったのだ。思わぬ事態にうろたえたシンは左右を見回すが、少年の姿は見当たらない。

 

するとその時…

 

 「…少しスピードを上げただけで付いて来れないとはな…そんな半端な実力で挑まれるのは心外だな」

 

後方から声が掛かり振り返ったシンだったが、その光景は信じられるものではなかった。目の前で突如として消えた金髪の少年は在ろうことか、今現在シンがいる壁から見て反対方向の壁に寄り掛かっていたのだ。距離としては目算で20メートルほどであろうがシンには金髪の少年の動きが全く見えていなかった。

 

 「あいつのスピードには及ばないが、
  俺も移動魔法はそこそこには使える…。
  まぁ…及ばないとは言っても、お前程度の
  魔導師【まがい】の攻撃など捌くことも避けることも何の苦労も無いがな」

 

まるでシンの狙いは初めからお見通しだったと言わんばかりに金髪の少年はシンを挑発した。【偽者の魔導師】呼ばわりされたシンはそれこそ最も痛い核心を指摘され、言い返す言葉など存在しなかった。だが、それでもシンは闘い続けることを諦めはしない。いや、諦めるわけにはいかないのだ。ここで闘いを辞めてしまったら、自分の中の【ナニカ】が終わってしまうような予感がしてならないからだ。

 

 「…くそ、あんな早く動けるなんて…」

 

シンは金髪の少年と自分の魔法戦闘技術の地力の違いを改めて見せ付けられ、悪態を付いた。しかし、それは当然のものとして思考を切り替える。この実力の差はあって然るべきものだ、それはデスティニーやレイジングハートからも散々言い聞かされたことなのだから。

 

 「だが…それなら【動きだけ】は追い付いてやる!!」

 

言い切ると同時にシンは両手を前面に差し出す。その両手に桜色の魔力光を迸らせ、それを元に自分の全身に行き渡る様にリンカーコア器官から魔力を放出していく。魔力光を全身に行き渡らせたシンは魔法術式発動のためにトリガーを言葉に乗せる。

 
 

 「――我は求める、迅速なる体躯。幼き我が身に疾駆する力を……
  【ブースト・アップ・アクセラレイション;Boost Up Acceleration】!!――」

 
 

シンのトリガーワードによって全身に行き渡った桜色の魔力光が一際激しく発光し、包み込む。半月前では発動に失敗し苦労していた【ブースト魔法】であったが、現在では発動可能までにシンは魔法技術を向上させていたのだ。これもマルチタスクスキルの向上が敵わない状態でもひたすらデスティニーと一連托生し、学校生活や私生活を犠牲にし続けて来た成果である。

 

 「…ほう【ブースト魔法】での機動力特化の強化か…」

 

シンの魔法による強化に金髪の少年は少しばかりの興味を示す。しかし…

 

 「…発動前に詠唱を潰してやっても良かったが、まぁ良いだろう。
  強化でもしなければ、話にならない上に一方的な【弱いものいじめ】になってしまうだろうからな」

 

金髪の少年はあくまでも自分が優位であることを確信している為、余裕の姿勢を崩さない。ならばここからは自分とデスティニー、1人と1機の魔導端末でその余裕を瓦解させてみせるとシンはデスティニーと決意を固めた。

 
 

 「言ってろ、この金髪!!ぶっ飛ばしてやる!!」

 
 

シンは強化魔法による加速で先程とは比較し得ないほどの疾駆を実現させる、一方、金髪の少年もそれに応じる為か加速魔法でシンに急速接近に肉迫してきた。シンは両手甲に光刃を煌めかせ、両腕を交差しながら接近。金髪の少年に激突するのと同時に両腕で上から下に掛けて袈裟切りを繰り出す。相対する金髪の少年は右手甲にデスティニーの【ソリドゥス・フルゴール】と同種のシールド魔法を発生させて、シンの突撃を防いだ。

 

シンと金髪の少年―この両者の激突と魔力光の衝突の余波によって、廃棄ビルの内部はつい数刻前とは打って変わった【闘い】の空気を生み出し始めた。

 
 「おおおおおおっ!!!」
 

気合を込めた咆哮を上げ、シンは飛行魔法【ヴォワチュール・フライヤー】を起動し、バック飛行で金髪の少年から急速離脱する。廃棄ビルとはいえ建物の内部のため高度を取る戦法は取れない。ならば、その狭さを逆に最大限に活用するほか無い。デスティニーの助言により、シンは壁に足を付けると同時に思い切り壁を蹴り付け、更に飛行魔法を活用する。強化魔法や重力を利用した加速に加えた上に飛行魔法の加速スピードを上乗せした速度を弾き出し、金髪の少年に肉薄する。

 

シンの我武者羅な加速に不意を突かれた金髪の少年はギリギリの挙動でシンの斬撃を回避する。もう少し近い距離で斬り付けられていたら金髪の少年の防護服に僅かばかりの損傷を与えられたであろうが、そうそう痛手を与えられるほど気楽な相手では無い。それでもシンは通用するまで何度でも特攻を敢行するつもりだ。

 

 (あいつにダメージを与えるには、速度に乗せた一撃しかない!!何としてでもその一撃をくれてやる!!)

 

流石にこのような体に負担の掛かる行動を繰り返していると、いくらスタミナに自信があるシンでも、自身の体力の消耗が激しくなってしまう。しかしそれでも、シンからすれば唯一の突破口である攻撃手段を辞めることは出来ない。だからこそシンは限られた戦闘空間を縦横無尽に駆け巡り、金髪の少年との接触間際に光刃で斬り付けていく。

 
 
 
 

シンが金髪の少年目掛け、迅速に斬り付ける。

 
 
 
 

飛行魔法の加速を生かした一撃離脱。そして離脱するために加速した勢いを壁に激突して殺されてしまう前に身体全体を急速に反転。

 
 
 
 

防護服の防御力を強引に利用し、脚で壁を蹴りまた急加速。金髪の少年の元へ奇襲を仕掛ける。

 
 
 
 

光刃が煌く、今の一撃は手応えが在った。デスティニーの分析によると金髪の少年の防護服の対魔力値を減少させたようだ

 
 
 
 

シンはこの一巡の動作を繰り返す。何度も何度も何度も…。

 
 
 
 

既にどれ位の時間が経ったのかシンには見当も付かない。何度も何度も急加速を繰り返し、何十回も往復し続けて時間の感覚がマヒしているのだ。しかし、この攻撃は確実に成果が上がっている。金髪の少年が装着している防護服の武装部分にダメージを与えることは出来ないが、生身の肉体を覆っている防護服部分にはダメージが通っており、傍目から見ると衣服に裂け目が出来ているように見える。だが、実際には衣服が破けているのではない。

 

防護服そのものが元々防御魔法の一種であり、魔力で構成された強化服である。そのため魔力ダメージが防護服に浸透し、一定数以下の魔力耐久値が減少すると防護服の対魔力そのものが減少してしまう。故に衣服が破けている様に見える現象が発生するのだ。

 

 (行ける!!このまま一気に防御の上から斬り付けて決着をつけてやる!!)

 
 
 
 

数十回もの斬撃を繰り返す内に、光明が見えてきたのか。シンの表情は明るみが差したが、それは思わぬ失敗を呼び寄せてしまった。

 
 
 
 

反転して壁を蹴りつけ加速しようとしたその瞬間、シンはタイミングを誤り脚を踏み外し、そのまま床に落下してしまったのだ。

 
 
 
 

この状況に陥ったのは、シン自身の判断ミスでもあるが、そもそもこの行動自体がシンの身体に相当な負担を強いることを読み取れなかったデスティニーのミスでもあった。

 
 
 
 

 「……っ!!、が…!!」

 

セイフティ機能が働いているとは言え、このようなミスを犯してしまったのは致命的なミスだった。シンはすぐさま立ち上がろうとするも顔を上げた瞬間、勝負は着いてしまった。

 

 「…無理が祟ったな。付け焼刃という言葉は偽りではなく真だったという事だ」

 
 
 
 

 ――――金髪の少年が突き付けた銃口がシンの眉間に当てられていたのだ。

 
 
 
 

 「…くっ!」

 

突き付けられた銃口にシンは眼を見開く。それに対して眼前の少年は冷たい表情の顔に張り巡らせシンを見つめている。

 

 「そもそも…こんな稚拙な戦法が通用すると思っている時点で話にならない」

 
 
 
 

 ――――しかし、事態を一変させる事象は今まさに訪れた。

 
 
 
 
 
 

 ――――――――――――――――――――ドクン…―――――――――――――――――――――――

 
 
 
 
 

 「――――――っ!!この反応!?」

 

金髪の少年が面を食らったように声を荒げ、シンから目を離す。しかし、一方のシンも動き出せないでいた。よりによって今この瞬間に一番起きて欲しくない変化が起きてしまったのだ。この感覚をシン自体が経験するのは三度目である。つまり、ジュエルシードが発動した魔力反応を感じ取ったのだ。

 

 「フェイト!フェイト!応答しろ!!」

 

銃口を突き付けながらも金髪の少年が大声を出す。恐らく一緒に行動していた黒衣の少女に念話で状況確認を行なっているのだろう、しかもマルチタスクスキルによってこちらを警戒しながら。しかし、焦っているのだろうか、その表情には先程までシンに向けていた余裕の表情とは打って変わって、感情が顕になっている。しかし、この少年が焦っているとなると自分自身も悠長にこの金髪の少年を見つめている場合では無いはずとシンは思考している。

 
 
 
 

自分もなのはに念話で確認をとるべきだ、とシンも思考している。

 
 
 
 

だが、どうにも行動に移せずにいる。それは何故なのだろうか?

 
 
 
 

デスティニーから念話が送られてくるが、耳に入らないのは何故か?

 
 
 
 

何故こうも金髪の少年の顔をぼんやりと懐かしむように見つめているのだろうか?

 
 
 
 

 「魔力流だと!?馬鹿な真似を!!何故俺を待たなかった!?何故指示を仰がなかった!!?」

 
 
 
 

 ――――金髪の少年の表情、声、仕草――その全てがシンにとっては何故か、懐かしかった…………。

 
 
 
 
 

※   ※   ※   ※   ※   ※   ※ 

 
 
 
 
 

ある光景が目の前に広がっている。

 
 
 

その光景は床も壁も天井もどこもかしこも機械的な質感で溢れており何処かSFチックな映画を見ているかのような光景だった。この光景を見た人がこの光景に対してどのようなイメージが浮かび上がるか?等と質疑されれば、万人がその光景を「冷たい」だの「堅い」などというイメージを持つだろう。しかし、シンはこの光景に対するイメージはその万人とは異なっていた。

 
 
 

その光景を見て何故か「懐かしい」とシンは思えてしまうのだ。

 
 
 

懐かしく感じる光景にシンが呆けていると、どこからともなく人影が現れた。シンは身を隠そうかと思ったが、そもそも隠れる場所が存在しないし、何より身体の身動きが取れないのだ。仕方が無いので、万が一声を掛けられてしまったら道に迷ったと言うしかないだろう。ひょっとしたら声が掛からないかも知れないが、今現在ではどちらとも言えない。なるようになるだけだろうとシンは開き直った。

 
 
 

人影からそれを形作る身体全体がシンには見えて来た。だが、顔がぼんやりとおぼろげに見えだけなので首を傾げるシンであった。分かった事と言えば、この人影の正体は三人組であり、内訳としては男性が二人で女性が一人、年の位は背丈の程から見ると兄の恭也や姉の美由紀とは少しばかり年下だというのが判明したくらいだ。

 
 
 

 『――何故指示に従わなかった?結果、お前だけが二発も被弾している――』  

 
 
 

シンが対峙している金髪の少年と同じ髪色の青年が黒髪の青年に話し掛けているのがシンには見て取れる。しかし、声色から察するに何やら穏やかな話題とは程遠そうな雰囲気を発している様子が見て取れる。ここは静観していたほうが良さそうだ、とシンは結論付けた。

 
 
 

 『――撃たれたけど戦闘不能にはなってないし、そのぶん数は墜としただろ!!――』

 
 
 

どこかで聞いたことのあるような声音で黒髪の青年は言い返していた。負けず嫌いな性格なのだろう、返す言葉には自分の正当性を主張するかのように声を張っている。しかし、「被弾」だの「戦闘不能」だの「墜とした」だの随分と物騒な言葉が飛び交っているのが、シンには気がかりだった。彼らは自分たち魔導師のように魔法戦闘もしくは訓練でも行なっているのだろうか?とシンは疑問に思ったくらいだ。

 
 
 

シンがそのようなことを考えている内に会話は進んでしまっているようだ。聞き漏らした会話があるかと思ったが、どうやら男性二人が言い合っているだけのようで、女性の方は呆れながらも静観してるだけのようだ。

 
 
 

 『――そうかよ、悪かったな。リーダー様がお望みの成績にならなくて!――』

 
 
 

黒髪の青年が相対していた金髪の少年から身体ごと、顔を逸らし肩にヘルメットらしきものを担いでいる。どうやら青年は多少強引にでも今の会話を終了させたいようだとシンには予想がついた。続く会話に耳を傾けていたシンには何故か、黒髪の青年がこの後紡ぎ出す言葉がどのようなものか分かってしまった。しかし、その予想についてすんなりと自分が理解しているのだろうと疑問が浮かび上がったが、答えは出なかった。

 
 
 

 「『――でも、あんな風に怒鳴られるなんて驚いた。てっきりご褒美のために動くだけの人形かと……――』」

 
 
 

黒髪の青年に続けるようにシンは口ずさんでみたが、その言葉は何故か青年の言葉に重なってしまう。だが、その言葉は不思議と最後まで続くことはなかった。

 
 
 

シンには今見ている光景が急速に遠ざかっていくように感じ取られた…。

 
 
 
 
 

※   ※   ※   ※   ※   ※   ※ 

 
 
 
 

 「人形…だと…?」

 

レイはこちらをぼんやりと見つめながらも、瞳が虚ろで何処か遠くを見つめているような黒髪の少年を睨んだ。少年の表情から読み取れるものは全く存在しない。「人形」という発言に苛立ちが募るのをレイは感じ取ったが、その苛立ちの理由がわからず、また少年の様子の変わり様を不気味に感じ閉口してしまう。

 

しかし、そのような不気味に思えるはずの存在を何故か郷愁に似た何かが込み上げて来るようにレイは感じ取った。厳密に言えば、レイ自身に記憶という確かなものは存在しないし、存在を証明するものと言えばレイ自身が着用していたとされるサイズが大きすぎるジャケットくらいだ。あのジャケットを見るときでも懐かしさが込み上げるような感覚を持ったが、今自分が目の前の黒髪の少年に感じているノスタルジックはその比ではない。

 

 (……このような感覚、何と言い表せばいいか?いや、今はそんな事を考えている場合では無いな)

 

頭に浮かび上がる、解決しようの無い疑問に答えを出そうとするレイだったが、ジュエルシードが発動している今の状況で悠長に構えている場合ではないと思い出し、頭を振った。それに黒髪の少年が抵抗してくる様子も無い、これほど有利な状況を逃す機会は無いだろう。

 

 「レジェンド、ドラグーン射出」

 

 『――Yes,my Master. doragoon shooting.――』

 

レイは魔導端末に指示を出す。すると、左右腰部に備え付けてある機械がレイの着用している防護服から切り離され、浮遊する。

 

 「ドラグーンバインド、展開」

 

切り離された【ドラグーン】と呼称された機械から金色の魔力光が射出された、しかしその魔力光はシンを攻撃せずにシンの両腕に絡み付き、シンを縛りつけにしたのだ。この魔法は【捕獲魔法:バインドタイプ】に属するもので、目標の動きを止める特性を持った魔法で空間に固定するタイプのものである。魔力による縄や鎖、輪などで対象を捕縛し動きを封じる性質を持つ。一定空間に対して仕掛け、その範囲に入った者に対して発動する設置型と直接目標に対して仕掛けるタイプの魔法がある。中には攻撃魔法の中にバインドの効果を追加する手法をとる魔導師も存在する。

 

レイが行なったこのバインド魔法は防護服の一部を切り離し、ドラグーンという端末から射出した魔法にバインドの特性を持たせたものである。そのため防護服の本体から切り離された状態でもバインドの拘束時間は他の捕縛魔法と比べても長いのである。射出されたドラグーン自体を破壊すれば同時にバインドも解けてしまうが、今の黒髪の少年の状態を考慮しても20分ほどは拘束出来るとレイは予測を立てたのだ。今のうちにフェイトと合流して、対抗してくるであろう白衣の少女をどちらかが受け持てば、早期段階でこちら側がジュエルシードを封印出来ると考えている。

 

 「急がなければな…。結界ぐらいは発動しているだろうが万が一、人が紛れていたら不味いことになる」

 

レイは廃棄ビルを後にしようとしたが、その前に黒髪の少年を振り返る。しかし、その眼は未だ虚ろであった。一体何故黒髪の少年がこうなったのかレイ自身にも分からないのだが、たった一つだけ分かった事がある。それは自分が目の前の少年の身を案じている、という事だ。

 

 「何故…なんだろうな…、お前を見ていると不思議と心がざわつく…」

 

その後に続く言葉を呑み込み、レイはその場を後にした。

 
 
 

 ――――レイが廃棄ビルから脱出し、路地裏に出ると既に海鳴市の市街地には夜の帳が降りていた。

 
 
 

 「レジェンド、ジュエルシード反応の予測地点は分かるか?」

 

 『――It is a point of here to 4-km southwest. (ここから南西4キロの地点です)――』

 
 

今の今まで沈黙を通して、戦闘中も念話のみで済ませてきた魔導端末のレジェンドが主の質疑に対して応答を返した。その返答を聞いてからのレイの行動は早かった。自分自身に認識阻害の魔法を施した後に、レイは飛行魔法を使用して現地へと急行した。

 
 
 
 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 
 
 
 

 『――マスター!しっかりしてください、マスター!一体どうしてしまったのですか!?マスター!!――』

 

生気の抜けた表情のシンを残すのみとなった廃棄ビルの内部で魔導端末のデスティニーは念話による発声で、懸命に主に対して呼びかけを行っていた。にも関わらずシンの瞳は未だに虚ろで光が戻ってくる気配が無い。金髪の少年がこの廃棄ビルから脱出して、3分ほどが経過しており、ジュエルシードが発動してからは10分近く時間が経過している。デスティニーは念話でレイジングハートに確認を取り、現在なのはと黒衣の少女・体調が回復して来たユーノと黒衣の少女が連れて来た他の魔導師が交戦中であることの情報を入手した。

 

このままでは非常に不味いというのは単純な計算である。今ジュエルシードが発動した地点では、こちら側の魔導師2名と黒衣の少女側の魔導師が2名、そえぞれが交戦中なのだ。未だこちらが取り逃がしてしまった金髪の少年の目撃情報は齎されていないが、マスターのシンには早く意識を取り戻してもらって追跡をしてもらわなければ3週間前と同じくジュエルシードがあちら側の手中に収まってしまう。もっと最悪の状況としては金髪の少年が交戦に加わり、なのはもしくはユーノ二人のどちらか、または両名に手痛い損害が与えられてしまう、ということだろう。

 

予断を許さない状況で、こちらに接近する熱源反応があるのをデスティニーは感知した。接近してくる者の足音は次第に大きくなって来る。何者なのかはデスティニーには検討がつかないのだが、予想だにしない事態であり好ましくない状況だ。バインドによって張り付けにされているシンを目撃されてしまっては魔法技術の存在が露見してしまい、今後のジュエルシード探索の足枷となってしまう。

 

迫りくる侵入者に対応策など無いまま、シンの姿が予期せぬ侵入者に目撃される事となった。

 

侵入者の輪郭がハッキリするとデスティニーは言葉を失った。最も魔導端末が侵入者に話しかけても仕方の無いことなのでデスティニーは沈黙以外の選択肢など存在する訳も無いのだが。

 
 
 

 ――――突然の侵入者はシンの義姉(あね)、高町美由希だった。

 
 
 

一体何故、シンやなのはの家族であり姉でもある美由希がこの場に居るのか、デスティニーにはその理由に見当が付かなかった。しかし、目撃されたのが寄りによって家族だったというのは一大事である。今、高町美由希の目には映るものありとあらゆるものが日常から逸脱した技術、代物ばかりのためこの事が高町家の他の人に知られてしまえば、まさしく先ほどの懸念通り、今後のジュエルシード探索の最大の障害になってしまう。だが、最早手遅れである。シンの意識は戻らぬままであるし、よしんば意識を取り戻したとしても金髪の魔導師が残したバインドのため、身を隠すこともままならないのだ。

 

ある意味マスターの史上最大のピンチであるのだが、デスティニーはある違和感を感じていた。

 

シンの防護服姿を見ても、金髪の魔導師が残したバインドを見てもその表情に変化らしい変化が見当たらないのをデスティニーは不思議に感じていた。人間という知的生命体は自身にとって未知の出来事や物体・技術などに遭遇すれば、程度の差は在れど驚愕するはずである。実際にシンやなのはも魔法技術についてユーノから教わった時には感情いっぱいに驚いたものだったことをデスティニーは思い出していた。ただ無闇やたらに騒がれて人を呼ばれたりでもすれば厄介であるし、今美由希がこうして沈黙しているのはある意味不幸中の幸いでもある。

 

しかし、美由希の表情に何の変化を表さないのはデスティニーにとっては少々不気味に感じられた。

 

ゆっくりと美由希の行動に変化が表れた。シンに近づき、あろうことかバインドを射出している防護服の一部に手を掛けたのだ。しかし、バインドを射出している防護服は、この地点一帯の魔力素に反応し、空中で固定されているのでビクともしない。もしかしたら美由希はバインドを解除しようとしてくれているのか?と思考したが、デスティニーにとって高町美由希が取った行動は理解出来ない行動であった。防護服自体をどうにかする事が出来ないと知ると、美由希はバインドそのものに手を掛けたのだ。

 

バインドに手を掛けた美由希の表情が一瞬崩れた、苦悶の声を上げ掛けたがそれを呑み込んだ。無理をするものだとデスティニーは思考した。防護服に損傷を与えないとは言っても、バインド自体にも攻撃性要素を持つ魔力や物理的干渉に対する耐久性があるのに、それを素手で掴んだのだ。バインドが発する魔力に抗えなかったのか、美由希は手を離した。

 

バインドや防護服をどうする事も出来ないとなると残る手段としてはシンの意識を戻す以外に無い。しかし、それは先ほどからデスティニーが念話で必至に行っている。それでも尚意識を取り戻さないので、絶望的である。ここ半月以上の訓練の甲斐も無くなってしまうとなると、たとえ魔導端末であってもデスティニーには悲しみの気持ちで溢れてしまいそうだ。最も感情などというものが、魔導端末にあるのかと言われればぐうの音が出てしまうが。

 

バインドから手を放した美由紀は、どうやら現在地の周辺を見回しているようだ。

 

何かに目を付けたのか美由希はシンの傍から離れた。美由希が向かった先には、廃棄ビルで不要になった廃材などが乱雑に置かれていた。美由希はその廃材の中から手頃な鉄パイプを吟味し、2,3度ほど素振りをした。その突飛な行動にデスティニーは訝しんだ。まさかあの鉄パイプを振り下ろして強引にシンを起こそうとする気では無いかと、デスティニーは不安に陥った。

 

美由希はおもむろに眼鏡に手を掛け、取り外した。その瞬間から普段の明るく優しい、高町家の長女として【高町美由希】としての顔は成りを潜めた。眼鏡を取り外したその眼光は平時では考えられないほどの鋭さを宿していたのだ。そして、美由希は鉄パイプを両手で正眼に構えた。

 

 「―――御神流 徹(とおし)―――」

 

ぼそっとデスティニーに届かないほどの声音で発した次の瞬間――――美由希が繰り出した一撃はバインド魔法を射出している防護服に見舞われた。魔力の通っていない物理攻撃が防護服に通用するはずが無いと思考していたデスティニーであったが、その予想は覆された。美由希が十数ほど打撃を繰り返し続けることで、防護服の端末を一基破壊できたのだ。

 

美由希の攻撃によって、シンの左腕を捕縛していた防護服が砕け散った。美由希は続いてシンの右腕を縛っている防護服をこれもまた何度も打撃を見舞う事で破壊したのであった。防護服が破壊された要因がなんだったのかデスティニーは解析を試みたが、美由希の発した攻撃には何の魔力的要素も発見することが出来なかった。純粋な打撃で、本体から切り離されたとは言え、魔力に覆われた防護服を破壊できるものかとデスティニーは戦慄した。しかし、驚愕に目を眩ませようと今目の前で起きた事実は覆しようも無い純然たるものだった。

 

防護服が破壊されバインドの拘束が解けたシンはゆっくりと地面に倒れ伏せようとしたが、美由希はシンを優しく抱き止めた。

 

美由希はシンの癖の柔らかい髪を撫で付け、取り外した眼鏡を掛け直した。平時の温和な高町家の長女の顔に戻ったようであり、柔和に微笑むのであった。そうしていると、意識を取り戻す寸前なのかシンからくぐもった声が出てくる。その声を美由希が耳にすると、すぐさまシンをビルの壁にそっと置き、鉄パイプを左手に保持したまま突如として音も無く消えたのだ。魔力を感じられなかったので、純粋な身体能力によって掻き消えたのか、とデスティニーは驚かされるばかりであった。だが、取り乱してばかりではいられない。

 
 
 
 

 ―――――シンが意識を取り戻したのだ。

 
 
 
 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 
 
 
 

廃棄ビルの一画で高町美由希は身を隠していた。鉄パイプを握る力を緩めて、それを離し呼吸を整えた。

 

シンを束縛から解放して良かったのだろうか?シンに事情を聞かなくて良かったのだろうか?高町美由希は自問自答した。しかし、その自らの問いに対して、美由希は解を出せなかった。それも仕方の無いことだ。美由希が未だかつて目撃した事の無い空中に浮遊する機械、そしてその機械によって拘束される義理の弟の姿を見て、動揺しないわけが無かったのだ。美由希の少ない人生経験から見ても五本の指に入るほどの驚愕の出来事だったのだ。

 

しかし、家族が妙な代物に捕らわれているのに、年上の自分がうろたえる訳にはいかないと平静を取り繕い、シンの開放に努めた。シンを開放しようとしてつい【剣術】を使ってしまったが、恐らくそうでもしなければシンを束縛から助ける事など敵わなかっただろうと、美由希は結論付けようとした。

 

 「…あれは…一体なんだったのかな……? でも聞きたくても今更戻れない…」

 

さめざめとした心象を独り言を呟くことで美由希は気を紛らわせた。

 

シンが意識を手放していると判断した上で美由希は代々家で教えられている【剣術】を使用したのだ。普段の鍛錬では一振りの木剣や竹刀を用いて鍛錬に励んでいるのだが、その【剣術】の本来の手法とは少し異なるものなのだ。兄の恭也と違い、まだその【剣術】のいろはを美由希は教わっていないため、一振りの得物で扱える範疇の【剣術】と少々特殊な【歩法】を教えて貰っているだけに過ぎないが、それでもその【剣術】が齎す充分過ぎるほどの殺傷性は散々父や兄から教わっている。

 

因みに、美由希がシンの束縛を開放するのに使用した【剣術】は、自らが所持している得物で表面的に衝撃を与えるのではなく、物体の内部に得物の威力を「徹す」打撃法なのである。素手や刃の付いていない得物でも、打ち所が悪ければ簡単に人を殺してしまうのだ。その【剣術】を意識を失っているとは言っても、何も知らない弟の目の前で使用したのだ。自らの剣技に自身が無い訳では無いが、美由希は身体が身震いしてしまうのだった。壊れたのが妙な機械で本当によかったと、肺から空気をこれでもかというくらい吐き出しては吸い込んで、美由希は何とか落ち着こうとしている。立ち上がる気力が回復するまでは蹲って体育座りをしているしかないだろう。

 

落ち込んだ精神を平常に戻す為に、美由希は思考を再度シンの容姿や空中に浮遊する機械に対しての考察に移った。

 

最初にシンを拘束している機械を見てしまったため、記憶に薄かったが、衣服が全くの別物だということを美由希は思い出した。聖祥の制服のままシンは翠屋を飛び出したはずであり、この付近に来るには着替える暇など無いはずであった。それに美由希はシンのあのような私服は見たことが無いし、突拍子かつ無計画に購入したとも考えられない。それにシンの奇妙な衣服には、シンを縛っていた機械とは用途は違うであろうが、これもまた機械が備えついていたのだ。あれもまた不可解さに拍車を掛けている。

 

 「…コスプレ…じゃないだろうし…本当になんなんだろう?」

 

いくら思考を張り巡らせても、解答が存在しないし、立ち上がる事もままならないので情報を集めようも無い。それにシンのそんな奇妙な姿を目撃したから、不可解な行動の事情を説明しろなどと言って、弟を脅迫まがいな事をして無理矢理聞き出すような事はしたくない、という考えが美由希の中にあるのだ。だからこそ色々と妙な行動に対しての事情を段階ごとに聞き出せないかと美由希は計画を建てているのだ。買い出しのついでにシンを翠屋に呼び込んだのもそういった理由からだ。もし兄の恭也が事情を聞き出すとなると、シンとなのはの二人に対して無理矢理にでも事情を聞き出しかねないので美由希がストッパーを掛けているが、それでも兄の我慢がいつまで持ち応えられるか?といった状況でもある。

 

このような逼迫した状況を変えるには、シンもしくはなのはから少しでも事情を聞きだして、兄に説明をすることで多少は持ち応えさせようと考えて美由希は行動に移った。

 

しかし、思わぬところでその行動に障害が発生した。先刻の翠屋におけるシンと奇妙な金髪の少年との奇妙な遣り取りである。この遣り取りにこれまでの奇妙な行動に何かしらの関連性があると思った美由希はシンを捜索し、人伝を頼ってようやくこの廃棄ビルまで辿り着いたのだ。だが、結果的に言えば判明したことなど何一つ無いので美由希の苦労は徒労に終わってしまったといっても間違いでは無い。

 

美由希が思考していると、廃棄ビルの内部から駆けるような足音が響いてきた。しかも、自分が隠れている一画までやって来た方角から足音が聞こえる。まさか、と思い美由希は辺りを窺った。次第に足音は金属と金属同士が触れ合うような甲高い音を発しているのが美由希には聞き取れた。

 
 
 

 「くそっ!出遅れた!!間に合わせないと!!」

 
 
 

 ――――足音の正体は紛れもなくシンであった。

 
 
 

金属同士が触れ合う音が遠ざかっていき、やがてそれは聞こえなくなった。だが、今はこれで良いのかもしれないと美由希は自己完結することにした。それに何より、シンの元気な声を聞いた瞬間に美由希の中の【剣術】を身内の目の前で使ってしまった緊張感や罪悪感が吹き飛んでしまい、後には安堵感が残ったからなのだ。

 

 「…はぁ…とりあえず良かったってことで良いかな?二人が何をやってるのか結局分からずじまいだけど…」

 

シンが意識を取り戻し、駆け抜けていく光景を見て安堵感が強かった所為か、美由希は当初の目的であったシンとなのはの不可解な行動、その事情をシンもしくはなのはから聞き出すことを記憶の片隅において置くことにした。最終的にはシンやなのはが自分達の意思で家族に事情を話して欲しいという願いを美由希は持っているのだ。だからこそ、家族を信じて待つのも良いだろう。過保護になり過ぎるのも考えものだ。それが分かっているからこそ、敢えて両親は二人に言い含める事をしないのであろう。

 

 「私も【心配】ばかりしないで【信頼】してみよう…恭ちゃんはうるさく言いそうだけど…」

 

お小言を自分に向ける兄・高町恭也の光景を思い浮かべながら、美由希はクスリと微笑む。だいぶ身体の緊張が解れた様なので、もう暫くすれば動いても問題無いだろう。身動きが取れるようになるまでに、兄をどのように言って説得すれば良いものかと美由希は思考を切り替えることにした。

 
 
 
 

  戻る ?