「───……に、……です、幸いに……──」
何だ。何を、話している。
「身元は──……はい、名前は所持品から……──」
お前達は、誰だ。何のことを言っているんだ。
───そんな夢を、幾度か見たような気がする。
今の気分は、そんなに悪くない。丁度今は目覚める前のわずかなまどろみに意識があって。
次第に暗かった世界が、明かりを取り戻していくのが無意識に実感として感じられた。
その感じは、人にとってけっして嫌なものではない。
「ここ、は───……?」
眼前にうっすらと広がっていくのは、白い明かりの点いた天井の、青いタイル。
そして、こちらを覗き込む、一人の少年の顔。
「気が、ついたか?」
彼──ジェナス・ディラがこの世界へとやってきて、はじめて目にしたもの。
それは彼を救った、命の恩人とも言うべき人間──シン・アスカの、紅い瞳であった。
「気がついたか?気分はどうだ?何か、欲しいものはあるか?」
少年の紅い瞳は、こちらをほっとしたように見ていて。
矢継ぎ早に浴びせかけられた質問に、ジェナスは戸惑い目を泳がせる。
「あ……えっと……」
ここは一体、どこなのだろう。自分は、どうしてここに。
彼は見慣れない服装だが、どういった勢力の人間なのか。
様々な疑問が、ジェナスの脳内に浮かんでは消えて──……いってはくれず、ぐるぐると回り続ける。
「っく……」
「あ、おい。まだ起きるなって。あんた、丸二日も寝てたんだぜ」
ひとまず起きて状況を把握しようと、無理にも上体を起こそうとしたジェナスだったが、目の前の少年に諌められ、押し留めてシーツをかけられる。
両腕には暴れ出すのを防ぐためか、ある程度自由は確保できる程度に拘束がなされていた。
だがそれを抜きにしても、まるではじめてゼアムジャケットを装着し、起動に失敗したときのように体が重かった。
「ここは、どこだ……ガン・ザルディはどうなったんだ……」
「ガン……何?ここはザフトの軍艦の中だよ。あんたもアーモリーワンにいたんなら知ってるだろ?『ミネルバ』の」
「ミネ……ルバ?ザフト?アーモリー、ワン?」
いずれも、聞いたこともない名前だった。
自分や仲間達がガン・ザルディの勢力と戦っている間に、また別の新たな勢力が生まれていたとでもいうのだろうか。
いや、そんなはずはない。ガン・ザルディにすべてのエネルギーを奪われた世界にそのような余裕を持っていた対抗勢力など、あるわけがない。
まだ半ば朦朧とした意識に、妙な違和感が広がっていく。
自分は今一体、どうなっているのだ?
「ちょっと、シン。こんなとこいたわけ?」
「わ、なんだよルナ」
と、彼の思考を遮るかのように、少年の隣に、一人の赤毛の女の子が姿を現す。
シンと呼ばれた彼と同じく彼女は、赤い色の制服らしき服を身にまとっていた。
「……あ、目、覚めたんだ」
「うん、さっきな。ちょっと記憶が混乱してるみたいだ」
何やら彼に言いにきたのであろう彼女はこちらが見上げているのに気付くと、人懐っこい笑顔を浮かべて声をかけてくる。
「ミネルバMS隊所属、ルナマリア・ホークです。お体の具合、大丈夫ですか?」
「あ……あぁ」
モビル──スーツ?
またもやわけのわからない単語を出され、ジェナスは曖昧に頷く。
自分と同年代かやや上程度の見かけに比べて、随分しっかりした口ぶりの女の子だな。
第一印象としてはそんな風に感じた。
「簡単に事情を説明しますと、あなたはコロニーから放り出されて漂流している所を彼──シンによって救助されました。失礼ながら、気を失っている間に身体検査もさせてもらっています。本来ならば民間人と思しき人間をずっと軍艦に乗せておくわけにもいかないのですが、なにぶん作戦行動中のため、ご了承ください」
「はぁ」
コロニー、ね。基地か何かか?
漂流って、どこをさ。それにやはり、ガン・ザルディのことが気にかかるが──
さっぱり、何が何やらわからない。
それでもとりあえず助けてもらったことには感謝せねばと、ジェナスはシンと呼ばれた少年のほうへと顔を向ける。
「ありがとう、助けてくれたんだな。えっと、シン……だっけ?」
「ああ、いや。そういや自己紹介してなかったっけ。シンだ。シン・アスカ」
「そうか……。シン、助かった」
未だ自分の置かれている状況はよく飲み込めていないが、ここは素直に感謝の意を示す。
ジェナスからお礼の言葉を言われたシンは、そういったことに慣れていないのか、くすぐったそうな表情で下手糞に笑った。
「そういやルナ。俺になんか用だっけ?」
「あー!!そうよ、あんたまだ副長にこの前の戦闘の報告書、提出してなかったでしょう!?
おかげでレイもあたしも艦長から大目玉食らったんだからね!!」
さりげなく、切り出したつもりだったのだろうシンの言葉に、ルナマリアは声をあげ。大げさに彼を指差しながら、怒ったように非難する。
「……ごめん、忘れてた」
「あっきれた!!大体シンはアカデミー時代からそうじゃない!!そもそもね……」
「はい、はい。わかりました。ちゃんと提出しに行くから、今は患者の前だし、な?」
「……ぷっ」
二人のやりとりに、思わず見ていたジェナスが吹き出す。
なんだ、随分しっかりしているように見えたルナマリアって子も、シンとこうやって言い争ってるところをみると、やっぱり年齢相応の子じゃないか。
もっとも、その年齢も外見で判断したものでしかないが。
「……そうだな、もう少し静かにしてもらえると嬉しいかな」
「なっ……」
口の端に笑みを堪えきれなくなりつつも、ジェナスはシンへと助け舟を出す。
「それにここ、見た感じ医務室だろ?医務室、病院では静かにするもんだ」
「ちょっと、あなたね……」
「ジェナス、だ」
「「え?」」
片目だけ開けて、いたずらっぽくシンへと視線を送り、ジェナスは言う。
彼が自分をフォローしてくれたことに気付いたシンも、苦笑してアイコンタクトを返してきた。
「ジェナス・ディラ。それが俺の名前だよ」