第六話 世界の終わる時-I
「へえ、んじゃ補給いらねーの?それ」
「いや、いらないわけじゃないが……まあ、当面は大丈夫だろうけど」
格納庫の一角に設けられた、ジェナスのアムジャケット用のハンガー。
もともとはノーマルスーツの更衣室につくる案もあったのだが、容量の関係でこの場所に設置された。
興味深げに見つめるシンを横に、ジェナスは格納庫内に立ち並ぶMS達を見渡していく。
「MSってのも……すごいんだな。こんなでかい機体を操縦するなんてさ」
「そうか?でもジェナスって生身でコレ着て戦ってたんだろ?そっちのほうがすごいと思うけど」
15歳っていったら、やっとプラントでも成人したばっかの年齢だぜ?と言ってくるシンも、軍人と言うよりは年齢相応の少年の顔に純粋な好奇心を浮かべていて。
「『ザクウォーリア』に『ザクファントム』だっけ?俺を回収した、シンの乗ってるやつってのは?」
「ああ、インパルスは分離した状態で格納されてるからこっちにはないよ。専用のカタパルトがあるんだ」
「なるほどね」
クロスバイザーや、ネオクロスバイザーのようなものか。
ジェナスの脳裏に、かつてそれらを開発し、勝利を今も待ち続けてくれているであろう少年の、屈託のない表情が浮かんでくる。
(……ジョイ、みんな……どうしているだろうか)
傷つき、倒れていった仲間達。
特に気がかりなのは、自分達を裏切ってみせてまでチャンスをつくってくれた、彼のこと。
(無事だよな……ニルギース……)
「おい、みんな大変だ!!」
ネガティブになりかける彼の思考は、駆け込んできた整備兵の慌てた叫び声に掻き消され、隣のシン共々我に帰る。あれは、赤メッシュの──そう、たしかヴィーノ。
「ユニウスセブンが……地球に落ちるっ!!」
ユニウスセブン。それは前大戦時にその引き金となった、「血のバレンタイン事件」の起こった場所である。
二年前の大戦が終結した際の休戦協定、「ユニウス条約」の調印された地でもあり、
安定軌道にあったことも手伝って、祈念碑的な意味合いも込めて管理されていた、コロニーの残骸である。
──そのユニウスセブンが、動いている。その軌道は、地球への落着コース。
万が一地球へと落下してしまえば、その質量によって未曾有の大惨事が起こることは明らかであり。
「なんて、ことだ……!!なんでこんなことがっ……!!」
この事態をいち早くキャッチしたプラント政府より連絡を受けたデュランダルは落着阻止が可能な位置にいる艦隊にその破砕作業を命じ、地球の各国にその危機を通達すると共に自らもミネルバで現場へと直行する判断を下して、同艦に同乗しているオーブ代表、カガリ・ユラ・アスハにその旨を説明しているところであった。
「我々も、全力を尽くします。本国は心配でしょうが、お気を確かに」
「……申し訳、ない……。こんなときこそ、冷静であらねばならないというのに……」
デュランダルになだめられ、額をごしごし擦ってなんとか落ち着こうとするカガリ。
サングラスをかけた側近の男──アレックス・ディノが寄り添い、心配するように肩を抱いた。そんなやりとりを見て、デュランダルは続ける。
「大丈夫です。アレックス君……いや、アスラン君ならわかると思うが、イザーク・ジュールの部隊が向かっております」
「イザークが……なら」
旧知の男の名を聞いて、アレックス・ディノ──いや、アスラン・ザラは安堵する。
と同時に、自分の目の前で狼狽するカガリの様子に心が痛む。
彼は、かつての大戦で「英雄」と呼ばれた男だった。
当時の最新鋭機、イージスとジャスティスを駆り、戦場を駆け抜けた男だ。
しかし戦後、彼はその力を捨てた。
兵士であることをやめ、愛する女性──カガリの支えとなることを選んだのである。
政治の世界に身を投じた彼女の身案じ、戦うことだけで解決することの限界を感じたためである。
それから二年、まだ若い二人にはその道は険しく、困難なものであり、思うようにならないことばかりだった。
まだ、未熟なのだからやむを得ない。ひとつひとつ、成長していっているはずだ──
そういって自分やカガリをごまかす日々が続いていた。
ある意味では、無力感にフラストレーションが溜まっていたのだろう。
安堵し、心を痛めた彼はまた、旧友の名を反芻し、どくりと鼓動が脈打つのを感じた。
力が欲しい───そう願う衝動が、身体を駆け抜けているのがわかる。
カガリの助けになる。そう言い聞かせて、今までお前は何をやってきた?
かつてあった力を捨て。かつてはできたことさえもできなくなって。
一体、何が出来た?何をやった?何をやろうとした?
イザークたちはその力で、皆を救うために動いているというのに、力を捨てたお前に、何を皆が望むというのだ?
お前は何をしている、アスラン・ザラ───?
一人自問するアスランの心に、拍車をかけるように、艦長室に来訪者を告げる電子音が鳴る。
「誰?今はちょっと……」
『ジェナス・ディラです』
「ジェナス?何の用かしら」
『頼みがあってきました。聞いてはいただけないでしょうか』
陳情?今このときになって、何を。
怪訝そうな顔を向けたタリアにデュランダルが頷いたことで、
彼女は手元のキーを叩いて施錠を解除する。アスランはただそれを、見ているしかできない。
「開けたわ、入りなさい」
インターホンの通話機に向かってタリアが話すと、扉が開いた。
「失礼します」
「失礼しま……あっ」
ブルーのごてごてした装飾のついたノーマルスーツ……例の「アムジャケット」とかいう代物に身を包んだジェナスが、赤服の制服姿のシンを伴い入ってくる。
シンのほうはカガリとアスランの姿を室内に認めるやいなや、あからさまに不機嫌そうな顔になった。
やはりデュランダルに聞かされた通り、また彼が以前吐き捨てた言葉通りに、カガリ……というよりもオーブには良い感情を持っていないらしい。
「何の用かしら、シン、ジェナス。特にあなたは、そんな格好までして」
「俺にも発進許可をください」
「……なんですって?」
「じっとしてられないんです、協力させてください。助けられた借りを、少しでも返したい」
「……本気?」
「はい」
困惑の表情で座るタリアに見据えられながら、ジェナスはその視線を逸らすことなく、まっすぐに彼女を見返して告げる。
「俺に、破砕作業を──……手伝わせてください」
彼は、捨てた力を欲することに躊躇うアスランの前で、躊躇なく自身の力を使いたいと宣言した。
その姿は、言葉は、見ているアスランにとってなんとも、苦々しいものに映った。