なのはクロスSEED_第10話後編

Last-modified: 2007-12-14 (金) 12:48:20

同刻。

 

「送信っと」
メールの送信を確認した後に携帯をたたむアリサ。
「アリサお嬢様、何か良いお知らせでも?」
運転しつつ、バックミラーに映るお嬢様へと視線を向ける鮫島。
「別に、普通のメールよ」
そっけなく答えるアリサだったが、窓の外へと向けた表情はどこか冴えない。

 

そんな時。

 

「!!」
アリサの視線に飛び込んできたのは、藍色の髪の青年。
以前自分を助けてくれたあの青年、アスランによく似ていた。
「鮫島! ちょっと止めて!」
車はすぐに道の横へと停車し、と同時に車から飛び出していくアリサ。
そのまま走ってきた道を戻っていく。
だが、道を戻ってみても、彼の姿はどこにもなかった。
「はぁ……何やってんだろ」
とぼとぼと走ってきた道を歩き、車へと戻ろうとした。
そしてふと横のわき道へと視線を逸らすと、
「?」
視線に入った"それ"を確認すべくわき道へと入っていくアリサ。
わき道に点々と着いた紅い跡。その先にあったのは、
「……やっぱり、大型犬」
そこに横たわっていたのは橙色の毛並みをした大型の犬であった。
それに所々怪我をしていて、口から血を流している上、息も荒い。
「お嬢様」
そこへ後ろから後を追いかけてきた鮫島がアリサへと声を掛ける。
「これは……かなりひどい怪我をしているようですな……」
「……でも、まだ生きてる。鮫島」
「心得ております」
アリサの言葉を聞き入れ、自分のすべきことを成す鮫島。
そして、鮫島が抱きかかえようとした瞬間、犬は一瞬だけ目を開けこちらを見たような気がしたが、
すぐにまた目を閉じてしまった。

 
 
 

――翌日。

 

聖祥大付属小学校・屋上。

 

「なのはちゃん! ……よかった元気で」
嬉しさのあまり、なのはの手を握るすずか。
メールで帰ってきてた事は知っていたが、いざこうして会うのは何日ぶりだろうかと思う。
「うん、ありがとう、すずかちゃん」
そしてそれは、なのはにとっても同じであり、
「アリサちゃんも、ごめんね……心配かけて」
「……まぁよかったわ、元気で」
アリサにとっても同じ事であった。
態度には出そうとはしないが、彼女もなのはの事を心配していたのは間違いないのだから。
それがアリサの照れ隠しだとわかっている親友の二人は微笑みあう。

 

聖祥大付属小学校・教室。

 

「そっか、また行かないといけないんだ……」
「うん……」
「大変だね……」
また行かなくてはならない、それを知り表情が曇る三人。
「でも、大丈夫!」
そんな雰囲気を壊すべく、言葉だけでなく、体で表現するようにポージングするなのは。
「放課後は? 少しくらいなら、一緒に遊べる?」
「うん、大丈夫」
「じゃあ、ウチに来る? 新しいゲームもあるし……」
「え? 本当?」
そっけない感じで誘うアリサに、にこやかに答えるなのは。
「そういえばね、昨日学校から帰る途中に犬を拾ったんだ」
「犬?」
「うん、すごい大型で何か毛並みがオレンジ色で、おでこにね、紅い宝石がついてるの」
「あ……」
小さく声に出すが、アリサの話を聞き、一つの答えに行き着くなのは。

 

バニングス邸。

 

放課後、なのはとすずかはアリサの家へとお邪魔し、
三人で昨日拾ったという大型犬を見ていた。
そして、確信を得たなのはは声に出すことなく、話しかける。
(やっぱり、アルフさん……)
(……アンタか)
目の前にいる橙色の毛並みの大型犬はなのはの予想通り、あの子、フェイトの使い魔のアルフに間違いなかった。
(その怪我、どうしたんですか? それにフェイトちゃんは……)
(……)
なのはの言葉を聞き、正面を向いていたのが、振り返りそっぽを向いてしまう。
「あらら、元気無くなっちゃった。どした? 大丈夫?」
「傷が痛むのかな……」
念話で行われている会話と、関係性を知らない二人はアルフの心配をする。
しゃがんでいた三人が立ち上がろうとすると、
「あっ!」
すずかに抱かれていたユーノがすずかの胸から飛び出し、アルフの入っている小屋の前にまで行く。
「ユーノ、こら危ないぞぉ」
心配そうな顔をするアリサ。
無理も無い、普通の一般人から見たら大型犬のオリに向かっているフェレットの姿を見るとハラハラドキドキものだ。
だが事情を知っているなのはは「大丈夫だよ、ユーノ君なら」と言える。
(なのは、彼女からは僕が話を聞いておくから、なのははアリサちゃん達と)
(うん)
振り返り、オリを後にする三人。
(……一体どうしたの、君達の間で一体何が……)
(……あんたがここにいるってことは、管理局の連中も見てるんだろうね)
(うん)
(時空管理局、クロノ・ハラオウンだ。どうも事情が深そうだ、正直に話してくれれば悪いようにはしない。
 君も、君の主、フェイト・テスタロッサも……)
アースラから管制を通じてクロノが話しかける。
(話すよ、全部……だけど、約束して! フェイトを助けるって……あの子は何も悪くないんだよ……!)
「約束する。エイミィ記録を」
「してるよ」
(フェイトの母親、プレシア・テスタロッサが全ての始まりなんだ……)

 

そしてアルフの口から語られるこれまでの事……。

 
 

バニングス邸・廊下。

 

(なのは、聞いたかい?)
(うん……全部聞いた)
(君の話と現場の状況、そして彼女の使い魔アルフの証言と現状を見るに、この話に嘘や矛盾はないみたいだ)
(……どうなるのかな)
(プレシア・テスタロッサを捕縛する。アースラを攻撃した事実だけでも逮捕の理由にはお釣りが来るからね。
 だから、僕達は艦長の命があり次第、任務をプレシアの逮捕に変更することになる……君はどうする? 高町なのは……)
(……私は…………)

 

――考えるまでもない、すでに答えは出ているのだから。

 

意を決し、顔を上げるなのは。
(私は、フェイトちゃんを助けたい!
 アルフさんの想いと、それから、私の意思、フェイトちゃんの悲しい顔は私も何だか悲しいの。
 だから助けたいの、悲しい事から……それに、友達になりたいって伝えたその返事をまだ聞いてないしね)
(……わかった。こちらとしても君の魔力を使わせて貰えるのはありがたい。フェイト・テスタロッサについてはなのはに任せる。
 ……さて、君はどうする? キラ・ヤマト……)

 
 

同刻、翠屋。

 

「キラ君、そっちのお客様のオーダーお願い!」
「はい、ただいま!」
この時間になると学校帰りの学生さん達でよく賑わうので忙しく動き回るキラ。
帰ってきた以上は仕事をしたいとキラ自身が申し出てきたのだ。
士郎や桃子はそれに反論することなく賛同した。
そして、夕刻になって入ってきた突然の念話。
アルフの言葉により明らかになった、フェイトの事、プレシアの事、そして、アスランの事……。
そして、これから、自分がどうするか。
(……僕は……)

 

"……それでも、僕は……今でも君の事を、友達だと思っている"

 

この言葉に、嘘や偽りはない。

 

"……すまない"

 

だけど、アスランには僕とは違う、戦う理由があるんだと思う。
じゃあ、僕は?
僕の戦う理由は……僕を救ってくれたあの子とあの家族を護る事。
だけど、それは彼も同じだろう。いや、彼にはもっと深い"何か"があるのかもしれない。

 

"僕達……また戦うのかな……"

 

きっと進む道の先で、僕達はまた戦うことになるのだろう。
だけど、それでも……。

 
 

(僕は……アスランを止めたい)

 
 

諦められない。諦める訳には、いかない。
例え……また傷付けあうことになったとしても、止めなくちゃいけない。

 

(キラ……だっけか。アスランの事、あんたに任せてもいいかい……?
 あいつは、アスランはプレシアに助けて貰った恩を返そうとしているだけなんだ……。
 フェイトについてやってるだろうけど、アタシ、あいつがこれ以上傷つくのはもう……)
(……うん、それは僕もイヤだから)

 

だから、僕が止めなきゃいけないんだ。
理由なんて、そんなのたった一つしかない。

 
 

――友達だから、止めるんだ。

 
 
 

バニングス邸。

 

「それじゃ、またね~!」
アリサとすずかに手を振るなのは。玄関をくぐると、
「キラ君!」
「楽しかった?」
「うん! そういえばキラ君の事話したら、今度はキラ君も一緒にって言ってたよ」
「え? そうなんだ……」
前回は自分が行ってもおもしろくないだろうと思っていたキラだったが、
「……それじゃ、次は僕もお言葉に甘えようかな」
「うん!」
今のこの生活が楽しいと思えるようになってきていたのだった。

 

そして、他愛無い話をしながら帰路へとつく三人。

 
 

夜・高町家。

 

道場の中心に立つキラ。
なぜだか、ここに立つと自然と心が落ち着ける。
だから、この場所は、結構気に入っていた。
真っ直ぐに前を見つめる。その先に見えているのは、きっとこれからの事。
そして、自分がやらなきゃいけない事。
「……いい顔になったな」
不意に背後より投げ掛けられる言葉。
振り返ると、言葉の主、高町士郎が道場の門の前に立っていた。
「迷いは消えたかい?」
「士郎さん……」
やっぱり、この人にはわかっていたんだ。
僕が迷っていた事に。
「うん、前よりもいい顔になってる……しかし」
「?」
「いや、君がさっきお風呂に入ってる間になのはもここに来ていたんだ」
確かに、お風呂から上がって道場へ戻る時にすれ違ったような気がした。
「その時も、なのはに同じ事を言ったからね……」
「そうなんですか……」
確かに、アリサちゃんの家から帰って来る時のなのはの表情は吹っ切れたような感じになっていた。
それはきっと、あの子を助けたいという思いと、決意から来るものなのだろうと思っていた。
「それで、記憶の方はどうだい?」
「……まだ全部は思い出せません」
何度もこうやって曖昧にごまかす自分が嫌だった。
もう話してしまうべきだろうか。
自分の過去を、自分自身がこの手で行ってきた全てを……。
だが、話す事により、自分自身が拒絶されることをキラは恐れた。
けれど、話さないといけない。そんな感情が前に出てきて、
「あの、実は僕……!」
「おっと、ストップ」
手を上げ、キラの言動を制止させる士郎。
「何を話してくれるのかは知らないけど、君はそれよりも大事な事があるんじゃないのか?」
「え……?」
「まだ、終わっていないんだろう?」
「……はい」
そうだ、まだ自分の成すべき事を成していない。
「なら、話はそれから聞かせてくれ。君自身が、もっといい表情で話してくれるまで俺は待っているつもりだ」
「士郎、さん……」
「明日も朝早くから行くんだろう。だったら早く寝ないと明日に響くぞ」
「あ、はい」
「それに……」
「?」
「ここは、君の家でもあるんだから。いつでも帰ってきていいんだよ、俺達はいつでも君の帰りを待ってるからな」
それだけを言い、士郎は道場を後にする。
「……ありがとう、ございます」
歩いていくその背中に、精一杯の言葉をかけるキラ。
そうだ、全てを話すのは、全てが終わってからにしよう。
全てが終わったその時に、みんなに全てを話そう。
例えどんな結果になったとしても、僕は、自分の過去から逃げる訳にはいかない。
だから、今は事件解決の事だけを考えようと思い、キラは眠りに着いた。

 
 
 

翌日・AM5:25。

 

起床したキラは先程まで自分が横になっていた布団を三つ折にしてたたむ。
部屋の壁にかけてある翠屋のエプロン。その名札に自分の名前が刻まれていた。
『キラ・ヤマト』とその下に『ただいま研修中』と。
名札を手に持ち、それを感慨深く撫でて、一言。
「……帰ってきたら、もっとコーヒーが美味く淹れられるようになりたいな」
ふと蘇る向こうの世界のある一人の男の言葉。

 

"戦うしかなかろう! 互いに敵である限り、どちらかが滅びるまでな!!"

 

「……そんなことない」
あの時は言えなかった言葉を今ここで言ってもしょうがないのだが、なぜか口にしてしまった。
諦めたら、そこで全てが終わってしまう。
だけど、諦めないことを、僕は教えてもらったから。
撫でていた手を止め、名札から離す。
持ち物は、ポケットに入っているデバイス、『ストライク』のみ。
ほとんど手ぶらといえる格好で部屋を後にし、扉に鍵をかける。
そして道場の扉を開くと同時に、家の扉も開く。
そこから出てきたのは、小さな鞄を背中に背負った制服を着たなのはだった。
そして、目が合った二人の最初の一言は、
「「おはよう」」
見事に被った。思わず二人とも笑みがこぼれる。
「……行こうか」
「……うん」
言葉の後に駆け出す二人。
まだ朝が明けきっていない薄暗い、だけど明るくなりつつある道を走っていく。
「なのは!」
ユーノの言葉で彼と同じ方向を見る二人。
そこには自分達と同じ速度で塀を駆けていくアルフ。
そして塀から飛び降り、並んで走る。
そのまま、四人は走っていく。

 
 

海鳴臨海公園・AM5:55。

 

果てしなく広がる水平線。
その上に見える景色は、蒼と白のグラデーションが掛かった夜明けの空。
その景色を見つめる四人。
目を瞑り、意識を集中させるなのは。
「ここなら、いいね……出てきて……フェイトちゃん……!」
そして、木々がざわめき出す。
風の流れが、変わった。
そして、全員が振り返る。

 
 
 

『Scythe form.』
まだ、夜が明けていないせいか。街灯の明かりはついたままだった。
その上に、鎌状の魔力を発生させたデバイス、バルディッシュを構えたフェイトが、そこにいた。
そして、その横には紅いバリアジャケットに身を包んだアスラン。
「フェイト、アスラン……もうやめよう、あんな女の言うこと、もう聞いちゃダメだよ……。
 フェイト……このまんまじゃ不幸になるばっかりじゃないか……だからフェイト!!」
アルフの悲痛な叫びを聞いて悲しい表情になるフェイトだったが、その言葉に対して首を横に振る。
「だけど、それでも私は、あの人の娘だから……」
やはりフェイトの意思は変わらないようだった。
「アスラン! あんたはこれでいいのかい!? あんたは……!!」
もう自分じゃ止められない。そう思ったアルフはアスランへと言葉を投げかける。
「……彼女の決めた事を、俺は反対する訳にはいかない」
淡々とそれだけを言うアスラン。
もう、どうにもならないのか。と落胆するアルフ。

 

意を決したなのはは目を瞑り、左手を肩と水平の位置へと掲げる。
桜色の光に包まれ、バリアジャケットへと変わり、掲げた左手にはデバイスモードのレイジングハートが握られている。
その左手を前方へと掲げ、言葉を紡ぐ。
「ただ捨てればいいって訳じゃないよね……逃げればいいってわけじゃ、もっとない……きっかけはきっとジュエルシード。
 だから賭けよう、お互いが持っている全部のジュエルシードを!!」
目を開き、両手にレイジングハートを構え、前方を見据える。
『Put out.』
『Put out.』
それぞれのデバイスの言葉の後に浮かび上がるジュエルシード。

 

「それからだよ……全部、それから……!」

 

互いのデバイスを構える少女達。

 

「だから、本当の自分を始める為に……始めよう、最初で最後の本気の勝負!」

 
 

「アスラン……」
「……」
友の名を呼びかけるが、彼は口を動かそうとはしなかった。
もう、何も言う事はない。
アスランの口からは何も言葉は出てこない。
それを悟ったキラはポケットからストライクを取り出す。
そして、蒼い光に包まれ、バリアジャケットに身を包み、ライフルとシールドを手に持つ。
「エールジャケット」
『OK. Aile Jacket.』
紅い光が上半身を包み、消えると同時に出現する紅い翼のついたジャケットが装着される。
『Jewel Seed, Open.』
『Jewel Seed, Open.』
二人の前に浮かび上がるそれぞれのジュエルシード。

 

もう、二人の間には言葉はなかった。

 

お互いを見つめるそのまなざしからは何も読み取る事は出来ないけれど、

 

それでも、あの時のように、殺すつもりはない。

 

互いの友を殺された、あの時とは違う。

 
 

――僕は、アスランを止める為に、戦うんだ。

 

それが、僕の決めた事だから……アスランが、僕の友達だから。

 
 
 

そして、戦いの火蓋は、切って落とされた。