なのはクロスSEED_第10話前編

Last-modified: 2007-12-10 (月) 16:15:15

アースラ・ブリッジ。

 

ディスプレイに映る四人。
そして、少しずつ静けさを取り戻していく海。
雲の向こうからは太陽の光が次々と差し込むように流れてくる。
「……四人共、戻ってきて」
リンディがディスプレイに映るクロノへと命令を下す。
目を瞑り、「了解……」と小さく言葉にするクロノ。
立ち上がり、腕を組むリンディ。

 

「で、なのはさんとユーノ君とキラ君には私直々のお叱りタイムです」

 
 
 

アースラ・ブリーフィングルーム。

 

中央のテーブルに座るリンディ。その脇に立つクロノ。
そしてその反対側に立つなのは、ユーノ、キラ。
三人とも目を瞑り、下される判断を待つ。
「指示や命令を守るのは個人のみならず、集団を守る為のルールです。
 勝手な判断や行動はあなた達だけでなく、周囲の人達をも危険に巻き込んだかもしれないということ……
 それはわかりますね?」
「はい……」
力なく答えるなのは。
「本来なら厳罰に処す所ですが、今回のことについては不問とします。」
目を開き、お互いを見合う三人。
まさかあれだけ勝手な行動をしておいて不問にされるとは思っていなかったからである。
「ただし、二度目はありませんよ。いいですね?」
「はい……」「ごめんなさい……」「すみませんでした……」
頭を下げる三人。
「……でも、残り6つのジュエルシードは全て向こうの手に渡った、と考えるべきなのでしょうね……」
リンディの言葉で、全員の表情と場の空気が一気に暗くなる。

 

「……あの……」

 

小さく声を上げるキラ。
「何かしら?」
「その事についてちょっと報告したいことが……」
「「「「???」」」」
その場にいる全員がキラへと視線を向ける。
そしてポケットから自身のデバイス、ストライクを取り出す。
「ストライク」
『ジュエルシード、オープン』
手の平に乗っているストライクが輝き、空中に浮かぶ2つのジュエルシード。
「キ、キラ君、いつの間に?」
驚く全員の言葉を代弁するように言うなのは。
「実は……海に到着した時に、雷を受け止める前の一瞬の内に二つ取ったんだ」
「……そうだったんだ……」
「でも、最初に取ったのは僕じゃなくてアスランだったけど」
「え!?」
「先にアスランがあの子をかばうように雷に当たる直前にジュエルシードを取るのが見えたんだ。
 だから僕が残りの二つをどうにか取ることが出来たんだ」
「……何にしろ、君のおかげでどうにかジュエルシードが全て向こうの手に渡ることは回避された訳だ」
クロノが労うように言葉をかける。
「……さて、問題はこれからね……クロノ、何か事件の大元についての心当たりは?」
「はい、エイミィ、モニターに」
『はいは~い』
エイミィの言葉の後、テーブルの中央に浮かび上がる球体。
その球体に浮かび上がってくる女性の姿。
「あら……?」
「そう、僕らと同じミッドチルダ出身の魔導師、プレシア・テスタロッサ……
 専門は時限航行エネルギーの開発、偉大な魔導師でありながら違法研究と事故によって放逐された人物です。
 登録データと、アースラへの攻撃魔力波動と一致しています。
 ……そして、あの少女、フェイトはおそらく……」
「……フェイトちゃん、あの時"母さん"って……」
蘇る先程の記憶、天を見上げながら畏怖の表情を浮かべ、母と呼ぶフェイトの姿。
「親子、ね……」
呟くように喋るリンディ。
「そ、その……驚いてたっていうより、なんだか怖がってるみたいでした……」
一同がなのはへと視線を向ける。
「エイミィ! プレシア女史についてもう少し詳しいデータを出せる?
 放逐後の足取り、家族関係、その他なんでも」
『はいはいっ、すぐ探します』
そしてディスプレイの女性を見つめ、思案するなのは。
(この人が、フェイトちゃんのお母さん……)

 

時の庭園。

 

「……そう、それじゃ、アスランがこの2つを手に入れてくれたんだね……」
フェイトの部屋のベッドに横たわるアスラン。
庭園に帰った際にアスランのデバイス、イージスから事の顛末を聞かされる。
「ごめんね……アスラン……」
その名を呼んでも、彼からの返事は返ってこない。
「アルフ……アスランの事お願いね……母さんに会って来なきゃ……」
椅子から立ち上がるフェイト。その袖を引っ張り、止めようとするアルフ。
「フェイト……! でも……!!」
行ったらまたひどい目に合わされる、そう分かっていたのに……。
「大丈夫……だからお願い……」
それだけ言い、引っ張るアルフの手を優しく外して、部屋を後にするフェイト。
もう自分じゃフェイトを止められない。だから……。

 

「頼むよ……アスラン……起きてくれよ……起きて、フェイトを……」

 
 

――――助けてやってくれ……――――

 
 
 

アースラ・ブリーフィングルーム。

 

数分後、エイミィの口から語られるプレシア・テスタロッサの過去。
自らが開発した次元航行エネルギー駆動炉の失敗、それによる中規模時空振の発生。
そして辺境へと追い込まれたが、しばらくしてから行方不明になったと……。

 

「家族に関してのデータは全て綺麗さっぱり消去されてしまってますね。
 今本局に問い合わせて調べてもらってますので……一両日中には結果が出るかと」
「……プレシア女史もフェイトちゃんもあれだけの魔力を放出した直後では早々動きはとれないでしょう……
 その間にアースラにシールド強化もしないといけないし……」
と、言葉がそこで区切られると、テーブルの球体が消え、リンディが立ち上がる。
「あなた達は一休みしておいた方がいいわね」
「あ、でも……」
「特になのはさんはあまり長く学校を休みっぱなしでもよくないでしょ」
現在なのはは家庭の事情でお休みということになってはいるが、
特に病気や怪我といった特別な理由も無いので、あまり長期な休みは確かに不味いだろう。
「一時、帰宅を許可します……ご家族と学校に、少し顔を見せておいた方がいいわ」
それだけを言い、リンディはその場を後にする。
「……はい」
なのはの表情はやはりまだ曇ったままだった。
それに気付いたキラは、なのはの頭に手を乗せる。
「……帰ろう、なのはちゃん」
「……うん」
優しく撫でるその暖かい手が、今は少しだけ心地よく感じられたなのはだった。

 
 
 

再び、時の庭園。

 

"事"が済み、部屋の中央で横たわるフェイト。
「フェイト!!」
駆け寄るアルフ。屈み込んで抱き上げる。
その腕で眠るフェイトの体中に見え隠れする傷跡。
「ごめん……フェイト……」
また守れなかった。またフェイトを傷つけてしまった。
後悔と罪悪感が押し寄せる。そしてそれと同じ、いやそれ以上に、
憎しみが湧き上がる。
顔を見上げ、正面の扉に睨む。
あの扉の向こうに、アイツがいる。
もう我慢しきれない。そう思ったアルフは決意を胸に立ち上がる。

 
 

「……たった10個……これだけじゃ次元震を起こせるけど、アルハザードには届かない……うっ!!」
言葉を言い終わる前に口から放たれる紅い液体。
それは咳と共に次々と口から吐き出される。
そして収まる咳と血液の逆流。
(もう、あまり時間がないわ……私にも、"アリシア"にも……)

 

刹那。

 

轟音が響き、揺れる部屋。
煙の上がる方向へと視線を向けるプレシア。
そして煙の向こうから姿を現したのは、フェイトの使い魔、アルフ。
プレシアはそれを見て、いかにも興味なさげに視線を戻し、嘲笑うかのように微笑んだ。
階段を下りて近付いていくアルフ。
そして、一定の距離まで近付くと、
「ッ!!」
跳躍し、一気に駆け寄り、手を伸ばそうとするが、
「!!」
結界に阻まれ、弾かれてしまい、後方へと下がる。
そして向けられる視線。
プレシアの表情は、微笑んでいた。
だが、今のアルフにはそれが挑発的なものとしか受け取ることが出来なかった。
「ああああああっ!!!」
再度特攻する。が、またも結界に阻まれる。
だが、今度は弾かれることなく、結界にしがみ付くように手を伸ばす。
そして少しずつ結界へと手が前に進み、
「でやぁっ!!!」
結界を砕く。そして伸ばされた手はそのままプレシアの胸倉を掴み上げる。
「アンタは母親で!あの子はアンタの娘だろ!!あんなに頑張ってる子に、あんなに一生懸命な子に……!
 なんであんなひどいことができるんだよぅっ!!!」
今まで溜まりに溜まっていた言葉を吐き出すように、叫んだ。
だが、アルフは気付いた。

 

目の前のこいつは、見ていない。

 

――アタシの事なんか、見てもいない。ことに。

 

そして、それに気を取られていたせいか、プレシアが不意に右手を伸ばしていることに気付かなかった。
その右手が自身の腹部に当てられた瞬間、
衝撃が、走る。
吹き飛ばれた体はオブジェを砕き、壁へと叩きつけられる。
カツ、カツ、と小さく歩み、言い放つ。
「あの子は使い魔の作り方が下手ね……余分な感情が多すぎるわ……」
痛む体をどうにか起こし上げ、プレシアを睨むアルフ。
「フェイトは……アンタの娘は……アンタに笑って欲しくて、優しいアンタに戻って欲しくて、あんなに! ッ!!」
急に声を張り上げたせいか、痛みが全身に走る。
プレシアの左手に発現する己の杖状のデバイス。
「邪魔よ……消えなさい!!」
「!!」
プレシアのデバイスが光を灯すと同時に、地面に手をつけ魔方陣を展開するアルフ。
眩い光、そして爆発。
そして、爆煙の中から時の庭園を抜け、下へと落ちていくアルフ。
自身の危機を察したのか、地面へと衝撃を与え、即座に回避したのだろう。
(どこでもいい、転移しなきゃ……ごめんフェイト、少しだけ待ってて……アスラン……)

 
 

――フェイトを……お願い…………――

 
 

そして、橙色の光は消えていった……。

 

「……う……ん……」
重い瞼を開き、眼前の景色を覚醒し切れてない意識がそれを確認する。
(ここは……時の、庭園……?)
起き上がろうとするが、所々身体の節々が痛む。
「く……」
だが、この程度の痛みならこれといって差し支えが無い。
ベッドから起き上がり、部屋を出て行くアスラン。
(アルフの魔力が感じられない……なぜだ?)
フェイトの魔力はかなり弱くなっているが、近くにいるのは感じられる。
その魔力を辿っていくように歩いていくアスラン。
(フェイト……)
結局あれからどうなったのだろうか。
自身の最後の記憶はプレシアの落雷を受けた所までで終わっている。
幸いその直前に掴み取ったジュエルシードはどうにか奪われずにあった。
多分、その後にここへと帰ってきたのだろう。
そして現在に至る、と。
そうして歩いていくと、大広間の前まで着くアスラン。
扉に手をかけ、ゆっくりと開く。
扉を開けてすぐ目に入ったのは、中央で横たわるフェイトの姿。
「フェイト!!」
駆け寄り、抱きかかえる。
だが、どうやら意識を失っているだけのようで、安堵するアスラン。
そしてフェイトにかけてある布を見て気付く。
「これは……アルフの……」
アスランの記憶では、アルフが身に纏っていたマントの筈だった。
だが、いくら探索してもアルフの魔力が感じられない。
(……どういうことだ)

 

刹那。

 

背後に気配を感じ、振り返るアスラン。
すると、そこには杖を持ったプレシアがそこにいた。
「プレシア……」
「ようやく起きたのね、アスラン。さぁ、あなたの手にしたジュエルシードを渡して頂戴」
「……」
ポケットからイージスを取り出し、その手に浮かぶ2つのジュエルシード。
それはプレシアの元へと吸い寄せられるように飛んでいく。
「ありがとう、アスラン。あなたのおかげで4つも手に入ったわ」

 

――"4つ"?

 

プレシアの言った不可解な数字。
だが、アスランはすぐにその言葉の意味を理解した。
「……そうか、あの時のジュエルシードも……」
「ええ、私が手に入れておいたわ。アスランがあの子を引き止めておいてくれたおかげで、ね」
やはり、あの時消えたジュエルシードはプレシアが回収していたのか。
だが、そう考えると辻褄が合う。
もし管理局側が手に入れていたのなら、あの直後に俺は捕まっていただろう。
「……礼を言われるようなことじゃない」
アスラン自身、キラを引き止めておいたつもりはないのだから。
「何にしろ、これだけじゃ足りないの……」
「……あとどれくらい必要なんだ?」
「最低でもあと5つ、出来ればそれ以上……早く手に入れてきて」
「……わかった」
プレシアの願いを了承し、気絶しているフェイトを抱きかかえその場を後にしようとするアスランだったが、
数歩進み、歩みを止める。
「……一つ聞いてもいいか?」
振り向くことなく前を見たままプレシアへと言葉のみを投げかける。
「何かしら?」

 

「……アルフが何処に行ったか、知らないか?」

 

数秒の静寂。
ゆっくりとプレシアは口を開く。

 

「……いいえ、知らないわ」
「……そう、か」

 

それだけをいい、今度こそ広間を後にしたアスラン。

 

時の庭園・フェイトの部屋。

 

「……う……ん……」
意識が覚醒し、目を開く。
そして見上げる景色を見て、ここが自分の部屋だと確認したフェイト。
「あれ……私……」
記憶をフラッシュバックし、最後の記憶が蘇る。
だが、最後の記憶は大広間にいるはずなのに、どうして自分の部屋にいるのか。
不思議に思ったフェイトは体を起こそうとする。
瞬間、部屋の扉が開く。
その音に体を震わせるように反応するフェイト。
だが、扉の向こうから入ってきたのは、
「目が覚めたか?」
藍色の髪の青年、アスラン・ザラだった。
その人物を確認できたことにより安堵の表情を浮かべるフェイト。
「大丈夫か?」
コト。とベッドの隣にある机に手に持っていたカップを置く。
「あ、うん……大丈夫……」
ぽむっ。
「え?」
カップを置いた手でそのままフェイトの頭を撫でるアスラン。
「あんまり、無茶するんじゃない」
「……ごめんなさい」
しゅん。と怒られた子犬のように項垂れるフェイト。
「……解ってくれたのなら、それでいい」
撫でていた手を離す。
「アスラン」
「ん?」
「……アルフは?」
「……わからない、俺が目を覚ました時にはすでにどこかへ行ってしまったらしい……」
「そんな……!」
起き上がろうとするフェイトだったが、痛みが走り、辛い表情へと変わる。
「まだちゃんと治ってないのに、無理をするな」
「でも、アルフ一人じゃ……」
不安そうな表情を浮かべるフェイト。
そんな彼女の肩を掴むアスラン。
「アルフは俺が探し出してくるから、だから君は体を休めるんだ、いいな?」
「……うん」
「……それにそんな状態じゃ、またアルフが心配するぞ?」
「……そう、だね」
アスランのその言葉で少しだけ表情に笑みが浮かび上がるフェイト。
そして腰掛けていた椅子から立ち上がる。
「それじゃ俺はそろそろ行くよ。これ、置いておくから気が向いたら飲んでくれ」
「あ、うん……」
それだけを言い、アスランは部屋を後にする。
「お礼、言いそびれちゃったな……」
あの時、プレシアの雷撃を庇ってくれたおかげで自分はこの程度の怪我で済んだ。
それは彼の看病をした自分自身が一番よく分かっている。
だから、目が覚めたら一言お礼が言いたかったのに、いつの間にか立場が逆転してしまっていた。
そして、机の上に置かれたカップへと手を伸ばす。
「あつっ……」
それほど熱くはなかったのだが、思わず小さく悲鳴をあげる。
そしてゆっくりと取っ手を持ち、カップの中の飲み物を少し口につける。
「……おいしい」
冷えた体に、ホットミルクはとても温かく感じた。

 

夕刻、高町家。

 

「……て、そんな感じの十日間だったんですよ~」
「あらぁ、そうなんですかぁ~」
リビングにて普通に桃子と会話している私服姿のリンディ。
(リンディさん、見事なごまかしというか、真っ赤な嘘というか……)
(すごいね……)
何とも言えない表情を浮かべるなのはと眠ったふりをしているフェレットモードのユーノ。
(本当のコトは言えないんですから、ご家族に心配をかけない為の気遣いと言って下さい)
二人に念話を飛ばしつつ、何のこともなしに桃子と会話をするリンディ。
「なのは、今日明日くらいはうちにいられるんでしょ?」
「うん」
会話を続ける二人を尻目に、美由希がなのはへと問いかける。
「アリサもすずかちゃんも心配してたぞ、もう連絡はしたか?」
「うん、さっきメールを出しといた」
「キラも、無事だといいんだが……」
「キラ君、ちゃんと記憶戻ってればいいんだけど……」
「うん……」
心配する恭也と美由希に対して頷くなのは。

 

次の瞬間。

 

ピンポーン。とインターホンが鳴り響く。
「あら? 誰かしら」
「あ、あたしが出てくるよ」
そういってソファーから立ち上がる美由希。
「はい、どちら様ですか~?」
『あ、あの……キラです』
「え!?」
その名前を聞いた瞬間、即座に扉を開く美由希。
その扉の向こうにいたのは、紛れもなくキラ・ヤマトだった。
「キラ君!」
「こ、こんばんわ、美由希さん……」
美由希の声を聞いてリビングから出てくる恭也と桃子。
「キラ!」「キラ君!」
「恭也さん、桃子さん……」
そして最後に出てくるなのはとリンディ。
二人に対して微笑みかけるキラ。
(こ、こんな感じで良かったんでしょうか?)
(うん、バッチリよ)
実は、この行動はあらかじめアースラ内で打ち合わせしていたのだ。
なのはとユーノとリンディが最初に帰宅し、ちょっと時間をずらしてキラが戻るという風に、
いかにも自然を装う形で。
「キラ君」
キラの正面に立つ、そして、
「……おかえりっ」
微笑みながら言うなのは。
一瞬の言葉に面食らったように表情が止まるキラだったが、同じ様に微笑み返し、
「……うん、ただいま、なのはちゃん」
何気ないその言葉が、今はとても嬉しく感じられた。